ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
「ほ、本当によろしいのですか?」
「ああ、計画に変更があった。浮上と同時に合図を送れ。それとも君達に私達バイツネードに意見する権利があるとでも?」
「わ、解りました。では、浮上後に集合の合図を。また、非常事態に付き、計画の変更有りと非常用符丁で振動させます」
「ああ、頼む」
サイラスを乗っ取りつつ、内部にいた皇国軍の男達。
下っ端の傭兵と主戦派の兵達を取り込んで、ガランドゥの上昇を実行。
その後、すぐにガランドゥは海中の音を探知するという事から、それで合図をする符丁を聞き出し、すぐに集合と緊急事態という事で相手を呼び出した。
ゆっくりと20分掛けて浮上したガランドゥは捜査している感じでは島のように見えるが実際にはサンゴ礁や漁礁を背負った貝のようであった。
貝のよう、というのは……微妙に貝というよりはイカっぽいからだ。
全体像で見ると手足が極端に短い巨大イカのように考えられる。
体内をかなり弄繰り回してはいるようだが、それでも内臓の隙間に空間を儲けているような感じであり、巨大イカからすれば、人間は自分に住み着く小動物。
みたいな感じなのかもしれない。
イカの推進力は侮れない為、この短期間で艦艇を運搬して来たのならば、沿岸国には津波被害が出ていた事も考えられる。
「終了しました。これからどう致しますか?」
「ああ、お前は部下達を引き連れて揚陸の用意をするようにと」
「い、今すぐにでありますか!?」
現在地はイカの中央部分より上。
脳天に刺激を与える機材らしい鉱物と鉄で出来た部屋だった。
原始的な作りの巨大な針が何本も壁のあちこちに張り付けられ、その針の根本には南部の言語で何が起きるかという文字が刻まれており、その針を所定の位置に差し込む事で操作しているらしい。
要は脳を針の刺激で動かしているという事である。
「竜騎兵による襲撃が成功した。直ちに揚陸確保した地点に全戦力を投入する」
「了解致しました!! こ、子供はどう致しましょうか?」
「こちらで上手く使う。放って置け」
「は!!」
兵の上位指揮系統を掌握したので赤黒い通路をカンテラを持ちながら走っていく隊長級を見送り、全ての指揮系統に号令を掛けながら、先程の部屋で待ち構える事にした。
そうして40分後。
最上階の部屋にはドカドカと足音も荒く歩いて来る音。
バガンッと扉が跳ねるように開かれる。
現在、サイラスと叔父上の視覚から映像を得ている為、内部がようやく視覚で得られているのだが、殆どの通路や壁が剥き出しの内臓の上に色々と敷物を敷いたり、石を置いていた。
それに比べて、この部屋だけは木製の板で覆われた部屋になっている。
「サイラス殿!! どういう事か!?」
開口一番でそう怒鳴ったのは5人の男女の1人だった。
誰も彼も貴族風の軍装を身に纏っているが、中身はバイツネードなのだろう。
全員が30代から50代くらいだった。
褐色の肌に眉間の皺が微妙に酷い面々の顔付きは悪い方だろう。
如何にも暗殺者ですと言いたげですらある。
「そう怒られても困ります。竜騎兵より一部地域奪取の報が有ったのですよ」
「な!? 上手くいったと!?」
「ええ、一部では撃退されたところもあるようだが、揚陸地点さえ確保出来れば、後続の艦隊が来るまで護り切れれば、それでいい」
「しかし、当初の計画では!!」
「ユラウシャを無傷で手に入れる事すら可能ならば、そちらの方が良いでしょう。そもそも包囲さえ出来れば、後は相手が干上がるのを待てばいい」
「しかし、北部同盟の戦力が黙ってはいますまい!?」
「それも問題無いと叔父上と相談した上での事です。どうやら北部同盟の後方では我らが蒔いた種が育ったらしく。今や大混乱。こちらに兵を裂く余裕は無い」
「な、本当にアレを使われたのか!? 本家から持たされているとは聞いていたが!? 戦後に搾取する人手が無くなりますぞ!?」
男女はどうやらサイラス程に非人道的な国が無くなる手法は取られないと思っていたらしい。
「我々には後がない。それは誰もが察しているはず。我々とて、このまま手柄が無くば……本家にどう扱われるものか。ご存じなのは皆さん自身なのでは?」
「ぐぅぅ……そ、それで兵達を一兵残らず揚陸させると?」
「揚陸艦隊が来るまで持てばいい。子供も集めて後方に竜騎兵でばら撒く用意をしております」
「それで子供をこのガランドゥに集めさせておられるわけか……何と惨い」
「今更、それを我々が語れるような立場だとでも?」
男女の顔色は悪かった。
どうやら、さすがに割り切れない奴らというのが何処の組織にもいるようだ。
「さて、我らは我らで仕事がある。揚陸艦隊が来るより先に敵ユラウシャに潜入し、工作を……」
「事前に言われていたような、ですか?」
「その為の薬も用意してあります」
サイラスの手から持ち込んでいた小瓶を次々に渡していく。
「これは?」
「本家が用意した代物です。我々の能力を飛躍的に上げる秘薬……無論、副作用が無いとは言いませんが、死にはしません。1度限りならば、左程の事も無いでしょう」
「……サイラス殿。貴君は変わられたな。少し前の貴方は妹殿と共に遊ぶ様子も微笑ましく……いや、止そう。あの戦いは我らの誰にも……」
どうやらサイラス君は悲劇くらいは経験済みなようだ。
「叔父上は先に飲んで、あちらに行かれました。どうぞ。2分程で効果が出て来ます。効果が切れるのは三日後……さぁ」
「ぅ……皆のもの……行くぞ」
「ええ」
「はい」
「ああ」
「まずそうね」
全員が確かにサイラスの前で液体を飲み干し―――床に小瓶を捨てる。
そして、20秒と立たずにほぼ同時にバタバタとその場で気を失った。
それを見計らって触手で首筋から侵食。
更に行動を加速させる為、ガランドゥ内で偽の命令をしこたま兵にして、次々に子供を最初の個体の下に集めさせ、同時に兵達を揚陸地点へと導いていく。
小型のボートで岩塊の隙間からイカの頭頂部辺りから滑り落ちるようにして着水し、オールで揚陸していく兵達の数は総数で400人程。
イカ内部に残された子供達は粗末な襤褸を着込んだままに大人達がいなくなった事を確認しながらも、絶望したような瞳で牢屋染みた何も無い糞尿が垂れ流しの部屋でぎゅう詰めにされていた。
イカの食事として糞尿を提供する排泄穴だけがある場所である。
浸食したサイラス達にその場所の鍵を開けさせ、広い食堂に出すと。
総勢で800人近い。
この人数がガリガリで地獄の餓鬼染みて細い身体で大人達の世話をしていたのだ……それも恐らくは化け物の養分にされる為に……。
「ふぅ」
ようやく邪魔者を全て排除したのでバイツネードの連中の武装や仕込まれた暗器を面倒なので衣服と下着毎と排泄穴にポイさせる。
ついでに肉体内部に埋め込まれた暗器の類も抜き出してボッシュート。
何故かいきなり全裸になった雲の上の人達に驚く少年少女を横目に出ていくとランタンの明かりの下、子供達の殆どが誰という顔でこちらを見やる。
適当に全裸マンと全裸レディに土下座させて上限関係を教えておく。
「皆さん。これから貴方達には最後の仕事を与えます」
子供達の顔には絶望すらもはやない。
あるのは諦観だけだ。
よっぽどに酷い事をされて来たらしく。
誰も彼も生きる気力すら無い様子だ。
「全ての子達へ。生きなさい。そして、幸せになりなさい。それが出来る世界をわたくしは作ります。それが出来ない人間にも生きられるような、願うだけの何かがある未来を……今はまだ何のことか分からなくても……」
広大な食堂内に水が満ちていく。
いや、粘体と言うべきか。
グアグリス。
全ての命を司る何か。
それがイカや内部の有機物と水分ををあるだけ喰らって肥大化し、次々に子供達を呑み込んでいく。
最初こそ藻掻いた者もいたが、すぐに口内から喉、肺、肉体のあらゆる場所に侵食する粘体による肉体の制御改造により、変化が始まる。
まずは飢餓状態の細胞に栄養を。
同時に腫瘍、ケガ、病気のある部位を融解させて再生。
グアグリス内部は仄かに生温い。
冷めたお湯を思わせるガランドゥよりも余程に人肌っぽいはずである。
子供達の多くが胎児のように丸まり、浸食した触手から酸素を供給されて健康は一応取り戻されたようだ。
大小の排泄物を更に回収。
「さ、戻りましょうか。貴方達にも働いて貰いますよ。バイツネード。いえ、外道にすら満たない下種の皆さん……貴方達が本当にまだ人間だと言うのならば、せめて大人として、人間として、子供にも解るくらいに行儀よくして下さい」
意識だけを戻した者達は何も言えた様子でも無かった。
だが、何故かサイラス。
金髪に褐色肌の20代の優男がこちらを見て、驚きに固まっている。
「?」
まぁ、何か問題があるのならば、後から対処しよう。
「グアグリス……この子達を自由に……そして、二度と人のいる世界に戻らぬようにと」
そう言った途端、ガバリと粘体のプールの下が開き。
海内部に落下。
それと同時に次々とガランドゥが動き始め、遠洋へと遠ざかっていく。
プカリと浮かんだ巨大クラゲの上で海上を見やる。
浸食し終わっていた三体の巨大イカ達が遠く遠く沈みそうな太陽の下、海中へと消えていった。
『オーイ!!』
上空から叫んでいたのはフォーエだった。
その背後からは竜に乗ったメイド2人にウィシャスが来る。
クラゲの上に腰掛けて、陸地へと移動させているとこちらの横にゼンド他の竜達も降り立つ。
「い、今、揚陸してきた兵達を先行して駆け付けて来た騎兵30と一緒に例のガスで無力化してるんだ!! お願い出来る!?」
「ああ、このグアグリスはユラウシャの造った隔離島に向かわせる。オレが戻るまではそっちで面倒見ててくれ。出来るな? ノイテ、デュガシェス」
「お~~随分とまた沢山連れて来たな~♪」
「大漁大漁と漁師ならば、呆れますね」
「バイツネードも数人捕まえた。ええと、サイラスと叔父上とその他諸々だ」
「サイラス? え、あのサイラスか?」
「どのサイラスなんだ?」
何やらデュガが驚きに目を丸くしている。
「大物だなぁ。本家筋に呼ばれるかもしれないって噂があったバイツネードの俊英だぞ。前の戦で死んでなかったんだな。へ~~」
「叔父上、サイラスの叔父は確か分家を纏める2つある家の一つの当主だったはずです。どうやら本当に大物が掛かったようですね」
「そうだったのか……とにかく、連中は無力化してある。全ての肉体的な状態は常人以下にしたし、バルバロスを入れ込んだところはぶっこ抜いて普通のに取り換えといた。油断はしなくていいが、肉体的な部分では常人並みで動くって事は言っておく」
「りょーかーい。それにしてもサイラスって確か……」
「ええ、バイツネードの中でも穏健派の筆頭の家のはず。それがこんな前線に出張って来るとは……どうやらあちらは深刻な人材不足のようですね」
メイドがこちらのほぼ真下でこちらを凝視しているサイラスを下に見て、微妙に可哀そうなものを見る表情になる。
「本当か? すげー下種なボンボンだったぞ?」
「え? ぅ~~ん? ウチとの和平交渉とかしてたはずなんだけどなー。本当にソレってサイラスか?」
「ですが、叔父が一緒に付いて来ていると考えれば、本物のようにも思えますが……」
「戦場で会った事は無いのか?」
「無いなー」
「そうですね。ありませんね。デュガシェス様の部隊は大抵、相手を皆殺しにしていましたし、逃した実力者以外は十把一絡げ。そもそも後方任務向きの人材だったと記憶しています」
「ん?」
下を見ると。
サイラスの悲劇っぽい過去をぶっちゃけていた禿げ頭のおっさんがノイテとデュガを見て、慄いた様子になっていた。
クラゲから引き抜いて、口が利けるようにしてやると。
メイド達を前にして後ろに下がる。
「竜の国は帝国と戦う準備をしているはずだと!? まさか、全て騙されていたのか!? ああ!? だとすれば、我々は―――」
男が混乱した様子になりながらも絶望的な表情を浮かべる。
「ああ、スゴイ勘違いされてるぞ。コレ絶対」
「バイツネードのおじさま。貴方はわたくしのメイド達の事を知っているのですか?」
その言葉に男の顔が引き攣る。
「メ、メイドだと!? 見忘れるものか!? 竜の国の軍団長の末妹!! 山割りのデュガシェス・フェルノ-ク・ゼーヴェア!! それにそちらは川崩しのノイテだろう!!?」
「お前ら、そんな二つ名があったのか?」
男をまたクラゲに沈めてから訊ねる。
「昔の話だぞ~~それにあの時はウチの親父から竜借りてたし」
「そうですね。軍団長は自前の育てた竜を部下に与えたり、貸し出す事があったので……」
「竜も本当に面倒な能力持ってるな。はぁぁぁ、その竜の国に目を付けられたオレは正しく不幸で薄幸な美少女だとも……」
「それ自分で言うのか?」
「言わないと誰も言ってくれないからな」
「その……」
今まで黙っていたウィシャスがチョイチョイと下を指差す。
すると、クラゲのドロドロ粘体内部からこちらに出て来ようとしているサイラスがいた。
「なぁ、本当にコイツ後方向きだったのか? この状況で脱出とか超前衛向きだろ。どう考えても……」
「いえ、どちらかと言うと君に興味があるんじゃないかな」
ウィシャスの言葉にサイラスを引き上げてみる。
「ファイナ!! ああ、生きていたんだね!!? 心配したよ!? 何処に行ってたんだ!? 兄さんは死ぬほど心配したんだぞ!!?」
「は?」
ブワッと涙を流したサイラスが何か猛烈な勢いでこちらにタックルして来て、全裸でオイオイ泣き始めた。
「兄さんがいたのか? ふぃー」
「んなわけないだろ。何処の誰と間違えられたんだ?」
猛烈な勢いで泣き始めたサイラスに腰へ抱き着かれたまま。
何か知っていそうな禿たおっさんを再び引き出してみる。
「ファイナって誰です? どうして、こちらを見てこの方が涙を?」
「………こんな偶然があるものなのだとすれば、神を呪っていいな。我らは……サイラス殿の妹殿に肌の色と化粧以外は瓜二つだ……それとも、最初から知っていて、その姿を似せたのか? サイラス殿!! その方は貴君の妹殿ではないぞ!? しっかりしろ!! 彼女はあの戦いで、あの戦場で……敵の策略に乗ってはなら―――」
「煩い!! 黙れ!! ファイナじゃないか!! 何処からどう見ても!? うぅう、きっと帝国が!! 帝国がファイナを洗脳したんだ!! ファイナは生きてるんだ!! ファイナが死んだ世界なんかどうなったっていい!!? でも、ファイナがいるなら、私は、私は―――」
一端、サイラスをクラゲに沈める。
「おじさま。そんなにファイナさんという方にわたくしは瓜二つなのですか?」
「………そっくりで流せない程……肌の色とその奇妙な化粧以外は殆ど……年齢も体付きも……何もかも瓜二つだ……」
微妙な顔で何故か仲間達がこちらを見ている。
おっさんを沈めて、サイラスを出す。
「ファイナ―――」
片手で抱き着こうとする変態を制止、触手で縛って、無理やり正座の刑にする。
「ぅうぅぅう~~ファイナ~~~!!?」
もはや、最初のイケメン顔が見る影もなく鼻水と涙でグシャグシャであった。
「サイラスさん。わたくしは貴方の知る妹ではありません。そもそも、倫理と道徳も失った元平和主義な兄など居た事もありません」
「騙されてるんだ!! ファイナ!! 兄さんとの想い出を思い出すんだ!!?」
拳で力説する涙と鼻水塗れの二枚目が顔を歪める。
邪悪さはどこへやら。
どうやら狂人の方であったらしい。
「では、サイラスお兄様。わたくしはファイナではありません。フィティシラ……フィティシラ・アルローゼンです」
「フィティシラ? 可哀そうに……帝国め!? ファイナをこんな風に洗脳して!? うぅう!!? いつか、必ず正気に戻してあげるからね!? 私が!!」
思わず周囲に暗澹としたような空気が流れる。
「話が通じてないぞ。コレ」
「本当に壊れる一歩手前なのでは?」
「そんなモノみたいに……いえ、こういう類の精神の均衡の取り方をしている兵は見た事がありますが……」
デュガ、ノイテ、ウィシャスが困った様子になりながらも、何故かこっちをジト目で見てくる。
「どうして、オレが悪いみたいな顔になる。関係ないだろ。今回のコレはどう考えても……」
「いや、もうふぃーの存在自体が罠なんじゃないか?」
「在り得ますね。もしかしたら、帝国はファイナという人物に関連した血筋を大公家に入れたという可能性も……」
「そうなると? 帝国もバイツネードみたいな事してるのかもなー」
「自分は寡聞にして存じませんが」
「あーもう黙れ。とにかく、今回の事は何か事故っただけだ。ウィシャス。一緒にこいつらを孤島の方で見張れ。フォーエ。オレを戦場に連れて行ったら、すぐにユラウシャから捕虜と子供の世話をする連中の派遣を要請。お水の娼館のおねーちゃん達に子供の面倒を見させてくれ」
「う、うん」
「デュガ、ノイテ。このクラゲはお前らの言う事を聞く。ついでにこっちのバイツネードの捕虜連中にもお前らの言う事を破れないようにしてある。クラゲに指示して孤島の方を目指せ」
「りょーかーい」
「今度はバイツネードのオモリですか……」
クラゲに沈めたサイラスはまだ言っている様子だ。
『ファイナ~~~~!!? 兄さんだよ~~~兄さんとの甘酸っぱい子供の頃の話をしよう!! ほら、覚えているかい? 兄さんがお前を―――』
何だか最後に変な拾いものをしてしまったが、こうして子供から化け物を引き剥がして処分し確保。
ついでに貴重なバイツネードの捕虜も取る事が出来たのだった。