ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第42話「奇縁」

 

「………(*´ω`*)」

 

 帝都に帰ってから仕事が爆増したのは言うまでもないが、それがほぼ3分の1減った。

 

 勿論、先日雇った人材に3日くらいこちらの意思決定が必要無い決済や書類の書き方や見方、基本原則の類をミッチリと40時間くらい教え込んだからだ。

 

 無論、問題がありそうな書類を見抜く術とか。

 

 現地の基本情報をとにかく暗記して、今後の予想の立て方やそれに比例して現在の進捗がどうか。

 

 また、複数で進めている各地の現状の書類には現れない実情への配慮、考え方などまで含めてやったら、死んだ魚の目で暗記を繰り返していた。

 

 が、それでも自分がやるよりは3割程遅い。

 

 まぁ、数か月もあれば、殆ど問題無く回せるだろう。

 

「………(*´ω`*)」

 

 人材の育成は戦略SLGでも醍醐味である。

 

 そして、いきなり現れた超優良人材な美人姉妹は何処でも人気らしい。

 

 片や金融関連の書類決済を行えるくらい優秀な女性会計士(学生)。

 

 片や数学と工学に明るく電気工学を自力で研究していた才媛(学生)。

 

 どちらも貴族の嫁なんかには勿体ない人材である。

 

 仕事が超絶有能なら、別にブラック企業並みに働かせる必要は無いのだ。

 

 基本、身体を使わない仕事の類は今までの愉快な仲間達(肉体派)がしてくれる。

 

 ノイテも一々、こちらから書類の整理を押し付けられる事が減って喜んでいるくらいである。

 

「………(*´ω`*)」

 

 金融と技術と策源地を手に入れた昨今。

 

 今後の皇国との大海戦に向けての準備が着々と進んでいる。

 

 2人の優良人材でも速度も遅れ気味になるという綱渡りだが、それは遅れない程度に自分が仕事を引き受ければいいので問題無い。

 

「ふぅ」

 

 一日30通近くの手紙を超速で書き上げていたのが嘘のようだが、その分増やした仕事があるので3分の1減ったのはあくまで増えた部分でしかない。

 

「さて、行くか」

 

 今日は祝日。

 

 研究者達にも細やかな贈り物を手配しておいたので彼らも喜んでくれる事だろう。

 

 という事で増やした仕事へ向かう事にする。

 

 まだ昼前の帝都は未だ残暑がジリジリと世界を煮詰めているが、余所行き用の軍装は手放せない。

 

 防御力を捨てるわけにもいかないので厚手の生地のままだが、熱中症で死ぬのも馬鹿らしいので内部は蒸れないように極力内側の通気性を確保した夏仕様だ。

 

 ついでに武器である拳銃は温度で爆発しそうな銃弾も含めて全て氷水を入れた水冷式のゴム底の箱で保管する徹底ぶりである。

 

「今なら銃弾にも成れそうな気がする」

 

 研究員達が汗水垂らして、この暑さの中、冷蔵庫に居を移し、涼しい部屋で薬品の調合を行っているのが羨ましいというのも嫌な話だ。

 

 命掛けで合成して貰っている手前、死んでもこういう事は言わないのだが、ウチにも食材用ではない冷蔵庫を新設しようと誓う。

 

「まだ、暗殺者も来ないし……持久戦か」

 

 暑さが和らぐのは9月を過ぎなければ無理だろうとの事。

 

 部屋を出るともう準備を済ませて待機中だったデュガとノイテが玄関で控えていた。

 

 微妙にデュガはだらしない様子で夏仕様なメイド服の胸元を僅かに開けさせているが、他の通り過ぎるメイド達からはやれやれという視線を受けている。

 

「あつぅ……」

 

「夏服だろ。お前らは……」

 

「それでも熱いものは暑いんだぞ~~はひゅぅ……」

 

 今にも熱ダレで溶けだしそうなデュガがノイテに手を惹かれて、共に玄関先から馬車へと乗り込む。

 

「アテオラはいいよなー」

 

 学院の館の方にはアテオラが詰めているが、効率が下がっても困るので昼間は夜の間に冷やした水出しのお茶を魔法瓶に詰めて4セットくらい持たせ、ついでに先日出来たばかりのモーターと小型の発電機(水力発電)用水車とコードを持って、あちらで扇風機の試作品を試験中だ。

 

 一応、風に当たり過ぎて脱水症状にならないようにとイメリと共によく言い含めておいたが、生憎と試作品は1台限りの限定品である。

 

(絶縁体の皮膜処理が上手く出来てるから大丈夫だとは思うが、漏電がな……今度、もう数台作って貰おう……)

 

 モーターや水力発電系統の技術者の大半は大規模インフラ構築に必要な工場のライン制作に注力されており、工場を作る工場という類のものに全て集約されている。

 

 その第一号ラインは既に試作されて帝都内でとある作業を行っている。

 

 現在の小規模な工場では到底不可能な精密な機械工作と熟練工、部品製造拠点である高炉を備えたソレが次なる工場のパーツを製造出来るならば、ここから世界は動き出すと言っても過言ではない。

 

 来年までに北部に工場ライン用の部品を3棟輸出予定。

 

 というだけで研究所の人員がどれだけ苦労しているか分かろうというものだろう。

 

 来年度には同じ工場生産用の工場が北部と西部にも出来る。

 

 それを護る師団と共に爆発的な工業力を獲得する事は出来るはずだ。

 

 周辺の汚染対処方法も何とか目途が付いた。

 

(まさか、あのクラゲが鉱毒も濾過出来るとはな……生物兵器っぽいのも使い方次第か……工場勤めには厳格なマニュアルと倫理的で道徳的な人材を宛がいたいもんだ)

 

 吸収した鉱物を回収する方法は至って簡単だ。

 

 濾過済みでちょっと太くなったクラゲを引き上げて乾燥させた際、不必要な鉱物を凝集して塊状にして自分がくっ付く土台を作るのである。

 

 つまり、大量の鉱毒が諸々凝集された金属化合物になるわけだ。

 

 現在解析中だが、安定しているようであり、水に溶け出さないような形で結合されているとの事を聞けば、理由も理解出来る。

 

 要は要らない金属を固めたのに水に溶け込んだらまた吸収しなければならない。

 

 そういう二度手間を防ぐ生命の神秘というヤツなのだろう。

 

 これならば、岩盤が厚くて雨が降り難い地域に埋葬処分も出来るし、利用方法が確立されれば、鉱物の精錬……生物精錬法とでも言うものも確立出来るだろう。

 

「それで今日は何処へ? 近頃は色々な商会やら大貴族の邸宅で商談をしていましたが……」

 

「本日は勝利の学び舎だ」

 

「ああ、帝都の軍学校ですか。遂に軍権まで侵食する気ですね」

 

「人聞きの悪い事を言うな。オレはちょっと現在陸軍と共同で進めてる部隊の現場指揮官へ会いに行くだけだぞ?」

 

「取り込みに行くの間違いなのは分かりました」

 

「事前調査は万全だ。リージにも相手の人と為りは聞いてある」

 

「その指揮官はどんな人物なのですか?」

 

「何でも戦場で人的被害を最小限にする事に掛けては右に出る者はないヤツらしい。軍歴も長いし、殆ど隠居状態だったらしいが、今回の一件で予備役から引っ張り出されて来たとか」

 

「犠牲者がまた一人……哀れですね」

 

「犠牲者と書いて頼れる仲間と言い換えといてくれ」

 

「もう何も驚きはしませんよ。私達も貴女に此処まで関わってしまった以上、この国から命を狙われるような身の危険が無い限りは付いて行きますし」

 

「あつー」

 

 同じことを呟く機械と化して、ピットリと弾薬の入ったゴムと氷水入りの箱に頬を付けて涼を取る度胸在り過ぎメイドを横に学院の反対側にある学び舎へと向かう。

 

 軍学校と行っても学院の7分の1にも満たない普通の場所だ。

 

 グラウンドが3つ整備されている以外では帝都郊外に複数の野外訓練用の駐屯地、基地を持っている事が特徴だろうか。

 

 1年の3分の1程は野外訓練に遠征へ出かけて現地で指揮官教育をやっているらしい。

 

 そうこうしている内にいつもとは反対側へと向かった馬車が通り過ぎる道の先。

 

 軍学校というよりは帝都の最終防衛ラインを作る小規模な要塞が見えて来る。

 

 元々は前身であるエルゼギア時代に現在の帝国議会。

 

 皇帝宮殿を護る為の近衛を置いていた場所らしいのだが3重の3mはありそうな岩塊が連なる岩壁を配し、その壁上には3重の通路が通っている。

 

 最初の壁が制圧されたら、第二の壁、第三の壁と後退しながら、油を撒いた壁を焼いて敵を排する目的で造られたのだとか。

 

「おお~~ウチの首都前の城塞と似てるな~~」

 

 何かいきなり生き生きし始めたデュガが目を輝かせる。

 

「ホント、お前も好きだな……」

 

「これでも防衛はしたかんな♪ 兵を全員生き残らせたから、お兄様達に褒められた事もあるんだぞ。フフン」

 

「その手腕が発揮されない事を祈らずにはいられないな」

 

 会話している内に壁の開かれた三重門の内側へと入る。

 

 整備されたグラウンド二つが左右にあり、その中央を進む形だ。

 

 奥にある石作りの城塞は年月が経っているにしては手入れされており、細かい補修工事こそされているものの実用に耐える仕様なようだ。

 

 あちこちで士官候補達が薄い胸当てや他の軽装な鎧を着込んで短い距離でダッシュや走り込みをしている。

 

 未だ壁に錆びていない鉄格子が嵌っているのを見れば、落とすには随分と犠牲が必要なのも理解出来る。

 

「ふむ」

 

 小城塞内部への入り口の通路からは内部が見えていないが、通気に関しては人の手が入らないような穴が幾つも規則的に積み上げられた岩壁に開いている為、問題無いのだろう。

 

「降りるぞ。黙ってろよ」

 

「はーい」

 

「デュガシェス様。一応、此処は軍施設です」

 

「解ってるって。ほら、ちゃんと武器もケースに入れたし、弾丸もちゃんと装備したし……ひえひえだぞ~~あぅ~~~♪」

 

 クイックローダーに頬擦りするヤバイ少女にやれやれを首を横に振って、さっさと装備を整えさせて馬車を出る。

 

 降りたら、数人の将校が最敬礼で出迎えてくれていた。

 

 敬礼の仕方は一般的なものだ。

 

 制服は蒼を基調にしているらしく。

 

 金の刺繍による帝国の紋章。

 

 ブラジマハターが襟に彫られており、階級は縦線の数と色で解れている。

 

 それに軍装姿で返してから、応対する士官達に連れられ、砦内部に入る。

 

 どうやら内部はさすがに学校らしく板張りになっているらしい。

 

 玄関で土埃を落とす為の幾らかのブラシや戦闘後に騎士鎧の糞尿を洗い流す為の下水路。

 

 腰半分程を水で浸らせ洗うのだろう通路の上にはしっかりとした小さな橋が掛けられている。

 

 プールに入る前に学校で進んだ足洗い場を思い出す作りだ。

 

 今は水門が閉じているようだが、騎士の指揮を保つ為の衛生管理施設の面がある建築。

 

 見ていて興味を惹かれる。

 

「こちらです」

 

 臭い一つ無い掃き清められた通路を靴で歩く。

 

 掃除は行き届いているようで岩肌になっていない壁の木材も油で焼き付けて燃え難いようにする難燃処理が施されているようだ。

 

「この暑さはご勘弁下さい。夏は用水路を用いて涼を取る構造になっているのですが、現在は強化合宿期間に入っておりまして、生徒達の忍耐を養うべく。熱病に掛からない程度に我慢させておりまして」

 

「構いません。これ程に帝国の兵の卵達が熱心に教育されているのならば、帝国の軍事的な基礎は未だ盤石と言えるでしょう」

 

「ありがとうございます」

 

 将校達は緊張した面持ちではあったが、歓迎ムードというよりは珍しいお客さんへ丁寧に対応しているという様子であった。

 

「此処が司令部付の指揮官室。現在は教職員の教員室となっております」

 

「丁寧な対応。誠に嬉しく思います。帝国の騎士にして紳士たる皆様に感謝を」

 

 カーテシーを決めてから、ノックをしてどうぞの声と共に内部へと入る。

 

 すると、忙しく立ち働く教員という名の教官達は殆ど居らず。

 

 きっちりと整頓された机が並ぶ場所の奥。

 

 この学校の現在の最高権力者がその場に鎮座―――していなかった。

 

「………その………」

 

「何でしょうか?」

 

「学長であるグリムニッジ卿ではないようなのですが……」

 

「そちらに付いては我々からは何とも……奥のお方に事情をお聞き下されば……申し訳ありません」

 

 何やら将校達も複雑そうな顔をしていたが、しょうがないので内部でニコヤカな笑みで待っている40代の将校を見やりながら、デスクの前に起つ事にした。

 

「初めまして。フィティシラ・アルローゼンと申します」

 

 その言葉に黒檀のデスクにいた男が立ち上がる。

 

 灰色掛かった銀髪と僅か顎に残る無精髭。

 

 静観な顔立ちと鋭い視線。

 

 若い頃でないからこそ今はイケオジで通るだろう相貌の短く刈り込まれた短髪は天蓋と奥の小窓からは後光の如く照らされている。

 

「初めまして。アルローゼン姫殿下。自分の名はビスクード。ビスクード・ライラルと申します。どうぞお見知りおきを」

 

 軍装の上では恐らく大佐。

 

 だが、その名前に僅か内心心当たりがあった。

 

「南部侵攻の主攻部隊の長。今は【不動将ビスクード】、でしたか?」

 

「ははは、自分の名はどうやら帝都にも轟いているようで嬉しい限りです」

 

「いえ、重要な軍事上の人材の殆どの名前と戦歴とその他の情報は頭に入っておりますので」

 

「成程。噂に聞きし聡明さだ。これでまだ学院に入って間もないというのだから、何とも大公家の血筋は優秀なようで……帝都の未来も明るいですな」

 

「その賞賛はまだ受け取れるものではありませんよ。ビスクード司令」

 

「これは失敬……軍内部でも懸案であった北部諸国を纏め上げて同盟まで漕ぎ付け、今や盟主として国を二つ所有するに等しい方への言葉ではありませんでしたな。いや、失礼しました」

 

(コイツ……)

 

 腹の読めない現役の恐らく帝国陸軍で最優秀層に属する鬼才。

 

 それがビスクードと呼ばれる目の前の男だ。

 

 現在、南部に侵攻中の六師団。

 

 そう、あの生前の襲撃を仕掛けて来た部隊は連中のほんの一部にしか過ぎないのである。

 

「あちらに応接室がありますので、そちらで」

 

「はい」

 

 2人を連れて応接室まで案内されてソファー越しに対面すると益々相手の笑みが読めないせいで面倒事になった感が強くなる。

 

 自分のような無能の秀才に一番相性が悪い敵。

 

 それが有能な天才というヤツだ。

 

 それも才能で伸上った真っ当なヤツになる程に不利なのは間違いない。

 

 交渉相手としてこれ程にやり難い相手もいないだろう。

 

「それでどうして、本日は貴方が此処に? グリムニッジ卿が此処の学長として応対する旨のお返事を頂いていたのですが?」

 

「ああ、それはですね」

 

 予め用意しておいたのだろう書類がテーブルの下の鞄から出されて、こちらに読むようにと促される。

 

「………つまり、グリムニッジ卿は本日付けで依願退職した、と」

 

「ええ、実は南部侵攻が芳しくないと軍内で吊るし上げられまして。後方に回された次第です」

 

「嘘ですね」

 

「ほう? 何故、嘘だと」

 

 相手の瞳の色が変わった。

 

「書類は正式なものです。異動命令も正当なのでしょう。ですが、今現在の状況が解っている軍の大将連中が最優の貴方を南部方面から配置転換するとはまったく思えない。ご自分からこの学び舎に短期間だけおいて欲しいと軍の人事に頼んだのでは?」

 

「ははは、自分は単なる前線の軍人に過ぎませんよ」

 

 頭を掻いて、そんなわけありませんよアピールしても、本当にもう遅い。

 

「理由としては恐らく竜騎士。竜騎兵の育成にようやく乗り出した陸軍が何処の馬の骨とも分からない。いえ、少なくとも竜の骨くらいには思われていそうな小娘の言葉にはウンと言ったのが気に食わなかったとか? でしょうか」

 

「あははははは、勘繰り過ぎでは? そんな、自分の歳と何歳離れているか分からない方に嫉妬などしませんよ。ええ、ええ、本当に……」

 

 涙を浮かべて冗談に笑う姿を演じる相手の危険さにげんなりした。

 

「少なからず航空戦力の優位性と重要性に逸早く気付き。その点でどうにかならないかと上層部に上申していたようで。他にも大量の戦術、戦略の変更を要諦とした軍の大改革案も目を見張るものがありましたよ」

 

「……はは、さすがにそれは軍事機密の類なのですが? 聞かなかった事にした方がいいでしょうか?」

 

「御爺様の書斎にあった書類がちょっと目に入っただけですよ。ええ」

 

「それでは仕方ありませんね」

 

「ええ、仕方ありません。ちなみに非常に合理的で賞賛に値するという点においてわたくしは極めて貴方を高く評価致します」

 

「まるでそれ以外に関して問題があるようにも聞こえますが?」

 

 相手の笑みが僅かに見定めるようなものになる。

 

「ビスクード卿。貴方は合理主義者で非常に優れた慧眼をお持ちです。だから、お話しますが、この戦は勝てませんよ」

 

「……ですか」

 

「ええ、ですよ」

 

 僅かに男がそう本当に本音のような感じで呟く。

 

「なので、わたくしは南部侵攻ではなく。今後の対帝国戦線における戦力の質的な拡充と防衛戦略への転換に比例した領土独立、周辺国との経済協定及び軍事的な不可侵条約を基軸とした経済同盟、最後に貴方のような優秀で戦争が好きそうな人間への真っ当な戦争先を宛がう事で帝国を救う事にしました」

 

「………………それを本気で仰る?」

 

 相手の顔はさすが驚きに染まった。

 

 それがすぐに笑みよりも苦笑よりも先に興味に切り替わる。

 

 その様子は確実に本音だろう。

 

「敵は南部。ですが、南部は南部でも、貴方の師団が張り付く領土の先の先」

 

「南部皇国、ですか?」

 

「ええ、だから、いつかお伺いしようとは思っていたのですよ。貴方のいる南部へは……」

 

「ほう? どうやって領土も繋がっていない南部皇国へと戦争を吹っ掛けに行くと?」

 

「まだ詳しくは申せませんが、海を行く以外の方法で、とだけ言っておきます」

 

「成程……貴方は思っていた以上のお方のようだ」

 

 相手が肩を竦める。

 

「取り敢えず、貴方が懸念していた殆どの事はわたくしがどうにかするとお約束しましょう。兵站問題や他の不合理な軍の制度の改革も含めて」

 

「北部諸国や西部でやっているように、ですか?」

 

「ええ、軍情報部にもお顔が効くようですが、我が国は大きく為り過ぎました。ここらで一旦整理し、必要な核心部分を護り切る為の時間が必要です」

 

「ふふ、まだ始まってもいない見えざる戦争の影を大真面目に語っても不思議がられないどころか。遅いとお叱りになる方が後方にいるとは……世の中は不思議なものですね」

 

「人間は感情に従う生き物です。誰もが貴方のように知性を持っているわけでもなければ、合理的になれるわけでもない」

 

「人は無能だと仰る?」

 

「ええ。だから、貴方に軍への苛立ちがあるとすれば、それは真っ当なものですが、貴方の()()()()()()()()的には不用な感情でしかありません」

 

「まるで貴方は人間ではないかのようですな」

 

 少しだけ意地悪されて拗ねたような顔で男が肩を竦める。

 

「さて、どうでしょうか。本当に竜なのかもしれませんよ? お試しになるのはまったくお勧め出来ませんが……」

 

「いえいえ、貴女のような方が後方にいて下さるだけで肩の荷が半分。いえ、3分の2は降りました。それにしてもあの軍のお堅い方々をよく説得出来ましたね」

 

「御爺様の威光と現実的で即物的な利益を与えただけですよ」

 

「利益?」

 

「軍の改革ついでに俗物系軍人の方には後方で優雅に暮らせる後方待機任務を。戦争がしたいだけの狂人には幸せで過酷な軍務を。そして、本当の最優たる人々には今後の予定をお話する事になっています。もう少し後になりますが……」

 

「ほほう?」

 

()()()()()には帝国に帰って来てから色々と苦労させられましたが、凡その不安材料には舞台から退場願ったので」

 

「……末恐ろしい方だ」

 

「別に軍人を辞めたわけではありません。ちょっと情報が届き難い保養地でお茶と食事を愉しみながら、わたくしを支持して頂いている帝都の高級娼館の方々と幸せな日々を送って貰っているだけですよ」

 

「……本当に末恐ろしい方だ」

 

 相手の笑みにはようやく汗が浮いていた。

 

「実は奴隷のオークショニアの方々と仲良くして貰っていまして。今まで色々と人材の取り扱いと商売の仕方についてを教育していたのです」

 

「教育、ですか?」

 

「ええ、奴隷がこの帝国内においては比較的他国とも違って良く扱われる事はご存じでしょうが、それを一歩推し進める事で奴隷の方々には優良な労働力として国家に尽くして頂くという状況がようやく実現し始めまして」

 

「………何とも他の誰かの言葉ならば信じられないところだが、何故か貴方は此処にいて自分を()()()()()()()()()()。いや、まったく見事、と言う他無いですな」

 

 相手が比較的冷静な様子に戻ったので話を進める。

 

「それで今回は何故こちらに? 単純にわたくしと会ってみたかったから、というだけでは理由が弱いように思いますが……何か前線で問題でも? それとも何か既にお願いしたい事でもお有りですか?」

 

 相手が頭を片手で掻く。

 

「どうやら、自分はとんでもない占い師か、未来を見て来たような方の前に来たようだ……」

 

「御用件をどうぞ。ビスクード卿。いえ、不動将ビスクード様」

 

 初めて男が軍人の顔になったかのような印象を受ける。

 

 その顔はもう本当に単なる前線士官のものだった。

 

「我が国が南部侵攻を行えていない最大の障害が新興国に在るのはご存じですね?」

 

「ええ」

 

 そんなのは言われるまでもなく知っている。

 

 情報はいつだって集めて解析していた。

 

 だから、まだ大丈夫だと他に注力出来ていた。

 

「諜報部門の手の者からの情報ですが、敵は空を飛ぶ鋼の翼のようなものを用いて、大規模な質量を運ぶに至る、ようです」

 

「なるほど?」

 

 さすがに3年もあれば、そういう事にもなるのだろう。

 

「つまり、高高度から適当に軍を壊滅させる何がしかの攻撃があれば、師団は駐屯地を破壊されて、撤退を余儀なくされ、我が国は初めて小国に負ける、と」

 

「ええ、そうなれば、泥沼になる。故に貴方へ我が兵達が戦わなくても良いように彼の国を落とす。もしくは無力化する。そういったお願いをしたいのですよ」

 

「……無理難題ですね。ただ、もしそれをお望みでしたら、わたくしならば、お断りします」

 

「何故でしょうか?」

 

「落とすのも無力化して蹂躙するのも、もはや必要無いからですよ」

 

「それはどういう?」

 

「同じ質的な戦力を持った国が殴り合う場合の最も重要な力は何だと思いますか?」

 

「国力でしょうか?」

 

「具体的には?」

 

「生産力」

 

「更に言えば、大体同じ質の兵器をどれだけ多く揃えられるか、ですよ」

 

「なるほど……」

 

「質的な優位と量的な優位が拮抗した場合以外では生産力の大きい国が勝つのは自明でしょう」

 

「ならば、どうすると?」

 

「取り込むのです」

 

「出来ますか?」

 

「出来ますとも。取り込めずとも同盟もしくは不可侵条約とそれを可能にする制度があれば、ですが……」

 

「それを皇帝陛下と大公閣下。帝国議会が許すと?」

 

「他の国で戦争をしてボロボロになっている陸軍の再編は急務ですよ。一時休戦ではなく。不可侵条約でならば、相手も容易には戦力も増強出来ない」

 

「……その間に先程の案で周辺国を固めてしまうおつもりのようで」

 

「出来なければ、どちらにしても帝国は滅びるでしょう。特に竜の国が見えざる帝国に穿たれた楔となりつつある今、一刻の猶予もありません」

 

「全方位に喧嘩を売るのは愚策だと?」

 

「貴方が亡国になりつつある祖国で絶望的な防衛線をしたい変態でない限りはどうにかなるでしょう」

 

「いえいえ、自分は軍人の本懐として攻める方ですよ?」

 

「だとしても平和が一番ですよ。それが我が世の春と人生を終えるまで続くのならば、誰も文句は言わないでしょう……貴方がそうであるとは言いませんが」

 

「その後の事は未来の誰かに任せると?」

 

「いえ、ちゃんと後継者は皆様に作って頂く事になります。それを生涯の仕事に出来れば、上々というものでしょう」

 

 相手はようやく納得したような顔になる。

 

「……何とも不思議な方だ。戦争を主導しているようにも見えながら、平和を謳うとは」

 

「戦争への道には善意が敷かれている。脅威を除く為。誰かを護る為。我が人生を富ませる為。だから、わたくしは悪意でこそ平和への道を敷くのです。他の人より優れていたい。心地良くいたい。感情を満足させたい。須らく、その全ては善悪無く人の表裏にして同じ根源を持つものなのですから……」

 

「どうやら姫殿下は哲学者でもあらせられるようで……」

 

 相手に手を差し出す。

 

 それを取るにしろ。

 

 取らないにしろ。

 

 相手は重要人物であり、無視出来ない要素だ。

 

「………ご結婚されて全て投げ出されるという事は無いですよね?」

 

 まぁ、この時代、この国ならば、在り得なくも無さそうな懸念が投下される。

 

「明日、空から大岩や太陽が降って来て、この地表の全てが蒸発するよりは低い確率であると申し上げておきましょう」

 

「では、これからもどうぞよしなに、というところでどうでしょうか?」

 

 手が取られた。

 

 握手が結構ガッチリと力を込めて行われる。

 

 無論、手袋をした方の手で。

 

「ああ、一つ言い忘れていました」

 

「?」

 

 ビスクードが肩を竦めた。

 

「実はお願いに際して贈り物くらいは持って来いと人事の友人から言われまして。姫殿下のお噂から金銀財宝や我が軍の前線で使う兵器なんて持って来ても襤褸切れより役立たないだろうとの忠告で本日はもう少しマシなモノを持ってきました」

 

『酷いですよぉ。師団長。これでも随分と驚きつつも、この方の為ならお力になれそうだと思っていたところなのですがねぇ……』

 

『グ、グラナン卿。さすがに呼ばれるまでは……』

 

 その声に脳裏が一瞬だけ、真っ暗になった。

 

 特に老いた方ではなく。

 

 若い方の声に。

 

「どうかなされましたか?」

 

「いえ、遂に軍人を奴隷商売で売り出したのかと全身で絶望を表現してみたのですが……」

 

「はっはっはっ、まったく単なる異動ですとも」

 

 どうやら受けたらしい。

 

 無論、こちらの冗談は本当に悪い冗談の類に違いない。

 

 その声を聞き間違える事などあるはずがない。

 

 最後に自分が死ぬ直接の要因だったわけではないとはいえ。

 

 それでも致命傷に近い傷を負わされていなければ、まだあのレーザーっぽいのを避けられたかもしれない。

 

 どうにかなったかもしれない、という想いは拭えないのだ。

 

 気を取り直して、渾身のギャグを相手に叩き込み終えた瞳で、その応接室の横の扉がビスクードに開かれるのを待つ。

 

「我が師団の精鋭たる将の1人と我が師団最優の兵……出来れば、これで手を打って頂きたいところです。ああ、彼らは異動して来ただけですので」

 

「ちなみに此処で会うはずだった部隊の隊長の方は?」

 

「現在は悠々自適な後方任務に付いているかと」

 

 どうやら自分と同じような裏工作をしていたらしい。

 

 軍の人事に顔が効くというのはどうやら自分だけの技でもないようだ。

 

 やって来たのは壮年だろう男。

 

 そして、歳若い騎士というべきだろう相手だった。

 

 その容姿は見忘れるものではない。

 

「初めまして。フィティシラ・アルローゼンと申します」

 

 頭を下げておく。

 

「さ、さすがに大貴族の方に頭を下げて頂く程の者ではありませんよぉ。こほん、お顔をお上げになって下さい。姫殿下」

 

 そこには思っていたよりも醜悪には見えない少し変な軍人が1人。

 

「自分は閣下の貴下で大隊長をしておりましたグラナンと申します。どうぞお見知りおきを……故有って今は姓を名乗らぬ無礼をお許し頂ければ……」

 

「帝国陸軍ビスクード閣下の管轄する師団に席を置いております。ウィシャス・ヴァンドゥラーと申します」

 

 あの日、あの時、野戦の最中。

 

 戦ったはずの男達はこうして数奇にも自分の部下になったようだ。

 

 名前も知らず。

 

 相対した敵は敬意か畏怖か。

 

 あるいは自分の上司と同等くらいにはやり合ったのだろう相手への対等以上での軍人らしい熱意みたいなものを籠めて、最敬礼でこちらを見ていたのだった。

 

「(味方が増えた、のか?)」

 

「(デュガ……味方と書いて犠牲者と読むのですよ。たぶん)」

 

 後ろでボソボソ煩い2人に溜息を吐きたい衝動に駆られながらも、敬礼で返して、ありがたく因縁しかない相手を引き取る事にしたのだった。


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