ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
ヴァドカ王崩御。
その直後に王宮から寿命であった事。
また、王太子ライナズに王権が譲渡された事が速報された。
各国の軍は攻め込むか。
あるいは戻って来ている軍相手に対峙するか。
対応を決めあぐねているようにも見えたが、ユラウシャでの全面降伏の一報が来たと同時に攻め込むでもなく。
本来の目的に戻る事にしたようであった。
そんな最中、王城にアルローゼン家の来訪。
更にはヴァドカへの逗留と同時にようやく会議の開催に関してアルジーナ王と簡易に戴冠したライナズ、帝国からやってきた黒船であるフィティシラ・アルローゼンの三者会議が開かれる事になった。
そんな翌日を控えた午後の昼下がり。
色々とヴァドカで動いて貰っていたアルジーナの姫。
メイヤ・アルジーナ・リシリトと彼女の父親と事前に面会していた。
「初めまして。アルジーナ王。わたくしはフィティシラ・アルローゼンと申します。どうぞお見知りおきを……」
「いえ、お顔をお上げ下さい。今回の戦、止められたのは貴女の采配だと娘から聞いております。アルローゼン姫殿下」
顔を上げると恰幅の良い人の良さそうな顔の男がいた。
中背ではあるが、威厳という点では少し薄く。
親しみ易い笑みを見れば、良王の部類だろうことは一目で解る。
人柄の良さというものが相手には滲み出ていた。
先日会ってすぐに無くなったヴァドカ王とは対照的な相手だろう。
娘と同じ色合いの髪を撫で付けた男は50代程だろうか。
「そう言って頂けると胸の重しが取れたようです」
「はは、それはこちらとて同じ。随分と娘からは聞かされましたが、お話の分かる方である事がこちらも解って良かった」
「何と言われていたのでしょう? 帝国から来た大悪女とでも?」
「いえいえ、恐ろしくも気高い方だと……」
そこらはさすがにフォローしたアルジーナ王と共にテーブルの対面へと掛ける。
まだフォーエ以外の仲間達が此処まで到着していないのでやる事は山済みだ。
自分の身もフォーエに守らせるわけにはいかないだろう。
ゼンドと共に今は先日の宿屋でいつでも飛び出せるように待機させてある為、実質的には1人で何でもやらねばならない。
部屋にはメイアと彼女の相談役なのだろう騎馬隊の隊長が控えていた。
「それで明日以降の会議に付いてお話したい事があるとか」
「ええ、これからの会議まで1週間程掛かる予定なのですが、それまでにアルジーナに揃えて欲しいものがあるのです」
「揃えて欲しいもの?」
「一応、各国の方達にも手紙でお願いしたのですが……」
そっと紙を取り出してアルジーナ王に提示する。
「これは……これが揃えて欲しいものですか? アルローゼン姫殿下」
「はい。出来れば、明後日の朝までに」
「これは急なお話ですが、何故このような?」
紙の内部に書かれているモノを見て、王たる男は理解出来ない様子で首を傾げる。
「いえ、1人では大変なので。それと利害がある特定の国からでは問題があると考え……」
「解りました。必ずお揃えしましょう。それで一つよろしいですか?」
「何でしょうか?」
「ユラウシャの一報ではヴァドカ軍は占領もせずに避難民を伴って移動しているとか。話によれば、ユラウシャの背後にいた南部皇国が裏切ったという話ですが」
「お耳が早いようで。はい。ビダル様とは今後、対皇国の観点から共に協力していく事で話が付きました。ユラウシャへの賠償金に関しては現在、車列と共に移動中であり、現実的な全額の送付は皇国との戦いが終わった後になるでしょう」
「……一つお聞きしたい」
初めてアルジーナ王の瞳が王のものとなった。
「帝国は何故、北部のゴタゴタに此処まで介入を?」
「それは順序が逆なのですよ。アルジーナ王」
「逆?」
「皇国が帝国の動きに介入してきたのです。それは間接的なものでありますが、根本的には北部を介した皇国と帝国の接触に他なりません」
「成程。帝国の庭に皇国が土足で踏み入って来た。という類の問題だと」
「その通りです。わたくしが北部に介入する以前のタイミングで事が起きていたのならば、また違った展開もあったのでしょうが、克ち合ってしまった以上はコレを勢力争いと見るべきです」
「よく分かりました。では、北部への介入は最初から決まっていた事だったと」
「その通り。分かり安く申し上げれば、今の北部は帝国にとって生命線なのです」
「この北部が、ですか?」
「はい。詳しくは会議でお話しましょう」
「解りました。では、その時を待つとしましょう。それでさっそく本題に入らせて頂きますが、アルジーナにどのような利益を齎すおつもりですかな? 娘が決めた事とはいえ、具体的な内容は詰めておきたかったものですから」
ようやく本題と言った様子で男が笑む。
その笑みこそが本当の顔か。
「アルジーナだけの特権は用意してありますよ。即物的なものと時間の掛かるもの。どちらから提示すれば?」
「では、即物的な方から聞いてもよろしいだろうか?」
「では、帝国本土から技術移転と生産拠点化をお約束します」
「技術、移転?」
「我が帝国の強さは技術の強さ。その技術を用いた生産をアルジーナにおいて行うという事はどういう事かお解りですか?」
「我が国で造ったものを他国に売る、と?」
「はい。売れれば、儲けから原価を差し引いた7割をそちらに。三割を後の会議で設立を建議する基金に投資して頂きます」
「基金?」
「それも会議にて。帝国の強さは技術の強さと言いましたが、その技術を具体案として現実に生み出し、それを用いてあらゆる経済、軍事、政治に反映する強さと言っても良いでしょう」
「それは一理ある。ですが、即物的、ですかな。それは?」
「ええ、建設は完全帝国資本。御返し頂かずに結構。最初期の運転資金もお付けしますよ。勿論、融資ではなく。投資でもなく。差し上げます」
「……生産の現場で人々が仕事を得る、と」
それくらいの即物的な話は分かるらしい。
「はい。その上で人々の生活の向上に寄与する事はお約束します」
「……今の北部にその技術で造れる品を買える余力があると?」
「絶対に売れるものしか作りません。というか、その販売の独占は恐らくアルジーナにとっても重要なはずです」
「何を御作りになるつもりですか?」
「様々な雑貨や生活用品に関してはまだまだ庶民には手が出し辛い値段になるでしょうが、それを補填する資材原料の製造拠点をと考えています」
「資材、原料?」
「アルジーナには大規模な河川がある。海運が使える上に水に困らない。様々な物資の生産拠点としてはかなり有用です。使っておらず、人も獣も住み着いていない荒れた山も多いとか。そういった山を建築資材となる原料とするのです」
「それは樹木などや鉱物を、ですか?」
「いいえ、石礫、土、砂、何でも。土と言っても種類は大量にある。そういった山そのものを用いるのです。良い土ならば、近隣の痩せた土地に運んで農業が栄えるかもしれません。痩せた土ならば、逆に建物を建てる際の基礎に。砂も礫も新たな建築工法の資材となる。使い道のない土砂とて埋め立て用の基礎に使えば、何ら問題無い」
「俄かには……」
「要は何をどう役立てるかです。治水に使う新たな建材を山から取り出した資源で造り、河の周囲を埋め立て、街の水害を減らす。また、活用していない河川周辺の山に樹木を植え、管理し、森から水が河川に流れ込まないよう対策する」
カリカリと取り出したメモ帳に鉛筆で土地の活用法を描いて行く。
「樹木は数十年単位で伐採すれば、燃料にも建材にもなる。国造りにおいて重要な土木建築を数十年、百年先まで見据えれば、栄えた地はやがて山の果てまでも広がる街となるでしょう」
「………」
チラリとアルジーナ王に視線を向けるともはや唖然としていた。
「まだ、ご自分が握っている手札の良さにお気づきになられていないご様子。アルジーナは私が見る限り、北部諸国でも有数の豊かさを享受出来ると言っているつもりなのですが……」
「それは……それは姫殿下の頭の中だけにあるものではないと?」
「水害にお困りでしょう。それは家々を見れば、分かります。ですが、その水害が周辺に肥沃な土を運んでくる。ですが、人の命を毎回差し出すより、技術と知識で土を耕し、品種を改良した穀物を植えて、治水で河を御した方が収量も上がるし、多くの人の家族を救える。わたくしはそう思いますよ」
「はは、少ししか滞在していないという話だったが、どうやら姫殿下は我が国をよく見ているようだ」
僅かに苦い顔で目の前の男は自国の弱点に視線を僅か下に向ける。
「アルジーナ王。技術や拠点を手に入れたとて、困難は付きまとうものです。家々を高くするのが今のアルジーナならば、あの川に削られぬ国を創る事は未来のアルジーナの姿ではないのですか?」
「………貴女はその壮大な計画を即物的と仰るのですか?」
「もっと大きな国を百年、千年先まで永らえさせようとすれば、千年後の子孫に笑われぬよう計画するのが帝国貴族の務めでしょう。わたくしが即物的ではないという利益は常に必要な無駄と必要な悪徳で出来ていますから、少々刺激が強いかと」
「知りたいような、知りたくないような……不思議な事を仰る」
「世の男達に酒は寿命を縮めるから毎日飲むのを止めろというのは迂遠ではありますが、必要な無駄の内です。何故ならその男がもしも伴侶と子供を得ていれば、何十年後かの老後に苦しみ抜いて死ぬか、家族に看取られながら幸せに死ぬか。それを選ばせる事が出来る。一時の快楽も必要な時はある。しかし、過剰な快楽は身を亡ぼすでしょう。わたくしはこの北部にそんな忠告を為す為に来たのです」
もはやアルジーナ王は乾いた笑いしか出ないようだった。
だが、すぐに何処か緩々と苦笑してこちらを見やる。
「どうやら、思っていたよりも難儀な方のようだ。貴女は……」
「良く言われます。時間の掛かる方は北部諸国の流通経路の大動脈として各地へと道を伸ばす役目そのものを背負って貰う事なのですが、これは次の会議で」
「お話は解りました。ご要望のものは必ず。それと他国の軍がそろそろ痺れを切らしているのですが、どうするおつもりかな?」
「ああ、そちらは既にこの後に各国の将軍参謀その他の戦乱の立役者の方々との会合が入っておりますので。アルジーナは軍を派遣せず、個人を参加させるという事でしたので、共に行きましょう」
父親とこちらの会話を固唾を飲んで見守っていたメイヤがすぐ横の騎馬隊の隊長を見やり、頷き返され、ギュッと服の裾を掴んで何かを覚悟したようだった。
「おお、そうですか。それではあまりお引止めするのも何ですな。イーゴリ。現地までアルローゼン姫殿下を御送りしなさい」
「は、王よ。姫殿下。イーゴリ。イーゴリ・アルマンと申します。現地までお供させて頂ければ……」
頭を下げた騎馬隊の隊長イーゴリに頷く。
こうして、銭座である各国軍の演習へと向けて動いて行く事になるのだった。
*
「フィティシラ・アルローゼンと申します。本日はお忙しい皆様に集まって頂きました事をまずはこの場で感謝させて頂きます」
一応、王城に寄って途中で専用の軍装に身を包み直してからヴァドカの街の外にギスギスしながら屯っている軍に指定した平原の中心に縁台と座席を置いて参列して貰った各国軍のお偉方は『こんな小娘が?』という顔になっていた。
無論、葬儀だの何だので忙しいヴァドカに用意させたので簡易のものだが、さすがに気は使われているらしく。
それなりに良さそうな作りで椅子もまた王城から持って来たようなしっかりとした代物が数十脚。
人数分用意出来なかったようだが、立ち見は数名程度であった。
「このような何も無い場ではありますが、しばしのご辛抱と共に会議に御付き合いください。無論、ホストとして退屈はさせません」
周囲の軍人の半数以上からは苦笑が零れた。
そして、もう半数より少ない層からはかなり警戒されているのが解る。
どうやら書いてやった手紙の内容の幾つかが効いているようだ。
「さて、まずは皆様を呼んだ手前、合同演習の日程に付いてですが、これは先だって行われる北部諸国初めての全体会議終了後に行って頂く事になりました」
さすがに一番知りたいであろうこと。
いつになったら、このバカ騒ぎが収まるかについて言及しておく。
「軍を待たせる事がどれだけ罪深い事かは承知しておりますが、数日の辛抱をまずはご了承頂ければと思います」
軽く頭を下げて話を続ける。
「また、幾つかの冬を越すのも苦労するはずの小国には今回の行軍において冬になる前に今回の出兵での損失を賄う形で心ばかりの武器の無償供与と帝国の商品という形での食料・雑貨を国家規模に合わせてお送りする事をお約束します」
一部の国からざわめきが起った。
貴族の施しか。
と、さすがに冬も越せない国呼ばわりされたくない国は黙っていたが、一部の国は何やらホッとしたような空気を醸し出す。
「さて、まず皆様に軍事と言う方面で今一番言わなければならない事は二つ。今後、北部諸国は誰を敵にするかで運命が解れるという事をお伝えしておきます」
ユラウシャでの一件を一部脚色もしくは真実事実を抜きに聴衆へと聞かせる。
すぐに男達はざわめきに包まれた。
「―――つまり、北部諸国でバルバロスの確保に乗り出した皇国側に付くか。もしくは帝国に付くかという事です。これは軍事行動的な制約を持った選択だと思って頂きたい。我が国は地続きであり、皇国は海路」
男達にはそれが帝国の圧迫に思えたに違いない。
だが、やはり一部の軍事に聡い連中は何を言いたいのか察したようで血の気を引かせていた。
「勿論、皆様がお考えになる通り、此処で皇国に帝国は一歩も譲る理由がありません。自らの庭に土足で踏み入る隣人にはお帰り願うのが常道です」
だが、問題の本質はそこではない。
「今後、この一件から帝国は北部諸国への介入を強めるという事になりますが、実際には我が国は北部諸国に兵を送る程の余力がありません。いえ、正確には余力が無くなるというのが真実でしょうか。一部の部隊を動かす可能性はありますが、それ以上の師団規模では不可能だと結論します」
演台に置かれていた自分の水筒から水を一口。
「これに関しては会議の方で取り上げる事になるでしょう。皆様にはまだ関係ない話です。さて、それではさっそく本題に入りましょう」
此処でようやく男達は本題?という顔に全員が成った。
統一時にどれだけ戦争をさせられる事になるのか。
あるいは帝国の奴隷のように馬車馬の如く働かせられる事になるのか。
という事を暗に予想していた層は肩透かしを食らったかのようだ。
「ちなみに皆様の一部の方が考えているような帝国側の兵として北部諸国の統一に関する戦乱で使い潰される、というような未来はたぶん来ないと思いますよ。わたくしが会議を成功させられれば、ですが」
言われた一部の層の顔が真顔で固まった。
「わたくしは此処に合同訓練の本題を話す為に来たのです。皆様に対して命令をする権限があるでもなし。先程までの話は遠い隣国の話とでも思って下されば、十分です」
ニコリとしておく。
「では、まず皆様の軍の論評から行きましょうか」
論評という顔になる者多数。
だが、嫌な予感を感じた国家の男達は汗を浮かべていた。
「わたくしが調べた限りの北部諸国の軍の総評としては下の中というところでしょうか。国家毎の軍事力のバラつきが酷い。後、あまりにも軍事力を重視した結果、国力を落として衰滅する例が多過ぎる」
―――5分後。
「まず武器の観点から言っても新兵器を企画する者がいない。また武器の造りを統一する者が帝国しかいない。まともな武器を作ろうともしない国家も多い」
―――10分後。
「それでいいわけないでしょう。本当に戦争する気があるのですか? まず帝国内の従属国なら、この仕事をしている政治家と軍人は首が物理的に飛ぶところですよ」
―――30分後。
「国土と国力と軍事力のバランスが保てない連中が多過ぎます。また、自分達に見合った戦い方や戦力の増強も出来ていない。ただ、強い武器だけで勝てる程に貴方達が立ち向かう戦争という魔物は馬鹿なのですか?」
―――1時間後。
「兵站の重要さを認識しない大国の軍が多過ぎる。生存を自己完結出来る山岳の小国兵士の方がそんな国の兵士より余程にわたくしは優秀だと断じられます」
―――1時間半後。
「特に単なる平民を侵略戦争に駆り出そうという連中が正しく醜悪。生存競争的な戦争でなければ、国力を疲弊させ、他国を悦ばせる事しかない国賊の類ですね」
―――2時間後。
「現在の兵站は北部諸国の物流網に依存します。である以上、他国の侵略なんて正しく自前の物流網が無ければ意味がない」
―――2時間半後。
「相手の国土を全て取れる程の距離を戦えず。滅ぼした後の国をまともに支える人的資源が戦で消えてしまっている。これが北部の病で―――」
―――3時間後。
「とにかく衛生観念が無い。貴方達が軍事に重きを置く本当の戦士ならば、病やケガを放置している事は正しく犯罪的だと申せましょう」
――-3時間半後。
「戦闘行動も改善する余地があり、鎧内の糞尿が戦意を低下させる事からも戦闘行動時間の短縮と排泄を行う時間の管理、戦闘行動の短縮工程を持つ作戦及び兵器の開発を帝国は行っています。これにより便所で用を足して手を洗わないような汚れに無頓着な敵国の兵が各地の戦線では次々に撃破されているそうです。軍の食事がまともに衛生的な観念を持つ方の手で調理されている事を願うばかりですね」
―――4時間後。
「腹痛で兵を失う程に無意味な軍事的損失はありません。糧食がそもそも消費期限が近過ぎてまともではない。調理、携行、食事の全てで清潔に保つ事をしない。これは正しく軍人にとっては戦よりも必要な事なのにですよ」
―――4時間半後。
「今までのお話を少しでも理解出来た方はまず自分の軍の兵隊にまともなメシを食わせ、まともな衛生観念を植え付ける事。人間で戦う以上、人間を大事にして戦うという戦略、戦術が如何に今後必要になるかを深刻に捉えて頂ければ、幸いです」
ようやく大体の事は言い終えたが、どうやらもう水筒は空っぽなようだ。
よく見れば、もう椅子に座っていた男達は何かどんよりと肩を落としていた。
「最後にこれは女性としての忠告ですが、清潔な軍人の方は女性から見てもお近づきになりたい方です。ですが、清潔を目指さない軍人はどれだけ強かろうと高潔だろうと山賊や盗賊と然して変わりがありません」
その言葉に一部の老齢の男達が雷に打たれたような顔になった。
どうやら思い当たる節はあるらしい。
「それくらいの事は男である貴方達がまず知っておくべき事でしょう。妻や恋人に愛されたいならば、ですが……」
周囲を見渡せば死屍累々。
ダメ出しは聴いているようだ。
「今後の予定と演習内容に関しては紙に認めたものがありますので演台横から持って行って下されば。ご清聴ありがとうございました」
演台から降りる。
どうやら追って来る者は無いようだ。
それどころか何か打ちのめされたらしい顔で暗澹たる様子の軍人達はまだ動き出すにも時間が掛かるように見えた。
「フィティシラ。お疲れ様」
「フォーエ。どうして此処に?」
「もう夕暮れ時だよ?」
「そう言えば、そうみたいだな」
見れば、確かにもう夕暮れ時だった。
「何時間も帰ってこないから何かあったのかと」
「悪い。ちょっと熱が入っただけだ」
「アレがちょっと……」
いつから見ていたのか知らないが、フォーエが未だに動きの鈍い軍人達を見て、ご愁傷様的な顔を浮かべる。
「今日の夕食はもう宿屋の人が作ってくれてるよ」
「ああ、食べたら王城の方に一緒に行ってくれ。あっちで今後の予定の為に色々とやらなきゃならない事がある」
「解った。ゼンド」
フォーエが指笛を吹くと。
バサリと濃淡が出来始めた平原にゼンドが降りて来る。
それに一緒に跨るとすぐに空へと舞い上がった。
未だ群の野営地は明かりを灯していない。
だが、それでも北部諸国の総軍の3割くらいは集まっているだろう。
未だ平原には遠方の道から軍の列が近付いて来る。
演習は数日やる予定だが、その前にまだまだやるべき事はやはり山積みだった。