ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
「ちなみに他氏族でエンヤに同調しそうな一派は?」
「先日までかなり深く突っ込んだ会合を何度も行いました。今度の帝国の姫には敵わんという類の話として……その、ご不快に思われるかもしれませんが、一族の者が皆、姫殿下の事を知っているわけではなく。何かの物語の類だと思っている者もおり……」
「説得に手間取った、と」
「はい。誠に今回のような事があるとは思ってもおらず……エンヤの一族とも話は付けたのですが、エンヤ内の一派が暴走し、それを現棟梁は知らなかったか。もしくは黙認したか。というのが、こちらの見立てです」
ガイゼルの言い訳は一々最もだ。
「成程。国外にばかり目を向けていて、国内の属国領にまでは中々実体や現実の政治の動静が届き難かったのも遠因ですね。今後はこちらでも教育と広報を強化しましょう。リージ」
「既に先日からの計画を練り直している最中です」
馬車の中で手帳に何事かを書き込んでいたリージの言葉に仕事が出来る秘書っていいよなという感想を抱いておく。
「それでその誰かさんの事は解らないものの。解りそうな方に会いに行く、と」
「はい。今現在エンブラにあるエンヤの仕切りは副棟梁の一族が担い。棟梁の一族は高原で昔ながらの暮らしをしております。今は各地の牧場を野良の野生動物や小型のバルバロスから護る狩人としても活躍しており……」
「解りました。詳しい現在地が分からないわけですね」
「はい……」
現在、馬車はウィシャスが御者をしている。
小人数で出て来た事も良かっただろう。
あれだけが暗殺用の戦力とも思えない。
もしかしたら、まだまだいる、という事も考えられる。
『左から3、右から9、大通りの馬車が囲んで来てる』
「蹴散らしたりしないように。相手は歳頃の少女です。怪我をさせたら、給料から治療費を差し引きますよ……」
『花よりカヨワイ子達を君と一緒にはしないさ』
馬車が一気に加速する。
エンブラの大通りはリギナ地方の流通の要でもある為、整備されており、現在は殆どの人口が一斉治療に向けて自己診断して行く者と残る者を分けている最中。
殆ど通りには人が通っておらず。
被害も出ないだろう。
「それにしても相手の対応が素早いですね。二の矢が用意されているという事はコレは定住していたエンヤの副棟梁が当たりの可能性があります」
ガイゼルが副棟梁の定住地である行政区画から離れた街の外れにある新興住宅地。
その一角まで誘導する。
「どうしますか?」
「ウィシャスを残して行きます。馬車の護衛をお願いしますね。リージ」
「解りました。ガイゼル殿とガロン殿は?」
「話し合った人間を再度出しても意味は無いでしょう。あちらの真意も含めて、一人で聞いてきます。くれぐれも少女達の顔に傷を作らないように……」
「解りました。本来なら死んでも御一人で危険地帯には行かせないようにと閣下から言われているのですが……」
「もしも此処が危険地帯なら、西部の戦場は地獄でなければ、おかしいでしょう」
「はぁぁ、分かりました。まったく安全、而して安心、リギナ地方はイイトコロダナー!!」
もはや呆れを通り越して諦観した様子のリージが付いて来るのを諦める。
「よろしい。解っているようで何よりです。リギナは良い土地です。気候も今の帝国人化した人の気風も好きですよ。御爺様が変えたかったモノはきっと今や極少数なのでしょうね……」
肩を竦めているとウィシャスがすぐに馬車を止めた。
「では、話して来ますので皆さんはこちらでお待ち下さい」
「あ、姫殿下!?」
思わず今まで口出し出来ない様子だったミリネが袖を掴もうとしたが、エルネに止められ、扉を後ろでバタンと閉じる。
『大丈夫ですよ。あの方はもう我々の想像の遥か先にいる。という事だけは今回の事でよくよく分かりました。それに帝国最優の軍人達が命令を護るのです。それは主に危険が無い事の裏返しなのですよ。ミリネ……』
その通り過ぎるエルネの言葉の通りである。
表の玄関口である大門付近は開かれており、スタスタ入っていく。
館は2階建てで帝国式の洋館で敷地も広かった。
背後では馬車を囲んだ少女達の姿。
そして、背後からゾロゾロとこちらを取り囲むように展開し始める。
だが、構わずに玄関口にズンズン進んで扉のノッカーを叩く。
『!?』
こちらの行動に少女達も固まっていた。
合間にも玄関を開けるお手伝いさんらしき年配の女性がこちらと背後を見て、顔を蒼褪めさせ……無かったのでカナリ手強そうだと内心溜息一つ。
「エンヤの副棟梁の方はご在宅ですか?」
「はい。我が主は現在、書斎におります。姫殿下」
内心で動悸していたが、顔色一つ変えない女性は恐らくは女傑で通った一角の人物なのだろう。
「事前の問い合わせも無くの訪問。どうか、お許しを……ですが、このリギナの大地の行く末に付いて、我がフィティシラ・アルローゼンの名において話さねばならない事があるとお取次ぎ願えませんか?」
「少しお待ち下さい」
「解りました」
扉が閉められて、しばらく待つ事にする。
その合間にも少女達は数m程の距離を開けて、こちらを取り囲んでいた。
『ゼイン!! 早く号令を出して!! このままじゃ!?』
『ダメよ。何もせずに貴女達を失えないわ……』
『早く攻撃の許可を出して!! ゼイン!!』
『………』
『ゼイン!!』
どうやら統率は出来ているが、暗殺者を纏めているらしい少女。
ゼインとやらはこちらと自分達の差が理解出来ているらしい。
まぁ、こちらを警戒して、ゆっくりと背後にやって来たせいで見えないのだが。
「ゼインさんですか。この集団の統率者は貴女ですね?」
「ええ、恐ろしい人。本当に貴女は人間なの……」
「はい。今のところは自称人間ですよ」
「自称……御伽噺の噂はいつだって荒唐無稽だった。なのに、こんなの……吟遊詩人を笑ってた昨日の自分を張り倒してやりたいわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「ッ、随分と余裕なのね。我々の刃には毒だって塗ってあるわ。勿論、弓や投擲する兵器にも」
「そうですか。でも、貴女のような方がリギナにいて安心しました」
「……どういう事?」
「少なからず、貴女達は過去のリギナ人ではない。それが皆さんの行動からもハッキリ解ったという事です」
「―――物凄い侮辱ね。私達は誰よりもリギナ人であるようにって教育されて来たのに」
「では、欲しいからと他部族から自分の欲しいものを人でも物でも金でも強奪して親に褒められた事はありますか?」
「ッ」
「そういう事ですよ。そして、それが貴方達が帝国人である事の証明です。帝国とは国の名前ではなく。人々に息衝く文化の名前なのですよ」
少女だけは解ったらしい。
他の誰もが困惑した様子だが、ゼインのみがソレを理解したようで息を呑む。
「だからこそ、御爺様は国家名をブラスタや諸国民のような分かり安い単語を使わず。単一の帝国名としてアバンステア。ブラスタの血に伝わる英雄の名を冠したのですから……」
『一体、何を話してるの!? ゼイン!! 早く攻撃指示を!!』
「止めておきなさい。勝てないわよ。今の私達じゃ……いえ、御伽噺の小竜姫。どうやら私達みたいな小童じゃ貴女を止められないみたい。でもね。意地くらいあるの。こっちを向きなさい!!」
振り返ると自分より少し年上くらいの小さな少女が自分よりも大きな十代の少女達に混じって、片手の苦無染みた投げナイフも下げたままに睨んで来ていた。
「お初にお目に掛かります。わたくしの名はフィティシラ。フィティシラ・アルローゼンと申します」
頭を下げる。
それに随分と驚いた様子だった他の少女達だが、さすがに手を出す事は無かった。
今なら殺せるという感覚が無ければ、人間出来ないものは出来ないし、やろうという気にもならない。
そういうものだ。
「我々に貴女は殺せない。そう高を括っているの?」
「違いますよ。尊敬し、頭が下がる人々にはそうする。それだけの事です」
「頭が下がる?」
少女は騎馬民族らしいと言えば、らしいだろう浅黒い肌に眉間に皺の寄った鋭い視線をこちらに投げ掛けて来ている。
三つ編みなのは誰も変わらない髪型らしい。
「貴女はその歳で立派に隊を纏め上げている。そして、信頼も勝ち得ている。その歳で人よりも優秀であり、その優秀さに奢る事も無く。年上からも嘗められたりしない実力がある。それが暗殺者というお仕事でなければ、何処でも尊敬されて然るべき人材でしょう」
「……人材、ね。どうやら、集めてた情報通り、変わり者らしいわね。小竜姫」
「それで戦いますか? 後、1分30秒程ならお相手をして差し上げますよ」
「……本当にこんな事引き受けるんじゃなかったわ。まったく……総員下がりなさい。貴女達は足手まといどころか。邪魔よ……この姫殿下を前に後ろを気にしている余裕も連携を確認する余裕も無いわ。さぁ!!」
その言葉で少女達が本当に一斉に下がった。
悔しそうな顔は隠せていないが、すぐにゼインがその小さな刃一つで突撃してくる。
一直線に距離を詰めて、フェイントを織り交ぜて刃で僅かでもいいからと切り傷を創ろうとする。
だが、本命は体のあちこちに仕込んである小さな尖端の尖った苦無のようなナイフだ。
僅か当てれば勝ちならば、そのどれかを掠らせればいいのである。
もしも、その毒がグアグリスの再生能力を上回る程の原理的に解毒不能なものならば、自分とて死ぬのは死ぬだろう。
当たれば、だが。
「ッ」
刃をワザと軍装の片腕で受けてみる。
そこで瞬時に背後へ跳んだ少女が唇を噛んだ。
「毒を通さない衣服……人かどうかも妖しいのに帝国製の最新の軍装とか止めてよ」
「突き刺さりもしませんよ。顔を切り付ける事もわたくしの身体能力を前にして出来ますか? 少しでも毒が届くと信じて吹き付けたり、水滴を飛ばしたりしてもいいですが……」
片手で腰の後ろに折り畳んでいた最新式のガスマスクを装着する。
薬缶が三つ付いた柔らかい代物だ。
プラスチックを伸ばして成形した仮面状のソレは顔に嵌めると同時に軍装のフードを被れば、殆どのガスを無毒化するものに早変わりする。
『これでどうします? 耳は聞こえていますが、毒の類を弾く化粧を施しています。頭部の地肌や髪にも同じようなものを用いているので覆い内部を狙っても身体に傷を付けない限り、毒は利きませんよ?』
さすがに少女達も異様なこちらの風体に僅か気圧された様子だった。
「……シッ!!」
しかし、少女は怖気る事なく。
突撃してくる。
それに対して拳を突き出し、瞬時に次の行動を予測して、相手の回避行動先に合わせて跳躍しつつ、そのまま腰を捩じるようにして回し蹴りで柔らかい芝生の上に相手が行動不能になるギリギリの強さで腹部を強打した。
「カハッッッ?!!」
内臓破裂しないように手加減しつつ、相手の臓器がショックでしばらくビクビクしている程度の衝撃である。
胃液を吐きつつ、肺からも息を無理やり押し出されたゼインはそれでそのまま沈黙した。
『ゼ、ゼインが負けた!? 私達が手も足も出ないのよ!? そんな!?』
暗殺者少女達が絶望的な顔になっている合間にも再び扉が開く。
「主がお会いになるそうです」
マスクを外して折り畳み腰に再び装着する。
「解りました。しばらく、そちらの少女達の手当をよろしくお願いします」
『え?』
一応、丁寧に丁寧に侵食して足腰が立たなくなるように電気信号を途絶させておいたので、一気に少女達が崩れ落ちる。
そのままジワッと失禁した少女達が何が起きたのかも分からずに呆然と自分の下半身を見ていた。
女性が僅かに額に汗を浮かべつつも畏まりましたと頭を下げて背後に抜ける。
その腰には隠されていたがゼインが持っていた物と同じ得物があった。
だが、それを抜く様子も無いので何も言わずに館に入る。
すると、待ち構えていた帝国侍従風なメイド服を纏う女性達が表情だけはそのままに拳や全身に入った力もぎこちなく。
外側からは解らないように取り繕って応接間に案内してくれた。
中には奥歯を噛み締める者。
あるいは握り締めた拳に爪が刺さり、出血する者もいるようだ。
こうして帝国風の応接間に入ると。
煙草で一服する40代くらいの女性がいた。
化粧はしているが、薄くであり、皺の類は肌に見えないが、それにしても民族衣装を質素に着こなしている様子であり、その貫禄と態度の悪さ……まるでチンピラみたいな座り方と表情さえなければ、淑女で通るかもしれない。
「お~アンタが帝国の聖女様か。座れ座れ」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
対面に座るとチンピラ淑女が長い髪を後ろに撫で付けて、オールバック風にしつつ、煙草を灰皿に押し付けた。
民族衣装との違和感がバリバリである。
「いやぁ~~ウチの若いもんが済まないね。大変だったろ?」
「いえ、何の事もありませんよ。良い子達ですね」
「あはは、そうかい? そうかい? いやぁ~~嬉しいねぇ。アンタみたいな貴族に言われるとなれば、ウチの子達も嫁の引く手数多かね。あははは」
「初めまして。フィティシラ・アルローゼンと申します」
「エズヤ・エンヤだ。エンヤの副棟梁をしてる。ま、お飾りでジジイ共の代弁者だけど」
「それでわたくしの命を狙うようになった理由をお聞きしても? そのジジイ共はどちらかと言えば、保身の為にわたくしを護ろうとして下さるように思えるのですが?」
「うわ~~~お見通しか~~あ~~これは情報通りじゃん。クッソ、もっと吟遊詩人共の話を真面目に聞いておくんだったかな~~」
ガリガリとエズヤと名乗ったチンピラ淑女サンが頭を掻く。
「ん~~簡単に言うとウチの一部の連中が南部皇国の幾つかの勢力から暗殺を請け負ってる」
「成程……お粗末なわけです。見返りは?」
「占領後の帝国内での地位だってさ。ばっかだよなー」
「ええ、馬鹿ですね。依頼は建前。本音は単純にリギナの復活を本気で信じる狂信者の矜持。ついでに他国から適当に話を合わせて物資や援助を強引に引き出した。くらいのものですか?」
「………ホント、何でアタシがこんな役柄……あのクソ共、こんなのが来るなんて一言も言って無かったじゃんよ……」
「どうして解ったのかという顔ですが、リギナ地方の過激派の事は一応調べてはいたのですよ。それ以外にこちらを襲う理由もな無いでしょう」
思いっ切り溜息と共に愚痴が吐かれた。
どうやら図星だったらしい。
悪虐大公が幾ら改善しようとも変わらない者というのはいるのだ。
「お見通しか~~で、どうする? 外の様子を聞いてりゃ、アンタはあたしらを皆殺しにして全部丸く収まりそうなもんだけど」
「とんでもない。死ぬより辛い責任を投げ出させるつもりはありませんよ。わたくしは責任を取る立場なので、投げ出そうとする連中には老衰で死ぬまで地獄を見て頂こうと思う方です」
「うわ……サイテー……クッソめんどいヤツ。ねぇ、アンタ……本当に帝国のヒメさんなの?」
「そのようなものです。それで? 首謀者連中の名前を書いたものはありますか? 一々、覚えるのも面倒なのですが……」
「……ウチの本家よ。本家」
「つまり、エンヤの棟梁の家ですか?」
「そうそう。あいつら、未だに30年前の生活が最高だと信じてるんだもの。もしも何かあったら、全部アタシにおっ被せて切り捨てるって話だったし~~」
「はぁ、それが事実であれば、エンヤ本家は地獄を見る事になるのですが……ちなみに外の子達は何処で教育を?」
「此処よ。副棟梁の家は昔から各分家筋から優秀な連中を集めて養育して、大人になったら家に帰して忠誠を誓わせて上限関係保ってるの」
「成程……良い教育をしているようです」
「でしょ?」
少しだけエズヤが得意げになる。
「ですが、親としては失格ですね」
「ま、ですよね。はは……」
煙草が何処からか取り出され、唇に加えられる。
「それで? ヒメさんは皆殺せるアタシ達をどうするつもりよ?」
「ちなみに生きていたいですか? 割と生きているのに疲れてそうですが……」
「当たり前っしょ。我が子に死んで来いとか言わなきゃならん親の気持ち解る?」
「なら、子供達の事は帝国で保護するというのはどうでしょう?」
「保護? 自分の命を狙った相手よ?」
「だからこそですよ。女性でも強くなれる。ついでに暗殺も出来る。ちゃんと家事炊事育児くらいは仕込んだのでしょう?」
「そりゃね。でなきゃ、男共の面倒も見れないし。嫁入り前には必須よ」
「ふふ、その型破りな様子でもソレが基本というのは案外貴女の方が本物ですね」
「本物?」
「無智蒙昧な狂信者連中よりわたくしが考える騎馬民族らしいという事ですよ。でも、そうですね……あの子達はもう帝国の民です。そして、貴女とは違い。本当の意味で新たな世代として定着している。確信しました。もはやリギナは帝国であると」
「―――」
エズヤの顔が何か鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる。
「丁度、あちこちで家の手伝いをする人員が足りなくなっていたのです。元々、御爺様は信用出来る人間しか置いておかなかったので面倒を看る人数が増えると侍女が足りず……」
「あの子達を就職させるって事?」
「ええ、支度金は要りませんよ? 今なら生涯年金と歴史の証人に慣れる権利も一緒に贈りましょう。ああ、給料は警護もしてくれるなら、通常の侍女のものに加えて危険手当も出します」
「………ねぇ。アンタのソレは何処までが本気なの? ヒメさん」
「全部ですよ。だって、此処に心の底から素直そうな人材が沢山転がっているのですから、勧誘しない方が嘘でしょう」
「勧誘……タイタンてやつの?」
「お察し頂けて嬉しい限りです。そもそも罪に問おうが、皆殺しにしようが、リギナの未来には関係ありません。ガイゼル様達が言っていた通り、この地もまた帝国領としてやっていくしかないのですから」
「外からの外圧に屈しないっての?」
「屈しますよ。幾らでも屈します。ですが、屈するにはそれ相応の代価を払わせるでしょうし、貴方達は第三国の被害者としてわたくしの庇護下に入れてもいい。そう言っています」
「庇護下。被害者……政治ってのはコレだから。その第三国に対する大義名分にするつもり?」
「ええ、それに偽札の一件の連中にはちゃんと目星も付けてあります。彼ら以外にも氏族の大派閥であるエンヤ本家が自滅してくれたのですから、今後のリギナの掌握に使わない手はないでしょう?」
「ヒメさんは慈悲深いとでも宣伝する? 酒場の絵みたいに」
「ええ、ついでにリギナにも慈悲深いと人々に解って頂くには丁度良い材料です。もしも、この話を受けてくれるのなら、今回の事は不問にするまでもなく我が方の作戦であったとも噂を流しましょう」
「ッ……最初からアタシ達がヒメさんの仲間だったって? 蠢動する抵抗勢力を内定してました。とか? 笑っちゃうにも程があるでしょ。誰が信じるのよ」
苦笑が零される。
「誰が? 誰もが、ですよ。元々、暗殺家業をしていた貴方達が本当は何処かと繋がっていたなんて、それこそ“らしい”じゃないですか?」
「う……」
「それにエンヤを取り込んだと言えば、殆どのエンヤに属する者達に対する風評も護れます」
「……ねぇ。アンタは意味が解って言ってんの? 自分を殺そうとした人間の一族を護って、自分の味方にして、それで夜もぐっすり眠れるっての?」
エズヤが目を細める。
「ふふ、貴女は本当に昔気質の人間なのですね」
「む……」
こちらの苦笑に対して少しだけ、エズヤが自分の価値観を自覚して眉を顰める。
「その考え方自体がもう古いのですよ。時代は健全、人権、合理性、です」
「ホント、とんでもないのに喧嘩売ったみたいね。アタシ達……」
溜息がちにエズヤがこちらを呆れた視線で見ていた。
「本家と狂信者達を生贄にしてエンヤの評判と貴方達は護られる。わたくしは新しい人材を得て、新しい仕事が出来る」
「どちらにとっても得だと。それがアンタの言う合理性?」
「ええ、リギナはその評判でわたくしからの支配を受けていると印象付けられ、第三国が手を引いて平和になる。良い事だらけですね」
ニコリとしておく。
「本当に御伽噺の主人公じゃない。ばっかみたい……はぁぁ、こんなのに喧嘩売ってたとか。ま、あのクソジジイ共じゃないけど、どうやら帝国は本当に変わったみたいね」
「違いますよ。変わったのではありません。進んだのです。それは貴女の自慢の子供達も同様です」
「あの子達が進んだリギナ人、か……はは、確かに、そうかもね……」
「ですから、その道行きを旧い価値観で閉ざし、人生を縛るような事が無きよう……どうか、お願い申し上げます」
頭を下げる。
それに本気で気まずそうな空気を漂わせて視線が逸らされた。
「それも近頃宣伝してる人権とか、国民の為にってやつ?」
いつだって、楽園染みたプロバガンダが近頃は帝国内を駆け巡っている。
それこそ何処かのSF管理社会並みである。
「ええ、情報を集めていたなら知っているはずですよ。帝国は変わらなければなりません。それにはあの子達のような正直者で旧い価値観を知りつつも、新たな時代に生きる子供達が必要です」
「……はぁ、アタシがまさか、帝国を殺せと言われて育ってきたアタシが、まさかまさか。ホント、世の中って解らん。あ~~もう嫌、馬に乗って一っ走りしたい気分だわ」
沈黙の後。
エズヤ・エンヤは煙草を付けもせずに揉み消した。
「ええ、お仕事が終われば、お好きなだけどうぞ。貴女はダメな母親ですが、人間としては見ることろがあります。態度はともかくとして……始めましょうか。本当の母親としての貴女の仕事を……」
もう何も言える事が無くなった様子でエズヤが両手を上げて降参のポーズを取った。
こうして、洋館のチンピラ女主人エズヤは協力者のリストに名を連ねる事になる。
外で自分達の情けなさに咽び泣く少女達の為に頑張る母親は少なくともチンピラしているよりは随分とマシに見えたのだった。