ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

453 / 631
第70話「炎の定め」

 

「お久しぶりです。皆さん」

 

 ブワッと少女達が涙ながらに洪水の如く押し寄せて来る。

 

「うわあああああん!? 姫殿下良かったですわぁ~~~!!?」

 

「ふぐぐぅぅう!? 本当にご無事でぇ~~~!!?」

 

「も、もう会えないものかとぉおおお!? びえぇえぇえぇ!!?」

 

 押すな押すなと雪崩れ込んだ少女達に席の前後左右上下を占有されて、思わず顔が引き攣りそうになったが、取り敢えずニコリとしておく。

 

「噂の事は聞きましたが、根も葉もない話ばかりですよ。皆さんも吟遊詩人の戯言を一々真に受けず。少し真実が含まれているかな、くらいに留めておくのがよろしいかと」

 

 その言葉で思わず少女達が反省した顔になり、新しく増えた少女達の事なんてまったく目に入っていないようだ。

 

 遠くでは大変だなーくらいの感覚でこちらを見るメイドが3人とアテオラと新しくやってきたリリが押し潰されないだろうかという心配顔をしてくれている。

 

「ちなみに西部では冒険譚なんてありませんでしたよ。兵隊の方々と少し友好的なお話をさせて頂いたら、西部の独立で手を打って下さいましたし、西部そのものはこちらと融和的なゼーテ王が今後も親帝国の地としてお付き合いしていく事になりました」

 

 その言葉で少女達も幾分か安心した様子になっていた。

 

「そ、そうなんですのね!! ああ、姫殿下!!? 100万の軍勢を前に馬一匹で駆け出して、敵将の下へと直談判しに行ったのは本当だったんですのね!?」

 

 盛られまくりらしい。

 

 ちなみに100万人倒せとか言われてもさすがに無理である。

 

 その数を相手にするには僅かな時間で場を整えられるものではない。

 

「い、今、上級生のお姉様達が姫殿下の功績を称えて、絵画を描いて、彫刻を頼んでいるんですの!! きっと、帰還祝いとしてそう遠くない日に学園の象徴として飾られるでしょう!!」

 

「うぅ、姫殿下が奇跡を用いて、人々を癒す聖女となったという逸話は此処にも届いていますわ!! 姫殿下の要するお抱えの薬師集団が奇跡の薬を作ったのだと専らの噂ですわ!! いえ、姫殿下の力を信じていないわけではないのですが、う、うちの祖父が病気がちでその……」

 

「あ、あなた!!? 姫殿下がまた国を亡ぼすバルバロスを打ち倒したと聞いた時にはユイヌ様が卒倒してたんですのよ。さすがに今は……」

 

「うぅうぅ~~良かったです。姫殿下~~~」

 

 ガヤガヤと姦しい少女達+見知った女性講師の涙声に耳を傾けつつ、そう言えば、まだユイヌとは会ってないと思っていたところでバァンと扉が開かれた。

 

 そんな風に扉を開く者はこの学院には存在しないと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 

 そして、ざわつく乙女達が何やら後ろを見てから顔を蒼褪めさせて、人垣が割れていく。

 

 人混みで見えなかったが、すぐ傍までその誰かがやって来て、ようやく相手が見えた。

 

「あ、ユイ―――」

 

 パァンと頬に一発いいものを貰ってしまった。

 

 まぁ、相手の手の方が痛いのは確実だ。

 

 今や侵食痕は深く体に根付いたような感じもしている。

 

 普通の打撃程度では痛み一つ感じはしない体である。

 

「ごめんなさい。ありがとう。それと……フィティシラ・アルローゼン……只今戻りました。ユイヌ」

 

 その言葉に何やら複雑に過ぎる表情で閾値を超えたらしい感情のまま。

 

 ブワッと涙を零しながらギュッとされてしまった。

 

 さめざめと泣く令嬢を前にしては他の少女達もさすがに間が悪いと思ったのか。

 

 すぐにこちらに頭を下げてから、スゴスゴとその場から消えていく。

 

「心配、したんだよ……」

 

「知っています」

 

「馬鹿……」

 

「でも、案外ユイヌも吟遊詩人達の戯言を真に受ける性質だったのですね」

 

「……リージ中尉に色々聞いた」

 

 一応、功罪相半ばするのでリージにお咎めは無しにしておく。

 

 黙っていればいいものをとも思う。

 

 だが、もしかしたら、目の前の少女が無理を通して聞き出したのかもしれず。

 

「君は何で一人で十万以上の軍団を迎え撃ったりしたの? 馬鹿なの? 死んじゃうとは思わないの? もう……もうもう、もうっ……」

 

 胸元がポカポカと力無く叩かれた。

 

「仲間がいました。手伝ってくれる人も大勢。誰も一人で立ち向かってなどいませんよ。わたくしは多くの誰かが背後にいてようやく障害の前に立てているに過ぎない小娘ですから」

 

「それに1人でまた危険なバルバロスの討伐したりとか……」

 

「ですから、一人ではありませんでしたよ。多くの仲間が助けてくれていなければ、とても勝てる相手では無かったでしょう」

 

「その上、南部皇国の艦隊と1人で戦ったんだよね?」

 

「現地の竜騎兵達と多くの人々の活躍が無ければ、艦隊を黙らせる事も出来はしませんでした」

 

「………君は、君は一番後ろで眺めてていいんだよ?」

 

 当然のようにその選択はある。

 

「そうしたら、大勢が亡くなります。でも、出来る人間が出来る事をして、その結果として多くの問題を解決する。それは普通の軍でも何処かの商会でも貴族社会だろうとも変わらない原理ですよ」

 

 ようやくユイヌがこちらを離してくれた。

 

 そして、袖で涙を拭ってから膨れてしまう。

 

「今だけ貴族っぽくしたって……本当の貴族の道なんて、そんなのの為に君が命を落としたら……」

 

「生憎と貴族だからとか。貴族としてだとか。そんな事は一度とて考えた事はありませんよ。わたくしは自分の力で人生を変えた多くの人達に自分なりのケジメと責任を取っているに過ぎません。それはわたくしが例え貴族でなかったとしても、きっと変わらぬ生き方です」

 

「―――もぅ……そんなの高貴過ぎるよ。君は本当に……何処まで聖人君子なんだ」

 

 何か納得出来ない様子ながらもそう過大評価してくれる友人の頭を撫でておく。

 

「わたくしが聖人君子なら、今の世を必死に生きている人々は誰も彼もが皆、善人になってしまいますよ」

 

 肩を竦めるとユイヌがようやく落ち着いた様子でこちらの横に座る。

 

「まだ、怒ってるんだからね」

 

「はい。心に留めおきましょう」

 

 こうして久方ぶりに再会した友人と午前中はまったり講義を聞きつつ過ごす事になるのだった。

 

 *

 

「ええと、君が西部のゼーテ王のご息女なのかな?」

 

「は、はい。リリ・ゼーテと申します!! い、今はフィティシラ様の侍女としてお傍にお仕えして、普段はこの学院に通う事になりました」

 

 ペコペコとリリがユイヌに頭を下げる。

 

「あはは、いいよ。そんなに畏まらなくて。さっきは怖いところを見せちゃってごめんね? ちょっと、この親友の聞き分けの無いところを何かとっちめてやりたくなっちゃって」

 

「随分な言われようですね」

 

 ギロリされたので素知らぬ顔で横を向いておく。

 

「あ、あの……あまり、怒らないで差し上げて下さい。兄から聞きました。フィティシラ様はゼーテを御救い下さったのだと。バルトテルとの事で心労が重なっていた父も……フィティシラ様のお力で元気を取り戻したんです……西部の大勢の民のように」

 

「そうか。本当に君は……帝国の聖女になったんだね」

 

「吟遊詩人の話を鵜呑みにし過ぎですよ」

 

「ボクはもう君よりもリージ中尉の事を信じる事にしたから」

 

「そうですか。はぁ、信頼を失くしてしまいましたね。では、リージには今度から嘘デタラメを吹き込んでおく事にしましょう」

 

 その言葉でまた膨れたユイヌに冗談ですと言い置いて、今日は午後に用事があるからと手を振ってから待たせていた馬車で学院を後にする。

 

「デュガ。研究所からの報告は?」

 

「ああ、うん。やっといたぞー。これー」

 

「助かる」

 

 パラパラと馬車の中で報告書を見ているとリリは何かこう奥歯にものが挟まったような顔でこちらを見ていた。

 

「何でしょうか?」

 

「あ!? い、いえ!? フィティシラ様はその……御学友と他の方達の前では口調が違うみたいなのでずっと気になっていて……」

 

「男社会に混ざるにはこれでも足りないくらいですが、砕けた方が話し易い相手もいるのですよ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ええ、これでも大勢の男性を纏める役を買って出ていますから」

 

 頷いたリリはどうやらそういうものなのだろうと納得した様子で今度は窓の外の帝都を物珍しそうに眺め始めた。

 

 ちなみに兄であるラニカはフォーエと一緒に座学するかゾムニス、リージのどちらかに付いて書類仕事をこなす為の実技試験という名の秘書役をやらせている為、乙女の園である学院外では家に戻らねば、執事の仕事は免除という事になっている。

 

 今頃は書類仕事に忙殺されるリージとその部下達に混ざるか。

 

 もしくはゾムニスで国家の裏方仕事に関する諸々を習っている事だろう。

 

「なぁなぁ、ふぃー」

 

「何だ?」

 

 デュガが書類に目を通している間に何やら訊ねて来る。

 

 それを横目にちょっと懐の眠り薬をグアグリスの触手でリリに盛って眠ってもらっておく。

 

「結局、殆ど持ってったの撃たなかったな。銃」

 

「人形に撃たせてたからな。撃たなくて良かったと思うぞ。100丁用意したのが後で確認してみたら2丁も自壊してた。普通の人間が巻き込まれてたら暴発で死んでるところだ」

 

「50に一つは暴発するのですか? よ

くそんなものを使わせようとしていましたね」

 

「恐らくだが、環境のせいだな。粗雑に組んでは無いが、正規品の弾を現地で組み上げたせいで誤差が出て、ジャムったところでバーンて感じか?」

 

「弾の問題だったと?」

 

「エーゼルに特注して貰って出来る限りの速度でやらせたからな。結局、1500発も造ってくれたが、どっかで間違うのは仕方ない事だ。アレがちゃんと工場で製造出来てれば、それこそ1万分の1も暴発しないだろうさ」

 

 そこで不意に気付く。

 

「そう言えば、お前らの部下のあいつはどうした?」

 

 名前が思い出せない。

 

 忙しかったのですっかり電池扱いした竜と一緒に2人に任せていたのだ。

 

「ああ、あの子は竜と一緒にグラナン卿に引き取って貰いました。しばらく、あちらで竜の教導官をさせます。あの子も一人前ではあるでしょうし、もう国に戻れるものでもないでしょうから」

 

「助かる。もう少ししたら、力を借りたいって言っておいてくれ」

 

 離している間にリリも目覚め、いつもの研究所の敷地内に到着する。

 

 すると、そこには冬だと言うのに新しいコンクリート製の建築が数棟立っていた。

 

 元々の木造も稼働しているが、新規に入って来た数百名の研究者達の大半はそちらで研究をして貰っているのだ。

 

「ようこそ。お越し下さいました。姫殿下。エーゼル様がお待ちです」

 

「ありごがとうございます。リリさんは研究所の中を2人に案内して貰って下さい。まだ、わたくしが見ていないものも多いですから、きっと何か一つくらいは興味のあるものが見付かるかもしれませんよ?」

 

「は、はい!! 畏まりました!! あ、あの、フィティシラ様はこれから?」

 

「少し秘密の話をして来ないとなりません。後で此処でお菓子なども造る予定ですから、家に帰るまでゆっくりしていて下さい」

 

 メイド2人にリリを任せて内部に向かう。

 

 フェグもヴェーナも長旅で疲れていたようなので起き出していても食事をモシャッている頃合いだろう。

 

 ウィシャスも今日は非番として家に帰るよう言ってある為、此処にはいない。

 

 研究者達に連れられていつもの木造の研究所の方へと向かう。

 

 内部ではいつものように研究者達が自らの職場で熱心に実験に打ち込んでおり、こちらに気付いた者が慌てて頭を下げてくれたので下げ返しつつ、目的の場所まで向かった。

 

「エーゼル。昨日の今日くらいは兄弟姉妹の傍にいてもいいんだぞ?」

 

「い、いえ、姫殿下。ちゃんと兄妹姉妹達には沢山お土産やお話もしてあげたのでもう大丈夫です。姉さんは心配性でしたけど、船の中でずっと休んでたに等しい私が一番に働かなきゃならないのは自明ですから……」

 

 白いリノリウムの床や壁の一室。

 

 数人の白衣の男女がこちらに頭を下げる。

 

「先日から研究所に竜郵便で送っていた採用試験を突破出来た所員の方々です。結局、7人くらいでした。でも、私の研究を理解してくれて、一緒に設計を手伝ってくれるに足る方々です」

 

「初めまして。皆様……この研究所の後援者のフィティシラ・アルローゼンと申します。此処では過度に畏まる必要も遠慮する必要もありません」

 

 僅かに周囲がざわつく。

 

「重要なのは皆様の自らの研究に対する好奇心と献身だけです。そして、それを誰かの為に役立てるのはそれを行う者の役目であり、此処では研究以外では実用品や様々な研究成果の試作品を作るのが皆さんの仕事です。仲間達と共に己の研究に邁進し、成果を纏めて頂くという事ですね」

 

 軽く頭を下げておく。

 

「今後、エーゼルさんの研究は更に加速していく事でしょう。ですが、それには莫大な人員が必要です。皆様はその先駆けであり、皆様の後を追う研究者達も続々と集まって来る事でしょう。その時、皆様の背中が誰かの目標となる事だけはお忘れなきよう。心からお願い申し上げます」

 

 さすがに唯我独尊の研究者連中も恐縮した様子で頭を下げ返す。

 

 まぁ、帝国なら貴族社会どころか。

 

 噴飯ものだと不敬罪が適応されるくらいの彼らの挨拶だが、研究者にコミュニケーション能力を求める方が間違っているのはあのマッドで経験済みである。

 

 これからの所内の施策用のパンフレットを配っていく。

 

「今後の皆さんの仕事現場に関してですが……もし、許せない事や我慢ならない事があれば、上司ではなく。投書で所内の目安箱にお入れ下さい」

 

 先日から増える人員の摩擦を低減する為の部署を新設した。

 

 人事という名のカウンセラーはこちらで選抜してリージに元々の世界の知識を詰め込んで教育した基本的には特定個人に肩入れしない性格の人々を採用している。

 

「未開封で届けて頂けるように図らいます。改善案以外において、所員の人間関係に付いては基本的に口出し致しません」

 

 ざわつきが大きく為る。

 

「ただし、相手に非が有りと思う方はその旨をお書き下さい。その最低限の一線に付いては研究に支障が出る。もしくは集中出来ない。明らかな嫌がらせを受けている。上司部下のような上限関係の上で常識的ではない、当事者にとって由々しき事を要求する。のような場合に限ります」

 

 当たり前の常識で線引きするのは基本的には当然だろう。

 

「これを大っぴらに取り上げる事は所内でありませんが、改善案を打診します。簡単に言えば、1人部屋の新設。または研究部署の配置転換などです」

 

 ざわつく研究者達は年齢も10代から40代までと幅広い。

 

「無論、非のある方と人事が判断した方に対して、という事もお忘れなく。新設された人事部は基本的に所員を観察していますが、誰もを公平な目で見ているものであり、皆さんの心を護る為に平等な評価を下す方達です。仕事現場で心を病みそうだと思ったら、気軽に相談して下さい」

 

「え、ええと、姫殿下。以上ですか?」

 

「ええ、以上です。では、本題に入りましょう」

 

 こうして事前通達を書面ではなく本人で終えた研究所の最重要研究に携わる面々は何か額に汗を浮かべつつ、自分達の得意分野である解説へと入っていくのだった。

 

 殆どは口下手な上にあまり上手なプレゼンとは言えなかったが、書面は貰っているので何も問題無い事は解っている。

 

 あくまで意気込みと今後の方針を聞いただけである。

 

 それから数十分後。

 

「以後、時折来る事になるかと思いますが、まずは気負わず。焦りなどに惑わされず。仕事と研究を出来る限り進めて頂ければ」

 

 頭を下げてからその場を後にする。

 

 エーゼルは何から何まで言われて、かなり驚いていたようだが、基本的に研究者というのはこの時代には偏屈な変わり者が多いのは事実だ。

 

 研究所に迎え入れる人員の精神的な資質などは事前に様々なテストを受けさせているとはいえ、それでも現場の人間関係で無駄に非効率な仕事になるなんてのはよくある事。

 

 だからこそ、これからは人員のメンタルケアも含めてぶん投げられる人事部を作ったのである。

 

 直轄である彼らは他部署と基本的に交流を禁止し、厳しい規則で所内を巡回し、挨拶をしながらニコニコして冷静な視線で所員達の仕事ぶりを見やる監視員である。

 

 無論、交流はしないが所員達に良く思って貰えるようにレクリエーションや差し入れ、所内のメンタルケア的な料理の献立の立案から雑用まで幅広くしてやってもらう事になっている。

 

(重要なのはこのご時世に現場を知った上で肩入れせずに判決を下せる人間だからな。見付けるのに苦労したし、血も涙も無い笑顔が似合う冷静沈着サラリーマン生活をやって貰いたいもんだ……)

 

 感情は理解するが、感情と仕事は別と割り切れる人間。

 

 彼ら自身も常に部署を配置転換しながら働く為、癒着も出来ない仕組みになっているのでしばらくは問題も出ないだろう。

 

 この中世並みの世界でここまでやるのだ。

 

 成果が出て欲しいものである。

 

「あ、姫殿下!!」

 

 通路を歩いて僅かな悪臭が漂って来ている一角へとやって来た。

 

 近頃はかなり改善してきたとはいえ。

 

 それでも薬品臭が混じり始めて、吐き気を催す人間も多い。

 

「カニカシュさん。お元気でしたか?」

 

「い、いえいえ!? そ、それはこちらの台詞です!? ほ、本当にお体に何も無くて、部署の一同で安堵していたところなんですよ!?」

 

 ホッとした様子の少女は少しだけ前よりも大人びているような気もする。

 

「御心配をお掛けしました。さっそくですが、例の仕事の状況を見に来ました。あちらで説明して頂ければ」

 

「は、はい!!」

 

 すぐにカニカシュの働く部門内部の棟に入る。

 

 臭いを低減する為に炭などの脱臭効果のある機材と送風機とダクトを組み合わせて、随時工房と研究室を換気しているが、それにしてもまだ入りたい人間は少数だろう。

 

「みんな!! 姫殿下がいらしたよ!! 止められる作業は止めて集まって頂戴!!」

 

 そこには若手も老人も中年も二十名近くの男女が各種の薬品と革、他の部署の研究者達と共に様々な実験と加工を繰り返していた。

 

 危ない薬品を扱う者はそれ専用の試験室へと入っており、更に人数は多いだろう。

 

 そう、この革製品の研究開発を司る部門は今や素材工学の最先端だ。

 

 金属やポリマー類。

 

 要はプラスチックなども手掛けて、全般的には素材としての布を扱う部署として再編されている。

 

 彼らの棟の隣には縫製部門が更に立ち上げられており、縫い方の研究や正確な縫製技術を底上げし、どのような品も造れる場所として製品開発も手掛けていた。

 

「まず西部から送られて来た【イムル・サミ】と呼ばれるバルバロスの皮に付いてですが、かなりの伸縮性と同時に超高温にも耐えられる事が判明致しました」

 

「でしょうね。内臓器官に関しては専門部署からも同じような報告が上がってきていますが、こちらが送っていた要望に関して用途的に使えそうですか?」

 

「は、はい。革の下の層もかなりの耐熱性を有している事から、腐らせずに同じ効果のままに乾燥させて重量を下げられないか試験中です。こちらはかなりご期待されていた用途に使えるものになるかと。詳しい資料はこちらをご覧下さい」

 

 長テーブルの上の資料を受け取り、加工済みの白い皮の一部を見つめる。

 

「竜郵便様々ですね。この研究所でのバルバロスの現地解体・現地加工技術の強さが生きていますし、今後もバルバロスの研究は我々にとっての生命線となるでしょう。皆さんには期待させて頂きます」

 

 自分がいない間の研究開発記録と成果、基礎研究の進展はどうやら思っていたよりも大きなものらしく。

 

 リセル・フロスティーナの制作に携わってくれたお針子衆の部門化も相まって、研究所内のここら辺は活気づいているようだ。

 

「皆さんが試作して下さったドレスや軍装、その他の装具も武器の取り回しに大きく貢献して頂きました。今後も特殊装備の衣服や小物類全般は皆さんの仕事になるでしょう。わたくしはその最先端を身に付けられる。まったく、幸せな話です」

 

 その言葉でブワッと涙する所員多数。

 

『こ、こんな臭いのするオラ達にそこまで……ふぐぉぉぉぉ!?』

 

『初めてですよ。そんな事言われたの。う、ぅぅぅ?!』

 

 涙脆い連中が案外多いらしい。

 

 臭いのせいで嫌われ者というのは集落の外では常識だったらしいので苦笑するしかない。

 

「臭いそのものはそのウチにまた少しずつでも改善されるでしょう。皆さんへの臭いの落とし易い衣服の定期的な供給もその一助となればと思います。全ては取れなくても、昔はもっと酷かったんだと子供達に言えるように、言い続けられるように改善していきましょう」

 

 それで何か涙腺が決壊した者が多数。

 

 まとめ役であるカニカシュの父親と祖父がウンウンとハンカチ片手に頷いている。

 

「今後、わたくしの戦いは更に激化する事が予想されます。皆さんにも本当ならば、もっと民間に出回る商品の研究をして頂きたいところなのですが、今はまだ無理です。ですが、大陸に平穏が戻って来たならば、その時は皆さんが此処で磨き積み上げた叡智と技術はきっと帝国の宝として後世まで末永く語り継がれ、多くの人々の糧となる事でしょう」

 

 研究開発陣に頭を下げて、今後の計画の方針を示した後。

 

 カニカシュ達に頭を下げられながら、すぐ傍にあるシャワー室で臭いを落とす。

 

 現在、鉄道開発計画の進展で得られたボイラー技術を所内では定時に熱いシャワーで臭いを落とす為に使っている。

 

 これは所内でも好評であり、2か所ある内の1か所は精革を扱うカニカシュ達の部門のすぐ横だ。

 

 優先的に備え付けたばかりである。

 

 服の臭いは専門の薬品でクリーニングするしかないので替えの衣服を身に着けてから、隣の縫製部門、それから銃器部門へと顔を出す事にした。

 

 縫製部門ではデザイナーの提携を例の商会の芸術家達と結ばせている為、人の往来が存在し、装備全般のデザインと具体的な作り方に付いての話し合いが行われる。

 

 これに一部、今後のこちらが求める最新装備のデザイン原案を出させて、修正したり、却下したり、具体的な機能美は崩さないようにと釘を刺したりして撤収。

 

 芸術家肌達の白熱した話合いを後ろに重火器の製造を一手に仕切る重火器部門に向かった。

 

「姫殿下。無事のご来訪。部門総員心よりお喜び申し上げます」

 

「感謝する。それで問題の洗い出しと改良は?」

 

「終わりました。現行の無煙火薬で恐らく帝国最高の技術で出来るのは此処までかと。そう思えるものが……現在研究中と試作中のもの以外では設備を供与すれば、1月で量産体制が何処でも取れる代物です」

 

 研究室に入ってすぐ。

 

 部門の関係者が集まる中でライフルと拳銃が差し出された。

 

 恐らくは1900年代くらいまでは近付いて来ているだろう。

 

 ライフリングの更なる改良と機関部、薬室の軽量化と堅牢化を成し遂げた一部に超重元素とプラスチックを用いる事でバランスも取った作りだ。

 

「グリップに関しましては鉄の肉抜きとプラスチックで対応しました。内部にはゴム被膜と層を二重にして振動や温度から銃弾の保護を確立する事で弾倉内での暴発は5000発の試射で0。機関部の損耗も超重元素を微量加える事で3万発まで可能となりました」

 

 拳銃はトカレフを参考にして小口径にしたいと言っていたが、最終的には既存の合金に超重元素を加えて、全体的にコンパクトにして軽量化する事になったらしい。

 

 重い元素ではあるのだが、内部に極微量添加する事でガラッと合金の様々な能力を引き上げられるこの世界の要素のおかげである。

 

 これなら冶金学や材料工学があまり発展していなくても量産化まで可能な高性能な銃の生産は可能だろう。

 

「こちらのライフルに関しても同じですが、長距離狙撃や中距離での制圧に弾の連続発射機構……かなり手こずりました。結果だけを申し上げれば、装弾機構の改良で最大3発を連続で発射……というのが限界です。それ以上は打ちっ放しで機関部の消耗が激しく……」

 

「十分だ。弾数もそう簡単に揃えられない以上は経戦能力が重視される。弾薬の消耗を抑えながらの戦いになれば、兵隊に無駄弾を撃たせない事も重要だ」

 

「御寛恕痛み入ります。ただ、ご提案のあったように専用の超重ライフル弾に関しての特殊仕様は完成しており、こちらはご要望通りのものが出来ました。普通の人間が打つ事が出来る代物です。射爆場に用意してありますので」

 

 すぐ近くのいつもの射爆場に向かうと。

 

 台座の上に固定化された対物狙撃銃が2丁あった。

 

 普通のアサルトライフルのような片手に持てる代物の銃身を伸ばしたタイプと最初期から作らせていた対物ライフルを小型化して薄くしたようなタイプに見える。

 

「小型のは携行型の狙撃銃で、大型のは拠点防衛や待ち伏せ、大型車両に備え付けて運用する為の代物です。超重元素を用いた超重ライフル弾専用となっており、先程お見せしたものとは違い。超重元素の添加比率3割の摩耗しているのか今の検査方法では分からない代物です」

 

「備蓄している弾丸が尽きるわけか……」

 

「恐らく、ですが」

 

「ふむ……」

 

「姫殿下が現行用いている銃には威力で劣りますが、4mのコンクリートの壁を貫徹します。あちらに造成してありますので一度ご自分の目でお確かめ下さい」

 

 見れば、いつもは木製の標的が置かれている部位にぶ厚いコンクリートの壁があった。

 

「解った」

 

 最初に小さいほうが所員の1人が完全防備の厚手革製のモコモコした防護服を着込んで試射すると、コンクリート壁の一部がパッと散った。

 

 そして、すぐに横合いから人が走っていき、30m先の標的の背後に回ると貫通を確認と叫ぶ声が聞こえて来た。

 

「ぶ厚い壁越しでも位置さえ解れば、貫通と……」

 

「はい。コンクリート内部に別の鉄材を含む鉄筋コンクリート……我が研究所の最新建材ですが、全て貫徹しました。それも真っすぐに……背後の砂山でようやく止まったようですな」

 

 人員が対肥後、今度はその横にある大型が試射態勢に入った。

 

 射手が専用の地面にロックする形で衝撃吸収機構を台座から伸ばした形で固定化する。

 

 金属製の骨組みを引き延ばして固めるタイプのソレを固定化させた後、試射が一発。

 

 ドカンッという砲撃のような音と共にコンクリートの壁が中心から吹き飛び。

 

 上が跡形もなく消し飛んだ背後の砂山がもろにドバッと砂ぼこりを上げて崩れるのを誰もが目撃して、僅かに棒立ちとなっていた。

 

 試射をした所員は少しふら付いているが無事なようだ。

 

「反動が凄まじい事になってるな」

 

「ええ、ですが、これならば、対象が壁の裏にいてもまとめて吹き飛ばせるかと」

 

「命中率と飛距離は?」

 

「今の精度では小型が400mで限界。大型は600mと思われます。一応、部門の所員総出で試射を毎日行っていましたが、やはり部品の精度は加工技術に比例しますので現行ではこれ以上は無理かと。職人の熟練と新型作業台、新型工作機器の開発が終了するまでこれ以上は……」

 

「人間よりも大きな固定標的に威力だけを投射するなら?」

 

「小型は800m。大型は1kmは確実かと。ただし、標的の大きさは馬車程で動かない事が大前提です。スコープの開発も現状では高倍率のものはかなり加工には手間が掛かり、量産には向きません」

 

「解った。各地の教導に熟練兵の養成講座を解説させておく。今後、それらと共同での開発を行える体制を整えておいてくれ。この二つと拳銃を合わせて量産体制を取れる前提で更に簡略化。威力は低くてもいいが、とにかく数を揃えられるようにな」

 

「解りました。進めさせます。それで本格的な量産前に決めておきたい事があるのですが、よろしいですか?」

 

「何だ?」

 

「今までは防諜の為にアレとかソレとか呼んでいたのですが、さすがにそれでは困りますのでお名前を頂ければ……」

 

「では、竜の名を冠して【ドラコス】と名付ける。型番はそちらで。先行量産品は今後、国土防衛の為に国境から配備を初めて近隣の防衛隊に回す事になると覚えておいてくれ」

 

「軍に降ろした対空迎撃用の弩弓と置き換える形にするのでしょうか?」

 

「一緒に配備する。銃の方が遅れるだろうがな。先日の西部の一件でそろそろ他国も動き出すだろう。それまでに十分な訓練を終える為にも帝都郊外の軍用地に新たな射爆場を儲ける事にした。管轄はそちらに回す。軍の訓練と共に情報を取得して、改良に尽力を。書面で明日中には届ける」

 

「畏まりました」

 

「ドラクーンの方は随時最新の改良案と新型の開発を進めてくれ。装備更新用機材の基礎計画はアレでいい。後は詰めるだけだ」

 

「解りました。それで最後になるのですが、ご希望のものが出来ました……」

 

 白衣の男達の誰もがゴクリしていた。

 

「ちなみに試射は?」

 

「しておりません。というより、出来ておりません」

 

「出来てない?」

 

「あまりにも全てが重過ぎます。撃鉄と引き金も同様です。重過ぎるせいでリボルバー方式でしかご提示された性能要求を満たせず。自動装弾は不可能でした」

 

 機関部の制作陣の1人が進み出て来る。

 

「超重元素含有率の高い50cmの鋼板を40枚用意しました。その背後に砂山を4つ。射撃地点にはコンクリートとゴム製の衝撃吸収壁があります。こちらへ」

 

 射爆場の奥に用意された専用の射撃場所。

 

 案内されてそこまで向かうと。

 

 厳重に金属の箱が置かれてあった。

 

「本拳銃のパーツは全て純度99%の超重元素です。専用弾の弾頭と薬莢は超重元素の中でも最も重いものを分離抽出し、職人が10日掛けて一つ鍛造出来る代物で現行で9発。炸薬に細工をして詰めております。ちなみに感度は最低まで落としていますが、持ち運びには専用の銃弾保管庫をお使い下さい」

 

「その……先日にお手紙を差し上げたのですが、超重元素の中でも爆薬と相性の良い元素が見付かりまして。それを混入した爆薬は帝都郊外で100m以上離れた位置で起爆して反応を見たのですが……」

 

「何か問題が?」

 

「いえ、ウチの部署のものがそれで軽いやけどを負いまして」

 

「軽い火傷? 爆風でか? 届かない位置にいたんじゃないのか?」

 

「それが燃焼力が予想を遥かに上回ったようで……ちなみにその時は赤黒い粉状にして用いたのですが、添加率は凡そ1g程でした。それを通常の爆薬に混ぜて拳大の常の大きさで試験したのですが……熱量が凄まじく。半径70m程が灼熱地獄になりました」

 

 その言葉にイヤな予感がした。

 

 赤黒い金属というのは何処かで見覚えがある代物である。

 

 そう、例えば、何処かのバイツネードのおじさまからぶっこ抜いた玉とか玉とか玉とか。

 

「本来は爆薬の威力向上や爆心地で変質する金属の状態を見る為に続けていた試験だったのですが、今までは添加しても殆どは色が違うものやよく分からない効果しかなかったのです。ですが、ソレだけは違いました……」

 

 どうやら当たりを引いたのだろう。

 

 基本、超重元素の試験は1g単位でやらせているが、極めて慎重に扱うように今でも新たな使用用途の実験に使う際は距離を置いて使うように指示している。

 

 研究室単位でも特に燃焼や爆発に関する実験は屋外で必ず距離を取ってというマニュアルを儲けていたのだが、もし守られていなければ、危うく研究所が全焼するところだったのは間違いない。

 

「通常の爆薬は拳大で凡そ20m圏内を殺傷する威力がありますが、1gを添加したほぼ同じ組成の爆薬が100m圏内の人間に火傷を負わせるとなれば……」

 

 さすがに白衣の男達の口も重い。

 

「それで炸薬にはソレが?」

 

「約1gの添加した爆薬を更に小分けにして爆発実験を繰り返した結果。凡そ10m圏内に人が居なければ、火傷しない程度まで威力を抑えられる重量を割り出せました。通常爆薬の内部に僅か詰める形で用いていますが、爆発力ではなく燃焼温度が増すというような事のようで爆風の温度が高い為に空気を伝播して熱量が伝わって来るというのが正しいかと……」

 

「……軍は興味を示して無かったか?」

 

「はい。不動将閣下からはあまりにも危険な技術の為、兵器にする前に安全に使えるかどうかを確認試験中であるという名目で軍からの技術確認要求を跳ね除けております」

 

「それを用いれば、銃弾の威力も上がると?」

 

「はい。爆発実験で銃弾を発射する機構を遠方の地面に向けて自動で発動するように仕掛けて見たのですが……」

 

「結果は?」

 

 言い難そうというよりは危険過ぎるもんを作ってしまったという相手の顔で大体の想像は付いた。

 

「攻撃地点から伸びるようにして直線状の空間が瞬間的に炎に呑まれ……激発地点周囲が燃え上がったまま瞬時に銃弾の弾道を燃焼する空間が後追い……最終的には地面と爆心地は硝子のようになっておりました」

 

「つまり、銃弾というよりは直撃地点までの直線の空間を燃やし尽す類のものになったわけか?」

 

「近くに置いた対熱用のバルバロス製外套は辛うじて燃えておりませんでした。先日、姫殿下が使った際の衝撃に耐えられる人形を用意してみたのですが、温度的に焼ける以外の被害は無かった為、衝撃は左程でもないかと」

 

「あくまで温度と威力が問題と……」

 

「凡そ直撃地点から10m圏内は1000℃を超える炎に瞬間的に包まれ、残る直撃地点から伝わった熱伝導した部位は高温で溶ける事が確認されました。熱で溶けて変質した領域は半径で3m程でした」

 

「爆心地は消し炭を越えて融解したわけか……」

 

「はい。一応、弾丸の試射はしましたが、実銃に詰めてとなるのはコレが初めてでして。先日お届頂いたバルバロスの皮で急ぎの仕事をあちらの部門にして貰い。対熱外套をこちらで試作しました。あくまで耐えられるかどうかだけを確認する目的で……」

 

「ふむ。それで?」

 

「何度か激発機構の傍で耐えられるかどうかを確認しましたが、外套内部の物体の温度は上がっていませんでしたから、恐らくは大丈夫かと。ちなみにネズミでも確認しましたが、焼けてはおらず。天寿を全うしたので問題無いと現時点では結論付けます」

 

「解った。外套はあそこに置いてあるのでいいのか?」

 

「はい。あちらの部門程ではありませんが、丈を詰めた状態でして、射撃時には内部の紐を引いて、詰めていた部分を解放し、地面に付ける形で纏ってお使い下さい」

 

 一人で射撃用の大の前に向かい。

 

 箱から拳銃を取り出す。

 

 今使っているものよりも一回り大きいが、それよりも問題なのはグリップが絶望的に貧弱に見える事だろうか。

 

 あまりにもアンバランスとも言える。

 

 黒光りする銃身とシリンダーと撃鉄という無骨に過ぎる構造で自分が握れるという前提で造らせた為、このような見た目になったのは間違いない。

 

 確かにズシリとした重みが感じられた。

 

 40kg近い重量があるだろう。

 

 専用弾が一発添えられており、リボルバーに込める。

 

 ダブルアクションな代物らしいが、聞けば聞く程に繊細なライフルやマシンガンには向かない威力と温度となるのは確定的だろう。

 

 近頃、研究所で開発された耐熱ガラス。

 

 こちらも超重元素を添加した硝子が嵌る無骨なゴーグルを掛けて白い少し厚手の外套を羽織る。

 

 本当にシンプルに体を隠す為だけの代物だ。

 

 子供の頃にシーツを被って幽霊ごっこでもしていたら、同じような恰好になったかもしれない。

 

「全員、ゴーグルと耳栓を装着しろ」

 

 すぐに白衣の研究者達が用意してあったソレを装着する。

 

 ゴーグルは僅かに暗くされており、閃光がそれなりに奔るらしい事は間違いない。

 

 全身を外套で覆いフードを被って、口元まで覆って留め金を掛ける。

 

 そして、片手を上げてから内部に引っ込め、いつもの調子で撃った。

 

 閃光は奔らなかった。

 

 耳栓は必要だろうが、それにしても驚くのは一瞬で周囲が炎に包まれたせいで火事の最中で焼け死ぬ人間の気持ちが理解出来た事か。

 

 きっと、こういう世界を見て、そういう死人は最後を迎えるのだろう。

 

 渦巻く炎が晴れる瞬間。

 

 炎によって遮られていた暮れ始めた陽光が戻って来た瞬間。

 

 止めていた息を思わず吸おうとして、外套内で僅かだけにする。

 

 ゴーグルは無事だ。

 

 だが、ゴーグルが熱くなっている事は間違いない。

 

 数秒後、僅かに目の前に指先を外套内から出してみたが、物凄く熱かった。

 

 恐らくは120℃近いサウナに入ったような。

 

 怖いのは酸欠だ。

 

 周囲の酸素を奪い尽している可能性もあり、すぐにその場から離れ、10m程遠ざかったら、慌てた様子で所員達が集まってくる。

 

「大丈夫ですか!? 姫殿下!?」

 

「ああ……まったく、英雄の必殺技か。周囲には近付くな。呼吸出来なくなるぞ」

 

「姫殿下!! 標的を近くでご覧下さい!!」

 

 言われて、ぞろぞろ引き連れてやってくると。

 

 数十枚の超重元素を含んだ鉄板が全て赤熱していた。

 

 だが、貫通したのは六枚、八枚くらいまでらしく。

 

 煌々と赤くなっている事から熱量を主に攻撃として使う場合には有効そうだというのが解っただけだった。

 

 使い処としては近距離の複数の敵の制圧及び攻撃目標を熱量で溶かす場合は有効だろう。

 

 相手が鉄並みだとしても溶かしながら内部に穿孔した弾丸と熱量が相手を焼き殺すとなれば、まぁまぁ対バルバロス戦では使えそうだ。

 

 特に敵が乾いた場所に至り、周囲を焼き払わねばならないような環境ならば、今後は南部バイツネードとの戦いで十分に考えられる。

 

「弾の製造を最優先だ。これはこのまま使う事にしよう」

 

 巨大な拳銃というよりは砲身が付いたようなソレを前に出して確認する。

 

 すると、未だに銃身どころか銃の殆どが赤熱化していた。

 

「だ、大丈夫なのですか!? 持っていて!?」

 

「ああ、恐らくそうだとは思ってたが……」

 

 手袋の下を少し剥ぐとヴェーナのような肌が見えている。

 

 どうやら、能力は発動していたらしい。

 

「姫殿下!? その白金のような肌の色は!? もしや? 報告されていた例の?!」

 

「そうだ。今後、更に極秘でオレが同伴して研究所で試験や実験をする事になる。とにかく、ご苦労だった。これはそうだな……【イグニスト】とでも名付けておくか。これを撃った後、すぐに収められる耐熱ホルダーをあちらの部門に頼んでおく。こっちは新型爆薬に関して箝口令を敷いてくれ」

 

「軍にはお渡しにならないと?」

 

「防衛するのに街まで燃やすつもりか? 敵軍を燃やすにしても敗北時の事まで考えて相手を殲滅しなきゃならない」

 

「なるほど……」

 

「そうでなければ、何事にも備えているとは言えない。単なる恐怖で縛り付けられる程、人間甘くないぞ。盗まれでもしたら事だしな」

 

「はッ!! 了解しました」

 

「残ってる製造部品で爆薬に関してはオレが個人的に引き取る。コレを添加した燃焼材を極微量用いて、新素材の加工や鍛造を軸に研究を進めてくれ。ただし、コレに関しては爆薬の使用量は0.1g以下に制限してくれ。それ以上の量は研究所外の郊外試験場でのみ実験を許可する」

 

「了解しました。ああ、それと例の鎧の件ですが―――」

 

 男達が話しを続けるのに合わせて空を見上げる。

 

「解った。後で決済しておく。そろそろ夕飯だ。冷たいものでも食べよう……夜の茶菓子も準備しないとな」

 

 研究者陣を連れて何事かとやってくるリリとメイド達に応対するべく。

 

 コンクリート製の台上にゆっくりと冷めつつあるイグニストを置いて射爆場から出る事にしたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。