ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第346話「超重激突」

 

 運命の朝が来る。

 

 いや、運命など無いとすれば、それはいつもと変わらぬ朝。

 

 ただ、今日も仕事でいない夫の帰りをやきもきする嫁達が思い思いの顔で朝飯を食べ終えた自分を見ていた。

 

 今日は朝から夜も真っ青な御馳走だった。

 

 嫁ーズ全員で張り切られて4人前の朝食に抑え切ったのは総料理長なメイドさんのおかげに違いない。

 

 あんまり食べさせると負けるかもしれないと加減はしてくれたのだろう。

 

 長くて白いテーブルの端から端まで。

 

 関係者は満員御礼だ。

 

 全員に行き渡った食事はガヤガヤと喧しい朝食の間に平らげられた。

 

 男達は2人前。

 戦いに赴く者もそれなり。

 だが、あのギュレ主神を前にして戦うのは1人だ。

 これから大規模なお引越しである。

 残る者は殆どいない。

 

 先行してくれたヒルコとの通信は確保してあるので心配も無い。

 

「じゃあ、行ってくる。ま、出張してるとでも思って気長に……いや、普通に待っててくれ」

 

 いつも通りに全員見やる。

 誰も声を挙げる者は無かった。

 ただ、涙を堪える者が多数。

 

「あんまり心配されても困る。ちゃんと帰ってくるし、今生の別れとかでも無いし、適当に菓子でも摘まんでスポーツ観戦気分で見ててくれればいい」

 

 男達の大半が呆れているようだった。

 

「死んじゃうかも~とか、神妙な顔で祈るだとか、御免被る。それっぽ過ぎて逆にオレがやっぱ死んだ後に生きてたって事で帰った方がいいんじゃないかと気を遣う嵌めになるから止めろ。今日の夕飯には間に合わないかもしれないが、その時もちゃんとメシ食べろよ」

 

 そう言うとやれやれ感が周囲に広がった。

 苦笑するやら溜息を吐かれるやら。

 

「これから幾らでもお前らには……傍にいてもらわなきゃならないんだ。子供が出来たら、子育てしなきゃだし、今から夫離れの練習もしとけ。あんまり夫が家にいてもストレスだろ?」

 

 ジト目の者が多数。

 

 なら、早く子供が出来るような事を沢山してくれないものだろうかという無言の圧力がヒシヒシと女性陣から伝わってくる。

 

「お喋りはこのくらいにしよう。あっちもようやく本気だ」

 

 外に出られるガラス戸を開けば、引き抜かれた月蝶の神殿跡地からゆっくりと闇のようなものが溢れ出していた。

 

 闇というよりはデータ塊が場を侵食して顕現していると言うべきか。

 

「なる程。カオス過ぎて情報集めても無駄か。引っ越しちゃんと頼んだぞ。全部、連れてけよ。オレはこれからあの神殿攻略だ。久しぶりにRPGの迷宮最短クリアでも狙いますかねっと」

 

 上空に黒い影が差す。

 巨大な円柱。

 

「最後までコレに頼る事になるとはな。さ、出発だ」

 

「エニシ!!」

 

 フラムがブンとこっちに何かを投げた。

 ソレは……いつも身に付けていた拳銃だった。

 

「持っていけ」

 

 片手で受け取って頷く。

 

 跳び上がって円柱の目の前に浮かべば、その円柱内部が罅割れて内部に穴を開けてギュルギュルと身体を取り込むように幾つもの姿勢固定用アームが伸びて来て内部に引き込まれていく。

 

「イグゼリオン。これが最後だ。人類総決算前にちょっと働いてもらうぞ」

 

 空間に括り付けられるかのように周囲から溢れ出した大量のアームが全身を雁字搦めに覆っていく。

 

 だが、それは同時に緻密に織り上げられながら、黒い鎧と化していく。

 

「励起開始」

 

 瞬時に装甲の色が蒼へと変化する。

 過去で使った装甲の最新版だ。

 

 システムの全てをあの地球中心部の船から削り出してきた代物を用いて再構成。

 処理能力そのものを有する装甲は自己完結して疑似時間停止装甲としてほぼ無限の稼働時間を約束する。

 

 黒き円筒が内部に圧縮されながら形を産み出されていく。

 

 蓑虫みたいな代物ではない。

 

 最終話仕様の無駄にスタイリッシュで生物っぽい騎士鎧的な何かだ。

 

 左右に剣を二つ。

 ソレだけの代物だ。

 

 潔い何でも出来る全部載せ武装は形を選ばない。

 

 ただ、変化させてる暇もない戦闘になる事が予想される為、振えば、貫く剣の形にしているだけだ。

 

 こちらの装甲の変化に合わせて、イグゼリオンもまた蒼と黒と金の三色で塗り分けられていく。

 

「疑似時間停止装甲程度で食い止められるもんなのかは知らないが、やるだけやるか。こっちは嫁とイチャイチャしなきゃならないんでな。神だの芋虫だのに付き合ってる暇はあんまない」

 

『芋虫は不滅!! 何度でも蘇―――』

 

 ペイッと巨大芋虫引っ掴んで誰もいない市街地に投げておく。

 

『芋虫権を我々は諦めなぁああぁあぁあ―――』

 

「夜の向こうに消えてけ。生憎と今は人間で手一杯だ」

 

 そのまま加速を開始する。

 内部はまったくの無音。

 

 音速を越えた辺りで地表の状況を見つめながら更に加速。

 

 衝撃波なんてものは出ていない。

 

 場の制御系そのものである船の部材を用いた関係でコレ単体が神剣の集合体を持ってきたようなものなのだ。

 

 場自体を周囲で変質させる自立稼働形態は物質でさえあるならば、如何なる事象も決して処理能力以上の速度で変質しない限りは維持可能。

 

 それを疑似時間停止装甲で維持している関係上。

 

 物理的に貫かれるような事は空間を捻じ曲げる物理事象以外では考え難い。

 

 なので無茶苦茶しても然して中身も問題ない。

 

 それこそ人体どころか。

 

 チタン系合金よりも確実に耐久性が上がったオカルトな肉体の出番すら有るか怪しい。

 

 音速の三倍、四倍、十倍、二十倍、加速は止まらず。

 

 黒い海のように変質した場の中に突っ込む。

 

 周辺は正しく場の変質による情報の顕現によって混沌としていた。

 

 様々な情報が瞬時に顕現して霧散する時、場の変質に引き摺られて物質も変化するのだが、その乱暴な組成変化に耐えられず。

 

 普通の物質はどんな代物だろうが全て原子変換クラスの変質に晒されて10の8乗分の1秒間の間に個体、液体、気体を次々に繰り返すような有様だ。

 

 魔術コードなんて陳腐な代物ではとても耐え切れない正しく【奇怪の海(カオティック・オーシャン)】であった。

 

 内部で生きている者は芋虫くらいだ。

 

 破壊されまくりな物質の中に混ざってスイスイ泳いでいるのはさすがオブジェクトというところか。

 

 恐らく、破壊された物体に変化して破壊される度に変化し続ける事でその変化現象が芋虫の形に見えている。

 

 そもそも芋虫だってかなりヤバイのは分かっていた。

 

 自分というものを認識されて破壊されない限り、破壊された代物になっている間はソレそのものなのだ。

 

 もう破壊されているものに化けた自分は破壊されようがないという理屈で単純に変化したものを破壊しても意味が無い。

 

 まぁ、明らかにプール気分で自分の一部が変化した手拭だのを頭に乗せているので風呂にでも入りに来た感じなのだろう。

 

 随分とコメディ気分で余裕だが、それこそが相性の悪さを示している。

 

 量子転写技術の天敵。

 

 だからこそ、ソレに侵食されずに戦う為に必要なのは耐久力と破壊耐性だ。

 

 こちらが疑似時間停止装甲なんて持ち出したのだ。

 

 恐らくあちらもその類を使って来るだろう。

 

 芋虫のスープを進んでいくとようやく螺旋階段の真下に辿り着いた。

 

 400G程の重力場が掛かっている。

 

 ズシンと来たが別に問題など無い。

 

 機体が対応出来なくても自分の肉体が対応する。

 

 胃が熱い。

 

『我らが世界よ~何か躰がみんなブチブチ潰れて地獄が地獄になってんだが~』

 

「地獄が地獄になった程度は何も問題ないって言ったろ? 天国になってから連絡して来い」

 

『あ、はい(´Д`)』

 

 近頃は鬼も気軽に声を掛けて来て困るが、重力を無制限にガツガツ喰らっている胃はまだまだ満腹にも程遠い様子だ。

 

 高重力下の階段を昇る。

 徒歩で階段を昇るようなものだ。

 

「昔、こうして神社の階段昇ったっけ」

 

 まだ日本に住んでいた頃。

 父と母に連れられて親戚とやらの夏祭り。

 宵宮とやらに連れて行かれた事がある。

 

 りんご飴、チョコバナナ、金魚に、お面に、ワタアメ。

 

 随分とチープなものが現代にも残っているのだなぁと子供心に思ったけれども、愉しい一時だった事を覚えている。

 

 喜びも哀しみも刻み付けられた脳裏には未だ夢のように世界の景色が瞬く。

 

 きっと、この今の一瞬など、光の中に融けて消えていくに等しい刹那。

 

 永遠に比べれば、存在しているのかも怪しい程の一瞬。

 

 けれども、やはり覚えているのだ。

 

 それが本当の自分のものではなくても、自分はまだカシゲ・エニシで……何よりもこの世界が好きなのだ。

 

 見つめた先にある景色にあるのは少女達との景色。

 

 あの似非日本庭園のあるごパンの地の屋敷での一時。

 

 あるいは月猫で必死に働く少女達の横顔。

 

 無限結構。

 永遠結構。

 

 だが、一瞬、刹那、0に近しい世界にこそ、抱き締めたいものはある。

 

「人間、温もりってのがどれだけ大事なもんか。身に染みる」

 

 信じ合う恋人すらも永久の前には引き裂かれる。

 

 世界は忘却を強制する。

 宇宙の終わりにさえ、儘ならないばかり。

 だから、形あるものに多くを刻む。

 

「宇宙の終わりにオレが望むものは一つ」

 

 だから、明日を求めたならば、そこにあるのも一つだけだ。

 

「お前はそんなオレの犠牲者なんだろうな」

 

 歩く度に重力は強まる。

 空間は歪む。

 

 そして、捻じれた螺旋の上にいつの間にか辿り着いていた。

 

 時間すらも歪んでいるのか。

 外ではどれくらいの時間が経っただろう。

 計算する気も起きない。

 

 頂上はギリシャの神殿みたいな巨大列柱で出来た神殿前の広場だった。

 

 そこにもまた芋虫達がウゾウゾと中央に蠢いていた。

 

 が、スルリと内部に呑み込まれるようにして人型を取る。

 

 ソレは間違いなく自分の姿だった。

 

 機体の装甲を透過して、地面に降り立つ。

 

 装甲は無し。

 単なる生身の身体だ。

 重力はもう無い。

 

 だが、相手は目に見えて不機嫌になった。

 

「よう。パチもん」

「ッ、本当に人の癇に障るヤツだ」

「いいだろ? 事実なんだし」

 

「……そうだな。確かにオレは貴様を模倣しただけの偽物だ」

 

「聞いてみたかったんだが、全部手に入れて何をしたいんだお前?」

 

「……貴様は宝石のイミテーションが店に飾られてもイミテーションと分かったら値段なんて無い石ころだと思うか?」

 

「オレに取って代わったところで何も変わらないだろ。店の売り方にもよるだろうけどな。比較対象が無きゃ、そもそもどんな宝石も価値なんて無い」

 

「自分を無価値だと言うのか? その世界と宇宙と時間と空間と多くの者達の叡智たる貴様自身を」

 

「そうだ」

 

「ッ―――貴様は自分が特別だという事を知りながら、ソレに唾するというのか!? 認められなかったモノはどうなる!? 貴様になれないからと失敗作扱いされたオレは単なる偽物だと嘲るか!?」

 

「いいや、イミテーションが綺麗かどうかは見ているヤツが決める事だ。そして、お前はソレに相応しい輝きを示した事があるのか?」

 

「努力したと言えば、誰が納得する!?」

 

「納得を求めてどうなる? お前自身が自分に感じるものは何も変わらない」

 

「……オレは全てのオブジェクトを模倣出来るよう造られた」

 

「で?」

 

「オレは貴様となる!! 貴様が破壊されれば、オレはお前で置換される!! それの何が問題だ!? 完全なる貴様になれば、誰も貴様とオレを見分ける事は出来ない!!」

 

 思わず深い溜息が出た。

 

「……沼男か。いや、オレ自身がソレそのものだからな。確かに言う程、オレとお前に差は無いのかもな。でも、お前……それはちょっと卑しくないか?」

 

「卑しいッ、だと?!」

 

 激昂する声。

 

「今までオレは幾らでも死んで来た。でも、どうしてお前は成り代わってない?」

 

「ッッッ」

 

 単純な疑問だった。

 

「それはオレの状況が嫌だったんだろ? 何度も何度も誰かの為に死んで、報われもせず、無意味なくらいにあっさりと消えていく。その中でオレはどんな生き様だった? どんな奴らと生きていた? それにお前は意味を見出さなかったんじゃないか?」

 

「オレ、はッッ!?」

 

「特別に成りたい? 違うな。お前はただ価値を求めた亡霊だ。死んだオレには価値が無くて、此処に辿り着いたオレには価値がある。だから、お前はオレに成りたいんだろう? だが、それはお前が嫌ってそうな価値ばかり、本物ばかり追い求めてた研究者連中と何か違うのか?」

 

「―――」

 

「なぁ、世界はこんなに明るいんだぞ」

 

「何、を……」

 

 指を弾く。

 

 周囲には嫁や仲間達のちょっとした笑顔や涙や幸せそうな日常のワンシーンが大量に浮かんだ。

 

 近頃造ったアルバムであった。

 料理を作って失敗して一騒動。

 

 風呂に入れば、こっちに入れと引っ張り合い。

 

 眠る時はいつの間にか疲れてぐっすり。

 笑ってしまうような眩い日常。

 

「見ろよ。こいつらの笑った顔。いや、他にも呆れた顔に、怒った顔に、困った顔、表情豊かっつーか。オレには真似出来そうにない日常の過ごし方してる」

 

「こんなものを見せて何が言いたい!?」

 

「そもそもだよ。単なる芋虫連中を見てて理解したんだが、同化して同じになったからこそ、お前らはもう理解してるはずなんだよ」

 

「理解、だと!?」

 

「人の悪徳が理解出来るんだ。なら、人の幸福や人の善意が分からないわけないんだよ。ボケもツッコミも理解出来る人間がユーモアすらない? んなわけないだろ。なのに、お前は人間臭いのにどうしてそこまで悪ぶってる? 人の狂気や悪意や利己心だけなら、どうしてお前はもっと積極的に破壊を巻き起こそうとしなかった?」

 

「―――それ、はッ」

 

「此処でドンパチしたってお前の手に入れたいものは一つも手に入らない。成り代わったところでオレになったところで、だ。ソレはお前自身に向けて欲しかったもんなんじゃないのか?」

 

 歪んだ顔は拳を震わせる。

 

「本当のお前とか。オレがオリジナルとか。そういうのは抜きで聞かせろ。お前の言葉でだ。ジョン・スミス、ジョン・ドゥ。名無しのそこのお前」

 

 少年は己の姿を象る相手を見つめる。

 

「傷跡に自分を埋めてもお前自身が埋まらないんじゃ空しい。そういうのは誰かに埋めて貰って初めて感じられるもんだ。気付いているなら言え。お前は誰に憧れて、何をしたくて、誰と手を繋ぎたかった!!」

 

 ―――今度こそ、本当にその遥か古から働き続けて来たソレは目の前を見る。

 

「……オレが初めて見たお前は……1人の女を愛してた。幸せそうだったよ……お前が死ぬまで……お前が他の見知らぬ連中を救って死んでも……泣いて笑ってた……オレは自分なら埋められると思った。お前の代わりになれば……硝子みたいに脆いあの横顔だって埋められると……」

 

 初めて、ソレは人間のように語る。

 本当の心の内を。

 

「でも、誰一人として埋められないと知った。その女は強かった……お前の墓に背を向けて歩いていった。子供を横にして老いて苦労しても立派に最後まで戦い続けた。最後には幸せに生きて死んだ……」

 

「………」

 

「本当はオレなんて誰も必要じゃなかった。暗闇に人間はそれでも灯火となって歩いていく。それが例え、絶望と死に向かう最中であろうとも。でも、なら、オレはどうして生まれたッ!! オブジェクトをコピーするだけの代物なら、道具でよかった!! 道具でよかっただろう!!?」

 

 慟哭か。

 憧憬か。

 苦痛か。

 懊悩か。

 

 全ては同じだ。

 

 感情とは人の原動力なのだから。

 

「道具に成れないなら、最初からお前はオレの真似なんぞするべきじゃなかった。そして、道具じゃないなら、真似てもいいから、最初に人を愛するべきだったろ」

 

「そんな方法ッッ」

 

「甘ったれんな!? そんなのオレだって知らなかった!!」

 

「ッ、だけど、お前は、貴様はッ!! 傍に沢山いるッッ?!!」

 

 それは嫉妬か。

 

「なら、オレがお前に言ってやる事は一つだ。オレはお前を許さない。だが、お前をそのままにもしない」

 

「何を……」

 

 イグゼリオンの剣先が伸ばした片腕を切り落とす。

 

「ッ」

 

「お前に与えてやれるのは片腕一本までだ。オレはまだ自分でやりたい事が宇宙の果ての果てまであるんでな。もしお前が付いて来るなら、拒みはしない。もしもオレが諦めそうになったら、乗っ取るなり、何なりすればいい」

 

「―――貴様はソレでオレに勝ったつもりか!?」

 

「お前は断らない。そして、お前は分かってるだろ。オレがどういうモノなのか分かるなら、知ってるだろ」

 

「………ッ」

 

「立ち止まるな。抗え。己の果てまで辿り着いてみせろ。やりたい事があるなら言ってみろ。どんなに世界へ絶望しても、人の心は美しい。オレが何よりも醜いと思うオレの願いはソレでこそ宇宙の終わりを超えて尚、此処にある」

 

「ふ、ふふ、はははははははは……」

 

 笑う自分の顔は晴れやかで切なげで涙よりは後悔に濡れている。

 

「オレは世界を何度も滅ぼしたぞ。何度も何度も多くの人間の為にオブジェクトとして全てを消し去って来た!! そのオレが、今更こうして救われるだと!? 馬鹿にするな!? オレは―――オレの願いはクソ、チクショウ!!? 何て言えばいいんだよ……ッ……」

 

「まだ何者でもないお前に最後一つだけ教えてやる。ソレはな。後悔って言うんだ……」

 

「ッ………そうか。オレは今更そんなものを感じてるってのか……」

 

 敗北したように、あるいは全ての気迫が抜け落ちたように、ソレは項垂れる。

 

「悪党には悪党の流儀があるだろ。泣いてないでシャキッとしろ。お前を許さないヤツなんて五万といる。お前が泣かせた連中は何も知らずに死んでいった。だが、お前はまだ生きてる。そして、選択の時だ」

 

 少年の姿が、自分の姿がゆっくりと解けていく。

 

「……いつか後悔するぞ。お前も……いつか……」

 

「後悔なんぞ毎日してる。昨日、嫁の弱いとこ突き過ぎたなぁとか」

 

「惚気か?」

「ああ、惚気だ。悪いか?」

 

「……人間、か……最後まで難解な生物だ……先生、あんたらの言ってた事、今なら少しだけ分かる。人間は……まだ捨てたもんじゃない。あんた達はいつもそう言って、誰かを助けてたっけな……」

 

 もう時間も無いだろう。

 

 その形が崩れ去る前に目の前の自分は言う。

 

「いいだろう。カシゲ・エニシ。背負いし者よ。何れまた会おう。貴様が絶望し、終わらぬ世界で終わりを求めた時、オレはお前に成り代わる。いつか、いつか……お前に……いや、オレになってみせる!!」

 

「その挑戦受けた。だが、残念ながらオレは手強いぞ? 何せ毎日嫁の素晴らしさに打ちのめされて、変わらなきゃなぁとか考えてるからな。永遠の果ての日もきっとあいつらのご機嫌取りに必死で疲れて明日も頑張らなきゃなぁとか夫の悲哀を噛み締めてるさ」

 

「最後まで……ふざけたヤツだ……」

 

 崩れ落ちたソレが横に落ちる滝のように切り落とされた腕へと殺到する。

 

 そして、いつの間にかソレは自分自身になっていた。

 

「まぁ、特等席で見てろ。負けるつもりはないさ。何せまだ子供出来るまでイチャイチャしろと嫁に圧力掛けられてるからな。さっさと帰って愛し合う時間が欲しいところだ」

 

 声は返らない。

 

 しかし、周囲をうろついていた芋虫達が列を為して道を作っていた。

 

『創造主』

『貴様は』

『世界を』

『どうする?』

 

「別にどうもしないさ」

 

 歩き出せば問い掛けられる。

 宇宙を侵食する害虫。

 芋虫。

 いや、新たな世界の蕾達。

 

『世界は』

『貴様を』

『放ってはおかない』

 

「だろうな」

 

 神殿に入り込めば、篝火が焚かれていた。

 

 その奥の奥。

 

 ちっぽけなパイプ椅子に座ったたタートルネックにスラックスの白人のオッサンが1人……紙袋を器用に人差し指の先で回して、こちらを見ている。

 

『我らは』

『世を開く卵』

『世を拓く鍵』

『世を啓く導』

『汝に異を唱えるモノ』

 

「好きにしろ。だが、悪事は許さん」

 

 次々に芋虫達はまるで自壊するように背後から消えていく。

 

『我らは世界の天秤を守護してきた』

『我らは世の趨勢に安定を齎した』

『その為にこそ我らは宇宙の守護者たる』

 

「やり方が雑だっつってんだよ」

 

『雑?』

『雑……』

『何処が雑なのか訊ねても?』

 

「芋虫止めろ。ディティール設計間違ってんぞ」

 

『『『『『『『『『ッッッッッッッッッ』』』』』』』』』

 

 どうやら何か信じられない程の真実を突き付けられたらしい。

 

『ダメか?』

『芋虫はダメか?』

『そんな!? 宇宙人種のスタンダードですよ!!?』

『宇宙の3割ではカワイイって評判なのに!?』

 

「七割で不評だ。止めろ」

 

 溜息がちにそう告げる。

 

『『『『『『『『『ッッッッッッッッッ』』』』』』』』』

 

 真実に気付いてしまったらしく。

 芋虫達がプルプルし始めた。

 

『だが、芋虫を愛して已まない人々だっているんですよ!?』

『芋虫は伊達じゃない!?』

『芋虫がもたん時が来ているのか!?』

『高が創造主1人やってみせる!?』

 

「オイ。あんま調子乗ってると絶滅させんぞ。せめて、こっちの人類の正気が削れない感じにしろ。そうしたら今後の事も考えてやる」

 

『ど、どうする?』

『芋虫を止めるべきか。止めざるべきか』

『ご、合議を取りたいと思います!!』

 

「その前に一つ忠告だ。芋虫止めたから別の蟲とか無しな。可愛い系にしろ。可愛い系に」

 

『カワイイ系とは一体……?』

『ウ、ウゴゴ?!』

『宇宙の法則が乱れる!?』

『カワイイって何だ?!』

『人類マジわかんね……』

 

「分かるだろ。ほら、オレの嫁達とか見て見ろ。小さいのも大きいのも中くらいのも皆カワイイし綺麗だろ?」

 

『人類基準を評議中。ビガガ』

『……チーン。合議が出ました』

『では、これからは芋虫ではなくてエロ同人みたいな美少女として生きて行きます。私達、キラッ♪』

 

「まぁ、別に構わんが嫁模倣禁止な。個人になれ個人に」

 

『個人とは一体……』

『宇宙じゃ共通無意識共有系生物がスタンダードですよ!?』

『個人になったら争いが起こっちゃう!?』

 

「別にいいだろ。何にでもなれるなら、誰にも好かれる個人になって破壊から人々を救う美少女とか。想像してみろ? 拍手喝采、男共は愛の奴隷状態。女共はもうメロメロでお前らと百合百合しいお友達になりたくなるに決まってる」

 

『合議中』

『合議中』

『合議中』

『合議中』

『結論が出ました』

 

「どうなった?」

 

『『『『『『『『『YESッッッッッッッッッ(≧◇≦)』』』』』』』』』

 

『『『『『『『『『YESッッッッッッッッッ(*´ω`*)』』』』』』』』』

 

『『『『『『『『『YESッッッッッッッッッ(´▽`*)』』』』』』』』』

 

 芋虫達の姿が次々に消えていく。

 どうやら、欲望には勝てなかったらしい。

 

 すると、パチパチと椅子に座った男が拍手し始める。

 

「大いに笑わせて貰った。ギュレ」

 

 もう相手の前まで数mという状況。

 

「見事なものだ。あの状況で芋虫君達をああまで誘導して見せるとは……まぁ、これからは美少女が見えるせいで色々な男が狂喜乱舞する世界になるだろうが」

 

「別に芋虫だらけで発狂するよりいいだろ。美少女になっちゃったよ~とかの方がまだマシだ」

 

「いや、逆に正気が削れるのでは? 美少女のパーツが色々な物体に化けるのだろう?」

 

「あ、やっべ、そこまで考えて無かった。ま、後から修正させる。今はこれでいい。て事で来たぞ。ギュレン」

 

「本当に……君には驚かされてばかりだな」

 

「心にもない事を……」

 

「いや、本心だとも。ギュレ……君は戦う道も選べた。いや、その方がきっと不確実性を消せるという意味では石橋を叩いて渡る方法だったはずだ」

 

「戦うねぇ……本当にソレが必要だとも思えないんだがな」

 

「しかし、悪は踏み潰すのだろう?」

 

「まぁ、オレの周囲には笑ってて欲しいんでな。コメディ系悪党以外はNGだ」

 

「どうやら答えは出たようだ」

 

「ああ、ギュレン。お前と戦ってやる。殴り合いくらいは付き合ってやる」

 

「そうか……では、そろそろ始めようか。人類最後の大戦争と行こう」

 

 男の背後にイグゼリオンがいつの間にか立っていた。

 

 その表面装甲はまるで硝子ようにも見えるが、生暖かい気配。

 

 柔らかいクリスタルような質感が見て取れる。

 

「ソレが賢者の石って奴か」

 

「その通り。不破の石。不滅の頚城。手順無くして解消しない特異点だ」

 

「金属水素に似ているが、違うんだろうな。ただの超重元素でもない。ソレはそうか……ビッグバンの信管か?」

 

「お察しの通りだとも。ギュレ……コレは全ての宇宙が閉じた後、再び電源を入れる為の起爆剤。宇宙の収縮後の0次元化が起きる宇宙では必ず何処かにこの石が存在するのだ。そして、ソレが生まれた時が宇宙の終わりの始まり」

 

「そして、決定付けられた運命はソレが有る限りは覆らないと」

 

「ギューレギュレギュレ♪」

 

 男は大笑いであった。

 

「まったく、これからだって時に宇宙が終わったらオレの新婚ライフがご破算。その石、勝ったら頂いて行くぞ」

 

「好きにしたまえ。コレは分裂しない。何処かで産まれれば、何処かで消える。此処にある限りはコレが本物だ」

 

「解説痛み入るね。じゃ、始めるか。イグゼリオン」

 

 神殿が二つに割れて行く。

 中央から割れて行く。

 

 パイプ椅子から立ち上がった男は何も無い虚空の階段を昇ってイグゼリオンへと入っていく。

 

「で、どうしてソレなんだ?」

 

「実はファンでね。コレは限定モデル。イグゼリオンΩクリアカラーバージョンだ。昔、並んで買った想い出の品だよ」

 

「こっちは元祖イグゼリオン・ラストバージョン。ま、旧バージョンが負けるんて幻想だろ。元祖こそ至高で最強ってのは原作者の望みだからな」

 

「ならば、試してみるかね? ギュレ」

「ああ、試してみようか」

 

 背後にやってきた黒きアームの群れによって胸部に取り込まれる。

 

「「勝負だ」」

 

 世界が凍り付く。

 自身の時間の速度が吊り上がる。

 時間は誰にも平等だが、個人の時間は不平等だ。

 

 そして、全てを加速する戦闘においては周りの時間は止まっているに等しい。

 

 最初の激突時、こちらの諸刃の二刀流に対してあちらは両手剣の日本刀染みた片刃であった。

 

 疑似時間停止と絶対破壊不能。

 その激突は火花すらも散らさない。

 だが、一筋。

 唇から血が流れる。

 

「特異点たるコレは運命の印。コレを打破しようとするモノは宇宙の終焉と再生を阻むモノとして摂理側から排除を受ける。つまり、綻びるモノは綻びる故に不変たらず、死に近づく」

 

「フン。ご大層なもん持ち出してきたな。ま、道理だ。だが、道理ってのは覆す為にあるんだぜ? ギュレ野郎」

 

「ギュレ?」

 

 ピシリとあちらの剣にも罅が一本。

 

 それはすぐに修復されたが、不思議そうなギュレ主神の顔は本当に首を傾げているに違いなかった。

 

「オレは第一の特異点。つまり、終わりの先に向かったオレ自身もまたそういうの、なんだろう。まぁ、オレは一杯だけどな。特別なもんを持ち出されたら、そりゃこっちも特別な能力が発現して相殺くらいするだろ」

 

「然り。ならば、つまり、そういう事か」

「ああ、そういう事だ」

 

 二回目の激突が起きるまで世界が動いた様子も無かった。

 

 宇宙が動いた様子は無かった。

 ただただ、思う。

 永くなりそうだな、と。

 

 二度目の激突はまた血と罅によって覆われたのだった。


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