ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第91話「来訪Ⅰ」

 

 傭兵国家ガラジオン。

 

 隣国には【ドゥリンガム】治癒者の庵とも呼ばれる万能薬を製造する対外的にも謎の国家があったり、大陸南部の殆どの国に傭兵ギルドを組織している大国。

 

 それが彼らガラジオンの対外的な特徴だ。

 

 簡単に言えば、戦争のプロフェッショナルである。

 

 その多くは半数の男児が15になる頃には大人として傭兵稼業に付いて国外に出るのが通例であり、もう半数は適性検査後に兵士に為れないだろうと判定された後、内政や農業を営む事になる。

 

 しかし、産業従事者が少ないにも関わらず反比例するように傭兵稼業で稼ぎ出す資金は莫大であり、戦乱の世にある限りは滅びぬ国家とも諸外国からは皮肉を込めて言われていたりもする。

 

 特に竜騎兵を傭兵として雇う国家は多い。

 

 さすがに多数とはいかないが、それでも私兵として個人的に竜騎兵を雇う社会の上流階級者達もかなり多いのだ。

 

 だから、多くの諸外国の人々は傭兵国家がどのような場所なのかを知らない。

 

 接点がほぼないのに加えて、輸出商品というものが傭兵業しかないというのもガラジオンの一面だからである。

 

 国境に出入りのある僅かな輸出入業者達もまた国家内の深くに入る事は稀であり、国外の友好国の要人や外交官がガラジオンの首都にはいるが、それとて自由に地方の視察へ行ける事は無い為、専ら彼らの意を組んで余計な事は何も知らせず、政情を伝えるのみだ。

 

「山岳部が4割、残りは荒野と平野と深い森か……」

 

 北部皇国と隣接するガラジオンは基本的山岳地帯を主体としており、残る平野部の肥沃な土地は食料生産に回して、森は大規模な竜の保護区画になっているとの事は事前の諜報活動で知れていた。

 

 実に働き盛りの年齢である男達の半数が国外での戦闘行動や警護を行う傭兵として従事している為、出稼ぎ労働者が多い国みたいな慢性的労働力不足な状況にあるらしい。

 

 その為、奴隷を買い込む事もしばしばであるとの事。

 

 常に本国に置かれている連隊や軍団の類は国外に出している者よりも少ないという報告もあり、その内実も様々な情報操作でボカされている為、嘘か誠か人口の3割が傭兵という噂もある。

 

 ただし、常備軍化は国是であったらしく。

 

 軍事に関わらない民間人は非常時でも徴用されない高度な専業労働職であって、希少な為に手厚く保護されているとか。

 

 先日の継承戦争においても実質的なバイツネードの野戦軍殲滅と引き換えに敗北した為、人員は残っている事もあり、軍事行動に関する動きは早いと参謀本部は見ている。

 

 ガラジオン首都インマールは山岳部と平野の中間地点に存在しており、国内最大の3000m級のギリウム山と呼ばれる大渓谷を複数持つ大山が含まれており、この数百年で3度の侵攻を受けたが無事に乗り切り、難攻不落と名高い。

 

「成程……山を掘り抜いた半地下を行政区画や城塞にして、他は物流用。平地の大半は普通の都市機能と竜を休ませる牧場か…………」

 

 街並みは密集しておらず。

 

 かなり広々と造成されており、とにかく山の裾野一帯が市街地化されているように見えた。

 

 山岳部から東西南北にあちこち伸びている渓谷は竜の飼育現場であると同時に国内から離発着する竜が風に乗る為の現場であり、滑空する事で国内ならば長い距離を短期間に渡る事も出来る作りなのだろう。

 

 山岳部の山肌を刳り貫いたと思われる城塞は正しく岩山に城塞を彫り込んだような……空から見ると大きなミニチュア感がある。

 

 だが、近付けば、異様な程に大きい。

 

 半地下の城塞化された区画は地下から別の渓谷に繋がる地下道が複数本あるらしく。

 

 大門から内部に入る事が出来るようだが、それ以外にも軍事的な面では抜かり無い造りで竜などの迎撃用の設備が逐一生真面目に設置され、迷路染みて曲がりが角が多いようだ。

 

「祖国に今一度、帰る日が来るとは思っていませんでしたね」

 

「お~~久しぶりだな。竜で王城に帰ってた頃は夕日とかよく崖上で見てたんだよなぁ……」

 

 ようやく帰って来た祖国に2人が感慨深そうな顔になり、残ったアディルは何処か使命感というか。

 

 何か明らかに迷った様子で操舵室から見える光景を見つめていた。

 

 随分と昔から付き合って来たような気もするデュガとノイテだが、それでも左程に2人と出会って時間が経っているという事もない。

 

「あちらの誘導に従う」

 

「ああ、着艦させたら、三人を連れて出る。フェグ」

 

「はーい」

 

「お前はお留守番だ。この艦をゾムニスと一緒に守ってくれ。それともしもの時はゾムニスの指示に従うようにな?」

 

「むぅ~~」

 

「帰ったら、好きなだけ旨いもん食わせてやるから」

 

 約束に指切りしてから竜の国出身の三人と共に後部ハッチに向かう。

 

 誘導されたのは王城近い区画にある基地らしい場所だった。

 

「ノイテ。デュガシェス。此処で気を付けなきゃならない事は?」

 

「ん? 気を付けなきゃならない事?」

 

 デュガが首を傾げる。

 

「お前らの国の常識って事だ」

 

「あたしはあんまり知らないしなー。そもそもあんまり王城から出られなかったし、ノイテの方が詳しいぞ」

 

「そうですね。竜を侮辱しない。それからその地域を支配している軍団関係者や連隊関係者に喧嘩を売らない。などでしょうか」

 

「成程。こっちじゃ兵隊の発言力が強いのか」

 

「あ、そうそう。此処、首都だから連中がいるんだよなー」

 

「連中?」

 

「ああ、そう言えば、私が帝国に向かう前にイメラベインの団長が代替わりしたと聞いています。彼女は前団長の娘さんで愛国主義者です」

 

「確か近衛か?」

 

「ええ、軍団長貴下ではありますが、実質的には一つの家が今は実権を握っており、軍団長亡き後、立て直しに一役買っていた為、今の発言力は王家に匹敵するはずです。ちなみにデュガシェス様とは幼馴染になります」

 

「解った。出来るだけ、波風立たない感じに振舞っておこう」

 

「「「………」」」

 

「何だ。その目……」

 

 三人の視線が地味に痛い。

 

 そうこうしている内に着陸のベルが鳴り、近頃慣れた電動モーター式開閉装置を積んだハッチが開く。

 

 内部から2m程下に着地すると。

 

 周囲はズラリと竜騎兵が左右に整列して並んでいた。

 

 彼らの半数程がこちらを見てどよめいたのはデュガシェスとノイテの顔のせいだろうが、それにしてもあちこちが騒がしい。

 

「ん?」

 

 周囲の騒がしさとは違う剣呑な様子の騒音が遠間からスゴイ勢いで近付いて来る。

 

 現場は屋上なのだが、その出入り口から騒がしい音と共に衛兵らしき連中が数人吹き飛んで宙を舞って地面に叩き付けられ気絶した。

 

「―――ゥウウウウウウウウウウウ」

 

 その最中から数人のガタイの良い黒い鎧を着た男達が路を開けると下から走って来た足音がこちらに飛び出し。

 

「デュガシェスゥウウウウウウウウウウッッ」

 

 弾丸染みて猛烈、猪突猛進、まったく周囲の兵達が反応出来ない速度で名前を呼ばれた当人の腹部にブチ当たった。

 

「あ、リニスか? お~何か成長したか?」

 

「う、うぅ゛ぅぅ゛ううう!? いぎでるぅぅぅぅぅううぅう」

 

 17くらいだろうか。

 

 デュガシェスよりも年上のそろそろ大人へと変わっていく頃合いだろう少女はボロ泣きであった。

 

 黒鎧の男達が少し遠間の背後におり、涙脆い様子でウンウンとハンカチ片手に御涙頂戴している。

 

「相変わらず泣き虫だなぁ。あたしより年上なのに」

 

「あなたねぇ!? 死んだ死んだって皆が言ってたのよ!? その上、あの惰弱男が軍団長になって国内は分裂寸前だし!! どうして生きてるなら早く帰って来なかったの!? 本当に心配したんだから!?」

 

 猫っぽい釣り目に黒髪を短くショートにした少女がハンカチ片手にメイド+鎧姿のデュガシェスに気付いてキョロキョロ周囲を見回し、こちらを見て、ギロリした。

 

「惰弱って一応兄なんだけどな……」

 

「いいわよ。そんなのどうでも!? あなたが帰って来たんだから、あたしはあなたに付くわ。あの惰弱男をさっさと廃位して、あなたが上に立てば全部解決だもの!! それよりも!!」

 

「何だ? どうかしたのか?」

 

「その女!! あれでしょ!! 確か帝国の聖女とか。自分で触れ回ってる痛いヤツでしょ!! 吟遊詩人共が持ってた本に書いてあったわ!!」

 

 いや、触れ回ってはないだろ。

 

 というか、痛いヤツ呼ばわりされるのは極めて心外である。

 

 痛いのはこの世界の方であって、自分は普通だ(たぶん)。

 

「あ、こっちはあたしのごしゅ―――」

 

「この泥棒猫がぁあああああああああ!!!!?」

 

 思いっ切りグーで頬を殴り抜かれた。

 

 相手の拳が砕けても困るので少し後ろに飛んで倒れておく。

 

「ちょ?! 何してるんだ!? リニス!?」

 

 さすがのデュガシェスも慌てた様子になり、ノイテが溜息を堪えた様子でこちらを起こしてくれる。

 

「オレ、何かしたか?」

 

「リニス様はデュガシェス様を溺愛……いや、崇拝も半々くらいしてますので」

 

 説明してくれる間にも今にも斬り掛かって来そうなリニスというらしい少女が後ろからデュガシェスに羽交い絞めにされていた。

 

「ちょ、誰でもいいから、取り敢えず止めるの手伝えって!?」

 

 黒い鎧の男達が仕方ないと言いたげに後ろから数人で少女を持ち上げて、一人一人が四肢や腰を分担して止める。

 

 どうやら、普通の人間ではないらしい。

 

 事実、筋力はかなりのものなのが撃ち抜かれそうになった時には解った。

 

「とぉおめるうなぁああああ!!? どうせ、そこの女殺せば、それでお終いじゃない。帝国なんて瞬殺よ。瞬殺!!」

 

「あ~~悪かったぞ。リニスって頭に血が昇り易くて。大丈夫か? ふぃー」

 

「ッッッ―――?!!」

 

 デュガシェスの手を取って置き上がると物凄い衝撃的なものを見たような顔を相手にされた。

 

 いや、殴られて殺せとか言われたのは自分なのだが。

 

「リニス。さすがに初対面の人間を殴るのはどうかと思うぞ……」

 

「?!!!」

 

 更に何か驚愕というような表情が少女リニスの顔に焼き付く。

 

「まぁ、昔のデュガシェス様なら笑って済ませてたでしょうから」

 

「人間の成長って早いんだな。そういや、慎重伸びた気がする」

 

 実際、気付き難いのだが、微妙にデュガシェスの背丈は伸びている。

 

 凡そ4cmくらいだろうか。

 

「リニス。一応、ご主人様って事になってるから、これからは気を付けてくれな」

 

「ご―――ふぁぁ……ッ」

 

 カクンッとあまりの衝撃で少女が気絶したらしい。

 

 大変申し訳ありませんでしたと頭を下げた黒鎧達がイソイソとその場から少女を担いで後にする。

 

 今までの状況を見ていた竜騎兵達が汗を浮かべていたが、それもそのはずである。

 

 そして、大事になったと言わんばかりにドタドタと走って来る者達が数名。

 

 その先頭に立っていた青年。

 

 現軍団長たる彼はこちらの状況を見て、今まで状況を見ていた兵達からの報告を受け、顔色が微妙に悪化したのも構っていられない様子ですぐにこちらへ来ると開口一番こう言った。

 

「我が国の宝物の幾つかで今回の不手際は手を打って頂けないだろうか。フィティシラ・アルローゼン姫殿下……」

 

 お互い苦労人な事が解る青年の頼みに肩を竦めるしかない。

 

「そんなものより、竜の国の庶民が食べる食事でも出してくれた方がよっぽどに嬉しいですね。軍団長閣下」

 

「は、はは……申し訳ない。本当に……」

 

 顔が引き攣る青年はこれからの交渉を思ってか。

 

 前途多難という文字を背負い込んだ様子になるのだった。

 

「久しぶりだなー。兄ぃ」

 

 最後にデュガシェスが久しぶりに会う肉親にメイドに鎧姿で挨拶して、その場は一端収まる事になったのである。

 

 *

 

 首都の王城は基本的に階段が多い為、それをショートカットする為に原始的な鉄の鎖と

重しの多寡を使ったエレベーターっぽいものを多用して進む事になっていた。

 

 更に高低差がある場合は竜にも載るらしい。

 

「あ~~何か家に帰って来たって感じするなー」

 

「実家に帰ってすっかり気の抜けた出稼ぎ労働者みたいだな」

 

「言わんとしている事は解ります」

 

 アズルノード・イルク・フォル・ガラジオン。

 

 現軍団長にして国王。

 

 デュガシェスの実の兄はこっちのやんわりした対応に痛み入りますと頭を下げた後、幾つかの処罰やら他の準備やらがある為、しばらくは王城に逗留して欲しいとの言葉をこちらに投げてからイソイソと現場を後にしていた。

 

 一応、デュガシェスの友人を殺されても困るので出来れば穏便に済ませて頂ければ、と。

 

 重い罪に問わないよう言ったので、さすがにヤバイ状況にはならないだろう。

 

 軍団長の側近に先導されながら王城の一角にある貴賓室らしい場所に通され、メイド達がデュガシェスの姿に何やら滂沱の涙を流しながらもしっかりとお茶菓子とお茶を出してから下がっていく事で当人のカリスマを目の当たりにした。

 

「慕われてるな。お前」

 

「ん~~普通だと思うぞ? おひいさまって言われてメイド連中は小さい頃から可愛がってくれてたかんなー」

 

「左様か。で、さっきのあの子は幼馴染で今は代替わりした団長って話だが、完全にお前の信奉者っぽかったんだが……」

 

「昔からよくウチに来て一緒に遊んでたからな。あっちがあんまり構ってくるから時々逃げ出してたけど」

 

「なるほど……恋の病とやらも難儀だな」

 

 肩を竦めるとノイテが溜息を吐いた。

 

「それにしても先程の彼女の話から言って、祖国の内情は悪化しているようです。分裂ですか……想像は付きますね」

 

「詳しい解説を頼む」

 

「前軍団長。デュガシェス様の父君は豪快で笑顔の絶えない武人。王としてはかなり明るい方でした。実力よりもその人柄が人々を惹き付け、多くの国民と軍団の兵達に慕われるお人だった。そのおかげで挙国一致によるバイツネードとの決着も付ける事が出来たのです。ですが、彼の王亡き後、デュガシェス様も死亡したとの報が流れ、現在の王家と分家筋の当主30名程で構成される王家会議はアズルノード様を王として選出致しました」

 

「第一継承権を持ってたのか?」

 

「いえ、王家筋にも継承権を持っていた方々はおられましたが、その誰もが殆どその権利を放棄したとか。身内での争いを嫌った事と同時に立て直しに一番適任の継承権者を選んだのです」

 

「そういう事か……」

 

「一応、帝都にいる間も祖国の情報は集めていましたが、どうやら前王の印象が強過ぎて元々体が弱かったアズルノード様は難しい舵取りをしているようですね」

 

「旧来の価値観と先進的なあいつじゃぶつかり合うしかないだろうな」

 

「解りますか?」

 

「官僚器質でまともな運営をしてくれそうな優秀過ぎる人材に見えた。そういうのに人間を惹き付ける魅力みたいなのを求める方がどうかしてるんだがな。オレの考え的には次の時代の指導者層として満点を上げたい一人だ」

 

「そんなにアズにぃの評価高いのか?」

 

 デュガシェスがこちらの言葉に驚いたような顔になる。

 

「そもそもさっきもそうだが、あの猪突猛進系女子の命よりは王家の宝物で手を打ってくれ、なんて……いや、まったく関心する以外ないんだが」

 

「どういう事です?」

 

「つまり、あの子の事を宝物よりは高く買ってる。少なくとも今の人間関係を考えた上で国内の舵取りに必要な人材は何としてでも保護しようって姿勢なわけだ」

 

「……アズにぃは優しいかんな」

 

「アレは優しいというのとは対極でオレに近いんだがな」

 

「うん? もう一人ふぃーがいたら、お腹が痛くなるぞ」

 

 デュガシェスに真顔で言われた。

 

「取り敢えず、あのお前の友人のおかげで譲歩を引き出せそうだ。長居はしないだろうが、あいさつ回りくらいならして来てもいいぞ」

 

「う~~ん。何かあちこちで引き留められそうな未来が見えるから止めとく」

 

「それが良いかと。もしも、このまま顔を出せば、恐らくはかなり引き留め工作で時間を食わされるでしょう」

 

「お前、祖国だと人気なんだな」

 

「そうか?」

 

「それは間違いありません」

 

 ノイテが肯定する。

 

「そもそもそうでなければ、帝国の首都にちょっかいを出してまで追跡して救い出そうとはしません。あれも全て多くは有志の方々の声があればこそでした」

 

「それは悪い事した気がするぞ……今は帝国側だしなぁ……」

 

 2人が喋っている間に貴賓室の扉にノックの音と共に複数の人間が入り込んで来て左右に整列した。

 

 こちらの声より先にだ。

 

 入って来たのは20代後半くらいだろう女性だった。

 

 猫というよりは狐と評すべきだろうか。

 

 糸目で軽装の鎧に紅い外套を合わせた女性騎士みたいに見える。

 

「あ、エジェットだ」

 

「姫様。お帰りになったというのにこのエジェットに御声を掛けられないとはまったくエジェットは悲しみで溺れてしまいそうです」

 

 その言葉と同時に近寄って来た狐目の美人がこちらにニコリとした。

 

「貴殿が今まで姫様を保護しておられたという帝国の大公姫。フィティシラ・アルローゼン殿であられる?」

 

「ええ」

 

「ふむ。良い瞳をしている。武人ではないが武人の覚悟を持ち。政治家ではないが、政治家よりも陰謀を得意とする。あの吟遊詩人共に嘘偽りを言わせないとの評判はどうやら本当らしい」

 

 相手のこちらの評価に不穏なものを感じた。

 

 そして、今までずっと一言も喋らずに置物みたいになっていて声が掛け難かったアディルが相手が入った来た瞬間にはハッとして片膝を付いて頭を垂れていた。

 

「エジェット様……」

 

「アディルか。今までの任務ご苦労。今後の事もある。そちらの方に許して頂けるなら、まだその立ち位置でいろ。もしもダメなら、我が団に帰還するといい」

 

「は、はい……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ―――」

 

 こちらの言葉に初めて相手の瞳が揺れた。

 

「オレの言葉遣いは気にしないでくれ。コレはオレが()()()()()にだけ見せる仮面の一つに過ぎない」

 

 そこでようやく相手の顔にも僅かに汗が滴る。

 

「それが本性か。と言うにはこちらも面の皮が厚い自覚はある故、無視させて頂こう」

 

「それでいい。それにしてもそうか。あの真っ当そうな兄君とやらを裏から補佐してたのはお前だな? エジェット団長」

 

「……どうして、そう思うのか?」

 

「この国の防諜体制があんまりにも硬いからバルバロスの能力をまず疑った。同時にそれを使いこなす人間の特定を進めていた。だが、どうにも何処の陣営の重要人物にもそれらしいヤツがいなくてな。そうか……前線に出る事もある団長自身が特定の竜の能力を用いて国内の殆どにも秘密で諜報活動してたわけだ」

 

「はは……買い被りでは? フィティシラ殿」

 

「いいや、今の事で確信した。あの猪突猛進のお嬢様を嗾けて来たのもそういう事か。で? どうして此処にいる。本来なら既に“帝国領土に仕掛けているはず”だ」

 

「―――」

 

 初めてエジェットの顔に苦し気な笑みが浮かべる。

 

「此処までか。此処までのものか。フィティシラ・アルローゼンとは……まるで全てを見通しているような……だが、貴国があの蒙昧な王家の恥じを殲滅したのではないのか?」

 

「何? ああ、そういう事か。もしも、お前が出向かなくても良さそうな大きな戦力を本国に向かわせたなら、それは無駄な事だ」

 

「無駄?」

 

「程度にもよるが、もう配備された各種の戦術兵器はオレの許可が無くても使用可能なんだ。単純に言おう。世界を滅ぼせるお前らの切り札が突如として帝国に即時投入でもされない限り、巨大な竜の投入は無意味。全て殲滅可能だ」

 

「………俄かには信じられんところだが、貴国に仕掛けた者が消えた以上は事実なのだろうな」

 

 こっちで2人の世界でやりとりしているとデュガシェスが手を上げる。

 

「どういう事なんだ? ふぃー、エジェット」

 

「つまり、オレの来訪を察知して此処に足止めしようとしてたんだよ。そこの狐目はな」

 

 エジェット。

 

 亜麻色の長い髪を靡かせる女が大きく息を吐いた。

 

「恐らく竜の能力だな? 未来予測や未来予知。そういう類のものだ」

 

「………」

 

「人の真理を操る術まであるとなれば、竜の国における人間としての最大級の危険はお前だと認識しておく」

 

「光栄だ……」

 

「オレの周囲の情報を集めて、それに搦め手として大規模な動員を掛けたな?」

 

「どうだろうか」

 

「国内が平穏て事は本国に影響のない惜しくない戦力を出して、こちらが出掛けた時期を見計らって絶対に戻れない状況下で襲撃。これからの交渉を優位に進める。くらいか?」

 

 ノイテもデュガシェスも目を丸くしていた。

 

「まるで、本当に見ていたように仰られるのだな。帝国の姫よ」

 

「お前の力は確かに絶大なんだろうさ。この国の未来を左右する力を実質的に動かしている首魁だ。だが、オレの準備がお前の陰謀に勝った」

 

「準備……」

 

「エジェット様。後で報告があります」

 

「解った。後で聞こう」

 

 初めてアディルが口を開いて、エジェットが頷く。

 

「取り敢えず、今日の処は敗北を噛み締めて帰っておけ。オレは真っ当なこいつの兄君とやらに少しお願いがあって来ただけだ。今回は見なかった事にしておく」

 

「……寛大過ぎて恐ろしい。今の事態の何処に見なかった事にしておく理由があると言うのか」

 

「今日は部下の家族を助けるのに紹介状が欲しくて来ただけだ。ヴァーリへ行く為にな」

 

「ッ」

 

「心配するな。戦争になろうが、ならなかろうが、次はお前を訊ねて此処に来る。南部皇国を滅ぼした後で」

 

 そこで今まで聞いていた兵達もさすがに額へ汗を浮かべていた。

 

「……左様か。どうやら、我が身の未熟。デュガシェス様。こちらはこちらで用が出来ました。この方が傍にいるのならば、問題無いでしょう。どうか、末永くお幸せに。今度、手紙でもお送りします」

 

「お~よろしくなー」

 

「ええ、貴女の元気そうな姿だけが今日の収穫でした。それではこれにて失礼」

 

 女魁と言うべきか。

 

 若くして一角の陰謀論者も真っ青な陰謀屋が内心の暗澹たる様子も面に出す事無く、笑みを浮かべて部屋を後にする。

 

 兵達もまた同じく静かに部屋を去っていった。

 

「アディル。行っていいぞ」

 

「ッ……では、失礼します。デュガシェス様。ノイテ隊長」

 

 こうして貴賓室には三人だけが残された。

 

「何か難しそうな話だったなー。ふぃー」

 

「難しくない。オレの来る時期を予期してソレに合わせて本土進攻しただけだ」

 

「それ、かなり不味くないか?」

 

「まずくない。どころかおいでませと情報収集させてくれるだけありがたい。生憎と準備は終わってる。さっきも言ったが、ドラクーンはもう同盟国と本土に戦術兵器も込みで配備済みだ。正直ギリギリだったがな」

 

「ギリギリ?」

 

「戦術兵器の配備は危険性もあって少し悩んでたんだ。遅らせてたら、本国の幾つかの地域が壊滅してただろう」

 

「うわ……大事だろ。それ」

 

「これから前のめりで取り敢えず全部進めとこう。ああいうのが一番怖いからな。ちなみにあいつとどんな関係なんだ? やけに気にされてたが、また幼馴染か?」

 

「ああ、ウチの親父の隠し子だぞ」

 

「隠し子?」

 

「昔、母様よりも前に付き合ってた人の子って言ってた。王様だからある程度は血筋残しておくようにって幾つかの家の女性と関係持ってたんだって」

 

「つまり、公的な愛人の類か?」

 

「傭兵ってさすがにいつ死ぬか分からないから、もしもの時に血筋が断絶しないようにって言ってたぞ。侍従連中が」

 

「腹違いの姉ねぇ……」

 

「昔はよく一緒の竜で遠乗りしたっけなー」

 

「まぁ、今はいいか。構うもんじゃない。問題はこの国が今不安定な事の方だ」

 

「どうして、ふぃーがそれを気にするんだ? 後で戦争になった時に好都合だろ?」

 

「一応、お前の祖国だろうに……単純に言うと分派や派閥が分裂しても戦後に困るんだよ。降伏させるなら一括が良いし、何回も同じように叩き潰してたら、体が幾つあっても足りない」

 

「勝てる気なのはいつもの事だけど、どうするんだ?」

 

「別に単純だ。お前のお兄様とやらを支援してやる」

 

「??」

 

 まったく分からなそうなハテナなマークがデュガシェスの頭に浮かんだのが見えたような気がした。

 

「別に戦争しに来たんじゃないしな。お前のお兄様には是非、挙国一致でオレとの戦争に望んで欲しいもんだ」

 

「何かもう何も言わなくてもいい気がする……」

 

 ジト目になった元お姫様である。

 

「この会話だって、お前の姉の部下が聞いてるし、別に構いやしないさ。生憎とこういう内部分裂する国を一つにまとめる計画は複数案策定済みだ。逆もまた然り……南部皇国や周囲の国へ使う前に効果を此処で確かめるのも悪くない」

 

「死人が出るより酷い事になるぞ。絶対……この顔のふぃーは悪いかんなぁ」

 

「まぁ、お手並み拝見と行きましょうか。あの方が聞いても問題無い策とやらを……」

 

 2人の女性陣に呆れられながら、こうして竜の国一日目は過ぎていくのだった。


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