ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
【姫殿下を襲ったエンヤ本家を検挙か? エンヤ副棟梁エズヤ氏が内定調査との見方】
まだ無い新聞ならぬ帝国製の印刷物は全て国営で取り仕切る代物だ。
その日の内に書いた原稿を帝都の印刷所に持ち込んで、そのまますぐに見出しやら諸々も付けて調整して、新聞代わりに各地に竜郵便で輸送。
こうして帝国の一般広報という形で5日後には帝国全土で姫殿下暗殺未遂事件は表沙汰になり、各地の酒場ではその張り紙について持ち切りとなった。
簡単なあらすじはこうだ。
帝国なんてクソ喰らえ派に属するエンヤ本家が棟梁として副棟梁に暗殺を命じたが、実際には副棟梁は最初から姫殿下側であり、その根拠となる証拠を持って来訪していた姫殿下に接触。
帝国軍はこのような蛮行を許さず。
リギナ地方の氏族の一派閥エンヤ本家を摘発。
副棟梁及びエンヤ氏族には罪無しとして逆によくやってくれたと勲章と褒章の授与を副棟梁に執り行う旨を現場で御意向として示された云々。
『いやぁ~~驚いたね。オレは驚いた!!』
『まさか、エンヤ本家がねぇ』
『気持ちは分からんでもないけども、さすがに国民を癒して回っている小竜姫殿下を狙うなんてのは下種のする事だろうよ』
『オイ。知ってっか? 実は副棟梁は暗殺するフリをして姫殿下をご自宅に匿ったんだってよ!!』
『そうなのか? だから、褒章まで……』
『それも暗殺に見せ掛けてお芝居しつつ、暗殺に使われる子供達が護衛してたって話だ』
『えらいねぇ!! うん。あたしゃ感動した!! エンヤ本家はともかく。第三国のせいでエンヤの一部が悪い事を考えただけってこったね。うんうん。あ、おやじー帝都式定食2人前ねー』
『おう。ねーさんもそう思うかー。だよなー。健気な子達だよなー。もしかしたら、暗殺の濡れ衣を着せられてたかもしれねぇんだもんなー。いやー良い子達だ。その子達も褒美として帝都の姫殿下の侍従として召し上げられるって話だ。あーうん。まったく、これこそ本当の成功譚だよなー(棒)』
酒場の喧騒に混じって噂が広がっていく。
まぁ、その噂を広げているのがエンヤ副棟梁とリージ何某さんとかだが、この数日でリギナ中に噂をばら撒いたので問題はあるまい。
エンブラから広まった噂の真相は当人達しか知らない。
ついでのように娘達に軽く嘘を吐いたエズヤは実はアタシとこいつは裏で繋がってたんだよーナ、ナンダッテーという茶番をして、自分達が殺されていないのは最初から姫殿下の実力を知ってたからだとか、クソテキトーにその場で造った嘘で誤魔化した。
勿論、話の一部始終を聞いていた館の女性達の一部はこの主……というジト目になったが、なんだかんだ言って認めてはいたのか。
結局は何も言わずに全ては胸の内に秘める事にしたらしかった。
こうして、何故かいきなり30人近い侍女が増えた事にもはやリセル・フロスティーナで待っていた面々は誰も彼もジト目になるだけだった。
彼らの内心の言葉は聞こえて来そうであった事だけが事実だ。
ま・た・か!!!
「いや~~近頃の帝都式の食事ってこんなに美味いとは知らなかった」
リギナに支店を作ったディアボロ内。
噂を広めた後。
勿論のように接待用に作っていたVIPルームは二階にあり、下の酒場がマジックミラーで見えるようになっている。
現在、その場にはリギナ側のエルネとミリネ。
更に帝国軍の軍装をした彼女達の護衛として青年アゼル。
エンヤ側としてエズヤとゼインが食事をしていた。
ミリネが同年代であるゼインが話し掛けているが、未だに何か納得が行かなそうな顔の少女は自分の母親の手前だから何も言わずに食事をしている様子。
その母親当人は他の娘達に持ち帰りでと厨房に注文を出すとこちらに葡萄酒片手にニヤリとして来た。
「此処での支払いはわたくしがします。お好きなだけどうぞ。その後は真っ当に代金を払って御贔屓に……」
「ははは、解ってるよ。で? 結局、本家はまだ見つからないわけ? 軍の連中の脚は結構早かったはず」
「ええ、即日で推定していた地域に軍部隊を派遣しましたが、見つけられませんでした。リギナの玄関口付近は全て固めてあるので国内にいるはずですが、あちらはそちらに指示を出してすぐに消えたようですね」
「あの本家がねぇ……何かあるね」
「そうですね。何かしらの力が働いていると見るべきです」
「お母様。何かとは?」
ゼインがニンジンっぽいアマセムという野菜のグラッセをモクモクと口に運びながら訊ねる。
その顔は仕事をしていた時よりも何処か柔らかい。
どうやら顔に出さない少女もディアボロの料理はお気に召したらしい。
料理の開発は最初に100種類程素案を出して現地の食材で再現させたものばかりであるので物流が良くなっている地域でさえあれば、金額も左程でもなく食べられる民の美食という類に落ち着いている。
「我が娘よ。知ってるだろう? あの本家の愚鈍な奴らが馬鹿みたいに脚が早いわけない」
「はい。それはそのように思います」
「だから、おかしいのさ。普通なら見付かってる。こっちに命令して来た時も自信満々に堂々と打って出るとか言ってた癖に……雲隠れってのは如何にも怪しい。クソが臭いもさせずにとか。ありえんな」
「普通に隠れているとは考え難いと?」
「何なら全員殺されてどっかに隠されてるとか。あるいは誰かに連れて行かれたってのが、かなり有力だ」
「なるほど……」
ゼインが母親の言葉に考え込んだ様子になる。
そこにエルネがジト目でエズヤを見ていた。
「エズヤ副棟梁。本当にご提供頂いた地点以外に彼らがいそう場所はご存じないのですか?」
「草原好きな奴らだからね。しかも、未だに牧場連中の家に土足で上がり込んで必要なもんは適当に持っていくのが普通だと思ってる。そんなガサツなのがわざわざ軍の包囲や追跡を突破出来るかって言うと……無いだろう?」
「一応、筋は通っているようですが、僅かな可能性があるところもご記憶に無いと?」
エズヤが額に指を当てて考え込む。
「こう見えて、頭使うのは得意じゃないんでね」
「お母様。侮らせなくていいですから」
「ははは、別に本当の事だよ。くくく、実際にまともな数学を習ったのなんて成人してからだったしね。街の学者を捕まえてようやくってところさ。かかか」
それに呆れた視線になるエルネである。
「解りました。捜索は続けますが、継続して警戒と警備に当たります。見えざる監視者の事もありますし、第三国からの介入で彼らが何かをしている。もしくは利用されている事も想像の範疇です」
エルネは現地の秘書役としてはかなり優秀だった。
現在のリギナ地方軍の動向の殆ども現実にはエルネに全権を与えてやらせている為、事実所はリギナで相手が見付けられないという事は尋常には考えられない。
「問題は何か面倒事を起こされる前に見付けて対処せねばならないのに見付からないという事ですが……隠れ場所になりそうなところに覚えが無いのならば、仕方ありません」
「姉様。その、よろしいですか?」
「ミリネ?」
「え、ええと、姫殿下。発言を、その、よろしいでしょうか?」
「何でしょうか? ミリネさん」
「えと……もしかしたらなのですが、エンヤの方々が向かった先が解るかもしれません」
「ふむ。詳しく聞きましょう」
部屋の壁に貼ってあるリギナ地方の地図の方へと促す。
すると、ミリネがイソイソと移動して、こちらに頭を下げた。
「そのエンヤの方々は馬での移動を好んでいたはずで、死んでいないのならば、馬で必ず移動するはずです」
「ふむふむ」
「それでエンヤの本家が好んで居を置く地帯から脚を伸ばせる地域は限定されていて、更にそういう各地には地下があるんです」
「地下?」
「は、はい。死者の埋葬の時に土に返す場所が幾つかあって……」
「ああ、そういう事かい!! でも、嫌がりそうなもんだけど、あの本家連中が地下墓地に隠れるかね? ぅ~~ん? でも、可能性がるとしたら、そこか~」
エズヤが納得の顔になった。
「地下墓地があるのですか? 本当に?」
こちらの言葉にエルネが頷く。
「リギナの風習では死者は人目に付かない大地の底で還す事になっていまして。ですが、殆どの場合は葬儀以外で近付く事もなく。忌避される場所です。無用に脚を踏み入れた者は死者の手で共に埋葬されるというのが大人が良く聞かせる童話でして」
霊柩車が来たら親指を隠せみたいなものだろうか。
罰当たりすんなとか。
死体のせいで疫病が出ないようにとの配慮なのかもしれない。
「解りました。では、軍に地下墓地の捜索をさせましょう。大義名分としてエンヤ本家が自らの罪を墓地に隠している可能性が高いと噂も流します。荒すのではなく一斉の摘発とリギナ人の目にも映れば、反発も少ないでしょう」
「そういうとこだけ悪知恵が働くようで。ヒメさん」
「貴女程ではありませんよ。エズヤ副棟梁」
「そういや、あのジジイ共、まだ来ないみたいだが?」
「ガイゼル様とガロン様は現在、各地のエンヤ氏族に本家に協力せぬようにと説得に忙しいのです」
その言葉に眉を潜めたエルネが澄まし顔で言う。
「圧力を掛けに間違いだろうに。どっちも外交団なんぞやってる玉じゃない。40年以上前はリギナ地方に名が轟く英雄だったんだよ? お嬢ちゃん」
「存じております」
どうやらエルネとエズヤはバチバチと女として相性が悪いらしい。
「では、わたくし達も一番状況的に確率が高そうな場所に向かいましょうか。エズヤ副棟梁。一応、聞いておきますが、引導を渡しに行くつもりは?」
「あるわけねー。あのクソ共なんぞに家の門を潜られたら、しばらくは華を頼まなきゃなんねぇんだ。馬臭いのも墓地も勘弁だ」
「解りました。では、後方で待機と。わたくしと一部の者で先行しましょう。その間に監視者達に証拠隠滅の類をされても困りますし、本家の隠した裏切りの証拠の類を探して下されば」
「ヒメさんの言う通りにしようじゃないか。ゼイン、帰ったらあの子達に通達しときな。帝国の御貴族様に取り入る機会だってね」
「解りました。お母様」
下品なという顔のエルネがジト目でエズヤを見ていた。
「お手柔らかに」
一応、後でどうなったか聞いておこうと決めて、食事を切り上げて外に向かう。
店の前にはもう馬車が待機していた。
「リージ。エズヤ副棟梁とは別の伝手で調べて来て下さい」
「了解しました。そちらはどのように?」
「武装一式を持って、一番当たりそうな地下墳墓まで向かいます。デュガとノイテに竜を出して迎えに来るようにと」
「すぐに」
持ち込んでいたトランクを一つ持つ。
現在も軍装ではあるが、それ一つあるだけで随分と助かる事が多い。
特にグアグリスは基本的に水場が傍にないと大量展開出来ない関係上、装備は必需品だ。
「場所に関して教えて下さい。ミリネさん。この手帳に地図がありますから」
そうして数分で手帳内部の地図に書き込んでもらった馬車は10か所程になった。
「ありがとうございました。では、朗報を期待していて下さい」
何か言いたそうな総員が乗った馬車を見送って、背後を振り返る。
それだけで見えない何かがさすがに動揺したのが解った。
まぁ、自分には見えているのだが。
「バイツネード本家のバルバロスモドキか。案外、肝が小さいと見える」
『―――ッ』
スゥッと相手側が4匹。
虚空に例の空飛ぶカメレオンが姿を現した。
だが、周囲の人間が騒ぐ気配が無い。
「ギ……アルシャンテ様の言われた通りか。感覚系と探査系のものを併せ持ち。更にグアグリスまでも手中に納めた進化者……」
「シンカシャ? 進化者、か……」
羽の生えたカメレオンの一匹の腹部に顔が浮き出る。
「我らはバイツネード本家に仕えるもの。先日は我が同胞をよくもやってくれたな」
40代くらいの男の顔がバルバロスの腹の内部から浮き出るというのもシュール過ぎる光景だろう。
空飛ぶ翼在りカメレオンがの他の三匹が高度を上げて、すぐに飛び去っていく。
「勝てない人間に一杯食わせようというのがもう既に負けてる」
「何?」
「お前らの事は此処に来た初日から見えてた」
「ッ」
「何一つ対策をしていないと思うか?」
ハッとした様子で相手が上空の仲間を見上げた途端。
その豆粒のようになった空飛ぶソレが地表から吹き伸びた対バルバロス用の弾丸で貫かれ、地表に墜ちていく最中にもどうやら自爆用の何かに引火して爆発四散する。
「伏兵を仕掛けていたか。だが、無駄―――」
「観測している連中を更に上空から見下ろしてるヤツがいる」
「ッッ」
どうやら、その言葉だけで敗北が解ったらしい。
相手がいきなり燃え始めた。
その迅速さだけはプロフェッショナルだろう。
「我らの代わりなど幾らでもいる!! いや、あの方ならば、幾らでも作れるとも!! 嘗めるなよ!?」
「それで? 手短に用件を聞こう。ああ、記憶の改竄や誘導のような話なら、もうこちらでどうにかする算段は立てたぞ?」
「な―――!?」
相手の顔が炎の中でも苦痛ではなく驚愕に歪む。
「お前らだな? 恐らく、そのアルシャンテって個体が能力を持ってるんだろ。未だこの地方にいるなんて随分と危機意識が低いな。 安心しろ。すぐにお前らと同じところに送ってやる。あちらで好きなだけ苦労話でもするといい」
「―――くくく、化け物め。アルシャンテ様……お逃げ下さい。この化け物は貴女をも……」
会話だけで自分達の絶望的な状況が解ったらしい相手が燃え尽きて消し炭になっていった。
それとほぼ同時に周囲で悲鳴が上がった。
すぐに駆け付けて来た軍にいつものように対バルバロス用のマニュアルでの対応を任せて、入れ違いのようにやって来たノイテとデュガがこちらにジト目で空から降りて来る。
「さっき、何か落ちて燃えてくのが見えたぞ? また、やったのか? ふぃー」
「そんな子供が悪戯したみたいな呆れた顔するな。相手と話してたら、情報工作員だったらしくて慌てて自決したんだ」
「戦いもせずに? あのバイツネードが? そちらの方がよっぽどに衝撃的なのですが」
どうやら、そういうのはかなりレアケースらしい。
「ゾムニスに狙撃を頼んでたが、燃えたらさすがに蘇らせられないからな。それくらいはあっちも解ってたらしい」
「どうやら、バイツネードの連中も本気のようですね」
ノイテが燃え尽きたカメレオンを見て、目を細める。
「ああ、本家の人員か。それに近しい偉いヤツがこの地方に来てる。恐らくこれから行く地下墳墓とやらにいるな」
「どういう事だ?」
デュガに肩を竦める。
「見えない監視者の話は言ったよな?」
「だって、口を酸っぱくして言われたし」
「そいつの能力が特定出来た。記憶の操作や誘導。恐らく完璧じゃないが、かなり効果範囲も広い。何らかの特殊な波長を持った音や光の類でも使うんだろう」
「何故、そのような事が解るのですか?」
ノイテが首を傾げる。
「人間の頭を侵食して変化させる方法は時間が掛かり過ぎる。オレのグアグリスがそうだ」
「なるほど。怖ろしい話です」
「だが、地方全域で軍から継続的に発見され続けてるのに捕まえられないのはオカシイ。恐らく、見えてたし、聞こえてたが、記憶を改竄されてたんだろ」
「……そんな相手に対して何が出来るのかという心地になりますが」
「透明人間の捕まえ方は透明人間が知らない方法で捕まえればいいだけだ」
「透明……連中もそうでしたが、更に記憶までともなると無理では?」
「そうでもない。相手が罠を張ったんだ。それはどうして自分への罠じゃないと言い切れる?」
「それはどういう?」
ノイテが意味が分からないという顔になる。
「恐らく、此処に来る前に外交団やエンヤ側は記憶が操作されてたと見る。理由は以下の通り。オレがこの地方の習俗で知らない事なんて無いのに知らない儀式や墳墓の話なんて出てきた」
「……罠が張られていたわけですか? そもそも彼らが嘘を吐いていたと考える方が先なのでは?」
「生憎と人が嘘を吐いてれば解るし、見抜ける。後、当人が意識しない情報はこっちの瞳に筒抜けだ。なのに嘘を吐いていないのに情報が嘘だった。相手が嘘を信じ込んでるって証左だ」
やっぱり、人間止めてるウチの小竜姫は化け物という顔のノイテである。
「お誂え向きに相手はオレを狙うなんて、オレにとって都合が良過ぎる大失敗をしてくれた。本来なら人に追わせても捕まえられない相手がオレに食い付いた。しかも、自分が釣ったと勘違いして居場所も割れた」
「……ああ、罠を仕掛けるってそういう……敵が不憫になって来たぞ」
デュガが肩を竦めて可哀そうな視線で燃え尽きた名も無き相手を見やる。
「罠が罠に見えなければ、相手はしっかり嵌ってくれる。オレは準備をしてきた。計画時に本家が持ってそうな能力の大半に対しての無駄な努力や対策も積み重ねた。思考上で何度も何度も戦術と戦略を考えた。言いたい事は解るな?」
「ふ~~~だから、ふぃーっはアレって言われるんだと思うぞ?」
「まぁ、いい。どこで使おうか迷ってたものの使い方も決まった。相手の居場所に乗り込んで全部吹き飛ばすぞ」
「……帝国の聖女、リギナの洞窟を爆破す。ですか……もうありきたり過ぎて国民もあまり反応しないかもしれませんね」
ノイテが溜息を吐きつつ、ミリネから貰った地図内の位置を読み込み始める。
また、面倒な戦いになりそうだった。
*
―――リギナ中央部偽装地下墳墓内下層。
「戻りません。どうやら討たれたようです。アルシャンテ様」
「不甲斐ない。我が力の一部を与えていたというのに負けるとは……」
リギナ地方に侵入し、帝国の要となった少女。
フィティシラ・アルローゼンを討つべく。
南部皇国より派遣されて来た一団は自らの女主人の言葉に頭を下げる。
彼らは40にも満たないバイツネード本家お抱えの者達という”設定”の誰かだ。
先の大戦で大きく数を減らしたとはいえ。
それでも一騎当千の能力を持つ者達を揃えた本家は人材さえ揃えれば、バルバロスの能力を与える事で自らの駒にする事が出来る。
「アルシャンテ様。最後の地下坑道が完成致しました。地表から入って来た者達をこの罠を詰めた墓穴に誘い込めれば、確実に殺せます」
アルシャンテ。
そう呼ばれた女は白い髪に老婆のような姿だった。
老いさらばえた見た目とは裏腹に彼女に付き従う者達の視線は熱い。
「今日もお美しい限りです。標的を駆逐し、一刻も早くアルシャンテ様の為にも煌めき満ちた外に出ましょう」
「アルシャンテ様。命を懸けて御守りします」
「あの侵略者共に指一本触れさせはしません」
「ほほほ、解ってるじゃないか。さぁ、お前達……あのクソ田舎の下僕共が何も知らずに戦っている内に襲撃の準備を済ませるよ。我が名を本家第三位にまで上がらせる為、命を以て我が道の糧となるんだよ」
女の指が樹木の幹のように変化すると周囲の男達に次々に突き刺さっていく。
その枝は酷く歪んでおり、鈍い虹色に輝きながら、男達の顔の前で揺らめいていた。
男達の顔は恍惚としているが、おかしなところがある。
彼らが民族衣装を着込んだリギナ人そのものにしか見えない点だ。
枝のような成長して蠢く指に突き刺された男達が次々に枯れた枝のように細りながら、内部から指に食われ、同化され、声を発する器官すらも消える最中にもアルシャンテの名前を呼ぶ。
そうして数十名の男達が枝によって喰らい尽された後。
モグラのような4m程あるバルバロスらしいものが彼女の傍に寄って来る。
『アルシャンテ様。退避用の通路は完成致しました。外の騎馬兵総勢1400騎には本当に仕掛けをせずに良いのですか?』
「一度破れた手が通じる相手なものか。あの忌々しい2人を捕らえたからには情報も抜き出しているだろうさ。ならば、ただ記憶を弄られただけの一般人を嗾けた方が相手は躊躇するかもしれないだろう?」
『仕掛けが無い方が油断する、と?』
「随分とお優しいと噂じゃないのさ。帝国の聖女とやらは……我が美貌を前に不遜に過ぎる。精々、この地下で土くれになるまで持て成そ―――」
「すぐに外の確認を!!」
その時、それらくしく作られた墳墓の最下層中央部が揺れる。
そこから複数の通路が奥へと伸びているが、何かが来たのかと巨大モグラなバルバロスがニュッと腹に顔を浮かび上がらせて、すぐに地上からの連絡を受取りに行こうとし―――。
外から巨大なカメレオン型のバルバロスがやってくる。
『ほ、報告!! 報告します!! 地表4里先に伏せさせていた現地の奴隷共がぜ、全滅しました!?』
「な、何ぃ!? どういう事だい!? 幾らなんでも早過ぎるだろう!? もう来たのか!!?」
『そ、それが、いきなり地表が猛烈な白い煙で満たされ、次々に倒れていき!! 何がしかの毒煙であると判断し―――』
瞬間的に枝のような指が伸びて、カメレオンの頭蓋を貫通していた。
「チッ、容赦なく皆殺しかい。時間稼ぎにもなりゃしないとはクソ奴隷共が手間を掛けさせてくれたな……だが、もう一つの仕込みさえあれば、まだ目はある。聖女だとか何だとか言ってるが、バイツネード本家を嘗めた報い!! 必ず受けさせ―――」
そうして最後までアルシャンテと呼ばれた彼女は気付かなかった。
自分の居場所がバレている事も、自分が奴隷と呼んだ者達を自分達の傍で使い潰して盾にでもしていれば、まだ長生き出来ただろうという事も……。
遥か天空。
竜による限界高度ギリギリから全てを映し出す瞳が真下に常の拳銃を向けていた。
ノイテとデュガ。
2人の竜の中間に立った軍装姿の少女はいつもの拳銃を三連射。
竜に二頭が支えてようやく安定する程に反動が大きいのだ。
耳栓をされていた2人と二匹は初めてフィティシラ・アルローゼンの表情の消えた顔を見た気がした。
三連射された拳銃の弾が偽装地下墳墓の大空洞の上空をその威力で崩落させ、猛烈な埃が巻き上がり、クレーター状になった地表から露天掘りされたかのような窪地に少女が手袋を脱いでいた片手の内部から赤黒い粘土で出来た丸い泥団子のようなものを数個落とした。
ソレが地表に降り注ぎ。
「く、何だい!? クソぅ!? 攻撃だと!? こっちの記憶操作は完璧なは―――」
アルシャンテと呼ばれた個体はようやく土の中から這い出し、自分のほぼ眼前に自然落下してきた丸い何かに上空から放たれた弾丸が当たるのを目撃し……その生涯の最後に白い世界を目に焼き付けたのだった。
―――銃撃三十秒前。
「眠り薬だそうだ」
「この人達が本家の?」
「ああ、そういう事みたいだね」
ゾムニス、フォーエ、ウィシャスの三人は地表で奇襲を掛けるべく伏せていた小規模ながらも軍と呼べるだろう人数の者達が自分達の落とした数十発の発煙筒の煙に沈み。
崩れ落ちていくのを確認していた。
一度、ノイテが戻って伝えた命令により、即時指定の兵装を持って出撃。
そのまま言われた通りにしたら、軍があっと言う間に昏睡状態になっただけである。
戦ったというにはまったく体が鈍りそうな任務である。
「それにしても、西部で致死量が極めて高い鎮静作用のある薬を手に入れたと言っていたが、こんなのをばら撒かれたら、どんな国の軍もお手上げだろうな……」
「致死量が高い?」
「効果はあっても、死ぬ為に必要な量が多くなる薬、らしい」
「つまり、沢山吸わせても大丈夫って事だよ。フォーエ」
「……その、何だか相手が可哀そうになって来ました」
年少のフォーエがそう言い終わった時だった。
猛烈な地鳴りの後。
すぐに彼らは果てに閃光が走ったのを見た。
「な―――」
瞬時にフォーエを庇うようにしてウィシャスが竜を前に出して、片手にしていたラウンド・シールドをそちらに向けると一瞬後にゴアッと猛烈な空震と爆風らしきものに煽られて、危うく全員が落ちそうになる。
「一体何が!?」
ゾムニスが思わずそちらを向いて絶句する。
巨大なキノコ雲が無数の雷を纏い荒れ狂わせながら持ち上がるところだった。
しかし、その更に上空。
粒のようになって見える高高度にそのヤバイ事をやった当人を見付ける。
「地表の者達は!!?」
思わずハッとしてゾムニスが下を見たら、突風で煙は流されたらしいエンヤ本家の軍は変わらず昏睡状態で地表に倒れていた。
どうやら爆心地から離れていた為に転がってしまう者もいなかったようだ。
「ゾムニスさん。例の爆薬です」
「アレがか!? 使われたという事は相手がかなりの強敵だったのか?」
「いえ、どちらかと言えば、殺さずに済ませたい人間が消えたから、情報も必要ない相手を消滅させたんじゃないかと」
「……つまり、バイツネードの連中はウチの主を怒らせたと」
「怒らせたら、街どころか国が焼き尽くされて消えるとは……はぁぁ、また閣下に面倒な仕事を押し付ける事になりそうです」
言っている間にも彼ら三人のところに顔を引き攣らせたノイテとデュガが先程の爆発を引き起こした当人を後ろに載せてやってくる。
「やり過ぎだ……」
ウィシャスが大きく溜息を吐く。
「連中が空洞内で普通の人間を殺して養分にしてたからな。まぁ、人食いの化け物はコレで綺麗さっぱり地表から消えた。威力も巨大な空洞の内部と周辺300mで収まった。人の心を操る化け物が生き残ってるよりは問題も少ないだろ。そういうのも次の一斉診療で治療しておくしな」
「……どうするつもりだい? あの爆発跡……」
ゾムニスが訊ね、少女はニコリとした。
「リギナの地で人の心を操る非道な第三国勢力を鎮圧する為に已む無く新型兵器が投入された、でどうだろう? まぁ……反省はしてる。後悔はしてない」
その言葉にその場の誰もが深い溜息を吐いたのだった。
「いや、後悔もしてくれないか。頼むから……」
ゾムニスの言葉がそのまま事件の終幕となったのだった。