ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第65話「悪の帝国聖女Ⅶ」

 

「さて、では……お答えをお聞かせ願えますか?」

 

 三人の老人達は食事を終えた後も幾分か資料を見ていたが、その7割方資料を読み終えた彼らの表情は疲れ切っていた。

 

 と、同時に『何でコイツはこんなものを作れるんだ?』みたいな表情もされた。

 

 例の館の内部。

 

 広間にあるテーブル越しに老人達は灯されたランタンを背景に溜息を吐く。

 

【大敗将オルカン】

 

 一度も勝ち戦をした事が無いと噂される西部切っての名将。

 

 何故、勝てないのに有名なのか。

 

 ゼーテが戦わずして負けながらも、実質的な実を取るという堅実さで世渡りをしている最中、死人を出さずに様々なバルバロスからの防衛任務を遣り遂げたからだ。

 

 この事は人々に記憶されている。

 

 大敗とは街や村を捨てても民や兵の保全を第一とした逃げの一手を打つ事から付けられ、兵達は練度を保ちながら士気も高い。

 

 何よりも人命を尊重する故に物損や財産の損失が大きいという事が玉に瑕とされるが、ゼーテの生産力や国力による補助がその手の損失を帳消しにしている。

 

 帝国軍部では防戦の達人と一部で国防戦略研究の材料にされていたりする。

 

【血の商人ビザー】

 

 西部における商人組合の中でも医薬品や医療関連の人材と物資を生産販売する大手商会の会頭である。

 

 事実上は殆どの薬を取り仕切る命の仕切り屋であり、彼が手に入れて来る薬無しに西部の金持ち達は命を繋ぐのも一苦労だと噂されている。

 

 どちらも西部では大物中の大物だ。

 

 ゼーテと関わりも深い彼らが独立、革命の類に参画しているとなれば、その影響力はバルトテル本国にも及ぶくらいのものと思っていいだろう。

 

「まだ、全ては読み切っていないが、よくぞこれ程、西部の機密を集めたものだと賞賛しておこう」

 

 オルカンが肩を竦める。

 

「そうですな。西部独立による帝国の国防戦略の一端は見えた。これこそ機密と言える程の資料なのは間違いない」

 

「そもそも統治計画の殆どが先進的過ぎて老人には分かり難いけれどね」

 

 老女アロネが苦笑を零した。

 

「ご理解が早くて助かります。それで独立をする上で有用なそれらの資料を活用して頂けますか?」

 

「……認めよう。少なくともそちらの案の方が良さそうだ。という事はな……」

 

 オルカンが渋い顔で溜息を吐く。

 

 背後のラニカがきっと複雑な表情をしている事だろう。

 

「だが、これをそのまま採用しろと圧力を掛けられたところで我々には我々の計画があるのは変わらない」

 

 オルカンがそうこちらを睨むでもなく難物を見るような目で見やる。

 

「では、その計画をご提示下さい。もしも、まともならば、修正はしますが、お手伝いしますよ?」

 

「はは、不用だと押し退ける事も出来ませんか」

 

 ビザーがそら来たと困った様子になる。

 

「せめて、薬を盛った分くらいは話して欲しいところです」

 

「おやおや、尋問されているのは我々のようだったみたいね」

 

 アロネが肩を竦める。

 

「皆さん。老人が言う出来ないは信用してはならないが、老人の言う出来るは信頼していい。というのがこの世の理だと常々思っております。皆さんが出来る事を教えて頂けるなら、今風に真っ当な統治政策と西部の人間が無用に死ななくて良い案を提示出来ると思います」

 

「これはこれは……どうやら我々は脅されているらしい」

 

「そうねぇ。主導権を握られちゃ、どうしようもないわ」

 

「フン。いいだろう……この資料自体が誠意と受け取っても何ら問題は無い。ラニカ坊」

 

「……よろしいのですか?」

 

「見せてやれ。どちらにしても勝手に調べられて手の者を尋問されても困る」

 

「此処に彼女がいるのに、ですか?」

 

 背後のラニカは渋った様子である。

 

「お止めなさいな。勝てないわよ。改めてよく見れば……はぁぁ、こんなの見た事無いわね。どれだけの呪いを……その腕や足、顔まで達してる様子……どんなバルバロスのものかは分からないけれど、かなり高位で複数取り込んでいるわね」

 

 アロネがこちらを繁々と見やる。

 

「今のところ、寿命が減っている感覚はありませんよ」

 

「帝国が外道なのは今に始まった事じゃないけれど、ソレが人工的なものならば、個人的には帝国はこの世から滅ぶべきだと思うわ」

 

「生憎と冒険している内に最初のバルバロスの能力なのか。他のバルバロスから取り込む事がありまして。偶然の産物です」

 

 皇帝陛下は何かを知っている様子であるが、寿命マシマシで逆に本物、適合している人間には能力的には恩恵しかないというのは恐らく確定だろう。

 

「その歳で大冒険じゃないの。吟遊詩人達に嘘を言わせなかった偉人なんていたかしら?」

 

「どうでしょうか。そういうのはあまり心の余裕の為にも見ない聞かないようにしているのですが」

 

 話が逸れている最中にもビザーの視線でラニカが仕方なくガサゴソと後ろで何かやって数枚の資料を出してくる。

 

 手に取ってみるとどうやら期日が記された行動表らしい。

 

 パラパラと捲ってみる。

 

「………なるほど。やはり、帝国の初動を遅らせる為にわたくしを使う予定だったのですね。ですが、その後の予定が……少しお粗末ですね」

 

「ダメ出しを喰らったわよ。予定書いた人が表に立って頂戴。子供から自分のダメなところを聞きたいような柄じゃないからお願いね」

 

「「………」」

 

 老女の言葉に男達がゲッソリした顔になる。

 

「ちなみに何処がお粗末なのか聞いていいかな?」

 

 ビザーに肩を竦める。

 

「まず、帝国の初動を止めても今の現状では意味が無い」

 

「意味が無い?」

 

「先日、帝都が襲撃されてから、帝国軍の大改革をやっている事は聞き及んでいると思いますが、今や帝国陸軍の殆どの部隊は再編制と民間へ戻されてからの事業に掛かり切りであり、大規模な遠征は数か月後でなければ、不可能です」

 

「つまり、初動を止めるのにお嬢さんを使おうが使うまいが帝国軍は最初からやって来ないと?」

 

「ええ、ついでに言えば、帝国陸軍は勝てない戦争をしない主義です。勝てる準備を万全整えてから動き出すでしょうから、初手でバルトテルやゼーテが手札を晒せば、後は消化試合ですね」

 

「内容を見て頂ければ分かると思うが、各地の帝国の駐屯地を襲撃する予定を立てているわけだが……」

 

「逃げますよ。というか、帝国軍内部の情報が殆ど入ってきていない辺り、信用されていない。というのは良いですが、それでも相手の戦略が変わった事くらいは知っていて欲しかったですね」

 

「戦略が変わった? 防衛しないと?」

 

「ええ、現在の帝国陸軍の主要戦略は時間稼ぎ及び人材の保護です。領土及び物資には頓着せず。何よりも人命を優先せよというのが第一になりました。オルカンさんに通じるものがありますね」

 

「……実に心外だ」

 

 当事者が本当に不満そうな顔になる。

 

「先日からわたくしがテコ入れしていますから。基本的には情報部の現地調査後、国防戦略に則って敵主要戦力の撃滅案と作戦終了までの兵站などが見積もられて、それを準備後にやってくる形になります」

 

「拙速とは言わないが巧遅過ぎやしないかな? 仮にも一部の領土で反乱、独立となれば、火急の要件だろうに……」

 

「いいえ、西部の独立派の話自体は巧く隠していたようですが、帝国を甘く見過ぎです。先程言ったようにいつでも相手の泣き所を叩き潰す為の方策は置いています。それをやってから、帝国製の馬車で逃げる簡単なお仕事ですよ」

 

「こちらも混乱すると?」

 

「そもそも致命的な妨害で初動を潰される可能性があるのは西部の方であって、人的被害も恐らく比べ物にならないでしょう」

 

「むぅ……」

 

「強力なバルバロスとて移動には時間が掛かる。それまでに防衛準備も万全にしてとなれば、逆に帝国は攻めから受けに転じる事で相手の想定を外し、相手に無理攻めさせて消耗を誘いつつ、広大な領土を使って下がりながら相手の戦力を削りますよ?」

 

「帝国が攻めて来ない。こちらが攻めて逆に消耗……今までの帝国では考えられないな」

 

「ですが、それが現実です。帝国が相手を撃滅する時は徹底的に容赦なく。一撃必殺を旨とし、決して禍根を残さない。それはつまり相手民族を絶滅させるか。もしくは国力的に自分達を絶対に潰せない程、再起不能まで潰すという事です」

 

「それが出来ると?」

 

「取り敢えず、背後のバルトテル相手ならば、総人口の5割くらいまでなら削れると試算されていましたよ。後は恐怖を植え付けて、帝国には絶対勝てないと絶望させた後、周期的に抵抗勢力を成人男性に限って狙い撃ちした襲撃を繰り返して、労働力を根絶。残った女子供が生き残るには支援が無ければ不可能にし、衰滅させる。とか」

 

「「「………(´Д`)」」」

 

 もううんざりという顔の老人達である。

 

「帝国は奴隷だったからこそ、本当に反抗する者の恐ろしさを理解している。故にこそ、合理的に自分達へ影響が出ないよう精密に相手を滅ぼす事に長ずるようになった」

 

 オルカンが戦慄する内心を覆い隠すように頭を掻く。

 

「それも帝国人の心の健康を保つ為に犯罪者を主に使い潰して現地の残虐行為をさせたりしていました」

 

 肩を竦める。

 

「帝国の戦い方の本質は自分達を護る為のもの。攻撃は最大の防御という状況だったのが、今度は防御が最大の攻撃、という戦略論として転用されたに過ぎません」

 

 アロネが胡乱な視線で大きな溜息を吐く。

 

「恐ろしいわね。こうして帝国の本質を、悪徳の塊みたいな男の孫娘から聞く事になるなんて」

 

「皆さんの予定表が如何に杜撰と言われてるような事実に満ちているか。これでお解りになったのでは?」

 

「……どうせよと? もう戦力は集結済みな上にバルトテルの兵もいる。もう全ては動き出した後だ」

 

「なら、動き出したのを潰して新しい道を造ればいいでしょう。老体には堪えるかもしれませんが、何事も挑戦ですよ」

 

 オルカンがこちらの言葉に渋い顔になった。

 

「バルトテルが強気になっている理由であるバルバロスをわたくしがどうにかしましょう。その上でバルトテルとわたくしが戦い全滅させて、ゼーテ側と講和に持ち込むというのはどうでしょうか?」

 

「「「………(´Д`)」」」

 

 また老人達がげっそりした顔になる。

 

「出来るわけがない」

 

「それは老人の戯言です」

 

「出来ると本気でお考えで?」

 

「そもそもの話として今の帝国の戦術は有象無象の兵の数は問題としません。問題は装備の質と敵の漸減に使われる兵器の量ですが、既に敵兵を少数でも殲滅する兵器は存在します。勿論のようにわたくしは持っていますし、それを使わずに倒す方法もあります」

 

「「「………(´・ω・`)」」」

 

 もう何て言っていいのか分からないよ。

 

 という顔で老人達はこちらを見やるばかりであった。

 

「ちなみにバルトテルの兵士は如何程の数、この地に?」

 

「……14万。それもバルバロス込みだ。それもそちらの言う切り札付きでな」

 

「では、こうしましょう。貴方達はバルトテルとわたくしの戦いに介入しない。もし、わたくしがバルトテルに敗れれば、そのまま貴方達はあの杜撰な予定表を使って行動する。ですが、逆にわたくしがバルトテルを退けたならば、わたくしとの講和会議を開く旨を貴方達の主に納得させ、西部の独立はわたくしと共同で行う」

 

「我々にバルトテルとそちらを天秤に掛ける権利をやると? 講和会議という事は1人で戦争をすると言うのか?」

 

「ええ、勿論。それまでゼーテの兵には手を出さない。ああ、勿論ですが、こちらにちょっかいを掛けて来ないのは前提ですよ?」

 

「我々には利しかないわけだ」

 

「そうです。今までのゼーテのやり方をわたくしに対して行えばいい。それだけで面倒な宗教家連中か、帝国の小竜姫を手玉に取り、良いところだけを持って行く事が出来る。まるで理想の展開ではありませんか?」

 

 こちらの言葉にオルカンがジト目になった。

 

「……利しかない。だが、その相手は齢15にもならなそうな小娘と西の大国バルトテル。これを同列だと認めてしまえば、もはや後戻りは出来んわけだな?」

 

「当たり前でしょう。戦いは同じような階梯の者同士の間でしか発生しません。貴族と平民が喧嘩をしないようなものです」

 

「良かろう。これは我々がそちらを認めるかどうかを試され、同時に認めたならば、約束の履行が求められる以上に現状の認識を変えよという話なわけだ」

 

「お解り頂けて幸いです。では、わたくしはこれで……ラニカさんに王城への案内も頼まねばならないので」

 

 立ち上がり、軽くカーテシーを決めて後ろを向くと。

 

 もうどうしていいのか分からない様子のラニカが呆然としていた。

 

「ラニカ坊。連れていけ。小竜姫殿下には粗相が無いよう部下達に言っておくように」

 

「解り、ました……」

 

「では、御機嫌よう。ああ、バルトテルの方にはそちらを通して宣戦布告しておいて下さい。そうですね。大義名分は講和条約内容違反で主戦場の場所は後で送ります。挑発内容は……『もし、お前らの神とやらがクソを拭く紙程に価値があると信ずるならば、その馬鹿げた妄想で一杯のお花畑の頭で帝国の象徴を全軍で殺しに来い』とでも」

 

「「「「ッ―――」」」」

 

「さ、行きますよ。ラニカさん」

 

 四人が絶句したようだが、構うものではない。

 

 戦力を半端に出し渋られても困るので宗教基地外集団全軍で全滅して貰う必要がある。

 

 やる事は至ってシンプルであるに違いなかった。

 

 *

 

「てへ♪」

 

『………(;´Д`)』×一杯の疲れた表情のクルー達。

 

 結局、王城に行ったら何故か王が不在で現在お忍びで何処かに行っている。

 

 という肩透かしを食らったので飛行船に戻って来た。

 

 それで会話内容やら、これからの予定を話していたら、クルー総出でアレな顔をされたのだった。

 

 例外は途中で気絶しているアテオラとか。

 

 ソレを介護してジト目になったイメリとか。

 

 何にも聞いてないフェグとか。

 

 難しくてわからねぇだと寝てるヴェーナとかだろうか。

 

「キモチワルイぞ? ふぃー」

 

 デュガの言葉は最もだが、場を和まそうというお茶目である。

 

「知ってる。でも、やったものはしょうがない。という事で戦争をする事になった。これから馬車馬の如く全員には働いてもらうが、数日もあれば十分だ。20万くらいまでならたぶん余裕だからな」

 

 その言葉にゾムニス、ウィシャス、フォーエ、男性陣が何が余裕なのかという顔になる。

 

「勝つ算段はあるんだな?」

 

「ああ」

 

「君はもう。まったく、本当にどう閣下に報告したら……はぁぁ」

 

「気にするな。ありのまま書け。誰も困らない」

 

「フィティシラ……さすがに今回は擁護出来ないよ……」

 

「擁護よりも準備してくれたら、それでいい」

 

 女性陣は女性陣で顔を青くするやら赤くするやら色々である。

 

「あ、あのぉ、姫殿下はああいう方なんですか? ノイテ隊長?」

 

「アディ。覚えて起きなさい。アレは悪い見本です。ああなったら、嫁の貰い手が無くなりますよ。いいですね?」

 

「は、はいぃ……で、でも、ああは為れないような?」

 

「そこ、聞こえてるぞ。取り敢えず、これからバルトテルの兵を全滅させる作戦の準備に入る。ゼーテは今回の一件には介入して来ない。市場から問題無い量の物資を調達後に色々作らなきゃならない。期日は2週間後だ。予定とやる事のリストは作った。総員仕事に掛れ」

 

 誰もが返事をして事は動き出す。

 

 それを何も言わずに見ていた人物が1人。

 

 当事者たるラニカが黙ってそこにいた。

 

「………」

 

「女子供を戦わせるのかって顔だな」

 

「当然だ。彼らはこちらを極力見ないようにしていた。恐らく、貴様が脅しているに違いない」

 

「何でそう思う?」

 

「あんな……あんな若い女子供が自分の命を懸けて戦争など……」

 

「さっきお前が意図的に無視されてたのは単純にオレの客だからだ」

 

「どういう事だ? 化けの皮が剥がれているぞ。小竜姫」

 

「皮を被ってるんじゃない。どちらもオレというだけの事だ。さっきの問いに答えると、だ」

 

 魔法瓶のカップにお茶を注いで口を付ける。

 

「あいつらは自分の命がいつ終わってもいい。くらいの覚悟はして来てる。少なくとも、そういう連中しかオレは集めてない」

 

「何だと?」

 

「お前の人生がお前の戦場だってことだ。少なからず、自らの命を賭す事も無く。この空飛ぶ船に乗ってると思うか? 当然、墜ちれば死ぬしな」

 

「………」

 

「あいつらが普通に見えるか? 人生を戦って来てないと見えるか? 人を殺す覚悟はさせた事は無いが、死ぬ覚悟はさせてるオレが言うのは図々しいが、あいつらは自分や誰かの為に身を投げ打つくらいの事はしてくれる優良人材だぞ?」

 

「人材……貴様にとって仲間ではないと?」

 

「数で割り切れない関係者だが、本当に役割として替えが利かない人間は出来ればいないようにって乗船者は選抜してる。誰か一人が死んだせいで誰かが犠牲になる。みたいな事が無いようにな」

 

「……それが貴様を信頼しているように見えた彼女達、彼らに言う事か?」

 

「そうだ。オレは此処に為政者の1人としている。帝都にいる時はあいつらの為に命を使ったって別に構わない。何なら途中で死んでも後悔は無い。だが、オレの仕事と我儘に付き合わせている以上、この船に乗ってる限り、オレはそれを完遂する。あいつらが死んでもちゃんと弔って涙を見せてやるのはこの船を降りた後だ」

 

「それが帝国貴族のやり方か!?」

 

「そうだ。冷徹? 結構。冷酷? また結構。あいつらの為にオレが出来る事は限りがある。だから、オレはいつだって冷静で必ず頭を回して捩じ切れるくらい合理的に考えて、その上で判断する」

 

「―――」

 

「いいか? 軍人さん。お前みたいに覚悟が決まってる兵隊なんてのは多くない。殆どの徴兵されてる兵隊ってのは単純に生きて帰りたいってのが本音だ。そして、数の暴力を凌駕する技術と叡智の洗礼を浴びた時、言う程に大軍なんてのは利点でも何でもない」

 

「勝てると言うのか。本当にその気があると!? 14万の兵を倒して見せると!?」

 

「ああ、そう言ったはずだ。人類の残酷さと冷酷さと薄汚さと心も感情も無い力をお前達が見たなら、理解するだろう。人は人を滅ぼすのに正しく指一本ですら動かす必要が無い時代の到来を」

 

「ッッッ」

 

 僅かに半歩ラニカが後ろに下がった。

 

「貴様は……狂っている!!」

 

「さて、それはどうかな。狂っているのは分かり合えないヤツの総称だが、合理主義者が一番狂ってるってのはこの世界じゃ当て嵌まるか微妙だな。少なくとも我が祖父は本当に悲しい事に狂う余地も無い化け物だろうけども」

 

「何だと!? 帝国の悪虐大公が狂っていないだと!?」

 

「少なくとも全部分かってて、人間を数字で処理し続けているウチの御爺様は超人だとも。何せ数十年間も虐殺された地域の人間と現状の詳細な報告書を見続けて、未だに心を病んでない。疲れただけで済ませてるくらいにはな。そっちの方がよっぽどにバルバロス染みてるとオレは思う」

 

 ラニカが畏れですらない気圧された様子になった。

 

「人の心が無いだけだろう!?」

 

「いいや、感情豊かだとも。普通に傷付くし、普通に笑える。だが、痛かろうと哀しかろうと苦しかろうとやるべき事をやったから、ああ言われる。そして、殆どの人間は何も感じないような心の無い人間ですら狂えるって言うのに……まったく、合理的過ぎて狂う事すら出来ずに死ぬまで理性を保つだろう。心の強さだけはきっと死んでも敵わないのは間違いないな」

 

「馬鹿な……」

 

「お前は自分が虐殺して来いと言った地域で殺された人間の詳細な殺し方と殺された時の状況を事細かく書かせた報告書を毎日毎日最後まで読んで尚、真に合理的な判断を下し続ける事が出来るか?」

 

「な―――」

 

「それを朝から晩まで読んで、その上で他の仕事をキチンと熟して、政治家らしく仕事をしていられるか?」

 

 どうやらラニカの喉は干上がったらしい。

 

「生まれたばかりの赤子、妊婦、幸せそうな新郎新婦、少女、子供、幼児、今にも死にそうな老婆、殺し方までちゃんと載ってる。それを毎月何千枚と読みながら、ちゃんと食事をし、友人に笑い掛け、陰謀を巡らせ、現地に墓標を立てるように指示し、丁寧に埋葬させ、彫り込む弔辞の言葉を考え、その上で出来るだけ苦しませないように兵士へ相手を即死させる為だけの合理性の高い武器を揃えて持たせる。どうだ? それをしてまだお前はまともな心を保てると思うか?」

 

「………これが、帝国、か……ッ」

 

 もはやラニカが怯えような表情でこちらを見やる。

 

「西部併合時に建立された碑があるのは知ってるか? 西部の連中は近付きもせずに読みもしないかもしれないが、一度碑を見たら読んでみるといい。それがウチの悪虐大公の本当に畏れるべき凄さであり、理由ってヤツだ」

 

 ようやくラニカが何かを後悔したような顔になった。

 

 きっと、関わった事を酷く悔いているのだろう。

 

「気分が悪い。兵舎に返らせて貰う」

 

「ああ、そうしろ。ゆっくり休んで明日からまた手伝って貰うぞ」

 

「何をだ? 我々はお前達に干渉しないという話のはずだが?」

 

「そちらの一番上にまだ会って無い。それにこの街を回るにはまだまだ時間が掛かる。案内は必須だ。それは少なくとも、この地における帝国軍であり、同時にゼーテの為政者の親族であるお前の役割のはずだが、違うのか?」

 

「……解った。明日、また迎えに来よう」

 

「朝食後に頼む。日の出から1刻程の後に馬車でお願いしよう。勿論、幾らでも護衛は付けてくれて構わない。襲われないように頼む」

 

「……了解した」

 

 こうしてラニカは空飛ぶ船という帝国最大の秘密を見ているのかいないのか。

 

 実際、具合が悪そうにその場を後にして外に待機させてあった馬車で兵舎へと戻っていくのだった。


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