ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第5話「悪の帝国Ⅴ」

 

 悪の帝国首都【帝都エレム】における【始祖の直系】の数は左程多くない。

 

 何の話かと言えば、ブラスタの血族の大半は周辺民族との混血で随分と血族的な純粋さ無いという話だ。

 

 だが、大貴族の多くが血族の中でも上流階級で固められているのはそんな状況の中でも家を永続的に維持出来ているからだ。

 

 その理由はざっくばらんに言うと近親婚を繰り返して血を濃くするような事が無くても十分に血族内婚姻で純血を保っていられる数がいるという強みがあるのである。

 

 なので、大貴族の大半は氏族的な繋がりのある集団が非常に多く。

 

 貴族社会も階級制も本家や宗家の一声で(まか)り通る。

 

 つまり、底辺貴族は親族が少なく。

 

 上級貴族は親族が多いから血統の正当性や純血性を護れ、ふんぞり返っていられるという事である。

 

「大丈夫か!!」

 

「ぅ……」

 

 爆発音がした正面の詰め所付近ではバタバタと鎧姿の女性騎士達が倒れていた。

 

 どうやら爆発自体は正面の鉄扉を抉じ開ける為のものらしく。

 

 直撃していなかった下級貴族の女性騎士達の大半は壁に叩き付けられたり、地面で昏倒、骨が折れているだけで済んだようだ。

 

「今、医者を呼んでる。無事なヤツは悪いがすぐに起きてくれ。骨を折ったヤツの応急処置は済ませておいた」

 

「ある、ろーぜん、さま?」

 

「少し傷を開いてあるが、膨れた肉が壊死しないようにだ。骨が飛び出てるヤツはいないから破傷風は安心しろ。ただ、骨折したヤツは破片がどうなるか分からないから担架が来るまで動かせない。後、顔は無事だから嫁には行けるぞ」

 

 その言葉にヨロヨロと額から僅かに血を流している者や起き上がった者達が苦笑する事も出来ない様子で呆然と視線を彷徨わせる。

 

 脳震盪を起こした者も数分で何とか復帰出来そうだ。

 

 本来は脳関連のケガや諸々の症状が無いかどうか確認して適切な治療をしなければならないが、今は動ける者には動いて貰わねばならない。

 

 詰め所の周囲には焦げた臭いと僅かな煙。

 

 抉じ開けられた門は突破されてこそいるが、完全に吹き飛んではいなかった。

 

 その先から憲兵の戦力がすぐ傍まで駆け付けて来ているのが見える。

 

「アル、ローゼン様……お、お逃げ下さい……」

 

 いつも帰りに話す女性騎士が目の焦点が合っていない様子でそう仰向けで呟く。

 

「お前は立派に役目を果たした。今度はこのいつも大貴族だとふんぞり返ってるオレに役目を果たさせてくれ。この人を頼む」

 

「りょ、了解しました!!」

 

 よく見る憲兵達が女性騎士を運び出すのを横目に混乱している周囲をそのまま置いて学内に戻る。

 

 背後から声を掛けて来る者は無視した。

 

 既に自分のお守。

 

 監視役である男達に文章でやって欲しい事は送ってある。

 

 すぐに祖父辺りが必要な措置はやってくれるだろう。

 

 学内に戻るとクラブハウスのあちこちが完全に閉じられているのが見て取れた。

 

(ちゃんと避難は出来たみたいだな)

 

 学内の奥でもソレは同じはずだ。

 

 カータ講師のいる職員室へと向かって行って、すぐにクラブハウス内に生徒達を立て籠らせるよう指示を出したのだ。

 

 その脚で壁沿いを走って迂回して此処まで来たのだが、自然とまだ息は上がっていない。

 

(連中、まだ学内をうろついてるはずだが……)

 

 講堂や教室に残っている者達は一番大きな場所に避難誘導して、建物のあちこちに机や棚をバリケートとして横倒しにしたり、積み上げたりさせた。

 

 やってきた襲撃者達は迅速ではあったが、現在がもう大体の女生徒達がクラブハウスにいるとはまでは知らなかっただろうし、講師達がとにかく立て籠もるように指示しているとも思っていなかっただろう。

 

(人質に取れる人間が限られた上、すぐに帝都中の戦力が集まって来るとなれば、焦る連中の目は不用意に歩いている者に向くのが道理だ)

 

『よ、ようやく見付けた!? クソ!? 情報が漏れてたのか!? このだだっ広い敷地に何で一人もお嬢様が歩いてないんだよ!?』

 

 口元を布地で覆った男達が数人。

 

 巨大な学内の迷路で目当ての人質を見付けられていなかった事をサラッと情報漏洩してくれた為、安堵して捕まる事にする。

 

『お、大人しくしろ!! 抵抗すれば殺す!!』

 

「解りました。大人しく致します。どうぞ、何処へなりともお連れになって下さい……」

 

 相手は青黒い外套を羽織っていた。

 

 普通の代物ではないのは何となく外套のあちこちに血管らしきものが奔っているのを見れば、解った。

 

 帝国の言語は周辺地域に跨る共通語だ。

 

 相手は訛りがあるものの同じものを使っていた。

 

 乱暴に後ろ手に縛られて、男達に縄で引っ張られるようにして歩き出せば、正面の門はどうやら既に師団が制圧したらしく。

 

 男達は速足に学内の奥にある正面玄関付近に向かう。

 

 すると、ホールの付近に早くもバリケートを作っている男達がいた。

 

 総勢で30人はいるだろうか。

 

『どうだった!! 見付けたか!?』

 

『あ、ああ!! 1人見付けた!! 他はどうしたんだ!?』

 

『それが講堂や館に立て籠ってるらしい!! だが、もう憲兵がすぐそこまで来ちまってるって事で諦めて此処に陣地敷いてるんだよ!! お前らも手伝え!!』

 

『あ、ああ!! このガキはどうする!!』

 

『高貴そうな顔してんじゃねぇか。恐らく大貴族様のゴソクジョってヤツだろ。丁重に持て成して差し上げろ。ひひッ』

 

 下卑た嗤い声。

 

 だが、それより先に縄の先が瞳から下を布で覆った外套姿の大男に握られる。

 

「バカな事を言っていないでさっさと陣地の構築に入れ」

 

『あ、ああ、わ、解ったよ!? アンタの言う通りだよ。た、大将!!? 冗談さ!?』

 

 下卑た男が一瞬で震え上がり、他の男達に紛れて学内の適当なものでバリケートを作っていく。

 

「お嬢さん。怖い思いをさせて済まなかった……」

 

 “漢”が布を剥いだ。

 

 黒い短髪を左側から反り上げて頭部をマーブルにしているが、その様子は傍目に見れば、温和な類だろう。

 

 まぁ、それでも左の唇から頬が裂けて顎まで動物染みた歯と顎が見えているので獰猛に嗤えば、随分と凶悪なはずだが、本人は何処かチワワのような温和さが内側から滲み出ている。

 

「気味の悪いものを見せて済まないね。戦場で顔をケガして以来この顔で」

 

「いえ、殿方ならば、それは勲章でしょう」

 

「ッ……そうか。そういうものか……」

 

「ええ」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で目を瞬かせたガッシリとした精悍な顔付の男はすぐにこちらの縄を持って、ホール奥に置かれた椅子に座らせ、自分は立ったままに恐らく部下だろう男達の様子を観察していた。

 

「帝国西部の旧占領地帯の方ですよね?」

 

「……そう自己紹介したかな? お嬢さん」

 

「いえ、色々な地方の訛りを訊いた事があるので」

 

「ああ、そうだ。元々はあちらの国の兵隊でね」

 

「それでアバンステアに復讐を?」

 

「まぁ、ああ、うん。そういうヤツもいる」

 

 歯切れも悪く。

 

 微妙な顔で男がガリガリと頭を軽く掻いた。

 

「では、貴方は違うのですか?」

 

「ん? んぅ……オレは、兵隊なんだ」

 

「兵隊?」

 

「死にぞこなったせいで居場所が、無くてなぁ」

 

「……御家族や故郷は?」

 

「それが家族はあの戦争で死んじまったし、故郷じゃ帝国に負けた軍人てのは石を投げられる」

 

 敗戦後、併合された地域は割譲されたからと言って、その場の人間が消えてしまうわけではない。

 

 敗戦国の割譲された国境付近の領土なんて正しく地獄と同義だろう。

 

「……幾ら勇敢に戦ったって護れないんじゃ信頼されねぇよなぁ」

 

 困ったような笑みで男がそう困ったように笑った。

 

「それでこういう事を?」

 

「ほら、死ぬ時くらいは使い道考えなきゃと思ってたら、こいつらの復讐に付き合う事になっちまって……」

 

「じゃあ、ええと貴方自身は帝国に恨みは無いんですか?」

 

「いやいや、恨みはあるよ。友人知人家族恋人上司に部下に地域の顔見知りに飲み友達。みんな死んじまった……」

 

「でも、積極的には見えません」

 

 その言葉に参ったなぁという顔で男がこちらを見やる。

 

 何処か眉が下がって情けなさそうな顔だった。

 

「あはは、そうか。ああ、まぁ、そうだな。戦争だ。戦争だったんだ。戦争なのに相手を恨んでも仕方ない。恨むなら、戦争を始めた偉い人を恨むよ」

 

「一応、その偉い人の孫娘ですけど」

 

「そうなのかい? いやぁ、うん。ごめんな。お嬢さんみたいな子を人質に取るなんてのは卑怯だ。でも、その卑怯をしなきゃ帝国には何も届かない。それもまた本当のところで……」

 

 何処か嘆くように男が力無く視線を俯ける。

 

 その視線は何処か暗かった。

 

「ちなみに何処の差し金ですか? 西部の元々の国でしょうか?」

 

「そんなのに興味があるのかい? お嬢さん」

 

「はい。こういう事をされる理由くらいは知りたいので」

 

「そうだよなぁ。誰だってそうだ。うん……実は沢山の後援者がいてなぁ。ま、オレ達はその連中の槍の穂先なのさ」

 

「欠けてもいい?」

 

「あははは、お嬢さんも面白いなぁ。うん、そういう事だね」

 

 男が大きく頷く。

 

 特攻、自爆、自決覚悟。

 

 まったく、優雅なティータイムにする話でもないだろう。

 

『大将!!? 憲兵の奴らが外に迫って来てます!? どうしますか!? アレ使いますか!?』

 

「いやぁ、まだだよ。近付いて来るギリギリを待つんだ。それより陣地を急げ!! 敵さんはすぐに押し寄せて来る!!」

 

 男の指示で男達が次から次へと広いホールを封鎖するように大量の椅子や机や棚を玄関に積み上げていく。

 

 周囲を見やると突撃して内部に入ったらしい馬車が片隅にあるのが見えた。

 

 どうやら車輪が逝ってしまって動かせないようだが、1人だけ歩哨が立っている。

 

「……先程の大きな音。破裂するものを使いましたよね?」

 

「ああ、うん。そうだね。お嬢さんはこんな時なのに冷静だな」

 

「中身は自決用ですか? それとも道連れ用?」

 

 その言葉でさすがに相手がこちらをまともに見るようになる。

 

 瞳は少なくとも警戒の色を出さないまでも極めて冷たかった。

 

「お嬢さんはどうやら普通のお嬢さんじゃないようだ。それとも此処のお嬢さんはみんなこういう感じなのかい?」

 

「いえ、私が特殊なだけだと思います。それで自決用? 道連れ用? どちらですか?」

 

「知りたいのかい?」

 

「はい」

 

「オレが嘘を吐くかもしれない」

 

「嘘を吐く理由がありますか?」

 

「……そう、だな。死にに来たオレ達に今更嘘は要らない、か……自決用だよ。道連れにするにしても上は宣伝を仕掛けるんじゃないかな」

 

 男が苦笑していた。

 

 言うまでも無い話だったのかもしれない。

 

「兵隊さんにしてはとても貴方は優秀なように見受けます。士官でしたか?」

 

「ははは、士官だなんて。最後まで戦ったけど、講和宣言で助かっただけさ」

 

 男達の積み上げたバリケートがようやく形になって来た。

 

「帝国は人質一人程度なら押し通ってきますよ? 恐らく」

 

「だろうなぁ。本当はもう20人は欲しかったところだ」

 

「悪党ですね。兵隊さんも……それでどんな要求や話をされるつもりだったんですか?」

 

「……君の名前を聞いて無かったね。いいかな?」

 

 ようやく男がこちらの異常性を明確に認識し、話をこちらの事に移した。

 

 単なる好奇心旺盛なだけの学生ではないと理解したらしく訊ねて来る。

 

「アルローゼン。フィティシラ・アルローゼンと申します」

 

「―――はは、まさか、我々は運が良いのか。悪いのか……」

 

 相手が一瞬固まった後

 

 天を仰ぐようにして目元を指で解した。

 

「どちらでもないと思いますよ。行動の結果です」

 

「君は怖くないのかい? それとも慣れてるのかな?」

 

「私は貴方が持っている剣で斬られれば死にますし、殴ればケガをして動けなくなる。乱暴を働かれても成す術はありません。普通の女の子ですよ」

 

「……それを言えてしまうのが普通ではないと思うが、安心して欲しい。そういう場合は痛みもなく一撃で済ませると約束するよ」

 

「有難いです。痛いのは嫌なので」

 

「ただ……知っていて欲しいのはそんな事がオレ達の国では帝国の兵士達によって日常的に行われていたという事だ」

 

「知っています。軍の広報の内部資料には目を通しますから。正規軍と言っても最前線徴募兵は大抵が国内の死刑囚や犯罪者や荒くれものを戦列に並べているはずですから」

 

 その言葉に男が拳を握る。

 

「やっぱり、君は普通じゃないようだ……オレ達が戦ってたのは……そんな連中だったのか。帝国の事を我々は何も知らないんだな……」

 

『大将!! 憲兵の連中が噴水まで進出して来てます』

 

「おっと、どうやら出番のようだ。大人しくしていてくれるかな?」

 

 男の瞳は冷たいが、合理的で理性的かもしれない。

 

 愚行だと知りながらテロに奔るにしては少し冷めていた。

 

「武運を祈る事は致しませんが、どうかご無事で」

 

「何故、そんな事を?」

 

「捨て駒にされたと知りながら、自暴自棄にならないようこの集団を纏めているのは貴方だからですよ」

 

「……怖ろしいお嬢さんだ」

 

 男がこちらに軽く会釈してから次々にやってくる憲兵達を前にして何一つ躊躇せずに外へと出ていく。

 

 男達はその背後に突き従う様子だが、バリケートの後方にも数人残っていた。

 

『貴様らは何者だぁあ!!』

 

 遠間からの誰何すいかの声。

 

 それに男が堂々と名乗り出る。

 

「我々は侵略されし国々より義勇を持って立ち上がった有志である!! 多くが悪の帝国の策謀に苦しんでいる。この世を呪って死にゆく者達の声を届けに来た!!」

 

『ざ、戯言をぉお!?』

 

 さすがにこの場所にいる者達が人質に取られていたら、憲兵では手が出せないというのはさすがの選民思想バリバリな帝都人でも解っているだろう。

 

 大貴族の子女の肌に傷一つ。

 

 それで現場指揮官の首どころか家まで吹っ飛ぶ可能性すらある。

 

「我々の要求は追って伝える。この学園の敷地の正門手前まで後退せよ!! でなければ、我が方が確保した人質に危害を加える」

 

『ぐ、ぐぅ?! 一体、何方を人質にしたのか教えられたし!!』

 

 さすがに確認はするだろう。

 

「アルローゼン家の息女を確保した!! 直ちに兵を引けぇえ!!」

 

『な、何ぃいぃ!!!?』

 

 その言葉を疑いながらも驚愕し、ガクガク内心で震えているだろう現場指揮官が顔を蒼褪めさせながら兵をゆっくりと後ろに下げて戻っていく。

 

 それに犯人の男達が喝采を挙げた。

 

『行ける!! 行けるって!! これで要求もきっと!!』

 

 男達がざわめく間にも男が一芝居して来ましたと言いたげに戻って来てから横の椅子に座って溜息を吐く。

 

「ちなみに長期戦ですか? もし、そうならお小水に行ってきたいのですが……」

 

「ごほ?! ア、アバンステアの子女の方からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ……いやぁ、アルローゼン家の方も肝が据わっているね」

 

 思わず吹き出した男がこちらを見て、何とも名状し難い顔になる。

 

「何も言わずに恥じを掻くよりはいいと思いますよ。それと食堂とその後ろにある倉庫をお教えします。何か食べたいならそちらから持って来るといいでしょう」

 

「腹を空かせている事までお見通しとはいやはや………有難いが、君の意図が分からなくて困る。そもそもどうして解ったんだい?」

 

「お腹の音をさせてる兵隊がいただけです。それと食べ物が無いと人間は狂暴で愚かな生き物になりがちという事実を知っているので提案しました。お腹を空かせた相手に話をしても良い方向にはならないでしょう?」

 

「……解った。解ったよ。降参だ。お嬢さん……全面的に君の意見を聞こう」

 

 お手上げのポーズで男が苦笑して頷く。

 

 こうしてテロリストとの友好的な関係の始めの一歩を踏み出したのだった。


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