ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
竜騎兵の群れの中から悠々と戻って来たリセル・フロスティーナからアイアリアの氏族の異変。
それを何とか潜り抜けたこちらの話を現地の部隊を掌握する将軍がプルプルしながら聞いていた。
「ほ、ほほほ、本当にそのような怖ろしい事があったのですか!? 姫殿下!? あ、いえ!? 疑っているわけではないのですが!?」
基地内にある司令部は軍の改革が始まってからは土建屋さん染みて基地の造成をする兵隊達を指導する屯所みたいになっている。
のだが、何とも似つかわしくない人物がそこにいる。
ナヨッとした44歳の小柄なおっさんである。
ついでに言えば、自信も無さそうだし、軍の最古参連中を使っているとは思えないくらいに小動物染みて何とも頼りない。
地方貴族系の役人である。
イブリス・グエムラン。
元々は帝都近郊のエルゼギア貴族の流れを汲む男だ。
彼の父親が聡い人物であったらしく。
ブラスタの血脈による反乱当時、命と周辺の人員を護る為に逸早く緋皇帝に降伏し、その傘下に下る事でエルゼギアの血筋を途絶えさせないようにと何割かのエルゼギア人を説得したとか。
こうしてエルゼギアは滅んだが、その中身は現在地方に飛ばされて地方貴族、地方領主の一部となっているのである。
結果として帝都以外の地方での軍に登用されたエルゼギアの民は大半が滅んだ帝都の連中とは違って、かなり数として残っており、現在も最前線で使われている。
「グエムラン卿。帝国陸軍の上層部から警告のようなものは受け取っていましたか?」
「け、警告ですか? それは無かったかと。一応、此処には6年前から駐屯しておりますが、上の方々からは地道にコツコツ殲滅するようにと言われていて」
「地道にコツコツ、ですか? では、先日の無理攻めは?」
「そ、それはこ、こちらの命令ではなく!? ほ、本当に誓って自分は命令しておりません!? あれは執政官殿の1人が現場部隊に姫殿下のご来訪に合わせ砦単位で殲滅戦の拡大をするようにと……従来の作戦行動を拡大したとこちらには聞こえて来ていました」
「成程。つまり、問題無いだろうと考え許可した、と」
「は、はい……まさか、あのような事になってしまうとは思っておらず。各地の駐屯軍の部隊長にはしばらくは砦の防衛を任せる事で休ませる事にしました。守備隊への増援を帝都本国に送ってくれるよう依頼を出したばかりだったのです」
かなり、ビクビクしているおっさんは必死に弁明する。
事実として現場の兵からも聞いていた無理攻めの理由はそのようなものだったので溜息一つ。
「先に依頼していた通り、今後の事を考えても兵達には戦場の造成を急がせて下さい。こちらでもお手伝いはしますので」
「ほ、本来姫殿下にこのような雑事を負わせたとなれば、自分の本国での評価は地に墜ちるのですが」
「して頂けないと?」
「い、いえぇえ!? 姫殿下の願いとあらば、このイブリス。身を切ってお手伝い致します。ええ、勿論ですとも!!?」
慌てて頭を下げられる。
「大丈夫ですよ。そちらに責任は無いと軍の方には言っておきます。そもそも帝国軍の指揮権がわたくしには無いですしね」
「はは、御冗談を……南方戦線の不動将閣下を取り込まれた姫殿下の派閥の事は聞き及んでいます。グラナン卿による新部隊の設立。北部に送った部隊の練兵の件も噂になっていますし、一地方の守備隊の我々が何を言える立場にも無いのは存じていますよ」
どうやら父親譲りに聡いらしい。
情報もそうだが、それをちゃんと理解している様子を見れば、守備隊の長としては冷静沈着に仕事をこなしているのは間違いない。
「取り敢えず、現地の守備隊には何があっても護りに徹しろという事を徹底して下さい。死者を蘇らせる程の力です。尋常のものではなく。戦えば全滅は必死。ですが、砦から逃げても竜騎兵に追われて死ぬだけです」
「砦の改修工事は数か月前から行っていますが、現場からは本当に今までのものとは建材が違うと驚きの声が上がっています。尋常ではないにしても、幾分かは持ち堪えられるかと」
「それは良かった」
「刃、炎、竜騎兵の火球。諸々を喰らっても殆ど内部には影響が無い。姫殿下の下にある研究機関が開発したとされる特殊建材は本当に素晴らしいと現場の兵達が申しておりました」
「出来る限り建築用資材の現場での作成は簡単にしましたので。手順通りに混ぜ合わせて既存の砦に塗るだけでも随分と効果があります」
「はい。もしや、このような事を見越して新建材の集中的な投入を?」
「いえ、道の造成の為ですよ」
「おお!! となれば、帝国の長年の計画であった大森林地帯を切り開いての東部との物流を引き受ける大街道計画が遂に姫殿下の手で始められるのですか」
「今後、道を開通させる為に多くの人間が此処に移住してくるでしょう」
「解りました。兵達にも作業を急がせます」
こちらの土木工事の詳細を詰めた後、司令部のある砦の一室から頭を下げて外に出る。
すると、砦の先には広大な森の一部を切り倒して材木を野積みにした2km四方の区画が見えており、昼間から軍の兵士達がこちらが輸送用の動物を用いて木材を搬出し、帝国各地から送られて来た大量の資材で建物の基礎や道を造成していた。
複数地点には井戸も掘られており、地盤の固い場所から組み上げられた地下水を煮沸消毒して兵士達の飲料水に当てる水小屋と呼ばれる場所や簡易のトイレも置かれる。
全て現場で組み立てられるようにと研究所が作成した設計通りに建築は行われており、殆どの兵達は休み休みながらも数百人単位で造成を急いでいる様子だ。
(日本の土建屋さんの工法もここじゃ役に立ちまくりだな。本当に……)
軍制改革によって各地の駐屯軍、地方軍の半数以上が土建業に携わるようになって数か月。
その最初の仕事は砦のアップグレードや軍民兼用の街道整備である。
その為に大量の木材が現在では必要とされており、大森林の樹木はこの数か月で0.1%近くも帝国各地に南の河川を使って運ばれていた。
建材は帝都近郊の研究所が創った新型建材の加工ラインに載せられ、次々に建材として各地に出荷……水分が抜けるまで保管される事になっている。
その建材の一大産出地帯こそ、大森林最大の基地であるノバス砦に造成中の新都市予定地である。
樹木の根を掘り起こし、整地した付近にはさっそくローマ式の道が最初に造成され、軍の所管する軍民の土建業者が入る軍都の街並みが僅かに見え始めている。
まだ300m程の地域にズラリと簡素な宿屋や酒場が並んでいるだけに見えるが、一か所に40人近く泊まれる二階建ての四方40m近い建築が大量となれば、驚く事だろう。
最初に帝都で加工したものを現地に水運で持ち込ませて短期間で造ったものだ。
軍の作業効率と人員の管理を綿密に行った結果として一年と立たずに軍都予定地は今の状況でも質の高い建築が溢れ返る事になるだろう。
まぁ、結果として今から此処が戦場になり、砦以外が灰燼に帰す事にはなるのだが、生憎と軍が此処で戦争をする予定は無い。
『姫殿下~~』
「アテオラか」
遠方から小走りの影が2人。
すぐに傍までやって来た。
「建築部門の長の方との詳細の詰めが終わりましたよ!!」
「そうか。悪いな。任せて」
「い、いえ、こういう時しかお役に立てませんから……」
アテオラが照れた様子で笑う。
「イメリ。簡易の野営地の造成状況は?」
「はい。各氏族の方々を受け入れる1万人規模のテント用の資材は確保出来ており、この砦の人員も戦争前には8割方帰郷。休養に入れると報告がありました」
メイド姿のイメリが熱いと袖を捲った様子で額から汗を拭いつつ報告してくれる。
「現地に資材保管用の倉庫はあるし、後はあちら次第だ。残った人員は砦に収容して、ようやく戦争が出来そうだな」
「………」
「何か言いたそうだな。近頃、そういうの多くないか?」
「……この都市造成用の巨大な区画の端と端。戦場を創るという話は聞いていましたが、こんな大規模な場所を用いるとは聞いていませんでした。そもそも、本当に此処を戦場にするつもりなのですか?」
「そうだが?」
「殆どの人員を返してしまうのに、ですか?」
「そうだが?」
「そもそもどうやって戦うつもりなのですか……」
少し心配そうな瞳に軽く肩を竦める。
「オレが1人で戦うだけだ。少なくとも権力者であり、オレが死ねば、戦わずして帝国は竜の国との戦争に負けるわけだし、あいつらには丁度良い目標だろう」
「「………」」
思わず2人が押し黙る。
「そんな顔するな。ちゃんと考えてある。此処の人員にはオレに出来ない部分の工事をして貰うだけで1週間もあれば、戦場も形になるだろう。そして、帰してるのは危険だから故郷で休養取らせるってだけだ。まったく真っ白だな。ウチの軍の業務体制は」
今までの軍役がブラック過ぎただけだとの話だったりもする。
「一人で戦争、ですか? 姫殿下……」
アテオラがさすがにそれはどうなのかという不安そうな顔で聞いて来る。
「心配するな。ちゃんと生き残るから」
「貴方にそんな事を言われてもまったく安心には程遠い事だけは教えておきます。それでも勝ってしまうのでしょうが……」
イメリがジト目でこちらを見やる。
「今回ばかりはどうかな。死者を蘇らせる力。北部で出会った本当に危険な力の片鱗みたいに見えたしな。絶対は無い。だが、準備だけならしてある」
「準備……我々はそれを信じるだけ、ですか」
イメリが溜息を吐いた。
「人事を尽くすんだ。簡単だろ?」
広大な領域の外れ。
砦とは反対側に大量の資材を置いた倉庫がある。
それは今後本職の土建業者達を呼び込む為の仮設テントだ。
街が出来ると同時に随時、そちらに移住させていく予定だったのである。
それが実際に1万人分あったのは単なる予備も含めて、今後の予定に使う為の準備だった。
それがこういう形で使えるというのだから、世の中何が起こるか分からない。
「さて、井戸も掌握し終えたし、兵士達にも知らせたし、戦場を創ろうか」
すぐ傍にある井戸からグニョンとクラゲの頭が出て来た。
そして、それが各地の井戸から現れ、熱い陽射しの中で土木作業用の道具を持ち、大量の建材用の樹木を内部で溶かしつつ増殖を始めるのだった。
昼時を終えた兵士達が血の気を引かせていたが、心の準備はさせていたので錯乱する事も無い。
やっぱり、自分に出来る事は準備してさせる事くらいなのだと改めて思う昼過ぎの事であった。
*
―――一週間後。
「これがッ、帝国軍の本拠地か!?」
「馬鹿な。あの砦は確かに……ッ」
「こんなものを奴らは我々が見ていない間にッ!?」
その指定された戦場に最初の到着を果たしたのは2m程の四足獣。
鋼の如き強靭さと羽毛のような軽さの体毛を持つ鈍色の獣を駆る山岳の氏族ウルタイアだった。
「これは幕屋の資材か?」
「……速やかに野営地の造成に掛かるぞ。息子よ」
「解ってる。ご丁寧に食料もあるようだ……あの硬い石のようなアレに比べれば何でも食えるさ……それにしても麦なんて随分と帝国は肥え太ってるようだ」
大量のテントの予備が保管された倉庫群。
そして、大量の麦をはじめとする雑穀の備蓄。
中には塩漬けでの干し肉まである。
だが、彼らが最も目を奪われたのは整地された遠方にある砦前の街並みであった。
自分達のものとはまったく違う洗練された建造物。
そして、そのあちこちに土豪が積まれ、塹壕が掘られ、あちこちに弩弓らしきものが櫓と共に置かれている。
正しく要塞化された街と言った様子なのは彼らにも解った。
ウルタイアの氏族達が次々に幕屋の資材を倉庫から引っ張り出しては周囲に天幕を張り、傍にある複数の井戸から汲んだ水を途中で捕まえて来た小動物や蟲に与えて様子を見て、大丈夫かどうかを確認してから煮炊きを始めた。
「息子アレルカよ」
その街並みと何も無い土に雑草が生えた地を見た老人の声。
新たな族長たるアレルカが振り返る。
「どうしたんだ?」
「戦争とあの姫は言っておったな」
「ああ……」
「我らが今度は焼く番だと息巻いていた者達には悪いが、戦えるのか? あの威容を前にして……生憎ともう一度息子を失うかと心配するのは勘弁して欲しいのだが」
「勝てるから戦ったわけではない。それは貴方が一番良く知ってるはずだ。父上」
「女子供の多くはもう疲れ切っている。生きて此処まで辿り着けたのが不思議なくらいにな。今、お前達を失えば……あの子を失った時以上に……共に果てるか。もしくは帝国に下るのも良しとするだろう」
「解っているさ。解っている……だから、あの姫は我らに猶予を与えたと言いたいんだろう?」
「解っていたのか……」
「頭に血が昇っていた事は認める。だが、だからこそ、言われている事はこの道中で何度も考えた。考えて考えて……答えは出たよ」
「そうか。ならば、後は何も言わん。共に戦うだけだ。その結果がどうなろうとも……女子供には我らの生き様を覚えていて貰おう」
「ああ、それでいい……共に戦おう!!!」
山岳部族の彼らはこうして陣を張る。
僅かな男達を前面に押し立て、幕屋を張って氏族の女子供を収容し、煮炊きしながら彼らの他にも呼ばれているに違いない部族を待った。
それが正解なのかどうかすら分からなくても……。
―――急造市街中心部。
砦前の小さな街を少し立派にしてナンチャッテ要塞丸出しに土嚢を積んだり、塹壕掘ったり、仕掛けをしたりして一週間。
ようやく最初のウルタイアの氏族が到着した。
それを街の一角の屋根上から双眼鏡で覗きつつ、現地の具材で作ったサンドイッチを頬張りつつ、横のエルトエムにも差し出す。
「ようやく来ましたか。予定通りですか? 姫殿下」
近頃は一緒に現地で迎え撃つ為の街の要塞化と増築を手伝って貰っていたので気易い仲になった。
出したサンドイッチも少し頭を下げるだけで食べてくれる現地協力者である。
「肝心の部分の増築と仕掛けも終わりました。後は看板を立てるくらいの事ですよ」
「看板?」
「ええ、この先、帝国領新市街予定地とでも」
「これが全て焼かれる前提で造成されたとは……帝国の懐が痛まないか心配になりますが、痛まないのでしょうな」
「ええ、個人的に運び込ませた実験的な建造物ばかりですから。どの程度、耐久するか。どの程度で燃えるか。どの程度で使い物にならなくなるか。そういう情報を得る為のものです。最初から壊れても問題はありません」
「恐ろしいお方だ。仕掛けからしても最新鋭の要塞建築技術でしょうに。例の新たな遠距離射撃兵器の事は帝国軍内でも噂になっていると聞きますが?」
「全て帝国内での他国軍からの防衛戦用に備蓄されています」
「数が問題で?」
「帝国軍でソレが必要になる人員が少ないというだけです。あまり、多くは出回らせない予定ですし、兵器はあればあるだけいいというものでもない。国力の配分は今は大半が各地の軍民兼用の大規模建築に割かれています」
「ああ、なるほど。今回の要塞都市を模型のように作ったのもその一環であると」
「実験的なものですが、事実上は単なる保険にしか過ぎません。そもそも空を飛ぶ竜の国の軍隊相手にまともな航空戦力が無い時点で勝負になりませんよ」
「……ならば、何故?」
「相手が航空戦力で攻めて来るのは解っていて、何処を狙うのかも分かっている。でも、逆に言えば、絶対に無視出来ない立地に要塞を立てたら、相手は攻めるしかないでしょう?」
「ふむ。つまり、補給ですか?」
「左様。竜の国が国土の全てを蹂躙出来たとしても、補給問題は解決しません。1万騎の竜騎兵を動かすには1万騎の竜騎兵による補給が必要なのです。まぁ、実際にはそれよりは少ないでしょうが、空を飛ぶという高速機動戦略はそれを維持する補給も高速でなければならない」
「確かに……」
「軍事的な要塞化が施された場所を地理的に取る事が出来なければ、休む事も補給する事も出来ないように各地に砦や要塞を立てております。これが地政学的に最も相手を消耗させる最大の切り札ですね」
「晒されても惜しくないどころか。是非、やって来て攻めて欲しいと言いたげですな」
「解りますか?」
「これでも参謀をしておりました故。つまり、相手に無理攻めさせる為の戦略を取っているのですな。今の帝国は……ですが、乗って来ますか?」
「ええ、乗って来ざるを得ないように対空防御兵器の小規模な工廠を内部の地下に造営しており、情報も流してあります。つまり、そこがある限り、竜の落とされる可能性の高い地域が増え続ける」
「なるほど。これはまったく今までの帝国の戦略では無いですな」
「その通りです」
「その上で帝国は今ならば攻め易く疲弊していると情報戦を仕掛けていると」
「エルトエム殿が聡明で説明の手間すら省いてくれる事は実に頼もしい話ですね」
当人が疲れたような呆れたような顔になっていた。
「このような一介の軍人崩れに話すにしては大そう過ぎる戦略ではありませんか?」
「良いのですよ。逆にこれを敵国にちゃんと漏らしてきて欲しいくらいです。そうすれば、相手の地上軍はやって来ないかもしれませんし」
「これは参った。帝国軍人より商人か吟遊詩人の役を買って出た方がお力になれそうですな」
降参とばかりに顔も引き攣りそうなエルトエムが両手を小さく上げた。
その手にはもうサンドイッチも無い。
「さて、それではこれから死刑囚への刑の予備的な執行でもしてきましょうか。彼らの留飲を下げつつ、現場の統制に入る為にも」
「………聞いておりましたが、本当に見付けたのですか?」
「ええ、そもそもここに来るまでに帝国軍内の掃除をして、“頑固な汚れ”に関してはしっかりと確認と裏を取りました。まぁ、軍人と言っても心が腐らない人間は少数でしょうし、歯止めが利かない人材以下など存在自体が害悪ですよ」
「それが最前線の戦中とはいえ、凶悪な犯罪を犯していれば、尚更であると」
「罪は罪です。情状酌量の余地の無い層だけ残しましたし、残りは命令違反はまだ良いとして人間としては信用に値せずの烙印を押して、良心の呵責に人生を捧げて頂く事にしております」
「………真に悪が改心すると?」
「真の悪には程遠い方々ですよ。だからこそ、命までは取らないと言っているのです。軍の綱紀粛正と共に反省しない、出来ない屑の類にはこの帝国から消えて頂きましょう。御爺様よりも過激ですよ。この点に関しては妥協しませんから」
「今までのご自分の評判を気にしないと仰られるので?」
「そんなものは犬にでも食わせておきなさいというのが本音ですね。歯止めの無い純粋な悪やそもそも分かり合えない存在と分かり合えるという勘違いは悲劇しか生みません。わたくしの持論です」
「なるほど……」
「話が出来ても、言葉が分かる悪意の塊というだけです。精神の根本に我々が理解出来ない異質さや軋轢がある場合、彼らは敵国人よりも化け物に等しい。化け物の姿になっただけの人間の方がよっぽどに話が分かるでしょう」
「はは……はぁ、これでも随分と軍に永いですが、軍律至上主義を標榜する上官のような事を仰るのですね」
「このような事を云う方がわたくし以外にも軍に?」
「ええ、その方は例え化け物でも話して分かり合えるなら兵士として隊伍を組むべき。そう平然と言って退ける方でした」
「そうですか。それは是非会ってみたいですね」
立ち上がる。
「では、ウチの協力者には刺激が強いでしょうし、近隣の都市から共に水運で運んで来た物資でも共に取りに行って来て下さい」
「了解しました」
「わたくしは分かり合えない狂人と悪党を人間の悪意によって磨り潰す準備と敵である彼ら氏族に性善説を解いて来ますので」
「どうか、無茶だけは為されぬよう……」
「無茶はしていませんよ。命令されてもないのに子供や女性相手に強姦した後、拷問してから殺す人間のクズに人間の悪意の何たるかを教えて差し上げるだけです。人生の授業料としては高く付いた程度の話ですよ」
ニコリとしておく。
まぁ、自分が人を殺すのにも意味はある。
少なくともそれがこれからの帝国の悪を許さぬという意思表示である事は多くの人間に伝わるだろう。
それを具現するのが生憎とそこらの拷問器具みたいな高度なものではなく。
帝国の肉屋で使われている器具を大きくして作って貰ったモーター付きの最新型機材なだけである。
きっと、世の悪人と倫理観ゼロな人々にも届くだろう。
これは帝国と自分達の戦争の始りなのだと。
キュラキュラと悪意を磨り潰す悪意の塊がゆっくりと砦から出されて荷車で運ばれていく。
嘗て兵士だった人間達の群れがユラリと幽鬼のように自分の最後の戦場へと向かって行く。
錆びるまでどれくらいの時間が掛かるものか。
この地域の人間性の限界を試す為にも是非とも最後まで帝国と世界と自分の為に役立って欲しいと願うばかりであった。