ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
『クソ……クソ……クソォォオオオオオオ!!!!』
男の声が洞窟に響いていた。
耳障りな程にザラ付いた音。
夢に出てきそうな程に憎悪を滾らせた声。
鍾乳石の中。
蒼くライトアップされた道の只中で。
男はトロッコの終点で一人、途切れない怨嗟を吐き出し続けている。
『どうしてだ!! 何を間違えた?! あんなッッ、あんなッッ!!? あの遺跡さえあれば!! 全てを手に入れられたのに!!? 知識も兵隊も名声も権力も何もかも!!!?』
無様に過ぎる声の主が出口に向けて歩き出す。
その前に二つの影。
どうやら、聞いているのに疲れたらしい。
『やぁ』
『久しぶり』
擦り切れた衣服を埃と擦り傷から浮かんだ血に塗れさせながら、皇帝になりそこなった男が目を見開く。
『お前ら!? お前らが!!? 何をしにきた!!? 今更だぞ!!? 支援はどうした!!?』
どうやら、お冠らしい。
『でも、それって自業自得だよね』
『うん。僕らは言ったはずだけどね』
双子のように似ている男達。
今はモスグリーン色の制服に身を包んだ男達。
年齢不詳、ただ大人としか分からぬ笑みの絶えない二人が肩を竦める。
『自業自得だと!? あの老人の隠していた遺跡の力を受け継ぎ!! 大陸に覇を唱えられると言ったのは貴様らではないか!!?』
どちらの顔からも苦笑が零れた。
『【五感情報性高度暗示による海馬への記憶書き込み用端末及び身体・精神情報取得用マンマシン・インターフェース】……アレってさ。ハッキリ言って欠陥品なんだよね』
『な?!』
男が制服の二人の言葉に固まっていた。
『人間をさ。アニメみたいに電脳化するのは【高分子マイクロマシン】開発の頓挫で不可能になったからね。だから、科学にもならない学問で疑似科学的な効果を出そうとしたのがあのマシンの開発者達だったんだ』
『き、貴様ら、一体何の話をしている!? 私は皇帝だぞ!!? 分かるように話せ?!!』
後ろに下がる男もそろそろ分かってきたのだろう。
目の前にいるのが自分とは違う存在だと言う事に。
『一応の成果は出たらしいけれどね。アレ、結局はクローン体を
『ブラックボックス?! まさか、不完全だったのか!!?』
二人組みが頬を掻いた。
『いや、君に本当なら解析してもらえたら一番良かったんだけど、現物が無くなっちゃ、お終いさ』
『僕ら以外が持ってる亜流は未だに稼動してるって判明してるけど、本家とは随分違う。仕様が変更されてるようで、実際使い勝手悪そうなんだよね。この計画はだから、これでお終いなのさ』
その声にようやく、本当にようやく、人を使ってきた男は……自分が利用されていた事に思い当たったらしい。
『貴様らぁあああ!!?! 私は!! 私はッッッ!!? フレグリオ・マイナーソースだぞ!!?』
怒声を張り上げても、その瞳の怯えだけは隠せない。
見れば見る程に情けない男だった。
『……マイナーソースってさ。つまり、クッソ不味い液体とかだよね』
『何だと?!』
『大陸の言語は一度、言語学者達が断絶させられた後、教団によって再編されたから、食材以外の単語は本質的な意味合いとかが失われたりしてる単語が多いんだ。
『な!?! な、何なんだ!? 貴様らは!? 一体、何者……いや、貴様らの名は……あ、あぁ……どうして思い出せない?!!?』
『ああ、気付いちゃったのか』
『これは可哀想。でも、女の子を材料にしちゃう様子はちょっとエグかったからさ。悪いんだけど、消えてくれるかい?』
『ひ?!』
ようやく相手が何をしに来たのか悟って。
二人から逃れようと背後へと下がっていく。
『冥土の土産に少しだけ、君を取り巻く世界の真実ってやつを教えてあげるよ』
『そうだね。君は……お人形だったんだ』
『わ、私が人形?!!?』
『覚えてないかい。子供の時、君に接触した事があるんだよ』
『何だと?!』
『あの家、家督後継者が途切れてたからね。君をスラムから引き上げてワザワザ権力者にするのは手間が掛かったよ』
『し、知らない?! そんな事知らない!?!』
ガタガタと震える男の顔は真っ青だ。
だが、その顔には苦悶よりも絶望らしきものがこびり付いていた。
『自分であの装置が欲しくなったわけじゃないのさ。前からインプットしてあった後催眠、暗示のトリガーが引かれただけで……いや、どちらかと言うと本質的に飢えた君にとって、力の象徴に思えたのかな? 暗示と意思の相乗効果なら壊れるくらい欲しいのも頷ける』
『ち、ちが、私は!! 私は操られてなど!?!』
『あの装置は幾つかの複製品とマイナーチェンジ品が今も大陸の何処かで稼動してるんだ』
『そうそう。十数年前、本家のデータが必要になったから取りに来たら、あの皇帝のせいでガードが固くなってて困ってたんだ。だから、協力者が必要だったのさ。君だって、一度はアレと同じものに教育されたじゃないか。覚えてないかもしれないけれどね』
『―――?!!? わ、私は教育、教育? 教育などされていな、ああ、あ、あぁ、きょ、教育され、さ、され……てなど……』
ブツブツと呟き始める男の瞳はもう焦点を結んでいない。
『ああ、壊れちゃった。最低限のデータは取れたから、ギリギリ手間に見合ったかな』
『あの女の子のデータが使えそうだし、ギリギリ収支はプラスかな』
『あ、あぁぁ……私は皇帝だ。皇帝なんだ。皇帝、皇帝、皇帝……』
『百年前の契約も綺麗サッパリ引き継がれてなかったし、この国は最初から滅ぼす事が決まってたんだ。君は最後の皇帝となるはずだったのさ』
『でも、結果は出なかった』
『ああ、出なかった。だから、君もお終いなのさ』
男が涎を垂れ流しながら、歪に嗤う。
『暗示の強度計算間違ってたかな』
『やっぱり、人格設計レベルの事をするのは無理があるみたいだね。此処まで歪んじゃうなんて』
肩を竦められた男にもう目の前の二人は見えていないに違いない。
『私は皇帝様だぞ!! 皇帝様には楯突いたらいけないんだぞ!!』
まるでごっこ遊びをする子供のように男が今までとは明らかに違う無垢な笑みで怒る。
『どうやら成人までの人格は崩壊、退行して完全に壊れちゃったみたいだね』
『でも、それならそれでいい』
『とりあず、僕ら三人の肩書きだけ教えてあげるよ』
どうやら出番らしい。
立ち上がると二人がこちらを見て、頭を下げ、男に軽く片腕で礼をする。
『僕は陸軍の人。オルガン・ステート・オブ・アメリカ……日本語風に訳すなら【アメリカ単邦国】の中佐さ』
『僕は海軍の人。ユナイテッド・インペリアル・ジャパン。【日本帝国連合】の大佐さ』
『………』
壊れた相手に恥ずかしい事をする必要があるのかと視線を向けるとニコニコされる。
『アニメで言う技名を叫ぶ、みたいなものさ』
『そうそう。漫画で言うお洒落攻撃の大文字、みたいなものさ』
溜息一つ。
拳銃をその壊れた男の頭に照準してニコニコする二人の圧力に溜息がちに名乗る事とした。
『オレ達は……教団を撃滅し、この地表に人類の歴史上、最後の国家を樹立する者―――』
恥ずかしい話だ。
これでは漫画だろう。
それでも、それしか今名乗れるような肩書きなど無いのも事実だった。
『【旧世界者《プリカッサー》】だ』
『お前、お前はッ?! お前は下層―――』
一瞬、男が我に返った様子で憎悪を糧に人格の欠片を取り戻したようだが、もう何もかもが遅い。
引き金を引く。
ドサリと崩れ落ちる音。
死ねば仏と一応は片手を立てて頭を下げる。
硝煙の臭いはやはり慣れない。
『行こうか。連中の木偶人形が動き始めたよ』
『それにどうやら共和国の陸軍も26都市を全て制圧したみたいだ。今回はどうやら機甲戦力じゃなくて主力が騎馬だったみたいだけど、後方からは戦車が来てる。機械化は進んでるみたいだね』
銃をホルスターに戻して、歩き出す。
すると、後ろからは何やらニコニコした気配が伝わってくる。
『『………』』
『何だ?』
『慣れたなって思ってさ』
『そうそう。慣れたように見えたんだ』
『………』
『あ、どうやら地対空ミサイルが発射されたみたいだよ』
『残り少ない【
『脱出した後、西部に戻って補給すればいい』
『あはは、君って本当にストイックだよね』
『資源加工の技術が広まってきてるとはいえ。まだ、GPUの類や高度な工作機械は本拠でしか作れないんだから、大事に使って欲しいな』
『お前らが言えた事か。今回の戦争演出にどれだけ物資を消費した?』
『あの共和国の老人のせいだよ。ちょっと足が出たのは』
『帝国内のオイル協定諸国派が予想外に無能だったからね』
『いいや、アレはどう考えても老人の仕込みだ。自分を襲わせて後始末は帝国の軍内通者に一任してたんじゃないか』
『『………』』
『何だ?』
『君って腹黒い人の事、分かるよね。結構』
『君ってそういうの分かるよね。結構』
『ほっとけ』
げんなりした気分になる。
『ラノベの話にしたら、面白そうだよね』
『黙れ』
『あ、撃墜された』
『はぁ……いいから、さっさと帰るぞ』
『『了解。マイ・ジェネラル』』
二カ国の間に起こるはずだった戦争が何故か劇的な終焉を迎えた。
それがどうしてなのか。
興味はあったが、調べる暇も無ければ、悠長に情報が集まるのを眺めているわけにもいかない。
結局のところ。
何が起こっていようと前に進み続けるしかないのだ。
蘇り続ける悪夢を倒す為に。
『懐かしいなら、近場くらい寄っていくけど、どうする?』
『……構わない。また、戻ってくるさ。どんなに変わろうと、此処はオレの祖国だ』
新しい戦いが始まる。
それはきっと……また、地獄のようなものになると心の何処かが教えている。
洞窟の先。
雲が棚引く空には薄っすらと白い筋が浮かんでいた。
『行こうか。
『新しい一日の始まりだ』
『ああ』
夜明けの美しさに僅か魅入って、再び歩き出す。
それが争いの終わりへ続くものだと信じて………。
最後のあの皇帝の瞳には自分が一体、下層民の誰に見えていたのだろうかとの疑問はすぐに明け方の日差しに融けていった。