ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
臭う話だが、木造船においてトイレというのは船首の袂にある事が一般的であった事を知る者はそんなに多くないだろう。
船の先から汚物を海に落として背後に置き去りにするので船首は臭った。
小便もそのままトイレにしたら、木造船の手前から落ちるわけで真水が貴重な以上は陸地でも無ければ、雨の日くらいしか洗う事も無かった。
なので、船首から臭ってくる悪臭から船首で働く者は地位が低かったりするわけである。
だが、そんな話にも例外がある。
理由は単純だ。
嵐では外に出てトイレに向かう事も困難だ。
なので、樽にして、後で海に落としたりする事もある。
そして、そう言う樽は基本的にはいつでも捨てられるようにと置かれるのは臭っても誰もいない船底辺りだ。
家畜を海上輸送する時は糞尿などは垂れ流しで大量の藁を用いて処理していた。
そういうのがあるのは決まって最下層なのである。
『さすが急造品……荒い仕上げで助かる』
とある先遣艦隊の船底付近。
フォーエに超低空で至近まで運んでもらい。
クラゲさんの触手で船底に引っ付いた後。
明け方のまだ朧に明るくなる前の時間帯の内に触手で船底の一部を抉じ開けて、内部に侵入させた触手で便所樽を探していた。
(触手の感覚があるってのも嫌な話だ。はぁぁ……(;´Д`))
それを見付けて、触手さんで捕食。
グアグリスの特性によって、グアグリスの触手が肥大化。
更に周辺を細くしながら弄って次々に船底から便所樽やおまるを回収して肥大させながら、船員を侵食していた。
『ひ、な、何が!?』
『ガボゴボ?!!』
『と、透明な化けも―――!?!』
『た、たす―――?!!』
次々に脳裏に現れる個体の感触から性別や年齢は解る。
取り敢えず、尻穴と尿道、口や鼻から侵入し、完全に窒息死させないようにしつつ、昏倒させていく。
大腸内の便と膀胱から尿を回収すれば、後は更にそれで延伸を繰り返せた。
船内の生物の大半がこれでグアグリスの支配下になると言う寸法だ。
(これで良し……)
現在は海に顔を出しているだけの状態であった。
実は軍装内部はゴム製のウェットスーツだ。
ネズミで色々試しつつ、触手によって泳ぐ訓練も帝都ではしていた。
今回の衣装は使わなかった夏用ではなく。
凍える冬の海用である。
『次に行くか』
水掻きならぬ触手掻き。
複数の触手で素早く海中で加速。
いつものガスマスクも今日に限っては海中用のシュノーケリング用である。
酸素ボンベは積んでいないが、触手を変形させて、空気は吸えるので海面に出る必要もない。
スイスイしながら次の船へと到達。
船底から少し抉じ開けた箇所より侵入。
便所樽を回収して触手を延伸して触指……指のように使えるようになったソレを根の如く船体へ這わせながら目標の生物を背後から強襲。
浸食機能で動脈に侵入し、少なくともしばらく昏睡させるくらいに酸素を奪って無力化も出来る為、使い勝手良く船を制圧していく。
触手の働きはそれだけではない。
内部の剣や武器の類は全て船外まで運んで投棄。
火砲の火薬は全て海水を注入して無力化。
やりたい放題である。
幾ら抵抗しようとしても実態が殆ど水であるグアグリスには意味が無い。
それこそ毒物か天敵の生物でも持って来ない限りは無双状態だ。
まぁ……残念ながらやってる事は完全に狂気的怪異が織り成す海難事故演出だが、致し方ない。
『こ、ここは化け物の海だったんだ!?』
『ひ、ひぃいぃぃぃ!!?』
『し、死にたくねぇ!? 死にたく―――』
『あぁ!? 床に!? 床に!? が、ごぼごぼごぼぼ―――』
調子良く1隻15分程でやって回る事2時間弱。
少し遅い朝食時には7隻の先遣艦隊は海中から完全に沈黙させる事に成功した。
子供も大人もお休みタイムである。
だが、やはり捨て置けない事実がある。
竜のいた痕跡が無い事だ。
(あいつらを持って来た船は何処にいる?)
触手で一隻の上に上がり、倒れ込んだ船員達。
少ない海兵と子供兵達を横に考えつつ、いつもの発煙弓で赤赤赤の合図を出す。
数分もせずに海上へと竜騎兵達がホバリングしながらやってくる。
『大事ありませんか!!』
『この多くの船を御一人で!?』
『す、すぐに港まで向かわせますので今しばらくお待ちを!!』
船をユラウシャに持って行ってもらう事になった。
「大丈夫だった?」
「ああ、しばらく海から離れられないから、小舟に移るぞ」
「う、うん。その手……何かまだ触手が海中に伸びてるみたいだけど」
「ああ、海中に育てたのをちょっとな」
「育てた?」
「後で話す」
触手の一部で中型の救難艇を一層器用に海面へと投下。
その上にゼンドでフォーエには降りて貰い。
こちらはこちらで触手を器用に使って海中から持ち上げて貰う。
そうしてストンと降りるとさすがに冷たい海水から出たせいか溜息が一つ。
「それでどうするの? 内部の子達はやっぱり罠だったのかな」
「ああ、黒いのは吸い出してグアグリスの消化機能で磨り潰しておいた。浸食機能としてはこっちが上だったから、問題無い」
「あはは、もう驚かないけど。良かったの? 艦隊を引き入れて潰すって言ってたのに……」
「そもそも先遣艦隊自体が恐らくは生贄だ」
「い、生贄?」
「こっちの出方を何処かから見てる。もしくはわざと壊滅させてから油断を誘って強襲上陸を実行するつもりだ。どうやって、あの艦隊はこの短期間で此処に来たと思う? 竜の発着場所は? そう考えると相手にはまだ切り札がある」
「切り札……」
「それを暴くまでこっちは後手後手だ。今もユラウシャそのものには兵を左程置いてないし、もしもの時は放棄するように言ってあるが、空は竜騎兵の装備もあるし、問題無い。問題なのは海中だ」
「海中?」
「バルバロスの力で船を運ぶ。順当に考えるなら、海の中で泳げる何か。そして、大量の船を運べる程の輸送力……」
「そ、それって……」
「九割方、相手の能力の推測は出来てる。問題は何処にいるかだ」
「炙り出せるの?」
「方法は考えてある。だが、練習艦がまだ到着してない」
「じゃあ、しばらくはこのまま?」
「ああ」
「マヲー?」
「?!」
驚いたフォーエが、後ろを見ると背後で陽射しに欠伸をする黒猫が丸まっていた。
「本当に何処にでも出て来るんだね。君って……」
「そいつが一番の謎だな。今のところ……はぁぁ」
「確かに……」
黒猫が毎度のように神出鬼没で船にいる。
「マヲヲ~~♪」
船に揺られて快適快適と言いたげな黒猫がフォーエの膝の上に載って丸くなる。
「……護り切れるかな」
「もう死人を出してる。護り切るじゃなくて、被害を抑えるって言うのが正しい」
「え? 誰か兵士の人達が?」
「敵国の人間が死んでる。というか、殺した。現場が血塗れじゃない分、そういうのは陰惨だし、兵士の士気にも関わる」
「それって……敵を味方みたいに死人として数えてるって事?」
「フォーエ。戦い方は大事だが、一番大事なのは戦死者数が少ない事だ」
「それは敵もって事?」
「そうだ。いいか? 人間は愚かだし、醜いし、一時の感情に支配されて、どんな理性的な条件もかなぐり捨てる事がある」
「それって……」
「追い詰め過ぎれば、ネズミだって猫を噛む。猫だって痛手を負う。それがもしも大量なら、猫だって死ぬ」
「帝国は敵を本気にさせちゃいけないって事?」
「そう……一番良いのはナァナァにする事だ」
「な、なぁなぁ?」
「相手国の国民と指導層にとって戦争そのものが億劫になるのが一番だ。だから、許容されないような数の全滅はさせられないし、死者だって出難いように今回の窒息剤の濃度は調整した」
「………酷い話、だね」
「ああ、残酷だ。でも、こうじゃなきゃ、戦争が終わらない。殺したヤツの背後から殺してやると殴りかかって来る人間を更に殺すより、あんな死に方をしたくないと震えて後ろに下がってくれる方が安心て事だ」
「ゾムニスさんやリージさんが言ってる悪魔っていうのが何だか分かった気がする……」
「こっちだって命が掛かってる。後手後手って事は襲撃されたら死人が出てからどうにかするって事だ。女子供だって死ぬ。数で割り切れなんて現場の兵士にはさせられないだろ」
「その……それを君がするなら、僕もきっとそういうのをしなきゃダメなんだ」
フォーエの視線は真っすぐだ。
真っすぐ過ぎて困る。
「止めておけ。そういうのはお前やあいつらに求めてない。泥を被るのはちゃんと一番上の人間の役目だ。それが出来ないなら、オレはこんな事してない」
「……1人でいいの?」
「いいんだよ。勝てば官軍、負ければ賊軍。戦地の将が責任を取るのは真っ当だ。そして、現在の最高指揮権はオレにある。誰もオレ以外を責める理由が無い。いや、真っ先に責めなきゃならない人間は此処にいる」
フォーエの顔が複雑そうになった。
猫がその頭にはいつの間にか乗ってベッタリ張り付いている。
「……護るよ。必ず」
「ああ、そうしてくれ」
中型のボートの上にまだ飛び立つ直前のような待機状態のままで普通なら沈むだろう重さの竜が佇む。
それを中央にして横合いから明け方の海面を見ていた。
まだ、陽射しが中天に届かない時間帯。
朝を脱する前に探し切れるかと瞳を閉じる。
「…………………いた。船は……待てないな。こっちで先行する」
「見付けたの? あ、もしかしてその触手って……」
「ああ、釣りをしてみた。空飛ぶ航空要塞でも無い限りは海の中の敵だ。クラゲは海の生き物だぞ。元々……」
「深いの?」
「いや、恐らく浸透圧や何やかんやのせいで浅瀬にしか生息出来ないんだろ。200m級の何かが海面から遠浅の海の先にいる」
「に―――」
思わず絶句する少年である。
「そのぉ……さすがに倒せる?」
「200mの山とかなら倒すのに一苦労だろう。だが、海の中のナマモノだ。ナマモノは痛み易い。海産物が臭いってのは冷蔵技術がまだ未発達だからだが、その大本は死骸が大量のアンモニアを発生させるからだ」
「ええと、何が言いたいのか。僕にはちょっと……」
「生物は生物らしい生命の神秘とやらの生化学的な原理で動いてる。そして、グアグリスは恐らくだが、その生命の根幹に手を伸ばすから、万能薬の作り方云々に繋がる。そして、オレは偶然ソレを手に入れた」
「つ、つまり?」
「薬が効く柔らかそうなナマモノならどうにでもなる。何せグアグリスの侵食は……」
「ええと……ごめん。まだ、そういうのはちょっと……」
「取り敢えず、処理方法は見当が付いた。問題は内部から連中を追い出して子供兵連中を回収。デカブツ内に入り込む方法だが……また冷たい海か」
「行くの?」
「ゼンドに超低空で海に波が立たない程度の速度で目標地点まで運ばせてくれ。後はこっちでやる。目標座標海域周辺から少し離れた位置に軍艦を誘導しといてくれ。それと港の全ての船にも回収用意の為に周辺海域に出航させとけ。街には予てからの訓練通り、即時退避命令を勧告」
「う、うん……ゼンド!!」
竜がこちらの軍装の背中の襟を口で摘まむとヒョイッと背後に回転させるように載せていく。
「行くよ!!」
小さな嘶きと共に空へと飛び立つ。
「……また1人で行くんだね」
「生憎と先手を打てるのがオレしかいない。そして、先手が打てなきゃ味方に死人が出まくる。あのくらいの大きさだとド派手に浮上させれば、沿岸部は津波で一瞬だ……」
「まだまだ僕は君の足元にも及ばないって事か……」
「役割と能力の問題だ。最後にモノを言うのは合理的な算段と感情を御するだけの理性だ。いいか。何度でも言うが、どんな現状でも取り乱すな」
「うん」
「お前が行く道は、人の人生を数で考える道だ。そこにちゃんと感情はあってもいいが、判断は―――」
「理知的に、合理的に、相手の感情を考慮して、でしょ?」
「そうだ。人間らしい生き方じゃないが、ソレが出来て初めてお前はあの邦の長にもなれる」
「あはは……僕は本当に何も足りないんだね……」
「年齢も経験も何もかも足りなくても、今言ったソレさえ間違わなければ、運が見放さなければ、戦いに負けなければ、どうにでもなる」
「……ホント、難しそうだ。うん……頑張るよ」
「そうしとけ。二時方向に少し進路修正」
「了解」
海面をチラリと見る。
ちゃんと付いて来ているようだ。
「どうして、後ろを見てるの?」
「さっき、切り離したのが付いて来てるかどうかの確認をな」
「付いてって……?」
「40秒くらいしたら、オレを海にそっと落としてくれ。外套は渡しておく。後で回収するから無くすなよ?」
「了解」
コートを脱いで軍装一つで目標地点で減速したゼンドの上から海に変化した腕を先にしてあまり飛沫を立てないようにペンギン染みて飛び込む。
同時にジャストで海中に見えないソレが到達し、こちらの指先と再結合しながら、こちらを引っ張り始めた。
流線形の槍にも見えるが、そうではない。
背後には尾の如く、無数の脚を靡かせている。
噴射させているのは体内に抱き込んだ水分を全身運動で噴出させているのだ。
殆ど肉体が水分であるとはいえ。
それでもクラゲというのは進める生き物である。
【グアグリス】
中型のソレが人糞を栄養として回収し、持って来ていた超重元素を含む鉱物の流紛を取り込む事で本物と遜色なく生体として再現出来ていた。
ウォータージェット染みたクラゲの水の噴出は排水ポンプのように水を後方に押し出し、その勢いで流線形に変容しながら、本体がこちらを包み込んでくれる。
(50mくらいで助かったな。これが200m下とかだったら、身体がどうなるか分かったもんじゃなかったし……)
浅瀬に何かがいる。
きっと、空飛ぶ者が全景を航空から見てようやく解るくらいだろう。
黒々とした深い海の色をした何かが潜んでいる海域は恐らく海底スレスレを進んでいる為に移動速度が遅いのだ。
海域の地図や深さを色々と調査した結果に寄れば、北部の沿岸部は数キロ先から深い海へと続くらしく。そちらからやって来たのだろう。
相手は200m級の巨大な楕円形に見える図体をしていた。
グアグリスの触手を細く細くしながら伸ばし続けて周囲に網を広げていたのだが、明確に魚が逃げて消えた方面があったのだ。
そちらを重点的に探していたら見付けたわけである。
途中で人糞程度で足りない体積となれば、魚も捕食させた。
足りないものは海の資源で補えるので事実上の延伸距離は無限だ。
(こんなの持ってても陸上の戦争じゃ使えないわけ、か)
至近を回るようにして触手で全体像を把握していく。
どうやら巨大なフジツボや牡蠣が沢山付いた孤島みたいな大きさなのは解った。
問題は入り口だが、周囲をゆっくりと回りながら触手で表面を弄ると人の脚の圧力で折れたり、踏み抜かれたような部位を発見。
その跡を辿っていくと真上に向いた頂点部分付近に岩と岩が無理やり閉じられたような場所を見付ける。
(正攻法で開けて貰うのは遠慮しとくか。なら……)
グアグリスの触手で空気を海上から補給しながら、真横に付けて、そっと更に生やした触手で表面から内部へ浸透させていく。
クラゲというヤツはいつの間にか刺されているものである。
それはあまりにも細い脚の表面の構造が肌の微細な感覚も擦り抜けて刺すからであるが、図体が大きいならば、表皮からの浸透には気付き難いはずだ。
フジツボの一部から内部の表面に張り付き。
そこから更に触手を生やして、ゼアモラを侵食していたように内部へと侵食を試みてみる。
ネズミでやった時はネズミさんの完全な思考制御や奴隷化は出来なかったが、身体を痛みも無く弄れた事はかなり顔が引き攣った。
(生物に接触。細胞に持って来た麻酔薬を脚で注入……)
それも今は昔。
(細胞を侵食して、恐らくは内部を弄ってる。体内への入り口をこの生物の出入り口で増やして増加……まったく我ながらゾッとする能力だ)
要は口や尻穴を腹に造るような事がグアグリスには出来る。
浸食した生物の誘導は恐らく脳をこの能力で何がしか弄っているのだろう。
グパリと表面に1m程の細い穴が開く。
グアグリスがこちらの意思をどうやって実現しているのか。
その方法は未だに明確には解っていないが、蛋白質そのものを操る、遺伝子を改変する、細胞の増殖速度まで自在にして見せるというのはかなり生物兵器としてヤバイ……間違いなくバイオハザード・マークが付く代物であろう。
(細いトンネル状にして……これで行けるな)
その生物にとっての何がしかの穴に入って吸い込まれるように内部へと先行していくと―――内骨格らしい壁に当たった。
さすがに骨は作る事は出来ても破壊するのは難儀するだろうと骨に沿って下から回り込める場所までトンネルを伸ばした。
そして、先に穿孔して侵食する触手が遂に空洞へと侵入に成功する。
構造が解らない為、そのまま穴の到達地点から取り込んだ生物の細胞を増殖させつつ、内部に空気にも漂える程に細く細く蜘蛛の糸のように触手を天井に這わせながら垂らして、感触や温度差から何が何処にあるのかを把握していく。
「まだ、気付かれないな。第1海底人発見……年齢は子供。性別は男……第2から第98番目まで確認……男女の数の差は無いな。みんな子供か? 何処に大人は……」
浸食した天井部位から更に生物の細胞から癌細胞のように栄養分を吸収しつつ伸ばした触手がようやく大人を発見する。
(こいつらか? 食事してるようだな。子供連中の感触はガリガリっぽいが、こっちは健康そうだ。食ってるのは……酸性の液体で付けた魚。魚の酢漬け?)
どうやら空洞内部は多層構造になっているらしく。
一番下から順にフロア構造染みて階段や梯子が確認出来た。
慎重に侵食しながら内部構造を把握していく。
(上の階層になると恰幅が良くなってくな。正にピラミッド構造。寡頭制を此処まで体現しなくていいだろうに……)
巨大バルバロス内部で動ける戦力としてグアグリスを用いて人型の物体を形成、喉と唇と舌を形作る。
人間の遺伝子……そこらの少年少女の落ちていた髪から取り込んで急速増殖させての代物だ。
そうして、上へ上と見えざる触手を這わせながらパーツ単位で生成したこちらの人形に内部に仕舞い込まれていた鎧や衣服を着込ませて兜を被せて最上階付近のトイレらしき場所で合体。
そのまま誰もいない通路を歩かせていく。
先行する触手がようやく最後の部屋を見付けた。
内部に侵入すると同時に四隅の光が当たらない場所に耳を生成する。
いるのは2人だけらしかった。
『―――それでコレからどうする? わざわざ虎の子の竜騎兵を二百もくれてやったのだぞ? これで失敗したでは済まされん』
『心配せずともいいですよ。叔父上……』
『連中の小竜姫とやらがどれほどのものか知らんが、我々にはもう後がない』
『解っていますとも』
若い男と年老いた50代くらいの男の声。
『何せ今の今まで秘匿していたバイツネードの三大真器【イオリッサの眷属】……その倅である【ガランドゥ】を3匹……これで失敗したら、我々は当主代行閣下に殺されるでしょうな。はっはっは♪』
『笑っている場合か……本当に解っているのか? 暗殺に仕向けた分隊が全滅。下級とはいえ、今の我らには人員があの戦いで殆ど残っていないのだぞ?』
どうやら戦争で全滅させられたのはバイツネードにはかなり痛かったらしい。
『最後に竜の国のアレさえ出て来なければ、勝ち戦でしたとも……ええ、そうであれば、どんなに……』
微妙に叔父上が怯んだ様子になった。
何か見てはいけないものを見たらしい。
『ッ、ま、まぁ、言っても始まらんのは解っとる。だが、クソ!? こんな辺境に飛ばされるとはッ!? ああ!! ああ!! あれもこれも全てはあのクソ皇帝のせいだ!?』
『叔父上……言いたい事は解ります。まぁ、皇国にも見切りを付ける時期です。確かに資金は手に入れたが、人員は枯渇……今、急いで分家筋の女をとにかく孕ませていますが、それとて10年で200人が限度、どうにもなりません』
『で? 仕掛けは?』
『我らエルペ家の秘儀たる黒き泉の怪物【イグリッサ】は犠牲者に取り付きさえすれば、増殖を繰り返し、やがては国すら亡ぼす……今頃、北部同盟とやらは内部から巣にされていますよ』
『アレは本家由来の力だ。制御出来るのだろうな?』
『増えた後、処分する事が可能な薬をちゃんと本家から許可を取って持って来ています。それに火を畏れる習性もありますし、水は酷く嫌悪する。集めて燃やすのは本国の揚陸艦隊が来てからでも十分でしょう』
『……解った。貴様に任せたのは兄貴だ。従おう……だが、もしも計画に綻びや支障が出た場合は指揮権は一部預からせて貰うぞ?』
『よろしいですとも。今頃、北部同盟は竜騎兵連中と追いかけっこに忙しいでしょう。合図と共に沿岸部周辺で一気に三匹で浮上。津波で押し流した後、悠々とユラウシャを占領、後続艦隊を受け入れ、北部同盟を切り崩してご覧に入れましょう』
どうやら、バイツネードの上級人員らしい。
元々、一つの家から派生した複数の家が更に下へ分家を産んでピラミッド構造になっているとの話。
ピラミッドの上の方はどうやらこんな感じらしい。
(話を聞いておこうかとも思ったが、必要なさそうだ。プランCだな……)
最上階の扉を人形で開く。
『誰だ!! この時間は誰も入れるなと言って―――』
『叔父上。鍵が掛かっていたはずです』
『な?! き、貴様!? 一体何者だ!?』
人形に男達が立ち上がり、剣を素早く向ける
「面白い話を聞かせて頂きました。そうですか。バイツネード……どうやら外道にすら劣る単なる下種の群れでしたか」
『ッ―――名を名乗れぇ!!?』
叔父上の方が激昂した。
「わたくしはこの地を治める者。人々は小竜姫と呼んでいます」
『馬鹿な?!! 此処を何処だと思っている!? 海の真下だぞ!? 此処まで来れるはずがない!!?』
『面白い……まさか、このガランドゥに侵入してくるとは!! 貴女は随分とやり手のようだ。くく、噂に違わぬ超人ぶり。あの鹵獲したゼアモラを使ったビオリ隊の暗殺すら退けた手並み。正しく化け物と言うべきですね』
生憎と何をどう取り繕っても、グアグリスの触手による探査は相手の全てを丸裸にする。
視覚以外の人間の五感よりも詳しく体温や感触は解るのだ。
肉体の仕草を見切れば、もはや完全に青年が虚勢を張っているのは丸解りであったし、激昂しているように見せても半分以上は冷静な叔父上とやらも油断ならないだろう。
「わたくしはバイツネードにも話の分かる人間はいるのかと思っていましたが、どうやら勘違いだったようです。他を当たる前に最後の質問をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
『最後!? 何が最後だ!? 嘗めおって!!』
『叔父上。どうやら我々には逃げ場が無さそうです……』
内心で現状を理解したらしき青年の顔が内心で蒼褪めているのが解る。
どうやら、こちらの人形の中身を理解したらしい。
何かしらの情報を探るバルバロスの力を持っているのかもしれない。
『どういう事だ!? サイラス!?』
『我々の周囲には何も無いように見えますが、もう汚染し尽くされている。まるで本家のような……コレは、コレが、小竜姫、竜等と誰が言ったのか……まさか、この私が此処で終わるとは……』
『な、何を言っている!?』
「最後に言い残したい事は? 人間らしい言葉ならば、身内にお届けしますよ」
『ッッ―――斬るッ!!』
『叔父上!? ダメです!?』
初めて、サイラスと呼ばれた青年にも本当の焦りのようなものが見えた。
20m近くの距離がある相手に一足飛びで1秒。
超人を地で行く叔父上の斬撃が人形を両断し、両断された人形の胴体から伸びた触手が叔父上の体内に突き刺さって内部の筋肉を拘束。
遺伝情報を収集し、バルバロスの埋め込まれた部分を探索。
脊椎の一部に嵌っていた宝珠状の何かを体内から抉り出して回収し、リレー形式で体内から摘出して、近くの階層内へと輸送していく。
『が?! わ、我が中核を、ゴフッ?!!』
吐血した叔父上がドシャリと床に転がった。
『叔父上……』
「死んではいませんよ。貴方達のような下種にも使い道がある。死して尚、皇国に仕えようという気骨のある兵士達もいましたが、彼らに比べれば、貴方達は下の下……そうですね。本家とやらの壊滅に尽力して頂きましょうか」
『……一つ訊ねたい。帝国……いや、真に化け物たる貴女』
「何でしょうか?」
『我々の言動に酷く御立腹のようだが、この程度で怒れる程に貴女の国がした事は温かっただろうか?』
「そうですね。帝国の人間としてならば、わたくしは何も言う事はありません。ですが、これが治める事になる国の中身ならば、変えるべきだと断じます」
『もう、勝った気でいるので?』
「違いますよ。もう勝っているから、暗殺家業はご法度、倫理と道徳を護って正しい戦争をして頂けるようにと……こうして皇国の為に貴方達を使うのです」
ムクリと叔父上とやらが意識も無く起き上がり、相手が微妙に顔を歪ませる。
『我らバイツネードを御するおつもりか……』
「いえ、人間相手にそんな事はしませんとも。人間ならば、ね?」
『ふ、ふふふふふ……あはははははは!!! 面白い!! ならば、その畏れるべき不可思議で我が身体を乗っ取るがいい!! 我らは決して屈し―――』
グアグリスによる浸食で血管から瞬間的に酸素を吸収、酸欠で失神した後、肉体の神経に侵入。
『あ~あ~~叔父上、叔父上、マイクテストマイクテスト』
『何だ。サイラス。サイラス。サイララララスススス。サイラァアス!!』
「ネズミでは試したが、声帯の乗っ取り……中々に難しいな」
男達の首筋から細い侵食用の触手を肉体の表面に這わせて足元から侵食済みの通路を通して操作。
「さぁ、後の二匹の下に案内して貰おうか。合図に付いても教えて貰わなきゃな。お前らの残酷さがオレ程のものなのか。まずはこのガランドゥとやらの掌握から始めよう」
声も出せず。
意識の落ちた男達を操作しながら、他の二匹を止める為、行動を開始した。