ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
―――イツァルネア中央区それなりな宿屋。
「で? 名前は?」
「フォーエ、です」
ノイテに治療されて、傷口を消毒後に縫い合わされた少年はフカフカ過ぎる寝台に驚いた後、その上でこちらの尋問に素直に答えていた。
「あの黒いのは?」
「あ、えっと、ゼンド、です」
「あのバルバロスの種類は?」
「【
「それはどれくらいの数いるんだ?」
「あまり……国の偉い人が何匹か乗ってるくらいで……」
「解った。後、ですます言わなくていいぞ。会った時の口調に戻しておけ。色々な瑣末な確認は明日する。大まかな流れだけ教えてくれ」
「流れ?」
「どうして、お前が来たか、だ」
「……ウチの国は貧しくて。宝石も取れないから……冬も飢えて死ぬ人ばかりで。それでゼンドは昔に助けたら懐いてくれて。それを見た長老がお前が仕事を引き受ければ、孤児院を存続させてやってもいいって……」
「あの猿は?」
「長老が笛を使って相手やモノを指定すれば、後は勝手にやってくれると、コレを持たせて……」
小さな白い骨で出来たような笛が首紐の先には下げられていた。
「つまり、孤児院出なのか?」
「今はシスターと僕だけで……でも、それも前の冬にみんな……」
ジワッとフォーエの瞳の端に涙が溜まる。
「つまり、迎えに行きたいのはそのシスターとやらなのか?」
「はい……」
「アテオラ」
「は、はい。何でしょうか!? フィティシラ殿下!?」
「ここらのシスターって言うのはどういう意味だ? 神に仕えるもの? 宗教者? 教えてくれ」
「ええと、ここ一体のシスターは土着神にお仕えする巫女の事を指しますですはい!!」
「土着神ね……グライスの基本情報は?」
「ええと、鉱山の無い山の国です。特に目ぼしい産品になりそうな資源が無くて。山間の水源が豊富な場所という以外はあまり知られていません。その水も飲料には適してません」
「硬水なのか?」
「ああ、フィティシラ殿下っ。そ、そういう知識も御有りなのですね!? はい!! あの辺りの山は良い水源ではあるのですが、鉱物資源が豊富な割りに道が険しく。開発するには今の技術だと割りに合わない資金が必要だとかで」
「つまり、未開発の鉱山が眠ってそうな場所って事か」
「水は銅臭いらしいです。中毒になると危ないので飲料水は確か確保するのが井戸からだったかと」
「そう言う事か……」
「山の険しい付近は辺り一面黒褐色の場所や緑色で生き物も殆ど居らず、植物すら生えないとか」
「……なるほど。そういえば、ウチの国はコークス高炉が最新だったが、こっちはそうでもないのか。確か精錬まで行ってないとかだったっか?」
「?」
アテオラに首を傾げられた。
「いや、こっちの話だ。それでその何にもない国は誰にも顧みられなさそうな感じなのか?」
「え? ええ、周辺の土地はその地域から出る鉱毒のせいか。水が流れる付近は殆ど草木も生えず。だいぶ先の別の川と合流する辺りでようやく生え始めるとか」
「ちなみにそこらへんの山で蒼い水晶みたいなものを見たとかいう記録はないか?」
「博識なのですね!! はい!! まだ、名前は付いていないそうですが、そういった鉱石が出るとか。確か猛毒です」
「だろうな……はぁ、此処で高校理科とか、あのマッドな教授の知識が生きるのか。ホント、世の中、どうなってんだか」
「?」
アテオラが首を傾げる。
「何でもない。さて、じゃあ、あの明日にはオルニアとか言うのの情報も教えて貰おう。数日中にグライスへ出発する。それまでに色々と準備しよう。色々とな……」
伸びをして布団にボフリと倒れ込む。
「フィティシラ殿下?」
後は全てノイテに任せてもいいだろう。
これからの事を考えつつ、眠る事にする。
夜更かしは美容の敵だが、何より頭脳の敵だ。
アイディアを纏めながら思考を水底に沈めるように眠りに入る事にした。
*
「……この人は……」
信じられない。
というよりは理解し難い。
そんな顔で少年は少女を見やる。
それをずっと見守っていたノイテは唖然とする少女達に内心で同意しつつも、苦笑するしかなかった。
「貴方は敵ではない。そう見られているのですよ。少年」
「それ、は……」
フォーエが複雑そうに俯く。
「貴方の相棒は宿の外。デュガが今頃傷の手当をしているでしょう。戻って一度確認したら、宿の他の部屋で勝手に寝て下さい。貸し切りにしてあるとの話です」
「解りました……」
そう言いつつもその視線は未だフィティシラに向いていた。
「怖くないんですか?」
「あははは。今の主が怖がる程のものでなければ、もう怖いとは思えないかもしれません。私はこれでも竜に乗っていましたが、この【特大の小さな竜姫殿下】には敵わない事がここ最近分かりました」
「竜姫、殿下……」
「貴方が喧嘩を売ったのは竜を屠り、竜を調べ上げ、如何なる相手だろうとも怯まず、自らの糧として前に進む。そういう、竜よりも竜らしい力の化身のような何か、だという事です。怒りを買えば、死より怖ろしいものを押し付けられ、慈悲を給われば、人間には名状し難い奇跡を見せられる」
「そんな……」
僅かな汗が少年の額には浮く。
さっき襲撃されたばかりの少女は本当にもうスゥスゥと寝息を立てており、その様子を見たアテオラは大物過ぎると言う名状し難き複雑そうな顔になった後、その横に枕を一つ抱いてモゾモゾと寄り添って目を閉じた。
この人がそうだと言うのなら、そうなんだろうという安心感が確かにあるならば、少年を横にしても神経が細い彼女も眠れるという話であった。
それが悪夢への入り口だとしても驚きと呆れの果ては疲れたからさっさと寝ようという一言に帰結する。
「まぁ、しばらくは眺めているといいでしょう。それで決めればいい。貴方が敵対するのか。それとも手伝うのか。あるいは逃げるのか。どれだとしても、明確にこの方は答えを出すはずです」
そう笑ったノイテは寝台の端に座ったまま目を閉じる。
「おやすみなさい。小さな襲撃者。まだ命のある事に感謝して。その使い道、努々考えておく事です」
こうして部屋の扉は閉められた。
朝はもうすぐやって来る。
また、新しい帝国令嬢の奇妙な活躍が畏れと驚愕の下に帝国を賑わせるのは間違いない事に違いなかった。
*
北部諸国の各地は戦乱で荒れている。
というのは事実だが、実際に海まで続く諸国の主要な流通路は各国の同盟や条約によって担保されており、事実上戦争状態だろうと敵対していようと何処かの国の荷を何処かが止めるという事は出来ないようになっている。
「ええと、ここをですねー」
してもいいが、事実上のソレは自分の首にギロチンを降ろすのと変わらない行為に他ならない。
他国から一斉に攻撃されて、全ての国に勝てるような強国は現在この北部には存在して無いが故に。
「ああ、そうそう。こっちですよぅ。たぶん」
結果として余程に各国家の領域内深くを通る道でなければ、他国人でも安全が確保されている。
「ああ、ありました。ありました。この街道街を抜けて2日でグライスです」
後ろに大掛かりな荷物。
未だ傷も癒え切っていない空飛ぶ鳥竜的なゼンド♂(4)を荷馬車3台ぶち抜き台車+馬数頭で引いての鈍行であった。
一応、革製の布を被せてあるが、頭は出ており、時折荷馬車から降ろして川で水、周辺の草むらで適当な野生の水牛や小動物を食わせている。
「ほら、ゼンド。次の狩場だ。僕を載せて飛べる?」
【ギゥ】
鳥というよりは潰れた喉で啼く爬虫類みたいな声。
鷺のようなシルエットの鱗の黒い空飛ぶソレは器用に台車から降りるとチョコチョコと擬音に出来そうな長い脚で歩きつつ、その口を周囲の林に突っ込んで何やら齧るやら呑み込むやらしていた。
その背には新調した鞍とフォーエが乗っかっている。
「一休みしたら、街まで行って明日に備える。馬車も今のところ問題無いし、馬も借り受けて来たのは左程疲弊してない。順調だな」
アテオラと馬車の中で地図を出して色々と訊き出しながら呟く。
ちなみに鈍行なので上空監視の意味でデュガは屋根上で昼寝中。
ノイテはゾムニスと交互に馬車とゼンドを運ぶ馬の御者をしていた。
「アテオラ。ここ数日でこの付近の地図の味方や情勢、資源や地形は教えて貰ったが、今日からさっそく新しい事をしたいと思う」
「は、はい!! 何でしょうか!!」
元気に何でも言って下さいと目を輝かせる。
数日、自分の話を何度も参考にしてくれたという事で多少は物怖じしなくなって、こちらと会話してくれるようになった。
その成果だろう。
「ここら辺を開発する時に道が必要なんだ。お前なら何処に道を通す?」
「道……開発、ですか?」
「ああ、そうだ。大規模な馬車が複数台通れる街道。全ての国家を網羅する流通経路を造るとしたら、その要所となる交易街と道は何処を通すべきだと思う?」
「そ、そんな壮大な御計画が!?」
「いや、聞いてみただけだ。気軽に答えていいぞ。お前の知識は本当に役に立ってくれてるからな」
「あ、は、はい!! そ、そうですね~~あ、この地図に書いちゃってもいいですか?」
「ああ、予備はまだ数枚あるからな」
そう言うと目をキラキラさせたアテオラが鉛筆(研究所謹製)を持って、一生懸命に地図へと御絵描きにも見える線を引き始めた。
それから数分。
「主要な経路はこう一本道がいいです。途中にある河は橋を架ける場所を最小にして地盤が固い所と氾濫し難いところを選びました!!」
「それで?」
「主要流通経路を全ての国家や国民が住む場所まで伸ばすとしたら、やっぱり網の目状にするのが良いと思います。ただ、実際に通すにはかなり時間が……100年は掛かりそうですけど」
「百年後の地図なら別に好き勝手すればいいだろ?」
「そ、そうでしょうか? それでええと主要国以外の場所に道を通しても流通する商品が無いと殆ど使われなくて廃れちゃうので、今のところ道を通す利が無い国が30くらいあります」
「そこに通すとしたら、何か特産品が無いとって事だな」
「はい。半分は山の国なんですけど、もう半分は国土が荒廃してしまった滅ぼされた国やもうそろそろダメそうな国です」
「………そこにも人は住んでるか?」
「は、はい。一応……奴隷にされて帝国や他の国に売られていく人もいましたけど、領土に編入された場所もあります。税を他の地域よりも多く取られて、大変らしいですけど」
「実質的にちゃんと統治されてない元国家が多いのか?」
「はい。滅ぼしたはいいけど、その場所に住まわせるだけの国民もいない国が大半ですから……」
「人的資源は数十年スパンじゃないと回復しないからな……」
場車内の引き出し型のテーブルの上の地図はダメそうな国とそれ以外に分けられている。
軽くソレに線で色分けすると少し気になる事が解った。
「なぁ、このダメそうな国の大半がこの国の道に繋がってるのはどうしてだ?」
「え?」
「この国……名前は?」
「あ、はい。ゼドゥルカですけど」
「……直接的な交易があったのか?」
「はい。その道は随分と前から整備されていて、難民の方を受け入れたりしているので」
「難民を?」
「え、ええ、ウチは領土があまり広く無い上に人もそんなにいないので。空いた土地に人を呼んで開墾して定住してもらう代わりに税を収められるようになるまでは支援してるんです。あ、結構、人気の難民の受け入れ先なんですよ?」
「大変じゃないか? 難民の受け入れとか」
「はい。でも、ウチの国は貿易の中継点なのでお仕事を探してあげるのは案外簡単なんです。荷馬車の御者とか。肥沃な土地はあるんですけど、人がとにかくいない荒れ野や開墾されてない森林ばっかりなので」
「……医療とかどうしてるんだ?」
「それも実はスゴイんですよ。ウチの国、お医者さんはみんな国が雇ってるので、誰でも病院が使えるんです!! 地方にもお医者さんが何十人も巡回してて、みんな神様だーって崇められる勢いらしいです」
「へ~~………」
得意げに自分の国の凄さを語り出すアテオラは極めて得意満面だ。
それはそうだろう。
この世界でそんな事を難民相手にしている相手がいるとすれば、それは間違いなく善行を行うもの。
あるいはそれとは
「でも、そのせいでいつも財政はカツカツだって、お役人になった親類とかは愚痴ってますけど、今の国王様の方針なので」
「貿易で儲けてるのにドブに捨てるようなもんだって言われてたり?」
「ぁ……わ、解っちゃいますか?」
「まぁ、役人は国家運営してると儲けとか上がれば、貯め込みたくなるか。横領するか。もっと、強い国にしたいとか言い出すからな」
「ええ、はい。でも、お医者さんを沢山育てて、色んな人が安心して暮らせてるから、すっごくお年寄りには支持されてるんですよ? 武器よりも食料。食料よりも種や使える人材を持って来いって言うのが王様の口癖だって」
「はは……あからさま過ぎて笑えない程に良いヤツだな」
「はい♪」
どうやら褒められていると勘違いしたらしい。
(どうやら帝国以外にも台所事情を真面目にやるヤツがいるみたいだが、果たして文字通りの聖人様かな? オレとしては前者である事を願いたいが、生憎と此処は戦国乱世だからなぁ……)
どうやらこの一件が終わった後、次に向かうべき場所は決まったようだった。