ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第20話「帝国の台所事情Ⅹ」

 

 第一大戦時の歴史の授業は人の不幸を笑う笑えない話のオンパレードだ。

 

 政治がまともならば、避けられた悲劇と喜劇が世界史には幾らでも転がっている。

 

 北部諸国の非合理は帝国の非合理にも似通るが、その度合いは現実の歴史と比べても酷いと言わざるを得ない。

 

 その最たる国家群が吸収されて、他国に統合されたのは当たり前の話。

 

 そして、その地域が前よりはまともだが、有効活用されていないのは帝国と同じ。

 

 ついでに戦乱が絶えないせいでまともな技術革新の中核となる人材が育たず。

 

 知識層も無差別に徴兵して国力を落とし、新興国に吸収される。

 

 という悪循環がこの数百年は続いている。

 

 ハッキリ言えば、この明らかに関わり合いに成りたくない中東チックな場所にとって帝国は極めて良心的な部類の隣人だろう。

 

 武器の対価を宝石で賄いつつ。

 

 その供給量を緻密に操作する事で戦乱を疑似的に抑止していたのだ。

 

 巨大トンネルの開通で見逃されがちだが、その前からも武器の供給による貿易は山間部の不便な行路で継続的に続けられていた。

 

 それもこれも帝国の悪虐大公とか名高い身内の成果だ。

 

「………」

 

 基本的に事務仕事が戦場なのが貴族。

 

 なので、貴族風の文体で相手を選んだ文面を認める事は戦いだ。

 

 昔から文章関連の読解力とか。

 

 国語が良く出来たと評判だった。

 

 今も左程、その能力に変わるところはない。

 

 北部諸国も帝国もほぼ同じ言語体系を有しているのも戦いでは有利だ。

 

「コレで良し」

 

 文面を認め、印を押し、サインをし、封蝋と刻印を用いる。

 

「頼んだぞ」

 

 凡そ92通。

 

 丸2日、ぶっ通しで書いた手紙の束を其々に確認後、全てを竜騎士ならぬ竜郵便なフォーエに託す。

 

「必ず。全て届ける事をお約束します」

 

 手紙を入れた茶封筒は其々の北部諸国で最も力を持っている権力者及び、その周辺人物に中てた書簡だ。

 

 情報を収集し、精査した結果として今後の北部諸国において会っておかなければならない人々への致命的な手紙だ。

 

 これを無視出来る人間は恐らくいない。

 

 ついでに絶対こちらと接触しなければと思わされる事になるだろう。

 

「なぁなぁ、何持たせたんだ?」

 

「ん? ああ、アテオラの話を聞きながら最終調整した手紙だ」

 

「手紙?」

 

「人間が一番まともに働こうとする理由を書いてやっただけだ」

 

「何か悪そうだなー」

 

「酷い言われようだな」

 

 明け方、フォーエを見送った空から視線を後ろに向けるとメイド2人にアテオラが一緒になっていた。

 

 ゾムニスは周囲を警戒してており、表通りの方で躰を軽く動かすという話の元、周囲を見回っている。

 

「まぁ、アテオラの情報を元に書いたから、もし間違ってたら、相手に殺されるかもしれないが、それはその時考えよう」

 

「はぅ!?」

 

 あまりの言葉にか。

 

 パタリとアテオラが気絶した。

 

「気の毒に……地勢や資源の事を聞きながら書いていたのは知っていますが、それでどうして殺されると?」

 

「色々と相手の問題を論ってやった」

 

「アゲツラウって何だ?」

 

「バカにしたという事です。デュガ」

 

「ああ!! つまり、お前ら馬鹿だろって言ったのか!? あははは、しかもあんな数に!? フィー……面白過ぎるぞソレ!? く、くくく」

 

 デュガがゲラゲラ笑い始める。

 

「何故、そのような手紙をあの封蝋で? それも筆具も刻印も全て帝国貴族が用いる純正品……もしかせずとも外交問題では?」

 

「逆だ。今回の事を外交問題にした。その上で少し不出来なところを辛辣に糾弾して、こちらの手札で解決してやってもいいと添えただけだ」

 

「……まだ色々仕込んでいそうな事で」

 

「後は結果を御覧じろってところだろ。さ、そろそろ相手も来る頃だ。客一人分の準備も忘れるな」

 

「……一体、貴女には何が見えているのか」

 

 ノイテがこちらを胡乱なモノを見るようなジト目で観察している様子だった。

 

「単なる事実だ」

 

 気絶したアテオラを担ぎつつ、朝食へと向かう。

 

 今日は早めに出立するという事にしていた為、もう宿の煙突からは湯気が上がっている。

 

 この数日、食事は帝国の首都程ではなくても上等なものが出ていた。

 

 豊かな国でまともなメシが定価より少し高い程度で食える。

 

 それが帝国貴族への過度な配慮だとしても、周辺市場は栄えていたし、貧民窟辺りもまともに治安が維持されて、浮浪者も殆どいなかった事を考えれば、この国は北部でも有数の()()()()()()()と言うべきだろう。

 

(だからこそ、食い付いて来る。国は人の鏡。そして、人は国の鏡だとすればな)

 

 こうして朝日の最中。

 

 豆の煮込みと鳥の丸焼きを人数で割ってパンと共に卓を囲んでいると。

 

 その数人の護衛を連れたカモはイソイソとネギを背負ってやってきた。

 

 メイヤ・アルジーナ・リシリト。

 

 このアルジーナの国王代理はあの騎馬隊の隊長と隊員を背後の旅装をしていたのだった。

 

 *

 

「フィティシラ・アルローゼン姫殿下。本日はお願いがあって参りました」

 

 後ろの騎馬隊の隊長だけが一緒に建物に入って来て、後ろに控える。

 

「どうぞ。待っていましたよ。メイヤ国王代理」

 

「失礼します」

 

 相手が隣の席に掛けた。

 

「本日、出発する事にしていたのですが、何かお話でしょうか?」

 

 相手の分かっている癖にという視線が痛い。

 

「はい。先日のお誘いの件に関して」

 

「解りました。アルジーナの国王代理として、という事で構いませんか?」

 

「その通りです。フィティシラ姫殿下。貴女の言う悪巧みとやらにアルジーナは全面的にはご協力致しかねます」

 

「成程。まともな判断です。それで何処まででしたら、ご協力頂けると?」

 

「……誠に遺憾ながら、わたくしはお飾りの国王代理……その仕事の殆どは今も国王の家臣団達が行ってくれております」

 

「………」

 

「帝国の悪巧みにこのアルジーナの宝と言われたわたくしが個人的に加担するという事で如何でしょうか?」

 

「個人的に、の範囲で出来る事はどの程度でしょうか?」

 

「……家臣団の方々には止められましたが、軍権に干渉しないという一線を越えない程度であれば……」

 

「懸命な判断です」

 

「資金提供、人材の融通、物品の売買に関してや軍以外の一部保安部隊などの協力で手を打って頂けませんか?」

 

「十分な御配慮、感謝の念に絶えません。では、こちらの悪巧みの内容をざっと説明させて頂きましょうか」

 

 残りの食事を植物の葉などで包んで弁当にしてくれるようノイテが頼むと宿の主人達が畏まった様子で奥の厨房へと消えて行った。

 

「ゾムニス」

 

「は……」

 

 アテオラにこの2日で用意させていた記憶だけで書いた地図は数人掛けのテーブルの上に鮮やかな色合いを見せた。

 

「コレ、は……北部諸国の全景地図ですか!?」

 

 軍事機密の類だ。

 

 ついでに帝国製の塗料で彩を薄く塗って貰った代物でもある。

 

 その色合いの分け方に気付く者は気付くだろう。

 

 大きな諸国を貫く蔓のように伸びた街道とその脇道。

 

 その周囲にある複数の国々の状況。

 

 赤が4、青が6。

 

 このような対比で国家が選別されている。

 

「では、まず北部諸国で初めての講義を行いましょう」

 

「講義?」

 

 頷く。

 

「我々のやろうとしている事を理解するにはまず北部諸国がどのような状況にあるのかを知らねばなりません。大体知っているというのは前提です。詳しくコレを理解する事でどうすればいいのか。どうなってしまうのか。というのが理解出来るかと思いますので」

 

 木製の指し棒を懐から延ばす。

 

 デュガとノイテが予め言われていた通りに小さな盤上遊戯で使う駒を次々に3セット程、重要な国々に割り振りって置き始めた。

 

「大丈夫、出来る限り、解り安く致します。今の北部諸国の状況が呑み込めたら、是非とも積極的に関わって頂ければ。何事も先行し、始めた者にこそ利益が返る」

 

 チラリと騎馬隊の隊長にも微笑んでおく。

 

「アルジーナは一番先に載ったという事実は深く胸に刻んでおきましょう」

 

「―――」

 

 こうして講師の真似事を始める。

 

 昔懐かしいという程ではない。

 

 あのヒキコモリな幼馴染の勉強を見ていた時と然して変わりはしない。

 

 満点を取らせる事はついに出来なかった教科はあるが、それでも大学に入れるくらいにはなったのだ。

 

 異世界人の1人や2人。

 

 説得できるだけのプレゼンが出来ずに国をどうこうしようなんて出来るはずもないのは自明であった。

 

 *

 

「まず、基礎的な面から。北部諸国の商売に付いて」

 

 地図上の国は凡そ二種類に分けられるというのが北部諸国の言い分だ。

 

 つまりは山岳国家と平地国家だ。

 

「今までは商売と言えば、鉱石の出る山岳国家。穀物を育てる平地国家。海産物を獲る海洋国家。この3つの国家が其々の産物を商うものでした。しかし、北部諸国は縦に長く、横に短い。海洋国家の海産物は塩漬けにしても干物にしても日持ちするモノが少なく。南部にある帝国に近い領域までは届かない」

 

 地図には海産物の流通経路が青い線で示されていた。

 

 他には穀物は褐色の線、鉱石は灰色の線として表記している。

 

「河川で船を使ってもソレは同じ。この縦長の領域に50か国以上あるにも関わらず、殆どの産物は輸送の限界に突き当たり、北部諸国内ですら全土に行き渡らないのが今までの常識でしょう」

 

 各地の産品の輸送限界域に関しては細かく色分けした透けるパラシン紙製の付属する地図を用いる。

 

「紙が透けている?」

 

「帝国製の新素材です」

 

 首都に開設した研究所内で一番簡単に出来る筆記用具や透けるパラフィン紙の類の生産はもう始めさせていた。

 

 正確な測量や地図、その他の設計にはそれに見合った道具が必要だ。

 

 それを以て帝国内でも統一がまだ進んでいない単位の統一などが開始される。

 

 元々、文系だった上に古書などの古い書物なども読む機会があった前世では色々とその書物を作る上で必要な技術にも興味があったのだ。

 

 製紙の歴史は同時に書物の歴史でもある。

 

 羊皮紙などを用いるのが今でも主流な地方ならば、正しくどんな手品かと驚くものだろう。

 

「話を戻しましょう。常識のせいで北部諸国の指導者層は間抜けを演じなければならなかった。いや、もはやそれすら通り越して聖人君子かもしれませんね」

 

「そ、それは一体、どういう……」

 

 思わず罵倒された事も流せるような困惑がメイヤ姫の顔に浮かぶ。

 

「例えば、この内の幾つかの今言った商材を作れる中堅国家の3か国が共闘して、共に連邦制で一つの国家として動けば、北部諸国の4割は手中に出来る試算があります。国力を真っ当な政治で高められたなら、ですが」

 

「―――そ、そんな不可能です!?」

 

「だから、聖人君子なのですよ」

 

 肩を竦める。

 

「北部諸国の方々の殆どは戦乱に巻き込んでも北部をある程度の領土を持つ国として統一しようという機運が無かった」

 

「それは……その力は何処の国にも……」

 

「ええ、ならば、共闘すればいい。でも、それすらない。それは商材にも言える。彼らの多くは自分達が商売出来る圏域で一定以上の力を維持する以上の事を志向しなかった」

 

「どういう意味ですか?」

 

「数百年前と同じ商売が続いている、という事です。商売は国力の基礎。それが変わらないという時点で向上する意志が無かった事は明白では?」

 

「それは……日々を生きるのに精一杯だったからでは、ありませんか?」

 

「ならば、もっと上を目指せたでしょう。これは野心の欠如以上の問題として現状維持以上を望まない孤立主義と呼ぶべきものです」

 

「孤立している、と。北部の諸国がですか?」

 

「もっと簡単に言えば、他国との共存共栄に関する考えが殆ど無い。浅いのですよ」

 

 理解出来る節があるのか。

 

 メイヤが押し黙る。

 

「それは結果として分断を分断のままにしておく平和。小競り合いで人的資源が消耗し続ける圧倒的に最低な平和を維持するという事に他ならない」

 

「最低な平和? 平和であれば、人死には最小限度に留める事が出来ます。それは、最低でしょうか?」

 

「その考え方自体がもう古いのです。平時における小競り合いが起きない事、兵士の人命が失われようがない状況で固定化出来ていない」

 

「それは……理想です」

 

 北部諸国なら最もな言葉だった。

 

「ですが、帝国は他の民族との融和と団結によって大陸に覇を唱えられる程の規模にまで拡大した。最初は何事も理想から始めなければならない」

 

 騎馬隊の隊長は大国の論理だとでも言いたげに苦々しい顔になる。

 

「北部諸国にその機運や性質が一欠けらも無かったのは現地の人間の良くも悪くも纏まりがないという気質に現れている」

 

「「………」」

 

 北部諸国の歴史は争乱の歴史だが、他国への出兵、併合、国力を摺り減らした事による他国の侵略を誘発、瓦解という連鎖で出来上がっている。

 

 安定した国の大半はとにかく内部を固めようとして外に出る事は無く。

 

 相手を必要以上に刺激せず。

 

 同時にまた干渉しないという不文律で共同体の規模の維持だけに邁進していた節があり、正しくソレは自らの存続を選ぶ孤立主義。

 

 まるで前近代のアメリカを彷彿とさせる。

 

 見て見ぬフリで他国の支援を受けられずに滅んだ国もまた多い。

 

「つまり、不合理性を捨て切れない。合理性を追及出来ない。旧体制を打破出来ない。弊害をそのままにし、新しいモノを受け入れないという事に他ならない」

 

 実際、北部諸国において、この数百年で文明的な要素が進展している。

 

 他国からも注目されたものがある。

 

 という話は歴史書にも現代の状況的にも存在しない。

 

「帝国の技術が抜きん出ているのは新しいものを受け入れる心があればこそ。その最低限の下地が北部には無い。いえ、無かったというのが正しいでしょう」

 

「無かった?」

 

「ヴァドカとユラウシャですよ」

 

「ッ」

 

「この二か国は好む好まざるとに関わらず。この状況を打破してしまえるくらいにまで成長した」

 

「戦争に勝利した二か国のどちらかが帝国のようになると?」

 

「いいえ。現在の北部諸国としては頭の痛い問題なのでしょうが、地域そのものとして見れば、この二か国の衝突は極めて歴史的にも有意義なものとなるでしょう」

 

「ゆ、有意義!? そ、そんな事は―――」

 

 ニコリとして続ける。

 

「北部諸国が発展する為に必要なのは纏まった国土と大勢の人間、それを内包する資源産出地帯。そして、全てを有効に活用出来る物流網です。要は飯のタネと飯を食べる人間と住処、その飯を運ぶ道という事です」

 

 幾つかの人口の多い国、穀物や鉱石などの資源が豊富な国、北部諸国の大動脈である街道に近い国を指す。

 

「これには一定の規模が必要です。ですが、その規模を拡大志向する国家が今までは存在しなかった。でも、我が国の介入でその規模を持つ国家が現れた」

 

「―――まさか?!」

 

 相手の喉は干上がっているかもしれない。

 

「ええ、ユラウシャとヴァドカですよ」

 

「二か国を帝国が間接的に育てたと仰るのですか?!」

 

「我が祖父の考えそうな事です。北部諸国においてまともな国家を現地人に育てさせるのに武器の流通量の操作を用いる、なんてやりそうな話ですね」

 

「ッ………」

 

「武器の供給量の差で安定して大きくなれる国、その恩恵を間接的に受けて、物流を発達させる国。そして、それ以外の国という差を人為的に造ったのですよ。恐らくは……」

 

「そんな……」

 

 肩を竦める。

 

 実際、こんな気長な方法を取ったのは恐らく北部諸国を遅々としてもまともに搾取出来る国にしようという思惑なのだろうが、それにしても自分の寿命を無視した真に遠大な計画だろう。

 

 我が祖父ながら、ボケ爺になる未来が見えない。

 

「ユラウシャはたぶん帝国に対抗する勢力側として物流の威力に気付いて台頭する事が出来た。ヴァドカはユラウシャからの物資の大量の流入と帝国製の武具を大量に購入する事で順調に武力を伸ばしてきた」

 

 武器の通量量の増大によるヴァドカの台頭とそれに比例してこの数十年の比較的安定した情勢から北部諸国内でユラウシャが海運業で儲けた資産は大きい。

 

 各種の指標からも両国は順調に国力を上げて来た事は相関して現れる。

 

 正しく、今が絶頂期。

 

 どちらも右肩上がりである事は間違いなかった。

 

「ですが、この二つの勢力は北部諸国の結束の象徴としては失敗したと言わざるを得ない」

 

「失敗?」

 

「どちらが勝っても北部に絶対的な覇者は生まれない。今までの争乱、戦乱の地続きでしかない結果が目に見えているという事です」

 

「……どうして、そう思うのですか?」

 

「単純な事です。帝国の庭に見知らぬ勢力と手を組んで肥大化する海洋国家は要らないと帝国は断言するし、疎ましく思わざるを得ない」

 

「それは帝国の考え方です!?」

 

 思わずメイヤ姫がそう声を上げる。

 

「ええ、そして同時に今のところは現実です。ちなみにユラウシャと同じような理由でヴァドカのような軍事力で全てを圧倒する国は北部諸国の軍閥として帝国は認めないでしょう」

 

「何故、ですか?」

 

 事実を告げておく事にする。

 

「ユラウシャやヴァドカは帝国の背後を海から突ける位置にある。そこに反帝国主義になり得る他国からの介入が強い政体なんて帝国は許しませんよ」

 

「ヴァドカは、あそこは軍事力の台頭し出したころから帝国との関係も良好なはずです」

 

「ヴァドカは軍事力はあっても、他国との協調路線が望めない。今回、単独でユラウシャを攻めようとしているのは更に情報収集をしても変わらなかった。本当に単独でどうにか出来ると思っている」

 

「ですが、ヴァドカにはそれだけの軍事力があります。それに我が国とも……協定を……」

 

「ええ、そこは気を使ったのでしょう。さすがに覇権を取る為の大事な一戦ですから、でも……共同軍を創ろうという事には成らなかった」

 

「ッ……」

 

「ちなみに姫殿下。歴史を見れば、軍事力だけで維持出来た国はございません。軍事力は前提条件でしかないのですよ」

 

「前提?」

 

「歴史に聞こえる多くの大国は強力な軍事力を背景にして、他国との妥協や打算を行った。同時にまた経済でも政治でも軍事でもしっかりとした他国との協調強力関係の基盤を築いていなければならなかった」

 

「それがヴァドカには無いと?」

 

「自らを過信する国は滅びますよ。帝国もその範疇ではありますが、他国への外交努力はしっかりと払われている……」

 

 表向きはという言葉を呑み込んで肩を竦める。

 

「ヴァドカの思惑として考えられる行動方針は3つ。ユラウシャを下して、自らに併合する。その後に北部の弱小国を版図に加えて肥大化する。もしくは圧倒的な地位を確保して北部諸国で唯一無二の規模を有した国家となる」

 

「……帝国とも友好関係を築いているならば、それで十分なのでは?」

 

「ヴァドカが地方軍閥化した場合、外交的に北部諸国で孤立無援となる可能性が高い。もしくはユラウシャの背後の何者かと組んでしまう可能性もある」

 

「そう思う理由は?」

 

「二つです。ヴァドカには歴史的に他国との超長期の協調路線を取った実績が無い。同時にヴァドカの位置がマズイ」

 

「位置?」

 

「帝国から遠過ぎる。武器の流通量で制御出来るのはあのヴァドカまでくらいでしょう。ですが、ユラウシャを彼の国が手に入れれば、その手綱を握れなくなる可能性が高いのです」

 

「どうしてですか?」

 

「ユラウシャを手に入れてしまうと勝手に外との交易で武器を手に入れられるようになってしまうからです」

 

「!?」

 

「解りますか? 武器の面においての帝国依存からの脱却。こうなれば、第二のユラウシャと変わりが無くなってしまうかもしれない」

 

「考え過ぎは無いと?」

 

 メイヤに頷く。

 

「ユラウシャと違って平地国家な上に軍事に優れた国が海も手に入れて、周辺国を併合……増長しないはずがないとは思いませんか?」

 

「そ、それは……」

 

 実際、ヴァドカの前評判は色々現地に行った人間からの情報という形で仕入れさせたが、どれもこれも軍事大国化を目指す富国強兵政策が目立った。

 

 農業や商業は国土から見てもそれなりでしかないのにそれよりも遥かに大きな軍隊を抱えていた。

 

 この北部諸国でも珍しい常備軍を、だ。

 

 財政負担や国民の人的資源への負荷は相当なものだろう。

 

 それこそ女すらも軍隊に取っていたのだ。

 

 それは現在の帝国ですらも珍しい話だ。

 

「ユラウシャを併合して数年は平和かもしれませんが、数年後から関係が悪化するのが目に見えるようですね」

 

 肩を竦めておく。

 

「必ずそうなるとは思えませんが……」

 

「歴史的な必然です。海外との交易で外交的な努力が理解出来るユラウシャとヴァドカの違いです」

 

「ユラウシャの人材も登用す―――」

 

 そこでようやくメイヤは気付いた様子だった。

 

「ヴァドカはこの数十年。他国を滅ぼす際、その指導者層は皆殺しにしていたと思いますが、ユラウシャの指導者層を登用すると思いますか?」

 

「………」

 

「つまり、どちらが勝っても帝国は困るわけです」

 

「そんな……」

 

 ようやく状況は分かって貰えたようだったが、こちらの説明を聞いたメイヤ姫と騎馬隊の隊長は半信半疑なようだった。

 

「では、どうするのですか? そのどちらかが勝つ事は間違いないはずです。それとも戦争を止められると? さすがの帝国でもこの短期間に軍を派遣する事は不可能ではないのですか?」

 

 メイヤ姫は驚きつつも、しっかりと話に付いて来ていた。

 

「軍を派遣する事は致しません。いえ、今の状況だと帝国軍には不可能なので、此処は個人的に止める策を用いる事にしました」

 

「個人的に……」

 

 それが帝国公爵の孫娘の言葉という服を着ていれば、一応は訊いてくれる者も多いだろう。

 

「具体的にはまずヴァドカの軍を取って返させる事にします。それからユラウシャに潜入し、一番上の相手と交渉。ユラウシャの背後にいる組織を確かめてから、色々と始めようかと」

 

「荒唐無稽と、言うべきでしょうか? フィティシラ姫殿下」

 

「もう手は打ちました。1週間は掛からずヴァドカは後背を気にせざるを得なくなるでしょう」

 

「どのような策があるのか。想像も付きません……」

 

 さすがに軍事に詳しいだろう騎馬隊の隊長も半信半疑なようだ。

 

「ですが、現実として軍を止めるか。もしくは取って返すか。この二択になると断言しましょう。もし違っていたら、帝国製の紅茶を御譲りしますよ」

 

「横から失礼。その話の真偽はともかく。どうしてそこまで断言出来るのかお聞きしてもよろしいでしょうか? フィティシラ姫殿下」

 

 さすがに騎馬隊の隊長が普通ならば信じられないだろう軍事的な断言に対して、この目の前にいる世間知らずはどういうものなのか見極めようという顔で訊ねて来る。

 

「正式な帝国の使者として我が竜騎士殿には手紙を届けて貰いました」

 

「まさか、各国へ戦場に来い等と書いてでしょうか?」

 

「いえいえ、もっと短絡的に動かなければ、国が亡びる理由を書いて差し上げただけですよ」

 

「国が? 帝国が北部諸国を滅ぼすとでも?」

 

「あははは、御冗談を……そんな事をせずとも間接的に北部諸国を滅ぼす事など、帝国の力を借りずとも可能です」

 

「―――内容を訊ねても?」

 

 さすがにメイヤ姫の顔が引き攣る。

 

「まぁ、左程の事もありません。我が国から今後行うだろう投資内容の開示と一攫千金の夢を与えて差し上げただけですよ」

 

「投資、一攫千金……金で動かしたと?」

 

 首を横に振って2人を見つめる。

 

「人間はやれと言われたら、やりたくないし、やるなと言われたらやりたくなる。そして、何よりも卑しいし、妬むし、愚かしい生き物でもある」

 

 僅かに微笑むだけに留めて置く。

 

 ネタバレを誰が聞いているかも分からない。

 

「まともな政治感覚を持った北部諸国の国々があるなら、私の送った手紙は何も問題などない。単なる小娘の戯言かもしれません。しかし、彼らは保身と我欲に塗れ、平和という名の衰滅する現在の国家状況の維持を求めている」

 

 横では何故か呆れた視線でメイド達がこちらを見ていた。

 

「そうですね。彼らの持つ矛盾と非合理でありながら、自己主張だけは強い要望に合致する状況をお教えして差し上げただけで話は分かり安く簡単になる」

 

 恐らく、ユラウシャとの合戦が起こるギリギリの場所で止まるはずだ。

 

 地形的な要素と天候に関してもアテオラから仕入れた情報を元に予測を立てているので、急な天候の急変のようなファジーな自然現象が起きなければ、恐らくは上手く行く……と思いたい。

 

「人間は見たいものだけを見て、理解したい事を理解する。窮した者の選択肢は考えるまでもなく常に愚かである」

 

 全ての状況は心理学と歴史的な例に即して作った。

 

 基本的に新祈で幼馴染が齧っていた臨床心理学の基礎は人間の心理的な適応や反応に対する回答を集めた問題集だ。

 

 ついでに社会心理学までやっていたヒキコモリに教科書を解り安く教えてくれと泣き付かれたのはそう遠い昔の話ではない。

 

 後、前世の祖父とやっていた戦略ストラテジー系ゲームはリアル志向だったし、中世ヨーロッパの歴史や戦史、戦国史は個人的に娯楽の類。

 

 今更、歴史書を紐解かなくても詳しい各国の基礎情報と指導者層の評価さえあれば、何を考えずとも相手の選択肢と行動はカテゴライズ可能で目に見える。

 

「それを好むと好まざるとに関わらず、選ばなければならない北部諸国の国々はもはや現実を告げられたら、まともな理屈よりも救いを求めるのですよ。誰よりも自分に都合の良い救いを……」

 

 お茶を啜っておく。

 

 まだ、朝は早い。

 

 しかし、何故か周囲は沈黙が降りていた。

 

「?」

 

 相手の顔は強張ってはいたものの、メイヤ姫からは最後に「そうですか……」と小さい呟きが返って来るだけだった。

 

「では、これよりユラウシャまでの片道を参りましょう。メイヤ姫殿下の乗る馬車はそちらで用意頂けますか?」

 

「え、ええ、既に用意しております」

 

 騎馬隊の隊長が頷く。

 

 こうして、また1人旅の輩が増えたのだった。


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