ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第75話「東部動乱Ⅳ」

 

 その有史に無い爆発に付いて、最も近い牧場を経営していたリギナ人の夫婦は後にこう語る。

 

 あれは聖女様の怒りだったのかもしれない、と。

 

―――2日後。

 

 巨大爆発とエンヤ本家直属の者達1400人弱が帝国軍に捕らえられて数日。

 

 リギナの帝国軍がたった数名の聖女の側近が引き起こしたとされる爆発の爆心地の惨状に心魂を抜かれたような心地になり、リギナ人で構成される帝国軍の大半が帝都本国の力を理解してしまった(帝国軍本隊は何も関係ありません)為、その情報は矢の如くリギナの各氏族に伝わり、反乱の芽は完全に潰された。

 

 聖女様は優しいが、その周囲がやば過ぎるという話になり、聖女様はこれを諫めたからこそ、あの程度で済んだのだとも囁かれた。

 

(まぁ、そういう事にしておこう)

 

 帝国も知らない帝国脅威の技術力という話はさっそく帝国軍が所管する竜郵便で帝都にも伝わり、帝国軍上層部は頭を抱えた事だろう。

 

 例の研究所が試作していた爆薬が実戦投入されたと気付いた者もいるはずだ。

 

 だが、その威力の大きさが街や国の首都を一瞬にして消滅させてしまうものであると理解すれば、彼らもまた研究中のソレを使う事は躊躇う事になるだろう。

 

 何せ、防衛戦略に転換中の最中に最強の矛が手に入るのだ。

 

 更に言えば、威力が大き過ぎてまともに至近距離で使えぬとなれば、殆どの軍にとって竜で持ち運ぶという事しか想定出来ず。

 

 それすらも落とされたり、回収されては恐ろしい事になる。

 

 つまり、安易には使えない怖ろしい兵器を持て余すと彼らは初めて知ったのだ。

 

「エンヤ本家は解体。構成員は事実上の拘留。彼らを唆していた第三国の間諜は蒸発と」

 

「もはや笑いも出んな」

 

 ガイゼルとガロン。

 

 2人の老人がお茶を啜りながら、こちらの話を聞いていた。

 

「これで東部は固め切りました。現在、帝国内に第三国の特殊な諜報工作員は存在しません。明日にはエンブラ近郊で一斉診療も開始され終わります」

 

「……一つお聞きしたい。姫殿下」

 

 ガイゼルがこちらを見やる。

 

「何でしょうか?」

 

 ディアボロの内部。

 

 今日は店を休業して、明日の最大の売り上げの為に料理人達が特別な料理の類を一斉に大量に仕込んでいる最中だ。

 

 自分達以外に誰もいないカウンター席でガイゼルが真剣な瞳をこちらに向けていた。

 

「帝国は第三国の者達を滅ぼした兵器を量産しましたか?」

 

「いいえ、アレはウチの研究所で研究されているものをわたくしが使っただけです。製法その他は厳重に管理され、極微量を本来は加工の難しい材料を加工するのに使わせています」

 

「兵器ですらないと?」

 

「それを用いた兵器は今はまだわたくしが個人的に作らせ、所有するものしかありません。後から威力を落して巨大な対バルバロス用装備として普及はさせますが」

 

「……お気を付け召されよ。お嬢さん」

 

「解っています。怖ろしい兵器。怖ろしい力は持っているだけで原因や理由になり得ますから」

 

「それを知りながらもお使いにならざるを得なかったわけですか」

 

「相手は記憶を操作する手合いでした。明日の一斉診療後には殆どの方達は治っていると思いますが、リギナの地においては更に今後も何度か来訪し、住民全員の治療を行う事になります」

 

「有難い話です……」

 

「今回の件でエンヤ本家の人員にも治療を施し、記憶操作を無力化した後、色々と訊ねてみたのですが、軍まで起こすつもりは無かったと言い訳されていました。どうやらわたくしを暗殺して一斉蜂起すれば、リギナが付いて来ると見込んでいたようです」

 

「お恥ずかしい限りです」

 

 ガイゼルが頭を下げる。

 

「今後は各地で識字率を上げると同時に国民教育も進めていく事になります。基本的には娯楽を用いて、それをもっと楽しめるようになりたいという意欲を持って貰う事で達成するつもりですが、高齢者や働き盛りの方達には仕事として学んで頂く事になるでしょう」

 

「何をですかな?」

 

「国際情勢や物の見方。今後、来る新しい時代において、どのように生きて行けばいいのか。これらを総合した大人の為の教育です」

 

「大人の為の……」

 

「生涯学ぶ事があるというのは幸せな事ですよ。例え、政治に仕事に関わらずとも、一人一人が賢明であるならば、そうそう人々が道を誤る事は無いですから。一般論ですが」

 

「一般論……それは姫殿下の常識では?」

 

 ガロンが左程は口を挟まない様子だったのに今日に限って突っ込んで来る。

 

「ええ、これからの時代。わたくしが進める時代の話です。ですが、いつの時代も若者達が古い時代に風穴を開けるのです」

 

 まぁ、説得力はあるだろう。

 

「それを見守って下さる良識ある大人がいれば、何も問題ありません。精々、道を誤ったなら正してやる。正せぬならば、旧い時代の事を忘れさせないようにする。それで上手くいきますよ。大抵は……」

 

「今回の事でエンヤ本家に同調する勢力の大半は力を失い。変わっていくリギナの地に口喧しく唾を吐く事は無くなったでしょう。正しく、飴と鞭……敵いませんな。姫殿下には……」

 

「これは飴でも無ければ鞭でもありませんよ。リギナという大地に対する些細な賠償と当然の統治政策にしか過ぎません。では、そろそろ明日まで持たない重傷者の治癒に向かわねばなりませんので……」

 

「武運を祈るのは無粋ですな。どうか、リギナの地の民を……頼みます」

 

「わたくしに出来る事は誰もが安全に安心に生活し、自らの手で人生を切り開いて行けるようお手伝いする事くらいですが、必ず指導者層の1人としてお役に立ちましょう。では」

 

 準備が出来た外からは動かせない患者以外で明日死ぬか今日死ぬかという動かせる重病人が大通りに集められていた。

 

 誰もがもう意識も無いか。

 

 あるいは僅かな呼吸を維持するので精一杯の有様だ。

 

 周囲には大量の樹木と井戸から組み上げた水が溜まる即席の池が一つ。

 

 取り敢えず、まだまだお仕事は終わらないに違いなかった。

 

 *

 

「最終区画終了しました。お疲れ様です」

 

 リージの声と共に深夜まで掛かった一斉診療が終わりを迎えていた。

 

 リギナは広い。

 

 沢山の広報を出してはいたが、遊牧民族であるリギナ人は活発に外で動くのが道理であり、草原や平原、山間から病人を集めていたとはいえ、それでも捕まえるのに手間が掛かった。

 

 とにかく街が少ない為、広報物が届かない場所にいたり、情報を知らないのだ。

 

 しかも、エンヤ本家を筆頭にした一部の氏族は今も草原暮らしの者も多くいて、周知徹底が不十分だったせいで集まりが他の地域より悪かった。

 

 結果として時間を延長し、2日も同じ体制を取って集まってくる集団を待ち。

 

 各地に軍の飛行偵察隊を出して病人の移動者がいないか確認しながら集めさせた。

 

 これに殆どの竜が使われた事で空からやって来た人々の大半は目をシロクロさせながら治療を受け、ピストン輸送する竜の姿は人々に時代が馬から移り変わり始めた事を教えたに違いない。

 

「撤収するぞ。今後の治療は取り敢えず、帝都から新薬が届いてからになると続けて広報を開始。入念に周知する事」

 

「了解しています」

 

「また、リギナ人の生活に合わせて後方部隊を改組し、新たな枠組みを作る事を現地帝国軍に書簡で送れ。特定の地点を特定の時間に巡回するのを現地民に覚えさせろとな」

 

 リージが頷いてすぐに今回の教訓を手帳にサラサラ書き込みながら、テントから出て行く。

 

 これで一時間後には正式に軍が動くだろう。

 

(それにしても万能薬が案外簡単に出来たのは驚いたな……本当に単純な方法というか。グアグリスを分裂限界温度で抽出する液体が万能薬とか……)

 

 現在、研究所では前々から進められていた万能薬の作り方の解析が進められているのだが、どうやら分裂寸前のグアグリスを入れた水がソレになるという事が解って来ていた。

 

 どうやら、個体分裂時に複製が傷付かないように自らの個体を護る目的で万能薬を周囲の水に垂れ流しているらしく。

 

 著しい水槽内の生物の活性化などが見られた事から発見されたらしい。

 

 現状ではグアグリスの分裂温度帯での育成は極めて危険である為、普通のグアグリスでは万能薬の抽出は不可能なのだが、生憎とこちらで再生したグアグリスみたいな能力で造った再現体は命令を受け付ける為、これで色々と試作されている。

 

「ふぅ」

 

 そろそろ撤収しようとテントから出ると外交団の老人達と少女達と護衛+エンヤ副棟梁と娘達が勢揃いしていた。

 

 周囲には少女達が元暗殺者な少女達が少しだけ汗を浮かべて、固まっている。

 

 どうやら怖がらせたらしい。

 

「お疲れ様でした。姫殿下……」

 

 ガイゼルと共に全員が頭を下げる。

 

「いえ、仕事が一段落したと言っても、まだまだリギナ地方でやるべき政策は多い。今後もリギナには色々と新しい制度を投下する事になるでしょう」

 

「それは愉しみにすればよいやら。冷や汗を掻けばいいやら。老人には測り兼ねますな」

 

「皆さんにも手伝って頂きたいと思っているのでわたくしとしてはこちらからお疲れ様と言わなければなりません」

 

「ヒメさん。本当に変わってるねぇ」

 

 エズヤが苦笑する。

 

「いえ、それ程でもありませんよ。副棟梁……最後に貴方達に対しても治療を施してお終いにしましょう」

 

「治療?」

 

 エズヤが首を傾げる。

 

 だが、その手にはいつの間にか刃が握られていた。

 

「お母様!?」

 

「何だい? どうしたんだ?」

 

 言っている合間にもエズヤがこちらに襲い掛かって来る。

 

 だが、それを誰も止めようとはしない。

 

 彼らの横合いからウィシャスが動かないようにと現地軍から借りた鉄の正しく横槍で制止する。

 

 そして、刃が胸に突き立てられた。

 

「姫殿下!?」

 

 誰もがハッとした様子で我に返ったようだった。

 

 記憶操作というのは意識にも干渉し得るのだろう。

 

 副棟梁の瞳には薄緑色の光が宿っている。

 

 エズヤは笑みを浮かべて、苦笑していた。

 

「これもバルバロスの力ってヤツかい? ヒメさん」

 

「ええ、ですが、なるほど……そういう使い方をするのですか。やはり、あそこで蒸発させておいて正解でしたね。同じ能力を複製されては面倒過ぎます」

 

 ウィシャスは溜息を吐きつつも全員にその場を動かないよう鋭く視線を向けていた。

 

「本家の方々を治した後、色々と調べたのですが、おかしい事に気付きまして」

 

「何だ何だ? どんな言葉が飛び出たもんか」

 

 エズヤの顔は苦笑というよりは少し苦いものを味わった時のように楽し気だった。

 

 だが、その瞳の色は何処か哀し気に見える。

 

「副棟梁とは誰だとの報告がありました」

 

「な―――」

 

「お母様!?」

 

「へぇ、案外本当にアンタは化け物なんだねぇ。まったく、あのロクデナシの“影”も使えない」

 

()()()()()()。バイツネード本家の人員ですね?」

 

 その言葉で誰もが目を剥いた。

 

「この刃、一応アンタらが超重元素と呼んでるはずの代物なんだけど」

 

「解っていますよ。暗殺に使われる可能性が一番高い鉱物の類と毒物はウチの研究所で網羅してあります。なので、ほら?」

 

 服の下に薄い鎖帷子を見せる。

 

 グアグリスの生物精錬で純度99%以上の超重元素を集積した資材を用いた代物だ。

 

 エズヤがガランと刃を取り落とした。

 

 そして、どっかりと目の前で腰を下ろす。

 

「か~~ウチの連中もさすがに人材不足か。いつから気付いてた?」

 

「貴女と食事した時からです」

 

「あの時に? リギナ人の作法は完全に学んでたはずだが……どーいう事だか」

 

「お行儀良過ぎでしょう。幾らリギナ人の作法を完璧に出来ていても、それを意識的に護ろうとするのは明らかに国外の人間がやる事ですよ」

 

「ッ、あははははは!!! 五感系の能力を持ってるとは聞いていたが、心理を読まれたからバレたって事か。何とも……あのジジイが靡くわけだ」

 

「おじさまにも確認は取りましたが、名前は解らなかったそうです。ただ、本家の一部に記憶や感情を操作する類の人物がいる事は知っていたそうですが」

 

 エズヤ。

 

 いや、アルシャンテが降参のポーズを取る。

 

「人を操る術は得られても、本当の戦闘能力が無いアタシにはアンタが殺せない。ついでにさっきの一斉診療で何か仕込んだだろう?」

 

「ええ、勿論。自分にも操作を施していたようですが、無意識までは誤魔化せなかった、という事です……」

 

「だが、健康な奴らはまだ動くとは思わないのか?」

 

「合図すら出せないように貴女が動く隙を敢てこの瞬間まで失くしていました。今、健康な人々に合図を出すより先に仕掛けた貴女の負けです」

 

「あっははは、自分の能力を過信した癖に最後は自分でなんて欲を出したアタシの負けか……まったく、その通り過ぎて困るぜ……」

 

「後々、彼らにも治した方達と同じような作用がある薬を処方します」

 

「バイツネードの歴史上、この能力を持つヤツは殆どいなかった。情報操作においては下部の家々にすらもこの力は大きな影響力を持った。だが……」

 

「わたくしの前に敗れた以上、ソレが今後の歴史に残る事も無いでしょう。バイツネード本家は完全に潰します」

 

「絶対の服従も完全なる欺瞞も成し遂げたはずなのに、コレだ。ばっかみたいだな。アタシ」

 

 死期は悟っていたらしい。

 

 だからこその最後の抵抗だったのだろう。

 

「人を操作する能力に対してヒメさん。アンタは人を動かす手管で対抗した。それも普通なら突破出来ないはずの罠を突破し、戦いにすらならないはずの戦いを制して見せた」

 

「戦わずに目標を達成すれば、相手の思惑は外れる。二重の罠ですよ。罠を罠と思わなければ、それは罠には見えない……わたくしを狙うのではなく。最後まで周囲を切り崩そうとしていた方が確率は高かったでしょう」

 

「殆ど仲間を外に出してないし、此処で誰かと二人切りにもさせず。相互監視状態で必ず誰かと話している間は誰かが注視していた。いやはや、恐れ入る」

 

「想定外を想定しておくだけの簡単なお仕事です」

 

「ふっ……負けた負けた。どうしようもないとはこの事かい」

 

 エズヤが仕方なさそうに溜息を吐く。

 

「それで? 何を聞きたい。言っておくが、何を聞いてもロクな答えは無いよ」

 

「ふむ。バイツネード本家の人員の名前や顔がおじさま達からすら出て来ないのと同じように本家の人員もその力である程度操作し、その上は情報をそもそも持たせないように教育して来た。あたりでしょうか?」

 

「………本当に怖ろしいヤツだ。どうしてそんな事を考え付く?」

 

「人の悪意、残酷、合理性、バイツネードの情報を突き詰めれば、可能性の一つとして網羅し、頭の片隅に置く程度、何の躊躇も必要無いでしょう?」

 

「く、くくく、アンタくらいの歳の子が言うこっちゃない……」

 

 エズヤが目の前の相手の頭の中はどうなってんだという顔になる。

 

「別に情報は必要ありません。貴女という情報工作の指導的な立場にいる人間を確保した以上、もはやバイツネードは世界を滅ぼせようが、人の域を超えていようが、血が流れているなら殺せるし、意識というものがあるなら、叩き潰せる」

 

「―――」

 

 こちらの瞳に初めてエズヤが真顔で息を呑んで固まる。

 

「これが帝国、バイツネードの始祖と同じく。バルバロスの力を得た者達の末裔か。バイツネードも甘かったな」

 

「さようなら。アルシャンテ」

 

 少女達が動き出そうとするよりも早く片腕を胸に突っ込む。

 

「アタシの心臓の周囲には超重元素すら溶かす薬品がある。片腕貰って―――」

 

「残念ながら」

 

 相手に事実だけを伝えて見る事にする。

 

「北部において無数のグアグリスを養殖し、様々な条件下で飼育した結果。複数の有機物を溶かす毒や侵す物質に対して耐性を付けた特殊個体を幾匹か発見するに至りました」

 

「見事……」

 

 最後にカクンと意識が落ちた彼女を横たえて、心臓付近に置かれていた能力の中心となるのだろうバルバロスの一部。

 

 脈動する心臓に擬態した緑色の何かを片手で握り潰す。

 

 それと同時にどうやら吸収したらしく。

 

 指先の爪の一つが同じ色合いに染まった。

 

「お母様ぁああ!!?」

 

 少女達の前に立つ。

 

「もう思い出してもいいでしょう」

 

 クラゲさんの触手を出して少女達の頭から次々に侵食を開始する。

 

 そうして、おかしな不自然に感覚のする場所を治せと命令すると。

 

 少女達が途端に愕然として虚ろな表情になる。

 

「な、何これ……何?」

 

「何? どうして、これ、こんな、この……」

 

 頭を抱えた少女達がフルフルと震えて蹲る。

 

「皆さんは正真正銘暗殺の為だけで育てられたそうです。エンヤ本家の人間が自供しました。ただ、その時の虐待的な教育で廃人のようになる子供も多かったとか」

 

 ゼイン。

 

 そう呼ばれていた少女が涙をポロポロと零し始めた。

 

「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ……嘘だぁあああああ!!?」

 

 恥も外聞もなく泣き声が上がる。

 

「ですが、貴方達を見て不憫に思ったアルシャンテ。副棟梁エズヤが記憶を念入りに書き換え、恐らくは持たせられていた万能薬で体を治したのでしょう」

 

「そんな……嘘、嘘、嘘だよぉ……」

 

「まぁ、これが真実です。ですが、貴方達は恵まれている」

 

「何が、恵まれてるってッ!? このぉ!?」

 

 跳び出そうとした少女達の1人がゼインに片手で止められる。

 

「ゼイン!?」

 

「う、うぅぅ……お母様ぁ……」

 

 少女達にとって仮初の記憶だろうと確かにエズヤは優しかったのだ。

 

 それは間違いない。

 

 使い捨てにした癖に娘達の生存を喜んでいた顔だけは本物だったと断言出来る。

 

「わたくしは貴方達程に恵まれた子供を知りません。この力はどうやら寿命を極端に縮めるようです。彼女は貴方達より少し上くらいの年齢ですよ。恐らく」

 

「―――?!!」

 

 愕然としながら、涙を零しながら、少女達は真実を前にして倒れた母親を見やる。

 

「これだけ念入りな記憶操作……恐らく一気に二十年以上は老けたでしょうね」

 

「さて、では、エンヤ家副棟梁エズヤ・エンヤ」

 

 エズヤの首元を掴み取って持ち上げる。

 

「選びなさい。自分の手で嘘を最後まで本当にするか。嘘を更なる嘘で塗り固めて、この子達に幸せな人生を送らせるか」

 

 少女達が思わず目を剥く。

 

 貫かれたはずの胸の傷は既に消えて、目を薄っすらと開けた母親が自分達を横目で僅かに微笑んだのだから。

 

「……んだよ。ヒメさん。アンタは自分が何を言ってるのか解ってるのか?」

 

「解っていますよ。だから、罪の清算はどちらかだと言っています」

 

「この子達に嘘を吐いたアタシに本当なんてあるかよ」

 

「馬鹿ですね。見なさい」

 

 相手を投げ捨てる。

 

 そして、彼女はすぐに自分を取り囲み泣きながら大丈夫大丈夫と心配して抱き着いて来る少女達に困惑した表情を浮かべていた。

 

「どれだけバイツネード本家がクソみたいな所なのかは知りませんが、自分の寿命と等価交換してまでこの子達の幸せな記憶を創ったのでしょう?」

 

『お母様ぁ……』

 

『行かないで……行かないでよぉっ』

 

「アンタ達……アタシは嘘を吐いて使い捨てにしたってのに……何で……」

 

「この子達を暗殺に差し向けておきながら、本気で安堵し、本気で心配した……人の心を捨てられなかった貴女の負けです。わたくしではなく、この子達の勝利でしょう」

 

「クソ……ああ、本当の負けってのはこういうもんか……」

 

 エズヤが観念したように弱弱しく笑みを浮かべる。

 

「いいのか? アタシは……アンタらの本当の母親になるような資格なんて―――」

 

 ゼインを含め、誰もその言葉を母親として振舞って来た彼女に言わせなかった。

 

 その精一杯の笑みにエズヤの顔が崩れる。

 

「ヒメさん。さっきの二択。どっちも同じじゃないか?」

 

「おや? バレましたか? では、どちらを選ぶのか言って下さい」

 

「……どっちもだ」

 

「そうですか。もう貴女にまともな能力は残っていません。エズヤという人物のいた証拠も無ければ、貴女の下にいるという子供の記録もありません」

 

 少女達の前に立つ。

 

「真っ当に暮らしていくには働き口が必要だと思うのですが、ウチの掃除係が丁度足りなかったところです。侍従とも仲良く出来そうな方を募集しているのですが、応募します?」

 

「はは……ホント、喧嘩を売る相手を間違えたか」

 

「答えは?」

 

「……掃除だろうが、炊事だろうが、何でもしてやるよ!!」

 

「では、そうしましょうか」

 

 片手を上げる。

 

 すると、空に影が射した。

 

「これは!? 竜騎兵!?」

 

 一応、北部から呼んでいた者達。

 

 最速で最後の訓練を終えた竜騎兵にして大陸で初めての兵科となるだろう装備を纏う者達は……甲冑にも見えて薄い、体に張り付くような装甲に仮面を身に纏い。

 

 竜達の上から跳躍して、30m近い高さからこちらに降りて来る。

 

 竜の殆どもまた装甲に鎧われ、残った者達に手綱を引かれて、再び闇に溶けていった。

 

「最初の任務です。帝国の我が屋に彼女達を秘密裡に運んで下さい」

 

『よろしいのですか? 人の心を操るとの事でしたが』

 

「既にわたくしの能力の方が上です。悪さ自体も出来ぬように細工はしておきました。一般的なバイツネードの協力者待遇の監視で構いません」

 

『了解しました』

 

 男達が数十人の少女達を立たせ、エズヤの横に立つ。

 

「覇竜師団ドラクーン、か。最初から連中に全部監視されてたってわけか」

 

「ええ、もしもを失くすのがわたくしの仕事です」

 

「くく、勝てる要素は毛先程も無かったわけだ……」

 

 エズヤが男達の鎧を見て、淡く淡く苦笑する。

 

 彼らの鎧がそれこそ超重元素を混ぜ込んだ合金で造られた特別製だと理解したのだろう……つまりは何処かで尻尾を出していれば、即死の可能性もあったのだ。

 

「では、御機嫌よう。次に会う時までに本家情報を網羅して提出して下さい。それと掃除くらいはまともに出来るよう、ウチの侍従達にしごかれておいて下さい」

 

「……ああ、解った。行こうか……我が娘達。アタシの……初めての宝物……」

 

『ッッ』

 

 それに頷いた少女達が涙を拭い。

 

 互いに大丈夫だと支え合いながら、こちらに複雑そうにしながらも頭を下げ、騎士達に連れられて道の先へと消えて行った。

 

「あれで良かったのかい?」

 

 ウィシャスが訊ねて来る。

 

「また裏切ったら、また叩き潰せばいいだけの事だ。そもそも人の心を好き勝手にしてるのはこっちも同じだ。手段が能力か。手管かの違い程度で目くじら立てる程の事でもない。そもそも本家から送られてくる殆どの人員もクソみたいな人間ですら本家の被害者……教育の賜物だからな」

 

「何て閣下に報告したらいいのか。近頃、悩み過ぎじゃないかと思うんだけど」

 

「せっかく、自分の配下が世界最強の歩兵になったんだから、喜べとでも書いておけばいいさ」

 

 こうしてリギナでの小さな小さな反乱は潰える。

 

 しかし、それと同時に本家の人間を送って来たバイツネードの新たな側面が見えて来た。

 

 それを考える時、次なる南部への遠征がどれほどに準備を消費しなければならないものか。

 

 楽しくない想像が捗るのでやはりお仕事の量は最悪を想定して増え続ける事が決定したのだった。

 

「アレが、覇竜師団ドラクーン……」

 

 数十機の竜騎兵達。

 

 リギナ勢が見た夜空には影が溶けるようにして消えていく。

 

 諸兵科連合として各種の専業職な兵士を備える新たな六千の部隊。

 

 彼らは未だ北部の地にいるが、もう既に練兵が終わった者達は次なる戦いに向けて各国での工作を開始中なのだった。


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