ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第28話「北部大計Ⅷ」

 

 合計10隻の船を何とか奪取する事に成功した翌日。

 

 明け方に残る船が全てやって来た。

 

 どうやら明け方を待って出発したら自然と合流したらしい。

 

 さすがに20人ずつ出させて弱体化させつつ、船をざっくり頂くのは不可能と判断した為、さっさとフォーエに爆破して貰う事にした。

 

 ここ最近、使われまくった小瓶ではなくフラスコだ。

 

 容量は小瓶の数十倍。

 

 科学的に安定した合成直前の化学物質を持って来て、それを慎重に反応させて瓶詰したのは人が掃けていくユラウシャでの事であった。

 

 内部にゴムを敷き詰めた特製の匣。

 

 ゴムでコーティングした特製フラスコが4本しかなかったので正しく虎の子。

 

 沖合から小舟を出して我先にと争う隊長クラスが醜く上陸し、押し合い圧し合いしている横から直情から急速下降、急速旋回、海面スレスレを飛ぶ曲芸飛行に磨きが掛かったフォーエによって瓶は次々に海面で爆ぜ。

 

 船は四隻ほぼ同時に船体に大穴を開けて浸水。

 

『一体何がぁ!?』

 

『どこからの砲撃だぁ!!?』

 

『まさか、我が国以外にも砲を扱う国家があるとでも!?』

 

『まさか、手柄欲しさに貴様らぁああ!?』

 

『あれは竜か!? まさか、海上で!!?』

 

『に、逃げろぉ!? 船が沈むぞぉおお!!?』

 

「醜い……」

 

 双眼鏡で見ていると部下達を使って混乱の極みに達した男達が裏切り者めと互いを罵り合って同士討ちが発生。

 

 さすがにマズイと感じたらしい兵士達の一部が現場から逃げ出して、自己保身を図り、残る船が一隻しかないという状況に蒼褪めて、やはり同士討ちに参加。

 

 船に早く載り込もうと殺し合いに発展。

 

 見ていても良いのだが、生憎とバンデシスに約束したので肩を竦めつつ全員に位置が解るように火薬の色合いが紅の火矢を軍の連中に放たせ。

 

 一斉に騎馬隊で突撃させた。

 

『ユラウシャに栄光あれぇええええええええええ!!!』

 

『全隊、突撃ぃいいいいいいいいいいい!!!』

 

『―――なぁあああ!!!?』

 

『ユ、ユラウシャ軍だとぉおおおおおおおお!!?』

 

『わ、我々は味方だとまだ信じてい―――』

 

『て、撤退!! 撤退しろぉおおおお!?』

 

『どこにも逃げ場なんて無いぞ!? どーするんだぁああ!!?』

 

 騎馬隊の気迫に脅された皇国兵はもう混乱の極みである。

 

 それを見ていた小舟が内部の兵隊達の手で慌てて出され、最後に残った兵隊達がオレも載せろと海に飛び込んで掴まる始末。

 

(やれやれ。困った奴らだ。軍人じゃないのかよ……オレは最初に当たりを引いたって事なのかもな。バンデシスの爪の垢でも煎じさせたいレベルだ……)

 

 残り一隻が倒せなければ、問題では?

 

 という話もない。

 

 感度を超絶落としたニトログリセリンの足りない分は現地製造の可燃性薬品で十分だったからだ。

 

 何せ実験道具一式は持って来ていたし、最低限の触媒もあった。

 

 基本爆発物になりそうな薬品の合成は実はそんなに難しくない。

 

 原材料でとにかく手に入り難いものを揃えて置けば、現地でも鉱石やその他諸々を商人に集めさせるだけでイケるのは各地で街での聞き込みや商人の話から確実であった為、手間取る事も無かった。

 

(小道具もちゃんと用意してきたしな)

 

 甲板に派手に燃え上がる炭化カルシウムを一瓶投下して、水に反応させ、ガスを衝撃によって火花を起こすバネと鉄とマグネシウム製の発火装置をイン。

 

 帝国の炉は一応2000℃以上出るらしく。

 

 案外、簡単に合成する事が出来た物質はこうして爆発物として立派に船上を燃え上がらせ、すぐにマストや他の部分に延焼。

 

 後は火薬の引火を畏れて船から飛び降りる者達が逃げ出すだけで全ては終了。

 

 木製の樹木を薄く削って作った工芸品的なメガホンで騎馬隊の中央後ろ馬に載せて貰いつつ叫ぶ。

 

『こちらはユラウシャ海軍である。無条件降伏を受諾する限りにおいて、諸君らの命の保証と祖国への帰還は約束する。武器を置いて直ちに投降せよ!!』

 

 もはや勝敗は決したも同然だろう。

 

 海で沈没し、燃え盛る船の残骸達。

 

 爆発しそうな船を背後に必死で泳ぐ兵隊達。

 

 これで第一陣の撃退は完了したも同然。

 

 さすがに突然の事に理解が追い付いていない者達も背後で最後の船が爆発するに当たってはもう戦う気力も失せたように次々と武器を落として両手を上げて投降していった。

 

 海の方では海賊船から降ろした救難用の小型ボートが海に飛び込んだ兵達を回収し、ユラウシャに投降する限りは命を取らないとこちらと同じ文言で武装を放棄させていく。

 

 もはや、敵は海にいるはずも無かった。

 

 *

 

 無事に『お宝はありまぁす!!』作戦を終えた日の昼時。

 

 現地のユラウシャ軍に男達を丁重に捕虜として殺さず虐待せずまともに扱うよう合理的な理由をお話して頭を下げ恐縮された後。

 

 最初の海賊船にゼンドを降ろして共にユラウシャ市街地にまで戻って来ていた。

 

 背後には合計9隻のフリゲート艦が一緒だ。

 

 こっそり火砲を搭載した船はかなりの収穫ではあるが、ユラウシャ側としても投資が何割か戻って来たと喜ぶところだろう。

 

 普通、船同士の戦いは人が死ぬか船が沈むかの二択だ。

 

「どう言い表していいものか……」

 

 ビダルはもはや労うよりも呆れる方が勝った様子で凱旋した船の上から降りたら、第一声でそう溜息を吐いていた。

 

「で? そっちはどうなってる?」

 

「言われた通り、ユラウシャの第二陣、第三陣を見越してのそちらの要請に従って各所で工事中だ。それにしても本当に来るのか?」

 

「あの船15隻……負けたばかりの国家が損切出来る額だと思うか?」

 

「成程、確かに……だが、それは少し先の話ではないのか?」

 

 ビダルに連れ添って街の内部へと向かう。

 

 背後にはアテオラを連れたメイド2人組。

 

 フォーエは台活躍だったゼンドを休ませる為、一番竜にも寝心地が良さそうな場所を商会して貰い、そちらで休養となっていた。

 

「悪いがソレはない。理由は二つ。相手が短期間で此処をさっさと引き払う予定だったはずだからだ」

 

「引き払う?」

 

「考えてもみろ。こんな鉱物資源も出ない海路の要衝、他国に狙われそうでついでに背後が海しかない崖っぷちに誰が大規模な軍を長期逗留させたいと思う?」

 

「侵略者ならば、そうだろうな……」

 

「そう、侵略者なんだよ。あっちは……それもいるか分からないバルバロス欲しさの侵略者だ。つまり、目的のモノを奪ったら、とっとと南部に帰ろうとするはずだ」

 

「……短期的に占領し、必要なバルバロスのいる国に攻め込んでさっさと成果を奪ったら逃げ出すと?」

 

「恐らく短期間と言っても数か月から数年を予定してるんだろうな」

 

「先遣隊である艦隊よりも多くの艦が来る、か」

 

「そうだ。あっちは技術力も高い。生産性もあるだろう。艦隊相手になったら負けるぞ」

 

「どうする?」

 

「何をさせてたかまだ覚えてるなら見当付かないか?」

 

 ビダルが街を見て嫌そうな顔になった。

 

「我が国を今度は奴らの鳥籠にするのか?」

 

「そういう事だ。無防備に転がってる場所を奴らが拠点化したら、今急ぎで帝国にやった手紙で色々と運び込ませる予定の代物で海軍毎降伏させる」

 

「冗談には聞こえないな」

 

「ギリギリだぞ? フォーエが今回は頑張ってくれたから何とかなったが、今はフォーエの国から同じ竜を使える連中を呼んでる最中だ」

 

「南部から北部の此処まで海路で約2か月。何とかなるか?」

 

「相手が素早い相手じゃない事を祈ろう。艦隊はこっちにもある。最大限有効活用するぞ。数も必要だが、戦術戦略で六倍くらいまでなら何とかなる」

 

「六倍……負けたとはいえ、大陸最大の穀倉地帯を近隣に持つ恵まれた国だぞ。どれほどの艦隊を送って来るものか……」

 

「バンデシスの話じゃ、急激な艦隊整備に軍の整備の方が追い付いてないって話だ。先日の戦争で国土をほぼ取られ、人口も統一されていた時の2割強。ついでに徴兵人口も払底してる」

 

「楽観しろと?」

 

「いや、諦観しろ。14以下の子供を徴兵して軍に使ってるって事だ」

 

「………子供を殺せと兵に命令する事になるとはな」

 

 ビダルが大きく溜息を吐いた。

 

「ついでに負けた超人集団もおまけで付いて来る。皇国は今や悪徳の園だそうだ。国庫の激減からご禁制の品を何でも奴隷と一緒に売買してるとか」

 

「気が滅入る話ばかりだ……」

 

 どうやら奴隷売買はお気に召さないらしい。

 

「とにかく、まだしばらくはあっちに国民を避難させておけ。この国が使えるようになるのは皇国を殴り倒した後だ。建築資材の数か月後からの大量発注はしておいてくれ。当座の金に困ったらこっちで捻出しておく」

 

「金策の当てでもあると?」

 

「それをこれからしに行く。バンデシスの話じゃ、先遣隊が出来た後、第二次艦隊の整備には2か月は掛かるだろうって話だ」

 

「軍はそう易々とは出来ないだろう?」

 

「急造の海軍部隊が大量に編成されてるらしい」

 

 今までの話の流れからビダルが渋い顔になった。

 

「艦隊が出来るのに2か月、此処に来るまでに2か月。海軍を急造して兵隊を補充編成するなら1ヵ月くらいか?」

 

「補充、か」

 

「ああ、そうだ。船長と数人の士官に子供のお守をさせて出してくるとすれば、おざなりにやれば、ざっくり半年以内を見込むが……」

 

「最低2か月。最高で半年以内、か」

 

「もし出来てすぐに順次送ってくれたら、万々歳だ。船を落とすなり、船を脅して降伏させるなりって手が使える」

 

「そう上手く行くか?」

 

「今回の軍の隊長連中の尋問をさっそくさせてたんだが、ちょっと聞いた話によると。連中はどうやら傭兵上がりらしい」

 

「傭兵上がり?」

 

「素人を隊長に付けるよりはマシだろうって壊滅した軍隊を立て直すのにまともな人材が無いから傭兵を軍の隊長級に取り立てたとか」

 

「末期だな……」

 

 ビダルが本当にもはや救いようがないという顔になる。

 

「バンデシスも元々は陸軍の軍人だったらしい。急造する海軍の席に流されたと本人が言ってた。正しく張り子だな。金で立派な皮は被れても中身は盗賊山賊の類だ」

 

「それに子供を付けて兵隊ごっこと……」

 

「そういう事だ。お、どうやら来たみたいだな」

 

 ビダルがこちらの視線に気付いて上を見上げるとゼンドと同じタイプの竜に人が載って、海岸に降りていくところだった。

 

「フォーエは連れて行く。連中の飛行訓練用の指南書は書いておいた。必要な装備は1か月後までには完全に充足する。船一つに一体。竜を付けて、運用する。今回のフォーエを使った作戦は流用が利くから、もしもの時も安心だ」

 

「相手側にバルバロスやバイツネードがいた場合は?」

 

「沈没させるしかないな。だが、虎の子のバルバロスを集める艦隊に大型のバルバロスはたぶん付けないと思う。もし、それっぽいのがいたら、船毎沈めてくれ。対処出来ないのが来たら全滅する可能性がある」

 

「だろうな……相手ですら、そちらのバルバロスを用いた戦術に全滅したのだから。何の知識も無い我々ではその可能性が高いか」

 

 言われずともさすがに解っているようでビダルに任せて大丈夫そうだと内心でホッと息を吐く。

 

「ちなみに寄生型ってのもいるらしい。傭兵や子供は検疫期間を設けて近くにある孤島なんかがあれば、そこで一定時間隔離しときたい。病気も怖いしな」

 

「それならば、こちらで同じような場所が既にある」

 

「それを使ってくれ。最低4か月だ。もし収容人数を大幅に超過するようなら、別の場所を探す。無かったら、陸地で孤島みたいに何処とも繋がって無い場所で頼む」

 

「了解した……それにしても」

 

 ビダルがこちらを見やる。

 

「その見識は何処から得たものだ? まともな方法でこれ程に広範囲の分野をその歳で網羅するとは……その知識は中々手に入らないだろう」

 

「帝国の叡智は大陸有数だ。毎日、各地の商会から届く経済情報、相場を見て、分野毎の研究者の報告を学会の論文から拾って、出版された本を最新のものから学んでいけば、別に勉強が出来るヤツなら誰でもやれる」

 

 無論、それはやっているが、結局は現代からの知識が一番役に立つのだが、基本的な文化や生活に関する事は現地からの情報が無ければ、細かいところまで色々と計画を立てるのは難しい。

 

 そんな模範的な回答に何故か相手の顔が胡乱になった。

 

「オレは物覚えが普通だ。だから、予習、復習、毎日の分野毎の読み物を寝るまでやって、自己採点まですれば、こんなもんだろう」

 

「……普通か。それが?」

 

「普通だ。努力と勉強が出来るヤツが普通に生活の全てをソレで染めておけば、数年で届く程度の領域だ。簡単だろ?」

 

「まぁ、いい。帝国の姫というのも難儀だな」

 

 何だか物凄く『コイツ、何言ってるんだ?』的な顔をされた気もしたが、出来るヤツと出来ないヤツの差はそういうものだ。

 

 持ってるヤツと持ってないヤツが絶対に分かり合えない事もあるという事実と一緒であり、平民と貴族、王様と庶民、先生と生徒、上司と部下、どんな上限関係や落差のある関係でも当て嵌る。

 

(誰だろうと自分の本当の限界以上には頑張れないし、頑張ろうとして酷い失敗をするのが常だ……)

 

 残念ながら、努力は必ず報われないし、才能があるヤツと無いヤツのその分野における知識や技術や力量には同じ努力をしても差も出れば、限界の幅も違う。

 

 そういう大前提を精神論で殴り壊せる程に心の力とやらは便利ではないし、基本的には合理的に何でもやるのが一番の近道である事は間違いない。

 

 生憎と天才のように閃きでは生きていない以上。

 

 自分に出来る事を限界までやってあらゆるものを蓄える以外、自分にこの世界で生きて目標を達成する方法は無かった。

 

「此処から北部諸国の統一を始めよう」

 

 その言葉の先、何が待っているのか。

 

 まだ、自分にしか見えていないに違いなかった。

 

 *

 

―――2日後

 

「着いたよ!! フィティシラ」

 

「ああ、もうそんな時間か」

 

 昼夜ぶっ続けでフォーエとゼンドに休む時以外は飛行と食事をさせるのみでやって来たのはヴァドカの本拠地であった。

 

 街並みは上空から見る限りは灰色の石作りの家々が立ち並ぶ。

 

 大きな街に見えたがその広さが恐らくはアルジーナよりは多少狭いくらい。

 

 それを見れば、国力の増大の為に地道に拡大して来たのだろう街並みは歴史そのものに見える。

 

 劣化が遅い石材で家を作る辺り、地道で無骨というアテオラに教えられていた国民性は当たっているだろう。

 

「あんなところにもう沢山野営地が出来てる」

 

 よく見れば、街のすぐ傍には大量の軍隊の野営地らしきものが設営されており、その様子は今にも街へと攻め込みそうにも見える。

 

 だが、ヴァドカの軍の姿は今のところまだ周辺には無く。

 

 南部を見れば、ゾロゾロと人の歩く列が見て取れる事から、未だ各国の軍は集結中のようであった。

 

 そんな中、何処に降りようかとキョロキョロ辺りを見回していると街の中心部にある数百m程の領域を囲う幾つもの壁で護られた城塞付近から小さな灰色の竜らしきものが人影と共にやってくる。

 

『どちらの国の方かぁああ!! 名乗られたし!!』

 

 すぐ傍までやって来た兵士にフォーエがこちらより先に応える。

 

『こちらに坐すのはアバンステア帝国より来る大公家の長女フィティシラ・アルローゼン姫殿下である!! 誘導願いたい!!』

 

『ッ、わ、分かりました!! 王城の中庭へ誘導致します。竜騎士殿は付いて参られよ!!』

 

 そのまま相手に言われた通り、城塞の中にある庭へと着陸し、馬用の手綱と鞍を改良して二人乗りにしたソレからそっと降りる。

 

 鞄を4つも横に下げていたゼンドをフォーエが撫でながら感謝を伝え、すぐに鞄を地面へと降ろした。

 

「アルローゼン姫殿下!! お話はアルジーナの方から伺っております!! この庭より先の回廊から中心部へと御向かい下さい。すぐに誘導の者が御身を謁見の間に御通しするでしょう!!」

 

 軽くカーテシーを決めて、頭を下げてからフォーエに荷物番をさせる。

 

「大丈夫?」

 

 ヒソヒソと聞かれたが、頷くに留める。

 

「此処は天下のヴァドカ。万が一の事など在り得ません。わたくしはこの場所に話合いをしに来たのですから」

 

 それを聞いていた竜騎士が何処か複雑そうな顔で視線を逸らしていた。

 

 言われた通りに石作りの回廊へと入るとすぐに慌てた様子で王城の侍女達らしき者達がやって来て、頭を下げてからこちらを誘導する。

 

 王城内部は質素倹約を地で行くような華美な装飾は欠片も無いような無骨さであったが、職人の手によるものだろう武具や英雄らしき彫刻が掘り込まれたレリーフがあちこちにあり、武勇の国である事が伺い知れた。

 

 接見の間の王座には老王らしき相手が1人座っており、その横合いには歳若い厚い眼鏡を掛けた女性が紫紺のローブ姿で背後に控えていた。

 

 所作は帝国式で胸に手を当てて頭を下げる。

 

「面を上げられよ。帝国の姫。この老いぼれに何用か」

 

「初めまして。牙国ヴァドカの王。わたくしはフィティシラ・アルローゼンと申します。本日は先日に出したお手紙での急なお願いの件で参りました」

 

「時候の挨拶は無し。華美な装飾も無し。随分と帝国も無骨ではないか」

 

 60代くらいだろう王は瞳こそギラ付いていた。

 

 が、顔付きは何処か仙人を思わせて細く。

 

 王というには表向きの覇気が感じられない。

 

 気取らない性格。

 

 乾いた肌は薄ら罅割れているようにも見え、その指はカサ付いていた。

 

 一言で言えば、凡王のようにも見えるが、短いやり取りでこちらを観察している辺りはまともな武人という類だろうか。

 

 王冠こそ嵌っていなかったが、その左腕には金色のガントレットらしきものが嵌っており、冠の代わりにも見えた。

 

「無骨を絵に描いた国と話そうというのです。欠伸をされてしまわぬよう気を付けております」

 

「はははは、あの男の孫がなぁ……そなたのような者とは……」

 

「御爺様と知己でいらっしゃいましたか?」

 

「いいや、音に聞こえるそなたの祖父とは一度も会った事はない。書面をやり取りした事もな。だが、見えるのだ」

 

「見える?」

 

「ふ、そなたが特別な力を内に秘めているように……我らもまたバルバロスの加護を受けし血統だという事だ」

 

「ッ」

 

 老王が僅かにその白い髪を掻き上げる。

 

 すると、額に何かが埋まっているのが解った。

 

 宝石とは違う。

 

 石片のようなものが額には一つ突き刺さっており、何か硬質な灰色のソレが脈打つような不思議な感覚が伝わって来た。

 

「………ヴァドカの王は北部で言われていたバルバロスを奉る者達の1人、なのですか? ヴァドカ王よ」

 

「ふ、そのようなものではない。どちらかと言えば、監視者や門番辺りが妥当であろうな」

 

「それはつまり巨大な力を持つバルバロスを封じ込める役であると?」

 

「呑み込みも早いな。この目にはそなたの“何か”までは見えんが、目指すところは解る。時代だな……我が時代にはこのようなものは見えなかった。しかし、数年前から明らかに変化が見えるようになった」

 

「未来が見えるのですか?」

 

「似て非なるモノだ。あくまで推測するだけの材料に過ぎん。そして、ヴァドカを何とか此処まで生き延びさせたはいいが、これより先が明らかに無い。だから、この数十年困っていたわけだ」

 

「それをお話になるという事は未来が変わったと考えても?」

 

「ああ、その原因もそなたを見て納得が行った。目指すところが何処だろうと滅ぶよりはマシであろう。いや、滅んだ方が良い未来に続く事もあるが、それすらも前提が整っていればこそ」

 

「(………)」

 

「そう無言を貫くな。そちらの意を探ろうというのではないのだ」

 

 ヴァドカ王が目を細め、薄っすらと笑う。

 

「聊か、この力は人に過ぎる。推測に推測を重ね、経験によって補強し、色々と模索もしてみたが、我が王としての権威で選べる選択肢は此処までが限界だったのだ。それに絶望もすれば、諦観もあった。だが、そなたは此処に来た」

 

「何が言いたいのですか? ヴァドカの王よ……」

 

「この先、そなたは国家というものを動かしてゆくだろう。だが、それは真実と歴史と異なる種という要因によって大きく変遷する」

 

「予言だとでも?」

 

「く、ふふ、そんな大そうなものではない。この老体の気まぐれだ。もう永くないのは解っていてな。それまでやるべき事をせねばならなかった。その最後の仕事に付き合って貰おうという事だ。北部を未来へ持って行く事が出来るのは現在、そなたしかいないのだから……」

 

 老王が静かに瞳を伏せ。

 

 自らの額に手を触れさせて、ビキリと腕に血管を走らせた瞬間、額からソレが引き抜かれ、こちらの前に投げられた。

 

「ッ―――」

 

 足元にコツリと墜ちたソレを前にして男を見やる。

 

「王よ。どうぞコレを」

 

 男が散乱した血もそのままに額へと背後の女性からハンカチを受け取って当て、こちらを片目で見やる。

 

「受け取れ。終わらぬ道を征く者よ。ソレは嘗て我が祖先が討伐せし、未来を見る獣の牙……歴代の王が額に埋めて来た一欠けらだ」

 

「そんなものをどうしてわたくしに?」

 

 拾い上げて、その血塗れの破片を手のひらに載せた時。

 

 ズグンと全身が揺れるような衝撃が身体を駆け抜けた、気がした。

 

 あまりの事に目の焦点がブレる。

 

 しかし、次に視界が元に戻った時にはもう掌に欠片は見当たらなかった。

 

「受け取ったな。悪いがコレは代償だ。そなたが北部を欲するならば、全てを抱えて貰おう。後は任せたぞ。異なる世より来たりし、蒼き瞳の英雄よ」

 

「!!?」

 

 老王がニヤリとした後、急激に力を失ったかのように瞳が閉じられた。

 

「まさか―――」

 

 謁見の間には老王と背後の女性と自分しかいない。

 

 不用心だとも思っていたが、その理由がようやく明らかになった。

 

 呆然としたままに出会ったばかりの王を見やる。

 

 だが、その顔は何処か満足そうに唇を歪めていた。

 

「ご苦労様でした。我らが王……ゆっくりとお休み下さい」

 

「死んだのですか?」

 

「はい。元々、石片の力で無理やりに寿命を延ばしていたと仰っていました。不自然な状態を元に戻せば、こうなる事も……」

 

「何故、こんな事を……」

 

 その問いに女性がフードを剥いだ。

 

 その顔付と髪の毛の色が何処か王太子に被った。

 

「貴女は……」

 

「お初にお目に掛かります。新たなる北部の支配者よ……私は王の傍女(そばめ)をしております。対外的には王妃となりますが、奴隷上がりの女です。お名前は控えさせて頂ければ」

 

「……自分の伴侶の死を知っていて、それでもこうする必要があったのですか?」

 

「この方が決めた事です。それにもう戻って来たようですし、政治的な空白も混乱も起こりません」

 

 その言葉に背後を振り返ると扉が開かれ、王太子ライナズ・アスト・ヴァドカが歩いて戻って来ていた。

 

「今帰りました母上。まさか、今度は此処まで……早馬で戻って来たというのに……どうかされましたか? 母上」

 

「今、王が旅立たれました」

 

「?!!」

 

 思わずライナズが驚きに固まり、すぐに眠ったように玉座に座る男に駆け寄る。

 

「まさか!!? まだもう少し先だと……どういう事です!?」

 

「落ち着いて。ライナズ……王は託されたのですよ」

 

「託された?」

 

「そこのお方に北部を……」

 

 思わずライナズがこちらを振り返って静かに睨む。

 

 それは怒りとも違うが、何かを見定めようとする瞳だった。

 

「ヴァドカの北部を導くという大願をこのまだ年端も行かない娘に、ですか?」

 

「ええ、全てを見通していた王は貴方も認めていると言っていました」

 

 ライナズの顔が初めて歪み。

 

 王に向かい合って拳を握る。

 

「ッ……貴方はいつもそうだ。一番大切な事を何も説明しようとはしない。挙句に死に目を息子へ見せる事すらないとは。まったく、王としてそこまで恰好を付ける必要があったのですか。父よ……」

 

「ライナズ。王は最後までご立派でしたよ……」

 

「そう、ですか……母上が言うのならば、そうなのでしょう」

 

 納得したかどうかは分からない。

 

 だが、すぐにライナズが王座の傍からこちらに降りて来た。

 

「悪いが本日の王城での謁見は此処までにさせて貰おう。明日には国葬を執り行わねばならん。その後、そちらの要求通り、会議の開催に向けてすぐに手配する。数日中には可能になるだろう。必要な事があれば、書面で城の衛士に渡せ」

 

「では、今日はもうお暇しましょう……」

 

 頷いてから元来た道を戻る。

 

 すると、その背後から肩が僅かに突かれた。

 

 それに振り向いた途端。

 

 躰が吹き飛びそうになるのを何とか倒れずに衝撃を貌を横に向けて受け流す。

 

「これで今日の事は全てどのような事であっても功罪無く利害無く……今後は次の王として相対する事を我が名に誓おう。異国の姫よ」

 

 ブレる視界もそのままに頷いておく。

 

「……分かりました。では、失礼致します。ライナズ閣下」

 

 頭を軽く下げて再び背を向ける。

 

「………」

 

 それを見ていた王妃は何も言わず。

 

 ライナズは謁見の間の背後へと向かって歩き出した。

 

 出て来たこちらの頬を見て気絶する侍従達が多数。

 

 どうやらかなり腫れているらしい。

 

 だが、それはそれでいいとも思える。

 

 いきなり様々な情報が流れ込んで来たが、どうやら思っていたよりもこの世界はファンタジーだし、シリアスさんが全盛期のようだった。


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