ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

475 / 631
間章「竜の溜息」

 

―――二ヶ月前、竜の国北端部。

 

「急げぇえ!! 直ちに準備を終わらせて出撃する!! ガラジオンの真なる軍団長たるオレの初の出兵である!! 奴隷共にさっさとさせろ!! やらねば、喰わせても構わんのだからな!!」

 

 恐らく14歳程だろう少年と呼ぶには聊か顔付きが悪い男が顔を獰猛に歪めて、遥か地平まで続く背中を眺め、悦に入っていた。

 

 巨大な街という程ではないにしても、一つの集団が彼のいる三階建ての山の如きものにへばり付く30m程はあるだろう塔の周囲に野営地を構えていた。

 

 周囲には数百にも及ぶ竜が並んでおり、大量の奴隷達が竜の世話と物資の運び込みを巨大な断崖に掛った何百本もの橋を使って行っており、中には急がせられて端から落下して見えない谷底に落ちていく者もあった。

 

「また落ちたぞ。はははは、愉快愉快!! 無能な兄を持つと苦労するわ。こんなにも早くオレが出撃せねばならぬとは」

 

 豪奢な金の塗料で塗られた竜の鱗を用いた鎧を身に着けた少年が大笑しながら、人が落ちていく様子を眺め、遥か古の伝説を自らの手で駆る愉悦に震えて、身の丈に合わない玉座でニタニタと下卑た嗤いを浮かべている。

 

「アルクネ様。順調に物資の運び込みが進んでおり、後10時間程で完全に詰み込みが完了致します」

 

 その横には三白眼をギョロリとさせた白い髪の老人が細い体をゆったりとした紫色の法衣に包んで杖を突いてやってくる。

 

「5時間で終わらせろ。それと奴隷共は此処から出せ。我が初陣にクソ共を一緒に伴う事は許さん」

 

「解りました。さっそく指示しておきます」

 

「うむ」

 

 塔の最上階。

 

 一面を見渡す3km先までも見える塔からはカーブを描いた丸みのある崖とその果てが見えている。

 

 荒涼とした大陸の中央から北は無人の荒野が多い。

 

 国々も存在しているが、殆どは都市国家レベルだ。

 

 故に大国たる傭兵国家ガラジオンはそれらから比べれば、天の国とも俗称される。

 

 人には過ぎた力であるバルバロスそのもの。

 

 竜を伴う軍事行動は天災と呼ばれる事もあるのだ。

 

 アルクネと呼ばれた年若い男は王子。

 

 ガラジオンの王族であった。

 

 傭兵国家たる国の王は軍団長と俗称されるが、その配下は国外で傭兵稼業に付く7つの大連隊と3つの軍団に別れている。

 

 三軍と称される軍団は近衛、守備、遠征の三つに別れており、彼らは主に【近衛黒竜団】【竜都鎮護団】【異敵征伐団】と呼ばれている。

 

 其々がイメラベイン、クルーエシス、ウルトニアという特別な三体の竜を預かる団長が指揮しており、この上に軍団総指揮者として王たる軍団長が就いている。

 

「アルクネ殿下はおられるかぁ!!」

 

 塔の下から押し問答の声が続き。

 

 最後には彼らのいる場所に達した。

 

 猛牛のような図体の男が猛烈な勢いでやって来て、ニヤニヤしているアルクネの前に出でて、今にも射殺しそうな視線を向けた。

 

「おう。どうした? ウルトニア団長」

 

「それはこちらの台詞です!! 何をなさっておられるのか!!? 解っているのですか!? これはッ、この竜は軍団長が祖国防衛に用いる為のものであり、我らガラジオン結成以来、一度とて使われた事の無い代物なのですよ!?」

 

「はは、解っているとも!! アズン・ドゥーサよ!! 今の軍団長が、あの兄上があまりにも情けないのでな!? オレがこうして兄上に代わって大陸の上を牛耳る帝国とやらを掣肘しに征くのだ!!」

 

 嘲る獰猛な笑みがアズンと呼ばれた今は鎧も来ていない竜の鱗で出来た正規兵の軍装に外套を羽織っただけの男に向けられる。

 

「どうなされるおつもりか!? あの国に先制攻撃を仕掛けるなど今の段階では無謀に過ぎると全体会議で軍団長が仰ったはず!!」

 

「馬鹿な話だ。この戦力、この竜を得ていて、何を怯えた子兎のように振舞う必要があるというのか。まったく、理解に苦しむ。先の戦で負けたとはいえ、実質的には相手を壊滅させたのだ。我らは何ら問題なく戦えるというのに」

 

「それも仰っていたでしょう!? 我らの次なる敵はあの宿敵バイツネードをも超える本当の難敵になるやもしれぬと!? だからこそ、こうして様々な準備を行って、万全に戦う為の時間を―――」

 

「温いわッッ!? 誰も彼も憶病風を吹かせよって!! 父上が亡くなった途端に弱体になったと主戦派に見限られた軍団長が言う事を誰が支持する!! 国民も国民だ!! あの兄上に軍団長が務まるだと!? 馬鹿馬鹿しい!! 女のデュガシェスを推していた時も思ったが、何故我が名が上がらんのだ!! 王位継承権4位であるこのオレの名が!! いいか!? この猛牛が!! この竜の管理はウルトニアには無い!! そして、この出兵は我ら主戦派閥の総意である!! もしも止めたければ、全員の撤回署名を五時間後までに持って来い!!?」

 

「ぐッ、此処で国力を悪戯に消耗させてはならないとは思わないのですか!?」

 

「はッ!? 消耗?! 消耗だと!? 馬鹿馬鹿しいにも程がある!? 本当にコレに単なる国が勝てると思うのか!? バイツネードすらも本国にあるコレを畏れて、一度たりとも大規模な国境域の戦争は起こっていないのだぞ!?」

 

 ガンガンとアルクネが鎧で玉座の肘掛けを叩く。

 

「今の帝国は正しく彼らが崇めるブラジマハターの如きものに変貌しようとしている!! それを分からずして敵の地に足を踏み入れれば、必ず痛いしっぺ返しを食らいますぞ!?」

 

「フン」

 

 鼻で笑ったアルクネがもう興味も無さそうにヒラヒラと片手で野良犬でも追い払うように手を振った。

 

「もうお前の言葉は要らん。疾く去ね……帝国の悪女だか聖女だか知らんが、この竜を見れば、涙を流して慈悲を請うであろうよ。そして、その時は帝国とやらを滅ぼし、我が名で新たな属国を立てても良いかもなぁ。それに聖女とやらは絶世と謳われているそうではないか。さすがの吟遊詩人共も尾ひれの付いた伝説の嘘は言えても、見目麗しいというところまで創作はすまい? オレの愛人にしてやるのも一興か」

 

 アルクネが下卑た顔でニヤニヤと笑いながら空想を膨らませた様子になる。

 

「……どうしても出撃はお止め頂けないというのですね?」

 

「くどいぞ」

 

「解りました。もう止めませぬ。軍団長からのお言葉だけを伝えさせて頂きますが、よろしいか?」

 

「何だ? あの臆病者の兄上が戦う我に何を言うと?」

 

「もし敗戦した場合、我が国はアルクネ・イラ・ガラジオンは国を裏切って逃げ出した追放者として一切の責任を負うものではない事を帝国に伝える事となる。その場合、その追放者に追従した者も同様として一切の身柄に対する責任は負わない」

 

「くくく、あははっ!!! ならば、伝えておけ!! 間違いなく勝ったならば、貴様は軍団長の座から引きずり降ろしてやるとな!! ガラジオンの英雄はこのアルクネだと国民も理解するだろう!!!」

 

 こうして、その言葉を最後の猛牛の男がその場を後にする。

 

「ジィよ。高々鉄を大々的に作れるようになっただけの国が、竜に愛された我らガラジオンをどうにか出来ると思うか?」

 

「まったく、思いませんな」

 

 玉座の後ろに控えていた老人が答える。

 

「何を畏れているものやら。帝都とやらを襲撃した時も何故あのまま皇帝の首を獲って来なかったものか。不思議で仕方なかったが、風は吹いているな。我らに……」

 

「はい。殿下……あのデュガシェスの部隊を孤立させ、退路を断っていた事で全滅させ、今や我らの路を阻む者はあの弱体の兄君のみ。これより先は英雄アルクネの物語が吟遊詩人共の口に昇り続けるでしょう」

 

「愉快!! 愉快!! ああ、この【ゾンダカーン】を動かして戦うというのだ!! 負ける理由など一欠けらもあるものか!! 目標アバンステア国境線!! 現地を壊滅せしめ、我らの威を示し、帝国に追従し始めた国々にも恐怖とやらを教え込んでやろう。いや、自分から頭を垂れに来るかもしれんがなッ。はははははは―――」

 

「はい。まったくその通りにございます」

 

 こうして五時間後。

 

 竜の国の北部国境線沿いで山が動いた。

 

 それは低空をゆっくりと浮遊しながら動き始め、低い山々の頂上を崩しながら、崖崩れを発生させつつ、一直線に帝国に向けて進軍し始めた。

 

 しかし、その姿はすぐに空からは消え、浮いた島の如き何かの報が帝国の耳に入る事は遂に無かったのだった。

 

―――二か月後、アバンステア国境線、アライム砦。

 

「うわぁ、此処が今日からオレが務める砦かぁ……」

 

 一人の新兵が命令書を持って、アバンステア中央最南端の無人の荒野に続く国境の入り口たる砦にやって来ていた。

 

 周囲には今後の無人地帯で国境拡大を行うべく集められた大量の移住者達が逗留している街並みが広がっており、帝国各地から開拓団が組織されてやって来ている為、大きな建造物がそこらの小国の首都並みに広がる城塞都市となっている。

 

 アライム砦はその城塞と一対になっており、城でこそないが、それに近しい規模である。

 

 その様子は一国の大都市と小国の者ならば考えるだろう。

 

 それが帝国にしてみれば、高が一地方都市以下の場所であろうとも、帝国への御上りさんならば、此処が帝国首都か~~と勘違いするかもしれない。

 

「ここだよな……」

 

 まだ10代後半の新兵が砦の入り口で検査を受け、命令書を持参していた為にスムーズに守備隊の屯所に通された。

 

「お、新入りか!!」

 

「これからよろしくなぁ。新入り!!」

 

「いやぁ、近頃は新入りが多くて困るぜ」

 

「はは、違いない。ようやく三十年来の祖国拡大の時だろうしな」

 

 整理整頓された武具と甲冑。

 

 屯所内部の清掃が行き届いた様子に新兵は目を見張る。

 

 誰も彼も男達は顔こそ髭面なのに何処となく育ちの良さすら感じさせるような身綺麗さで兵隊というよりは裕福な貴族の私兵にも見えた。

 

「こ、これからよろしくお願い致します!! 皆さん!!」

 

「おう、よろしくなぁー」

 

「いやぁ、新兵が増えて嬉しいねぇ」

 

「そういや、この間来たばかりの新兵卒業はどうした?」

 

「おう。それがよぉ。重要な装備を受領したってんで、今はその調整をしてんだと。どうやら小竜姫殿下の例の……」

 

「そういう事か。ああ、なら、オレ達は邪魔だな。おう。来たばかりの新兵。お前より先に来た先輩が今は重要な任務に就いてる。邪魔しないようこれからオレ達は街の巡回だ。一緒に行くぞ」

 

「りょ、了解しました!!」

 

 仮にも街の守備隊は常備軍として編成されている為、規律も練度も行き届いているのは新兵にも解った。

 

 そして、彼らの装備が今までに見た事も無いものである事もだ。

 

「そ、そのぉ、ここの盾や剣は特別なものなのでありますか?」

 

「お? 気になるか?」

 

 フンフンと興奮気味に新兵の目が輝く。

 

 彼の素人目にも解るくらいには剣も鎧もピカピカだったのだ。

 

 年季の入った様子も無く。

 

 その上で明らかに鉄でも無さそうな光沢を放っている。

 

「こいつぁな? 小竜姫殿下の家臣団の方々が研究して作っているって噂の最新の代物なのさ」

 

「さ、最新……ゴクリ」

 

「何でもバルバロスの遺骸を用いて造った曰く付きで……竜相手でも戦い抜けるらしい」

 

「りゅ、竜相手!?」

 

 竜とは明らかに人間がどうこう出来るものではない。

 

 そんな事は常識だ。

 

 帝国の常識ではない。

 

 世界の殆どの民間人にとっての常識である。

 

「ああ、それに此処には秘密兵器もあるしな」

 

「ひ、秘密、兵器……グビリ」

 

 守備隊の髭面なおっさんが1人。

 

 ニヤリとして新兵の肩を抱く。

 

「何だ? 知りたいのか? 新兵の癖に知りたいのか? オレ達、帝国本土国境警備隊の秘密を……」

 

「は、はい!! ご、ご教授頂ければ!?」

 

「ふっふっふっ……じゃあ、そこの覆いがしてあるところを取ってみろ」

 

 屯所横の矢が大量に箱で置かれた一角に布地で覆われた場所があり、その布を一つ新兵が取ってみる。

 

 そこにはブラジマハターの刻印がされた木製の箱が並んでおり、その一つを取って来るように言われた新兵がズシリとした重さにドキドキしながら、屯所のテーブルにソレを置いた。

 

「開けて見ろ」

 

「は、はい……こ、これ……弩弓の矢でしょうか?」

 

 それはかなり太い長さのある矢だった。

 

 その鏃は鋼のようにも見えるが薄暗い漆黒の色合いで何処か宝石染みている。

 

「これは?」

 

「こいつは竜すら射殺す帝国の最新である機械銃弩の矢だ」

 

「きかいじゅうど?」

 

「ああ、街のあちこちの屋上に設置してある設置型の弩弓に装填して使うんだ。近付いて来た竜はこれでイチコロだな」

 

「ほ、本当でありますか?」

 

「ああ、勿論。連射も出来るぞ」

 

「弩をですか!? さ、さすが重要拠点……」

 

「お前、何処の田舎から出て来たんだ? 今じゃコイツが帝国の国境沿いの街には順次配置されてるんだぜ?」

 

「竜すら帝国の前には……」

 

「さ、分かったら行くぞ。ちなみにその矢はいつでも打てるようにオレ達の背中へ背負う盾に必ず8本装備する。そこらの剣の4倍は重いから踏ん張って歩けよ? ちなみにコレでオレは体重がかなり落ちた」

 

「飯が旨くなったって体重増えてただろ!!」

 

 髭面に周囲からヤジが飛ぶ。

 

「うっせぇ!! もしコイツを束ねて背負ってなかったら、今頃ぶくぶくに太ってるんだよ。く、帝都式の定食屋ってのにも後で連れてってやる!! そして、ぶったまげるがいい!!」

 

「りょ、了解しました!!」

 

「ははは、じゃあ、行くか」

 

 和気藹々とした守備隊の人間に習い。

 

 ピカピカの新装備を貰った新兵は大きな盾に矢を八つ束ねてラック状になっている部分に嵌め込んで上半身に付けた背中のハーネスに引っ掛ける形で背負うとズッシリとした重量に僅か蒼褪め……それでも何とか他の男達と共に腰に剣を佩いて歩き出した。

 

 そうして新兵は街の大きさと新しい風が吹いているという事を感じさせるに足る様々な政策による活況な商売や活発な住民、市場の賑わいを見て……帝国が今までとも違って進んでいるような感覚を味わう。

 

 その上、帝都式と呼ばれる店舗で食事を摂った時には昇天してしまうかという衝撃を受けて、すぐに奢ってくれた古参兵達に礼を言いながら一生懸命、見知らぬ美味を味わう事になったのである。

 

―――数時間後、帝国国境より34km地点高度3000m上空。

 

 今、帝国に迫る脅威を1人の竜騎兵が見付けていた。

 

 凡そ半径4kmの空飛ぶ透明な何かが遥か上空からはしっかりと輪郭を露わにして見えていたのである。

 

 すぐに仲間を呼ぶ事を考えた彼だったが、連絡を取っている間に街が襲われて滅ぶだろうと判断。

 

 自分に与えられた真新しい戦術兵器。

 

 竜の背の鞍に備えられた武装を今、此処で使う事を決断する。

 

 それは彼がその権利と義務を与えられた砦付きの唯一の竜騎兵だったからだ。

 

 帝国は広い。

 

 そして、その周辺と内部に兵を置く以上は分散配置になる。

 

 彼のような特別な訓練を受けた兵は六千人しかおらず。

 

 同盟国にも彼の仲間は配備される最中であり、その力の使い処は正しくこのような時の為だった。

 

「姫殿下……どうか、我が決断をお許し下さい」

 

 彼は若かったが、彼らの中では六千番中4800番代。

 

 綿密に付けられた点数の上では上位層にすらなれない彼であるが、彼より上の者も下の者も等しく一つの権利を1人の少女から与えられている。

 

 それは単純無比である。

 

 国家と国民を護る為に世界を壊す兵器を用いる権利。

 

 広大な大地を破壊する事は無くても、強大な何かを殺す事が出来る兵器。

 

 これがたった4日前に最新鋭の戦術兵器として六千人の兵に1人四発ずつ貸し与えられたのである。

 

 これの盗難や紛失は死罪として裁かれる。

 

 黒き鎧の彼は一兵卒として、帝国最初の狼煙を上げてしまう自分が最優の中でも格下である事を恥じながら、静かにその四本の内の一本を取り上げて、腕部の発射機構に装備した。

 

 その武装は死んでも大地に対して横に放ってはならない。

 

 それは帝国の死を招く。

 

 だからこそ、彼らは遥か天空にあるのだ。

 

 通常の竜騎兵では届かない高高度。

 

 今までは竜の国の偵察兵が何とか行っていた高度の更に上に座す。

 

 それは武装を天空……高度13000mから大地に落とす為である。

 

「高高度高速下降準備。酸素缶確認……残量良し」

 

 毎日、帝都から届く酸素を発生させるバルバロスの細胞を用いて造られた酸素缶は一つで12時間は高高度での酸素の供給を可能とする代物だ。

 

 中身は彼らには知らされていない。

 

 だが、それを帝都から送られ、送り返し、適宜使い続けながら、演習染みて単独個人で空の覇者足らんと自己鍛錬、予定されている訓練を積む彼は正しく超人の類であろう。

 

 たった一人の少女から与えられた能力と兵器がソレを為す。

 

 そして、だからこそ、彼らが持ち寄るのはその心一つのみ。

 

「我が祖国よ。今日も平穏なれ。我らが腕の内に在る限り……」

 

 彼と愛竜の降下はまるで流星の如く。

 

 その特別な鎧によって鎧われた竜すらもとある少女が力を与えた真なる化け物の一体であり、他国の竜騎兵の常識を遥かに覆す力を秘めている。

 

「(あそこかッッッ)」

 

 その見えざる何かの中枢を透明ながらも一目で見抜いたのは彼の瞳があらゆる波を見ていたからであり、彼がちゃんと学んでいたからだ。

 

 対巨大バルバロス用の戦術を。

 

 最も重要なのはバルバロスの心臓と脳の位置。

 

 そして、同時にそれを操る何者かの居場所だ。

 

 今回、透明化していても輪郭のある巨大なバルバロスの上には明らかに高い場所が存在していた。

 

 脳と心臓の位置は不正確だろうとも制御中枢があるならば、叩き潰す事は出来る。

 

 そして、それは彼には塔の形に見えた。

 

 彼が射出位置として判断するにはまったく十分過ぎる。

 

 初撃の座標は決まった。

 

「汎用戦術兵器【レ-ヴァティン】第一射……射出ッッ」

 

 誰もその声を聴かない。

 

 アグニウムを用いてモンロー効果のある弾頭を簡易の無誘導ミサイルとして放つ一撃必殺の対バルバロス兵器。

 

 あらゆる物体を焼き尽くしながら直進する威力とその背後に逆流する猛烈な余波。

 

 この力によって全てを蒸発させるソレは戦術兵器としてすら利用には危険が伴うものだ。

 

 一地方に絶大な異変を引き起こした試射後、更に威力を落して安全性を高めたソレは低速で射出され、少しずつ加速するという火薬の燃焼制御技術の進展で得られた爆弾よりも更に高度な技術の下にある。

 

 極めて原始的でこそあるが、アグニウムを発射した瞬間に爆発させないだけで研究者達の苦労が偲ばれる代物だ。

 

 そして、ソレがほぼ塔の直上500mから彼の腕の装甲に備えられた機械式の小型撃鉄によって尻を叩かれた瞬間。

 

 瞬時に発火と同時にパージされ、凡そ数秒で猛烈に加速。

 

 彼がその場から街に向けて一端離れた十数秒後。

 

 人の手による誘導にも関わらず巨大な地域とも呼べる空飛ぶ何かの中心。

 

 塔の真上から炸裂し、その地方の誰もが空を見上げていれば、遠方に細い細い空と大地を結ぶ光の柱を見る事になる。

 

 それが凡そ10gのアグニウムと炸薬による直径40m、長さ5000mにも及ぶ巨大な閃光である事を射出した当事者達だけが知っている。

 

 夜、無人地帯に空を破壊しそうな程の絶叫と震度5の地表で発生した地震が襲い掛かり、荒野に隣接する山岳では土砂崩れが多発したが、生憎と夜という事もあって、野外で巻き込まれた者は0人だった。

 

 記しておく事があるとすれば、それは何故か一晩で巨大な山が街を一日程進んだ先に現れた事であり、遠方から飛んで来た風の爆弾が街の外壁に被害を与えた事であり、人々が地震から崩れた市街地の復旧作業を行っている間にも少数の竜騎兵が街を襲撃して来て、すぐに撃ち落とされた事であろう。

 

「先輩!! 西地区の復旧作業に行ってきます」

 

「おお、解った。東は井戸をやられたらしくてな。こっちはそっちでの作業だ。終わったら、中央区の瓦礫の撤去だ。ああ、そうそう」

 

「はい?」

 

「これから帝都から一師団街に来るらしい。何でも無人地帯で巨大なバルバロスの遺骸が発見されたから、しばらく入植は延期だってよ」

 

「もしかして、あの恐ろしい声と地震て……」

 

「ああ、此処だけの話。どうやらどっかの国が攻めて来たらしい」

 

「えぇ!? た、大変じゃないですか!? じゃあ、あの竜騎兵の連中も野盗とかじゃなくて、そういう?!」

 

「さぁ? 撃ち落とされて即死だったからなぁ。全員……」

 

「お前らぁ!! 油売ってんなよぉ!!」

 

「は、はーい。今、行きます~~」

 

「それにしても本当に何処の国が?」

 

「まぁ、そう焦るな。ウチの精鋭がどうにかしたらしいから」

 

「どうにかしたって……相手は軍隊なんですよね?」

 

「さぁ? でも、オレらに何も言われて無いって事は知らなくてもいい事なんだろ。きっとな……」

 

「相手はどうなってるんですか?」

 

「一応、お前の先輩新兵が調査してるが、問題無さそうだってさ。どうやらぺしゃんこになったらしい」

 

「ぺしゃんこ?」

 

「バルバロスのせいでグシャッと潰れたんだと」

 

「つ、潰れたって……」

 

「何でも空を飛んでて落ちた衝撃で血の染みになったらしい」

 

 巨大な一地方程もあるような物体の上で竜に乗る暇も無く落ちたのだ。

 

 竜に咄嗟に乗れた者は少なく。

 

 地形毎瞬時に落ちて致命傷になった事は間違いない。

 

「は、はぁ……夜に光が見えたのも関係あるんですかね……」

 

「知らなくてもいいなら知らずにいようぜ? 難しい事は上の人の領分だからな」

 

「……解りました。それにしても帝国に喧嘩を売るなんて、そんな馬鹿な国ってあるんですね。何処かの小国だったんでしょうか?」

 

「案外、大国が攻めて来たけど、ウチの守り神がどうにかしたのかもな」

 

「守り神?」

 

「いや、何でもない。尉官以外には関係の無い話さ。さ、隊長からどやされない内に復旧作業イクゾー」

 

「お、おー!!」

 

 こうして当事者の人々は何も知らず。

 

 今日も平和を享受する。

 

 呟かれる噂を帝国は肯定も否定もせず。

 

 一日で現れた大きな山の調査に帝都から訪れた師団が向かうのはそれから1か月後の事であった。

 

 帝国に程近い何処の国にも所属していない空白の領域がそれから少しの後に帝国領土に編入された事は他国も聞き及んだ。

 

 しかし、帝国が荒野に突如として現れた山を管理し出したという事以外は殆どの者達にはまるで分らず。

 

 竜の国からのそれとない情報を探る外交ルートでの問い合わせには短い文言が返されるのみに留まった。

 

 曰く。

 

『帝国は今日も晴天なり。先日、荒野にある山を一つ領土に編入した事以外は何も無い平穏無事な毎日である事をお約束しますよ』と。

 

 竜が墜ちて数日。

 

 竜の国の調査隊が纏めた報告が帝国の聖女が来訪する直前に軍団長とその周囲に出される事となったが、それを竜の国の上層部は黙殺する以外に無かった。

 

「身内の恥じか……」

 

「軍団長……」

 

「何も言うな。何もな……惜しい人材と人命が1人も乗っていなかった事だけが救いだ。それだけでいい……」

 

「ハッ」

 

「あの馬鹿の尻拭いもせねば……帝国では奴隷達の開放政策をしているとも聞く。この際だ。我が国も奴隷は身分を解放しようか」

 

「よろしいので? 労働力はどう致しますか?」

 

「この際だ。知能の低い竜の本格的な家畜利用を進める。先日の事で奴隷の纏め役達がお冠だ。これ以上厳しい立場に置けば、国内での治安維持で血が流れる。解放後は1人1人当人の値段の3倍程度を渡してやれ」

 

「わかりました。ですが、反発は避けられないでしょうな」

 

「人間を使うよりも効率的で竜達にも我が国の一員として仕事を与えるのだとでも言ってやれ。そして、生産現場に参加する竜は兵役に出さないとすれば、少なからず乗って来る者はあるだろう」

 

「どうしてそこまで?」

 

「奴隷と呼ばれた彼らがこれから来る嵐に喜んで飛び込んで行ったら、悪評どころの騒ぎではなくなるぞ」

 

「ああ、そういう。確かに……帝国は奴隷解放を行っている関係で直接奴隷に落とされた者達以外からは正しく楽園扱いらしいですからな。風の噂とは怖いものです。我が国ですら、帝国の聖女を信仰する者がいるらしいと治安維持部隊からは毎度報告が上がってきています」

 

「あの竜の如き相手では政治面からも万全とはゆかないか……」

 

「では、言われた通り……すぐ陣営に施策の準備実行の伝達を」

 

「ああ、それと主戦派の連中の追及と追い落としも忘れずにしておいてくれ。性格に難がある者や私腹を肥やして悪事を働いていた者。権力を手放しそうにない者には追及を厳しくするよう厳命を」

 

「了解致しました………墓はどう致しますか?」

 

「生憎とこれから世の趨勢を左右する逢引になる。これからの仕事量でそれを忘れていなかったらでいい」

 

「来ますな。嵐が……」

 

「ああ、我が国始まって以来のな……バルハザドからの手紙だとあちらでバイツネードの蠢動が激しくなった為、直接来られないそうだ。小竜姫への個人的な感想も乗っていたが、我々には芳しくない報告だけだったな」

 

「この機に動きますか。彼らも……」

 

「あるいは彼女の来訪を機に動かざるを得ないのかもしれん」

 

「何とも波乱ですな」

 

「だが、あちらの様子は大体解った。とにかく、手を出すなと何処にも厳命しておけ。特にクルーエシスとイメラベインの団員にはな。一応、掌握しているとはいえ、愛国者の扱いには難儀する」

 

「未だ軍団長を認め切らぬ頑固者達です」

 

「それはこちらも同じだ。自分の実力は解っている。父に比べれば、まったく弱体と謗られても頷ける。あいつらは正常だとも」

 

 部下が謙虚な上司の言にもう少し不遜に振舞ってくれた方がいいのだが、という本音を喉の奥に呑み込んでおく。

 

 先代の軍団長が豪放磊落だったせいで国内的には今の青年はかなり控えめに見劣りすると見られているのだ。

 

 だが、実際には父親よりも優れた軍事と政治の才覚がある。

 

 カリスマが無いという事を除けば、事務官僚気質で目立たないだけで一国の棟梁としての力量は人間的な魅力を除いても十全だった。

 

「連中は伝統的で常識的なだけに過ぎん。だが、これから先……父のように統治しては我が国が滅びるだろう」

 

 竜の国の中枢で遥か地表の街並みを山肌の城塞から眺めながら、一人の青年は2人の少女を空に幻視する。

 

 一人は彼よりもまた父に近く。

 

 しかし、確かに統治者となれば、時代を生き抜けていたであろう妹。

 

 もう一人はその妹が認め、世界が認めざるを得なくなっている真なる時代の先駆者にして恐ろしき力持つ支配者。

 

 たぶんはこれから彼の下に来る2人。

 

「必要なのは時代に即した者だ。適応出来ない者は自然に生きる動物達のように淘汰されていくしかないのだから……」

 

 こんな時にこそ、妹がいれば、国は安泰であったはずなのだ。

 

 という、言葉は喉の奥に呑み込まれた。

 

 二日後、確かに竜の国にして傭兵国家たるガラジオンには嵐が訪れる。

 

 晴天に黒き空飛ぶ船が浮かぶ光景を多くの国民が目撃する事になった。

 

 わざわざ低空を移動する異様な人工物。

 

 それを見た者達は自分達と同じ空を制する何者かの来訪を敏感に感じ取りながら、それが竜などとは異なる、自分達の価値観ともまた別種の文明である事を理解していた。

 

 空に2人の覇者は並び立たぬ。

 

 とは、彼の国のことわざだったが、それにしても暴走し、祖国防衛の為に据えられていた強大な竜を率いて、王族の1人が国から出奔。

 

 その後、音沙汰もないという噂と事実を知る者達にしてみれば……それは入れ替わりにやって来た特大の問題に見えたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。