ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第24話「北部大計Ⅳ」

 

 ビダルがあの歳で未だ意気軒高。

 

 お盛んであるという噂が出回るかもしれない夜。

 

 さっそくあの部屋で着替えて、さっそく書類を運用し、漁船の中でも一番速度が出る中型帆船を借りる事が出来た。

 

 ビダルの命令という事で船長はすぐに出航し、魚臭い甲板で出された酔い止めのキツメな酒を一口。

 

 思わず吹き出したアテオラは一口で完全に昇天してしまい。

 

 今はゾムニスの背中で寝入っていた。

 

「さて、これからまた一仕事なわけだが、その前に寝ておけ」

 

「此処でですか? さすがに船の上では経験がありませんね」

 

 ノイテが塩水と日光によって変色した甲板の上で嫌そうな顔になる。

 

「シート持って来ただろ。その上でいい」

 

「一応、これだけで金貨4枚はする高級品なのですが」

 

「使い時を間違った道具なんて笑い話だ。宝飾品を貯め込んで死んだ烏みたいになりたくなけりゃ、高かろうが安かろうが使えって事だ」

 

「はぁ、では、いつでも起きられるようにマストの周囲に」

 

「ああ」

 

 ノイテがイソイソと持って来た荷物からシートを出して広げていく。

 

「なぁなぁ、ふぃー」

 

「何だ?」

 

「さっき言ってた事って本当か~?」

 

「ああ、大陸統一ってのはあくまで理想だ」

 

「理想?」

 

「いい加減、一々命や明日の心配して生きるのがしんどいから、何処でも誰でもまともな食事に在り付けて、寝床もあって、犯罪や戦争に巻き込まれない場所にしとうこうかなってだけだ」

 

「………理想なのか? ソレ」

 

「今のところはな。別に国を黙らせる方法ならこんな事しなくたって幾らでもある。だが、今言ったような事を実現するなら、単なる軍事力や武器、秘密協定や謀略じゃダメなんだよ」

 

「……それは何となく解る気がするぞ」

 

「ホントか?」

 

「あ!? 今、馬鹿にしただろ!? これでも部隊の長だったぞ!!」

 

 デュガが頬を膨らませる。

 

「解った解った。とにかくだ。人の心を動かさずに現実は動かない。人の気持ちを変えられずに現実は変えられない。そういう事なんだ」

 

「心かぁ。形の無いものを従えようなんて傲慢だな。ふぃーは♪」

 

「どうして嬉しそうなんだ?」

 

「それは王の器って言うんだぞ!! ウチの親父が言ってたからな」

 

「王様になんてなりたいとは思わないな。それに理想は理想だからいいんだ。結果、理想を求め過ぎて地獄にする方が人間は得意だからな」

 

「……ん~~そんなもんか?」

 

「そんなもんだ。オレは王様になるより、まともに働く労働者とか、まともに商売する商人とか、まともに仕事する公務員とか、まともな政策作る政治家とか、そういうのになりたいヤツを増やす事にした」

 

「何か具体的だな……」

 

「人を変えるんだ。それが出来て初めて現実は変わる。その為には道具も金も単なる手段でしかない」

 

「……結果の為なら全部使ってもいいって事か?」

 

「ああ、何なら帝国だって別に要らないだろ。本当に必要なのは人間だ。ただ、生きていく上で必要なものを社会に依存しなくちゃならない人間は集団としての国を捨てられないってだけだ。だから、色々難しい」

 

「もう寝るぞ。難しいのは疲れるからな。ふぁ……」

 

「寝とけ寝とけ。明け方までに一番近い他国の港で帆船の臨検だ。どういう事になるやら……また大立ち回りかもしれないからな」

 

 腰を全員で降ろして、マストに背を凭れさせながら、僅かに船先に輝く先導用の明かりに目を細め。

 

 きっと、現代でなら見られない空を見上げる。

 

 そこには知っている星座は一つも無かった。

 

(作らせた望遠鏡で星の位置は確認済み。月そのものの大きさは現実にほぼ同じ。天体系の学問のネタが星座関連や天体観測、解説系動画だけだったのが悔やまれるな。一応、高校までで習ったりする知識はあるけども……暦やら単位やらだけなんだよなぁ)

 

 この星の基礎的な情報は現在の天文学の本にも載っているのだが、恐らくは19世紀にまで追い付いていない。

 

 一応、ニュートン的な知識はあるようなのだが。

 

「今度、お前らの知識がどれくらいのもんか。ちゃんと測らなきゃな」

 

「へ?」

 

「ちょっと試験するだけだ。文字、書けるだろ?」

 

「ハッ!? 何か嫌な予感がするぞ!?」

 

「いいから寝ろ。それは予感じゃなくて予定って言うんだ」

 

 肩を竦めて瞳を閉じる。

 

 アテオラはゾムニスにお姫様抱っこされた様子で紅い頬のままウーンと唸っていたのだった。

 

 *

 

 水平線に昇る朝焼けを見ながら、美しい初夏の穏やかな海の中。

 

 瞳を開ければ、世界は紅に染まっていた。

 

「綺麗だな。オイ、起きろ!! 目的地付近だぞ!!」

 

「ふぁ?」

 

「ん……やはり、寝つきは浅かったですね」

 

「ああ、起きた。仕事か。その前に糧食を摂らないかい?」

 

「あふ。おはほうこはいはふ」

 

 岸壁が多い北部の海岸線を座礁しないように移動して数時間。

 

 他国の領海に入った事を知らせる鐘の音が響き。

 

 次々に漁師達が寝床から出て来て、雑に海に先日に取ったのだろう少し臭いのキツイ小魚を船の側面に撒き、網を入れ始めた。

 

 二十分程で網が引き上げられると甲板には次々に魚が引き上げられる。

 

 そして、ソレがすぐに調理場に運ばれそうになったのを見て止めた。

 

「何だい? お嬢ちゃん」

 

 船長がそれにどうしたのかと首を傾げる。

 

「あー数匹分けてくれませんか。それと火は使えますか?」

 

「ああ、それなら竈は二つあるから、そっちを使ってくれ」

 

「解りました。使わせて貰います。ノイテ、手伝ってくれ」

 

「解りました」

 

「なぁなぁ、ふぃーって料理出来るのか?」

 

 一度も家の内部では料理をしていないし、近頃の旅の最中は研究所で造った保存食を煮込んだり焼いたりしただけだったので生の魚を前にしては疑われているらしい。

 

「まぁ、経営してる料理店はオレがレシピ作ったもんだからな。寄生虫が怖いから火は通すけども、いいよな?」

 

 何でも工夫すれば、美味しく食べられる。

 

 それはよく祖父の家で料理人な祖母達に叩き込まれた事だ。

 

 幼馴染のヒキコモリにまともな食事を考えて食べさせてやるのにも苦労した。

 

 なので、今更料理を数か月していないくらいで腕が鈍ったりはしない。

 

 鞄からザッと革製のエプロンを取り出して身に着け、髪をゴム製の輪で縛り上げて纏めた。

 

 持って来ていた刃物は3種類もあれば、大抵十分だ。

 

 問題は味付けだが、塩と香辛料を配合し、湿気取りに木炭の欠片を入れたミックス・スパイスが数本あれば、大抵の料理はおいしく頂けるだろう。

 

「な、何かいつもと違う!?」

 

「お、おぉ、フィティシラ姫殿下ってお、お料理が出来るんですね!? 憧れちゃいます!!」

 

「お前ら女だろ。せめて、結婚する時の事は考えて料理くらいは作れるようになっといた方がいいぞ」

 

「何かおばちゃんみたいだなっ。ふぃー!? ソレ、ウチの乳母も言ってたぞ!?」

 

「う~~~りょ、料理の本を読む事なら何とかぁ……」

 

「別にやれなくても生きていけるかもしれないが、やれた方が愉しく生きていけると思うぞ? 自分の喰いたいものが喰いたい時に食えたら、幸せだろ?」

 

 言い置いて厨房へと向かう。

 

「!!?」

 

 だが、その船員に案内された厨房は惨憺たる有様だった。

 

 真水は積まれていたが、とにかく魚臭い。

 

 まともに料理や掃除はされている様子なのだが、こびり付いた臭いは取れなさそうだった。

 

「まぁ、こんなもんか。大型の沖合で長期間の漁をする船って言っても……」

 

 持って来ていたまないたを大きな血がこびり付いた台所の上に載せて、持って来た魚をザッと確認し、一番近い魚を思い浮かべて降ろす事にした。

 

 ちなみに持って来た刃物は中華包丁、和包丁、ペティナイフ。

 

 どれも昔見た包丁職人特集のテレビでやってた作り方を適当に鍛冶師に伝えて造ったなんちゃって品であった。

 

―――40分後。

 

 腕まくりして皿をノイテに運ばせながら、貴重な真水で腕を洗わせて貰い。

 

 骨抜き用に使った道具も仕舞い込み。

 

 エプロンも拭いて甲板に出た。

 

 すると、何かギョッとした様子でゾムニスとデュガとアテオラがこちらを見やる。

 

「何だ。その反応……食べられるものは出しただろ。ちゃんと」

 

 そう言うと何だか物凄く言い辛そうにして全員が言葉少なに発言し始める。

 

「い、いや、君がこれ程の腕を持っていたとは思わなかったんだ。ああ、本当に疑って済まなかった……」

 

「ふぃー。お前、そっち側なんだな!? う、せっかく一緒に料理出来ない組だと思ってたのにぃ……」

 

「こ、これが帝国貴族の料理……す、凄過ぎます」

 

 ゾムニスもデュガもアテオラもゴクリして更の料理を見つめていた。

 

「単なるしゃぶ……お湯に切り身を潜らせて、積んでた野菜と香辛料でサラダにしただけだぞ? 盛り付けも普通だろ」

 

「……我々を驚かせて早死にさせたい病なのかと思っていました」

 

 ノイテが何故か大きな溜息を吐いた。

 

「何でだ!? 普通に料理しただけだ!! どこもおかしくないだろ?!」

 

「帝国貴族が並みの料理人よりもまともに料理をして、それも美しい。十分に驚愕するべき事だと思いますが……周囲を見て下さい」

 

「ん?」

 

 よく見れば、周囲の船員達が単なる赤身をしゃぶしゃぶして水気を切って大根みたいな野菜を薄切りにして交互に並べ、サラダにしただけのものを見て……どよめていた。

 

 他に作ったものと言えば、アラ汁に木炭を使ったタタキ。

 

 後は陸から持って来ていたパンに帝国製の食用油を使って炙り、サラダに使ったのとは別の香辛料を使ってフレークにした魚を載せたブルスケッタ的何かだ。

 

「このくらいはあると思ってたが、こういうのすら無いのか。マジで……まぁ、後で色々導入する時の話題作りには丁度いいか」

 

 一緒に朝食を取ろうとした時。

 

 船長が何故か恐縮した様子でやってくる。

 

「そ、そのぉ……」

 

「ん?」

 

「す、素晴らしい料理だと存じます」

 

「ありがとうございます。それで何か御用でしょうか?」

 

「作り方をお教えて頂けませんか? いえ!? お手間は取らせません!? いや、産まれてこの方、焼き魚や魚汁くらいしか食べた事が無い船員も多く」

 

「この船の料理番はどうしているのですか?」

 

「いや、お恥ずかしいのですが、当番制で。何かを作るとなったら焼き魚か。汁にするか。魚を細かくして煮たものを湯で麦と一緒に取るくらいで……」

 

「ああ、そういう事ですか……」

 

 何処も物臭な連中はいるし、本業漁師が料理人をわざわざ雇うわけもなく。

 

 同時に料理のレシピなんて随分と前から一辺倒だったのかもしれない。

 

「解った。お前らは先に食ってていいぞ。それで何人前でしょうか?」

 

「は、はい?」

 

「だから、この船の船員は何人ですか?」

 

「は、はい。12人程……」

 

「時間が掛かっても?」

 

「それはもちろん!? ええ!! ええ!!」

 

 船長が大いに構いませんと頷く。

 

「はぁぁぁ(´Д`)」

 

 心底面倒だったが、今後の事も考えて、再び厨房に戻る。

 

『ああ、女神様だ!! 料理の女神様がいるぞ!?』

 

『あ、あんなかーちゃんが家で待ってたら!? オレ、死んでもいい!!』

 

『お前、所帯持ちだろ!! 言い加減にしろ!?』

 

『いやだーい!? 悪魔みたいな腕と足でアンタちゃんと仕事して来たんだろうねぇ!? とか、言いながらバンバン肩叩いて来るし、笑い顔がガハハとか品が無いし!! オカにいると毎日毎日子供の面倒見るのが忙しいからって大体焼き魚なんだよぉおお!!?』

 

『うっ、その話はオレに効く!!!(´Д⊂ヽ』×一杯の船員達。

 

 漁師もどうやら色々とお疲れ様なようだが、今は構うものではない。

 

 料理番の男をこき使いつつ、もう一度、同じ料理を作る事にするのだった。

 

 *

 

 明け方。

 

 腹八文目くらいで腹を満たした後。

 

 小さな漁港の沖合に停泊する船を見付けた。

 

 それは渡された設計図からも確かに新型の帆船のようだったが、嫌な予感を覚えたのは自分だけだっただろう。

 

 何故なら、船の両脇に外せそうな四角い窓のようなものが大量に付いており、ガレー船よろしく手漕ぎ用のオールまで付いていた。

 

 設計図とは若干違う仕様になったと聞いている。

 

 というのは昨晩ビダルに聞いた話。

 

 だが、その若干が若干処ではない。

 

「オイオイオイ!!? 南部、技術力持ってるな!? あーもう……あのタイプのフリゲートなら30人てところか? 此処で味方に付けるか。あるいは単純に無力化だな」

 

「どうしたんだ? ふぃー」

 

 あの船は備砲……大砲を積んだフリゲート艦です。

 

 とか、言っても通じるとは思えない。

 

「あの数を左右に装備してるって事は……左右で30門くらいか? ああ、だとすれば、真鍮製辺りか? 青銅は高過ぎるって話だったはず……」

 

「ふぃー?」

 

「お前ら、30人くらいの正規兵を3人でまともに相手出来るか?」

 

「無理ですね」

 

「残念ながら無理だと言わざるを得ないな」

 

「ん~~バイツネードくらいじゃないか? そんなの出来るの」

 

「だよなぁ……しょうがない。悪いがあの船の連中を買収出来なかったら、船を沈める。もし無理なら、混乱させてる間に燃やすなり、皆殺しにするなり、しなきゃならない」

 

「み、皆殺し!? はぅ!?」

 

 アテオラがフラァッと気を遠くして、ゾムニスに凭れる。

 

「どういう事かな?」

 

 ゾムニスの目が細くなった。

 

「あの船はな。火砲を積んでる」

 

「かほー?」

 

「この間から持たせてるだろ。あの遠くを射るヤツ」

 

「ああ、あの使えないヤツ!!」

 

「使えるから、そう言ってくれるな。アレでも研究所の連中に無理言って研究に忙しい中、設計させてるんだ」

 

「昨日のアレの大きいものが入っていると?」

 

 ゾムニスに頷く。

 

「それも左右15門……街の付近まで行って、街を破壊するには十分な量の砲弾と火薬が詰まってるだろう」

 

 その言葉にノイテが船を見やった。

 

「此処で拿捕出来ねば、問題になると?」

 

「問題しかない。いいか? あの船が一杯あるんだ。あの船一隻どうにかしたからって、問題は解決しないんだよ」

 

「……それ以外に道は無いのですか?」

 

「あの中にいるのが正規兵なら目は無い。ぶっ殺すなり、海へ投げ入れてサメの餌にするなりだ。さすがに数が上の相手を悠長に気を失わせて……とか無理だろ?」

 

「ええ、まぁ、そうですが」

 

「取り敢えず、ダメそうなら―――」

 

 と言っている合間に近付いて来た船の上で叫び声が大量に上がっているのが解った。

 

「何だ? 反乱でも起きたか?」

 

 船長に行って、船を近づけて耳を澄ます。

 

『この不良傭兵がぁあああああああああ!!?』

 

『金も払わず殺そうとする奴らの言う事かよぉおおおおおお!!?』

 

『死ねぇえええええええええ!!?』

 

『クソ!? こいつら!?』

 

「どうやら好機だな。お前ら、あの船に乗り込むぞ。今、斬り合ってる連中に『クソ野郎の皇国を倒したいヤツは一緒に兵隊連中を倒せ』って言え。そうすれば、大体の連中のリアクションで敵か味方か分かる」

 

「一体何が起こってるんだ?」

 

 ゾムニスに肩を竦める。

 

「皇国は見せ掛けの戦力として傭兵と正規兵で軍を構成してたようだが、どうやら面倒になって傭兵を騙し討ちしたようだな」

 

「おお!! 今なら、数の不利が消せるわけか!! 賢いな♪」

 

「なら、行くぞ。アテオラはこっちだ。船長様!!」

 

「は、はぃいい!? な、何でございましょうかぁ!?」

 

 血の気が引いた船長がすぐに傍までやってくる。

 

「あの船に横付けしてからあの船と垂直になるように逃げて漁村に降りて更に奥の方まで村人を連れて遠ざかって下さい」

 

「え?」

 

「この子を付けます。地図は?」

 

「は、はい!? 頭の中に!?」

 

「この子の道案内に従い村から離れて安全な場所まで後退を。村人達には船の男達が殺し合いをしていて、危険だからしばらく村から離れるようにと」

 

「わ、解りました!?」

 

「フィティシラ姫殿下!?」

 

 思わずアテオラが袖を握って来る。

 

「ちゃんと帰って来る。それまでに村の連中へ傷病者の受け入れ準備をさせてくれ。それから旅の資金はそっちが持っててくれ」

 

 銀貨の入った袋を渡す。

 

「わ、解りました!! か、必ずご期待に沿えるよう!! 全身全霊で!?」

 

 涙目になった少女の頭をポンポンしておく。

 

「ゾムニス。乗り移れるか?」

 

「任せてくれ」

 

「ノイテ。攪乱役は任せる。全ての装備を自由に使っていい」

 

「解りました」

 

「デュガ」

 

「何だ?」

 

「出来る限り、斬るなら腕にしてくれ。それで大半片が付く。死にたくないと言うヤツがいたら、当身でも何でも使って気を失わせろ。それで死んでも構わない」

 

「りょーかーい」

 

「行くぞ。オレの指示が出たらすぐに応えろ」

 

 三人が頷いたのを見て、腰の後ろに差していたリボルバーを取り出す。

 

 弾倉は3ダース程革製のベルトを巻いて持って来ていたので、ソレをリローダー三つに詰め替えて、後は漁船の方に置いておく。

 

「あ、貴女様は一体……」

 

 船長他、血の気の引いた船員達がこちらを見ていた。

 

「申し遅れました。わたくしはフィティシラ・アルローゼン。帝国の方から来たものです」

 

「ア、アル、アルロ?!!!!?」

 

 泡を喰った様子で船長がガクガクと震えながらこちらを見やる。

 

「どうぞ。これからしばらくの付き合いになるでしょうが、多くの民の為、しばし辛抱して下されば幸いです」

 

 深く頭を下げる。

 

 すると、さすがにとんでもないという顔で頭が上げさせられた。

 

「か、かか、必ず!! 必ずご要望通りに!!?」

 

「はい。信じております。では……これで」

 

 ゾムニスが甲板の端で踏ん張り、ノイテを靴底毎投げるように片腕で投擲した。

 

 さすがの馬鹿力。

 

 ノイテが人1人分程はありそうな段差を瞬時に飛び越え甲板内部へと飛び込む。

 

 それと同時にデュガも跳んだ。

 

 ゾムニスが船を揺らす程に強く蹴り、一部甲板を破壊しながら、乗り移ると。

 

 内部は修羅場らしく。

 

 死体と死体になりそうな傷を負った連中が数名転がり、ノイテがさっき言った通りの言葉を叫ぶと次々に半々に別れて争っていた男達の顔色が変わる。

 

 片方は『何だこいつら?』という顔。

 

 もう片方は『クソ!? 新手か!?』という顔。

 

 これでどちらがどちらかは丸解りだった。

 

 同時にゾムニスがこちらを後ろにして船の後方にいる部隊に向けて突撃する。

 

 それを援護するようにスモークグレネードをそちら側に投げ。

 

 後ろの傭兵達に叫ぶ。

 

「傭兵の皆様!! わたくしは皇国に徒名すモノ!! もし手伝って頂けるのでしたら、皇国の金無し共に代わり、皆様にお給金をお支払いしましょう。乗るも乗らぬも貴方達次第。どちらにしても此処で相手を下さねば、生き残れもしません!!」

 

 その言葉にすぐ傭兵達が酒備を上げて剣を突き上げる。

 

 合間にも煙の中に突っ込んだゾムニスと攪乱役のノイテが相手を切り付けるやら、殴り飛ばすやらしていた。

 

 片腕で投げられた男が船の先の海に次々と投げ込まれていく。

 

『こ、こいつら何だぁあぁああああ!!?』

 

「さ、やるか♪」

 

『ぎゃぁあああああああああああああ!!?』

 

 血飛沫が煙の内部で次々に上がる。

 

 煙りが腫れ始める頃にはまだ10人以上いたはずの連中が数人にまで減っていた。

 

 倒れている連中は正しく半ばから腕や手が片方無く。

 

 咽び泣きながら、腕を抑えるやら絶叫するやらしている。

 

「この方達には聞きたい事があります。戦えないようならば、縛り上げて、死なないように傷口を縛って差し上げて下さい。それと海に落ちたものに何か板切れでも投げて上げて下さい。無用な殺生よりも彼らの情報が欲しいのです」

 

 その言葉に呆然としていた傭兵達だったが、すぐに動いた。

 

「こ、こいつらは!? 一体何者だぁあああああ!!?」

 

 追い詰められた隊長格らしき口ひげの男が剣を震えさせながらも、部下達の手前毅然として瞳だけを怯えさせた表情でこちらを見やる。

 

 どうやら、そろそろ心が折れそうだ。

 

 30人は無理とか言ったが、半分なら十分だったらしいウチの手練れ達の強さに呆れつつ、前に進み出る。

 

「初めまして。皇国の方」

 

 丁寧に頭を下げる。

 

 それに異様なものを見るような視線が突き刺さるのはまぁいつもの話だろう。

 

「わたくしは帝国皇帝陛下の家臣、大公家の者です。名をフィティシラ・アルローゼン……」

 

「な―――?!!」

 

「て、帝国貴族?!! あ、あの悪虐大公の血縁!!?」

 

 どうやら南部にまで祖父の悪名は響いているらしい。

 

 此処まで来ると大陸一の有名人かもしれない。

 

「もし、此処で自害なさるのならばお早目に。傭兵達になぶり殺しにされて生きていたくはないでしょう。ですが、もしもまだ生きている部隊の者達を救いたいのならば、剣をお捨てになるのが賢明かと思います」

 

「ッ、どうせ殺すのだろう!!?」

 

「いいえ、まだご自分の立場がお解りでは無いようですね。もし陛下に殺せと命じられれば、殺すよりも更に気の毒な地獄の上で踊らせるのが大公家の習いかと」

 

「なぁッッ!!?」

 

「剣をお捨てになるならば、命とその尊厳を出来る限り、お助けしましょう。逆に国家に忠誠を誓い、国家の為に死ねるのならば、そちらをお勧めします。ただ、もしも降伏もせずに行き恥じを晒すと言うのであれば、傭兵達には手出しさせません」

 

 ニッコリしておく。

 

「この海で魚を釣るのに餌が丁度足りないようなのです。血の匂いを嗅ぎ付けて、多くの海の狩人がこの船の廻りには集って来ているようですし……皆様を供するのも良いでしょう」

 

 カタカタと髭の男の肩が震えていた。

 

「命も尊厳も取らぬ者に人間の役は重過ぎる。ご心配には及びません。ロープなら人数分ありますので。彼らと戯れ、ゆっくりと頭から海の輩の腹を満たす為にご自身を供されるのを待つ、というのも一興かもしれません」

 

 カランと男達の1人の剣が落ちた。

 

 と、同時に目から光が消えた。

 

 それに反応し次々に剣が落とされ、ガクリと力無く隊長が剣を落とし膝を付く。

 

「なぁなぁ、やっぱり、止めとくよう兄ぃに言おう?」

 

「そうしましょう。その日が来たら」

 

 クルリと振り向くと。

 

 死に掛けた連中が腕を縛られ、転がされたまま。

 

 後ろで傭兵達が何か見てはいけないものを見てしまったような顔で血の気を引かせて、顔を引き攣らせていた。

 

「さ、取り敢えずは死人の片付けと死に掛けの治療としましょう。漁船に合図を」

 

 ノイテに信号弾を撃たせながら、鞄の中に入っている治療用の医薬品と縫合糸、メスやら針やらを思い出す。

 

 一応、学園の休日に腕を縫う肉屋に弟子入りして骨切りや縫合を習ったり、豚や鶏の死体で縫合の練習をしたりはした。

 

 なので人間相手でもやれない事は無いだろう。

 

 生憎と麻酔薬という名のダウナー系麻薬さんは精錬終了済みで4kgは医療用鞄の底に入っている。

 

 更に治療用の薬剤は馬車に積んだままだが、一度漁村に入ってからまた今日中にユラウシャに戻るのは確定的。

 

 死人は最小限度に出来るだろう。

 

 悔やまれるのはアルコールが瓶ビール一つ分くらいしか入っていない事だ。

 

 途中、感染症でお亡くなりになったら、諦めて貰うしかない。

 

 漁村に高濃度アルコールな酒が有れば、いいのだが望み薄だろう。

 

 が、出来る限りはやる事に決めたのだった。


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