ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第7話「悪の帝国Ⅶ」

 

 悪の帝国において【全能竜ブラジマハター】はブラスタの血族の始祖が契約を交わした存在だとされる。

 

 神や悪魔と言った概念のある世界ではあるのだが、それは殆どが御伽噺と多くの帝国民は思っている事だろう。

 

 だが、その竜というのは確かにいたとも誰もが思っている。

 

 理由は単純。

 

 ソレの亜種みたいなのが大陸にはそれなりの数、生息中だからだ。

 

(ついでに害獣というよりは歩く自然災害。もしくは歩く死そのものとしても有名だってのが如何にもファンタジーなんだよなぁ……)

 

 製鉄技術が発達し、鉄鋼業が主産業となっているアバンステアであるが、最も大陸でそういった化け物……ドラゴンのようなものを畏れないとされる。

 

 自分達の始祖が契約した存在以外は単なる害獣。

 

 唯一神信仰の一神教染みて多神教的な化け物は皆殺しがデフォなのだ。

 

 無論、あくまで帝国の総体的な話であって、ソレと戦わせられ、死を前提とされる最底辺の兵隊や徴募兵には絶望的な敵なのだが……。

 

 これが他の国ならば、逆にどんな化け物も人間の力ではどうにもならないと崇める勢いで生贄まで出すのだ。

 

 基準が違うというのは多くの国の外交官が実感する事に違いない。

 

 帝国は神と呼ばれようが異なる種族を真に打倒するだけの精神性と実績と実力を兼ね備えた害獣よりヤバイと確信出来る人型な化物モンスターなのである。

 

『た、隊長ぉ!? ほ、本当に突っ込むのでありますか!?』

 

『馬鹿!? 声が大きい!? いいか!? もし連中がアルローゼン家のご令嬢を殺してみろ!! オレ達はどっちにしても死ぬ!!』

 

 きっと、今頃は憲兵隊も困っている事だろう。

 

 害獣や自然災害の超常生物よりもヤバイのは何を隠そう自分の上司の上司の上司の上司の上司の上司くらいの相手なのだ。

 

 だから、懸命なる男が部隊長ならば、一番簡潔な方法を取りもするに違いない。

 

『問題はあの方をどうやってお救いするかであって、オレ達全員の突撃時の命の保証じゃない!! オレ達全員が一斉に掛からなきゃ敵に傷付けさせないなんて、まったく無理だ!! 何としても敵からご令嬢を引き離せ!!』

 

『そ、それでどうにかなるのでありますか!?』

 

『裏から部隊が今、回ってる!! とにかく相手の気を引くんだ!? 死に物狂いで食らい付け!! 手足の一本や二本は構うな!! 一族郎党最前線送りにされたくないだろう?!』

 

『りょ、了解!? 了解であります!!』

 

 悪の大帝国を作って今尚拡大させている男の孫娘である。

 

 自分が死に場所みたいな配置に付かされるだけならば、まだいいだろうが……味方の使えない連中や敵対者の粛清を過去大量にやってのけたらしい御爺様の印象は味方である帝国民からも最悪である。

 

 ぶっちゃけ、自分の命を捨てても家を護る為に破れかぶれと見せかけて陽動の総攻撃とかやりかねない。

 

『ど、どどど、どうしましょう!?』

 

『ああ、殿下が人質に!?』

 

『カータさん!! 殿下の担任でしょう!? 何か案は無いのですか!?』

 

『この二階で何とか隠れてやり過ごすのが精一杯ですよぅ!?』

 

『困ったわぁ……ウチ、まだ娘が嫁いで無いのに!!?』

 

『わ、私もまだ素敵な殿方と婚約してません事よ!?』

 

『貴方達!? 言っている場合ですか!? それなら、私はもうちょっとで産まれて来る孫の顔が見れなくなるかもしれないんですよ!?』

 

『お、落ち着いて下さい主任……』

 

『はぁはぁ(*´Д`)……どうにかして殿下を御救い申し上げなければ、我々は皆が皆、身の破滅です!! アルローゼン大公閣下のあの頃の苛烈さを知っていれば、絶対にッ、絶対に死んでもお助けするべきなのです!!』

 

 大体の話を詰めた相手はまだ半信半疑であったが、夕暮れ時に差し掛かって来れば、もはや時間は左程無い。

 

 この学院の内部に敵が侵入してくれば、こんな大きなホールを数十人で護り切れるものではないのだ。

 

 左右に大回廊。

 

 二階からも侵入出来るし、天井が硝子張りなので上からロープを使って突入して来たって何も驚かない。

 

 だからこそ、ゾムニスもまた自決用の爆薬など抱えているのだ。

 

「さて、どう転ぶかな。お嬢さん」

 

「どう転ぶにしても良い話だと思いますよ。落としどころとしては……」

 

「そう上手くいくとは思えないが……」

 

 ゾムニスが獣臭い油の明かりが漏れるランタンを部下達へ次々に回して、ホール内は今やオドロオドロシイまでに死の気配が漂う会場と化している。

 

 ようやく死に場所を得たとばかりにギラ付く男達は決死の覚悟である。

 

「相手は要求されるより前。もしくは要求を無視して突っ込んで来る。との読みだったが、理由は?」

 

「ソレが一番合理的だからです」

 

「合理的……そうは戦場で聞かない言葉だ」

 

「まずは第一波を退けて下さい。死に物狂いでやってくる憲兵さんは殺さないように……死人が出たら、帝国の世論が殆ど敵に回ります」

 

「今でも変わらないように見えるが……」

 

「それは誘導次第ですよ。ゾムニスさん」

 

 言っている間にも夜半が近付く最中。

 

 叫び声が上がった。

 

 どうやら、憲兵側の準備の方が早かったらしい。

 

『大将!! 連中、何も聞かずに突っ込んできます!!』

 

「取り敢えず、死人を出さずにあしらえ!! まだ、こちらの要求を伝えていない状況下で死人を出せば、相手が頑なになる!! 装備は使えるな!!」

 

『りょ、了解です!! おう!! お前らぁ!! 力を使うぞぉ!!』

 

「力?」

 

 男達が次々に奇妙な外套を何やら羽織り直した様子でグッと両端を掴んで身体に密着させるように引っ張った。

 

―――途端。

 

『が、ぐ、ぅぅ……』

 

 男達が僅かに呻く。

 

 その顔には脂汗が浮かんでおり、外套が色鮮やかな紅に染まっていく。

 

 その色に僅か嫌な予感がした。

 

「その外套、まさか―――」

 

「コレに気付くのか。この色の意味を理解するのが君のようなお嬢さんだとは……何とも複雑な気分だよ」

 

「……生きてる?」

 

「さて、渡されただけだ。【血吸いの外套】……もしくは【ザードヘック】と呼ばれているらしいな。南部では……」

 

「化け物使うにしても何か明らかに命削るヤツはちょっとどうかと思います……」

 

 恐らくは血を吸い上げた外套型の化け物が戦闘に役立つのだろう。

 

 眺めていると憲兵隊の最先端。

 

 突撃していた者達の前へと走っていくテロリストな男達が剣を外套で受けた。

 

 途端、バキンッという金属を金槌で叩くような音が連続し、夕闇の最中に相手を叩き切ろうとしたり、突き殺そうとした剣が抉れた。

 

 まるで掛けた部位の様子は歯型だ。

 

「……折れたんじゃない? 金属を喰って……」

 

 さすがに気味の悪い光景だった。

 

 紅く染まった外套が蠢き。

 

 何やらモゴモゴと一部を膨れさせている。

 

 相手の剣に取り付いたところまでは見えたが、ソレを喰らい折る瞬間までは見えなかった。

 

「さすがに喰える量や幅には限界があるらしい。金属そのものを主食とし、血を抜かれても仮死状態で耐える。生き物の血を与えれば、動き出す何か、だそうだ」

 

 ゾムニスが相手を死なせずに追い返せるか。

 

 という話し合いをした時、可能と言って見せた事は驚きだった。

 

 だが、そういうものかと僅かに目が細まる。

 

『ひ、ひぃぃぃ!? け、剣を喰ってる!? あの外套!? 鉄を喰ってるぞぉ!?』

 

 憲兵達が驚く合間にも次々に男達が憲兵を殴る蹴るして叩き出し、剣を構えて隊伍を汲む。

 

 その戦列に畏れを為した。

 

 というよりは武器が無くては死に物狂いでも戦えない事を理解している憲兵達は腰の短剣などを構えて睨み合うが、その手は震えていた。

 

「行って来ます……」

 

「護衛を付けさせて貰っても?」

 

「構わないですよ」

 

 ゾムニスの許可が出たので背後に二名を伴って先端が開かれた場所の背後へと向かう。

 

『あ、アレは!? ご、ご令嬢か!? やはり、人質に!? お、おお!? 何と言う事だ!?』

 

 狼狽える兵隊達を前衛の男達越しに見つつ、手を胸の前で組む形にして悲劇のヒロインぶってみる事にする。

 

「憲兵の皆様。どうか今は剣をお収め下さい。この方達に手を出しても未だ大勢の子達が学院内にいる以上、人死にを増やしてしまう事にも成りかねません」

 

 兵隊達は負傷した者も多く。

 

 こちらの言葉を呆然として聞いていた。

 

「幸いにして、この方達の統率者の方から相手が突入して来ない限りは他の人質に付いても傷付けないとの確約も頂きました」

 

 他の……という当たりで更に憲兵達の顔が蒼褪める。

 

 別動隊がいないなんて誰が言った?

 

 と、本隊しかいないテロリスト(に喋らされた人質)が言っているのだ。

 

 しかも、敵には強力な防御用の装備があり、倒すにはかなり苦労しそうだ。

 

 だが、敵の確保するべき人質は相手の戦力のど真ん中。

 

 死んでも確保が不可能なら、彼らには撤退以外の選択肢がない。

 

 あくまで人質救出が可能で初めて彼らは死ぬような突撃も出来るというだけだ。

 

 可能性が無い突撃に身を投じられる程、一般貴族はファシスト染みていない。

 

「こ、後退!! 後退だぁ!!」

 

 歯噛みした現場指揮官の指揮は正しい。

 

「すぐに要求が出されるとの事です。方法は文章で届くと統率者の方は言っていました。どうか、お怪我をされた方は早めに治療を……」

 

 一声掛けると何か憲兵の間からブワッと涙する者が多数。

 

 どうやら、健気な帝国令嬢に対して憐憫の情くらいは感じてくれたらしい。

 

 こうして兵達が涙目で後退していく。

 

『た、隊長ぉ!? か、必ずお助けしましょう!!』

 

『そ、そうだな!! オレ、あの方に声掛けられた事あるんだ!? 絶対、助けます!! アルローゼン姫殿下』

 

『本当にどうしてあの悪魔の下に天使が生まれたのか!? 涙で前が見えない!?』

 

 どうやら第一関門は突破。

 

 後はやるべき事をやって事件を終わらせる事になるだろう。

 

 亡国の亡霊。

 

 そう呼ばれるかもしれない彼らにも、その背後の者達にも……新しい可能性と選択肢が提示されるという事実さえあるならば、こちらの意図は伝わるだろう。

 

(大立ち回りは必要無い。まずは地道に活動開始だ)

 

 ここからようやく全てが始まる。

 

 予想外の状況であったが、状況はこれ以上なく。

 

 物事を進める上で最高のスタートになると確信出来たのだった。


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