ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
東部の果てと言っても最大の領域を占める森林地帯は実際には大陸東の入り口に位置する。
両側を広大な山岳の壁で覆われており、この広大な森から東部までの道が開通すれば、それはそれは帝国にとって有意義であっただろう。
そこに蛮族染みて氏族最強決定戦をしている過激派氏族集団が跋扈していなければ、の話であった。
これが三十年前の話であり、結局のところ最初の各氏族との話し合いで侮られた帝国の使者が斬首された後、帝国の大森林の攻略は始められた。
地方軍の中でも最大の規模を誇る東部軍による東部大戦線の始りである。
そして、その終局に立つという事はこの30年の帝国軍の総決算。
尻拭いという事でもある。
「こうして歓迎して頂けるとは思ってもいませんでした」
フード付きの外套を被って今日は二つ目の氏族に合いに来ていた。
「いえいえ、オーデラニカはもはや死に体。我らの殆どの男は半身を砕かれ、女子供を護れるモノも無い。今更帝国の怒りを買うなど、出来ませぬよ」
「なるほど」
ズズッと互いにお茶を飲む。
後ろでは正気ではないという顔のエルトエムがこっちを凝視していたが、素知らぬ顔で話を続ける事にした。
現在、森林地帯中央部にいる氏族の一つ。
オーデラニカの集落は野戦病院さながらにあちこちに天幕を張って、傷だらけの男達の看病をする女達が忙しく立ち働く場所となっていた。
竜騎兵から地表にロープで降ろして貰っての簡単な道行なので最初の氏族との接触よりも随分と楽だった事は間違いない。
まぁ、実際には陸路で集落に向かうのが困難だったというのもある。
何でも周辺には毒草、毒樹が大量過ぎて普通に通るのは不可能だとか。
今も帝国の追撃を振り切って生き残っている彼らは正しく難攻不落の森の中に住まう事で永らえているのである。
「オーデラニカのお茶は昔は多くの氏族達の間で愛飲されたものでしたので、お口にも合うかと」
目前にいるのは女性だった。
30代くらいだろう。
軍装姿でやってきたこちらにお茶を振舞ってくれるのだから、良い人の扱いで良いだろう。
その他の事は些末な話である。
赤み掛った白い髪を束ねた女氏族長はアマゾネス的な表面積の少ない布地を張り付けた筋骨隆々の女傑だった。
オーデラニカはこの地に暮らす女系氏族だ。
どうやら生来から男が産まれ難いらしく。
他氏族に嫁に行く代わりにそこで産んだ女を一族に迎え入れるという条件で嫁に行くのが一般的な部族だとか。
問題は彼女達が森の薬師の異名を取る生物毒にも詳しそうな人材であり、現地で出た帝国軍の被害の3割が彼女達の調合した各種の薬品によるものであった。
他氏族にソレを流しての戦いは少なからず弓や罠などで多用され、帝国軍は森を切り開き焼き払うのも一苦労したとの話。
なので、エルトエムがお茶を飲んだ様子に『正気か!?』という顔をするのも無理はない。
「それで受けて頂けますか? 帝国の宣戦布告を」
目付きも鋭い氏族長シリンと名乗った女傑がこちらを見やる。
「……本当のところを申しましょうか?」
「どうぞ」
「我が一族はこの森と心中し、全てを劇毒の最中に沈めて帝国と相打とうかと思っていたのです」
「それは恐ろしい事です。他の氏族に断りも入れずにですか?」
「ええ、もはや我らの血の多くは途絶え、男共も薬で痛みを消して何とか永らえさせているに過ぎない。我らにしてみれば、もはや打つ手は無いのです」
「随分と情愛が深いのですね。他の氏族の多くは死んだ者は死んだ者だと割り切れる者が多いと聞き及んでいますが……」
シリンが肩を竦める。
「愛する男が死ねば、我が氏族は共に毒で没す事を認めています。そのせいで我らの血族の数も最盛期から比べれば30分の1になった」
「帝国を殺す毒酒。否、毒の華と言ったところでしょうか」
「そう考えて頂いて結構です」
「それは実に良い事を聞きました」
「何……?」
初めて、女傑の今までの作り込んだ顔に罅が入った。
まぁ、いきなりやってきた帝国の最重要人物が最後の戦争をしようとか言い出したのだ。
普通に考えれば、その話の辺りでその顔をするべきである。
猫を被っていたのは解っているが、それにしても激情一過は無さそうだ。
一瞬で感情の閾値が振り切れたような覇気のようなものが身体から溢れ出しているので恨みというよりは怨み。
怨念に近いものを抱えているのは間違いない。
「もしも帝国が道を違えれば、その時は貴方達のような毒に侵され消える選択肢も取れるという事ですよ」
「何を、言っている」
相手の声が低くなる。
「無味無臭の劇薬を散布というのはどうして我々もあまり用いない極めて良心的な殺し方だと思いますよ」
相手が『気付かれていた!?』という顔になる。
「人を己の手で殺せぬ者が持つならば、毒は最良の武器の一つであり、この現代の国家の倫理や道徳が発達する前ならば、貴方達は決して責められるべき位置にもいない」
「何が言いたい。帝国の姫よ」
「ですが、毒で全てを殺すと息巻いている癖に赤子や子供達には解毒薬。そして、彼女達に生きる術が無いと知りながら、自滅覚悟でわたくしを殺そうと共に毒を呷る。軽く200種類はありますか? このお茶も極めて香りが良いのに味わったら死ぬというのは残念な話です」
「ッ、気付いたところでもう遅い!!」
「それはどうでしょうか?」
「我ら千年の薬酒!! 毒と薬は表裏だ!! 如何なる毒も操る我らが力!! 思い知りながら、共に地獄の苦しみの中で死ぬがいい!!」
「残念ですが、こちらの耐性を抜ける毒はありませんでした。いや、何種類かは毒の量によってはわたくしでも危なかったでしょう」
「何!? 何故だ!? もう効果は―――」
「この薬、バルバロスには効かない人間用ですよね?」
「―――お、お前はまさか?!!」
フードを剥いで、手袋を脱ぐ。
「く、呪いの所有者か!? だが、我らの毒を全て解毒出来る存在など!?」
「女の情念結構。己の命と引き換えに覚悟を持って道連れを選ぶ。何百という毒を練り合わせた調合の技の冴え。人の命を救う薬で人を殺す。最も薬師としては不名誉な事実を前にしても実行してみせる胆力。オーデラニカの力、しかと見せて頂きました」
女傑は自分の手を見て初めて気付く。
おかしい、と。
「この集落の全ての人間に毒の耐性を付与させて頂きました」
「な、何だと!!?」
「何も問題無いでしょう。解毒薬や耐性とて絶対ではない。此処で苦しんで貴方達に死なれても困りますしね」
「ッッ」
「一つだけ貴方達に非があるとするなら、子供や赤子は殺せなくても放り出せるところですか」
「何が言いたい!?」
「子供よりも男を取る生き様を否定しようとは思いませんが、死んでもいいと言うならば、わたくしが引き取りましょう」
「―――ッ」
次々に周囲にアマゾネスの女達が突撃して来て、刃を今にも突き刺しそうな勢いで目を怒らせ、エルトエムは凍り付いていた。
周囲で悲鳴が上がる。
地表内部で微生物や樹木を取り込んで増殖していたクラゲさんが姿を露わにして次々に子供や赤子を隠されていた場所から引き抜き。
肉体に優しく取り込み始めたからだ。
「氏族長!? あ、あれを!?」
バカンッと入っていた藁ぶきっぽい屋根の家の上部が吹き飛び。
ニュッと入って来た触手がエルトエムの胴体に巻き付いてポイッと5m程にまで育ったクラゲさんにめり込ませる。
「ひ、姫殿下~~~!!?」
「大丈夫ですよ。呼吸は管で十分出来ます」
口に触手を突っ込まれ、酸素を無理やりに肺へ侵食した部分から送り込めば、窒息死はしない。
「貴様ぁあああ!!?」
女達の槍が軍装に先っぽを突き刺そうとしたが、シリンが片手で制止した。
「どういうつもりだ!!」
「どうせ、自分達が死んだ後に子供も後を追うと分かっていたのでしょう? ならば、死ぬ子供を生かそうとするわたくしの方がより母親らしいのでは?」
こちらの挑発に血管が切れそうなアマゾネスさん達である。
「我らの何を知っていると言うのだ!?」
「この小娘がぁ!?」
「夫を亡くし!! もはや、生き恥を晒しても、子供達一人護れない!!」
「腹が空いたと言う子に乳の少しも出してやれない!!」
「そんな我らの事を嘲笑うのか!?」
「食うものも困る我らがこれからどう生きようかと言う時、やってきた貴様が!! 帝国の何不自由なく暮らして来た姫が!! 我らを語るなぁあああ!!!?」
それらの絶叫は至極最もである。
「ですが、子供を結局は殺すと知って自殺する辺り、道連れが欲しいというよりは単純に死ぬ理由が欲しかっただけでしょう?」
「な―――」
その言葉に誰もが凍り付く。
「実際、帝国は恨んでいても、そんなのは現実を前にしたら空しい話。己の力の無さに絶望して、子供の命まで自分達で断とうなんて母親が聞いて呆れる」
「何ぃ!!?」
さすがに子供の事を出されては彼女達も痛いらしい。
歪んだ顔は憎悪以外の諦観や無力さが混じる。
「やり様がないのは貴方達に交渉力や知識が無かったからでは?」
実際、アマゾネスなオーデラニカは他氏族との交流が基本的には薬の調達交渉と嫁の貰い手としてしかないという事は有名であり、あまり活発に外と関わる様子は無かったと報告書にはある。
「帝国に頼むのが嫌なら他氏族に預けるのでも良かったでしょう。血が繋がっているかどうかに関わらず。貴方達を信じる自らの我が子達の命を投げ出す。そんな者に母親の資格はありません。少なくとも帝国法では……」
「ならば、どうしろと言うのだ!? どうすれば良かったと!?」
シリンに首元を掴まれる。
「母親が聞いて呆れる。生かす為には何でもすれば良かったんですよ。それこそ帝国に地べたを這って屈したって良かったでしょう」
「我らを侮辱するか!?」
「内心はどうあれ、残っている帝国軍とて命令が無ければ、女子供を喜んで殺しはしませんよ」
「何だと!!? 我らの夫を、仲間を、友を、親家族を殺した貴様らが言えた事かぁあ!?」
「それこそ、全てを投げ打って道を創ろうとしていれば……何事も結果はどうあれ動くとは考えなかったのですか?」
女達は正しく夜叉か鬼女かという形相である。
「これは帝国の属国領の話ですが、他人から預かった子を生かす為に未だ成人にも程遠い少女は自らの体を侵略者に売って、同じ民族に石を投げられながらも育て上げたそうですよ? 同じように飢饉の時に何一つ食べるものが無い時、自らの肉を切り落として与えた母親すらいたそうです」
こちらに屈辱という顔をする女達だが、その顔には先程までの覇気も無かった。
ヒステリックに叫んだところで自分達がした事は自分達が一番分かっている。
勿論、そういうのばかりではないが、さすがに薬師という冷静沈着な側面があるだけあり、誰もが震えながら、こちらの言葉に涙目で歯咬みしていた。
「クソゥ……グアグリス。万能薬かッッ」
吐き捨てるようにして、こちらを手放し、シリンがテーブルを叩く。
「知っているのですね。そういうのは……」
「それは……それは大陸の薬師が焦がれて止まぬ力だぞ!! あの治癒者の庵以外にこんな事が出来るものがいるなんてッ、それが帝国の、どうして帝国のッッ、う、ぅぅ……」
「情けない!!」
「ッッ?!!」
こちらの大声で思わず涙も引っ込んだ様子で氏族長がこちらに瞠目する。
「無様に泣いていれば、相手を恨んでいれば、自らの命で毒殺出来ずに悔しい? 馬鹿馬鹿しい。子供にそんな事は関係無いでしょうッ」
「ぐ?!!」
「帝国を恨めと教育するならまだしも、ただ一緒に死んでくれと言うのは親としては下の下ですよ。自分を正当化している暇があったら、自分に出来る事を探しなさい」
「それを帝国の姫が我々に言うのか!!?」
「ええ、そうですよ。もしも、まだあの子達の母親気取りでいたいのならば、我が宣戦布告を受けて取り戻しに来なさい。戦争に勝とうと負けようとお返ししましょう。勿論、この話は貴方達が他の帝国人を毒殺したら無しです」
相手の体を侵食で硬直させつつ、巨大になって来たグアグリスの触手の一つに乗って持ち上げられておく事にする。
「安心しなさい。貴方達が感情を、敵意を、毒を向ける相手は此処にいる。新しい調合でも何でもして、今度はわたくしを殺せる毒で来なさい。人を殺めるよりも先にするべきは人を助け癒す事。こんな初歩すら忘れた貴方達にまずは新たな帝国から範を示しましょう!!」
言葉と同時に覚醒した死に掛けていた男達が起き上がり、周囲の状況を察して、すぐにこちらにやって来ていた。
『あ、あなた!? 傷は!?』
『ああ、良かった無事で!?』
『帝国!? 遂に子供を攫うようになったか!?』
『く、子供達を放せぇえええ!!』
「な、何のつもりだ!! 帝国の姫!!」
シリンが吠える。
しかし、その背後からその名を呼ぶ声がした。
『シリィイイイイイン!!!』
「あ、あぁあ、あぁあああっっ!!?」
その言葉と声に女は涙を溢れさせる。
「確かに示しましたよ。我が帝国は新たな時代に在り。この帝国を畏れぬならば、自らの全てを賭けて掛かって来なさい。自らの子供達を護り、自らの矜持を護り、また大勢の人々を癒す薬師となる為に……」
『おのれ、帝国ぅううううううう!!』
男達が叫ぶ。
「指定の基地に食料も幕屋も用意しておきます。子供達の命の為にも戦争が始まるまで兵士達を毒殺しようなどとは考えないようにお願いしますね」
言い置いてクラゲが跳躍する。
20人近い赤子や子供達を抱えてだ。
侵食時に栄養を与えてから眠らせておいた為、大人しい。
というか、それ以外の殆どが大人だと分かれば、もはや彼らが限界を超えて絶望するのも頷ける話である。
嫁にやった子供達も既に他氏族の中で死んでいたのだ。
(普通の戦争なら、結構な数が生き残ってただろうに。虐殺、殲滅戦の類になったせいで次世代の数が枯渇……まぁ、自棄にもなるか)
ずっと長話をしている間に周辺地域にまで伸ばした触手で毒の元となりそうな植物の大半は取り込んでおいた為、量は確保出来ないだろう。
頭上から急降下して来たリセル・フロスティーナの伸ばしたロープに脚を絡ませて、宙吊り状態で高度を上げつつ、周囲から高速で遠ざかる。
残しておいた地図もあるので間違わずに来てくれる事だろう。
クラゲの脚で子供達を先に倉庫内に上げて、共に戻って来て触手からポイされたエルトエムを見やる。
「大丈夫ですか? エルトエム殿」
「ごほ……寿命が縮みましたよ。姫殿下」
「ですが、これで残った氏族の一つに宣戦布告出来ました。しっかりと彼女達の怨嗟の声も聴けました。収穫です」
「………」
「何か言いたげですが、何か?」
「もし毒に打ち勝てなかったら、どうするおつもりだったのですか?」
「死んで彼女達の留飲が下がり、わたくしの代わりのものが戦っていただけですよ」
その言葉に大きく溜息が吐かれた。
「もう少しご自重下さい。それとバルバロスの話は聞いておりますが、このようなものをお使いになれるとは……まったく、存じませんでした。せめて、事前にこういった心臓に悪い事をお話頂ければと」
「済みません。今後、気を付けます」
その言葉に背後から『ぜってー嘘だぞ』みたいな視線が複数突き刺さった気がしたが、構うものでもない。
確かに女の情念と蟲毒染みたアマゾネスの力は見た。
そして、宣戦布告もすっかり済ませる事が出来たのだった。
*
「なぁなぁ、ふぃー」
「ん?」
アマゾネスな薬師集落から逃げて2日。
クラゲさんは体積を小さくして、水分だけ絞り出し、今も子供達を安全に保護して寝かせておくのにリセル・フロスティーナの倉庫内にプヨプヨしている。
2時間毎に相手の代謝の補助と栄養補給をしているのだが、その様子を見ていたデュガの問いが後ろから掛った。
「ふぃーにとっての戦争って何なんだ?」
「整理整頓だ」
「セイリセイトン?」
「部屋の片付けだ。やるだろ? 片付け」
「ええと、それでこの子達を取って来たのか?」
「しょうがないだろ。事前情報で人間に毒を仕込んで云々。あるいは人間を材料にした禁忌の毒まであります云々。絶望してる連中に死ぬのならと子供を材料にさせる程、オレは非情じゃないつもりなんだ。合理的だろ?」
「毒を創れなくして、毒を持ってやって来いとか言ったのか?」
「そうだ。大人は自分の判断でやるだろうさ。だが、決死なんて覚悟を赤子や子供を巻き込むなって事だ。ただでさえ、あの集落の前情報じゃ両親を失った孤児が多いって話だったし、夫を亡くして子供を残して自殺とか困る」
背後から何か言いたそうな視線を感じて振り返るとフォーエが各員の竜のケアをして戻って来たところだった。
「何か言いたげだな」
「その……フィティシラ。一度戻ってこの子達を置いて来てからって話だけど、預ける当てはあるの?」
「勿論だ。エルトエムの村から女性を派遣して貰ってる。それでしばらくの間は決戦場の整備に当たって、そっちで預かって貰う事で話が付いてる」
「決戦場……三氏族との戦争の?」
「そうだ」
「………」
「言いたい事は解るが、人間てのは本気で殺し合わなきゃ分からない事が多過ぎる。相手の理解すら進まない事の方が実際多い。帝国はこの点で他国とは一線を画してるが、それでもこの地域における本当の相互理解は進んでない」
「どういう事?」
「つまり、相手の事もよく分からず殺し合いをしてただけで、まるで戦争の成果が無いって事だ」
「成果?」
「戦争っていうのは相手を滅ぼす為にするもんじゃない。相手を理解し、自分の意見を押し通す為にするものだ。滅ぼすのが目的という戦争でも、それは同じ。その先に通したい意見がある」
「それは……うん。学校でもそう習ったけど」
「この際、戦術や戦略。戦略目標みたいな実利は忘れていい。これは戦争の根本的な効果についての話だ」
「効果?」
「戦争をして勝負が付かない。もしくは片方が勝って、自分の意見を押し通した時、初めて負けた方は敵を理解する。そして、この繰り返し、戦術にしても戦略にしても、兵器にしても、人員にしても練り上げられていくのが現代戦だ」
「現代戦……」
「それは人間の数が少ない場合の話であって、大陸各地にいる総人口1000万以上の国々は現実的に滅ぼせるが、滅ぼすと滅ぼされる」
「ええと、ごめん……詳しく聞いていい?」
「このご時世に一つの国で全てを国民の財産と生存の為の各種の活動に必要な資源を揃えられる国は無く。何処の国も何処かに依存してる。そして、兵器の質が最初に世界を滅ぼせる階梯まで上がった国が近頃は帝国になった」
「近頃? それに滅ぼせるって……」
「近年までは竜の国や南部皇国の中にいるバイツネード。その前は20倍差以上の人口差がある大国なんかだ。最古、最優の武器は人口だった。次点で優秀な兵器。それが組織化されたバルバロスやバイツネードの力に取って代わられ、この片方が竜の国の戦術と戦略兵器の前に撃破された。この時点で竜の国が一番上に立ってるが、その兵器には回数制限と期間制限がある」
「……何とか付いて行けてると思う」
「この間、オレが使った兵器って事にしてるのは単なる爆薬を能力で丸めただけのものだ。意味、分かるか?」
「ッ―――兵器化したら、威力が跳ね上がるって事?」
「そうだ。量産可能な大量殲滅、広大な領域そのものを全て焼き尽くす焦土兵器だ。街や野戦でも現行の軍規模の数が纏まって、薄く広がる散兵戦術を良しとしない各国に対してならば、量産数が恐らく2000程度でも野戦軍を完全に殲滅。それどころか。想定してる兵器にすれば、国土の5割を物理的に焦土と出来る代物だ」
そこでようやくフォーエも自体が呑み込めた様子になる。
「将来的には帝国以外の国もこの兵器は手に入れるだろう。遅かろうと早かろうとこれは事実として、今これを大規模に量産して兵器化して実戦投入出来る態勢が出来た帝国は量産しようと思えば、ソレを恐らく最短1か月で前線や遠征軍に必要数配備出来る。竜騎兵込みでな」
「それって……」
「今、もしも帝国が本気で全ての柵を清算しようと思えば、この大陸全ての主要国家及び衰滅しない国家全てを焦土兵器で焼き払い。山間部などの少数民族以外、大陸総人口の9割6分を完全に消し去る事が出来る」
「―――」
「いいか? これが前提だ。それは同時に大陸の大破壊であり、帝国そのものも衰滅するような規模の環境破壊なんだ。だが、それを制御して使えば、帝国は一瞬でこの大陸の覇者になれるだろう」
「………だから、戦争をするって事?」
「そうだ。今言ったのは戦争じゃない。単純な目的が虐殺や究極的な生存競争となった時に国家が取り得る選択肢の一つだ。そういう場合もあるって事だ。全ての仮想敵を破壊するだけならば、戦争である必要すらないわけだ」
「だから、此処で戦争をしたいの?」
「そうだ。今後も帝国の国防と未来の為に重要なのは変わらず大陸の発展であって、隣人を殺戮して回っても何ら益が無い」
「……学校では戦争は悲惨だって習った。けど、君は戦争すら生温い世界で生きてるんだね。フィティシラ……」
「生温い戦争がこれからの大陸での基本だ。ダラダラと戦争するやら、憎み合って殺し合うやらしたところで相手国を完全に滅ぼせるか吸収出来なきゃ、いつかはまた復讐される。そういう怯えを携えて、国家の連中は他国を尊重して付き合うべきだし、オレはそうさせる」
「怯え……相手に理解させるって事?」
「そうだ。生存本能が闘争本能を上回るように。それに繋がる合理的な理由を創ってやればいい。同時にまた国と国の付き合いに絶対は無いし、滅ぼそうとすれば、滅ぼされるって答えだけは先に提示しておく」
「提示……」
「その上で互いに仲良くお付き合いしましょう。その後ろで力関係を変える陰謀ならお好きなだけどうぞ。そういうのが恐らくは一番健全だ」
「健全……」
健全の意味が違うと思ってるだろうフォーエの額に汗が浮かぶ。
「ふぃー、夢見がちって言われた事無いか?」
途中から入って来たデュガが肩を竦めた。
「オレが夢見がちなら、この大陸の国家連中はまだ幻想の世界に生きてる事になるな」
「幻想?」
「この大陸の連中には想像力が足りない」
「想像力?」
「旧い時代の常識が通じると思ってるから、今まで立ちはだかって来た連中はオレに一矢も報いられなかった。だが、オレが存在し、もう既に帝国がこういうものになった事を知れば、目が覚める連中もいるだろう」
「目覚めるって?」
「もう嘗ての古き良き戦争なんて存在しないし、帝国は無敵でも最強でも無いって事に気付けば、その幻想が壊れる」
「今でもかなり強そーな兵を北部で育ててるってノイテが言ってたぞ?」
「国家として強い兵隊を育てるのは健全な活動だとも。オレよりも真っ当に全てをやり切れる国があれば、オレは物理的に超えられる壁だ」
「超えられるとか。それウチの国でも無理だぞ。ふぃー……」
呆れられた。
「今のところオレ以上に真っ当な方法論を構築せず。あらゆる分野で研究、技術開発、人材育成、資産運用してるところが無いだけだ」
「「………」」
「何か言いたそうだな。だが、言わなくていい。時代がオレに追い付いて来れば、オレなんか一般人だとお前らだって簡単に解るとも。今の大陸の調子じゃ70年くらい掛るかもだが」
「「………」」
どうやら2人とも納得出来なさそうな顔である。
『いや、百年でも無理だろ……(´Д`)』みたいな塩顔をされた。
「とにかく。この森林地帯での虐殺は戦争じゃない。本当の戦争の効果が欲しいと思って、こうして命を懸けて戦う事にしたわけだ。絶望して欲しいわけでも、自殺して欲しいわけでもない」
「その割に悪役が似合うんだよなー」
デュガが地味に傷付く事をサラッと言ってくれる。
「戦争の本質は相手を退ける事じゃなくて、意見を押し通す政治であり、押し通された側は生きている限り、次に進み、そこから学びを得るべきなんだよ」
「それが合理的だから?」
「国が相手なら次は相手の国を殴り倒してやりたくなる。それが人間てもんだ」
「それを許さなかったから、帝国は大きく為ったんじゃないのか?」
「その弊害が此処そのものだ。取り敢えず、全部終わったら色々とまたやらなきゃならない事も増えたし、リージにも働いて貰わなきゃな……」
その言葉を聞いていたフォーエがこちらを真剣な瞳で見ていた。
「命を懸けて戦わなきゃダメなの? フィティシラ……」
「人の怨念は簡単に消えやしない。だが、それを呑み込んで次の時代に向かえない連中は滅ぼすしかない。そうしなければ、次の時代にもまた新たな禍根で人が死ぬ」
「……君はそれを一人で背負う気なの?」
「まともに戦えもせず死んでいった連中の命を背負ってるあいつらと全力で戦える相手が必要だ。そして、帝国でそれを受け止められるのはオレしかいない」
「……他の人だって出来る事じゃないの?」
「オレは生憎と自分の使える手駒を減らしてまで、この森の連中と戦ってやる程、お人よしじゃない」
「僕らが負けるって事?」
「使い処の問題だ。オレはオレという駒が一番適切に相手が出来ると考えるから、そうする。お前らが適切だと思えば、そこにお前らを配置もする。勿論、命掛けな時だってある」
「ふぃーって過保護だからな♪」
デュガが苦笑して肩を竦めていた。
「あいつらは認めないかもしれないが、もうこの一帯は国際的にも帝国領土で認識されてる。国民を護るのも導くのも殺すのも生かすのも為政者の仕事だ」
子供達の体調を調整し終えて、その場を後にする。
後ろからはまだまだ何か言いたげな視線が突き刺さっているのだった。