ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第86話「凱旋Ⅲ」

 

―――4日後。

 

「初めまして皆様。わたくしはフィティシラ・アルローゼンと申します」

 

 まずは一礼。

 

 国内の特定分野の人間を集めての会議であった。

 

 帝都の宿泊施設を大量に貸切って民間の議場を借りて行われている会議の数は言うに50件を超える量になっているい。

 

 その中でも此処にいるのは多くの場合はこんな場所に来る事すら本来は遠慮しておきたいという層であるが、今回だけは来て欲しい、と。

 

 各方面に頭を下げさせて出席して貰った。

 

 半数以上が普通の装いよりは少し落ちるだろう旧い一張羅姿。

 

 もう半数は品の良い衣装を着込む者達。

 

 7割が女性で3割が男性だ。

 

「さて、本日皆様にお集まり頂いた事にまずは心からの御礼を申し上げます」

 

 頭を下げておく。

 

「本来ならば、多くの子供達を養育せねばならない忙しい方々を呼ぶ事は躊躇われたのですが、これは今後の帝国と帝国の同盟関係にある全ての国家内における人々の未来たる子供達、孤児達に関わる話……」

 

 誰もがゴクリする中、檀上から見下ろす誰もが何かを感じ取った様子で真剣な表情となっている。

 

「それに当事者たる方達を呼ばずに何かを決めるというのもどうかと考え、このように厚かましくもお呼びした次第です」

 

 周囲の人々の前には水差しが置かれているが、その水をさっそく飲んで気を落ち着ける者達が数十名。

 

「まずは結論から申しましょう。帝国及び帝国の同盟国たる北部と西部の国内において孤児院の完全な国有化が決定されました」

 

 ザワリと周囲に波が広がっていく。

 

「これに際して、全ての孤児院は国の抜き打ちの監査対象として厳しい基準と規制を儲け、人員の確保、院内の秩序の構築の為に多数の人材を抱え、運営して頂く事になります」

 

 この時点でもう人々の様子はどよめきに代わっていた。

 

「最初期の初期投資及び運営費はお渡ししますが、今現在働く子供達の事も考え、孤児院には国家から通達される内職などを通して独立採算制度を採用し、これに当て嵌まらない部門は優秀な孤児達への専門教育を行う学園のみとなります。これもまた今後整備される事になるでしょう」

 

 此処で見知った顔の女性が手を挙げた。

 

 帝都でお菓子を送ったり、実地研修した孤児院の女性である。

 

「それはつまり国が……」

 

「ええ、分かり安く言えば、孤児達の面倒を見る資金は今後、全て国から仕事の対価として出ます。勿論、割高に設定されますが、そこは孤児と貴方達養育者が共に手を携えて仕事をする。もしくは仕事になる事を見付けて国に申請したりと言った形で食い扶持を稼いで頂く事になるでしょう。ですが、それと同時に厳しい目で皆様の行いが見られるようにもなる。という事です」

 

「我々から子供達を取り上げるという事でしょうか」

 

「いいえ、子供達の為に貴方達には国家公務員。つまり役人としてしっかりとした教育を受けて頂き、知識を修め、これからも出続けるだろう恵まれない子供達を護り、育む者としての矜持と責任を負って欲しいという事です」

 

「我々が公務員? 矜持と責任……」

 

 ざわめきが大きく為る。

 

 今まで孤児院は篤志家や数多くの子供を護りたいという有志がやっているのが殆どだったのだ。

 

 いきなり、国の官吏になれというのは驚き以外の何物でもないだろう。

 

「皆様もご存じの通り、現在に至るまで多くの孤児院は酷い有様でした。わたくしはこの現状をどうにかしたいと国営化する事を決断しました」

 

 その理由は言わなくても彼らの方が解っているはずだ。

 

「何が変わるのかと言えば、まず何よりも子供達を養う資金が増えます。同時にそれを付託されるに足る者である。その事実を国家の承認を受ける為の試験で示して欲しいのです」

 

 ざわめく聴衆の殆どが不安そうな顔だ。

 

 中には読み書きが最低限しか出来ない者も多い。

 

「ただ勘違いして欲しくないのはコレは子供達をより良い環境で育てられるように皆さんがどれだけのものかを図るだけの事であり、子供達を愛し、その上でしっかりと合理的に教育しようとして下さるなら、点数自体は評価の一面でしかありません」

 

 事実として点数よりも知識や知恵、人格が見られる考査基準を設けてある。

 

「また、孤児院の運営に人を雇うというのはつまり、皆さんが出来ていない事や皆さんが大変過ぎる現状を補佐する専門の人物を雇って欲しいという事です」

 

 今までなら考えられないような待遇。

 

 その本質はつまるところ子供達に教育を施すに足る人々を揃える事にある。

 

「これは皆さんが思っている孤児院という括りから更に大きな教育問題や教育現場の大改革であり、一言で言えば、国民教育なのです」

 

「国民教育……」

 

「その先駆者たる皆様の手とお力を借り、その力を更に高め、多くの子供達に家族や仲間を与え、最も人生で重要な幼少期に……自分の人生は不幸ではないと、人生にはもっと面白く楽しいものがあるのだと子供達に教えて欲しい」

 

 大人達の多くはその言葉で何処か今までを思い出して苦々しいものを過去に振り返ったようだった。

 

 それはそうだ。

 

 孤児院出の少年少女の人生は決して明るくないのが当たり前だった。

 

 娼婦、傭兵、場末の労働者。

 

 学の無い子供達は路を踏み外すのもまた早い。

 

「国家はその支援と後押しをし、子供達を護る為に孤児院に蔓延る不正や子供を食い物にして虐げる者達を排除する。これが根幹となります」

 

 12分の1くらいの人員の背中にはジットリ汗が浮いているだろう。

 

 彼らは犯罪者達と関係を持つ事で何とか孤児院を経営していた者達でもある。

 

「こういった方々にしても個別に責任は追及されます。ですが、同時に今までの社会では仕方なかった面や多くの点で国家の不備、良識を気取る人々の傲慢が子供達に向けられていた事例も多いでしょう。これらは許される事ではありませんが、決して償えないものでもない」

 

 こちらの言葉にこれでようやく全ての者が真剣に聞き入るようになった。

 

「人の心あるならば、子供達に自分が虐げられた日々よりも良き日々を。人の願いあるならば、子供達に自分が挫折し苦悩した人生よりも良き人生を。そう願う者には祝福を。願わぬ者には罰を」

 

 ゴクリするものはいるが、逃げ出したい瞳の者は誰も無い。

 

「これを以てわたくしは今日より帝国教育の後援者として多岐に渡る教育の大改革を断行し、【国家教育基本法】の制定と子供達の現状の改善を行うものであります」

 

 どよめき。

 

 だが、誰もが身の内に抱える絶望や失望を前にして一助にはなるだろう。

 

「自分よりも子供達が良い人生を送るのはおかしい。自分よりも楽しい毎日を送るなんて許せない。子供達は自分と同じような毎日を送るべき。そんな事を考える者にはもはや教育という分野に居場所をわたくしは与えません」

 

 誰の瞳にも緊張が走る。

 

「わたくしは生活の中で人の心を決して偽らせぬだけの理を手にしております。あらゆる偽証はこれより先は不可能にもなるでしょう。それが嘘ではない事は今後の改革の中で多くの孤児院を食い物にしていた者達が破滅する事で皆さんの耳にも入るかと」

 

 小さく震える者もいる。

 

 だが、それでも顔を上げて子供達の為にと聞き入る者しか此処には呼んでいないというのが真実だったりする。

 

「最も大切にされるべき子供時代に子供達が大切にされる。そんな当たり前の毎日と彼らが厳しい現実を前にして大人になっていく時、挫けぬだけの思い出を……貴方達に求めるのは決して絵空事ではなく。人間が人間として当たり前に享受して良いものをようやく自分の次の世代に渡して行ける。そんな時代の担い手としての矜持なのです」

 

 どうやらこの話の重要さは理解されたらしい。

 

 会場にいる者達の顔付きは変わっていた。

 

「此処にお呼びした方々は誰もがわたくしが選んだ末にいる。それは同時に貴方達に帝国の子供達が任されている事を意味します」

 

 人々の額には汗。

 

 しかし、やはり逃げ出す者はいなかった。

 

「時には考え方の違いから国に反発する事もあるでしょう。ですが、本当に子供達にとって何が良いのか悪いのか。それは皆さんの良識と常識に掛かっている」

 

 それは本当の事だ。

 

 今、此処にいるのが帝国最優層なのだ。

 

 彼らの活躍無くしては帝国の未来は暗いだろう。

 

「これから社会が変わっていく時。次の時代に子供達を征かせる事を考えながら、真剣に悩んで欲しい」

 

 人々の瞳にはもう畏れも無かった。

 

「時に厳しく。時に優しく。時に甘えさせ。時に突き放す。その心を育てる匙加減は皆様の親としての自覚でなさって下さい。社会の基盤たる法と規律はわたくしが皆様に示しましょう。子供達を養う為の資産もまた同じです」

 

 最後に深く頭を下げる。

 

「どうか。この国の……子供達の未来を。そして、これから帝国と共に歩み始めるだろう多くの国々の子供達を。よろしくお願い致します」

 

 顔を上げれば、真剣な瞳だけがあって。

 

「皆様の手に余る数の子供達がいるならば、その子達の親足ろうとする人々を教育するのもまた皆様とわたくしの務め」

 

 彼らの目には次なる時代への期待が確かにある。

 

 それは不安と表裏でありながらも、確かに何かが変る事を理解していた。

 

「これから孤児と呼ばれた彼らが孤独とならぬよう。国家は孤児達が連帯して生きていけるような政策の後押しや所属先を用意するでしょう。大人になった者達もまた必ずしも優秀ではない。そんな彼らにすらも帝国が住みよく、良心と文化の担い手たる者として笑って友や家族と生きていける制度と時代を一緒に作って頂きたい……」

 

 何故か、そこで泣く者達が出た。

 

 それは多くが元孤児の者達だ。

 

 孤児が孤児院を経営するというのはよくある事だ。

 

 篤志家が亡くなって後を引き継いだ者も多い。

 

「これこそわたくしが皆様に望み願う全てです。皆さんに心配をさせぬよう精一杯の努力をお約束しますが、この戦争の時代に全てが上手くゆく事は無いでしょう。だからこそ、貴方がたのお力が必要なのだとご理解を」

 

 これは物語の始りだ。

 

 誰も知らなくてもいい。

 

 誰かの始り。

 

 そうなるように、そう出来るように、全ては準備して来た。

 

「天に星、空に星。それが世の理だとしても、この我々が住まう大地にも星がある。それは磨かずとも光る星ばかりではない」

 

 人間は決して一人では輝けない。

 

 どれだけの才能もどれだけの素質もそれを生かせる他者無くしては評価のされようもないのだ。

 

「子供達に必要なのはそれを輝かせる磨き手なのです。いつか、死ぬ時に自分の人生は良き始りだったと誰もが思えるように……わたくしはこの大地の星々の守護者たる皆さんと手を携え、戦い続けましょう」

 

 決意表明というのは大げさくらいで丁度いい。

 

「皆様の前にある資料はわたくしの考え付く限りの叡智。ですが、それは単なる知識にしか過ぎない。それを用いて子供達と関わる貴方達一人一人に全ては掛かっている」

 

 誰もがしっかりともう前を向いていた。

 

「どうか忘れないで下さい。貴方達もまた子供であった事を、貴方を育て、助けた者がいなければ、決してこの場に立てていなかったのだと……」

 

 いつの間にか。

 

 一人二人と立ち上がる者が出て。

 

 いつの間にか。

 

 それは総立ちとなって拍手がゆっくりと大きくなっていく。

 

 後は連れて来ていた関連省庁の役人達にバトンタッチした。

 

 意気込みくらいはこれで伝わっただろう。

 

 此処から先は問題に対するマニュアルと現場の人達の善意というヤツに頼る事になるのは間違いない。

 

 現代における福祉が一筋縄ではどうにもならなかったようにこの時代もそれは変わらない。

 

 多くの労力を掛けられず、養えない老人や子供が捨てられる事が普通にあるのだ。

 

「………ご主人様。すごいー?」

 

 フェグがカバンを持って通路で待っていた。

 

「どうかな。本当にスゴイのはあの場にいた連中であって、オレじゃない。絶望や失望、諦観を前にしても子供達を見捨てられなかったお人よし。それこそ狂人すらたじろぐどうしようもない現実を前に勝てないと知りながら戦い続けた。そういうのこそ、本当にスゴイって言うんだよ」

 

「分かんない……」

 

「いつか分かるさ」

 

 後ろから抱きすくめられるようにしながら歩く。

 

「さ、次の現場に行くぞ。今度は―――」

 

 まだまだ仕事は終わりそうになかった。

 

 *

 

 帝国の聖女、本気を出す。

 

 そんな報が流れて幾らかの時間が経った。

 

 しかし、聖女の愉快な仲間達の現状は然して変わるものではない。

 

 理由は単純明快であり、新しい業務なんて無かったからだ。

 

 いつでも大半の業務は最初から全てを想定して作られている。

 

 メイド業に勤しむ者。

 

 執事業に勤しむ者。

 

 裏方の書類業務に忙殺される者。

 

 聖女の護衛なのに別人の護衛を毎日させられる者。

 

 何か勘違いで竜で襲撃したら、いつの間にか帝国の竜騎兵の教育現場に放り込まれて悲鳴を上げつつ指導教官させられている者。

 

 大陸南部の地図を現地の密偵からの情報で詳細に書き上げる者。

 

 聖女の傍でダラダラしつつ、護衛する者。

 

 色々である。

 

「なぁなぁ、ノイテ」

 

「何です?」

 

「何か平和だなー」

 

「あの聖女様がやたら働いてるからでしょう」

 

「ええ、まぁ、我々の数十倍は手と足を動かしているかと」

 

「はい!! 姫殿下はスゴイです!!」

 

 聖女の御付きとして同行する事も多いメイド達は今や数が増えた。

 

 デュガ。

 

 ノイテ。

 

 イメリ。

 

 リリ。

 

 本家の侍従達の教えを何とか体得した少女達はメイド業に勤しむ傍ら、様々な副業というか。

 

 主人からの要請で色々と学んだり、仕事をしたりしている。

 

 デュガ、ノイテ。

 

 2人は竜騎兵の教育係として2日毎に帝都郊外のグラナン校に顔を出して、訓練を少年達に付ける役柄となって久しいし、更にどちらも秘書業務があったりする。

 

 イメリに関しては帝王学や各種の様々なモノの本や現実の相場情報、諸々の政治、経済、軍事の知識を常に何かしらの本で読みながら、聖女の出す試験を毎日受けている。

 

 リリに関しては立派になるという曖昧な理由ながらも学園に通い。

 

 様々な帝国子女の基本知識や高度教育を受けている。

 

「それにしても徹底的だよなぁー」

 

「几帳面という言葉は通り越しているでしょうね」

 

 メイド達が一時集まる本家の小さな部屋。

 

 お茶会をする彼女達は世間話に花を咲かせる。

 

「帝国自体の大改革。改革に反対する者を合法的に常識的に自滅させて公の舞台から退場させ、より良く引き継げる者に権能を渡す……独裁者も真っ青ですね」

 

 イメリがやられている事の全貌を聞いている為、大きく息を吐いて肩を竦める。

 

「問題はそこじゃないだろー。ふぃーって人を諦めさせる天才だと思うぞ」

 

「諦めさせる?」

 

「言いたい事は分かります」

 

 ノイテが同意した。

 

「要は敵が敵に成り得ないように心を誘導するのが上手いのですよ。敵国の将兵を操れるのも道理です。殺す必要すらない点でそこらの君主が裸足で逃げ出すでしょうね」

 

「それは、その、どういう?」

 

「先日のバルトテルとの事もそうですが、相手を調べ尽くした上で最も相手が諦める確率が高い手を打ち続けて抵抗の意欲を削ぐのですよ」

 

「なるほど……」

 

「それが異様に上手いのです。人間の心の在り様を完璧に理解し、どのような反応が返ってくるかを計算し尽くして対策を練ってあるので、どんな人間も最後には知らぬ間に固執していた事に対して意欲を失う事になっている」

 

「我が主ながら恐ろしいですね」

 

 イメリが肩を竦めてお茶を啜る。

 

「敵を作らない。という意味が我々とは違います。文字通りではなく。敵になる人間を敵役から降ろす事。これが上手い為、これだけの事をしていながら死ぬ程恨まれたり、強力な抵抗にあっていないのです」

 

「味方の増やし方も上手いしなー」

 

「勝手に増えるんだと当人は思っているでしょうがね」

 

「んだ。もぐもぐ」

 

 その場の誰もが驚いた。

 

 いつの間にか白金の乙女と世間では呼ばれ始めている少女。

 

 ヴェーナがテーブルのお菓子をも食べていたからだ。

 

「何だ。ヴェーナか~驚かせるなよ~」

 

 デュガが苦笑する。

 

「わりぃだ。今日は朝から帝都のえれー人のお墓とかカンコーで回って来たから、何も食べてなぐてよぉー」

 

「そう言えば、近頃は何をしているのですか? ヴェーナさん」

 

 イメリの言葉に訛った少女はゴクリしてからニコリする。

 

「近頃はケンキュージョのお手伝いだ。色々役立っでるっで評判だ~♪」

 

 鼻高々なヴェーナである。

 

「す、スゴイですね!! ヴェーナさん!!」

 

 リリが合いの手を入れる。

 

「ちがごろはあのくれー空飛ぶ船をつぐるのに協力してるんだ。ん、ん」

 

「例の二番艦ですか」

 

「ニバンカン? ノイテ知ってるのか?」

 

「ええ、例の空飛ぶ鎧を更に改良したり、小型の浮遊輸送用の馬車を作成したりしているのもソレを創る一貫だそうですよ。今回の南部皇国への遠征には間に合わないらしいですが、バイツネードの本家の力を鑑みて、鎧の改修や強化するのにヴェーナさんの力が有用だと報告書にはありました」

 

「んだ!! 今度、空飛ぶ鎧もくれるって言ってただよ」

 

「太っ腹だな。ふぃー……」

 

「元々、六千程度作るのに中小国の国家予算なら4割近い額が掛かっていたそうですから、間違いありませんね」

 

 姦しくお喋りする女性陣がこうして平和なメイド業を営む傍ら。

 

 メイドどころか。

 

 仕事仲間認定されている少女達は悲鳴染みて猛烈な仕事の波に晒されていた。

 

「こ、こっちの研究に皆さんは従事して頂ければ~~」

 

 噂されていた研究所内。

 

 本格的に始動した回路研究で複数のタイプの真空管が壁一面に並んだ一角。

 

 エーゼルが自分よりも年上の部下達に研究のノウハウと共に改善案の提出と効率的な昼夜無き研究の具体策を提出し、一部の人事権まで貰って研究所内派閥の一大部門の長になろうとしていた。

 

 彼女の下には既に120人近い部下がいて、誰もがこの才媛と共に働ける事を誇りにしており、聖女の知恵袋だと褒めそやしている。

 

 謙遜する彼女であるが、その第一人者としての理解力や回路研究への情熱は本物であり、その素材や回路の設計に関しては殆ど独壇場。

 

 東部から帰って来てからと言うもの……部下達と共にトライ&エラーを繰り返しながら、尋常ならざる速度で失敗と成功を積み重ねて彼女の雇い主の求めるものを生み出そうと技術力を磨いていた。

 

「エーゼル~~来たわよ~~」

 

「あ、済みません。姉さんが来たみたいなので一端外します。仕様書の詰め作業はお任せしますね。後で詳しいところを書面でお願いします」

 

「了解致しました。エーゼル部門長」

 

 少女は部下達に送り出されて廊下に出る。

 

 すると、そこには同じ相手に仕えて書類仕事に忙殺されているはずの姉が大きなバスケットを左右に二つずつ抱えて待っていた。

 

「姉さん!? どうしたんですか!? そんな大荷物……」

 

「ああ、あの雇い主様から部門毎に一つずつ配ってくれって言われてね」

 

「ああ、もしかして?」

 

「そうよ。あいつのお菓子」

 

「すぐに皆さんに届けて来ますね」

 

 バスケットが半分持たれ、パタパタと走り出したエーゼルが数分後には同じように各部門の人々への差し入れを渡して戻って来た姉イゼリアと合流する。

 

「お疲れ様でした。姉さん」

 

「ホントよ。息抜きがてらって言われたけど、荷物届けさせただけじゃないの。まったく……」

 

 憤然として才女が鼻息も荒くジト目になった。

 

「あはは……あの子達はどうですか?」

 

「ああ、学院やあいつの家とかで色々学ばせて貰ってるけれど、みんな元気よ。それよりもしばらく働き詰めみたいじゃない。こっちもだけど、大丈夫?」

 

「はい。確かに少しキツイですけど、あの子達に支えて貰って何とか」

 

「働く時間は変わってないのにね……」

 

「それだけは助かってます。お手伝いの方もいますし。ええ、でも、あの子達の新しい顔を見れたので成長してるんだなって少し嬉しくもあったりして」

 

「そう、ね……忙しいのが解ってるから、スゴイ気を使われてるものね。今の私達……」

 

「今までずっと守らなきゃって思ってたのにいつの間にか守られて……お姉ちゃん失格かもしれませんが、あの子達の立派な姿はやっぱり嬉しいです」

 

 2人が場所を変えて研究所の中庭のベンチに座る。

 

「それにしてもホント忙しいわよね。あいつ、どれだけの大仕事する気なんだか……」

 

「南部皇国への遠征。間に合わせたいものが沢山あるみたいですから」

 

「それは解るわよ。書類仕事してると諸外国の情勢とか入って来るもの。でも、そんなすぐ帝国に攻めてくるのかって感じもするのよね」

 

「見えてるんですよ。きっと……近頃は仕事をさせ過ぎて済まないって申し訳なさそうな顔で謝られちゃいました」

 

「ホント? こっちにはそんな話してないんだけど、あいつ」

 

「姉さんには気を使ってるんじゃないでしょうか?」

 

「はぁ? あいつが?」

 

「だって、姉さん謝られたら、スゴイ働いちゃいそうな気がします」

 

「う……微妙に否定出来ない」

 

「でも、一番大変なのはきっと姫殿下ですよ。朝から晩までお食事とお風呂の時間以外は書き物と何処かでの改革の為の重要な会議や講義に出てるそうですから……」

 

「まぁ、いつ寝てるのかと疑うくらいには毎日毎日数百枚近い原稿のチェックさせられるけど……」

 

 2人の姉妹は今や内政面や研究面での両輪として働いていた。

 

 ベンチで菓子を一枚食べた彼女達は何処かホッとする味に敵わないと言う顔になる。

 

「……相変わらず、姫殿下のお菓子って美味しいですよね」

 

「ええ、そうね。子供向けだったり、大人向けだったりするみたいだけど、渡す相手の為に焼いてるって感じがする」

 

「研究所で今は砂糖が取れる作物も試験栽培してるんですよ。そう言えば」

 

「へ~~じゃあ、その内に値段も下がるかしら?」

 

「ええ、今年中に国内の試験場で作付けした作物が上手く収穫出来れば、国内供給分に関しては……」

 

「何か何もかも変わっていく途中って感じよね」

 

「まぁ、姫殿下のお仕事ですから」

 

「エーゼル。帝国が本当に攻められると思う?」

 

「……どうでしょうか。でも、姫殿下は確信しているみたいですし、その為に今出来る仕事の最後の詰めをしているように思えます」

 

「そっか、じゃあ、間に合うように頑張らないとね」

 

「はい。先日は研究所の成果を使ってすら、炎に焼かれてしまう寸前だったって聞きました。フェグさんやヴェーナさんが出撃していなければどうなっていた事か……研究所の誰もが姫殿下の為に新しい装備を開発してるんですよ……」

 

「愛され過ぎじゃない?」

 

「自分を初めて認めてくれた相手。そして、初めてちゃんと向き合って研究を後押ししてくれた最高の後援者です。あの方に見出されていなければ、自分達は朽ちるだけだったと誰もが知っていますから……」

 

 2人の姉妹はそうして短いながらも一時の休息を共に取り、取り留めのない話題で盛り上がりながら、自分達の何十倍働いているかも分からない主の事を思い出して、再び其々の仕事に戻っていくのだった。

 

 *

 

「どこの正義の味方なんだか……」

 

「お母様?」

 

「く、はは……帝国の聖女、かい……」

 

 嘗て副棟梁と呼ばれていた女は任せられた侍従見習いとしての掃除で自分の娘達と共に館の主たる少女の書斎を見て敵わないという苦笑を浮かべていた。

 

「お前達……そこの手紙の束、何だと思う?」

 

「見て、いいの?」

 

「さぁねぇ。元敵の女に自分の秘密を見せてもいいなんてお人よしだ。まったく、どうなってるんだか……」

 

「?」

 

「誰かの悲鳴、誰かの助けを求める声、この手紙はね。みんな、そんなのばかりだよ……」

 

「あ、これ帝国外からも……」

 

「あいつが果てなき仕事をする理由。帝国どころか。世界各地に飛ばした連中から入って来る誰かの悲鳴と助けを呼ぶ声に応答するものばかり……」

 

「それって……」

 

「悪徳領主のせいで民が困ってる。凶悪な殺人鬼を倒す許可が欲しい。帝国の力でなければ対処不能だろうバルバロス被害の対処。人々の悲鳴、人々の苦悩、巨大な悪に、巨大な災害……」

 

「これが、この手紙の山が全部?」

 

「ああ、それらへの対処の為に必要な全てを帝国内から出して、誰に救われたかも知らない連中が感謝してくれるわけでもないのに……こんなの物語の中の世直しだよ……」

 

「―――」

 

 少女達は無数の手紙が丁寧にファイルされた、木製のファイルの束の山が壁一面にビッシリと揃っているのを見て絶句する。

 

「誰かの哀しみを救う。言葉にしたら陳腐なのにねぇ……儘ならないはずの世界に、一歩間違えれば、帝国を危険に晒すだろうに……これらの手紙の嘆願に応えた……このお人よしは……」

 

「他の国が黙ってないかもしれないのに、そんな事を?」

 

「人を助けるのに理由は要らない。あの姫さんの返答によく書かれてある言葉だ。近頃は傭兵稼業で各国に出してる竜騎士連中に極秘裏の実働試験という名目で全ての力を使う事を許してる……はは、馬鹿馬鹿しい。何だいコレ」

 

 思わず手紙の一部を呼んでいた女は常識を通り越した内容に苦笑以上の苦笑いしか零せなかった。

 

「お母様?」

 

「新型装備に身を固めた帝国最精鋭。覇竜師団ドラクーン……ここまでかい。ああ、確かにこいつらなら本家すらも倒し得る」

 

 手紙を置いて、彼女は娘達と共に掃除を再開する。

 

「覚えておきな。私の娘達……此処にいるのは確かに竜の姫だ。そして、慈悲深く、世界に希望を生むだろう……他人の涙を救う愚か者……そんなのは物語の中だけのものだと思ってたんだけどねぇ……」

 

 その手紙の中にある無数の戦果。

 

 各国に秘密裡に行われたあらゆる問題の解決は傭兵に身を窶したドラクーンの兵達からの報告だった。

 

「さぁ、仕事だ仕事だ。この世界すら救ってくれそうな主が少しでも快適に部屋を使えるように、ね?」

 

「ぁ、はい!!」

 

 少女達は笑顔でその巨大な書庫かと見紛う部屋を一部の隙も無く清掃していくのだった。

 

 *

 

―――大陸南東部。

 

 今やその小邦は滅び掛けていた。

 

「誰か、助けて……誰かぁ……」

 

 幼い声がする。

 

 小さな女の子が瓦礫の中に埋もれるようにして血で濡れる視界の最中にも倒れ伏す母親に手を伸ばす。

 

「お母さんっ、お母さんっ」

 

 少女の先に見えるのは巨大な二本足で立つ竜のバルバロス。

 

 だが、その人型を象り、腕に刃を持つ竜の目は血走り、凶悪な顎から漏れる炎は全てを燃やし尽くす勢いで空に咆哮と共に吐き出される。

 

 小さな国ではバルバロスを倒す事すら出来ず。

 

 強大なソレは天変地異に等しい。

 

「ぁ、ぁぁ……」

 

 少女の瞳は見ている。

 

 その無限にも等しい炎がゆっくりとこちらに向けられ。

 

 暗雲に包まれた夜。

 

 大陸で幾多起こって来た悲劇は確かに全てを灰燼に帰す―――。

 

―――大陸南西部。

 

 小さな集落は今や凶悪な強盗団を前にして風前の灯火となっていた。

 

「御父さん!!」

 

「逃げろ!! 逃げるんだ!! もうこの門は持たん!!」

 

 大陸では当たり前だろう自己防衛。

 

 領主は討伐軍を出して等くれない。

 

 荒くれ者が徒党を組み。

 

 辺境の村を襲う事など、誰もが知る常識である。

 

 女は犯され、子供は囚われ、奴隷として売られる。

 

 何処にでもある有り触れた悲劇。

 

 それが今日はその数百人に満たない集落に運悪く降り掛かる運命。

 

 幾多出した手紙は全て無視されていた。

 

 彼らを護る者は彼らしかない。

 

 村を囲む門は今や打ち破られる寸前。

 

 戦後、残党として国の部隊が野盗化するのは珍しい事ではない。

 

 大きな戦争の後にこそ、彼らの地獄始るのだ。

 

『ひゃはははは!! もう少しだぞ!! 女と子供以外は鏖にしろぉお!!』

 

「おとうさぁああああん!?」

 

「逃げろぉおお!! 生きるんだ。生きて、お前は―――」

 

 幾多、世界で繰り返された小さな小さな悲劇はこうして今日も―――。

 

―――大陸最南端。

 

「もうダメだぁ!? お終いだぁ!?」

 

 南部の山脈にある火山地帯。

 

 山から湧き上がる天変地異。

 

 数百年に一度の被害を前にして逃げ遅れた街の者達は立ち竦んでいた。

 

 もう噴火は寸前。

 

 今から逃げても逃げ切れない。

 

 数十㎞を一瞬にして焼き尽くす溶岩流は今や山頂から溢れ出していた。

 

 絶望した者達がせめて最後はと家族同士で手を握り合い抱き締め合う。

 

 本来、彼らを救うはずの領主の軍はすぐ様に逃げ出した。

 

 それどころか。

 

 山への捧げものとしてこの地域で最も小さな集落を生贄にする。

 

 その為に逃げ場も逃げ出す為の道すらも破壊した。

 

「大丈夫!! 大丈夫だからね!?」

 

 母親の涙。

 

「必ず守ってやる!! オレが、必ずッ!!?」

 

 父親の悔悟。

 

 もっと、何か出来たはずだ。

 

 そう思いながらも、彼らに出来る事は無い。

 

 天災と人災。

 

 彼らは供物として捧げられた生贄なのだ。

 

 珍しくも無い。

 

 それは無智蒙昧にして未開の文明にはよくある単なる日常。

 

 故にそれは名誉だと集落の外の者達は全ての犠牲を許容し―――。

 

―――「【【【諦めるな】】】!!!」

 

 その時、世界の何処かで消えていくはずの悲鳴を前にして、それでもと声を上げる者達がいた。

 

 それに人々が顔を上げた時、彼らの眼前には見知らぬ黒き鎧に身を包んだ誰か。

 

 竜が全てを呑み込む炎で矮小な者達を焼き尽くそうとし。

 

 野盗が門を破り、全てを略奪しようと押し寄せ。

 

 迫りくる人にはどうにもならぬ天変地異を前にして。

 

 彼らは黒き背中と外套を見る。

 

「【【【我ら尊き竜の導きの下に】】】」

 

 その全身鎧の騎士達が得物を構える。

 

 竜の全てを溶かす咆哮が何もかもを焼く尽くす前に立ちふさがるのは銃。

 

 野盗達が雪崩れ込む門の前で見たのは剣。

 

 全てを呑み込むだろう迫りくる大自然の驚異を前に人々が見たのは盾。

 

「【―――照準固定】」

 

「【―――抜剣開始】」

 

「【―――接地展開】」

 

 人々は見る。

 

 騎士達が持つ武具が輝くのを。

 

 それは人の世の理不尽を理不尽に覆す為の力。

 

 一人の竜の姫が創るよう命じた三種の基本兵装。

 

 その全てはこの世の涙の元凶を退ける為にある。

 

「第一兵装【グングニィル】!!」

 

「第二兵装【グラァム】!!」

 

「第三兵装【スヴァリィン】!!」

 

 巨大な脇に抱える対物ライフルが眩き太陽の如き輝きを噴き出して爆ぜ。

 

 人が持つにはあまりにも巨大な震える程に美しい蒼き鋼が幽玄と煌めき。

 

 巨大過ぎる大盾が地面に突き立てられたと同時に雷を纏って待ち受ける。

 

 人々は確かに見た。

 

 奇跡を。

 

「【【【おぉおおおおおおおおおお】】】!!!」

 

 巨大な閃光が竜の喉元を穿ち。

 

 蒼き閃きが一瞬にして長大な領域を薙ぎ払い。

 

 押し寄せる火と石の河が真っ二つに割れていく。

 

「――――――!!!」

 

 人々は見たのだ。

 

 その背中を。

 

 助けは来ない。

 

 悲鳴は虚空に溶けて消える。

 

 そのはずだったのに。

 

 20mはあるだろう巨大なバルバロスに突撃していく者はその巨大な槍にも見える得物を突き出して駆け、数百人にも及ぶ者達に単騎斬り込む者は恐ろしく長い柄を振り回しては刃から滲み出る光の残像を遺して煙りを上げながら直進し、川すら堰き止める盾持つ者は全身に奔る雷と体がバラバラになりそうな程の盾の発する衝撃に耐えながら、叫ぶのだ。

 

 全兵装は全て覇竜師団ドラクーンの基本武装。

 

 解明されつつある超重元素という金属物質。

 

 その純度99%以上の超純度金属塊を混ぜ合わせ、通常のように合金アマルガムとして用いた代物だ。

 

 これをまだ未知数であると知りながら実戦投入した。

 

 全ては理不尽を覆す為に。

 

「【世の理不尽を貫き通せ!!! グングニィルッッ】」

 

 汎用突撃杭撃銃グングニィル。

 

 最も硬い超重元素の杭を爆薬で撃ち出す。

 

 銃というよりは超短距離に大火力を投射する杭打機に近い代物である。

 

 加速した鉄杭であらゆるものを撃ち貫くソレは急所に撃ち込めば、どんなバルバロスだろうと再生しない限りは即死する。

 

「【悪を断じて燃やし尽くせ!!! グラァムッッ】」

 

 汎用超重槍剣グラァム。

 

 基本武装で最重量の近接格闘武装にして、最も使うのが難しい得物。

 

 槍の長さを持つ柄と巨大な諸刃の剣を融合させたソレは尋常の筋力と握力では使う事すら許されない。

 

 使われている超重元素は北部の儀式用の剣を大本にしており、バルバロスの外皮を切り裂く為に衝撃を受けた際に剣身から放出される熱を利用する。

 

 蒼い残像は炎の色であり、あらゆるものを熱量で両断可能。

 

 更に広域を燃やす熱量放射モードを用いれば、一瞬で今時の木製の街並みなど火の海である。

 

 細心の注意を払わねば、瞬時に使い手を焼く超重元素の剣は衝撃を熱量に置換する一種の変換機構でもある。

 

「【民の涙を覆い隠せ!!! スヴァリィンッッ】」

 

 汎用防御衝撃盾スヴァリィン。

 

 如何なるバルバロスの攻撃をも受け切れるようにと創られた最強の盾。

 

 雷を生み出す超重元素と電圧を掛けられると衝撃を発する超重元素。

 

 この二つから生み出されたソレは盾でありながら、あらゆる攻撃を曲げる磁界と衝撃を盾の表面から発し、あらゆる攻撃を爆発反応装甲のように相殺してぶち当たる対象物体そのものを連続した衝撃波で細かく粉砕する振動破砕機能がある。

 

 しかし、膨大な電力は使い手を蝕み。

 

 衝撃は肉体を破壊するに足る。

 

 三種の基本装備はそれこそ鎧を着ていてすら人間には到底扱えるものではないのは間違いないだろう。

 

 そう、単なる人間ならば、だ。

 

 覇竜師団ドラクーン。

 

 その最たる能力は小竜姫と呼ばれた少女が与える力だ。

 

 本人がこれより命と人生の全てを捧げると誓う事でグアグリスによって彼らの肉体を改造した。

 

 改造された細胞はもはや常人とは言えないだろう。

 

 訓練が終了した時点で彼らは1人の少女から問われた。

 

 国家の為、家族の為、誰かの為、命を捧げて、報われもせず、消える事があるとしても、それでも泣き言も言えない体になる。

 

 その覚悟を手紙で問われ、理不尽を理不尽で覆し、人々の剣にして盾となる事を誓えるか、と。

 

【【【(そうだ。オレが、オレ達が―――)】】】

 

 まともな死に方も出来ず。

 

 他の者と寿命すら違う。

 

 人らしい生き方を捨ててもいいのか。

 

 そう問われても彼らは立ち上がった。

 

 少女が送った小さなグアグリスの入った小瓶の中身を呑み込んだ時。

 

 彼らは1人の少女から訊ねられ……自らの最悪の未来すらも見せられて、尚その力に手を伸ばした。

 

 帝国最優層。

 

 下士官においては最優の兵。

 

 そう呼ばれた者達。

 

『もしも、死にたくなったら殺してやる。だから、生きろ……この道の先にある理不尽の全てを払い尽すまで』

 

 少女の決意を胸に彼らは力を受け取った。

 

 だから、その名に恥じぬ生き方をする。

 

―――オオオオオオオオオオオオオオオオオオン?!!!

 

 竜が絶叫しながら複数の杭に貫かれて崩れ落ちていく。

 

―――ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?

 

 一対数百という圧倒的な数の差が圧倒的な暴力の差に焼き尽くされ、消し飛ばされていく。

 

―――護り切れぇえええええええええええええええ!!!!

 

 自然の驚異を前にして前進する人の叡智と覚悟が炎と石の河を切り分けていく。

 

「――――――!!!!」

 

 人々は目にするだろう。

 

 その奇跡が決して単なる超常の類ではないと。

 

 犠牲の上にある力だと。

 

 その兵器の威力にふら付きながらも接近し、トドメを刺すべく一撃でも貰えばバラバラになるだろう敵の攻撃を掻い潜り、懐に潜り込む。

 

 赤熱していく鎧が煙を上げているのに肉体を止めずに動き続ける。

 

 雷と衝撃をその身で受けながら血飛沫を背後に置き去りにして前に進む。

 

 その姿は確かに人間の努力無しには無し得ない。

 

 身を亡ぼす力で他者を救う。

 

 その背中に誰もが涙を湛え、祈る。

 

 どうか、あの黒き英雄に勝利と加護を。

 

【【【(我らドラクーンの背後にあるのは―――)】】】

 

 その日、黒き英雄を見た者達は言う。

 

 同じく黒き竜に跨り、颯爽と空に消えていく背中。

 

 あれこそは伝説。

 

 あれこそは武人。

 

 あれこそは真なる兵であると。

 

 この伝説の竜騎士なる風説はとある時点から噂となり、大陸の何処でも囁かれるようになる。

 

 一握りの真実と吟遊詩人達の戯言として。

 

 あれは、あれこそは神出鬼没の神の竜騎兵也と。


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