ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第4話「悪の帝国Ⅳ」

 

 悪の帝国の昼は早い。

 

 理由は単純だ。

 

 あくせく働くのは奴隷の仕事。

 

 貴族は少し早いティーブレイクから優雅な昼食。

 

 それから昼寝をする習慣がある事も関係している。

 

 なので、子供達は食事の後は緩やかに過ごしてスヤスヤしてから社交に精を出すという事も儘あるのがブラ女の優雅な昼時である。

 

 これが一人前の女性になれば、貴族の女主人として家の事を取り仕切ったり、事業染みて稼業の視察や書類仕事をしたりする場合も多々ある。

 

 ただ家事炊事に関しては大貴族になれば、大抵が女中に任せ切りだったりするところもあり、女の仕事だと女中達を取り仕切って自分からやろうという者もいる。

 

「……ああ、お前らは案外こういう点だと蛮族なんだな」

 

「な!? 聞き捨てなりません!?」

 

「それは目の前を見てから言え?」

 

 ニッコリしつつ、ノイテの前で凄惨な現場を指差す。

 

 ウグッという声と共に押し黙った19歳の戦場なら戦働き大いに結構。

 

 という感じらしい女竜騎士であった。

 

 彼女が渋い顔で視線を逸らす。

 

「どうすれば、こんなになるんだよ……はぁぁ」

 

 敷地の奥にある大貴族の社交場であるクラブハウスの大半は各貴族の派閥が共に立てる場合が殆どだ。

 

 理由は純粋に建築資金を折半する為である。

 

 大物になると館一つを娘の為に学内へ設置する事もあるが、後者である大公家のクラブハウスはかなり広い。

 

 本当に普通の大貴族の本邸並みの広さがあるのだ。

 

 家の女中達が1月に1回は掃除しているらしい。

 

「ちょ、ちょっと間違えただけです!! 掃除の仕方を!!」

 

 だが、その館の中央ホールは現在……水が零され、雑巾が散乱し、土の付いた脚で入ったらしい絨毯までもが汚れている。

 

 だが、それはいい。

 

 うっかりで何故にシャンデリアまで落下しているものか。

 

 エントランス中央はまるで殺人事件のあった洋館みたいな有様であった。

 

「これは後でお前らの給料から棒引きしておく」

 

「な!? お、横暴です!? 理不尽です!?」

 

 思わず相手にジト目となった。

 

「それはちょっとは働いてから言え? とにかく、シャンデリアは後回しだ。後で男手を頼むから、他のとこを掃除するぞ。で、お前のご主人様は?」

 

「デュガシェス様なら、今は昼寝中です!! 起こすのは忍びありません!?」

 

「起こして来い。何でこの状況でスヤスヤ寝てられるんだよ」

 

「断固拒否します!!」

 

「……はぁぁ(*´Д`)」

 

 溜息一つ。

 

 このままにはしておけないとオサナナジミの世話を焼いていた時のスキルを発揮する事にした。

 

 掃除用具は一式揃っている。

 

(ある程度はやっておいて、本邸の女中達が来てからが掃除本番だな)

 

 こうして土を落として絨毯を洗浄するやら、染み抜きするやら、硝子を鉄製のデッキで挟んで集めるやらしているともう三時近い頃合い。

 

 日が傾く前に最低限は終わらせたホールは中央のシャンデリア以外は大体片付き、椅子をエントランスに一つ持って来て座ると草臥れた。

 

「……シンドイ」

 

「……貴族なのに掃除をするのですね」

 

「貴族女が掃除しないなら、普通の下っ端貴族の家はゴミ屋敷だぞ」

 

「帝国の屋敷の掃除なんて全部奴隷がしているのかと」

 

 明らかに誤解だが、帝国を外側から見たら、何でも奴隷にやらせて左団扇に違いないと思われても仕方ない面はある。

 

「奴隷はそういう意味合いでは使われない。女中雇えない給金が低い領土や封領も無い連中だっている」

 

「そういうのは帝国でも同じなのですね……」

 

「奴隷にやらせてるところは少数だ。帝都に流入する奴隷は地方とは違って技術職や帝都由来の単純労働。要は愛人、愛玩用だからな」

 

「嫌な話です。ただ、その知識の深さ。やはり、貴女は普通ではないのですね」

 

「ああ、勝手にそう思っといて精々裏切らないよう畏れといてくれ」

 

「物言いは気に喰わないですが、そうしましょう。デュガシェス様の為にも……」

 

 ノイテが同じように椅子を持って来て、隣に座る。

 

 その座り方が男みたいなどっかりとした代物だったものだから、まったく竜の国とやらはきっと帝国人から見たら蛮族国家の謗りは免れないかもしれない。

 

 武勇を誇る事は帝国でもあるが、優雅だったり、文化だったり、諸々の倫理や道徳的なものは傲慢で糊塗されてはいても発達しているのだ。

 

「今、失礼な事を考えていませんでしたか?」

 

「お前らの国の事は今日調べてみたが、蛮族国家って載ってたぞ。多国間の学者が出した辞典に」

 

「ソレは異議しかない辞典ですね!!?」

 

 思わずノイテが食い付いて来る。

 

「まぁ、他人の国家をとやかく言う程に帝国がお上品じゃないのは確かだから、深くは追及しないけども……そう言えば、聞いて無かった事を聞いてもいいか?」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

「デュガシェスは軍団長の子供って事だが、お前の国の事を書いてた辞典には軍団長は国家の主以外無い。つまり、あいつはお姫様って事になるんじゃないか?」

 

「………ええ」

 

 僅かにノイテの顔が固くなる。

 

「そう、警戒するな。オレを此処で殺したって何もならないぞ」

 

「ッ―――」

 

「顔には出してないはずとか思ってたか? バレバレだ。少なくともオレの前じゃな……」

 

 何せ臨床心理学の権威マッドが認めるオサナナジミを世話して来たのだ。

 

 その系統の学問の書籍は読んでいる。

 

 そして、その実験台にもされたのはそう遠い日の話ではない。

 

「……どうやら、今までの苦労は無為だったようで」

 

「素直になったところで率直に訊ねるが、今更帰って居場所あるのか? あいつ」

 

「……どういう事ですか?」

 

「辞典に書いてあったぞ。軍団長の襲名は国家の主権者である王の戴冠と同義だって。今更帰ったら、派閥問題になるんじゃないのか?」

 

「よくもまぁ見知らぬ国家の事をそこまで……」

 

 相手が不審を通り越して呆れた表情になる。

 

「当たりか?」

 

「いえ、今の王であらせられるデュガシェス様の兄君は妹君であるデュガシェス様を本当に可愛がっておられますし、デュガシェス様もご自分の大隊が壊滅している以上は派閥を持ちようがありません」

 

「壊滅? 戦争で負けたって言ってたが、部下は全員戦死だったのか?」

 

「ええ、南部【ザルデアス皇国】の継承戦争で我々は白の陣【ザナ家】を推しましたが、黒の陣【ディアス家】に付いた勢力とほぼ互角に戦いました」

 

「互角?」

 

「ええ、ですが、それはデュガシェス様の部隊を見殺しにして囮作戦を成功させ、相手の軍団長を討ち、軍団を瓦解させた事で成り立っていました」

 

「勝ってるだろ。そうだったら」

 

「ええ、勝負に勝ちましたが、試合に負けたのです。相手は軍団を瓦解させましたが、同時にこちらは後背地を奪取されて撤退を余儀なくされた」

 

「戦略的な理由ってヤツか」

 

「ええ、軍団は保全の為に散り散りに逃げました。だから、まだ再起出来る。ですが、あちらは軍団長を全て討ち取られ、兵員の6割を死傷……試合には勝ったでしょうが、後20年くらいは衰退したままでしょうね」

 

 事も無げに姫を生贄にして勝利した事を軽く言ってのけるノイテの顔は別に悔いている様子も無いようで『だから、蛮族って呼ばれてんじゃねぇかな』という言葉は喉の奥に呑み込んでおく。

 

「何だかなぁ……で、その近頃はよく聞く戦争はどっちが勝ってるんだ?」

 

「結局、ザナ家は領地を7割取りましたが、3割を割譲。国境線が国内に南北で敷かれました。しかし、ディアス家は奪取を諦めた気配もありません」

 

「つまり、休戦中だが戦争は継続中、と」

 

「はい。我々は雇用期間は終わった為、十分な褒章を貰いましたが、怨敵との決戦は不満が残る形で終結。散り散りになった軍団は現在兄君の下で再度集結し、次の雇用主を探していたのです」

 

「で、今度は帝国周辺に目を付けた、と」

 

「はい。帝国は確かに鉄鋼業と技術に優れる国です。ですが、竜を始めとした【異種(バルバロス)】の事に付いては詳しくない様子。大陸中央から南部に掛けては異種の使い方や戦術戦略で勝敗が決まる」

 

「弱い帝国を倒そうとする周辺諸国には与し易いわけだ」

 

「そう考えています。帝国の周辺の地理的な情勢を考えても敵はかなり多い。内にも外にも……」

 

 ノイテの言葉は事実だった。

 

 実際、帝国の敵はかなり多い。

 

 吸収した元敵国の民の大半を搾取しているのもあって、各地では暴動の鎮圧の為に兵員を割いている。

 

 が、そのせいで対外侵略用の戦力は慢性的に戦域の制圧戦力が不足している。

 

 というのは公然とした情報を集めれば、誰でも知ってる軍事機密だ。

 

 集められれば、だが。

 

「で、どうしてわざわざオレを此処に足止めした?」

 

「――――――」

 

 相手は本当に驚いている。

 

 だが、同時に何処か観念した様子でもあった。

 

「我々が……事前に手引きした内通者達がこの学び舎を狙っているからです」

 

「そういう事か?! そういうのは早く言えよ!? お前なぁ。これからお世話になるところに武装集団が押し掛けて来て、人質騒ぎとか勘弁して欲しいんだが」

 

「悪の帝国の自業自得です」

 

 相手が居心地悪そうに肩を竦める。

 

「でも、悪い帝国にも良い子はいるんだ。侵略されて蹂躙された良い子の復讐だとしても、良いヤツが死ぬのは嫌なもんだぞ?」

 

 ノイテがこちらの言い分に本当に顔を固まらせていた。

 

「……怒らないのですか?」

 

 もっと、蔑まれた目で見られるとでも思ったのだろう。

 

「納得する理由しか無いからな。もしそんなのがあるとすれば、雇用主に嘘は無しにしろって言葉を無視した事くらいだ」

 

「……次は気を付けます」

 

「ああ、そうしてくれ。今度は守れよ? オレはこれから用事が出来た。ぐーすか寝てるのは夜まで寝かせといてくれ」

 

「ッ、何を!? 貴女一人でどうにかなるわけがないでしょう!?」

 

 こちらが腰を上げて意図を察したノイテが思わず声を上げる。

 

「どうにかなる。どうにかする。此処は悪の帝国でもオレの母校になる予定だ。悪いヤツもいるだろうが、良いヤツ程早死にするのが世の常だ。そういうヤツが死ぬと悪いヤツがまた死ぬまで世に憚はばかって不幸ばっかり増える」

 

 立ち上がると相手の瞳は動揺しているようで揺れ動いていた。

 

「貴女は……」

 

「特にオレの祖父とかな」

 

「笑えません」

 

 顔には一言一句同じ文言が書いてあるように見える。

 

「オレはこの学園なら何処にでもいる単なる悪の帝国令嬢だ。具体的な情報を機密で教えられないなら、別にそれはいい。あいつの事、頼んだぞ?」

 

「ッッ、死ぬ気ですか!? あちらは本気ですよ!?」

 

 さすがに止めに掛かろうとしたところで相手をジト目で睨んでおく。

 

「一度死んだ身だ。今更、自分を曲げて惜しむ命じゃない」

 

「先日は命を掛けてるようには見えませんでしたが!?」

 

「そっちは関係無い。まぁ、貴族にも色々あるのさ。生きてるなら、生きてて良かったって人生を歩まなきゃな。死んだ事のあるヤツからの忠告だ」

 

 歩き出して扉を開く。

 

 すると、ほぼ同時だった。

 

 表の詰め所の周囲から爆発音が響いていた。

 

 ゆっくりと走る方向を見定めようと歩き出す。

 

(人間、一度死ぬと腹を括るのが早くなって困る。オサナナジミや友人にもしもの時の為の手紙は書いてあるとはいえ……オレの性格もう別人かもな……怖くないってのも困りものだ)

 

 これも自分を殺した衛星兵器のレーザーみたいな何かのせいだ。

 

 大半のものはあの理不尽な死よりは余程に易しい。

 

「まぁ、今更か。死ぬより怖い事がこの世にはあるんだって事を知ってれば、戦う理由なんてちっぽけでもいい」

 

 いつの間にか独白の癖が付いてしまった。

 

 昔はもっとこじんまりした幸せを得る為に終始していた気がする。

 

 しかし、死んでしまったのは変わらないし、転生したのも事実だ。

 

 ついでに嘗ての仲間達を何とかしようと活動を始めて早々の危機。

 

 だから、何とかしようと思うのは今の自分だからなのかもしれない。

 

 それは幸せな毎日への第一歩

 

 今日、明日、明後日、朝露に濡れた薔薇を見るだとか。

 

 講師の語る歴史にレポートを書いてみるだとか。

 

 経営を開始した店の繁盛具合に一喜一憂するとか。

 

 そういうのの下準備。

 

 ならば、まずやるべき事は決まっていた。

 

『………行きましたか。私は……』

 

『ふぁ……あ、ノイテェ。ふぃーは?』

 

『御一人で襲撃者達の事をどうにかすると出て行かれました』

 

『襲撃者?』

 

『……威力偵察行動の一貫です。工作部隊が契約中の国家からの要請に従ってお膳立てしました』

 

『ん~~~ふぃーお人好しだからなぁ……』

 

『その……デュガシェス様。私は……』

 

『別にいいって。だって、ふぃーってお父様に似てるし、実際死ななそう』

 

『え?』

 

『他人の命の勘定はするけど、自分の命の勘定をしないところとか。そっくりだと思うけどなー』

 

『……そう、なのですか?』

 

『だって、あの紅の光が空から来た時、誰かを盾にするんじゃなくて……私達を護ろうとして前に一歩踏み出すなんて、普通のヤツじゃ絶対無理だし』

 

『―――そう、ですね。そう……でしたね……』

 

『どうするんだ? ノイテ』

 

『どうやら、敵も味方も無く。守らねばならない方が出来たようです』

 

『ふふ、カッコイイ。やっぱり、ノイテはそうでなくちゃな♪ 頼りにしてるぞ。おねーさま』

 

『妾の子ですよ。私は……そのお気持ちだけで……では、行きましょう。竜が無くとも、装備が無くとも、出来る事はやらねば……あの方のように……』

 

『うん!!』

 

 背後の館は遠く。

 

 取り敢えず、武装集団とやらを何処かに隔離しなければならない事を考えても現場周辺の封鎖を行うのは必須。

 

 大貴族のお嬢様がどれくらいの権力があるものなのか。

 

 それを示す仕掛けを持ち出さなければならない事は非常に遺憾だ。

 

 だって、そうだろう。

 

 悪名高い男の孫娘が悪名を背負ったら、希代の悪女と呼ばれるのは確定なのだから……。


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