ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第89話「土産の押し付け方」

 

「あむ……旨いな。少し塩気はキツイが……」

 

 羊の串焼きを齧りながら、フードを被って北部皇国見物と洒落込んでいた。

 

「あのぉ……船に帰らないんですか?」

 

 アディルが大通りの中でヒソヒソと訊ねてくる。

 

 フェグは近くの屋台を回りながら、大量の持ち運び出来そうな木箱で買い込んだ現地の食糧をせっせと乗り換えた馬車に積んでいる。

 

「北部皇国の諜報員の練度とか。親衛隊連中の練度とか。北部皇国の民度とか。色々見たかったからな」

 

「え? もしかして、見られてます?」

 

「ああ、近場の街中に30人くらいはいるぞ」

 

 アディルの額に汗が浮かぶ。

 

「これでも結構訓練は積んでるはずなのですが、分かりません。うぅ……」

 

 少し落ち込んだらしい。

 

「仮にもバイツネード連中と対抗して来た本物ばかりだろ。兵隊に毛が生えた程度の連中じゃどうにもならない。ちなみに大通りの店の中にも協力者がちらほらいるな。恐らく」

 

「あ、あのぉ、どうしてお解りに?」

 

「まをー?」

 

 今はアディルの頭に載っている黒猫も首を傾げた。

 

「視線を感じただけだ。それも妖し気なものを見る視線じゃない。人の動作や視線は半径100m圏内なら背後まで解るようになったからな。近頃は……」

 

「あ、はい。こちらに分からないって事が解りました」

 

 理解を諦めたアディルが肩を落とす。

 

「民度はさすがに低くない。食料も適正価格より少し高いくらいだ。この程度は商魂逞しい連中ならよくある額だな。品揃えはさすがに帝国よりも良いな。特に香辛料とか大陸の上にはないものが山積みだ」

 

「……一つお聞きしてもいいですか? 姫殿下」

 

「何だ?」

 

「どうして先程、あんな事を?」

 

「どの、あんな事、だ?」

 

 その時点でアディルは質問を諦めそうになったが、すぐに被りを振って勇気を絞りつつ、訊ねてみる事にしたようだ。

 

「ノイテ隊長からこの国が恐らく対帝国の合同軍の中核になるとお聞きしました」

 

「その可能性が高かったな。今までは……」

 

「え?」

 

「今日、その可能性が低くなったから、まぁ……継承戦争みたいにお前のとこの祖国が表に立つ可能性が一番高くなったな」

 

 アディルの額に汗が浮かぶ。

 

「……姫殿下にとって、そんな可能性のある国にどうしてああいうお節介を?」

 

「ああ、そういう事か」

 

「そういう事?」

 

「単なる基本指針だ」

 

「基本、指針?」

 

「いいか? 単純な話だ。真っ当な政治家や真っ当な国をオレは相手にしたいと思ってる。だから、何処でも真っ当じゃない部分があると断じたら、オレはああいう風に忠告するってだけだ」

 

「真っ当……」

 

「簡単だろ? 民をしっかりと導く政治家や貴族がいて、指導者層は国民を教化し、後ろ暗い事を少しずつでも排除して、明るい路を歩ませてやる。泥を被るのが政治家の仕事であって、その点であいつらは満点だ」

 

「ま、満点? 糾弾していたの間違いでは? あの冊子……一応、見ましたけど、とてもそうは思えません」

 

「そうだなぁ……例えば、敵国に与した集落の国民を殺害したのは見せしめというよりは純粋に殺さなきゃならなかったから、なんだよ」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「現有の国境地帯は小競り合いの場だが、その境界線に住まう人間はそれだけで相手の侵攻の言い訳に使われる」

 

「それは解ります。はい……」

 

「ちなみにその集落はそんな状態寸前だった。だが、村落は内部分裂してたらしくて、どちらに付いても困るし、どちらについても破滅する。当然のようにどちらの勢力も両国に応援を求めた」

 

「それが何故、虐殺になるのか分かりません。自分の味方になってくれるのならば、保護するべきなのでは?」

 

「あのなぁ。そんなのが通るなら、国境線は変更されまくりだ。そして、当時の情勢下だと南部皇国軍の残党が国境沿いにはウロウロしてた。そいつらが一気に現地へ流れ込めば、否応なく再戦。今度は泥沼だ」

 

「まさか、偶発的な戦争の再開を避ける為に?」

 

「ああ、そうだ。竜の国が引き上げたタイミングの事で現地軍の消耗具合からして、穏便に済ませなきゃ泥仕合で更に大量の死人が出てただろうな」

 

 アディルが僅かに苦し気な顔になる。

 

「傭兵国家出身だと救えばいいじゃないかって、そう左程の事も無さそうに見えるだろ? でも、実際にはそういう現場で戦う兵士連中は貴重な存在であり、戦争が終わった後の泥仕合なんて馬鹿馬鹿しい戦いで意味もなく目的もなく摺り減らしてたら、滅亡まっしぐらだ」

 

「だから、問題になる前に?」

 

「そういう事だ。その当時、もしも一強という程に北部皇国が圧勝してれば、殺されなくて済んだ連中だ。だが、そこまであの頑張ってる連中に求めるのは酷だな」

 

「………」

 

「悪事の類だとしても必要だった。そして、必要だから、それ以外の方法を見付けらないから、そうする。そうするしかなかったって言い訳をせずにそうしたんだ」

 

「姫殿下でもそうすると?」

 

「……その状況で、手札がそれしかないなら、そうする。それを決断出来るヤツがこの国にいた事は少なくともオレにはまだ幸いな事に見える」

 

「そうでしょうか……」

 

「何もかもを道連れにして村一つの為に国家の国民全員を危険には晒せない。その決断こそが政治ってヤツだ」

 

「恨まれそうですね……」

 

「私腹を肥やす為に民間人を虐殺する独裁者より百倍マシだとも。殺された連中にしたら、同じだろうがな」

 

 アディルは何とも言えない沈鬱そうな顔であった。

 

 何せ自分が救った国は救い切れていないからこそ、悪事に手を染めたと言われているのだから。

 

「でも、そういう誰かの決断の上にこの国家は今もこんな旨い串焼きが食えたり、少しでも戦争の傷を癒そうと必死に商売に熱を入れる商人が働ける場所として存在するんだって事は覚えておいてくれ」

 

「………どうして、貴女が擁護なされるんですか? 姫殿下」

 

「苦労が偲ばれる同業者に同情してるだけだ。オレはまだそういう事はしなくていいだけ幸せな方だ。ウチの帝国は人材にも国力にも恵まれてるしな」

 

 串焼きを齧り切り、屋台の銅製の串を返却する場所に返して、そのまま歩き出す。

 

「何か言いたげだな」

 

「下の兵隊はノイテ隊長やデュガシェス様のような国家の趨勢を決められる立場に身を置いている方達のようにはいきません」

 

「だろうな」

 

「でも、貴女をノイテ隊長が認め、デュガシェス様が慕っている理由は何となく解りました。お二人に訊ねられなかった事の答えは貴女にあった。姫殿下」

 

「それで?」

 

「いえ、その……それだけです」

 

「別に祖国に帰ったっていいんだぞ? それが出来ないって感じるなら、例のノイテの父親に泣き付いたって構わないしな」

 

「……そんな事は」

 

「そもそも、お前はあの2人に差し向けられた連絡係だろ?」

 

「―――」

 

 アディルの顔が初めて内面の硬直を表に出しそうになって止まる。

 

「近頃、バイツネードの情報部門を預かってたヤツの力を手に入れたから、人の心理が更に良く見えるようになったんだ。で、暗示と思い込みってのはこの世界でも侮れない程に効果的なのが解ってな。一度、帝都に戻ってから色々と身辺関係者を洗い直したんだよ」

 

 その言葉と共に相手の今までの状態が平静なものから動悸していた。

 

 心理的な枷が外れて、何かを思い出したのだろう。

 

「自覚が無い。あるいは覚えてない事が前提の暗示や思い込みを相手に摺り込む関連の技術がバイツネードにあるなら、竜の国にもあって然るべきだよな」

 

「………」

 

「ちなみに何かこういう状況での言伝はあるか?」

 

 こちらの言葉に観念したように少女が瞳を俯ける。

 

「ありません……」

 

 少女の内面から情報が読み取れるようになった。

 

 暗示の一部には恐らくもしもの時には素早く行動するようにとのプロトコルも含まれているようだが、生憎とそれは自分の傍では不可能だ。

 

 クラゲさんの触手による力は偉大であり、暗示による強制的な体の反射による行為は行えないように侵食時にはしっかり命令を刻んでおいた。

 

「私の事、どうしますか?」

 

 アディルがようやく何かジャーマンシェパードっぽく見えた。

 

 こうして自分を取り戻した相手は確かに凛々しい。

 

 少女と言えども傭兵。

 

 歴戦の兵だった。

 

「どうもしないとも」

 

「どうも?」

 

「お前が知り得た事をあちらに流したからって今からあちらに何が出来る?」

 

「何って……それは対抗策、とか……」

 

 思わず苦笑が零れた。

 

「そうか。なら、問題無いな」

 

「問題、無い?」

 

「いいか? 忠犬なアディル君。オレはいつだって別に話して問題無い事しか話さないし、話してどうにかなる事しかしてない」

 

「……そう、でしょうか」

 

「ああ、そうだとも。例えば、お前が知る情報を全て竜の国に渡したとしても、相手には対処しようがない策しか用意して無い」

 

「ッ」

 

 アディルがあまりにもあんまりな顔で愕然としていた。

 

「なぁ? アディル。オレの研究所を襲えば、オレの計画は止まると思うか?」

 

「止まるはずです」

 

「答えは否だ。オレはあの表向きの研究所だけで研究してるわけじゃない」

 

「?!」

 

「オレの戦力を推計すれば、オレの戦略を止められると思うか? 答えは否だ。戦力は随時、あいつらにも知らせない様々な形で増産してる」

 

「ッ」

 

 ようやくアディルが言われている事の内容が解って来たようで汗を浮かべ始める。

 

「オレの戦術的な能力を知れば、オレを止められると思うか? 答えは否だ。今のオレの個人戦力を止められるのはそれこそ竜の国の上層部が所有するヤバイ切り札くらいだ」

 

「これからその場所へ行くのでは?」

 

「だが、そんなのをどうやって高速で移動出来る上に計略を巡らすオレに当てる? 捉えて叩き込む? それは何処なら可能なんだ?」

 

「それは……」

 

「まさか、自国を破壊してまでオレを殺そうとするか? その覚悟があるなら、甘んじて対決してやってもいいけれども……国民にそれを押し付けるのはかなり国家としては減点だな」

 

 そこでアディルはようやく畏れらしきものを貌に浮かべた。

 

「オレの資産や人員を誘導したり、瓦解させれば、オレは止まると思うか? やっぱり、否だ。オレは必ず人員の予備を用意して各地に配置してる」

 

「よ、予備?」

 

「同じ人間はいないが、同じような技能を持ったヤツが、必ず誰かがちゃんと所定の様式に沿って同じ任務を遂行するだろう」

 

「……そういった組織を作っていると言うんですかっ」

 

 僅かでも反論せねばという少女の言葉が危機感を孕んで高まる。

 

「勿論だとも。オレが確約しよう。先行した分の行動は帳消しにならない。今や帝国の技術力はオレの研究所のものだけじゃない」

 

 あの技術の一部とはいえ。

 

 それでも先行分野の叡智は小分けにして帝国の各地の研究者達に共有させている。

 

「各分野の最先端はもう既に各地の連中にもある。それを奪って使う事は竜の国にだって出来るだろうとも。だが、それを実用化して効率的に運用するとなれば、今のところは何処の国にも不可能だな」

 

「そんな事……」

 

「一番の問題は時間だ。もう世界情勢的に対帝国の機運と共に侵攻は秒読みだろう。一年以内の開戦だ。それに何を間に合わせれば、オレが育てた帝国に勝てるのか教えて欲しいな」

 

「祖国には……」

 

「バイツネードを滅ぼした竜がいる、だろ?」

 

「………はい」

 

 それは精一杯の強がりなのかもしれない。

 

 相手の額には汗が浮いており、そんな事はとっくの昔に知っているという事は相手も解っている。

 

「そうだな。オレ単独個人相手なら、滅ぼせるかもしれない」

 

 嫌な予感を感じたような顔で少女が固まる。

 

「だが、人間の力ってのを侮り過ぎじゃないか?」

 

「人間の力?」

 

「この間、帝国陸軍と関係者には言ってたんだが、世界を滅ぼせる兵器はもう試作も実験も終了させた」

 

「―――ッ」

 

「だが、これを世界の滅亡ではなく。バルバロスという単一の強大な存在を滅ぼす為に転用し、更に研究開発を進めさせた。おっと、これは秘密だぞ?」

 

 ニコリとして見せるとペタンと少女が尻もちを付いた。

 

「その結果を教えてやる」

 

 ゴクリした少女に手を伸ばす。

 

「10000分の1の威力で人里の無い北部同盟の無人地帯。大量の危険なバルバロスがいる地域の山岳の麓で一回だけ試験をしたんだが……」

 

 少女の額にはダラダラと嫌な汗だけが伝っていた。

 

「何と威力は控えめで井戸くらいの大きさの穴が出来た」

 

「井戸?」

 

 少女が手を取って立ち上がる。

 

 その手は当然のように汗ばんでいる。

 

「ああ、結局は穴の底は測定出来なかったがな」

 

「どうして、ですか?」

 

「水が噴き出た後に今度は周辺の大地の隆起現象と地割れと地震が起きてな。地域一帯の河川が温水。いや、温泉になった」

 

「――――――」

 

「どうやら地下の火山内部の溶岩が溜まってる部分まで貫いたんじゃないかと推測してる。それが地域一帯に上がって来て、大きな地下水脈を熱してるんだろうな。まだ行った事は無いんだが、南部皇国の件が終わったら行ってみるつもりなんだ」

 

 少女はもう声も無いようだった。

 

「ちなみにその後、地域から逃げ出そうとしたバルバロスの討伐をドラクーンの演習に組み込んだが、5万匹くらい駆除したそうだ。予想より遥かに多くて笑った。しばらくは北部のバルバロスの被害も減るだろう」

 

「ごまっ―――」

 

「ちなみに正真正銘誓ってドラクーンの数は6000人だ。それ以上は秘密裡に訓練出来なかった。今はドラクーンの戦略予備の部隊を作ってる最中だ」

 

 それだけで相手の顔色は蒼くなっていく。

 

「各地に散らした連中に教導官として戦術戦略、戦闘技術を叩き込ませてる。ざっと4万人だ」

 

「………」

 

 もうただ呆けて聞いている状態の少女の頭を撫でておく。

 

「そんな顔するなって。オレよりも真面目に真っ当にあらゆるものを修めて、あらゆる準備をして、普通に戦えば、オレには勝てる」

 

「それは、その方法は……」

 

「オレが言うんだから、間違いない。戦争が始まるまでにそういう準備を終えれば、勝てる。オレよりも優秀でまともな個人と国家だとの自負があれば、簡単なお仕事だろ?」

 

「ごしゅじんさま~~」

 

 フェグがようやく粗方買い終えた様子で走って来る。

 

「帰るぞ。ああ、その後ちょっと挨拶してくか」

 

「あいさつ?」

 

「ああ、部下の父親に菓子折りくらいは持って行こう」

 

「お菓子?」

 

 首を傾げながら後ろからギューしてくる少女を引きずり気味にしながら、トボトボと何か絶望的な顔で付いて来るアディルの方をポンポンしておく。

 

 船に帰るとすぐにメイド達がやって来て、アディルを虐めた人物として何か理不尽なくらいに嫌味を言われるのだった。

 

 *

 

 ノイテの父。

 

 バルハザト。

 

 竜の国の重鎮の1人であるらしい男に会いに行くのは数時間後。

 

 船で乗せた釜で簡易に菓子を焼いて詰めてからの事だった。

 

 昼過ぎには戻れたので夕暮れ時である。

 

 自分達を尾行していた人物達の1人にバルハザドの居場所を副棟梁の能力で聞き出して、普通に馬車で建物に乗り付けた。

 

 ちなみに宮殿域から少し離れた兵の詰め所の二階であり、兵達に部下の父親に挨拶しに来たとニコリしたら、慌てた様子ですぐに二階へ駆け上がり、十数秒後には死ぬほど急いで戻って来て、すぐに通してくれた。

 

 ちなみに今までこちらを付けていた人々は誰も彼も顔色が悪かったのは間違いないが、ノイテの顔を見て気配が変わった者も数人はいた。

 

 何かやたらともしもの時は……みたいな物騒過ぎる剣呑さだったが、生憎とこっちは単なる挨拶である。

 

「……ノイテ。少し変わったか」

 

「ええ、父さん……」

 

 親子の感動の再会にはさすがにならなかった。

 

 が、挨拶だと言えば、畏まった様子で貴人らしい礼儀で出迎えたバルハザドはノイテの短い説明に片膝まで折ってくれた。

 

「御身の慈悲深さに感謝を……フィティシラ・アルローゼン姫殿下」

 

「いえ、頭を下げねばならないのはこちらです。随分と長い間、連絡を取らせる事もしませんでしたから」

 

「そうですか。今はそちらでお世話になっているとの話。娘はデュガシェス様と共にいるという事ですが、軍団長の言っていた事は本当だったようで」

 

 立ち上がった男が掛けて欲しいと椅子を引かれたので座っておく。

 

 ノイテも同じく横に座った。

 

「ええ、良い将と良い参謀達でした」

 

「今を時めく方に言われては若も喜ばれるでしょう」

 

 バルハザドは柔和だ。

 

 人が出来ていると言うべきか。

 

 私事と仕事は切り離せる優秀さは時に血を分けた娘の死にすら発揮されるものだろうが、それにしても落ち着き払っている。

 

 きっと、前以てあの若と呼ばれた青年に色々と聞いていたのだろう。

 

 夕焼けが射し込む詰め所の二階は半ば私室のように使われているのが解った。

 

 恐らくはあくまで表向き宮殿とは関連が無い食客のような立ち位置で北部皇国に仕えているに違いない。

 

「それで今日は挨拶にとの事でしたが……」

 

「はい。部下の父親に差し入れを持って来ただけです」

 

 フェグにバスケットをテーブル横に置かせる。

 

「実は料理には自信がありまして。女子供の食べ物ではありますが、菓子などを少し……部下の方々とどうぞ」

 

「誠に感謝致します。姫殿下」

 

 頭を下げたバルハザドはやはり柔和だ。

 

「父さん。母さんや近所の子達はどう?」

 

「ああ、心配ない。あいつはいつも手紙を出すと愚痴を何倍にもして返してくれる程度には元気だとも」

 

 肩を竦める様子は陽気なジェントルマンみたいな感じだろうか。

 

 そんな父親にノイテが僅かに笑みを浮かべる。

 

「そう……安心した」

 

「そういうお前はどうなんだ? ご迷惑をお掛けしてはいないか?」

 

「秘書役、侍従役をしてる。死ぬ程大変だけれど」

 

「お前がデュガシェス様以外に仕えるとはな……」

 

「デュガシェス様は自分の意志で帝国にいるの」

 

「そうか。もう戻ってくる気は無いのだな」

 

「ええ、何回か聞いてみたけれど、決意は変わらないみたい」

 

「……正直に言う。前軍団長……デュガシェス様の御父上。我が永久の主の決断を今も支持している」

 

 デュガシェスの部隊を囮にして見殺しにした事はこの父親的には戦略的にも正しかったらしい。

 

「解ってる……デュガシェス様も恨んでるわけじゃない。全滅した部下達の事を忘れてるわけでもない。ただ、新しい路を見付けたの」

 

「新しい路、か」

 

 ノイテが真っすぐに父親に向かい合う。

 

「父さん。私はデュガシェス様と、あの子が信じるこの方に仕える……」

 

「そうか。お前も仕えるべき者を見付けたか。ならば、そうしろ。親としてこれ以上に嬉しい事は無い。我らの家の者は何処で果てるとしても家族だ」

 

「……うん」

 

「一つよろしいですか?」

 

「何でしょうか? 姫殿下」

 

 バルハザドがこちらに向かい合う。

 

「これからヴァーリに向かう予定なのですが、今回の帝国侵攻を考えたのは前邦長ではないはずです。一体、誰がこのような手の込んだ事を考えたのか。興味があるのですが、知りませんか?」

 

「ッ」

 

 さすがにバルハザドが顔色を隠せなくなった様子で驚きに目を見張る。

 

「恐らく、現ルシャ邦長でもないでしょう。ヴァーリの長所は護りです。常識的に考えれば、あの邦は我が帝国を数年で凌駕する国力の成長速度があるはずです。ならば、これ程に早く戦果を求めるのは復讐にしても早過ぎる」

 

「―――」

 

「恐らくですが、後5年あれば、帝国を滅ぼせる兵器の増産も終了するはず。ですが、これほどに早くとなれば、何らかの理由がある。そして、それは少なくとも嘗てのヴァーリ中枢にいた人物達の知恵ではない。勿論、()()()()()()()の諭でもないでしょう」

 

「ッ、貴女は一体何処まで……っ」

 

 バルハザドが明らかに動揺していた。

 

「色々とこちらにも秘密がありまして。という事は……ああ、彼女達ですか?」

 

 ポンと手を打つと思わずだろうバルハザドがこちらの言葉に乗ってくれた。

 

 引っ掛けだったのだが、どうやら当たりらしい。

 

 ガタンと勢いよく立ち上がった椅子が倒れる。

 

 周囲で内部を伺っていた人々にも緊張が奔っていた。

 

「そうですね。バイツネードの中でも戦略家だとの話ですし、この数年でヴァーリの重鎮に収まったのは聞いています。その度量もあるでしょう」

 

 バルハザドが思わず自分の失態に顔を顰めてから、僅かに息を吐いて自分を落ち着け、今までの父親の顔ではなく。

 

 部隊の隊長の顔に戻る。

 

「貴女は本当に底の知れない御方だ。姫殿下……」

 

「そんな事ありませんよ。誰もがわたくしよりも真っ当に努力すれば、超えられる程度の壁です」

 

「努力でそこまでにはならないでしょう」

 

「運も良かった。わたくしの家が帝国を担う家だったというのも大きい。けれど、言ってしまえば、そうでなければ、わたくしのやろうとした事など、此処まで大きくするのに何年掛かった事やら……」

 

 肩を竦める。

 

「バルハザド隊長。わたくしはこれよりそちらの祖国にお伺いさせて頂きます。単純に言えば、戦争前に視察です」

 

「それを軍団長が許すと?」

 

「未だ戦争状態でもない隣国に近付いている大国の重鎮。その友好的な来訪を断る理由は? ちなみに皇帝陛下から一筆貰っております」

 

「………」

 

 外交儀礼の話はしていない。

 

 旅行先に個人的に入国すると言い張る予定でもある。

 

「そもそもの話。竜の国は正式に宣戦布告したわけでもなければ、正式に襲撃されたと帝国が認定したわけでもない」

 

「どういう事です?」

 

「ですから、言った通りですよ。帝都襲撃は竜に乗った未だ調査中の大規模な賊が行った事であると公式の文書にはあるわけです」

 

「な……」

 

 あの事件は実際、帝国の正式な文章には追加調査中の案件として情報部にはわざと保留させている。

 

「どのような意図があって、そんな……」

 

 困惑を通り越して不可解そうな顔をされる。

 

「帝国は敵を極力作らないようにしているだけですよ。そして、最後まで外交的な解決で多くの出来事に対処しなければと思い始めている。そうお考え下されば、正しいでしょう」

 

「外交的な解決に一瞬で街を蒸発させる兵器が必要とは思えませんが……」

 

 高高度からの偵察技術はやはり未だこちらよりも相手の方が上のようだ。

 

「何も外交が人間相手だけとは限らないでしょう?」

 

「………」

 

 今度は鉄面皮で表情一つこちらには見えなかった。

 

「バルハザドさん。貴方は非常に優秀な参謀だとお聞きします。ならば、わたくしがやっている事の全貌が少しは見えているのでは?」

 

「……戦わずして世界の半分を獲るおつもりか」

 

「半分正解です。わたくしの最終目標は戦わずして世界が平和になる事ですよ」

 

「冗談でも毒々しいですな」

 

「そうですね。帝国やわたくしがやって来たを正しく認識出来ない方々には帝国が世界を獲りに来たと思う者も多いでしょう。極々少数の人々が危機感を持つのは当たり前です」

 

「ならば、どうしてあのような力の開発と多くの工作を行うと?」

 

「平和とは言ってしまえば、誰もが誰もを本気で殴れなくなる状態の事だとわたくしが思うからです」

 

「本気で?」

 

「ええ、後世の話ですが、恐らく世界を滅ぼす兵器が複数か国によって所有され、その国を中心として多くの国々が付き従う事になるでしょう」

 

「………その歳で未来を語られるか」

 

「でも、考えても見て下さい。それではまた別の形で争いが産まれ。多くの問題が固定化されたままになるはずです」

 

「でしょうな。そうなったとしても、戦争にはならなくても、暗闘は続くはずだ」

 

「でも、今は違う」

 

「何を言いたいのでしょうか?」

 

「状況が固定化される前に僅かだけ、この世界に常識と秩序を打ち立てたいと思いまして……」

 

「常識と秩序?」

 

「それらは歴史が形作り、人々が実現するもの。今までは多くの場合は地方、国家の規模でしか存在しなかった。けれど、大陸に住まう全ての存在が共有する常識や秩序が、この時代だからこそ産まれ得るとわたくしは思うのです」

 

「それが世界を欲する理由ですか?」

 

「いいえ、その常識自体が古いのですよ」

 

「旧い?」

 

「世界なんて我々は欲しません。ですが、世の真理を扱う事は出来る。先駆者が新たな分野で最初に富を得るように、新しいソレを最初に始めた者が規範となる。そこで少しだけわたくしはこの大陸にお節介をしたいのです」

 

「お節介、と来ましたか……」

 

「わたくしの最終目標は全ての国家、全ての人々が同じものを見て、同じものを聞いて、同じものを感じて、同じものを共有し、同じ感想を抱けるようにする。たった、それだけの事なのです」

 

 ニコリとしておく。

 

 そして、今世紀最大級に天を仰ぎ出しそうな男が名状し難き顔になる。

 

「何の為に?」

 

「それこそ、世界平和の為に……人は皆が違って皆が良い。けれど、国家や勢力の常識や秩序の違いは必ず争いの種になる。本来はそれを相互協力や多くの相互理解への努力と歴史を以て、人々が繋ぎ合わせ、いつかの時代には多くの困難の末に一つとなるでしょう。ですが、この世界には恐らく、そういった時間はあまり無い」

 

「―――貴方は知っておられるのか。やはり……」

 

 愕然としながらも、相手が掛かった。

 

 釣り針はデカイがどうやらSFな類の話には覚えがやはりあるらしい。

 

「さて、何の事でしょうか。帝国は大陸の全ての国家に模範を示しましょう。それは始めた国の特権として、帝国式と称される平和が広まる事を意味します。それがこれから長い時代、大陸で共有される本当の財産となる」

 

 まったく頷け無さそうな顔の相手の顔は微妙に汗が浮いていた。

 

「その時、人々が一致団結して、多くの困難を打ち払えるよう。どんな困難にも負けぬよう。わたくしはその始りの頚城として祖国を用いるのです」

 

 その言葉をしばらく噛み締めるようにして、こちらを見ていた男が、大きく大きく息を吐いた。

 

「……確かにその言葉、軍団長に届けましょう」

 

「では、そろそろお暇しましょうか。見ている者達もいるようですし」

 

 夕暮れ時の窓の外に抜き打ちで8発銃弾を放つ。

 

 途端、400m先の上空にいたソレらが心臓に一発ずつ。

 

 生物毒マシマシ弾を喰らって姿を現し、ボトボトと地表に落下していった。

 

 驚いた男の剣がこちらの首を刎ねるギリギリで止まる。

 

 そして、ハッと後ろを振り返り、落ちていくソレに驚きを隠せない様子ですぐに剣を鞘に戻して頭を下げた。

 

「申し訳ないッ!? 咄嗟の事とはいえ……」

 

「いえ、それにしても油断も隙もありませんね。明日には立とうと思っていたのですが、少し此処で狩り出しましょうか」

 

 空飛ぶ見えないカメレオン的な竜の断末魔と地面に落ちた際の土埃が都市の遠方で複数上がり、混乱する声がこちらにも聞こえ始めた。

 

「それは我が方の……いえ、我々の仕事を肩代わりして頂いた上ではさすがに文句は言えませんか」

 

「では、少し協力して共通の敵を炙り出すというのは?」

 

「……いいでしょう。今先程の詫び。とは言いません。が、少なくとも我々よりも見付けるのが上手でいらっしゃるようだ」

 

「ノイテ」

 

「解りました……」

 

 最後に父親に頭を下げたノイテがすぐにいつもの様子で部屋を出て行く。

 

「バイツネードの首魁もまったく覗き見が好きですね。では、明日にはまた来ます。こちらはこちらで準備があるので。これで……」

 

 敬礼したナイス・ミドルはやはり謝罪の様子で直立不動のまま腰を曲げて見送ってくれたのだった。


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