ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第80話「東部動乱Ⅸ」

 

「来たようだな。最後の連中が……」

 

 最初の氏族が来てから8日。

 

 途中、毒が大好きなアマゾネスさん達が来たので子供達を返還したり、備蓄食料と水を追加したのだが、ようやく三氏族が揃う事になっていた。

 

 夜明け前にやって来たのは竜騎兵の群れだ。

 

 その数は凡そ1500は下らないだろう。

 

 だが、問題はそこではない。

 

 あちらの背後に次々と兵隊が現れたのだ。

 

 もう滅んだはずの氏族達であるのはすぐに解った。

 

 理由は単純明快である。

 

 表情が無い上に亡霊を見たような顔になる砦の衛兵達の顔があったからだ。

 

 まぁ、それでも左程の事ではないだろう。

 

 例え1000万の兵を連れて来たところで相対する兵隊の数は高が知れているし、こちらで戦闘をするのはたった一人だ。

 

 つまり、滅んだ氏族全てを連れて来ても1対数百万の戦いにはならない。

 

 自分の周囲にぎゅう詰め出来る兵隊の数に限界がある以上、一度に百万と戦う必要すらないのだ。

 

 要はあの黒い腕の少女を殺すなり、あるいは腕を完全に滅ぼせばいい。

 

 独立して存在していても、身動きの取れない森の中にいるのではグアグリスの餌以上ではない。

 

 無意味な殺生をせずに済むよう人事を尽くした以上は後は用意を上手く使うだけである。

 

 兵達が次々に現れる。

 

 葬ったはずの氏族達の姿形を真似た何かの出現に予め聞かされていたとはいえ、動揺を隠し切れない兵達は動揺しまくりだ。

 

 計測不能の巨大な氏族の群れ。

 

 それに都市予定地毎包囲されたのを上官であるグエムランへと伝えに行った。

 

 それが終わった後、兵達に交渉してくると外に出る。

 

 生憎と愉快な仲間達は相手の出現時刻を高高度から観測して、現在は東部の奥にある帝国属国領の一つに退避している為、此処にいるのは自分一人だ。

 

 死人を蘇らせるという能力が明らかになった後。

 

 アイアリアの一族の取る行動を予測して、色々と策を講じて二次、三次と防衛ラインを後方で築かせている為、今は仕事漬けでこちらに構っている余裕も無いだろう。

 

 一応、自分が失敗した時の為にもしもの時は森毎全てを焼き払う用の爆薬をリセル・フロスティーナに積んで置いたので大森林毎焼き払う任務というか。

 

 こちらを火葬してくれる手筈は整えてある。

 

「………」

 

 二氏族が逗留する野営地の手前には現在、この30年で人間を止めた系の兵隊とは名ばかりな命令違反と倫理観0時空に生きる方々を生きたまま繋いだポールの群れが89本程突き刺さっている。

 

 そのポールに両手を鎖で繋がれた彼らの前にはちゃんと水と食料の入ったものが置かれており、しっかりと何処でどのくらい、どのような罪を犯した人間なのかを二氏族に言いおいた。

 

 三氏族が揃ってから帝国式の刑の執行が行われる旨も伝えてある。

 

 蔑まれ、罵倒され、石を投げられ、食事に泥を入れられた彼らだが、それでもまだ生きてはいる。

 

 これは帝国から滅ぼした氏族達へのサーヴィスの類であって、もしも帝国の刑の執行を妨げれば、それはそのまま帝国における氏族達への心証に影響する事は言ってたので殺してはいない様子だ。

 

 刑の執行は正しく今という事で街の外縁から歩いて行くと。

 

 こちらの要塞化した小さな市街地の傍まで生きている死者の群れが押し寄せて来る。

 

 だが、さすがにまだ開戦する気にはなれないのか。

 

 一定のところまで進出すると何も言わずに停止した。

 

(アレは相当に参ってるな)

 

 竜騎兵達に連れて来られたアイアリアの氏族達の顔色はお粗末にも良くはない。

 

 それが基本的には死人のせいなのは明白だ。

 

 何せ死人の顔をした人形なのだ。

 

 それを幾ら増やせたからと言って軍事的な側面以外何一つ解決しない。

 

 人間らしい姿をしただけの死人の顔をした何か。

 

 そんなのが増えても気味が悪いの一言で片付く。

 

「よく来られました。アイアリアの氏族長」

 

「ッ、帝国の小竜姫……我が軍。否、この幾多の蘇った氏族達を見て尚、よく我が前に顔を出せたものだ」

 

「此処に来るようお願いしたのはこちらです。顔を出さない理由がありません」

 

 氏族達の幕屋の前には竜から降りてやってきた黒い腕の少女が1人。

 

 その背後には顔色はやはり優れないばあやと数人の男達が付いて来ていた。

 

「イオナス様。氏族の者達はこの行軍で随分と疲弊致しました。此処で休ませて頂ければ」

 

「構わん。他の二氏族の者達と共に休む為の幕屋を。食料はあるのだな?」

 

「はい。すぐに確認致しました。氏族の者達が食べるには十分な量があるかと」

 

「すぐに煮炊き出来る者は食事をさせて休ませてやれ。戦が始まるのは少なくとも今日ではないとな」

 

「はっ。ありがたく」

 

 男達がイオナスの言葉ですぐに氏族を休ませるべく奔走し始めた。

 

 一部の蘇ったらしい表情の無い氏族達が手伝ってはいるが、彼らにはまったく疲れた様子も無い。

 

 それを見ていた他の二氏族が複雑な表情になるのも無理はない。

 

 今日までにアイアリアの氏族が人を蘇らせる禁忌の力っぽいものを手に入れた事は他の氏族達に教えていたのだ。

 

 しかも、それが記憶も無い単なる人形の類だろうというこちら側の推測も含めて。

 

 それを確認してしまった他氏族からすれば、アイアリアのやっている事は暴挙にも思えるが、納得も出来るという評価に賛否すら入れ難いものになっている。

 

 理由など言わずとも解るだろう。

 

 果たして、人形にしてまで生き返った氏族達に何の意味があるのか。

 

 戦うだけならば頼もしい戦力だろう。

 

 だが、嘗て相争う立場だったとはいえ。

 

 それでもそんな心も無く蘇らせられても困るのは言わずとも解るだろう。

 

 それを望む者とているかもしれない。

 

 だが、半信半疑だったこちらからの死者蘇生の話は現実となり、彼らの中には希望よりも恐ろしい感情が芽生えたのは必至だ。

 

『おい!? オレだよ!? 忘れちまったのか!?』

 

『本当に死んだお前が……く……何て言えばいいんだよ』

 

『死んでもオレ達は戦わなきゃならねぇのか……ッ』

 

 死んでも戦わされるのか。

 

 死んでも蘇らせられるのか。

 

 蘇って知り合いに人に会えたとしても、それは人の形をしているだけで何も喋りすらしない人間のような何かなのだ。

 

「そなたはアイアリアの……そうか。御父上達は」

 

 オーデラニカの氏族長。

 

 シリンが僅かに沈んだ顔になる。

 

 だが、イオナスは何でそんな顔をされているのかが分からないらしく。

 

 少しだけ不審そうに相手を見た後。

 

「今は父上と祖父が喋れぬ故。代理として我が氏族長として立っている。オーデラニカのシリン殿だな。我が氏族にも貴方の異母妹が未だ生き残っている。夫と娘と共に。後で行ってやってくれまいか」

 

「……解った。その申し出、心から受けよう。そうか、まだ生き残っている者が……」

 

 シリンが何処か安堵したような息を吐く。

 

「此処で帝国を倒す。宣戦布告を受けた我ら三氏族。この地にてまた帝国を屠り、再び嘗ての大森林を取り戻そう。そちらはウルタイアのアレルカ殿だな。嘗ての遺恨はあれど手を携える事に異論は無いと思うが、どうだろうか?」

 

「異論は無い」

 

 片腕が再生して両腕になっているアレルカがこちらを無視しているイオナスに僅か見定めるような視線を送っていた。

 

「だが、アイアリアの氏族長代理殿。この軍勢は何だ?」

 

「ああ!! 済まない!! 驚いたと思うが、我らが護って来た禁断の地にて我らは……いや、この身は力を手に入れた」

 

 少女が黒い腕を掲げる。

 

「遥か古の森の王が討ち滅ぼしたとされる破滅と呼ばれる何か。それを手に入れた。だが、これは破滅などではない。見よ!! この軍勢を!! 嘗て、手を取り合えなかった氏族達は再び蘇り、今この森を守らんと立ち上がる勇士となった!!」

 

 それは何処か誇らしそうな笑顔で。

 

 それを見ていた2人の氏族長が何かやり切れないような、痛ましいものを見る目を僅かに少女へ向けてから瞳を閉じる。

 

 そして、もう一度生き返ったと言われる者達に視線を向けてからイオナスに向き合った。

 

「氏族長代理殿。確かに今は滅んだ氏族の顔や装飾が見受けられる。だが、本当に彼らは生き返ったのか?」

 

「何を言う!? 動いているではないか!? なぁ、ばあや!?」

 

 背後から何かを報告しに来た老婆を察知していたらしい。

 

 振り返った少女が訊ねて来るのに老婆はただ頷く。

 

「ええ、動いております」

 

 それを聞いたアレルカが更に瞳を細めた。

 

「だが、彼らには生きている者の気配がしない。動いているだけではないか……言葉も喋れぬように見えるが、一体貴殿は何を禁忌の地から持ち出したのだ?」

 

「喋れるようになる!!?」

 

 いきなり、イオナスが怒鳴った。

 

 それに他の2人が驚き、老婆は瞳を伏せた。

 

「必ず……喋れるようにして見せる。今はまだ足りないだけだ!! そうこの腕が言っている!! なぁ!! お前が望むものを与えれば、誰も彼も喋れるようになるのだろう!? 黒きものよ!?」

 

 その時、黒い腕の一部に真っ黒な唇らしきものが開いた。

 

『資源リソースの回復が見込まれれば処理能力に対して新たなパッチの制作及び思考用の脳髄の作製を開始する事が出来ます』

 

(?!!)

 

 思わず顔に出そうになった。

 

 それは間違いなく日本語だ。

 

 大陸にある言語では無かった。

 

(やっぱりか。だが、意思疎通だと? 滅ぼされた滅び。禁忌の地。あのクソマズそうな命令が届いてないのか? いや、それなら破壊されてた可能性もある。だが、問題はコレが本格的に動き出したら、どれだけ被害が出るか分からないって事だ。最悪、大陸を滅ぼせるSF的な何かがまとめて襲い掛かって来る事すら在り得る……)

 

「何を喋っている?! その腕はやはり!?」

 

「嘗て、森の王が戦い命と引き換えに滅ぼし封じたとされる災厄かい。死人を蘇らせる……そんなバルバロスは聞いた事が無いよ。アンタはそれに憑かれてるんじゃないのかい?」

 

「お、お二人とも何を言う!? これは!? 確かに死人を蘇らせる力だ!? 今はまだ不完全だと!! 本当の力を取り戻せば、みんなきっと!? きっと!!」

 

 必死な少女の顔はようやく年相応になったかもしれない。

 

 今にも泣き出してしまいそうな表情に2人の氏族長はこちらを見やる。

 

「……此度の戦がどのようなものになるかは知らないが、どうやら我らは共に戦うべきではないようだ」

 

 アレルカに賛同するようにシリンが頷いた。

 

「まさか、こんなところで伝説を拝む事になるとは……いいだろう。小竜姫……貴方の誘いには乗ろう」

 

「お二方?! な、何を!? き、貴様か!? 小竜姫!?」

 

 イオナスが訳が分からずにこちらを睨んで来る。

 

「我らウルタイアは単独で帝国に戦いを挑む」

 

「我らオーデラニカもまた同じく。我が氏族だけで貴方を討ち取って見せましょう」

 

「何を!? お二方!? 待って欲しい!? 多くの氏族が此処に参集したのだ!? もうこの戦で貴方達が帝国の刃で傷付く事など!?」

 

 イオナスの言葉に2人が首を横に振る。

 

「アイアリアの若き氏族長よ。ウルタイアは矜持とケジメの為に此処へ戦いに来たのだ。決して帝国を倒す為に来たのでもなければ、死人に鞭を打つ為に来たのでもない」

 

「な―――」

 

「同意しよう。我らオーデラニカは我が子供達を救い。今一度、その帝国の姫に挑み。この手で殺す為に参上した。我らの薬は敵を朽ちさせ、同胞を癒すもの。死人を癒す事は出来ぬ。その誇りと名誉を護る事こそが我ら残された者の務めだ」

 

「一体何を!? 貴様か!? 貴様がこの方達に何かを吹き込んで!?」

 

 こちらをイオナスが憎悪に塗れて睨んで来る。

 

「それは違う。最初に彼らの事は聞いていた。死人が蘇ったと。だが、話す事も出来ず。戦う為に動かされ続ける者達は生きているとは言わない。そして、彼らが貴殿の力で支配されているのならば、尚更だ。我らは互いに相争って来た身。しかし、死んでまで敵、仇敵の者達に使われようとは誰も思わないだろう」

 

 アレルカの正論にガツンと殴り付けられたような顔でイオナスが半歩後ろに下がる。

 

「我らオーデラニカは数多くの姉妹達を失った。多くの子供達を失った。だが、だがな。アイアリアの氏族長よ……例え、生き返らせる事が出来たとしても、二度子供に死を与えるくらいならば、我らは朽ちる体を森に返し、その想い出と共に生きようと思う」

 

「そんな?! この戦力があれば勝てるのだぞ!? 彼らとて、その内に元に戻るはずなのだ!? それなのに!?」

 

「我らの生は我らのものだ。確かに死んだ者が蘇り、共に再び笑い合う日が来るのならば、それはきっと楽しい日になるだろう。でもね。お嬢ちゃん」

 

 シリンがイオナスに真摯な眼差しを向けた。

 

「私は、子供達に二度死ねとは言えない。そして、もしも死ぬのならば、悔いが残ろうとも誇れる死に方がしたい。最後まで氏族を護る為に死んだと。負けてしまったが、頑張ったんだと。その最後の決意まで奪わないでおくれ……」

 

「―――ッッ」

 

 2人の言葉にイオナスが生身の方の片腕で拳を砕けそうな程に握り締める。

 

「それが……それが他の二氏族の考え方か?」

 

「そうだ。例え、破れる事が事実だろうと」

 

「例え、死ぬのが我々だけだろうと」

 

「我らウルタイアは我らが友と共に戦おう」

 

「我らオーデラニカは死の薫りと共に意志を遺そう」

 

 2人の決意表明にイオナスが僅かに俯く。

 

「………勝手にしろ。どうやら、我らはやはり相容れぬようだ……ッ」

 

 イオナスが帰ろうとするので片手で制止する。

 

「何だ!? 卑怯者!?」

 

 少し涙目なイオナスである。

 

 その後ろではばあやが何か申し訳なさそうか顔になっているが、当人はどうやら気付かないらしい。

 

「まだ、貴方達三氏族には決めて欲しい事があります」

 

「何だと?!」

 

「背後に繋がれた者達がいるでしょう」

 

「何者だと言うのだ」

 

「貴方達を滅ぼした帝国軍の中で帝国の軍規と倫理に抵触した帝国軍の面汚しです」

 

「何?」

 

「簡単に言えば、集落を襲った際、女子供を強姦し、拷問に掛けてから惨たらしく殺して、その死体で遊んでいた連中です」

 

「な―――」

 

 ばあやが絶句するイオナスに此処はお任せ下さいと耳打ちして、下がらせる。

 

「お聞きしましょう。帝国の姫よ」

 

 頷いて続ける。

 

 未だポールに繋がれた元帝国軍の軍人達は大抵無表情だったが、ヘラヘラしている者や顔を人間らしからぬ悪魔のようなニタニタ顔にしている者もある。

 

「簡単に言えば、人間のクズだと見抜けなかった帝国軍の落ち度です。そして、彼らを後方である帝国に連れ帰る事は今後の帝国にとって致命的な失策」

 

「つまり、此処で彼らを処刑すると?」

 

「はい。帝国法規に則り、軍規違反者及び倫理規定違反でわたくしの権限において刑の執行を行います」

 

「どうせよと?」

 

「先に二氏族の方々には話していますが、この中には三氏族の人間を殺した者も半数程混じっています」

 

「「………」」

 

「つまり?」

 

「刑の執行は変わらぬ事ですが、その方法は此処に来て頂いた借りもあります。そちらで選んで頂いて結構という事です」

 

「成程。帝国は何処と戦おうと謝らないと聞きますが、譲歩はするという話は聞き及んでいます」

 

「そういう事です。二氏族は共に許さないと決断して頂きました。そちらはどう致しますか?」

 

「許さなければ、刑が重くなるのですか?」

 

 ばあやの言葉に首を横に振る。

 

「刑の執行の形態が変わるだけです。許されれれば、断首されます。許されない事が確定した場合はそれよりも更に当人が許しを請うような刑が執行されます」

 

「イオナス様……」

 

 振り返ったばあやにイオナスがこちらを睨む。

 

「許すわけないだろう!?」

 

「では、刑の執行を見たい方は夕暮れ時に彼らの刑の執行現場にお越し下さい。ただし、悲惨な事になる為、心臓や体の弱い老人の方や子供の方。それから血を見る事や敵を許してしまいそうな方にはご遠慮して頂く方が良いかと。刑の執行時には見たい方だけに見えるように陣幕を張ります。では、行きますよ」

 

「「「「?!!」」」」

 

 その時、異様な音と共に男達の絶叫が響いた。

 

 ボキボキと腕と手首から先をを自らで砕きながら、枷を外した罪人達が次々に今までのサイコパスらしい表情を歪ませて、手首から先を引き契る勢いで枷を脱ぎながら、ロボットの如く整列するとゆっくり後進し始めた。

 

「ああ、気にしないで下さい。バルバロスで操っているだけです。これも極刑の執行までの反省を促す刑の一部なので」

 

 涙と鼻水と絶叫に塗れながら、砕けた手首の先をブラブラさせて男達が付いて来る。

 

 今日の昼間に置かれていた陣幕は此処から数百m程離れた場所にある。

 

「では、死より重い罰を下す事に賛同して下さった皆様には夕暮れ時までしばし待って頂いて、それまでに準備を済ませましょう。生きていても決して他人を幸せに出来ない、どころか。害悪ですらある彼らの行く末が如何なるものであるのか。彼らを恨む貴方達には見てもいい権利がある」

 

「権利、だと」

 

 僅かに汗を額に浮かべながらイオナスがこちらを見つめて来る。

 

「ええ、権利ですよ。今後、帝国で執行される極刑は縛り首になる予定ですが、その様子は帝国臣民の被害者が見る事の出来る限定公開刑になる予定です。戦争犯罪を犯したのです。それよりも重い刑が科されるのは必定です。彼らの行いで帝国民が滅びるかもしれないのですから」

 

 泣き叫び、苦痛に歪んだ顔の男達を連れて刑場に向かう。

 

―――夕暮れ時。

 

 執行場所に現れたのは凡そ120人程の男女だった。

 

 殆どは戦う者達だが、中には非戦闘員の憎悪に歪んだ顔の者達もいる。

 

 一応、椅子は配慮から用意していなかった。

 

 だが、彼らにはその場所にあるものが奇妙に思えていただろう。

 

 大きな四角い鉄の分厚い箱のようなものが3m程の櫓の上に備え付けられているだけなのだから。

 

 三氏族の氏族長達もやって来ていて、さすがに彼らにしてみれば極悪人の類がどのように処刑されるのかお手並み拝見と言ったところなのだろう。

 

 周囲は重苦しい雰囲気に包まれている。

 

 しかし、時計は無常だ。

 

「定刻になりました。では、刑の執行を開始致します」

 

 その言葉と同時に帝国兵達が四方の篝火に火を灯し、頭を下げて砦の方へと戻っていく。

 

「まずはお集まり下さった三氏族の方々には心よりの感謝を。罪状は先日または今日述べた通りの者達です。彼らには同情の余地は無く。また、彼らを許さないと決めた三氏族の方々の決断を我々は尊重します」

 

 頭を下げて礼をする。

 

「本日の刑の執行は1人1分の人生最後の言葉を聞く事になっております。もし、具合の悪くなった方やもういいという方は此処から立ち去って下さり構いません。貴方達に対して罪を犯した彼らの最後の言い分は聞く価値も無いと思う方もいらっしゃると思いますが、これは彼らへの帝国法での最後の慈悲になるでしょう。どうかこの場で見ている限りにおいては聞いてやって下さい」

 

 多くの罪人達が倒れる事も許されずに櫓に昇る階段にズラリと整列していた。

 

「では、最初の罪人。グレオ・ガージ」

 

「……んだよ。殺すならさっさと殺せよ。クソ聖女が」

 

「貴方の産まれは帝国属国領。路地裏で生まれ落ちた貴方を旅の一座が拾い。奴隷として売る為に育てた。その一座を殺して10歳の頃に逃げ出し、帝国の民家を襲撃、旅に出たと見せ掛けて成り済ました脚で軍に入隊。殺した人数は44人、強姦した女は約123人、子供を先に犯してから母親の前で首を刎ねて、燃やした。で、間違いありませんか?」

 

「ありませ~~ん。ぎゃははは、何だこのクソみてぇな蛮族の群れはよぉ!? オレらの死に様をそんなに見てぇのかよ。カハハハ!? 物好きな連中だぜ」

 

「そうですか。最後の言葉はそれでいいですね?」

 

「いいでーす(笑)」

 

 ゲラゲラするグレオ君にはそれ以上の言葉は無いようだったので触手足元から出して櫓の裏手のモーターを直接回す事にする。

 

 この為にわざわざ超高カロリーの乾麺麭を3個も口で食べたので今日は外に何も食べたくない気分である。

 

「んあ? 何だ? 何の音だ」

 

 カカカカカカ、カカカァアアアアアアアア―――。

 

 金属が回る音だ。

 

「本日の刑の執行方法は【細挽刑(さいばんけい)】です」

 

「なんだってんだ?」

 

「これより一人目の執行を始めます。罪人番号01前へ」

 

「な、体が、くそ、動か―――?!!!」

 

 彼らはようやく気付いただろう。

 

 自分達が歩いて昇る階段の終わりに置かれた巨大な死角いソレが動いている事に。

 

 正確にはその内部にある肉屋用の挽肉を造る機械。

 

 本来は手で回す程度のものだが、研究所製は大きくなり、ビッシリと刃が増設され、超重元素を混ぜ込んでいる為、決して骨程度では引っ掛かる事も無い。

 

「大丈夫ですよ。痛みは10秒間です。死に征く最後まで貴方は決して事切れません。その頭部が砕き散らされるまでは」

 

「あ―――?」

 

 ニコリとしておく。

 

 そして、ようやく三氏族の者達も気付いたようだ。

 

 そうして、最初の勢いは何処へやら。

 

 こちらに男が振り返ったものの。

 

「人生最後の十秒間。ゆっくり味わっていって下さい。此処に貴方を必要とする人々はいません。さようならグレオ・ガージ。己を大切に出来なかった哀れな人……」

 

「あ」

 

 墜ちた男の先に待つものが回転数を上げる。

 

 そして。

 

 ブギャブギャブジュギュヂュグヂュリュグヂュ―――。

 

 不快な肉と骨が混ぜられながら砕かれていく悍ましい音色と共に人のものとは思えない絶叫が頭部まで沈み込んでいくまで響いていた。

 

 10秒間、男は見られていた。

 

 そして、10秒の後。

 

 思わずへたり込む三氏族の者や失禁した者が何人か出て。

 

「次の者。ギーム・ゴレス」

 

「オレは悪くねぇ!? オレは悪くねぇ!? オレは―――」

 

「静粛に貴方の人生の最後の言葉がそれでいいのですか?」

 

「ッッッ!?!」

 

 口を閉じた男の産まれと罪状を述べていく。

 

 聴取した時の情報だ。

 

「では、最後に何か言い残す事は?」

 

「オレは悪くねぇ悪くねぇ悪くねぇやめろやめろやめろやめろやめ―――」

 

「これ以上言う事は無いようですね。悔い改める必要はありません。その為の刑ですから」

 

「ぁ」

 

 再びの音と共に夕暮れ時に血潮と肉と骨が次々に砕け散って下の地面に散らばっていく。

 

 そこで胃の内容物を戻した者が出て、20名近くが具合を悪くした者達を引き連れて、その場を後にした。

 

 憎悪に塗れていた者達の顔には畏れと同時に恐怖が焼き付いている。

 

 だが、その中でもさすがに三氏族の長達は何とか最後まで見届けようと自らを押さえつけるように、食い入るように、意地と根性で刑の執行を見届けていた。

 

 こうして次々に命乞い以外の言葉を喋る者の無い刑が執行されていく。

 

 それを見ていた罪人達もまた失禁するやら脱糞するやらしていたが、逃げ出す事は出来ない。

 

 そう暗示と記憶操作をしたのだから。

 

 こうしてたっぷりと2時間程の時間が掛かった刑が終わる頃。

 

 その場に残っているのは10名程まで減っていた。

 

「「「―――」」」

 

 もはや、肉と骨とクソの山が出来た櫓の下。

 

 臭いは酷いものだったが、怨嗟と命乞いの残響で耳まで痛いというのが彼らの本音だろうか。

 

 だが、最後の1人が終わって櫓を降りていくと。

 

 三人が何だか物凄い顔で絶句というよりは苦し気な顔になっていた。

 

「お疲れ様でした。これで刑の執行は終了となります。では、戦争の取り決めに付いては明日以降という事でよろしいでしょうか?」

 

 そう訊ねるこちらにアレルカが向かい合う。

 

「帝国の姫よ」

 

「何でしょうか」

 

「罪人にあそこまでする必要はあったか?」

 

「無かったと言えば、満足ですか?」

 

「………それは、無いな」

 

「でしょう。ならば、素直に受け取って頂きますよ。それが彼らに対しての礼儀というものです」

 

「礼儀。礼儀、か……素直に君を狂っていると言えれば、どれだけ良かったか」

 

「ならば、何と評します?」

 

「……覚悟は受け取った。戦いもしよう。君が滅ぶのかどうかは置いておくとしても、我らは君を相手にする。初めて、その真の意味、本当の覚悟だけは出来た」

 

「そうですか……」

 

 視線を感じて、そちらに向けるとシリンが何か苦虫を噛み潰したような顔になっている。

 

「何かご意見でも?」

 

「……人の命の使い方を貴殿は悲しめるのか。それだけは少し安堵した。その王として穢れても構わぬという姿勢にだけは……敵わぬと言っておく。人を癒し殺す猛毒の姫よ」

 

「褒められているのか。貶されているのか。好きに受け取っておきましょう」

 

「そうしておけ。我らはこれで失礼する。氏族の恨みは消えず。しかし、帝国に断罪者在り。我らの怨念は決して潰えぬとしても、帝国には正義でも狂気でもなく。ただそうするべきだからそうする者がいる事を我らは決して忘れないと誓おう」

 

 2人がそうして自身の幕屋のある方角へと帰っていく。

 

 残された三氏族の少女だけが今もワナワナと手を震わせながら、こちらを何か絶望したような顔で見つめていた。

 

「どうして、己の民にあんな事が出来る」

 

「そうする必要があるからです」

 

「我らならッ」

 

「そうしないと?」

 

「―――ッ」

 

 視線が俯けられる。

 

「戦場で命を落とす。病で命を落とす。暴漢に襲われ命を落とす。略奪者に襲われ命を落とす。でも、命の落とし方は違うでしょう。彼らは此処で命を落とさねばならなかった」

 

「どうしてだ!?」

 

「帝国は決して国家として重罪は許さず。戦争においても規律を護る。そう、人々に示さねばならないからですよ」

 

「範を示す為にあのような惨い人の尊厳すら無い死を与えるというのか!? 帝国の小竜姫!?」

 

「これから先、わたくしが死んで、あなた達も死んで、数年後、数十年後、もしも同じような戦いがこの地で起きた時、帝国がこの日を記憶していなければ、今までの30年の戦争とやはり同じ事が起こるでしょう」

 

「な―――」

 

「いいですか? イオナス・アイアリア。わたくしは自分の願いの為に誰かを犠牲にする単なる貴方と同じ小娘です。でも、他人の犠牲を求める方法くらいはちゃんと選びます。貴方はソレをちゃんと選んだのですか? 選ばされた。選び間違えた。選べなかった。では済まされないのですよ?」

 

「……わ、われ、私、は……ッ」

 

 怯えたように少女は明確に後ろへ下がり、そのまま背後へと駆け出して行った。

 

「はぁぁ……まったく、人殺しも楽じゃない」

 

 血肉の山は罪の証だと誰かは言うかもしれない。

 

 だが、こちらはそんな感傷的な話をしている暇も無ければ、時間もない。

 

 そして、罪等という概念は社会の中でしか意味が無い。

 

 もはや、恐らく……その枠からはみ出てしまっている自分には罪も罰も無ければ、糾弾する者すら歴史くらいのものだろう。

 

「さぁ、オレの糧となれ……お前らの血肉の一片までオレが使い潰してやる。敵を倒し、国を護り、人を進ませ、オレの願いを叶える為にな」

 

 触手を血肉の山に向けた時。

 

 背後に何かを感じた気がした。

 

 それは何処か満足そうな気配をさせていた。

 

 大きな大きなソレがあの日感じた怖ろしき何かのような気配のソレは。

 

 小さなこちらの首に優しく爪を添えて。

 

「黙ってろ。化け物の出番はこんなところには無いだろ」

 

 こちらの声に気配は何処か嗤いを浮かべたような感触を遺し消えていく。

 

 それは自分の中に、なのかもしれない。

 

「マヲー」

 

 やぁ、と片手を上げた猫が挽肉を造る機械の上に座っていた。

 

「久しぶりだな。また、オレに何かを取り込ませにでも来たのか?」

 

「マヲヲ~~~♪」

 

 そんな面倒な事しないって。

 

 というような声が聞こえた気がする。

 

 飛び降りて来た黒猫が口を開くとおえーという顔で何か喉から吐き出した。

 

「何だ? 毛玉か?」

 

「マゥヲ~~!!?」

 

 失礼か!!?

 

 そんなツッコミが片手で入れられ、指先でソレを掴んで篝火の方角に翳す。

 

「……毛玉じゃなくて、小さい金属製の輪と来たか。何だコレ?」

 

 それを手にして思わず反射的に捨てる。

 

 危なかった。

 

 不用意に危ないものを取り込むのはさすがにもう嫌なので暗示で何か拾った小道具は危なそうなら捨てる癖を付けておいたのだ。

 

「マヲ!? マヲヲ!!」

 

 だが、黒猫が何で捨てるんだとプリプリ怒った。

 

 口で加えるとヒョイッと再びこちらの手に投げ渡してくる。

 

「大丈夫なんだろうな?」

 

「マゥヲー」

 

 ウンウンと頷く黒猫を胡散臭げに見やりながら、触手で罪人達の血肉を全て回収して消化しつつ、触手の糧として井戸に独立させて入り込ませておく。

 

「まぁ、いい。また、どうせ面倒な小道具だろうし。指輪代わりにしておくか」

 

 指に嵌めてみるとすっぽり人差し指に収まった。

 

「マヲヲ!!?」

 

「せっかく持って来たのに、みたいな顔されてもな」

 

「マゥヲゥヲ~~」

 

 いいもんと膨れた黒猫はヒョイッと頭に乗るとテシテシと頭部を猫パンチしてから飛び降り、暗闇に消えて行った。

 

「取り敢えず、感謝しておく」

 

「マゥヲ~~!!」

 

 こうして『当たり前だ!!』的な声は遠く遠く消えていった。

 

「それにしても……そんなに顔に出てたか?」

 

 鏡も無いので分かりはしない。

 

 しかし、仕事は終えた。

 

 この事実を元にしてやらせるべきプロパガンダや諸々の準備はまだまだある。

 

 今日は夜中の内に全て終わらせよう。

 

 そう出来る内に。

 

 自分もまたこうして誰かに挽肉にされないとも限らないのだから……。


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