ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第347話「創生」

 

 ギュレン・ユークリッドは自分というものを持たない。

 

 いや、自分でしかない為に常成らぬ集中力を必要とする。

 

 彼を支えるのは意志力だが、彼を壊そうとするのも意志力である。

 

 表出するギュレンとは総合的な彼であって、別個の彼は言う程に統率が取れているわけでもない。

 

 だが、人格が()()()()()()()、という事実もない為……何とか芋虫からの横槍にも耐えて来たのがギュレンの戦いと言えた。

 

 そう、だから……今、目の前で戦う我が神を前にして彼は決して平静では居られなかったと言うべきだろう。

 

 駆け抜ける記憶の濁流は決してギュレン・ユークリッドを捉えて離さない。

 

 彼が彼で在り続ける為の天秤が揺らぐ。

 

 彼が砕ければ、多くのモノが芋虫によって浸食され、ゲームオーバーの憂き目に合うだろう。

 

 そう、あの芋虫は全てを侵食する。

 唯一の例外はたった一人とその周囲だけ。

 彼が戦い続ける目の前のカシゲ・エニシだけ。

 

 特異点たる確固としたアドバンテージは実際、あちらにある事など解り切っていたのだ。

 

 神の石。

 不破の石。

 賢者の石。

 

 全ては同じ意味合いだろうソレも目の前の()()と比べれば、何とちっぽけな力だろうか。

 

 ずっと、待っていた邂逅の甘美に身を浸し続けていては敗北必至。

 

 だが、ギュレンが磨き続けて来た手練手管を用いれば、勝利必至。

 

 だから、天秤は釣り合っていた。

 

 この矮小とも言える程に小さな願いの塊たるギュレン・ユークリッドが勝利する理由はシンプルであると言える。

 

 そう彼、彼女、貴方、貴女、あなた達、たるギュレンならばこそ、その意志力はこのちっぽけな時代に人類総力など及びも付かない。

 

 ああ、本当に負ける理由などこれっぽっちもない。

 

 意味不明?

 支離滅裂?

 

 いや、ギュレン・ユークリッドは誰でもあり、唯一人だ。

 

 その最初の記憶は幾らでも存在するが、一つだけはきっと確かな事だろう。

 

 最初に見た人物の顔だけは一致している。

 

【おっさん。アンタまだ戦えるか?】

 

【カワイイんだから、もうちょっと女の子らしくしろ】

 

【ここから出たいなら一緒に行くか?】

 

【さ、とっとと面倒事を終わらせてメシ喰いに行くぞ】

 

【どうした? 立てない? 背負ってやるから乗れ】

 

【ほら、手出せ……まだ歩けるだろ?】

 

【泣くなとは言わない。だが、悲しむ前に生き残るぞ】

 

【どうして、そんなところに座ってる……お前の居場所は此処じゃないだろ】

 

【おばあちゃんには優しくしてやれと両親から教わったんでな】

 

【共に行くなら、同志って事になるか?】

 

【ふ……まったく、手の掛かる相棒だ】

 

【最低の人生だと言うなら、最高になるまで足掻けばいいさ。オレがいる】

 

【此処で諦めるより、前のめりで死んだ方が幾分マシじゃね?】

 

【さぁ、此処からが本番だ……朽ちてくだけじゃないって教えてやれ】

 

【絶望も諦観も見飽きただろ? 偶には希望くらい見せてやるぞ。ん?】

 

【まだだ。まだ……諦めるには早過ぎる……オレが此処にいる!!】

 

 綺羅星よりも尚輝く記憶達。

 それは誰かの記憶。

 ギュレン・ユークリッドの記憶。

 そして、理由。

 いつから、このギュレンだった?

 そんな事を問うのは意味が無い。

 だから、あんな終わり方でいいはずがない。

 

 これは未練。

 貴方の未練。

 私の未練。

 貴女の未練。

 

 僕、私、あたし、そのような総体の宿題だ。

 

 ギュレン・ユークリッドはその為にこそ此処にいる。

 

 全てを投げ打って此処にいる。

 

 次の宇宙に向かう男の背中だけを見つめながら。

 

 その終わりの果てに浮かぶリングの中に妹を見つめるのを目撃しながら。

 

 ああ、人類は間違ったのだ。

 だから、せめて、償いを。

 その為にこその混沌を。

 

ONE MORE GAME(もう一回)

 

 チャリンと何処かで音がする。

 

 コインか。

 

 リングか。

 

 あるいは運命の輪を回す女神が落とす何かの音がする。

 

 ギュレン・ユークリッドは失敗した者の成れ果て。

 

 だから、それを必ず成し遂げる。

 

ONE MORE NEW GAME(もう一回)

 

 昨日には無かった結末は行動しなければ、手に入らない。

 エンディングはまだ始まっていない。

 此処から先がようやく本当のオープニング。

 

ONE MORE NEW WORLD(もう一回)

 

 誰が求めなくても彼らが求めた()()()()の時だ。

 

 それを塞ぐのが例え彼らの彼女らの願いであり、希望の形をした目の前のそのものであったとしても、この気持ちを否定する事など出来ない。

 

 そう知っているからこそ、ギュレン・ユークリッドは全力だ。

 

 脆弱な存在にして最強の唯一神。

 正しく神。

 

 全ての裏技を知り尽くした彼相手だろうと勝ってみせる。

 

「ギューレギュレギュレギュレ♪」

 

 GYULEN。

 

[GENESIC YOURSELVES UNITED LIBERATE EMBODIMENT NOMAD]

 

【創生より貴方達自身たる連合せし自由を体現した放浪者】

 

 分かり難い話だが、それは完全に彼ら自身を顕す。

 

 それを人々は自ら名乗る。

 

 だから、彼らは決して負ける理由など無い。

 

「―――」

 

 元祖イグゼリオン。

 

 それは今や内部の人間のみが満身創痍だった。

 

 理由なんて一つだ。

 

 今、本当にたった一つの理由で目の前の相手は敗北寸前だ。

 

 技量の差だ。

 笑ってしまう。

 笑ってしまうしかないだろう。

 

 無限を生きる神降りた男にすら有限にして限界たる彼らは優位だ。

 

 主に―――。

 

「人型汎用決戦兵器の操縦時間の差は如何ともし難いと見える」

 

 疑似時間停止装甲とて限界はある。

 

 主に中の人間とは違って、無理やりに空間を歪め、捻じ曲げ、意のままに操ったりする程度の攻防の中では特にだ。

 

 傷を受け続けながら、その空間すらも歪む一撃をいなすのは集中力を根こそぎ奪われる事と同義である。

 

「その通りだよ。コンチクショウ……予測しか出来ないのに予知レベルで全部動きが見切られてるんじゃな。読み合いで負けたら勝てないよな……」

 

 血を吐き続けた少年の顔が目に浮かぶようだ。

 

 正しく、ソレは体感時間の差である。

 

「クソ……どれだけ実戦して来たんだよ……反射的な閃きだけで数億手読むなっつーの……」

 

 イグゼリオンの片手剣がギュレンのイグゼリオンの剣を受け止め切れず。

 

 そのまま機体毎吹き飛ばされて虚空へと遠ざかっていく。

 

 機体にも罅が入ったものの。

 瞬時に修復される。

 それに芋虫が介入して来ないというだけで殴り合いを指定した意味はある。

 例え、死んでも約束は守られる事だけは間違いない。

 幾らかの屁理屈は捏ねられたとしても。

 

「人型の機体を使った戦争を人類は何度も繰り返してきた。私はその全ての人々の技量を併せ持つ」

 

 拳がコクピット部分を直撃する。

 クリスタルの腕に無数の罅が入る。

 だが、それでも構わず振り抜いた拳。

 

 追撃が秒速4000kmを突破した相手を更に叩き潰す。

 

 機体は破壊されない。

 

 だが、内部の相手が傷付くのならば、攻撃の手数が多ければ、相手を削り倒す事は可能になる。

 

 ギュレンの神の石を用いたイグゼリオンもただでは済まないが、相手を大人しくなるまで叩きのめすのに使い潰したところで構いはしなかった。

 

 連撃。

 

 今や剣を投げ捨てた彼の機体は時間が進み過ぎないように機動し、慣性を無視しながら少年の駆るイグゼリオンの胴体部を全方位から集中的に殴り付けて虚空に縫い留めていた。

 

「ッッッ?!」

 

 聞こえて来る声は吐血の呻きか。

 だが、容赦は無い。

 一手惜しめば引っ繰り返る程度の話。

 ならば、詰め切る必要がある。

 

「美しいとは思わないか」

「何がだ?」

 

 太陽は今渦巻きながら世界にコロナを立ち昇らせ。

 

 蒼き星は滅亡を前にして尚輝く。

 天に坐す月は今や舞台。

 

 鏤められた星々も見えぬ程に染め上がる大宇に煌めくのは拳だけだ。

 

 漆黒の機体は光を照り返さない。

 だが、だからこそ、光の乱舞の中で浮かび上がる。

 流星が箒星が尾を引いて太陽へと落ちていく。

 

「まるで祝福されているかのようだ」

 

 何とか連撃の渦から抜け出て月の裏側まで待避したところで遅い。

 

「ッ」

 

 拳が確かに左肩を打ち据えて、回転させた相手の手を取りながらサブミッションで押し固め、背中に肘を浴びせる。

 

「生憎と滅びに美を見出してられるような身の上じゃない」

 

「つれないな」

 

 岩礁宙域。

 

 莫大なデブリの中を二機が全ての障害にブチ当たりながら弾き飛ばしながら翔ぶ。

 

 当たったデブリそのものが与えられた加速によって瞬時に熱量球と化して地球と月の各地に墜ちて行く。

 

「人類は間違えた。だが、世界は変わらず美しい」

「なら、このまま滅ばない道を進むんでいいだろ」

「そうは行かない。これは我々の戦いだ」

 

「自分の目的の為に相手が滅んでも構わない、か。まぁ、オレがお前に説教出来るような場所にいない事は確かだな」

 

「なら、諦めるという選択肢は?」

「知ってるのを聞くのはマナー違反だぜ?」

 

 地球圏に到達した。

 

 月軌道から秒速1万近くで突っ込んだ互いの機体は燃えもしなければ、断熱圧縮で溶ける様子もない。

 

 大地にブチ当たれば、即座に巨大隕石級のインパクトで惑星は壊滅。

 

「ッ」

 

 だが、それも無く。

 

 地表に僅かなクレーターが出来るのみに留まる。

 全ての加速度が、巨大な衝撃が何処かに消えていた。

 

「それも何回持つというのか」

「持たなくてもいい。お前を倒すまで使えりゃな」

 

 決めた関節が人体の稼働域を超えてグニャリと脱力しつつ抜ける。

 

 それと同時に横腹に蹴りが一撃。

 

 瞬時に真横に真横に真横にやがて空を突き抜けて大気圏を突破する。

 

「頑なだな。もう少し気を抜いたらどうかな?」

 

「気ならもう抜けてるさ。八百長をさせてるようで申し訳なくなってる」

 

「ギューレギュレギュレギュレ♪」

 

 即座に追い付いて来た相手の拳を半身で避けた刹那には膝が相手の顎を打ち貫く。

 

「ッ」

 

「もう理解してもいい頃だ。君は私には、わっちには、吾輩には、我には、わたくしには、我々には、我ら()()には勝てない」

 

「代表者気取りか?」

 

 相手の掴み掛る腕を捩じりながら背後へ。

 頭突きで背骨を直撃。

 

「   」

 

「間違えたのだ。やり直して何が悪い」

 

「悪いが此処はお前らの宇宙じゃないんだよ。此処に生きる連中の宇宙だ」

 

「だが、我々とて生きている」

 

「ああ、そうだよ。だから、こうして付き合ってやってる。会社の飲み会に付き合わせる上司がダメな部下に酒を注いでるようなもんだ」

 

「言い得て妙!!! ギューレギュレ♪」

 

 投げ。

 

 可動部のみの亜光速域の打撃による月表面への直撃。

 

 大の字の背中に追撃の両脚を揃えた回転ドリルキック。

 

 回る世界はメリーゴーラウンド。

 あるいは宇宙が回っているのか。

 

「だが、生憎と改心とは程遠い性格だ!!」

「だろうな!!」

 

 ギリギリで相手は回避―――しない。

 

 その背中が膨れる。

 真向から迫るのは剣山。

 いや、翼の尖塔の群れ。

 だが、真向蹴りと激突した途端。

 翼そのものが旋回。

 絡め取るように両手両足を包み込み。

 太陽側へと投擲。

 

「永劫の先。お前を愛した者達がいた」

 

「ああ」

 

「だが、お前は全てが0に戻っても先へ行く」

 

「ああ」

 

「お前に人類が最後、何を望んだのか。知っているか?」

 

「……ああ」

 

 相手が迫ってくる。

 まるで逢瀬で手を伸ばす恋人のように。

 その手には何も握られていない。

 ただ、伸ばされて。

 

「我々は永劫の果て……一つの結論に辿り着いた」

 

「………」

「どうか」

 

 手が延ばされて―――。

 

「神よ。我々を愛おしむならば」

 

 世界には大いなる罪がある。

 人類には大いなる罰がある。

 人が肉体を捨てたのはいつだったか。

 人が心を一つにしたのはいつだったか。

 人が魂を一つにしたのはいつだったか。

 人が1人の男を愛したのはいつだったか。

 

「殺してくれ」

 

 宇宙が終わるその前に。

 世界が滅びるその前に。

 彼が愛した誰かは消えて。

 彼を愛する誰かは望む。

 

「どうか」

 

 せめて、せめて、せめて、この夢のような時間が終わるなら。

 

 せめて、せめて、せめて、この夢のような時間の先に消えてしまうなら。

 

 どうか、神よ。

 

「置いて行かないでくれ。置いていくならば、殺してくれ。貴方の心へ永遠に留め置かれるのならば、それは我らの永遠だ」

 

 世界が遅くなる。

 何もかもが止まってしまった絵画の中。

 けれども、漆黒の鎧だけは動き続けて。

 

「……お前を、お前らを連れて行く。そう答えたはずだな。唯一神」

 

「一言一句変わらないか!! ああ!! そうとも!! だが、それは我々ではない!?」

 

 世界が終わり、世界が始まる。

 世界の中の矮小なるモノ達は次なる世界へと向かう。

 だが、それは彼らではない。

 彼らそのものではない。

 

 同じではあるとしても、そう決めてそう望んで、そうしたかった彼ら自身ではない、無かった……無かったのだ。

 

「残酷!! ああ、神よ。我らが神よ!! 何故、我々にこれ程までに試練を与え給うのですか!! 我らはこうも貴方を愛しているというのに!!」

 

「殉教者気取りは止めろ。そんなの誰も望んじゃいなかった!!」

 

「いいや、望んだとも!! 我らが望んだ終焉だ!!」

 

 手は拳となり、カウンターが相手の漆黒のイグゼリオンを逆側へと吹き飛ばす。

 

 確かに顔を捉えていた。

 

 そして、初めてビキリとその装甲に僅かな罅が入る。

 

 空間を歪めているのだ。

 時空を歪めているのだ。

 重力が歪ませているのだ。

 神の石はソレを可能とする。

 

 今までは捉える度に同じように空間が、時空が、重力が、世界が歪んでいた。

 

 それが防げなくなったのだ。

 

 限界が近付いている。

 

 歪みを歪みで受けていられたのは内部の操縦者の力に他ならない。

 

 そもそもの話、神の石と人類科学の極致に近しい装甲では天地くらいの差がある。

 

 無論、優位なのはギュレンだ。

 

 極限の理を突き詰めた物質同士がブラックホール化するような光速で激突してもソレらは決して崩壊しない。

 

 神の石は理そのものだ。

 本来、破壊する術は存在しないのだ。

 

 つまり、少年の技術による成果とはそもそも次元が違う。

 

 破壊されるものは必ず因果律的には破壊されるのである。

 

 単なる科学技術の終点にある力の一つというだけでは力不足だった。

 

「ッ………例え、お前の知ってるオレがどんな答えを得ていたとしても、オレはもう決めたんだ。此処がオレの楽園だ。最初こそ面食らったし、色々と帰ろうと決意してた。けど、帰れないと何となく分かってから思うようになったんだよ」

 

「単なるヲタニートが何を決意したというのかね!!」

 

 罅の入った装甲に乱打を浴びせる。

 修復は許さない。

 そもそも傷には未だ空間の歪みが纏わり付いている。

 僅かな時間、その修復を遅らせれば、十分だ。

 

 ―――指先がめり込んだ。

 

 首が手刀で半ばまでも断ち割れる。

 

「決意なんて上等なもんじゃない!! ただ、思ったんだ!! こいつらを護りたい!! こいつらに恩返ししなきゃなって!!」

 

「ああ、そうだろう!! 君はそういうヤツだったよ。私を愛していた時のように」

 

 声が途中で歪む。

 それは見知らぬ少女の声だった。

 

「オレは誰かに必要とされたかった。1人が寂しいって単なる子供だった」

 

 手刀が半ばから手首を握られて弾かれ。

 

「あの日、オレは食事も摂らずに寝た。その日、オレは諦めてたんだ。きっと……あの時、オレは生きるのを諦めてた。だからさ。諦められない顔をしたあいつらに……あいつらにはオレみたいになって欲しく無かったんだ」

 

 引き寄せられた腹が膝で突き飛ばされる。

 

「そうか。それが君の―――」

 

 ぐにゃりと声が変わる。

 それは男の声だった。

 

 ギュレン・ユークリッドたる1人の声だった。

 

「それがどんなオレだったとしても何も変わらないさ。オレが諦めないとしたら、きっとそんなちっぽけな事なんだ」

 

 少年は謳う。

 いや、叫ぶ。

 

「物語の先を視たい。今はあいつらの笑顔の先を……オレはその為にきっと今こんな場所にいてもまだ立ってる!!」

 

 ボタボタと少年は全身から噴出した血に塗れながら、断裂した肉体のあちこちから噴き出す朱に染まりながら、相手を見据える。

 

 それをギュレン・ユークリッドは知っている。

 

 いつだって、その背中を彼らは見ていたから。

 

「だから、お前らにオレから送る言葉はこれだけだ」

 

「何て言うつもりよ」

 

 今度は妖艶な女の声が少年に返す。

 

「オレの前に立ち塞がるなら、ぶっ飛ばす。もしも勝ったら好きにしろ!!」

 

「ははははっ、ははははははははっ―――」

 

 声は唱和する。

 全ての声が唱和する。

 

 何百人。

 何千人。

 何万人。

 何億人。

 何京人。

 

 全ての声が唱和する。

 それは笑い声だった。

 

『そうだったな。若造』

『そうでしたわね。あなた』

『そういうやつだったっけ。お前』

『そーだよね~そーいうヤツだよね~君』

『もう、分からず屋だなぁ』

『それも貴方の道ならば……』

 

 無数の声が響く。

 ギュレン・ユークリッドは言う。

 ああ、そうだ。

 それでこそお前だ。

 カシゲ・エニシだ。

 そうとしか言えなかった。

 

 世界を揺るがす笑い声は宇宙に響いて尚、誰にも聞こえる程に世界を撓ませる。

 

『殴り合って』

『分かる事もある』

『だが、それだけでは不足なのか』

『屈服する事なき魂よ』

『真に優しき者よ』

『おまえみたいなヤツは』

『完全無欠に打ち負かさなきゃ』

『きっと、わたくし達もまた前には進めない』

 

 男の声が、女の声が、少女の声が、少年の声が、世界に響く。

 

 響いているのは世界だった。

 空間が歪み、景色が歪む。

 

 けれども、その歪みに現れる無限にも等しく彼を見つめる紙袋。

 

 顔の無い者達。

 

『ならば、全力でやろう。君が如何なる力を持とうとも、君が繰り返してきた全ての世界の人類総力を以て、君は敗北するだろう』

 

 燃える三眼。

 それがクリスタルの機体の背後に焼き付く。

 幾ら演算しようともソレが何なのか。

 少年のシステムは検知しない。

 いや、僅かに量子的な推論だけが提示されるだろう。

 

「そうか。狭間、混沌、有るでも無しでもない。そういうものになってまで……」

 

 少年は目の前の存在達の選択に何も言わない。

 そうさせたのは自分だと識る故に。

 

『さぁ、やり直したまえ』

 

「お祈りメール並みにお断りしますって言っとくわ」

 

 疑似時間停止装甲。

 その両脚両腕が瞬時に砕かれた。

 やった事は単純だ。

 歪曲の防御を貫く程に更なる歪曲を重ねる。

 空間も時間も歪む。

 重力ですらもその歪みの前に屈している。

 物理的に破壊不能であろうとも空間の歪みには無力だ。

 太陽への加速は継続中。

 宙が歪みに満ちて行く。

 

 クリスタルの身体は陽光に照らし出され、暗き炎の瞳が、無限の紙袋が地球圏。

 

 いや、月軌道。

 

 いやいや、火星圏、土星圏、太陽系外縁部にまでも果て無く増え続けていく。

 

 彼らは唱和する。

 

『さぁ、やり直す時だ』

 

 彼らはイグゼリオン同士の激突を見る。

 

 歪んだ世界で光速を越えて太陽へと到達しようとするモノ。

 

『その()()を解放するがいい。更なる物量で圧し潰すのみ』

 

「ああ、そうかい。なら、こんな手品はどうだ?」

 

『ギュレ?』

 

 2体のイグゼリオン。

 太陽に向けて落ちていく。

 

 そのクリスタルの輝きが横合いから降り注ぐ()()()()()()()の本流へと呑み込まれていく。

 

 瞬時にブラックホールと化した機体周囲の星間物質。

 

 ソレが今度は呑み込まれるようにして機体の歪みに喰らわれて捻じれて何処かへ消えていく。

 

 内部から即座に現れるクリスタルの輝きには一つも傷は無い。

 

『光速を超えると時間は巻き戻る。教わらなかったかな?』

 

「それはご高説どうも。今のは単なる物体を超光速にするオブジェクトの力だが、まぁ確認は取れた」

 

『確認?』

 

「お前は今、パーンの力を想像したな? だが、あいつの超光速航行のシステムはな。時間を巻き戻さない。ワームホールも空間の歪みも使わない」

 

『何?』

 

「お前の防御。いや、特性は二つ。あらゆる精神の融合。そして、時間を超越しての情報取得。それは同じもののようでいて少し違う」

 

 間延びする世界。

 時空間すらも捻じ曲がる最中。

 少年は言う。

 

「光より速い物質は巻き戻る。では、()()()()()()を超える()()()()()()()()ならば、通常の物理的な定理において破綻しないんじゃないか?」

 

 ドスリと()()()()()()()()がクリスタルの左胸を貫いた。

 

『―――そうか』

 

「お前は未来や過去の情報を幾らでも持って来られる。けれど、情報伝達時間が0だとしても体現するには必ず時間が必要だ。主に物理的な時空間の定義の中で動く場合は、な?」

 

 次々にクリスタルの肉体を何かが貫いていく。

 

「神の石。それが破壊不能なのだとしても、それって通常物理の側からの話だよな? それってもしかしなくても、オブジェクト側の定理からしたら、そんな万能でもないんだろ? だって、お前はソレを変形させてるんだ」

 

 次々に穴が開いていく。

 クリスタルは今や粘土細工。

 

「パーンの超光速はな。とある粒子の中で光の速さを真空中の速さの数億倍に高める代物、なんだそうだ」

 

『空気中の光が遅くなるように。真空より光が速くなる粒子が存在する、か……』

 

「お前は思考時間を0に出来ても機動時間を0に出来ない。予測出来ても意味は無い。幾ら早くても通常の光速より速く到達し、光よりも遅く指定空間内に突如として現れる形となる物質を撃ち込まれたら、物理定理の世界から、恒常性がお前に屈しろと襲い掛かる」

 

『……物質が重複した場合、素粒子がぶつかった場合、物質が崩壊しないならば、矛盾は……』

 

「そう、無かった事になる。主にこの世界の遺物であるお前やお前の造った石とやらは世界の整合性が取れない状態じゃ維持されない」

 

 グシャグシャとクリスタルが穴だらけになって拉げ砕けて消えていく。

 

「もしもお前が破壊される通常の定理で説明の付く物質を使ってりゃ、ブラックホールになるだの、核融合するだの、物質とエネルギーの密度の限界から導かれる爆発で花散らすところだが、生憎と普通の部分あるか? お前」

 

『無論、勿論、一辺足りとも通常の物理法則下ではないとも』

 

「世界に奔るバグが更なるバグを押し付けられて正常作動するわけないだろ!! いい加減にしろ!! ゲームの仕様書はちゃんと読め!!」

 

『ふ、ふふふ、ははははっ、あはははははははははッッッ!!!!?』

 

「準備は済ませてあったんだよ」

 

『どうやって……その粒子を?』

 

「太陽に粒子の発生源ブチ込んだ。あの太陽、普通に見えるだろ? でも、今じゃ光の速さを引き上げる粒子を光の速さで広げてくれる有り難い代物なんだぜ? JAに宇のアメリカを焚き付けて死にたくなかったら、やれって下請けやらせた」

 

『利用方法を知らねば、使えないわけ、か』

 

「いいや? 誰でも使えるさ。オレはお前の周囲から粒子を排除し続けてたんだよ。このイグゼリオンな。推進力や武装や運動エネルギー諸々全部粒子を置換して得てる仕様なんだ」

 

『いや、参ったよ。そうか……物理打撃。殴り合い。最初から……』

 

「殴って勝つ事しか頭に無かったさ。お前がオレに密着状態でずっとサブミッションだの決めてくれたおかげで自然に粒子を排除出来て助かった」

 

 ようやく識る。

 

 目の前の男の打撃や剣撃の意味。

 

 破壊されて砕けた欠片がどんな利用をされる様子もなく遠ざかって行って放置されていた意味。

 

「ちゃんと、拳部分だから打撃だぜ?」

 

 屁理屈だったが、構うまい。

 

 自分とて同じなのだから。

 

『この光の速度を制限された領域内部からは超光速の世界から撃ち込まれる破片は―――』

 

「ああ、確認したって言ったろ?」

 

 次々に破片も残らず穴が空いて消えていく。

 クリスタルは塵すら残らず削り取られていく。

 

 カシゲ・エニシが最初にギュレンのイグゼリオンに対して行った攻撃は単なるオブジェクトの一撃。

 

 そう、相手が《時空間の変動》》に左右されるのを確認する為の代物。

 

「お前は自身のいる領域の定義に左右される程度の存在だ。そして、オレというお前の精神が及ばない()()が相手ならば、本当に予測不能な超光速域からの一撃は、未来からの攻撃は避け切れない」

 

 光の速さ以上で情報は伝達出来ない。

 

 だが、新たな光の速さ以上の世界から情報がこちらに降りて来る時、伝達された情報は制限域の限界からいきなり現れたようにしか見えない。

 

 それは正しく光の速さまで遅くなった瞬間に遥か先の未来から送られたに等しい一撃となって相手に襲い掛かる魔の一撃。

 

『いや? 破片はこの時空に到達しても外れた場合は? 超光速ならば、追い付いた時には―――』

 

「そうだな。速度が制限域で限界になった瞬間にブラックホールになるな。でも、散々お前もやってただろ?」

 

『何を?』

 

「超光速の速度が光速限界まで減速する時な、その運動量の余りは何処に向かうと思う?」

 

『―――さて、何処だと言うのかな?』

 

「世界の書き換えは今も起こってるのさ」

 

『ならば、我々は連続していないというのか?』

 

「此処からが味噌なんだがな。超光速の物体が通常の光速に速度が墜ちると転移に近しい現象となって現れる。けれど、その物体が持っていた運動量は物体を瞬時にブラックホールに変化させる、はずなんだ。本当なら」

 

『本当なら、という事は……』

 

「パーンは諸々知らなかったようだが、実験は何度もしてたんだと。で、明らかにオカシな点を指摘したら、吃驚する事に説明出来ないらしい」

 

『そうか。ずっと……世界は書き換わっていた』

 

「そうだ。月のメンブレンファイルはずっと書き換えてたのさ。あらゆる滅びを。だが、その滅びの書き換えは世界丸ごとじゃない」

 

『何処で仕様が変わった? いや、そもそも本当にその情報は―――』

 

「最初からお前が知っていた情報には何処か抜けがある」

 

『―――ッ、それは……ああ、アスクレピオス。彼女か』

 

「……世界には嘘がある。その一つがソレだったって事なんだろ。そして、その嘘のおかげで破片の物理量は存在しない事になってるが、実際には書き換えた後ろ側の世界に貯め込まれてるっぽいんだよ」

 

『そんな事、どうやって確認を取った?』

 

「深雲の妖精さんに聞いた」

 

『アレか……』

 

「さて、オレからも此処でチートを一つ使わせて貰おうか」

 

 太陽に向かっていく二機がようやく離れる。

 クリスタルのイグゼリオン。

 その残る部位は胸部のみ。

 そして、それは漆黒のイグゼリオンも同じ。

 同時に胸部が開かれた。

 ギュレン・ユークリッド。

 男は今もまだタートルネックの男だった。

 

 だが、その顔はもはやあらゆる歪みに塗り潰されたかのように無限の顔の重なりの結果、人が認識出来ないものと化している。

 

「どうせ滅ぼせないだろ?」

 

『然り』

 

「なら、試してみようぜ。愉しいオカルト実験だ」

 

『何?』

 

「これから一発ぶん殴ってやる。歯ぁ食いしばれ」

 

『そうだったな。これは殴り合いだ』

 

「オイ。見てるんだろ。妖精さん。オレの母親の姿借りてるんだ。此処で塗り替えた滅びる理由全部拳に乗せろ。これでお前の願いを叶えてやる」

 

 その言葉と同時に2人の丁度中間点の虚空に相対速度も同じまま少女が現れる。

 

 それは運命の女神。

 そう本当の車輪を回すモノ。

 カシゲ・エミの少女時代の像を映し出す鏡。

 

 ―――【貴方の存在が消えてしまうかもしれませんよ?】

 

「消えないさ」

 

 ―――【……宇宙を滅ぼす理由を束ねても、アレは打倒出来るかどうか】

 

「計算なんぞクソ喰らえだ」

 

 ―――【仕方ありません。その賭けに乗りましょう】

 

 右手が輝きとも虚空とも暗闇とも付かないモノによって歪んでいく。

 

 幾多、世界が書き換えられて尚、無かった事にはならない現実の集合。

 

 神々しいと呼ぶべきだろう。

 まるで祝福するモノ。

 燐光を放散しながら、その掌にソレがある。

 太陽も真直まで迫る最中。

 コロナで瞬く星が歪み。

 灼熱が全てを炙る。

 

 それでも光と闇を携えて、目の前の(愛した人)は笑う。

 

 何でもないさと。

 

 敵を今から倒す闘気も覇気も持ち合わせぬ優し気にも凛とした顔で。

 

「オイ唯一神。お前が負けたら、一つ約束しろ」

 

『何をだね? 我々は負けないよ。いや、負けない事だけを考えて来た。だから、君は宇宙を滅ぼせるとしても勝てはしない』

 

「なら、お前が負けたと思ったらでいい」

 

『何とも曖昧な話だ。ギュレギュレ♪』

 

「ソレだよ。ソレ」

 

『ソレ、とは?』

 

「鳴き声がキモイ。お前ソレ止めろ」

 

『人のアイデンティティーとキャラ付けを笑うのはお笑い芸人に失礼だろう』

 

「芸人な自覚はあったのか。別にストーカーだかヤンデレなのはいいが、もうちょっとマシなもん考えろ。ニャーとか。ニャンとか。可愛げがない」

 

『そうか……男にニャーとか言わせるような特殊性癖にいつの間にか目覚めて……これは教典に書き加え―――』

 

「お前性別不詳だろうが。書き加え無くていい。後、来るなら全員で来い。オレはお前じゃなく、()()()に説教しなきゃならないんでな」

 

 ああ、と思う。

 全てたる彼らは思う。

 本当に目の前の男は、と。

 この後に及んで未だその後を語るのだ。

 ギュレン・ユークリッドは知っている。

 彼らは知っている。

 何も変わらない。

 

 いつも、いつも、いつも、その背中は語っていた。

 

 それに付いて行きたくて。

 付いて行けなくて。

 

 其処に到達する為にこんな存在にまで成り果てて。

 

 それでもやはり敵わない。

 

『もしも、負けたと思ったら、新しい語尾を考えておこう。唯一神の契約だ』

 

「忘れるなよ? じゃ、太陽も目の前だし、やりますか!!」

 

 軽く。

 笑って。

 

 その破滅を握り潰した拳を中心にして全てが白く染まっていく。

 

 太陽よりも尚白く。

 まるで物語の書かれていない空白。

 

 いや、余白の頁染みた零がその姿の輪郭を浮かび上がらせていく。

 

 宇宙などその上にある染みだろうか。

 無限という言葉では足りない。

 

 深淵の白が陽光も照り返さない歩き出す少年の世界を形作る。

 

 コツコツコツ。

 空白を歩く少年の靴音まで響かせて。

 大きく振り被られた拳が自分の顔を―――。

 

『………?』

 

 予想外とはそういう時の為に取ってある言葉だと彼らは思う。

 

 誰もが誰もこれから始まるビッグゲームに備えていたのに。

 

 一撃当たれば死ぬはずの自分が無限に避け続けて『さぁ、当ててみろ』と余裕ぶって相手に敗北宣言を促すはずだったのに。

 

 目の前の相手は何故かコツンと頭突きですらない額と額を打ち付けて。

 

 瞳を閉じて。

 まるで無防備で。

 殴って来るはずの手は開かれて。

 無貌の自分を前に―――。

 

「よく頑張ったな」

 

 空白が世界を喰らっていく。

 何も無いに書き換えて行く。

 

 それはオブジェクトの書き換えよりも原始的な消却。

 

 世界など無かったという事実の押し付け。

 けれども、今滅びようとする世界の最中。

 瞳の色を初めて見た。

 

 自分の色をもう覚えていない彼らは思い出す。

 

 それは何気ない日常の一コマ。

 その瞳の事を言及すると。

 

 少年は苦笑にもならないくらいに僅か……唇の端を歪めて。

 

「ごめんな」

 

 蒼い瞳が実は少し苦手だと少し照れ臭そうに不器用な表情。

 

「ちゃんと守ってやれなくて」

 

 紙袋に罅が入る。

 全ての紙袋達が知っている。

 

「オレは記憶の一つもお前らに思い出してやれない」

 

 迷子の子供のように歩き疲れた彼らを見ていた瞳。

 それは青空の色なのに深く哀しみを湛える海のようで。

 

「オレがお前らをこんなにしちまった」

 

 逸れた自分の手を取るのはいつもその瞳の人。

 

 誰かが捨てられた子犬みたいに彷徨っていれば、溜息を吐きながらも声を掛けて。

 

「……オレは大切なものを護り続けられても、きっと遠くに行く。傍にいると言いながら、きっとお前らにしたみたいに……前にしか向かえない」

 

 空白に文字が書き込まれていく。

 それは思いか。

 

「あいつらを置いて行った時。それでもオレは返ってくるとしても、未知の世界に来た事を何処か嬉しく思った。物語の先へ向かう理由はあいつらになった。けれども、オレがその先に行く事に理由が付いただけなんだ」

 

『私を置いて行った』

『我を置いて行きおった』

『わっちを』

『わたくしを』

『オレを』

『ボクを』

 

 続く声は全てギュレン・ユークリッドの大合唱が埋め尽くす。

 

 いつの間にか。

 

 空白には破れた紙袋の中から僅かに顔を覗かせた誰かが大勢。

 

 その顔には涙が一粒。

 そして、見た。

 涙に歪む瞳にも見える。

 その文字は少年から出ていた。

 それは哀しみの文字だった。

 それは心配する文字だった。

 

 それは……目の前の自分達に対するただ素直な悔恨とどうにかしてやりたいという労りの文字だった。

 

「色々理由があったにしても、お前らは……オレがあの過去から返ってくるのか知りたかったんだろ?」

 

『   』

 

「そりゃそうだよな。自分を置いていくヤツが幸せそうにしてりゃ、試したくもなる……」

 

『   』

 

「……だから、お前らにだけ教えてやる。オレが、オレ達とやらがこの世界に吐いた嘘は一つだけ」

 

『   』

 

 額を話して、顔も分からないはずの相手を前にして、カシゲ・エニシは語る。

 

「オレはお前らの言うカシゲ・エニシだが、きっと……影みたいなもんだ」

 

『影?』

 

「本当のオレはとっくの昔にこの世界から、この宇宙から旅立ってる」

 

『―――ギュ、レ?』

 

「分かるんだ。旅立った連中はもう戻って来ない。そして、ずっと見てる」

 

『………』

 

「オレはカシゲ・エニシとして生まれたが、お前らを置いて行ったヤツの残像に過ぎない。お前がやった事に対してあっさりと上手くいったと思わなかったか? アレはな……神の階梯に()()()んだ。本当はきっと……」

 

『お前は……』

 

「妖精さんの話を聞いたり、妹の話を聞いたりして、何となく思ったんだよ。やり直したオレは無数にいる。だが、やり直せなかった、失敗したオレはただ死んだだけなのかって……」

 

『   』

 

「そして、調べても見たんだ。結果だけ言う。カシゲ・エニシという個体の中でオレ以外に死んで生き返ったヤツで記憶を引き継いだモノはヴァイオレットを連れてったヤツ以外いない。そして、幾度となくやり直したオレ達は恐らく一度も本当にやり直しちゃいない」

 

『まさか、そんな……それは……』

 

「お前が追い掛けて来たオレ達は全員が別人だ。何億人。何兆人。いや、もっと多くだとしても、オレはきっと1人だが、全員が全員……ちゃんと自分の人生を歩んで死んだはずだ」

 

『記憶がないのは―――』

 

「ああ、お前らと一緒に終わりたかったんじゃないか? オレもオレ達も所詮は全て影なんだ。1人1人オレであって個別の人格だ」

 

『やり直す度に生まれ変わっていたのでは……無い?』

 

「記憶をリセットしてるわけでもない。特別な個体と言っても、それは本当にただの偶然なんだろう。お前らを置いて行ったオレがプレイヤーの交代を教えなかった。いや、教えられなかった……其処にお前らが付いて行けないから……」

 

『付いてイケナイ?』

『残像?』

『では、我々が追い掛けて来たのは』

 

「深雲による他座標宇宙間の通信網は中継宇宙内の物質に依存する形であらゆる物質的な情報を場で記憶処置する。つまり、その宇宙内部の物質に依存しなくなった存在に対しては働かない」

 

『ギュレン・ユークリッドは―――』

 

「そうだ。お前はもうその神とやらと同化した。何処にでも有り、何処にも無い存在……その根源の情報を保管する媒体が物質に依存しない。宇宙の内部にソレが無い。最初から媒質となる物質が無ければ、滅ぼしようが無い、だろ?」

 

『ふ、ふふ……はは……ギュレン・ユークリッドが、ギュレン・ユークリッドである為に我々はッ、我々は―――ッッッ!?』

 

「場からお前を消してもお前は存在し続ける。である以上、お前はもう宇宙内の存在じゃない。お前は二度とオレに会えない。いや、今まで追い掛け続けて来たどのオレとも……」

 

 紙袋が破け散る。

 素顔。

 

 集まった人々の顔には嘆きが苦しみが痛みが、けれども……それこそが本当の人の形だ。

 

 だからこそ、仮面は必要だった。

 仮面は嘘。

 

 嘘とは自分を護る最良の手段であり、誰かを傷付ける力でもある。

 

『………………終わりまで共に居たいと願った』

 

「そうか」

 

『それだけだったのだがなぁ……』

 

「ただ、一つだけ方法がある」

 

『方、法?』

 

 少年の瞳は澄んでいた。

 いつか見た時のまま。

 あの日、多くの出会いで見た時のまま。

 

「オレはもう一回を経験した。記憶を引き継いだまま。オレがオレ自身のまま。それはきっとこの時の為なんだ」

 

 神は言う。

 

「ギュレン・ユークリッド。お前達は本当の神になれ」

 

『本当の……神……』

 

「お前の全てをオレに預けろ。後は上手くやってやる」

 

『何とも曖昧で下手な誘惑だ。神を誘うならば、もっと上手い誘い文句があるようにも思うが……それが君なのだな』

 

「オレが誰かを誘うのに上手く言えた事なんかあったのか?」

 

 思わず。

 力無く。

 苦笑が零れて。

 

『我が神よ……空白で殴られるより今の方が痛かったよ……まったく心を殴られるなんていつぶりだろう……』

 

「オレは神様じゃない。けど、今だけはお前の方を向く者だ」

 

 少年は離れたまま上着を脱ぎ棄てる。

 その中から現れるものは輝き。

 

 空白にあって尚、輝く何かが腹部を渦巻き空白を呑み込んでいく。

 

「主神ギュレン・ユークリッドに命じる。オレと共に来い。宇宙一つ、世界一つ、お前が確定した現実を造ってやる」

 

 紙袋の中身は―――1つになる。

 無貌は彼らが求めた彼ではない彼。

 

 いや、何も変わらず。

 

 ただ、1人の相手に誠実であろうとした少年を前にして涙を零す。

 

『……ふふ、負けたよ。我が……いや、カシゲ・エニシ』

 

「次の世界でお前が死ねば、その時は文句を言ってやれ。それを聞く度量はそのオレ達にだってあるだろ」

 

『そうしよう。だが、この身は―――』

 

「何も心配する事なんざ無いさ。オレはいつだってちゃんと考えてるからな」

 

『……そうか……』

 

 顔を上げる。

 相手を見る。

 何も変わらない。

 

 最初からきっと何一つ変わってはいなかった。

 

 変わったのは自分。

 頑なだったのは自分。

 最後まで信じられなかった自分。

 紙袋という嘘で塗り固めた己。

 だが、それでもと願うならば。

 

「もうオレとお前が会う事も無いだろう。オレはこの宇宙を続けていく。だから、これが最後だ」

 

 少年の輝きの奥が開く。

 深く暗く淀み。

 しかし、空白の最中にあって文字を描き出す。

 世界を形作る業と感情の坩堝。

 

「幸せになれ。お前らが人の灯たるなら、それだけでお前が追ってきた誰もが祝福してくれるさ」

 

『……勝て……君の勝利を信じている。ケセラセラだよ。カシゲ・エニシ』

 

 少年の中に続く道に踏み出す。

 背後に何かが抜け出て行く。

 顔の列は続く。

 

 やがて、それは濁流となり、空白が世界を侵食し切る寸前。

 

 プツリと。

 列は途切れ―――輝きの奥。

 

 最後尾を来るクリスタル・イグゼリオンが内部から罅割れ最後の役目を果たす。

 

 光に融けながら、闇に混ざりながら、彼らは識る。

 出口で待っているのはどうやら悪魔らしい。

 いや、それを何と呼ぶべきか。

 

 欲望、業、彼そのものであり、彼が大事にして尚、抑え付ける力の塊。

 

 それは一言にすれば、きっと先へ進みたいという願い。

 

 そう、そういうもの。

 醜くも美しくも気高い何か。

 人が持ち得る可能性の化物。

 

【我らが世界よぉ~~勝手に此処で宇宙造んなよ~~こんな神がいたら天国になるじゃねぇかよぉ~~!!】

 

 ―――唯一神御一行様はこちら。

 

 団体旅行客を束ねるバスガイド染みてソレは旗を振る。

 

【唯一神御一行様ご案内~~あ~仕事が増えるんじゃ~~この世界、鬼使い荒過ぎだろぉ~~】

 

 パタパタ揺れるソレの先。

 輝きの先に何が待っているのか。

 不安の最中にも希望は輝く。

 ユーモラスに嘆き。

 

 全てが光に染まりゆく中でも平然と肩を竦めた鬼は笑う。

 

 新参者の神に。

 

【初めまして旧き人類。この生まれ得ぬはずだった世界へ】

 

 厳かな賢者めいて。

 

【汝らに罪在り……贖っていけ】

 

 あるいは罪を罰する執行人染みて。

 

【ようこそ!!】

 

 全ての命を祝福する母親のように。

 

【これがあいつの願う地獄(わかれ)の始まりになる事を願って】

 

 光と闇の先は灰色ではない。

 

【全てを失いしものは全てを得ん】

 

 何故か、何処までも清んだ蒼い輝きが全てを塗り替えて―――。

 

【それが我らが世界の意志なれば……】

 

「ギューレギュ―――いや、今度はニャーにするんだったな……」

 

【かかかか♪】

 

「新たなる宇宙の管理者よ。では、そういう事で世話になる……ニャー? しばらく慣れそうにもないな……」

 

 こうして新たな主神の神話は宇宙の創造と共に始まるのだった。


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