ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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グランド・エピローグ「ごパン戦争」

 

 カリカリとチョークが世界の生い立ちと歴史を語る。

 

 子供達の目は真剣であった。

 黄昏時の教室。

 

 今日は週に1度のホームルーム後の現代歴史の授業が1時間。

 

 カラスは鳴いているのに帰る事もなく。

 

 子供達の多くがテストは無いが真面目に聞かなきゃ内申に響く。

 

 という親の指導の下。

 

 眠そうな瞼を何とか抉じ開けてBGM張りに全てを聞き流している。

 

「―――こうして現代最後にして人類間最後の戦争は幕を下ろしました」

 

 眼鏡の20代程の女教師が書き込んだ情報を一切漏らさず。

 

 まだ、何を聞かされているのか分からないだろう少年少女達に微笑む。

 

「ファースト・クリエイターズ。彼らが一体何者だったのか。未だ統一見解は出されていません」

 

 たった半年。

 その後の僅かな時間で集結した多くの争い。

 

「ですが、社会の裏に隠されていた陰謀や魔術や超技術を使う人々。彼らの存在が明るみに出た事で多くの事が変わったと言います」

 

 ソレはもう人類が繰り返す事も出来ないだろう過去の話。

 

 今や犯罪発生率はどの先進国だろうと年間人口100万に対して1件を超えない。

 

 違反は無くなっていないが、軽犯罪は根絶されたと言っていい水準。

 

 残ったのは怨恨の末の殺害や傷害が殆どだ。

 

 それも加害者に情状酌量の余地が認められるものが殆どという点で過去とは随分違う。

 

「まだ小学校に入って3年の貴方達にはピンと来ないかもしれないわね。でも、夜1人で外を出歩いても大丈夫な国ばかりじゃなかったのよ。ほんの10年前までは……」

 

 女教師は子供達に微笑む。

 

「せんせー。結局、ファースト・クリエイターズって、あの動画の人達なの?」

 

「さて……それも不明です。でも、彼らのおかげで多くの発展途上国は今幸せそうよ。少なくとも喰うに困らなくなったし、殆どの悪い人達は消えて、今はまともな人しか政治をしてないから」

 

 子供の声に彼女はそう告げる。

 

「はい。概論は今日このくらいにしておきましょう。次は多くの国が今どうやって食べられているか。そして、生計を立てているかに付いてです。今日は此処まで」

 

「キリーツレーイ。せんせいありがとうございました~」

 

「はい。放課後はあまり寄り道せず。暗くならない内に帰るのよ~」

 

「暗くなっても大丈夫なんじゃないの~?」

 

 ケラケラ笑う少女達に女は肩を竦める。

 

「それがこの日本の常識です!! 大人の言う事を鵜呑みにしてはいけませんが、大人の忠告はよく考えて受け取りなさい。でないと、先生みたいな良い女に成れないわよ~?」

 

 おどけた彼女にあははと笑う少女達が笑顔を輝かせながら去っていく。

 

 きっと、途中でファストフード店にでも寄るのだろう。

 

 だが、ここらには警察の立ち寄らない店は無いし、治安も良い。

 

 心配する事は心配するが、過度な干渉をする必要も無いに違いなかった。

 

 構内では一斉に下校が開始されており、混雑する下駄箱のある玄関先では1クラス40人程の子供達が次々に黄色い帽子を被ってランドセル姿で帰っていく。

 

 校舎内外に常の間延びした音声も流れ始めた。

 

『本日の授業は終了しました。生徒は速やかに下校し、教職員は職員会議後、居残る事が無いようお願いします。()()()()()第三小学校はこれにて本日の業務は終了しました』

 

「ああ、お疲れ様です。アトウ先生」

「あ、はい。お疲れ様です。教頭先生」

 

 もう後数年で定年という禿げた老年に差し掛かる男が頷く。

 

「どうでしたか? 生徒達への初めての特別授業は……」

 

「いえ、中々難しくて。大人達の多くだって、まだ数年前の事を引きずっているのに……新しい世代の子達にはこの今が普通なんだってよく解りました」

 

「そうですか。我々の方がまだ本当にはこの世界に適応出来ていないのかもしれませんね。幾ら頭で考えても大きく変わった事に慣れず戸惑う。まるで引っ越したばかりの若者のように……」

 

「……はい。そうなのかもしれません」

 

「我々とて今はこうして一条校ですが、世界各地の宗教福祉法人を多くの人は最初胡散臭い人々のように見ていた。それがこうやってようやく地域でも溶け込めるようになった。全ては時間と努力が解決する……そう思います」

 

「ええ、今や発展途上国の9割以上で低所得層の教育を手掛けるのは我々アトゥーネ教ですから……」

 

「ふふ、()()として自覚が出て来ましたか?」

 

「ま、まだ、簡易授与の段階ですよ?」

 

「まぁ、全てこれからです。ああ、そう言えば、こちらに先生と同じ苗字の方が赴任してくるんですよ。珍しい苗字だと思うのですが、男性の方で選択の武道のトレーニングをして下さるそうです」

 

「ええ? 本当ですか」

 

「何でも海外の日系人で元軍憲兵の方らしいですよ」

 

「そうなんですか。今度、来たら挨拶して来ないと」

 

「まぁ、そうしてみて下さい。ああ、そうそう、これも聞いておかないと。例のクラスの子達とは上手く行っていますか?」

 

「え? あ、は、はい。その……何か逆に教わる事の方が多くて……」

 

「何か問題でも?」

 

「いえ、あの子達は悪く無いんです。ただ、凄く仲が良いし、虐めも無いし、何事にも一致団結してくれるんですが……その……」

 

「?」

 

「いえ、保健体育的な事に関して何故かヤケに詳しくて」

 

「ああ、あの子達は家が特殊ですからね」

 

「それから女の子の多くがちょっと性癖というか。将来の夢が全部同じなのも……」

 

「ほう? どんな夢を?」

 

「その……呼び方は色々あるんですが、お父さんのお嫁さん、だとか」

 

「はは、まぁ……そういう事もあるでしょう」

 

「ですが、男の子の一部にもそういう子がいて。あの子達は大人の私から見ても……凄く綺麗な子達ばかりで……それに出席日数も……一斉に来なくなったり……あの子達に聞いたら、()()()()()()にも行ってるからとか。何か秘密があるようなのですが……」

 

「いやぁ、心配し過ぎですよ。それにあの子達はお姉さんのご友人の娘さんや息子さん達なのでしょう?」

 

「ええ、まぁ、はい。姉からも親しい友人の子達だから、良くして上げて欲しいって言われてて」

 

「ちなみにあの子達の出席日数は気にしないでください。他の諸々についても気にする必要はありません。少なくとも警察や児童相談所が預かる案件でもありませんしね」

 

「え?」

 

「ああ、まだアトウ先生はご存じありませんでしたね。あの家に関しては国家機関の預かりなので我々に出来る事はあの子達が悪い道に走らないようしっかり育てる事くらいなんですよ」

 

「国家機関? ど、どういう事、でしょうか?」

 

「何れ解ります。それとあの子達の父親に関してですが……まぁ、色々と特殊な方でして。英雄色を好むとも言います。左程気にせず」

 

「英雄?」

 

「おっと、喋り過ぎましたかね。詳しい事はいずれ……では、職員室に行きましょう。何事もアトゥーネ様の()()()()()()()、ですよ。ふふ」

 

「は、はい……」

 

 二人の教師が共に連れ立って職員室に向かう。

 

 その横を凛として不思議な銀にも見える煌めく長髪が横切った。

 

「あ、カシゲさん。今帰り?」

 

 思わず話し掛けた彼女は振り返る少女の誰もがハッとするような佇まいに同性だというのに目を奪われた。

 

 それは家での教育が余程にしっかりしているのか。

 

 大人にも負けぬ礼節としっかりとした芯のようなものが感じられるからだろうか。

 

 その顔立ちは外国人であるが、妖精と称して良いだろう顔立ちは人間離れしている。

 

 ただ、その蒼い瞳はキロリと彼女を見て、僅かに静止した。

 

「アトウ先生。はい。今から帰還するところです」

 

「帰還って……難しい言葉知ってるのね」

 

「いえ……妹は先に帰ったのですが、今日は日直だったもので」

 

「ああ、そうなの?」

 

「はい。これから職員室に一日のレポートを提出してから帰ろうかと」

 

「ありがとう。日直頑張ってくれて……」

 

「いえ、妹達や弟達にさせたら、ちゃらんぽらんなものしか上がらないので仕方なくです」

 

「そ、そう……でも、妹さんも弟さんも姉妹兄弟の子達も結構、年代で見たらしっかりしてると思うけれど……」

 

「ああ、見えて。まだ、子供なんです。お父様を誘惑する事しか頭にないおサルさんです」

 

「し、辛辣ね?」

 

「こう見えて、あの子達の面倒を看るようにと我が母から仰せ付かってますから」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい。その上であの子達のお母様達からも頼まれてますから」

 

「た、大変ね。何かあったら言って頂戴? 先生、頑張るから……」

 

「では、幾つか」

「え?」

 

 今年で9歳小学三年生と言う歳であるはずの少女は何処か半眼でまだ新米のアトウ先生を見た。

 

「まず、カシゲさんという呼び方は好ましくありません。1学年1クラスずつ3年までで合計120人全員同じ苗字ですし、授業で会う子の名前くらいは憶えて頂ければ」

 

「ッ、あ、は、はい。善処します!!」

 

「それとあの子達の母親は数十人います。一人一人の母親の名前と関係は覚えて下されば。それが無理ならあの子達の誰と誰が実の姉妹や兄弟なのかは把握してください。この場合は母親が誰かという事だとお考えを。私達は全員、お父様が1人なもので」

 

「え、ええ、出来る限り暗記すると約束するわ!?」

 

 何か追い詰められているような感覚で何とか彼女は頷く。

 

「最後に」

 

「はいっ!? 何!? 何でも言って!?」

 

 もう何だか涙目でやけっぱちなまだまだ新米と呼ばれる女教師がプルプルしつつ、少女の声を待つ。

 

「妹と間違えましたよね。さっき……」

 

「え?」

 

「私は一度も貴方の授業を受けていません」

 

「ッ」

 

「話した事も無いから、そういう事も知らないというのは教師としてどうかと。後、妹と言っても私とあの子は母が違います」

 

「え? え?! ええ!?」

 

 思わず驚くのも無理はない。

 この学校では見目麗しい生徒は大勢いる。

 のだが一番目を引くのは二人の姉妹だ。

 

 同じ顔の少女達は正しく合わせ鏡のようにも見えると評判なくらいそっくりなのだ。

 

「あの子は活発で今時な子です。見掛けたら話してみるといいかもしれません。あの子はああ見えて、私達兄弟姉妹の中心にいます。出来れば、今度は名前で」

 

「……は、はい。後、ごめんなさい。間違えてしまって」

 

「いえ、出席日数の話でもしていたのでは? これをわざわざ言うのは心外なのですが、ウチのお父様は警察や児童相談所のお世話になるような方ではありません。とても……とても立派な方なのです」

 

 その真剣な瞳に彼女はもう何も言えなくなっていた。

 

「ウチの中では笑い声が絶えません。姉妹達も兄弟達もみながみなお父様を中心にして集まります」

 

「そうなの?」

 

「ええ、お父様が仕事でいない時以外は朝と夕に食事をする時は出来る限り、いつも家族揃ってです。お父様はその中で一度たりとも不安や悩みを抱えた子や伴侶の事を見抜かなかった事はありません」

 

「……とても、お優しい方なのね」

 

「ええ、優し過ぎて宇宙だって救えてしまう程。その優しさが1人の女性に向けるだけでは収まり切らない程……だから、ウチの中に本当の不和というのはありません。母達も互いに尊重し合って暮らしています。外側から見れば、奇異に映るのは仕方ない事でしょう。ですが」

 

 少女は真っすぐに彼女を見据える。

 

「それが私達にとっての日常なんです」

 

「……ごめんなさい。どうやら私が狭量だったみたいだわ……」

 

「いえ、先生相手に失礼しました。少し他の姉妹兄弟より五感が鋭いもので……」

 

 それに彼女が何かを返すよりも先にペコリと少女が頭を下げる。

 

「では、これで失礼します……」

「ええ、また明日」

 

「はい。また明日……それに一つウチにも欠点はあります」

 

「欠点?」

 

 少女は歩き去りながら囁くように不満を漏らす。

 

 何処か今までのしっかりした様子よりも年頃の娘が不満を漏らすような様子で。

 

「お父様に構って貰える時間が年長は年少よりも短いので……」

 

 そうして二人の教師を置いて去っていく少女はすぐに職員室の方角へと消えて行った。

 

「ね? そういう意味では心配ないでしょう?」

 

 教頭は彼女の横でそう今度は小さく呟いたのだった。

 

 *

 

「お母様。只今、帰還しました」

「そうか。お帰り」

 

 珍しい事に少女は1人リビングにいる母を見て。

 

「お母様。人の真似は頂けません。私のお母様はどちらですか?」

 

 まだ二十代にもなっていないだろう。

 

 そうとしか見えない少女が……もしかしたら、少女の姉にしか見えない彼女は微笑む。

 

「まぁまぁ、いいじゃない。こういう時でも無いと二人っ切りで話す機会も無いんだし」

 

 そう気安くまだ高校生に見える少女はパラパラと乳幼児用の専門雑誌を片手にして肩を竦めて笑った。

 

 そのお腹はもう大きく膨らんでおり、花柄のマタニティ用のワンピース姿だが、何処か艶やかだ。

 

「もう随分と大きくなりましたね……」

「ええ、貴女のお母様もね」

「どうして去年になって?」

 

「そろそろいいかなって。きっと、あの子も同じよ」

 

「同じ?」

 

「他の子達と違って、私とあの子は似てる。顔こそ同じだけど、言動も性格も似てないのにこういうとこは特にね」

 

 少女は何処かおかしそうに苦笑する。

 

「こういうとこ……ですか」

 

「他の子達は子沢山でも愛情を注げる。でも、私達は1人っ子だったから……改めて話したりしてると似てると感じるわ。両親はいても遠くにいて。でも、優しくしてくれる人達がいて。自分の道を歩こうと決めてた」

 

「……自分の道」

 

「そう。こっちは魔術師になろうと思ってた。あっちは兵士のままでいられると思ってた。でも、1人の男のせいで人生設計は滅茶苦茶。でも、何も後悔してない」

 

 フラムと呼ばれる彼女は微笑む。

 

 少女という年齢で無くなったとしても、あの頃のままに。

 

「私達は自分の全てを注いであげたかった。あなたにあの子にきっと……そして、同時に女としてあいつにも同じだけ注いであげたかった」

 

「そうですか……」

 

「でも、こういうところまで似なくてもいいってのに……あの子の娘も私の娘も同じ……しっかりし過ぎよ」

 

「私はそうですけど」

「ふふ、結構。その意気よ……」

 

「お母様達に一つ聞きたいと思っていた事があるんです」

 

「何かしら?」

「お父様の落とし方について」

 

 少女は妹のような少女に僅か沈黙しながらも緩く笑みを浮かべた。

 

「……ま、一人前には程遠いかもしれないけれど、それはこっちもだしね。いいわ。しっかりし過ぎな可愛い愛娘にあいつの落とし方くらいは教えてあげるわよ。まぁ、頑張りなさい」

 

「あっさり言うんですね」

 

「もう昔の私じゃない。昔はきっともっと取っ付き難い人間だった。でも、変わったのよ……あいつが変えてくれた……貴女達が変えてくれた」

 

 彼女が少女の頭を撫でる。

 

 もう子供じゃないと反抗したくなった少女だが、グッと我慢する。

 

 それこそ子供の証明だと。

 そう理解するくらいには聡明だった。

 

「どんな形であれ。あいつを幸せにしてくれるなら、それが娘だって同志よ?」

 

「同志……」

 

「きっと、昔の私に一番足りなかった言葉。私が恥ずかしくて言えなかった言葉。仲間って言うのはそういうものなんじゃないかしら?」

 

「仲間……認めて頂けるとは思いませんでした。でも、リエ叔母様や他の元御学友は仲間だったのでは?」

 

「そうね。そうだったのよ。でも、その頃の私は何も見えてなかった。今でもあの子みたいに未来以上に今を見通せてるとも思えない……けど、今の自分に満足はしてるのよ? 貴方達の事を含めてね」

 

「そうですか……本当にその頃に比べれば、変わられたという事なのですね……」

 

「もし、昔の私が今の私を見たら、こいつ誰? 私、こんな娘に夫の誘惑の仕方とか教えるヤバイやつじゃないわよ。とか、そう言ってるのは確実ね」

 

「……お堅かったんですか?」

「そうよ。貴方のお母様と別方向でね」

 

「では、後で色々と聞かせて頂くとします。今後の参考に……それで他の方達は?」

 

「ああ、あいつが帰ってくるから迎えに行ってるわよ」

 

「……その……前から思っていたのですが、あちらの世界に迎えに行くより、こちらで待っていた方がいいのではないですか?」

 

「ああ、そっか。貴女は気付いたのね」

「?」

 

「普通の家庭じゃ毎日あんなに感動の再開みたいにギュッと抱き締めに行ったりしないって事でしょ?」

 

「え、ええ、はい。他学年に出来たお友達が言っていました。それってまるで新婚か、あるいは長い出張から帰って来た日みたいって」

 

「合ってるわよ。その表現」

 

「いつでも新婚気分と宣言されると母としての威厳が微妙に下がる気がしませんか?」

 

「いやいや、そっちじゃなくて長い出張の方よ」

 

「?」

 

「あいつね。人気者なの。だから、躰は一つじゃ足りない案件が空の彼方まで積み上がってるわ」

 

「それは……ええ、色々な議会に名義貸しで会食が仕事と言うのは知ってますけど」

 

「ふふ、それ仕事の半分よ?」

「半分?」

 

「あいつはね。家に帰ってくるまで寝ないのよ。眠る必要無いから。そして、あいつは自分が為すべき事があると喜んで100年でも1000年でも出張行ってるわよ」

 

「……ええと、比喩ですよね?」

 

「全然? ちなみに教えてくれないけど、きっと月単位で毎日別の時間軸に跳んでるわ」

 

「ッ―――月単位?」

「驚いた?」

 

「い、いえ、他座標宇宙の理論や定理の諸々はヒルコ様から教えて貰いましたから。覚えていられたのはあの子とガルン母様の子達だけだったみたいですけど」

 

「さすが教育熱心な子沢山。真似出来ないわね……あのくらいの子が解るようになるってどれだけ優秀なんだか」

 

「……お父様は毎日ソレを?」

 

「ええ、毎日よ。ちなみに仕事の内の7時間は会食してるわ。宇宙で一番誰かと食事を食べた男ってのはあいつの為にある言葉よね」

 

「では、残る1時間で年単位の出張に?」

 

「本当は付いて行きたかった……でも、あいつに家とあの子を、この子達を護ってやってくれって言われたら断れないじゃない」

 

 少女は己の膨らんだ腹部を優しく撫でる。

 

「では、どうしてこの子を……」

 

「この子を産んだら、一緒に行こうって思ってたのよ。区切りにしてね」

 

「え?」

 

「今度は付いてくの。家族全員で。大丈夫よ。準備はしたから」

 

「ええと、その……それをお父様は?」

「知らないわよ?」

「大丈夫じゃないような?」

 

「家族会議の決定よ。ちなみに貴女がこの間、あいつと1日デート権を発動した日に議決されたけど、反対0だった」

 

「え? もしかして、私だけ……」

 

「だって、癪じゃない? あいつと一日イチャイチャしてる子に対するちょっとした悪戯よ」

 

「ちょっとで済まないと思いますが……」

「じゃあ、1人で残る?」

「そんなわけありません……」

「でしょ?」

 

「大丈夫。貴方達は学校に通っていいから。あいつと一緒にずっと修羅場ってのも疲れるでしょうし、夏休みや冬休みに御邪魔しに行こうってだけよ」

 

 フラム・ボルマン。

 

 あの頃から変らない少女は微笑んで立ち上がる。

 

「さて、そろそろ準備しましょうか」

「夕食ですか? お手伝いします」

 

「いいのよ。今日は両親が来る事になってるから、そっちは自分でやらないと」

 

「確か……未だに家庭の詳しい事を教えてないんですよね?」

 

「まぁ、あっちは魔術の事は知ってるけど、夫が何十人も妻持ってるなんて聞いたら卒倒しちゃうわよ。隠しておくのもまた優しさってヤツね」

 

「優しさ……」

 

「別にあっちはあっちで知ってるでしょう。でも、聞いて来ないって事はそれでいいって事なのよ。あいつと顔合わせしてから、あいつの事は気に入ってるし、毎日定時帰宅なのは嬉しいらしいわ」

 

「……やっぱりお手伝いします」

 

「ふふ、いつもはあの子に手伝って貰ってるんだけど、生憎と今日は私の役目を代行中よ」

 

「あのおサルさん……」

 

「あははは、そうね。あの子が一番積極的だと思われてるから仕方ないか」

 

「バレルのお二方の子達よりは大丈夫かと思いますが……」

 

「いや、月兎の子達も大概よ? バレルは元々家族婚が多くて近親縁者が固まって子作りする場合も多かったらしいし、月兎の女は子沢山というか。夜は魔物よ。あと幼女は強敵と書いて友と読むのよ」

 

「あ、はい。聞かなかった事にします」

 

「ちなみに一番の魔物はいつもお風呂を占拠してるけどね」

 

「あちらでは伝説の湯女(ゆな)とかいうそうですよ? 皆さん言ってました」

 

「被害者の会の声じゃないソレ。邪神に身体と心をお風呂で渡してはいけません。ダメ、ゼッタイなヤツ」

 

「一度被害を受けましたけど、あの頃は愉しくて気持ちいいお風呂のお姉さんだと思ってたんですけどね……」

 

「ま、まぁ、あいつにくっ付いていって世話焼いてくれてるから、いいんだけどね」

 

「ガルン母様は秘書役はしても、長い出張には付いて行ってないんですよね? 先程の話からして」

 

「付いて行くメンツはいつもの奴らよ。アウル、ネロト、ヒルコ……あいつが家を護るよりは共に肩を並べて戦いたいってヤツらね」

 

「最強の剣士に封印された邪神に宇宙で最もお父様の身体に詳しい権威ですか」

 

「あいつらが一緒だから、まだ赦してるけど。あの邪神のテクでよく子供出来ないなとは思ってる」

 

「生々しいですね」

 

「アウルやリヤも時々、女になってあいつの傍にいる事あるから油断も隙も無いのよ?」

 

「ヒルコ様はアイアンメイデンとして大丈夫なのでは?」

 

「あの鋼鉄乙女さんは心の母親みたいなもんよ。包容力在り過ぎ……さすが、ごはんの国を裏から支えて来た女って感じ……後、猫状態がカワイイ」

 

「あ、はい。それは同意します」

 

「っと、ウチの家族の話してたら時間が幾らあっても足りそうにないわね」

 

「そうですね」

 

 思わず二人が苦笑する。

 

「下処理を一緒にやりましょ。味付けはこっちでやるわ」

 

「解りました」

 

 こうして並べば姉妹にしか見えない見目麗しい母と娘は台所に向かう。

 

 その後ろ姿は仲の良い家族であった。

 

 *

 

 ―――月兎レッドアイ後宮。

 

「ねぇ、お母様。お父様は今日こちらに来るのですか?」

 

「ええ、今日はあまり使ってない此処で迎えて、夕食を取って少しお茶をしてから、あちらに戻ります」

 

 月兎の女は魔物だ。

 そう言われているとも知らず。

 9人の娘達に囲まれて、月兎の女帝。

 

 いや、恒久界の女帝と近頃言われ始めた女が微笑む。

 

 今や便宜上月兎の首都となったレッドアイは旧首都である王城のある地域から離れている関係上、事実としては遷都したという状況に近い状態となっている。

 

 嘗ての戦争の名残である塹壕線は未だ遥か果てに残り続けており、要塞化された都市は議会中枢のある地域と建造された地下後宮の上にある。

 

「かあさま。みてみて!! おとうさまのえ!!」

「こっちはねろとちゃん!!」

「こっちはひるこさま!!」

 

 一度に少なくとも3人から4人程を身籠り、出産までの月日が通常の人間よりも短いという月兎の性質上。

 

 あの頃に減少した人口はこの数年で徐々に回復傾向にあった。

 

 街に一番多く遊び走っているのは月兎の子達だ。

 

 多種族混合とはいえ、最も見掛けるのは正しく元の国家を形成した種族の特徴故であった。

 

「おかーさまー!! ユニさま~~♪」

 

 小さな兎の1人がピョンピョンと楽しそうに跳ねる。

 

 その横には子猫のように丸まった我が子を抱えて、二人の自分と同じくらいの年齢の子を横に連れ歩いて来る幼女の姿。

 

「きたよ~~」

「ケーマル様達はどうでしたか?」

 

「うん。けーまるおよめさんとしあわせそうだったー♪」

 

「まさか、元魔王応援隊の方と結婚するとは思ってませんでしたから。それも事実婚だなんて驚きです」

 

「この歳で若いお嫁さん貰うと首相業に差し障りそうなくらい幸せって言ってた~」

 

「いつもの口調で無くていいのですか?」

 

「この子達に譲る~」

 

「ニャ!!」

「ニャ?」

「ニャニャ!?」

 

 伝統的な口癖で驚く娘達を見ながら、幼女は尻尾をゆらりゆらり。

 

「ウィンズや豆の国の重鎮の方々は?」

 

「護国の防人は都を出ず~って。他の人はウィンズ卿とは話が合うって今日は飲み会するって言ってた~」

 

「……後で労いの連絡をしておきます」

 

 薄ら紅い壁に白い家具。

 

 後宮と言ってもこちらの世界での別邸という扱いになるだろう場所。

 

 第二地球圏に移民を開始して数年。

 

 元難民の街レッドアイでは増えた家族を連れて移住する者が多い。

 

 あの戦争で多くを失い過ぎたからと。

 

 だが、それでも寂れている事も無ければ、活気が失われている様子もないのは月兎だからこそなのかもしれない。

 

 兎と猫の幼女達が何やら共に遊び始め、躰を動かす事が好きな方は追いかけっこやらしている傍で盤上遊戯やカードに興じ始めた子らもいる。

 

「あら?」

 

 その中に自分の子ではない相手を見て、月兎の女帝フラウ・ライスボール・月兎は柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ガルン……」

 

「ただいま。今帰った。さ、手を洗ったらみんなと遊んでおいで」

 

「はい。ガルン母様!!」

「遊ぶよ!! 今日はおママゴト!!」

「遊びます!! お父様役はお人形さんね?」

 

 後宮の玄関口から入って来て、大広間でスーツを脱いで壁に掛けたのは月兎の女怪。

 

 いや、魔王軍の筆頭執政官。

 

 事実上、魔王から人事の全てを預かる少女。

 

「お疲れー」

 

 ユニが子供達のお守から解放された少女を労う。

 

「陛下は?」

 

 そのフラウの問いに聞かれた彼女は肩を竦める。

 

「さっき第三宇宙団に行った。後55分で帰ってくる予定」

 

 ガルンは荷物持ちをしてくれている子供達の頭を撫でて遊びにゆくよう促しながら、広い広場に置かれた長いソファーの一角に陣取る。

 

 するとカチャカチャと虚空にキーボードとディスプレイを表示して何やらやり始めた。

 

「お仕事ですか?」

 

「違う。今後の貿易関係で会食する人達がセニカに会わせろ~って煩いから、そんなに会いたいなら、合同食事会にするって言って出て来た。リスト4億人分の仕分け用プログラム書いてる」

 

「お仕事ですよ?」

 

「これ終わらないとセニカの胃袋が何個有っても足りないから」

 

「ご苦労様……」

「それよりイイの? 今日は……」

 

 ガルンの言葉に僅かフラウが視線を俯ける。

 

「……千年の流刑ですが、目覚めるまで時間は止まり、生きています。それに本人からも母からも言われました……もう自分の人生を生きなさいと……だから、帰って来た日にきっと……」

 

「そう、ガルンはそれに何を言う立場でもない」

 

 場の空気が重くなったのを感じたユニが声を挙げようとした時だった。

 

 子供達が何かに気付いて走り寄る者もいれば、振り返る者もいた。

 

「ニャ!? 自分の人気が怖いニャ!?」

 

 子供達がクルネに何やらせがみ始める。

 

「にゃ? 殿下の他にも帰って来てたにゃ」

「只今帰りました。フラウ様」

「シィラ。ヤクシャ。クルネ。お帰りなさい」

 

 狗耳女剣士と旅装風の少女とスーツ姿の少女。

 

 旅装風なのはヤクシャ。

 スーツ姿なのはクルネ。

 

 女騎士シィラはもはや魔王軍の女性からは憧れの対象だ。

 

「にゃ。只今戻りました」

 

 丁寧に頭を下げる少女にフラウが昔から変わらないなと頭を撫でる。

 

「は、恥ずかしいにゃ。こ、子供達のまえですにゃ」

 

「ふふ、ヤクシャ。今回の地方巡業視察はどうでしたか?」

 

「色々と戦後処理はまだ終わっていませんにゃ。ですが、各地とも混乱は無く。殆どの問題は片付いたと考えますにゃ。これからは復興後の成長を見込んで貿易業の中心地として各地を開発して回る事になるかと」

 

「ありがとう。貴女のおかげで民の事がよく分かるようになりました」

 

「ちなみにその……」

「お父様の事ですか?」

 

「はい。ですにゃ……あまり誰も知らないようで興味も……」

 

「魔王閣下が……そのように取り計らってくれたんです。きっと……」

 

「魔王が?」

 

「ぁ、あ~~ヤクシャ。ほら、他にも報告する事があるだろ?」

 

「そ、そうでしたにゃ。難しい話ですので。あちらでちょっと」

 

「ええ、解りました。みんな仲良くね?」

 

 その言葉に月兎の子供達が次々に頷いて返事をする。

 

「どうしたの? ヤクシャ」

 

 ガルンの問いにシィラがポリポリと頬を掻いた。

 

「いえ、実は紙芝居でこんなものを見付けて」

 

「?」

 

 子供達がクルネに群がり、面白い話を聞かせろー聞かせてーと母親であるはずのユニと共にせがんでいる横でシィラが湧きに抱えていた袋を取り出す。

 

 それは一見して単なるありきたりな魔王の物語の紙芝居だった、のだが。

 

「え? 何この肌色の多いエロほ……ごほん。紙芝居?」

 

 明らかに肌色全開。

 

 お色気も此処までくれば、そこが隠れてれば、全部出してもいいよね的なイラストの付いた紙芝居の背後には女性神官が読み上げる為の喘ぎ声な文まで書かれていた。

 

「近頃はこういうものが出回ってるようで」

「全部没収!!」

 

「すると、後で問題になります。とりあえず、今やってたのは締め上げてみたましたが、どうやら近頃は子供達にはアニメの方が人気らしく。紙芝居も過激化の一途だとか」

 

「いっそ、アニメ関連の企業に転職させ―――」

 

「―――今度はアニメがこういうのになりますよ?」

 

「ぅ……ジレンマ?」

 

「仕方ないのでアニメがまだ早い幼児用の紙芝居に限定してお仕事をするよう規制を入れようかと」

 

「施設でやる?」

「ええ、これなら過激なのは無くなるはず」

「でも、これ……良く描けてる」

 

 ちょっと赤くなりつつもパラパラとガルンがその大人の紙芝居?を見やる。

 

「何故かお色気なのに真面目な話をし出す当たりがやっぱり魔王閣下の人形劇に紙芝居と呼ばれる所以でしょう」

 

「知ってる。何気にああいう人達にセニカは人気」

 

「ええ、元神官や元兵隊の逸れものばかりのはずなのですが……」

 

 子供相手の娯楽業をする神官達の多くが少年の理解者である事を彼女達は知らない。

 

 それは1人の不良神官が多くの同業に説いた話だ。

 

 そう、いつか無限の空。

 

 宇宙に進出するだろう人々にあのアニメを、劇場版を布教している男は時間と空間を越えて少年を救う者の1人に違いなかった。

 

「取り敢えず、話は分かった。これ以外に何かある?」

 

「JAと宇宙の方のアメリカが統合される運びになったそうです」

 

「それは聞いてる。今の宙の方の人達の大統領が彼女だし」

 

「それから宇宙戦力の統合に際し、艦隊を3つに分ける際、片方をごパン連邦の元漁醤連合の艦隊司令を。JAからは教授とシンウンを。USAからは彼女と懇意にしている提督が内々に選出されました」

 

「それはいつの事? まだ、聞いてない」

 

「先程の魔王軍の秘匿会議で。明日には公式に情報が出るかと」

 

「……これからは星と宙と外に向かう三艦隊になる時代が来る」

 

「はい。話はこれでお終いです」

 

「そう言えば、他の子達はまだ見てない?」

 

「ああ、全員連邦の首都にあるオールイースト家です」

 

「そう……あれからもう10年。何処もみんな変わってく」

 

「でも、変わらないモノもある。違いますか?」

 

「シィラも変わった。みんな大人になった気がする」

 

「そうですね。でも、幾ら大人と言っても大人に成り切れない筆頭が彼ですから」

 

 その言葉にガルンは大いに頷く。

 

『ニャ~~~?!! 髪はダメニャ!? どうして、うなじをペロペロするニャ?! え? ネロトちゃんが弱点をどうすればいいか教えてくれた?!! あ、あの邪神!? 風呂だけに飽き足らず?! 後でシメるニャァ~~~~!!?』

 

「あっちが大変そう。見て来る」

「お供します」

 

 こうして後宮の主を待つ少女と子供達の園では今日も喧騒は絶えず。

 

 しかし、何処か明るく悲鳴は響いていく。

 

 *

 

「は?! 今、エロの気配がしたでござるよ?!」

 

「何処から電波を受信しているのだ? ごはん女」

 

「取り敢えず、今日は金髪メイドさん達に子供達を預けてお茶会でござる♪」

 

「ごじゃる~~♪」

 

「ダメやろぉ!? 勝手に抜け出してって、どないなっとんねん!? あの部屋の電子錠って量子暗号鍵やで?!」

 

「お前の特性キーだったか? これは優秀な人材になりそうだな」

 

「おお、こっちだったか。お母様はあっちで他のお母様と遊んでるから、今日はじーじと遊ぼうなぁ?」

 

「ふぅ……これから連邦議会に出席する予定なのだがな……」

 

「聖上。お時間ならまだあります。もう少し遊んでいきましょう」

 

 何故か、幼女の横に同じくらいの幼女が1人。

 

 そっくりとは言わないまでも黒い長髪を可愛く三つ編みで括った歳よりも少し幼そうな言動の彼女は元ごはんの国の重鎮達(主にラジョウの上層部)な老年に差し掛かる男達や熟女や元王様や元ガス室関西弁少女や小型NVになった英雄ガトーさんに連れられてイソイソとその場から退場していく。

 

「むぅ……我が娘ながらあのメンツを抜け出してくるとは恐れ入る」

 

「というか。お前の父親的な方に面倒を見させて良かったのか? これが終わったら帰ると聞いているが……」

 

 フラム・オールイースト。

 

 今も変わらぬ少女はいつもの制服姿……ではあったが、専用のマタニティな代物を着込んでおり、テーブルを囲むいつものメンツを横にお茶を啜る。

 

「良いのでござるよ。祖父になったと言っても、諸々の仕事で今までゆっくり出来ず会う事も稀であった故……あの子も父親以外の男性に慣れておかねば……これぞ教育」

 

「お前それは本気で言っているのか? 何故か、この間は閉め切ったはずの寝所で愛し合ってる最中に枕元でジッと観察されていたのだが……」

 

「子供のやった事でござるよ。気にしない気にしない」

 

「いや、気にするだろう?!」

 

「おひいさま。そういうのは言いっこ無しでございますよ。おひいさまも他の方の様子を時々マジマジと見て、ちょっと研究なさ―――」

 

「黙らないとキッチンの出入りを禁止する」

 

「そんなご無体なぁ?!」

 

 メイドさんに弄り倒されている主を横目にして幼女が会話にも入って来ず。

 

 何やら端末を見ている面々に視線を向ける。

 

「何を見てるんでござるか?」

 

 それにサナリとクランが視線を上げる。

 

「え、ええと、コレを……」

「?」

「見れば、分かると思います」

 

 幼女がそっとディスプレイを手にして内容を見やる。

 

「ああ、元バレルのところのデータでござるか。でも、何故こんなものを?」

 

「教育方針とか色々あの子達から情報貰ってるんだけど、見て」

 

 サナリが指差した情報に確かに幼女が目を丸くした。

 

「この10年でいつの間にか人口が6倍? 右肩上がりでござるなぁ」

 

「いや、問題はこの下なのですが……」

 

「何々? 宗教間の会議で教導者の出産数が少ないのが問題視されている? その話の中心である魔王の妻であるお二方は今後の20年で1000人出産する予定であると豪語しており、これからは忙しい魔王個人に連れ立って赴く事で出産する予定……尚、専用船の艤装が間もなく終わる為、35万人用のコロニー船がラストテイルより……って何でござるかコレ?!」

 

 その時だった。

 

 ババァアンと女子会中の一室の扉が開かれた。

 

「説明しましょう!!」

「説明するわよ!!」

 

 二人の雑な看護師風コスチューム姿の男の娘達が二人。

 

 無い胸を張って登場した。

 

「簡潔に!!」

「簡潔過ぎてきっと泣けるわよ?」

 

「え、あの、その~どの程度簡潔なのでござるか?」

 

「上からの圧力!!」

「く、仕方ないわ。これは圧力だから!!」

 

「あ、分かったでござるよ。圧力(ジジババからの初孫をもっと見たいのう)的なものでござるか?」

 

「その通り!!」

「圧力に船まで新造!!」

 

「そう新造!!(あ、魔王のお嫁様達を連れて行く世界最強の艤装が一杯ですと魔王軍と元バレルの技術者がガッチリタッグを組んだ代物ですよ)」

 

「ああ、つまり、あの計画の拠点用なんでござるね」

 

 ウンウンと二人の男の娘が頷いた。

 

 その背後では母親達は一体何をしているのだろうという顔の幼い子達とSNSにその姿を上げて家のお父様はカワイイでしょ?と投稿する9歳児の男の娘達が20人。

 

 どうやらランドセルは下ろしてきた様子だが、何処からどう見ても見目麗しい女の子ぶりであった。

 

 麗しい姉の投稿乙というリプライが付いている間にもその当人達が再度胸を張る。

 

「これぞお父様の職場に押し掛けて吃驚させちゃうぞ作戦です」

 

「まぁ、ついでにあたし達はあっちで出産して子育てよ」

 

「面倒見切れますの。ソレ」

 

 扉の背後から入って来た胸元が胸を張る男の娘達より確実に豊満なベラリオーネがヒョイと端末内の情報を目で追いつつ、子供達用のお菓子をテーブルに用意していく。

 

 その横には1人だけ少し似た顔の少女が付いており、無論のように遺伝子は残酷な様子で幼いながらも母親似の胸部をたゆたゆさせつつ、姉妹内で一番最初にブラを付けたというちょっとほっこりする理由で近頃得意げなままにお姉さん風を吹かせて年少の子達の世話を焼き始める為にその場から去っていく。

 

「まぁ、あの子達は普通に学校に通って貰って、こっちで出産後の子育ては続行だから。時間的な余裕はあるわよ。一応、あっちでは一日。こっちでは3週間くらいの誤差にする予定だし」

 

「ふむふむ? 実質換算で21倍? ええと、男の娘の出産ペースが貴方達だと最高でどれくらいでしたっけ?」

 

「問題ありません。3週間なので」

 

「教導者レベルの子は本気出せばみんなそんなよ」

 

 その言葉にベラリオーネが思わず汗を浮かべる。

 

「一日帰ってくる毎に確実に1人兄弟が増えていくんですの?」

 

「ざっと換算しても……1年過ごしたら17人くらい増える計算というか。それ以前に面倒を看るにしても人出が絶対的に足りないでしょう?」

 

「3週間で1人という事は……1日過ごしたら21倍の差で子供達が1年過ごしてる間にあっちじゃ21年。1年で17人×21年で357人。手が掛からなくなるまで10年くらいだとしても数百人の子達の面倒はさすがに見切れないでしょうねぇ」

 

 いつの間にかリュティが少女達の横で話を聞いていた。

 

「手が掛からなくなるのは環境が整っていればこそ、つまり何か策がお有りなのですね?」

 

 それにアンジュが頷く。

 

「私達バレルは子育てはみんなでするものなので。事実、産んだ母親とは違う男の娘に養子に出したり、それを後ろからこっそり見てたりする方は多いんですよ」

 

「まぁ、今はさすがに死産が無くなったから次世代が後5年くらいで立派になるまでは出産制限しようかって話になってるけど、その後は今のペースを維持する方針よ」

 

 クシャナが捕捉する。

 

「成程、乳母を大量に引き連れて行くと?」

 

「もう出産に耐えられない男の娘達も結構いるから、その方達を全員連れて行く予定です」

 

「それなら確かに……」

 

「我が子の面倒を全て他者に預けるのか?」

 

 フラムの言葉にバレルの少女達がニコリとする。

 

「そんな事言ってません。せっかく技術があるんだからとヒルコ様に相談したら……」

 

 チラリと横目でフラムが百合音を見やる。

 

「まさか、お前の技術とやらを応用するつもりか?」

 

「主上の考えがそうであるならば、意志が並みの数倍あれば、某程ではないが、同時に生身を操れるようになるかもしれぬ。いや、中身は空っぽなので実際には本物が動かす別思考出来る人形みたいな感じに―――」

 

 ガシッとフラムの手が幼女の頭を掴む。

 

「……あいつの身体のデータも使っているな?」

 

「あ、そういうのは分かるんでござるね。というか、某はノータッチでござるよ?!」

 

「はぁぁ、まぁいい。ちゃんと育てられるなら個人の問題だ。ただ、さすがにこちらで全員を覚えたりは難しいだろうな」

 

「その為に乳母役の方達も連れて行くので」

「ま、こっちにはこっちの事情があるのよ」

 

 二人の男の娘の顔には来る日を待ち詫びるような色があった。

 

「では、そろそろ某を放してくれても良いのでは?」

 

「お前にはまだ聞きたい事がある」

「はて? 何であろうか」

「もう1人のお前は何処にいる?」

「何の事でござるかなぁ~~」

 

 口笛など吹き出す幼女を見て、手が離された。

 

「近頃、よく姿が見えないようだが、座標間宇宙の転移では意識のリンクを保てないと聞いたぞ」

 

「その通り。つまり、悪い事もしてないし、エニシ殿にも付いて行ってない。うむ、完璧なアリバイ!!」

 

「近頃、ウチのませた子ばかりが何処かで短時間消えているのだが……それと何故か微妙にあいつへのアプローチも露骨になったんだが身に覚えはあるか?」

 

「さ、さぁ?」

「頭では足りないようだな」

 

 顔面がガシリと掴まれた。

 

「そ、某はかわゆくてかよわい乙女的な幼女なんでござるよ!? 暴力反対!?」

 

「お前が幼女という歳か? これは暴力ではない。教育的制裁だ!!」

 

「うわーん?! これだから合理主義なパンの国の出身者は~~!?」

 

 ギリギリされ始めた当たりで幼女がゲロった。

 

「……つまり、近頃お前が我々には無断で性教育していたと」

 

「正しい教育をしておかないと性癖が歪んだら大変でござる?!」

 

「お・ま・え・が・い・う・なッ!!?」

 

「いた、痛たたたたた?! 砕けるでござるぅぅぅぅうぅ?!」

 

 ペイッと幼女がソファーに捨てられた。

 

 涙目で撃沈するのも止む無しと他のメンツは溜息がちだ。

 

「まったく、しょうがない。後で其々お説教と教育をしておけ。こういうのは母親の役目だろう。まだ、赤パンも焼いてないというのに」

 

「赤パン?」

 

「お前の国でも焚くだろう。赤いごはんだったか?」

 

「ああ、赤飯の事でござるね。ちなみにウチの子はごじゃる~とか言っておるが、もう来ているので先日ひっそり炊いたでござるよ」

 

「そちらの方がよっぽどに大事件なのだが、あいつが押し倒されないか心配だ。切に!!」

 

「ふぅむ。エニシ殿はアレでもお堅いでござるからなぁ。ま、でも、エニシ殿の趣味は某把握しておるから、幾らでも柔らかくは出来るのだが……」

 

「それを止めろと言っているのだが?」

 

「実は長い髪が好きだったり、あざとくてもカワイイなら構わなかったり……うむ……我ながら我が子はあざとカワイイ怪物であるな」

 

「お前の手練手管を持ったのがもう1人増えると考えただけでドッと疲れる」

 

 こうして嫁達がガヤガヤしていると。

 

「あ、見付けたのよ♪」

「パシフィカか」

 

 豆の国の聖女様が双子を左右に連れ、まだ幼い子を抱いてやってくる。

 

 その後ろからはエコーズと月兎の三人娘達も一緒だった。

 

「仕事終わりか。ご苦労」

「今日はみんなで他の宇宙団に行ってきたのよ♪」

「何しに行った? そんな大人数で」

 

 少女達の横には学校帰りの子供達が一緒に並んでいる。

 

 パシフィカが3人、リヤが1人、三人娘が16人。

 

 エオナが全員の前に進み出た。

 

 今はスーツ姿だったが、羽織っているのは昔から変わらず。

 

 探訪者時代から使っている外套だ。

 

「ええ、これから数か月先まで同じ宇宙団に彼が行っているそうなのでひっそり行く手筈をあちら側の首脳陣に整えて貰って来ました。あ、外交的なカードにはされない感じに取引はバーターでしたので大丈夫ですよ」

 

「何を引き換えにした?」

 

「あ、実はアトゥーネ神光帝国が乗り出しているらしくて。先日まで別の宇宙団に出張がてら新婚旅行していたセンネさんと元総統閣下にちょっと新婚旅行先増やして貰いました」

 

「ああ、そういう事か。総統閣下に迷惑は掛けていないだろうな?」

 

「いえいえ、旅行先が増えて喜んでいましたよ?」

 

 その言葉にベラリオーネがふと訊ねる。

 

「そう言えば、ようやくご旅行に行ったんですわよね? あのお二人」

 

「ええ、数年前に結婚しましたが、ファースト・クリエイターズとして色々残務処理で他宇宙団に長期出張し続けていたので妖精円卓の方と一緒に……ちなみにそろそろ第一子がお生まれになるそうで」

 

「そうか。今度何か祝いの品を送らねば……」

 

「A24の職場体験はドッキリ形式なのよ。危なくない場所でするのよ。ね~~?」

 

「ね~?」

「ねー!!」

「ね!?」

 

 歳が違う母に良く似た顔立ちの少女達がパシフィカとお揃いに呟きながら笑顔で他の子供達のいる部屋へと走っていった。

 

「あ、ちゃんと手洗いうがいしてからカバン置いて来るのよ~~それが終わったら今月にいるじーじやおじさんとのお話なのよ~」

 

「……あの豆の国の聖女様がすっかり母親だな」

 

 フラムが呟ている間にも子供達に付いて行く姿は正しくぽわぽわした新妻という感じだろう。

 

 まぁ、歳を取らなくなってしまった手前、やっぱり他の少女達と同様に歳の離れた姉妹にしか見えないのだが。

 

「フローネル。オーレ。こいつに今日も稽古付けてやってくれ」

 

「いいよ。えへへ~~今日は何して遊ぼっか?」

 

「デス!! 今日は襲ってくる人型の敵と化け物型の敵を千切っては投げる感じにしまショウ!!」

 

 リヤの娘がコクコクと頷いて寡黙ながらも自分の父であり、母である少年にニコリとしてから二人に連れられて近頃子供達の為にオールイースト邸に増設された地下訓練場に向かっていく。

 

「リヤもすっかりお父さんが板に付いてきましたね」

 

「ホントホント。リヤもいつの間にか親って感じだよね。でも、今度はこっちの子のお父さんもお願いするからね?」

 

「お、おう」

 

 アステがすっかり大きくなって来たお腹に手を挙げて、僅か優し気に少年へと微笑み……タジタジな少年が赤くなりながらも頷いた。

 

「アウル様みたいになれてたらと思うけども。そう言えば、アウル様もやるよな。いつの間にか子供作ってたし、奥さんはまだ見た事ないけど、きっとアステみたいに綺麗なんだろうなぁ……」

 

「も、もう!? リヤったら」

 

 話題を逸らしたリヤの様子と惚気で誤魔化される新妻の図にまだまだ道のりは長そうだと思うエオナなのだった。

 

「さて、後宮に移動する準備を始めよう。子供達のは最後でいい」

 

 フラムの号令で母親達が次々に子供達の分も含めて最低限の出立の準備を整え始めた。

 

「いや~~こんな時間がずっと流れていくように頑張らねばならぬな」

 

「フン。あいつ次第だ。そして、我々次第でもある」

 

「……フラム殿がお腹の子を産んだら、某も今度は二人でエニシ殿に沢山子作りして貰うでござるかなぁ♪」

 

 その言葉に僅かフラムが視線を俯ける。

 

「?」

 

「……正直に言えば、少しだけ済まないと思っている。お前が我々の子の面倒を看る為に子供を我慢していた事は知っている」

 

「何の事でござるか? 某はエニシ殿を独り占めしたいだけの幼女でござるよ?」

 

「そうか。そうだったな……これからもよろしく頼むぞ。ごはん女」

 

「フラム殿こそ。あ、ちなみに某に対抗してあちらのフラム殿と姉妹丼プレイで対抗しようとしたら、秘技2人で1人の超絶テクがエニシ殿に炸裂して、目がハートになってしまう故、気を付けるとよい」

 

「くく、自分からソレが脅威だと教えてくれるとは何とも優しい幼女様だ。あちらと是非相談しよう」

 

「は?! 某、墓穴を掘った?!」

 

「失策だったな。そうか。そういうのもあいつはありなのか」

 

「く、エニシ殿の隠された性癖が暴露されてしまったでござる?! いや、大体の夜は多人数だけれども!!」

 

 何やら楽しそうにやっている二人を見つめて、何だかんだで仲の良い二人だと他のメンツはウンウンと嫁達の中心が円滑な事を確認したのだった。

 

 *

 

「というわけで縁殿は双子丼にも姉妹丼にも母娘丼にも弱いのでござるよ」

 

「なる程。双子でも姉妹でも母娘でもいいのね。お父様」

 

 フラム・オールイーストともフラム・ボルマンとも似ている少女が1人。

 

 数十人の少女と男の娘達の前でサラサラと講師役の黒髪幼女の講義でノートを取っていた。

 

 その後ろでは少女と同じく。

 ノートを取る者しかいない。

 

 ちなみにノートにはお父様の落とし方講義(極秘)と書かれている。

 

 此処はカレー帝国首都にある王宮の一角。

 前はクランが用いていた宮殿内の部屋である。

 

 その横ではファーン・カルダモンが煙管片手にあの彼も大変だなと思いつつ、将来的な話として一番乗りする場合はウチの殿下の御息女が先(場所貸し代)という約束をこっそり仕込んだ事に満足しつつ、男子禁制の性教育(ガチ)な幼女の背後から部屋の外へと出て行った。

 

 フラムに良く似た少女は放課後の秘密の勉強が終わったのを確認してから、そろそろお父様が帰ってくる時間だと魔王応援隊の娘達や男の娘達を連れてイソイソとその場からポータルで月面地下の月兎後宮へと向かう。

 

 誰もが明るい顔でお父様って結構アレなのもいける的な話題……本人が訊いたら確実に魂が昇天しそうな話がされている。

 

「お姉様。そう言えば、そろそろお父様の誕生日だけれど、何がいいと思う?」

 

「想い出の品をあんまり渡すと使えなくて困るわ。大人しく手作りの食事やお菓子にしておくべきよ。お父様の胃袋は宇宙一でしょ?」

 

「はい!! じゃあ、今年もみんなで一人一人名前入りの小麦菓子(クッキー)にしましょ。ね? みんな」

 

『はーい』

 

 月兎の長い耳。

 月亀の甲羅の耳。

 他にも猫耳やら竜っぽい角。

 

 正しく恒久界の主要種族が大体揃った少女達は其々に思いを馳せて1枚のクッキーに全てを込めて今年も少年にプレゼントする事を決める。

 

 それの後押しをした少女達の中心たる彼女はまったく愛され過ぎな父の事を思って少しだけ笑みを浮かべる。

 

 毎日毎日会食という名の食事しかしてない彼が最初の頃は自分達のクッキーを1人1袋で食べていた時は紅茶が何杯あっても足りなかったのだ。

 

 それが今はただ押し付けるだけではなく。

 

 誰もが相手の事を考えて動けるようになっている。

 

 それはきっと彼女達にとっては進歩というべきものに違いなかった。

 

 何れ、お父様と結婚するのを諦める子も出て来るだろう。

 

 それよりも遣りたい事が出来るかもしれないし、お父様と同じくらいに好きな人が出来るかもしれない。

 

 それでも彼女達の未来はきっと幸せに違いないのだ。

 

 だって、それを全力で応援してくれる家族がいて、愛され過ぎな当人が一番娘や息子達の事を気に掛けてくれているから。

 

『これでも父親役出来るよう頑張ってるんだぞ?』

 

 笑いながらアプローチする彼女を困ったように優しく撫でた人。

 

 父との記憶を胸底へ仕舞い込みながら、少女は後宮へのゲートを潜っていく。

 

 すぐに付いた場所から姉妹兄弟達がワイワイと通路をゆく道すがら。

 

 今日は元魔王応援隊の母達が当番でキッチンに入っていて、全員分の食事を造っていた。

 

「そっちはピーマン食べられない子用よ」

「ああ、あの子、もう食べられるようになったのよ。実は」

「それはおめでとう。ああ、油通し終わったわ」

「野菜切り終わりました~」

 

 百人以上の食事である。

 厨房は正しく戦場だ。

 

 けれど、毎日の様子は誰もが笑みを浮かべていて忙しいのに楽しそうでもある。

 

 本来、後宮には専門の調理師が付くはずだったのだが、それでは母の料理を子供に食べさせてやれないと却下され、今ではサナリ、リュティッヒ、グランメのお料理鉄人教室で鍛えられた母達の職場のようになっている。

 

 子育てと家事炊事専門でやりたいという者は此処を中心にして働いているし、一人一人父から給料まで出ているのは正しく普通の家庭にはない光景だろう。

 

『いや、家事って普通に考えたら大変なんだから、給料くらい出るだろ。主に金髪メイドさん達が如何に毎日苦労してるのかを知ってるオレ的には出さないという選択肢は無いんだが……』

 

 そう聞いて後ろで『一生付いて行きます!! エニシ様ぁあぁああ!?』と目をハートにしていた金髪メイドさん達がキロリと主たる彼女の母達に見られていたのは秘密である。

 

 だが、父は実際正しいと彼女も思う。

 

「もう少しで出来ますよ。待っててね」

 

 厨房を覗いていた彼女や数人の子に元応援隊の少女達が微笑む。

 

「はい。他の母様達にも知らせて来ます」

 

 そう言って彼女がその場を立てば、お姉様お姉様と姦しくも愛らしい少女達が連れ立って歩く。

 

 魔王の子供達。

 

 そう呼ばれている彼女達の中心はごパン連邦側はフラムの周囲、月側はフラウの周囲の少女達で固まっているが、子供達の筆頭は共に二人のフラムの1人娘達であった。

 

 容姿は誰も彼も良いのだが、一際目を引く母譲りの容姿と髪の色。

 

 そして、何よりもいつの間にか人を引き付けるカリスマとやらが確かに二人の少女達にはある。

 

 それを何処となく父親似のところであると理解するのは母達ばかり。

 

 姉妹兄弟達にしてみれば、頼れるお姉様というだけだ。

 

「今日は私の母様が御爺様と御婆様のもてなしをあちらの家でする予定よ。お父様をお迎えしたら、あちらでお食事だから、夕食は一緒出来ないわ。ごめんね」

 

 そう妹達や弟達の頭を撫でる少女に誰もが理解を示す。

 

 自分だってもう小さくはないから泣いたりしないと頬を膨らませて見せる子までいる。

 

 それに頼もしくなったなと感じつつ、彼女達が掛けて行った子達に追い付くと父親の帰りを待つ母と子供達が何やら集まって笑みもなく真面目な顔で話が為されていた。

 

「お母様達。只今戻ったわ」

「帰ったか。姉妹達の面倒をいつも見させて済まないな」

 

 もう後宮に付いていたフラムがそう自分の娘のように彼女を労う。

 

「いえ、これから地球の本邸に向かうところなので妹達兄弟達の面倒を見れないので心配で」

 

「いや、それは問題ない。というか、今日は更に1時間此処で遊ばせる事になった。夕飯も少し待ってもらう事になりそうだ」

 

「何かお父様達に問題でも」

 

 少しだけ不安そうな彼女にフラムは笑う。

 

「いいや、ちょっとやらなきゃならない事が出来て伸びるそうだ」

 

「……お父様。大丈夫かな」

 

 少しだけ父を心配する彼女にフラムが頷く。

 

「気にするな。お前の、お前達の父親は少なくとも宇宙が滅びても生き残るようなヤツだ。何を心配してやるだけ無駄だとも……だから、帰って来たらギュッと抱き締めてやれ」

 

 それに子供達もようやく平静を取り戻した様子で母達の前で再び遊び始めた。

 

 彼女は知っている。

 

 伸びるという事は少年がまた何か月……もしかしたら何年も帰って来ないのだという事実なのだと。

 

 ただ、少し五感が鋭い彼女にはまた分かってもいた。

 

 母達が話していたのは少年の心配もそれなりにあったのだろうが、それよりも深刻な話についてだ。

 

 過去の残響が彼女の耳には届く。

 彼女と瓜二つのもう1人と同じように。

 

『1時間か。今までに無い事態だな。だが、問題は……』

 

『そうでござるなぁ。ああ、また嫁が増えそうな予感』

 

『確か1時間制限にしているのはヒルコ様の案だった』

 

『ガルン殿は鋭いでござるな。主上が言うにはエニシ殿の嫁発生率はこちらの時間では1時間が限度らしいでござるよ。それ以上になるとあちらの時間で惚れる女がちらほら出るとか』

 

『……部屋増やす?』

 

『まぁ、後で検討しておこう。もし増えていたら、寝所でイジメるという事で』

 

『ぬぅ。このハーレムでかなり広範囲のプレイは網羅しておるとはいえ。まだまだエニシ殿の欲望には応えられておらぬのかもしれぬ。某も精進せねば!!』

 

『いや、お前はもっと自重しろ。ただでさえ他の嫁がお前のせいで過激化の一途だというのに』

 

『てへ♪ でござる』

 

『A24はカッコイイからしょうがないのよ~~♪』

 

『か、カッコイイけどやっぱり嫁は少ない方がいいです!!』

 

『旦那様の選んだ方なら仕方ありません』

 

『いや、仕方なくないですわよ!? 誰でも王族的な嗜みとか納得出来ると思わないで下さいまし!!』

 

 彼女は思う。

 

 お父様との時間をこれ以上取られるのはさすがに勘弁。

 

 となれば、彼女の将来の仕事は決まったも同然だろう。

 

 将来の夢。

 

 お父様のお嫁さん。

 

 将来の仕事。

 

 お父様と一緒に戦える超人。

 

「待っててよ。お父様……」

 

 静かに彼女は呟く。

 

 少年の仕事先に頼もしい援軍が到着するのもそう遠い未来の事ではないに違いなかった。

 

 *

 

 ―――第三宇宙団遊星銀河第324星系第3地球系惑星ウルリアーナ。

 

 黄昏時の夕暮れにも見える世界。

 

 大気に恒星からの色を常に数色で固定化する粒子が確認された世界。

 

 夜以外の時間帯において全て夕闇に包まれた其処は未だ文明も未熟だ。

 

 だというのに、今日初めて人類消滅の危機が迫っていた。

 

 未だ世界に一つの大陸には12の国々が相争い。

 

 近代化は勧めど、文明に明るい国は少なく。

 

 帝国、皇国、共和国、宗教国家、民族国家、諸々が犇めく其処は魔窟。

 

 それでもこの数十年、差はあれど戦争も殆どなく。

 

 発展した都市は数多い。

 

 極東の端を頂く海洋国家にして良邦を険しい山岳に護られた海沿いの首都。

 

 木造建築と石作り、コンクリート製の建物が雑に混ざる東洋の坩堝。

 

 世界に満ちる特別な力を使う技術と特異な能力を操る人々が同居する大陸随一の商業都市は壊滅の危機に瀕していた。

 

「く、そ……」

「ここまで、来て、まだ」

「もうあの数は……」

「諦めない。まだ……ッ、カハッ?!」

「大丈夫か?!」

 

 黄昏時の再開発地区。

 

 独特の民族特有の赤色流線形を用いた建材。

 

 紅の屋根がゆっくりと増えていた場所には暗黒を連れて来たような、漆の如き黒が地中から溢れ出し、この数年……大海都ラギョウを脅かした魔物が姿を顕しつつある。

 

 防衛の為に組織された首都守備隊。

 

 その中でも槍の穂先と言われ始めた年若き少年少女達の中でも実戦に出る事を許された部隊。

 

 華の七番隊はもはや風前の灯であった。

 

「後、残ってる武装は―――」

「ダメッ、それは死んじゃうよッ?!」

 

「だが、もうこれしか……これしかないんだ……あいつらがオレ達を甘く見ている今しかもう当てられる機会も残っては……」

 

「隊長!! あなたは死んじゃいけません!! まだやらねばならない事が、護らなければならない人が沢山いるでしょう!!」

 

 彼らを鎧う武者装束にも似た装甲はもはや崩れており、彼らの面を蔽っていた兜も半ばまで割れて、内部で頭部からの流血が瞳を濡らしている。

 

 片刃の大刀や巨大な銃は折れるなり、半ばから抉れて煤け、武器一つすらも満足に無い彼らは後は魔物―――星の地脈より汲み上げられた莫大な力を意のままに操ろうとする敵。

 

 そう、同じ人が生み出せし化け物達の前に屈しようとしていた。

 

 8人の戦士達。

 

 彼らにも頼もしい援軍がいる。

 

 だが、それは今や都市の避難民をシェルターに誘導し、護衛するのに手一杯だ。

 

 都内各所から湧き出した化け物達は今や守備隊の活躍も圧し潰す程の軍勢に膨れ上がり、シェルターに向けて進軍を開始している。

 

「はははははは!!! あはははははははっ!!!!」

 

 声が響く。

 

 黒き力が組み上がり、化け物が姿を形作り、その頭上で男が1人笑い始めた。

 

 見目麗しい男だ。

 

 銀の髪を靡かせ、背中に翼を背負い。

 

 躰に幾何学の黒の模様を浮かび上がらせ、内部から溢れ出す力の鳴動で次々に周囲へ黒い霧を生み出しては内部から小さな化け物達が無限に湧いて都市各所に散っていく。

 

「これぞ神の力!! おお、私は神なのだ!! もはや何者も我を止める事など出来はしない!! 我が野望はこの大陸を!! いや、星を蔽い尽すだろう!!」

 

 男の周囲の霧から20mの巨人達が次々に現れる。

 

 漆黒の禍々しい武者を思わせる立ち姿。

 

 だが、それよりも鋼鉄らしき輝きと生物らしい肉体が融合した異質な気配。

 

 今、部隊を戦闘不能にまで追い詰め、全滅させようとしていた敵1体が今や40体以上。

 彼らを囲むように現れては放射状に都市各所の制圧に向けて歩き出した。

 

 勝てるわけがない。

 負けぬわけがない。

 

 一体ですら都市を護る最強の部隊が死力を尽くして負けたのだ。

 

「アレを見よ!! 天に坐すは我が力!!」

 

 都市の北西。

 陸側より来たるのは黒き鋼の大要塞。

 

 浮遊する禍々しい城はもはや終わり亡く周囲の動植物を腐らせ、枯らせ、土地の力を吸収しては動力と変えて、首都ラギョウ周辺の軍事施設のほぼ全てを壊滅させた。

 

 800mからなる丸い大地。

 

 岩盤を刳り貫いたソレの上からもまた空飛化け物が大量に都に押し寄せる。

 

 正しく地獄の光景。

 

 守備隊にも被害が出始めれば、本隊が到着する頃には勝敗も決しているに違いない。

 

「ちっぽけな人間共よ!! 貴様らにもはや勝機は無い!! さぁ、我が軍門に下れ!! 貴様ら程度の能力でも我が力を授ければ、大陸覇権の為の先兵程度にはなるだろう!!」

 

「誰がッ」

 

 そう隊の隊長らしき男が呟いた瞬間。

 

「グア゛ァア゛ァ゛アアァアッッッ!?!?!」

 

 男の左足が消し飛んだ。

 

 黒の巨人の指が僅かに光のようなものを発した途端、ソレが吹き飛んだのだ。

 

「誰に口を聞いている? 散々に手を焼かせてくれたが、これは貴様らの敗北だ。その程度の命を使ってやろうという我が慈愛に涙して這い蹲って命乞いしろと言っているのだ。でなければ、今度は貴様のカワイイ隊員達が両手両足を失い。無様な乙女のオブジェに成り下がるぞ? くくくく」

 

「が―――ァ、グッッ?!!」

 

「なぁに心配無用だ!! 神の力にて腕の一本や二本程度生やす事は容易い。それともアレか? 貴様は両手両足の無い方が好みか? いいぞ。それならそうしてやろう。まぁ、我が玩具として遊んでからなら存分にお前も使えばいい。使い心地は知らんがな。はははは!!!」

 

「この下種がッ?!」

 

 少女達の1人がそう声を上げた。

 

「神に下種だと? 今は気分が良い。コレで許してやろう」

 

 隊長の両手両足が消し飛ぶ。

 

「―――ッッッ?!!!!」

 

「ど、どうして隊長を!? やるなら私をやれぇえぇえぇ!!?」

 

 その悲鳴を心地よさそうに聞きながら、神は肩を竦めた。

 

「お前が粗相をする度にお前以外の誰かを一人一人壊していく事にしよう。命掛けの愚かな女にはその方が堪えよう? どうした? 早く止血せねば、その男が死ぬぞ? ん?」

 

「ッッッ」

 

 口元から血を流しながらも歯を食い縛り噛み締めた彼女が、他の誰もが隊長の元へと駆け寄り、必死に止血と同時に治癒させようと能力を発動する。

 

 それはかよわい光。

 

 そう、この世界では誰も知らない陽光にも似て温かな光。

 

 だが、漆黒の前にはまるで無意味かのような小さな輝きだった。

 

「どうした? 貴様らは神に時間を取らせる気か? ならば、その男を殺して貴様らを傀儡にする事としよう。なぁに何も心配するな。貴様らは可愛がった後、頭も弄ってやろう。我に従順な使い捨ての奴隷として惨めに神へ慈悲を乞うなら、その男も首だけで生かしてやるぞ? ん?」

 

 地獄の最中。

 黄昏時は沈み。

 夜がやってくる。

 

 瞬くのは星よりも尚恐ろしき化け物達の紅蓮の瞳か。

 

 生物の如く見えて乱杭歯を生やして何だろうと齧り取る人食いが闊歩し、空から槍のように降ってくる人程もある鳥のようなソレに貫かれ、人は食料として、家畜して生きていく事になるだろう。

 

 暗黒の時代が足音を立てて目前に迫る。

 

 全ては闇に墜ちて人が人を虐げ、神の収奪によって困窮し、醜く慈悲を乞い、意に沿わねば瞬く間に消されて支配された者は自ら心亡き人形として奉仕する日々が始まる。

 

 そう、それが結末となるのにもう時間は無かった。

 

「わ、わたし、私達、は―――」

「ダメ!? ダメよ!? 何の為に今まで戦ってきたの!?」

「で、でも、もう!! もうッ!! 隊長がッ!?」

 

 心折れたならば、後は如何様にも虐げ蹂躙し、弄んで捨てようと神は嗤う。

 

 愚かな人間を嗤う。

 

「私が犠牲になれば、隊長はッ―――」

 

 ―――だが、時代よ待て。

 

 ―――夜を前に聞け。

 

 ―――何故、神とやらが全知全能だと決めた?

 

『神ねぇ。何処でもこういう輩の言う事は決まってこうなのな……』

 

 その言葉に神の顔色が変わる。

 それはそうだろう。

 

 彼には何処からその声が聞こえて来たのか分からなかったのだから。

 

 そして、今や蟲の息である隊長の周囲に集まる乙女達にも解らなかった。

 

 夕闇の崩れ掛けた建築の天辺に蒼色が混ざる。

 

「貴様!? 何者だ!!?」

 

 その吠え声にも似た叫びには僅か微量ながらも焦燥のようなものが混じっていた。

 

「あ、貴方は!? 蒼き瞳の方!?」

 

 今まで華の七番隊が窮地に陥る度に助けの手を差し伸べた何者か。

 

 蒼い瞳の色だけが、この世界において霞むはずの色だけが、何処までも人に畏れと美しさを思わせる顔も分からぬ誰か。

 

「お前か!? 今まで我々の計画を邪魔していた輩はぁああぁああ!!?」

 

 激昂した神は号令を掛ける。

 

 神の載った闇の化け物以外の全てがその座っている者に殺到する。

 

「危ない!!」

 

 その声よりも先にフード付きの外套を羽織った何者かに無数の刃が殺到し―――。

 

 パリンと儚く散って雪のように散った。

 

「なんッ、だと?!」

 

 神は狼狽える。

 

 世界には男の闇を払う力など在りはしない!!

 

 そのはずだ!!

 だが、待て。

 やはり、待て。

 

 そう、暗黒の時代を前にして何者かは告げるのだ。

 

 何故、此処には絶望しかないと思うのか、と。

 

「ご主人様。今日の夕ご飯が出来ましたよ?」

 

「あ、あなたは!?」

 

 隊員の少女の1人が目を見開く。

 虚空には少女が1人。

 蒼き瞳の何者かの横に佇んでいた。

 

「ああ、今日の献立は?」

「はい。ビーフシチューです」

 

「帰るのが伸びたからな。しばらくは献立もあっちのにしといてくれ」

 

「何を神を前に許しも得ず会話しているぅうううううううううううううううううううう!!!?」

 

 神は自らの乗る武者の異様を更に禍々しくさせながら巨大化。

 

 全長100mを超える大巨人が大振りの斬撃を音速を越えて繰り出す。

 

 だが、それが少年に到達する前に少女がペチリと叩くような音をさせて蛾を払うような動作をすると刀そのものが化け物の手から吹き飛ばされ、遥か彼方の山の上にクルクルと廻って突き刺さり、土砂崩れを発生させた。

 

「な、な―――一体、貴様は何なんだあぁああぁああ!?」

 

 その神の声の中。

 

「知ってるの? あの子の事を?」

 

「は、はい。ネロちゃんと言って、よく食事の買い出しに行くと会う子なんです!!」

 

「何だってそんな子が!? それより、今のはどうやって!? あの子も星より力を賜る祈力者(ディヴァイナー)なのか!?」

 

「い、いえ、不思議な子ではあるんですけど、何処かの良い家で女中みたいな事をしているって」

 

「女中?! あのレベルの能力者なら、そんな馬鹿な話!?」

 

 ゆらりと立ち上がった蒼き瞳の何者かが一足で今正に窮地に陥る部隊の真横に降り立つ。

 

「ネロト。しばらく、あの神様(笑)を適当にあしらっておけ」

 

「はーい。あ、今都市の掃除が終わったってヒルコ様からお知らせがありました~」

 

「そう、じ?」

 

 少女の1人がそう呟いた時だった。

 

 彼らのいる方角からも分かる程に都市の各地で光が立ち昇る。

 

 無数の化け物達の全てが全て、その発生源である漆黒と共に光に呑まれて砕けていく。

 

 後に残ったのは塩の柱にも似た何かだけであった。

 

「な、なッ!? 我が軍勢を一瞬で!? 貴様、どんな手品を使ったぁああぁああ!!?」

 

 その神の声は響く。

 

 大地を揺るがす程の音波は瞬時に部隊を砕いて全滅させる、はずであった。

 

 だが、その音の波は地表を砕く事も周囲の森を粉々にする事もなく散逸していく。

 

「はーい。神(笑)さんしばらく遊んで下さい~~」

「我を愚弄するかぁああぁああああ!!?」

 

 神と巨人が虚空を歩き。

 

 いつの間にか対峙している少女を前にして全力で戦おうとするが、その拳が前方に打たれた瞬間、インパクトが武者の身体の正面を圧縮するように圧し潰し、20km程先の彼方まで爆風と土煙と巨大な衝撃で地面に引き摺られながら擦り潰されつつ、遠ざけられて行く。

 

 それにもはや誰もが唖然とするしかなかった。

 

「オイ。アウル。あの邪魔なデカブツどうにかしとけ」

 

『了解しました。我が主』

 

「アウル!? 貴方はアウルさんのお知り合いなんですか!?」

 

 少女達の1人がまた驚く。

 

 彼女が出会った好青年は剣を佩いた異人で何処の国の人かは分からなかったが、とても立派な思想を持っていた。

 

 人々を護る剣として戦うのは当たり前だと言って、事件が起きた都で共闘した事すらあった。

 

 誰か高貴な人間に仕えているらしいとの話を聞いたが、その名前は聞けていなかった。

 

 のだが、それが誰なのは今目の前で氷解する。

 

『kmも無いのか。錆びにも成らないな』

 

 彼らの驚きは止まらない。

 遠方からやってきた巨大空中要塞。

 

 正しく邪悪の源たる漆黒の城が何の前兆も無く。

 

 シンと静まり返ったような空気の中、左右に割れて、ゆっくりと別れながら地表へと落ちていく。

 

 それとほぼ同時だろうか。

 

 空を覆い尽さんとしていた化け物達もまた肉体の中心を何処からか乱雑に両断されて地表に墜ち、ベチャベチャと穢い染みとなっていった。

 

「一体、貴方は何者なんですか?! 蒼い瞳の方……」

 

「まるで、蒼い瞳の剣士様みたい……」

 

「あ、あれは旧い旧い御伽噺でしょ!?」

 

 少女達が何とか危機を脱した事に何とか言葉を取り戻したのを横目にして、今や四肢を消し飛ばされ、死の淵を彷徨う隊長に目が細められる。

 

「お前、自分が情けなく無いか?」

 

「貴方、ちょっと!? ソレ今、死に掛けてる人に掛ける言葉なの?」

 

 部隊の1人が思わず掴み掛ろうとするのを隊員の1人が何とか止める。

 

「ぅ……また、助け、られた……な」

 

「こいつらが大事ならお前はもっと強くあるべきだ。言う程容易くない苦労や努力をしてきたのは近頃見てたから知ってる。だが、その程度じゃ……あの自称神様とやらには勝てないぞ」

 

「は、は……そうだな。そう、だ……だが、オレに、は……この剣以外、極め、られそう、な手札が、無い……」

 

「そんなお前に一つ耳よりな情報をやろう」

「じょう、ほう?」

 

「あいつの弱点は簡単だ。この星に満ちてる粒子。ええと、この世界の単語だと祈力? まぁ、お前らが使ってるソレの動力源だ。アレを支配してる能力者があいつだ。だが、それを増幅してるもんは各地のを全部砕いておいた。今あるのはあいつの頭の中にあるのだけだ。ほら、とっとと起きろ」

 

 少女達が止める間も無くゲシッと脚が隊長を蹴り飛ばす。

 

 掴み掛かられるよりも先に隊長。

 そう呼ばれた男がゆっくりと起き上がる。

 無くなっていたはずの()()で。

 

「これは……君は……本当に神だとでも言うのか?」

 

 兜型のメットを脱いだ男に肩が竦められる。

 

「世の中にはあんな自称神様よりもヤバイのがゴロゴロ転がってる。それこそ道端にある石ころみたいなもんだ」

 

「はは、君が言うと冗談に聞こえないな……」

「お膳立てはしてやる。ほれ」

 

 フード付きの外套が振られるとゴトゴトと刀らしきものが部隊の人数分落ちて来る。

 

「ソレは?」

 

「お前らの力の源を分解する刃だ。防御手段全部をあの力に頼ってる連中は斬られたら即死だな。後、力で肉体や存在を維持してる連中も即死」

 

「は、はぁ?! そんなもん造れるわけ!? ど、どういう事よ!?」

 

「気にするな。ちょっと、お節介なヤツからの贈り物だ。ウチのがお世話になったらしいからな。年末の祭りに贈り物する風習あるだろ? アレのちょっと早い版だと思って適当に受け取っておけ」

 

「……どうして、君がそこまでの事をしてくれるんだ?」

 

「それがオレのお仕事だからな」

「仕事? 何処の国の?」

 

「生憎とボラ……ええと、こっちの言葉だと篤志的な活動だ」

 

「篤志的な、か。まぁ、いいさ……まだ、戦えるという事が事実なら、戦わない理由は―――」

 

「そう、無いだろ? お前の物語だ。お前が自分でケリを付けろ」

 

「あ、貴方は一緒にた―――」

 

 隊長がその少女の言葉を制止する。

 

「この恩は一生忘れない。いや、必ずいつか返そう」

 

「止めておけ。出来る事と出来ない事がある。それとオレはまだあの自称神様の裏にいるのを吹き飛ばす仕事が残ってる。後は自分達でやれ」

 

「裏?! あいつの後ろにはまだ誰がいるっての!?」

 

 それに応えず。

 

 彼らの前で背を向けた男が外套を脱ぎ捨てる。

 

 その姿はまるで彼らの邦の学生が着るような黒い制服姿だった。

 

 しかし、彼らはそう大柄ではないのに制服に僅か浮き出る背筋や体躯のしなやかな様子に少なからず相手が戦う者である事を識る。

 

「イグゼリオン。アレは捕捉してるな?」

「え? イグ―――それって古代神の?!」

 

 少女の1人が嘗て太古の大陸に墜ちて来た始まりの神の名を相手が口にするものだから目を見開く。

 

「ふぅ( ´Д`)=3 これでようやく10万個目」

 

 彼らは視る。

 

 少年の目の前に煌々と蒼く輝く巨人が虚空から姿を顕し降りて来るのを。

 

 その巨人が傅くようにして片膝を折り、少年を手に載せる様子を。

 

「量子転写出力10の2134乗分の1。あの邪神の欠片を吹き飛ばすぞ。兵装12番【奈落剣(ダウン・フォーラー)】」

 

 その少年の腹部がゆっくりと歪みを帯びながら内部から何かを吐き出し、それを引き抜いた少年が柄を逆手に持ち替えて弓なりに引き、槍投げのような姿勢を取った。

 

「約束通り。今日もご招待しようか。一体と言わず。何体でも大歓迎だ!!」

 

 投擲。

 

 その瞬間、剣が瞬間的に捻じれて細い槍のように収束し、遥か音速も亜光速も越えて手から離れた瞬間には大気圏を突破し、その星の衛星の一点を貫いた。

 

 すると、その世界において初めて全ての生物が同時に聞く悍ましい絶叫のようなものが響き渡り、衛星に僅かな差異が生まれる。

 

 割れるでも砕かれるでもなく。

 

 星の地殻内部が完全に貫通して露出し、反対側すらも見通せるようになったのを誰もがただ目を丸くして見ている事しか出来なかった。

 

 少年の背後。

 

 僅かに曼荼羅の如き輪が浮かび上がったのをその場の隊員の誰もが目撃する。

 

「ご主人様~~自称神様(笑)が怒り出しました~~リンクの断絶も確認しました~」

 

「お前もその類だったんだからな!! ああいうのにならないように気を付けろよ!! さ、帰るぞ!! 後はオレ達の仕事じゃない!!」

 

「はーい」

 

 どうやらあしらい終えたらしいネロトがイソイソと空を走ってイグゼリオンの肩に止まる。

 

「今日の業務は終了だ。帰って飯食って休むぞ」

「はいはーい。ヒルコ様がご苦労様との事です」

 

 その声と共にイグゼリオンがすぐに姿勢を変えて跳び立つ。

 

 まるで鳥のように何の音もさせず。

 

 ソレは優美に飛翔して主と共に空の彼方へと消え去っていった。

 

 ほぼ同時だろう。

 

 巨大な引き摺られた跡を辿るようにして足音が近づいて来る。

 

 いや、それと同時に怨嗟もまた聞こえ始めた。

 

「ギ、ガァ、アァアアァ?!!? ワ、ワダシ、ワダジノォオォオォォ?!!? ガミガアアア゛ア゛ア゛ア!!!?」

 

「ひぃ?! ヤツは明らかに正気を失ってます!?」

「どうやら随分と痛めつけられたようですわね」

「ネロちゃんがあんな子だったなんて((((;゚Д゚))))」

 

 その巨人の顔と乗った自称神の顔は左側がまるで抉られたように齧り取られていた。

 

 他にもあちこちからブシュブシュと闇色の血潮のようなものを垂れ流しながら走ってくるソレは明らかに正気を失い暴走している。

 

「何にせよ、だ。オレ達はまだ戦える!! 行くぞ!! 此処であいつを倒して都の平和を取り戻すんだ!!」

 

『了解!!!』

 

 こうして小さな宇宙の小さな銀河の小さな星系の小さな惑星の上で小さな事件は終わりを告げる。

 

 これから幾度となく世界に危機は訪れるだろう。

 

 しかし、その極東で起こった事件を機にして人々が目覚めたのは間違いない。

 

 より強く精強な者達を集め。

 

 次なる破滅を食い止められる為に創設される事になる新たな世界規模の組織。

 

 その名は設立者達が出会いし、秘匿された情報内にのみにある存在。

 

 遥か旧き古代神を従え、神の如きものを従僕させる存在の瞳の色に起因し。

 

 その世界では正確に認識出来ないはずの色。

 蒼の名を冠して、蒼神機関と呼ばれる事となる。

 その代々の長には受け継がれる使命があった。

 

 いつか、借りを返す。

 

 そう、それは永遠の彼方で果たされるかもしれない約束にもならない意地に違いなかったのである。

 

 *

 

 無限に広がる大宇宙(大嘘)。

 

 という事実を識る程度には宇宙の大規模構造に詳しくなってしまった哀れなる元ヲタニートにして元神な称号も手に入れた少年は今日も(そら)を征く。

 

 あの最後の戦いからまだ10年。

 

 しかし、少年の主観時間にしてはそろそろ1000年。

 

 今日も今日とて少年は戦い続ける。

 

 自分のやった事の残務処理である。

 

 あの日、邪神は全て消滅した。

 

 しかし、同時に破壊していた欠片が宇宙のあちこち、どころか。

 

 無数に別の宇宙団にも飛来。

 

 その回収やら消却処理やら、あちこちの文明で猛威を振るう悪意ある欠片の災害を沈めて回るのは正しく彼の使命と言えた。

 

 宇宙には思っていた以上に至高天による文明が広がっており、その無限に等しい世界を深雲のネットワークを辿って見つけ出し、何処かに潜む邪神の欠片を撃滅するか、自らの内部に取り込む事が今日も彼の仕事である。

 

 相変わらず彼の内部の鬼は邪神やら主神だらけの世界で苦労しているらしいが、構いはしない。

 

 やると言った事はやる。

 

【我らが世界よぉ~~邪神追加し過ぎじゃねぇ?】

 

 そんな愚痴も少年の耳に聞こえて来たが、数京個も回収すれば終わる仕事だとのありがたい預言機械ネットワークのお告げである。

 

 何億年。

 何十億年。

 

 何百億年、あるいは永劫無限よりも果ての無量大数年掛かるかは知らないが、それはそれで構わない。

 

 終わらぬ未来に冒険をしているというだけに過ぎないのだから。

 

 宇宙船というよりは他座標宇宙間の移動船は主神が遺した電車を解析し、何とか建造。

 

 今や無限の時空間を行き来するラストテイルの小型版。

 

 数十キロ程度のソレが彼の仕事場だ。

 やっている事は然して財団と変わらない。

 隔離、収容、保護みたいなものだ。

 

「おーい。ヒルコ」

「うむ。ご苦労様。婿殿」

 

 黒猫モードのアイアンメイデンが少年のイグゼリオンの収容区画内で彼らを迎える。

 

 ネロトはそのまま装甲から飛び降りると一足先に食事の用意の為、キッチンへとテテテっと駆けていった。

 

 真空から遮断するハッチが締め切られると空気が充填され、少年がイグゼリオンの胸部から透過して降りて来る。

 

「アウルは?」

 

「もう帰還し、一足先に月猫へ帰っておる。娘さんのお昼を作らねばならぬと張り切っておったぞ」

 

「そういやあっちは土日だった。やっぱりあいつは時々呼ぶくらいで丁度いいな。あんまり主観時間使わせるのもアレだし」

 

「まぁ、婿殿の子を産んでからは生き生きしておるしのう」

 

「……いや、ホント、どうしてこうなったんだろうなぁ」

 

「婿殿が隠し子とか作るからじゃろう」

 

 猫型ロボットの視線が微妙に痛いのは少年に自覚があるからか。

 

「いや、隠すつもりなかったんだけどな。本人にウチに入るかって聞いたら、遠慮しておくって言われたからな」

 

「むぅ。難しいのう」

 

「一応、色々と手を回したから、生活であの子も寂しい思いはしてないはずだが……」

 

「そりゃ毎日帰ってくる父親。いや、時々母親にもなる親が一か月単位の出張に行ってるとは思わんじゃろ? それに魔王の神官団も認める神童ぶりらしいではないか」

 

「あの子はアウルの資質がかなり強いからな」

 

「父親として名乗りを上げてもいいんじゃぞ?」

 

「一応、それも言った。が、当人に時が来たら自分から言うって言われちゃなぁ」

 

「でも、こっそり会いに行ってお節介焼きまくりな婿殿が言うと説得力無いのう」

 

「う……でも、何かもう悟られてるっぽいんだよなぁ」

 

「賢い賢い。ああ、そうそう。その事でボルマン邸のある地球に留学する予定らしいぞ」

 

「は? 聞いてないぞ!?」

 

 世の中には自分の知らない事が山ほどあるのは構わないが、知っておかなければならない事が耳に入って来ないのは困る。

 

 少年にとって事前の準備が無いアクシデントは頭が痛い話であろう。

 

「本人が魔王様のいらした世界を是非見てみたいと神官団に申し出て留学希望。あちらの小学校にも話を通したようじゃ。ファースト・クリエイターズの関係者である事は間違いないからのう。承認せざるを得んしな」

 

「つーか、オレに言えよ……」

 

 少年が溜息を吐く。

 

「何でも魔王様の御子様達と仲良くなりたいとか」

 

「ぅ……凄く嫌な予感がする」

 

「ま、魔王様の隠し子ですとか言われても誰もが信じるじゃろうしなぁ」

 

「嫌な事言うなよ」

 

「だが、否定出来まい? 己の下半身を呪うがよい」

 

「何か子供出来易くないオレ?」

 

「今更か!! と、ツッコむところじゃぞソレ?」

 

「まぁ、あいつがオレだけに(かま)けて自分の人生を疎かにしたら、本末転倒だからな。今くらいの関係でいいんだろうさ。あの子にはしばらくしたら会いに行く。それで聞いてみよう」

 

「ウチの子になるかと?」

 

「いや、断られるのは分かり切ってるからな。幾らか学校に行って、中学卒業したら父親に付いて回ってみるかってな」

 

「……アウルがどう判断するかじゃな」

 

「最後には娘の意見を尊重するさ。ま、娘思いなあいつの心配分はオレが気を付ける」

 

「自分の中で確定事項にするから、色々背負うものが増えていくんじゃがなぁ」

 

「それもまた永遠の生き方の醍醐味だろ。生憎と宇宙幾ら背負っても潰れる理由も無いしな」

 

 猫は何でもかんでも背負えばいいってもんでもないんじゃがなぁとは思いつつも、今や誰がアドバイスしたところで開き直って進むだろう少年に肩を竦めておく。

 

「そう言えば、明日は妹に会いに行くのでは?」

 

「あいつの寝床の整備終わったからな。ついでに身体も普通になるくらい成長させる段取りも整った。アトゥーネ神光帝国の科学力ヤバ過ぎだろ」

 

「そりゃ、数千億光年の超銀河団規模から更に光年単位で10の8200乗倍くらいの物体を建造するくらいじゃしな」

 

「取り敢えず、明日になったら行ってくる。あっちに帰るのは遅らせなくていい」

 

「了解じゃ。では、引き続き此処で待っておるぞ」

 

「ああ、綺麗な嫁さんと子供達相手に楽しい……いや、オレが望んだ食卓だ。頑張らないとな」

 

「ふふ、この千年一緒にいるが、変わらんのう」

 

「何か変わる理由がないだけだ。未来は誰にも分からないって事にした以上、ちゃんと責任を取るさ。全部が全部オレの手の内にして」

 

「未知を既知に塗り替えて、世界を囲う魔王業。ははは、まったく大したヤツじゃな。大したヤツついでに雰囲気に流され易くて手を出しまくりなのをもう少し改めてくれればと思わずにはいられん。いや、マジで」

 

「―――元神として一言いいか?」

 

「何じゃ?」

 

「カワイイのが悪い。どうしてああカワイイんだろうな。あいつら……」

 

「説教してたはずなんじゃが……今、惚気られたか?」

 

「そういう事もある」

 

「フン。ワシという相棒を得たというのに手も出さん男の言う事は一味違うのう」

 

「どう出せってんだよ?!」

 

「ほら!! ええと? う~~ん? ハッ、閃いたぞよ!? 婿殿が鉄の乙女にも欲情出来るようになれば!!」

 

「いや、さすがに鉄はちょっと。後、猫もちょっと……」

 

 少年もさすがにそこまでアブノーマルではないと一応ツッコミを入れておく。

 

「婿殿もさすがに鉄と獣はダメか。むむ、今度何か考えておこう。あ、ちなみに予測じゃとそろそろ娘子達の幾人かが迫ってくる頃ぞよ」

 

「いや、それはマジで考えないようにしてたんだが……」

 

「ま、結果は分かり切っておる。それを容認しまくりそうなハーレム作っておいて今更じゃな」

 

「一応、普通に父親のつもりなんだがなぁ……」

 

「婿殿。もう少し自覚を持て。小さい頃からお主の背中に毒された哀れな子達じゃ。まったく、宇宙一アレな男の娘やオトコノコに産まれたのが運の尽きじゃな」

 

「オレはまだ神話になる気は……いや、何でもない」

 

「もう神話な癖にそういうとこじゃぞ。そういうとこ」

 

「どういうとこかも訊かないからな?」

 

「神話で更に娘達を嫁に加えてエロい事した鬼畜外道と書かれて後世の者達に禁断の恋とか愛とか、物語の題材として扱われるがよい!!」

 

「すげー否定したいけど口は噤んでおく」

 

 こうして時間は過ぎていく。

 

 まったく締まらない話の先で少年は今日も至って平常運転中。

 

 また一頁、物語が捲られていく。

 

 世界の外側で誰もが今日も彼らの末を見守る。

 

 終わりの先で今もまだ続く永遠の物語を見ながら、世界は廻る。

 

 大きな大きな輪の中に。

 全ては運命の輪の中で。

 

 多くの同じ顔の少年が見つめる最中。

 

 少年は永遠を征く。

 

 けれど、それを見つめ続ける者達の誰もが思うのだ。

 

 終わらない物語を見たい方だったはずの自分は視られる方を永遠に続ける事をどう思っているのだろうかと。

 

 でも、まぁ、些細な話ではないかと彼らは肩を竦めた。

 

 だって、自分でもそうするだろうからと。

 

 ―――【あいつは大丈夫そうだな】

 

 ―――【そうかニャ?】

 

 ―――【生憎と他人事だからな】

 

 ―――【ずっとお傍にいるニャ。エニシ】

 

 ―――【ああ、傍にいろ。マオ……】

 

 ある者は伴侶を共にして。

 

 ―――【はは、さすがオレって言っておくか】

 

 ―――【アレでいいの?】

 

 ―――【他人事だからな。オレにはお前がいる】

 

 ―――【ッ、うん……ずっと一緒にいてね。エニシ……】

 

 ―――【ああ、傍にいる。ヴァイオレット】

 

 ある者は恋人を共にして。

 

 こうして1人の少年が始めた小さな小さな永遠の始まりの物語は終わりゆく。

 

 世界の終焉でも終わりはしない続きを願った少年は続いていく。

 

 そして、明日という頁にまた刻まれていくのは波乱という一言であった。

 

 真説は尚もまだ世界を捲り続ける。

 

 神の目……宇宙を内包する最後のオブジェクト。

 

 深き雲が織り成す永劫無限のネットワークは今日も少年だけを映し続けていた。

 

 ―――?日後、第??宇宙団??銀河第??星系第??惑星?????国家領内。

 

 おかしいと思うのは最もだが、目を開けたら何故か馬に揺られていた。

 

 躰には何処もおかしなところはない。

 

 けれども、ジャラリと起き上がろうとして腕が動かない事に気付く。

 

 ついでに脚もだ。

 

 昨日、しっかり眠って、今日の朝には後宮に向かって他座標宇宙間の転移を行い―――。

 

「?」

 

 顔を上げると歓声が上がっていた。

 

 石製の建造物が立ち並ぶ一角。

 

 まるで中世よりも以前かというような原始的な街並みに縫製技術も低く革や麻の(なめ)しも荒そうな衣服を着た大量の人々の顔が興奮した様子で叫んでいる。

 

 それも女も男も化粧っ気0なのを見れば、少なからず文明としては初期かもしれないとの思いはそう外れていないだろう。

 

 今まで気付かなかったのは意識が朦朧としていたせいか。

 

『うおおおおおおおおおお!!!』

 

『ついにあの劣等種達から捕虜を取ったぞお!!!』

 

『姫殿下万歳!!』

 

『王国に栄光あれ!!』

 

『万歳!! 万歳!! 万歳!!』

 

『王国よ!! 永遠なれぇえぇええ!!』

 

 顔を横に向けてみるとどうやら馬のような生物の鞍の後ろに括り付けられているらしいと分かった。

 

 両手両足には手枷とご丁寧に鉄球のようなものが付いている。

 

 よくこれで馬に載せられているなと思ったのも束の間。

 

 どうやら馬上の主がこちらに気付いたようだ。

 馬が止められると同時にブンッと躰が宙を舞う。

 

 何を思う間もない。

 

 膂力で背中を掴んで投げられたらしい。

 道端に仰向けに落ちた途端に息が詰まる。

 

 そう柔な身体はしてないはずなのだが、脳裏には場が感じられても深雲とのコネクトが感じられない。

 

(これって……アレか? もしかして他座標宇宙間のマーキングが消えてるって事は……深雲が存在しない宇宙って事か? その上で躰が普通じゃないはずなのに普通みたいになるって事は此処の連中がオレの今の肉体と比べても遜色ない世界、って事なのか?)

 

 考えている間にも馬から降りたらしい相手に顔を覗き込まれた。

 

 碧い空に白い雲。

 

 そして、七つの太陽に照らされて最初に気付いたのは黄金よりは豪奢そうな髪の毛と荒々しい扱い方で壊れたのだろう砕けた鎧。

 

 胸元が薄く膨らんでいるのを見れば、相手は歴然女。

 

 瞳は翡翠というよりはコバルトブルーの穏やかな泉を思わせるが、小麦色の肌に意思の強そうな瞳は何処かアンバランスかもしれない。

 

 しかし、細い眉に繊細な顔立ちは土埃で煤けていた。

 

「領民達よ!! 我が名において沈黙せよ!!」

 

 その声と共に世界が一斉に静まり返る。

 

 まだ返り血のような黒い液体に汚された鮮やかな朱色の衣装と軽装の鎧を身に付けたのはまだ十代後半かも怪しい少女。

 

 いや、美少女。

 

 欠点は胸元が歳の割に残念なくらいだろうか。

 

 だが、きっと将来が楽しみだと男達から言われているに違いない。

 

 乾いた風の吹く通りには植物を乾燥させたものを編んだ靴というよりは草鞋のようなものを履く者の足元ばかりが見えた。

 

 色の付いた衣服を着る者は少ないが、いないわけでもない。

 

 水車らしき音も小川の音色も聞こえる。

 

 もしも枷が無かったらワイルドな旅行先として土産物の一つも買って、写真でも撮って妻と娘達に送ってやるところなのだが、生憎とこちらは虜囚らしき身だ。

 

 馬の息遣いだけが響く。

 それも束の間。

 

 首を握り潰すような膂力で持ち上げた少女は高らかに訊ねる。

 

「お前、どちら派だ!!」

「え?」

 

 苛烈に睨み付けて来る自信過剰なくらいに殺る気満々な美少女はいつかのようにいつかの如く……そう目の前の自分に問い掛けて来る。

 

 それにどう答えたものか。

 

 けれど、何故か唇はいつの間にか笑みの形に曲がっていた。

 

 それに捕虜が生意気な顔をしていると思ったのだろう。

 

 少女の瞳は怒りの色を宿して。

 

「どうして、こういう時オレってのは……」

 

 ギリギリと指が首に食い込み。

 

 けれど、自分には今どんな状況だとしてもこうとしか言えない。

 

 そう答えだけは決まっていた。

 

「今一度訊ねる!! お前どちら派だ!!」

 

「ああ、悪い。答えよう。暴力的だが可愛いお姫様」

 

 片眉がピクリと上がった瞬間。

 

 思い切り上空へと投げ上げられる。

 

「オレは―――」

 

 言葉に対する答えは簡潔に。

 

 彫刻よりも美しい線を描いた少女の身体から放たれる拳。

 

 それが弓なりに引かれ、頬を思い切り打ち貫いて―――意識は何かに激突する前にゆっくりと落ちていく。

 

 ああ、久しぶりだなと思いながらも笑みは浮かぶ。

 

 どうやら気絶系主人公の座はまだ誰に渡す事も出来ないようだと。

 

 こうしてまた新しい物語は拓けていく。

 

 この永遠に続く日々の先で。

 

 誰が望んだわけでもない。

 

「ごパン派だッッ!!」

 

「この不遜で傲慢な侵略劣等種めッッ?!!」

 

 自分が望む世界が、幕を開けた。

 

「我らがモロコシの神の怒りを知れ!!」

 

 ―――今度はどうやらトルティーヤでも食う事になるらしかった。

 

 ごパン戦争 完


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