ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第17話「帝国の台所事情Ⅶ」

 

―――数日後、山の国グライス中央広場。

 

『皆さん。僕が長老から全てを引き継ぎました。フォーエ。今はフィティシラ・アルローゼン姫殿下から貰った姓により、フォーエ・ドラクリスと名乗っています』

 

 山間の邦に戻って来た少年はさっそく受け入れに当たって、長老の側近達を引き継ぐ形で数百人の邦の人々を前に演説する事になっていた。

 

『僕の事を知っている方もいるでしょう。僕はあの孤児院出です』

 

 それだけで大人達の顔色が悪くなる。

 

 孤児院を差別するというよりは無視。

 

 もしくは余力もないので助けもしなかったのは主に大人だ。

 

 そして、子供は更に残酷にイジメていたらしい。

 

 死んだ孤児院の子供達はフォーエとシスターだけで埋葬したというのもまったく酷い話には違いなかった。

 

『ですが、僕は皆さんを恨みません。この邦は困窮していました。隣人を思いやれる程の食糧も気持ちも僕達には持ちようが無かった事は僕達自身が一番分かっている事です』

 

 その言葉で僅かに大人達が安堵する。

 

 子供だって、その今まで自分達がイジメていた相手の言葉を聞いていただろう。

 

 中には頬が腫れた子供が何人もいた。

 

 恐らくは親に何て事をと折檻されたに違いない。

 

『僕は子供でした。偶然、ゼンドを助けなければ、姫殿下を御助けする事も無かった。でも、こうして今は何の因果か、此処にこうして立っている』

 

 フォーエの瞳が大人達を射抜く。

 

 それは覚悟のある者の瞳が覚悟すら無かった日常に倦み疲れていた大人達の瞳を、挫けさせる。

 

『姫殿下はこのような辺境の地にも恵みが必要だと仰って下さいました。今後、長老から引き継いだ職は長老のお付きであった方々と派遣されてくる帝国からの派遣官の方々が合議し、決める事になります』

 

 静かに道を譲ったフォーエが畏まって膝を付く。

 

 それを横に前へ進み出た。

 

『親愛なるグライスの皆さん。わたくしはフィティシラ・アルローゼンと申します。帝国の一貴族ではありますが、今日よりこの邦の後援に加わる事になりました。今回、この地の来訪に際して何者かの襲撃から我が命を御救い下さったフォーエ様には酷く心打たれております』

 

 出だしは良いだろう。

 

 もう平伏する勢いの住民達は膝を付いて祈るポーズまでし始める者もいる。

 

『わたくしにはこのような過酷な土地に生きる術も力もございません。ですが、それを耐え忍び、生き抜こうとする皆さんこそは真に強い方々だと確信しております』

 

 おだてるのを忘れてはいけない。

 

 必要なのは相手に心地良く付いて来て貰う事だからだ。

 

 心理学において否定というのは最終的に使わずに済めばいいもの。

 

 というのがセオリーだったりもする。

 

『ですが、その生活が艱難辛苦のものである事はフォーエ様から聞いております。故にわたくしはこの地に新たな産業の誘致をお約束します』

 

 その言葉に大人達は色めき立つ程ではないとしても、期待の眼差しを向けて来る。

 

『実は帝国は今現在、とある鉱物を探しているのです』

 

 この言葉に多くの民がざわめく。

 

 それはそうだろう。

 

 つまりは鉱山。

 

 現代の技術では不可能な鉱物資源の採掘をやろうというのだから。

 

『この地の事はフォーエ様や地域の方々に調べて頂いたのですが、グライスは極めて我が帝国の要望に応えられるかもしれない地である事が判明致しました。それに皆様は銅を用いた武具をお使いのご様子』

 

 期待を持たせておく事は悪い事ではない。

 

 使えるかどうか。

 

 よりも帝国の出先として機能するかどうかが重要だからだ。

 

『聞きますところ。銅は付近の洞窟などから採取されたとか。調査の結果、この付近一帯には大規模な銅鉱山が眠っているかもしれないと判明した事を此処にご報告申し上げます』

 

 無論、嘘だ。

 

 だが、その可能性はある。

 

 銅を含んだ蒼い鉱物の存在。

 

 酸化した銅の色。

 

 植物の生えない水辺。

 

 銅臭い水となれば、あまり深く掘らなくても出て来そうな気はする。

 

『フォーエ様が長老様より役職を引き継ぐに辺り、我が帝国は銅鉱山の開発に関しての投資をお約束します。わたくしの一存でまず本格的な調査隊を編成し、既にこの地に向けて出発させました』

 

 チラリとフォーエを見てから、また話を続ける。

 

『今後、この地に多くの帝国人が逗留する事となるでしょう。その際にはこの地に長期逗留の為の宿場を御作り頂きたいのです。そうすれば皆様にも仕事が生まれる事でしょう』

 

 おおとざわめきが大きくなる。

 

『その際の資材や始めるに当たって資金はこちらから提供させて頂きます。勿論、わたくしの命の恩人の治める土地。無碍に致しません。それらに関しては御返し頂かなくても結構です』

 

 最初期投資額は貴族の中規模屋敷分。

 

 だが、そんなのは此処から取れるモノに比べれば些細なものだろう。

 

 それに最初期の投資をすぐに回収するだけの資産はもう見付けていた。

 

 此処に来るまでに流れている河川を簡易の資源調査用のキットで調べたのだ。

 

 基礎的な金属元素が含まれているかどうかを確認するリトマス試験紙的な代物や多種類の金属が溶け込んでいるかどうかを一々、科学反応を探ってみる用だ。

 

 その結果は銅イオンが大量に検出される以外は殆どの鉱物が溶けていなかった。

 

 溶け込んでいても微量だろうと推測出来る。

 

 つまりはクッソコレヤバイんじゃね?ってくらいの銅イオン入りの水が無限に流れている事になる。

 

 それが何を意味するか。

 

 少なくとも帝国の一部の人々は喉から手が出る程に欲しくなるに違いない。

 

『古来、銅はその威力によって、水を清め、身体を清めるものでした。帝国の叡智に寄れば、それは植物の病を封じる事すら出来たのだとか』

 

 そんな叡智は今のところないが、今作ったので問題無い。

 

『帝国は大いなる実りを手にしましたが、それは食物を犯す病との戦いでもありました。ですが、この地の水ならば、その苦労を多くが解消出来るでしょう。極めて銅が溶け込んだ聖なる水ならば』

 

 いきなり、鉱毒垂れ流し水が聖水になれば、どうなるか。

 

 それは数か月後には明らかになるだろう。

 

『この地の水は用途別に希釈する事によって食物の病を防ぎ、あるいは疫病を完全ではありませんが防ぐ効果が出るものなのです』

 

 オオオオオオッとどよめきが民衆から漏れる。

 

 本来はボルドー剤。

 

 銅水和剤辺りを造るのが妥当なのだが。

 

 今は銅が掘り出されるまでの間の繋ぎ。

 

 要は【奇跡のお水】の輸出でも頑張って貰う事にしよう。

 

 実家の畑を手伝わされた時の知識が役に立つとは思わなかった。

 

 というか、マッドな教授に散々化学無駄知識を植え付けられたのでどうすれば、出来るのかは知っている。

 

 取り敢えず、硫酸銅と消石灰揃えなきゃ(使命感)という感じだったはずだ。

 

 これは益々海まで行かなければならないだろう。

 

 例え、帝国まで運べなくても、周辺地域は戦乱で荒れ放題。

 

 疫病や飢餓は隣人である。

 

 平和でないからこそ、ソレは極めて大きな武器となるだろう。

 

『口にすれば猛毒。ですが、毒は薬とも申します。全ては紙一重……今、この地に住まう方達は知らぬ間に実りを得ているのです』

 

 静かに言い含めるように希望を持たせる。

 

 それが真実かどうかは関係無い。

 

 人間気の持ちようとは正しく真理なのだ。

 

 それに身が付いて来たら、儲けものである。

 

『この実りは普通の病や鉱毒による中毒は治せないでしょう。ですが、流行り病で死んだという方はこの地には少数では無かったでしょうか?』

 

 実際、雑菌が生息不能そうな、銅中毒になりそうなレベルのお水が垂れ流しの世界なのだ。

 

 そう言えば、そう言えば、そう言えば。

 

 人々も心当たりがあったらしい。

 

『皆様が生活の中で用いている銅は大いなる実り。それは毒であったかもしれませんが、同時に薬でもあるという事実を今日皆様は知ったのです。わたくしはこの事を大いに評価しております。今後、鉱山の開発と宿場の開設、水の販売の際には力をお貸しする事を此処に我が名において宣言し、本日は壇を降りさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました』

 

 拍手喝采であった。

 

 帝都の鉱物系研究者の職員。

 

 更に古い方の片腕さんに大量の大工を雇わせて送るよう指示。

 

 ついでに周辺地域で木材の大量買い付けを発注。

 

 後は銅鉱山の噂を聞き付けた商人達相手に超低金利での長期債を発行する権利をこの邦で与えるだけだ。

 

 長期債だよ?

 

 鉱山が始まるまでまだ返さなくてもいいよね?(ゲス顔)。

 

 これぞ【銅が出る山がグライスにあるらしいってよ(銅が出るとは言っていない)作戦】であった。

 

「………」

 

 何だかフォーエが嘘なんだかホントなんだか分からない冷静に考えたら極めて胡散臭く聞こえる文句に汗を浮かべていた。

 

 まぁ、いつの世も無くならない職業は詐欺師と葬儀屋であるという冗談は言わずにおく事とする。

 

 何せ国々を乗っ取ろうというのだ。

 

 これくらいは瑣事に違いなかった。


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