ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第71話「終わりなきもの」

 

 政治家が国防において何かをする時、彼らがやるべき事は何処かの漫画やアニメよろしく秘密兵器の開発でも無ければ、これから悪の秘密結社の創設でもない。

 

 根本的にはという但し書きが着くが、最終的にモノをいうのは国力である。

 

 あらゆる状況に対応出来る人材。

 

 あらゆる状況でも使える莫大な資金。

 

 それに裏打ちされた経済、軍事、民間の活動の保全業務の持続可能な維持機能創出なのだ。

 

 国力というのは相対的で解り難いものであるように見える。

 

 が、単純に言えば、全てだ。

 

 国家という領土内に内包される全てのモノ・コト・カネの総体。

 

 それを厚くして厚くして厚くして、それで対処出来ない事が無いように技術的な遅れが無いようにと対処能力を膨れ上がらせる。

 

 コレが政治家のやる戦争行動における全てだ。

 

 まぁ、数を質で上回る()()がバルバロスの力という具体的なものとして存在するこの世界においてはそういう常識も覆るかもしれないが、ソレを追求しつつ、同時に例外も対処すれば、左程の問題でもない。

 

「現在、秘書官43人、各地での計画統括者224人、それらの監査部門は13人、外部監査役として軍情報部の方々が数十名。彼らの下にいる業務維持用の人員が各種各部門で14万人弱となっています」

 

 今日はリージのいるディアボロの一室で会話していた。

 

 現在、表の店ではヴェーナとフェグがリリ、アテオラ、イメリ、デュガ、ノイテの女性陣が新作の甘味の品評会を開いており、しばらくは大人しく甘い美味いと叫んでいてくれるだろう。

 

「売上は?」

 

「右肩上がりで過去最高です。開拓されていない分野の第三次産業、また金融関連の新業態で各国との金融連携協定は事実上、支配的に推移しています」

 

「北部、西部は今のままでいいとして、東部と南部に付いては?」

 

「東部は現在、金融関連で失敗した商人連中の債権をタダ同然で買い叩いている最中ですが、現金即払いで殴り付けた影響は大きいようです。南部側の国家でも少しずつ成果が上がって来ているところです」

 

「東部諸国での現行での対帝国の機運は?」

 

「未だこちらの情報を信じている者達が多く。西部独立で東部はしばらく安泰だろうという空気が醸成されている様子です。現地の報告と各地の生産現場の買い占め状況から言っても殆ど国家の上層部は現状が解っていないかと」

 

「悟られない内に東部内での生産拠点と経済橋頭保の確立を。旨い汁が吸える上に帝国は東部に擦り寄って来ているのだと思わせておけ。下手に出ながら、経済活動の侵食は基本。外貨の流出量だけには気を付けて……決済は全てウチの通貨で大量に東部にばら撒く。とにかく地道に気付いたら自分の国の通貨よりも預金で積み上がっているように……」

 

「恐ろしい話です。我が国との貿易で何一つとして損が無いと信じ込んだ東部商人連中が哀れですね……経済侵略の第一歩が自分の持つ価値の暴落を防げという情勢の醸造とは……」

 

 ニコリとしておく。

 

 いつだって自分の持つ価値を半減させられて怒らない人間はいない。

 

 今、東部に仕掛けているのは東部が帝国側に立たざるを得なくなる為の下地作りだ。

 

 具体的にはデミ・パレルの廃止。

 

 簡単に言うと帝国統一通貨パレルの大量発行と他国への押し付けだ。

 

 これは債権ではなく帝国の通貨を大量に持っている事で儲かると商人連中に刷り込み。

 

 どっぷりと金の沼に引き摺り込む為の工作である。

 

「東部が帝国から買うのは技術成果だ。付加価値があるものだ。つまり、帝国内から根本的な食糧や国力の糧となる十把一絡げの資源じゃない。解るか?」

 

「我が国から買えなくなったら困るものを押し付けて、薬漬けになった中毒者のようにすると……そして、帝国とその経済圏にある国でしか使えない通貨が資産として積み上がる」

 

「そうだ。コレがもしも帝国の負債、債権ならば、帝国は東部に買い叩かれる。だが、これが帝国の自由な商品を買う為にしか使えない通貨ならば?」

 

「帝国が無くなっては困るわけだ。通貨の切り上げや通貨の廃止や新通貨へ移行、なんて事になったら……」

 

「無論、今まで帝国通貨で決済出来ていた自国内のあらゆる新商品、生活雑貨、各種のサーヴィス、諸々の帝国製の質の高い生活基盤、その商売が停止する」

 

「考えましたね。他国に自国通貨をじゃぶじゃぶと流し込んで真綿が首を絞めるように自国通貨の価値を操縦不能にさせるとは……」

 

「だが、それで商人連中は困らない。そして、普通の民間人が自国通貨よりも帝国通貨で取引を始めた頃にはもう国内での総資産量は帝国通貨で占められてる。国の上層部が何をしようが、合法的に取り上げれば、内戦待ったなし。無論、帝国は東部商人を裏切らない」

 

「帝国の強さは技術やサーヴィスであると東部が気付くのがどれだけ早いかという事になるわけだ」

 

「生憎とオレが北部や西部で揃えた商品は400品目程ある。東部に全て流し込めば、東部の総資産量は恐らく後1年とせずに上回る。国家財政に占める輸入代金の劇的な増加は赤字としては本来由々しき事態だが、一定量の自国通貨をレートをほぼこちらが割を食う形で大量に東部諸国の金融機関に預け入れてる」

 

「下手に出て帝国がどうか我が国のものを買ってくれと言うのを割安で買い叩いている。通貨すら奴らは我らに献上しているのと変わらんのだ、という優越感は本当に麻薬的ですね。東部商人連中は今や夢中ですよ?」

 

 リージが悪い顔になる。

 

「悪徳商人連中や悪徳大臣連中への友好の証として贈り物攻勢も利いてるな」

 

 周囲に散らばる資料、報告書を見ながら順調である事を確認する。

 

「経済界の大御所全てに帝国は今モノを売らねば、軍すら維持出来ないと思い込ませてますからね。喜んで受け取って下ってますよ。ええ……」

 

「こちらが高値で買うのが奴隷というのもあちら側にしてみれば、国内にダブ付いた在庫が掃けるからと好評みたいだしな」

 

「はい。奴隷を放って置けない優しい聖女様のおかげで奴隷の優先的な買取も順調です。後数か月の内に東部の奴隷の7割は買い取れるはずですよ」

 

「馬鹿な帝国と嘲笑ってくれる内は良客として付き合っていきたいもんだな」

 

「ええ、帝国内での我が方の人材の8割がほぼ元奴隷だ、なんて誰も知らなくて良い事実もありますし、彼らがどれだけ商業的な利益を上げているものか、誰にも知って欲しくない事実ですね」

 

「出来れば、全部終わるまで愚かなままでいて欲しいもんだ」

 

「はい。女奴隷よりも裏ルートで流している大人向けの絵本の方が今や高い有様ですから、ボロい商売です」

 

「幾らでも刷って与えてやればいいさ。裏ルートが使える内に国内で蔓延させつつ、絶対に根絶出来ない代物として帝国式の性文化漬けにするんだ。皆好きだろ? そういうの……」

 

「金と手間の掛る奴隷と絵本が等価交換出来るとは良い時代です。国内人口の3割を占める奴隷。更にその半分の女性が消えたら、どんな事になるものか。彼らには想像なんて付いてませんよ? 絶対……」

 

「合法な移民。莫大な人口による消費と経済を回す価値の創出。戦争なんてしなくても、これがオレ達の戦争だ。楽で困らない。死なない。ついでに感謝される。最高だな」

 

「まったくです。奴隷の方達には恩も売れて、将来的な納税も右肩上がり。優秀な人材も確保出来る……ついでに今の人口ですら満たし切れない地域にも人を置ける。死ぬはずの重病人が生き返るとなれば、損失もほぼ0と来ましたからね。帝国の聖女様々ですよ」

 

 互いに悪い笑みである。

 

「ああ、それでなのですが、東部からの来賓への対応と東部奴隷の方々の一斉診療と帝国民からの嘆願による聖女の奇跡……お願いしますね?」

 

「どうやら、オレだけ困るらしい……」

 

 思わず顔が引き攣る。

 

「大丈夫ですよ。2週間後までに大規模一斉診療用の会場は整えておきます。西部でやってたのより大規模になりますが、まあ……1400万人くらいです」

 

「ははは、知らないぞオレ。一体、いつから計画してた」

 

 思わず汗が浮かぶ。

 

「その能力が報告された日から、ですよ。我が主」

 

「……ふぅ。どうやら長い戦争になるらしい。オレだけな」

 

 思わず溜息が零れた。

 

「是非、頑張って下さい」

 

 こうして久しぶりに仕事の合間に来たはずの報告で仕事が更に積み上がる事になったのだった。

 

「あ、何か悪い顔してるぞ。秘書の方が……何か一杯食わされたっぽい」

 

「ですね。まだ掛かるようですし、我々は美味しい甘味でも食べている事にしましょう。デュガ」

 

 2人のメイドが背後の扉を少しだけ開けて、すぐに閉めた事だけでまったく天国が遠のいていくような気分になるのだった。

 

 *

 

『帝国の聖女。遂に奇跡を披露す』

 

 そんな報道という名の情報操作が帝国中でブチ上がって10日以上が過ぎた。

 

 人々の病気を癒す為に全力でお仕事をしているという誤解をそのままにざわつく国民達が各地域30か所に置かれた大規模診療会場の工事に期待を膨らませる最中……帰って来たどころか。

 

 死んで西部から蘇って来たという尾ひれまで付いた聖女様は毎日毎日、病気で死にそうな老貴族の病気を治して下さいお願いしますと頭を下げに来る少女達に向けて問答したり、老人側にまだ生きていたいかどうかの確認と研究所の麻酔薬で痛みを取る療法を進めたりしつつ、毎日を過ごす事になっていた。

 

「あ、ありがとうございます。姫殿下!? この御恩は我が家、子々孫々まで……」

 

 名も知らぬ少女から死ぬほど頭を下げられる。

 

「いえ、病気は治しましたが、あくまで病気だけです。老衰もしくは寿命として天寿を全うした場合にはさすがにもう一度という事は出来ませんから。これだけはどうか覚えていて下さい」

 

「はい……承知致しました」

 

「我が孫よ。ありがとう……少し、この方と二人切りで話をさせてくれるかな?」

 

「う、うん。御爺様。どうかお体に気を付けて……」

 

「ああ、勿論だとも」

 

 貴族の子女達の願いを聞き届けていたら、いつの間にか放課後は毎日毎日他家に入る事になっていた。

 

 その館の一室。

 

 寝た切りの老貴族が身を起こしてこちらを静かな視線で見つめて来る。

 

「姫殿下。まずはお力によってこのように痛みを取って頂けた事。誠に感謝致します」

 

「いえ、出来る事をしたまでですから。それにしても分かりますか?」

 

「はい。自分の体の事です。もう限界でしょう。後、数日持つかどうか。病を取れても気力や精神力までは……そういう事なのでしょう」

 

「何人かの方はお解りになられていたようですが、人間そういうのは自分が一番よく分かるようで……」

 

「ははは、これでも随分と酷い事をして来た。こうして孫に痛みもなく看取られるとなれば、まったく嬉しい限りだ。本当に本当に……何と感謝したらいいか」

 

「貴方は我が国の国民です。そして、だからこそ、その責は我が祖父とわたくしと軍が負うべきものでしょう……」

 

「どうやら、知られているようで……我が罪は死しても消えんでしょうな」

 

「戦争です。任務を遂行した兵士には呵責の念を持つ義務はありません。それを死ぬ時まで背負わずとも良いと思いますよ?」

 

「ははは、仰られる通りだ。だが、死んでいく者達の顔が消えんのです。いや、殺した者達の間違いか……」

 

 老人は軍人崩れであり、最前線で少数民族の虐殺に関わっていた。

 

 これらの情報は軍上層部から色々と情報を貰っている時に大抵暗記していたので、何処の貴族がどれだけ汚れ役をしていたかは記憶している。

 

「死を前にしているからこそ、言える事がある……姫殿下。その力、決して安易にはお使い為さらない事を忠言致します。御身がもしも先の先、末の果てでも人間として生きていきたいのならば……」

 

「ありがとうございます。でも、心配要りませんよ。わたくしは最後に石を投げられて死ぬか。切り刻まれて死ぬか。あるいは死ぬよりも酷い目にあって化け物や研究材料になるか。そうちゃんと覚悟はして使っております」

 

 老人の目が見開かれる。

 

「帝国が人にして来た事をされて文句を言える立場にはありませんし……そう遠くない日に……少なくともお孫さん達より後には行きませんよ」

 

 老貴族は平静な瞳で僅かに腕で礼の形を取る。

 

「そのご英断……この国の未来、確かに見させて頂きました。どれほどぶりでしょうか。このように胸が熱くなったのは……きっと、閣下や陛下に勲章を頂いた時以来でしょうな」

 

「御老人。貴方は何も心配などせず。信じていていて下さい。きっと、帝国の未来は明るいと。どんな暗雲がやって来ても、人々は必死に乗り越え、どんな辛酸の先にも幸せを掴めると」

 

「―――ふふふ、最高の口説き文句ですな。いやはや、後十年若ければ、伴侶に謝らねばならないところだ。孫達と我が帝国という名の家を、お頼み申します。死は怖いのに逝くのが怖くないとは……まったく、大したお方だ……」

 

「では、わたくしはこれにて。何れお会い出来る日を楽しみにしていますよ」

 

「ええ、孫と同じくらいこの世でゆっくりして来て下されば……先に行って参ります」

 

 老人に頭を下げて部屋を出る。

 

 通路には慌てて下に降りていく音。

 

 聞かれていたが、構うものでもないだろう。

 

 こうして家を後にすると背後からは祖父の胸で泣く少女の声がしていた。

 

『御爺様……御爺様……私は……私は……』

 

『ああ、解っているよ。生涯お仕えする方を見付けたのだね。ならば、努力する事だ。あのどうしようもなく帝国を護らんとする健気なお方を……』

 

『はいっ!!』

 

 こんなところで忠誠心を買っても困ってしまうし、そんな事をされてもしも銃弾を代わりに受けてくれたりしたら、こちらがトラウマなので安全圏にいてくれる人材にする事を決めておく。

 

 近頃は同じような事がまるで焼き回しのように忠誠のバーゲンセール中でお中元染みて貰うが、生憎とそれを欲しいと思う程に困ってはいない。

 

 なので大人しく貴族兼国民として良識的世論の中身になってくれるよう工作する手間が増えるのだった。

 

 いや、嬉しくないわけではないのだが、それにしても人生をそんな独裁者に安売りするべきではないというのは持論である。

 

 *

 

 帝国最新設備が糞尿と残飯と無駄に増殖する水草と大量の間伐材で造られた人造の巨大堀りが本体であるというのは極めて遺憾であるが、生憎とグアグリスの性質上は仕方ない。

 

「次の22番区画どうぞ」

 

 根本的にタンパク質、有機物を用いる関係でそうせざるを得ないのだ。

 

 しかも、一か所数十万から百万近い人間を集めての一斉検診である。

 

 大量のソレらを工事で放り込み、やって来た人々の衣食住を見つつ、返す為の旅費や馬車も工面してとなれば、各地に難民キャンプ染みた医療難民的な人々を収容するだけで国力の大半を使い果たすのは道理であろう。

 

「ふぅ……」

 

 ちなみにまったく健康であるような人々には後で研究所製のグアグリスを用いた万能薬の非検体になる権利だけ与えておく為、かなりこれでも数が減ったとの事。

 

 堀から伸びる小さな網目状の溝に沿って後から水を流して、増殖させたグアグリスによって各地に先日のような沼地の如く血管染みた体を張り巡らせ、その上の人間を足元から侵食して治すというのが治療手順である。

 

 さすがに椅子などを用意している暇は無い為、区画毎にやる事になっていた。

 

 10万人の一斉治療に10分掛からないのなら、100万人やらせたって数時間で終わるという事実に基いてリージが立てた計画はグアグリスを用いた一斉診療計画としてはほぼ完璧なものだった。

 

「次の23番区画どうぞ」

 

 リージに言われるまま。

 

 水が流れて来た小さな溝から堀内部で増殖させたグアグリスを伸ばし、次々に立ったまま待つ人々の足元から脚に侵食。

 

 痛みも無く内臓から脳まで一斉に治すだけを繰り返していく。

 

 ちなみに遺伝病もしくはそれに類する血統に関する病だけは治らず。

 

 対処療法的に改善する事しか出来ないのでその旨は周知され、そういった者達に関しては臓器が奇形であったり、徐々にそうなるという類の症状は一時的に治せるが、それ以外は不可能である事も伝えられた。

 

 それでも一時的にでも治るのならばとやって来た人々も治して、将来的には大陸規模で流通されている万能薬の劣化版を安く出回らせる計画がある為、その被験者になるならば、無料で薬は譲渡するとのお知らせもしてある。

 

(まぁ、無駄に死人治せと言われるよりもマシか)

 

 帝国の聖女の奇跡は身を削って行われるので今回の一度切り。

 

 後は薬に頼ってくれというのが、この奇跡のバーゲンセール会場の真相である。

 

 無論、国内の人間の健康な層以外なので、健康層からは自分もという声が複数上がった。

 

 が、重大な傷病以外の健康な人間は何も治せない旨も伝えていた為、そういった偽りの病人が会場に混じる確率はかなり低かったとようだ。

 

 体感としては100万人に200人以下である。

 

 ちなみに動かせない重病人は先に病院をとにかく回るやら、小さな診療所を回るやらしている為、次の会場の設営場所の準備が出来るまでずっとフォーエ、デュガ、ノイテの竜に乗って近頃は過ごしている。

 

「次で最後の区画です」

 

 ウィシャスは帝都で竜騎兵となる少年達の鍛錬に貸し出している為、今はいない。

 

 残る内政組は帝都もしくは移動用に再び動かしているリセル・フロスティーナのお留守番役となっており、ゾムニスと共に聖女の御船と呼ばれ始めたソレのクルーとして認知されている。

 

 国民の大半は奴隷達も含めて誰も彼も空からやってくる漆黒の船をもはや何かの神なんかじゃないかと言うレベルで祈る対象にしており、何かもう宗教国家よりも宗教している感がバリバリだ。

 

(ほ、本当の宗教国家は帝国だったんだよ!? な、ナンダッテーって言われそうだな。いや、マジで)

 

 近頃、国民からの忠誠が信仰に置き換わっている気がするブラックバイトよりは働く聖女様の内心的にはもう疲れたとギブアップ宣言をしたいくらいである。

 

「お疲れ様でした」

 

 一斉診療が終わるまで左程の時間は掛からない。

 

 超巨大な冬の原野の会場に設営された簡易のテント群と会場となる堀が置かれた場所から縦に延ばされた細い溝。

 

 帝国軍建築部門謹製のソレの上に立って数分待ってもらうだけなのだから。

 

 全部が終わった後に感動するやら涙するやしている人間には次々に他の人間の邪魔にならないようにとそのまま数列で入場とは反対側の出口に向かって貰って現地解散である。

 

 全員が掃けたらすぐに堀傍のテントから出て背後にデンと着陸しているリセル・フロスティーナに入って動けない重症患者を集めさせた細々とした病院や診療所。

 

 あるいはそれすらない山奥に竜で向かって予め現地に用意させていた堀と同じようなタンパク質やアンモニアなどの宝庫を使って増殖と侵食と身体の治療を行う。

 

 相手の感謝の言葉には頭だけ下げて即座に次の場所、次の場所へと巡りながら、最後には飛行船と上空で合流して他の地域に急行。

 

 最初に西から初めて東に向かう手順を繰り返した結果。

 

 今や通常業務の書類仕事を竜郵便に届けて貰いながら一睡もしていない日々が続いている。

 

 だが、それで体を壊さないのだから、まったく超人過ぎるバルバロスの力様々だろう。

 

「次の場所は?」

 

「例の東部の地域です」

 

「例の、ね」

 

 今回は一緒に同行しているリージである。

 

 倉庫内でお茶をイメリから渡されながら、フェグにギューされつつ、横にはヴェーナが変わらず甘いお菓子を食べる機械と化して、国民からの贈り物として受け取れ攻勢を受けた食料をパクパクと食い尽している。

 

 常人では考えられない量を食い尽しているのにまるで腹を壊していないし、重さも変わっていない事から質量をエネルギーに変えているか。

 

 もしくは空間を越えて胃のようなものが貯蔵しているかの二択というのが解った。

 

 どちらだとしても、土神様がハイレベルな存在なのは間違いない。

 

「あーむ。うんめぇだべ~~~うぅ~~~生きででよがったよぅ~~♪」

 

「遠慮なく食え。オレは少食だし、そんなに入らないからな」

 

「んだ。んだ。ぅ~~~あ~~む」

 

 その健啖家ぶりを見て、気分が悪くなるクルーも多数。

 

 食いしん坊キャラも度を越していれば、見るのもゲッソリらしい。

 

 まぁ、無ければ別に食べなくても生きていけるし、そもそもお腹が空かないようで完全に食事は趣味の範疇らしいのだが。

 

「偽札の製造は止めて、各地の同じような連中にも釘を刺しましたが、どうやら未だに東部で暗躍する国外勢力がいるらしく。工作員らしき者達を情報部が追跡しています」

 

「尻尾は掴んだわけか。身柄は無理か?」

 

「はい。主に相手がバルバロスの力を使う者らしく。かなり素早く逃げられる上。追跡してもすぐに見失ってしまうようで。透明化や相手の認識を狂わせる能力を持っているかもしれません」

 

「厄介だな。今のまま単なる工作員なら構いはしないが、暗殺に動かれると面倒だ」

 

「現地軍にはかなり厳重な護衛を頼んでいますが……」

 

「竜郵便ですぐに護衛任務を解け。それよりもやって貰いたい事があるとな」

 

「解りました。どうするつもりです?」

 

「そういうのは別に構う必要は無い。追えば、逃げる。罠を張って、引っ掛かるのを待ってればいい」

 

「罠、ですか?」

 

「罠を罠と看破出来なければ、それは罠じゃない。だろ?」

 

「こちらには想像も付きませんよ」

 

 肩が竦められる。

 

「東部が終了すれば、いよいよ南部への遠征の最終準備だ。不動将閣下にも各地に散らせた商人連中にも研究所の連中にも最大限働いてもらう事になる」

 

「いよいよですか……」

 

「結局、コイツの二号機すらまだまともに作れてないしな。乗り物は諦めて計画は予備に切り替えだ」

 

「予備、ですか?」

 

「ああ、この数か月で完成して現在は運び込ませたバルバロスの遺骸各種を用いての量産体制を取らせてるが、6000程増産と改修が終了してる」

 

「ッ―――では、遂に本当の覇竜師団ドラクーンが?」

 

「不動将閣下の軍団を現在、北部の沿岸部要塞の建築で動員中だが、表向きだ」

 

「まさか、北部で練兵を?」

 

「ああ、そうだ。お前にも諜報上教えて無かったが、完了した。先行量産していた短距離火力投射用の重火器と秘密の装備をちゃんと使いこなしてくれてるそうだ」

 

「はは、聞いていると本当に感無量ですね」

 

「今はオレが用意した訓練の最後、長距離行軍の終了を待ってる。オレが課した訓練内容に付いて来れてない人間が1割を切るって言うんだから、あの不動将閣下には頭が上がらないな。さすが最優、最精鋭層集めただけある……」

 

「一応、こちらもそれの類なんですが……」

 

「お前の分もちゃんと用意してる。マニュアル暗記して訓練内容をやれたなら、好きに使えばいいさ。もう人数分は持って来たからな」

 

「ありがとうございます」

 

「次の南部皇国奪取は西部での戦争モドキのような戦いにはならない。オレも戦力単位としては使えるが、戦略的には囮の類だ」

 

「彼らの働き如何で成否が分かれる、と」

 

「各国、各地でウチの国の商人連中が誇りを溝に投げ捨てて頭を下げてくれたおかげで補給路も補給線も問題無い。モノを買ってくれお願いだと表向き懇願して商売をしてくれた成果で準備も整った。北部、西部から順調に各種の物資も各地へ分配中だが、数か月までには完全充足する」

 

「後は……」

 

「そうだ。国内、後方を固め切るだけだ」

 

「……本来、それだけで政治家の仕事は終わりなのですがね」

 

 苦笑が零される。

 

「生憎とソレだけで終わらないのが、帝国の流儀になった」

 

「貴方だけですよ。最前線に出て一番前で歴史を動かそうとするのは……」

 

「勝手に付いて来るだけだろ」

 

「もしも老後に回顧録を出す事になったら、是非とも引用しましょう」

 

「気が早いな。まだ行くのは先になるが、言っておく。帰って来るまで死ぬなよ?」

 

「安穏としていられるよう準備して来ました。帝国は決して貴女が戻って来るまで滅びはしませんよ……ええ、間違いなく。我が身命と今までの苦労に誓って……」

 

 話していると背後から多人数の視線がまた陰謀みたいな事してる。

 

 というジト目で突き刺さっている気がするものの気にしない。

 

 生憎と時間は無いし、仕事は山積みである。

 

 春になるまでにやるべき事は未だ途絶えてはいなかった。


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