ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第339話「魔王と愉快なお嫁達OVER」

 

 結婚式を無事に終わらせました〇。

 という、日から1日。

 

 今日も朝から色々と……まぁ、遠い目になりそうな事が大量にあったりはしたが、そこは別に回想しなくてもいいだろう。

 

 夜の嫁連中との事なんて最たるものだ。

 

 というか、夜の事なんか思い出したら昼間の仕事に差し支える。

 

 例えば、昨日はござる幼女が物凄く―――。

 

「危ない危ない。自己完結の罠に嵌るところだった」

 

「小さい某の足腰を立たなくするとは……やはり、エニシ殿は変態でござったよ」

 

 クテェッと昨日というか今日。

 

 色々あったござる幼女が執務室のソファーに俯せに寝そべり、ジト目でこちらを見ていた。

 

「まおーすごかった~~♪」

 

「どうでござった? この我々のような歳の子に手を出す悪い婿殿との蜜月は?」

 

「えへへ~~♪」

「うむ。某も『えへへ』するでござるか……えへへ~~♪」

 

 二人並んで大きなソファーの左右から一番こちらが堪える顔で仕事にならなくなる感じのツッコミ待ちな誘い受け攻撃を仕掛けて来るとか。

 

 精神戦で日常なのに心が擦り減る事請け合いである。

 

 ふにゃけた顔で幸せそうに頬を緩めて、何処からそういう表情を作る準備をしてきたものか。

 

 ちょっと上気した顔で目元だけ潤ませた二人のダブル幼女が溜息が出るようなカワユサを悪どく無垢なのに艶やかという姿を演出する……計算と嘘と半分の本当が入り交じる表情はまったくけしからん大人顔負けの悪女だ。

 

 煩悩を退散させようとしても時間があまり経っていないのでやっぱり昨日の光景が脳裏にチラ付く。

 

「お昼を作って来ました。旦那様」

 

 いつの間にか。

 そんな時間になっていたらしい。

 正午1分前。

 ガチャリと扉が開いてやってきたのはクランだった。

 

 現在、魔王関連の食事は元塩の国のお姫様、超絶ウルトラ・バスト・メイド、カレー帝国の元皇女様の順で回っている。

 

 別に毎回毎回カレーが出て来る事もなく。

 

 香辛料を使った独特でスパイシーな料理が並ぶので香りだけで言えば、ピカイチかもしれない。

 

 他の嫁ーズは其々にこの一年近くやってきた仕事やらお手伝いやらがあるとの話で現在は大使館の執務室に詰めているのはユニと百合音だけだ。

 

 実務系な能力を持つハーレムの面々も其々にアイドル稼業やら各地への部隊の派遣や探訪者、治安維持部隊としての仕事がある。

 

 パシフィカや男の娘達は魔王神殿の方を手伝っているらしく。

 

 今では神官役で人々を導いている云々。

 まぁ……元宗教の聖女様にガチ宗教のトップである。

 

 アレはアレで一種の才能であって、人々に魔王教(科学的根拠に基いた普通の日常生活規範及び良識と常識と道徳を布教する為の教義)をサラッとヒルコと共に浸透させているとか。

 

 百合音はこちらの護衛。

 

 身体が一つになったらしいが、後で二つに増やしておくかというのを今朝話したばかりだ。

 

 秘書業が完全に板に付いたガルンと月兎を纏めているフラウは魔王軍関連の業務。

 

 そして、ユニは新婚という事で此処で昨日の疲れをダラダラしながら癒している。

 

 嫁達にはジト目で見られたのだが、仕方ない。

 

「旦那様? 大丈夫だろうか」

 

 いつもは御淑やかな喋り方にしているクランが少しだけこちらを心配そうに覗き込んでいた。

 

「あ、いや、悪い。ちょっと考え事をな」

「そ、そうか。それなら良いのだが……」

 

 コトリとカレーの大皿がカートから三人分ソファーの前のテーブルに置かれた。

 

「おお!! クラン殿のカレーはやはり香り高いでござるな♪」

「今日はコカトリスの鶏肉と香味野菜のカレーです。どうぞ」

「お~~おいしそ~~♪」

 

 幼女達が一応、決まりというか。

 

 いつの間にか広まった『頂きます』の両手を合わせるポーズをした後、スプーンでがっつき始めた。

 

 その横でこちらを見やるクランは少し小首を傾げて、サラリとした髪を揺らしながら微笑んでくる。

 

「こほん……」

「?」

「クラン」

「何でしょうか? 旦那様」

 

「いつもの口調でいい……此処にはそんなの気にする連中はいないからな」

 

「ぁ、は、はぃ。そのように……しよう」

「お前も一緒に食べないのか?」

「それはええと旦那様がやはり最初に食べるべきで……」

 

「じゃあ、一緒に食うか。食べながら故郷の事も訊きたいだろうしな。ファーンやお義父さんの事もな」

 

 コクリとクランが頷く。

 横に椅子を用意する。

 

 空気中から凝集した分子で木目な色付きの椅子を生成して横に置く。

 

「ほら、座れ。オレは1人で食べるよりはお前と一緒に食べた方が嬉しい」

 

 静々と横に座ったクランの頬は恥ずかし気に染まっていた。

 

「今まで嫁連中の面倒を見ててくれて助かった。面と向かっては言って無かったからな。ありがとう」

 

「いえ、そんな!? 面倒を見られていたのはこちらで……」

 

「お前みたいに誰かの面倒を見られるヤツばかりじゃないからな。料理だけの事じゃない。全員が全員引っ張っていく力は強いけど、お前はちゃんと進む前に考えられるだろ?」

 

「ぁ、ぅ……褒め過ぎだ。旦那様……」

 

 声は小さく。

 

「今日は……サナリとお前だ……結局、お前らからの要望やら諸々聞いてたら、オレにある程度の裁量が出来たからな」

 

 少しだけ耳元で囁く。

 

「っ~~~は、はぃ」

「今まで色々とあったが、その……よろしくな?」

「そ、そんな、こちらこそ。とても……本当にとても嬉しく思う」

 

 潤んだ瞳で少しだけ雫が零れそうな微笑み。

 

「そう言えば、そのメイド服。リュティさんが?」

「あ、ぁあ、とても気に入っていて、ダメだろうか?」

 

 とてもしっくりくるせいか。

 

 気にしていなかったが、現在のクランの衣服はどうやらリュティさんがメイド達やサナリに着せていたモノと形と色合いは同じだった。

 

 生地こそ違うのだろうが、そっくりである。

 

「いいや、似合ってる。料理してる時はそっちの方がいいと思うぞ」

 

「っ~~~」

 

 顔が完全に伏せられてしまった。

 

「……エニシ殿。エニシ殿はアレでござるな」

 

「な、何がアレなんだ? いいから、そっちはそっちで冷める前に食べるといい」

 

「まおう。あれだよー」

「お前もか」

 

 カレーを口元に付けた幼女達がウンウンと互いに頷き合う。

 

「そういう調子で乙女を誑かしていくから、嫁が増えるんでござるよ?」

 

「誑かしてないだろ!? これは、ええと!! 正当な夫としての妻への評価とかだぞ!?」

 

「「ふぅ~~~(´-ω-`)」」

「何で溜息がハモるんだよ?!」」

 

「カレーが冷めるでござるよ。某達はちょっと外に出て来る故、のんびりイチャイチャあーんでもしているとよい」

 

「あ~んしてるとよい~~♪」

 

 どうやらあっという間に平らげてしまったらしい。

 その皿はいつの間にか空になっていた。

 

「早食いは太るぞ!?」

「ふふ、某太らない体質でござる♪」

「ござる~~♪」

 

 二人が冷やかしながらニヨニヨして部屋から手を振って出ていく。

 

「「………」」

 

 残された部屋には沈黙と体温だけが残った。

 

「取り敢えず、食べるか」

「は、はぃ。その……」

「?」

「しないの、か?」

「??」

「ぁ~ん、とやら……その……」

「(´・ω・)………」

「だ、ダメなら、別に……」

 

 そっとスプーンでカレーを掬ってみる事にした。

 

「ッ―――!!」

「……他の連中には内緒だぞ?」

「う、ぅむ♪」

 

 その飛び切りの笑顔には勝てない。

 

 男というのはきっとそういう風に出来ているらしかった。

 

 *

 

 昼食が終わって三時頃。

 

 今後の予定を出来る限り、脳裏で詰めてデータを整理して、諸々の備えを更に積み増してという事を繰り返しつつ、地球側の混乱が収まって来た事を通信で確認。

 

 更に月と地球の周囲をウロウロしつつも集合している宇宙のアメリカ側と通信での会談もこなした。

 

 色々とあちらに注文を付けて通信に参加する外交官殿の目を白いジト目にしつつ、本日の業務は終了。

 

 ある程度の余裕が出来たのでお茶にしようかと思ったら、昼間にクランが押してきた手押しのカートを今度はサナリが押してきた。

 

「(T_T)」

「……あのーサナリさん?」

「何?(T_T)」

「その顔はどういう意味が?」

 

「……クランがあーんしてもらったって聞いた(T_T)」

 

「秘密にしようって約束してたんだが……」

 

「他の嫁に秘密でイチャイチャしようだなんて良い度胸ね(T_T)」

 

「分かったッ。分かったから、その顔は止めてくれッ!?」

 

「何が分かったの?(T_T)」

 

「悪かった。お前にも一緒に伝えておくべきだった」

「……解ればいいのよ」

 

 ようやくサナリが憮然とした表情になる。

 

 どうやら夜の予定をクランから聞いてご立腹だったらしい。

 

「仕事の前に色々伝えておくべきだった。だが、お前と会話する前に色々と確認しなきゃならなかった事があってだな」

 

「確認て何よ?」

 

 おやつ時という事でカートからリュティさんに教えていたスコーン・モドキや紅茶・モドキが出される。

 

 雑穀と砂糖とバターと卵。

 

 全部揃えて作ったソレは現在魔王印のスイーツとして絶賛売り出し中の代物だ。

 

「……お前の兄の事だ」

「―――兄さんの?」

 

「ああ、色々と後回しになってたが、お前の兄は生きてる。それと今や砂の国の英雄だ」

 

「………そう」

 

 瞳がそっと伏せられる。

 

「怒らないんだな……」

 

「怒ったって意味無い事くらい分かるわよ。私の為、だったのよね?」

 

「まぁ、今度会う時に聞けばいいさ」

「兄は……兄さんは元気?」

 

「ああ、あの天変地異の中でもピンピンして騎士団の連中と国民を導いてるそうだ。本人はもう大きな災害は過ぎたと降りようとしたらしいが、周囲は降ろしてくれないんだと」

 

 それを聞いて安堵と涙と笑みを共に浮かべた少女がこちらをちょっとだけ睨んでから、両頬を横から左右に引っ張った。

 

「いふぁい……」

「罰くらい受けてもいいでしょ?」

「ふぁあな」

 

 両頬が離された後。

 

 こちらのソファーの横に身を寄せて来るサナリが顔を俯ける。

 

「私が結婚した事知ってるの?」

「知ってるどころか。見てたぞ。結婚式」

「―――そう。そっか……うん……そう、なの……」

 

 きっと慰められる事なんて望んでいない。

 

 目の前の少女は料理人として生きていこうと嫁達の中で一番現実的な感覚を持っている。

 

 しかし、怒るに怒れない。

 だって、何よりも嬉しいに違いないのだから。

 

「ちょっとだけいいから……こうしてて……」

「ああ」

 

 多くの涙に喜びがあれば、世界はもっと良いものになるだろう。

 

 だからこそ、為政者に必要なのは合理性と人の感情を動かす事の出来る情熱だ。

 

 だが、それはきっと男女の仲にだって言えるに違いない。

 

 多くを受け止められるようになった少女はきっとオールイースト邸に来た時よりも成長した。

 

 沢山の事があって、大勢の仲間達の中、きっと自分が知らない部分でも苦悩し、幸福を感じ、時には哀しみも怒りもしただろう。

 

 塩の国で子供達の面倒を見ていた彼女が今は己の夢を追い掛けて、こんな場所に首だけで連れて来られたのに逞しく己の仕事を、自らの戦いを賢明にこなしている。

 

 それは他の嫁連中がいつもしている事からすれば、一見地味かもしれない。

 

 だが、辛抱強く戦い続ける者に勝利は微笑む。

 

 不出来な夫と結ばれて、色々とやきもきさせたり、心配させたり、悲しませたり……それでもこうして此処まで辿り着いて笑顔さえも浮かべている。

 

 それを奇跡とは言わない。

 世界はいつだって必然と事実で出来ている。

 原因があって結果がある。

 

 辿り着く為に必要なのは特別であったり、強かったりする事だけではない。

 

「サナリ」

「……なん、ですか?」

 

 顔を上げた少女の涙を指先で拭う。

 

「あいつにもう少ししたら、我が子を見せに行くぞ」

「え? あ、な?!」

 

 思わず真っ赤になった少女が狼狽えた。

 

「オレはこういう時、そんなに上手くないから……こう不器用に言うしかない」

 

 少し赤い頬の筋を手の甲で拭う。

 

「嫌か?」

「―――嫌なんて、そんなの……決まってるわよ……っ」

 

 胸元に顔が埋められる。

 

「じゃあ、決まりだ。子供に聞かせられない言葉は夜に取っとこう……待ってる……」

 

「うん……うんっ……私の旦那様……あなた……大好きです……エニシ」

 

 心からの微笑み。

 それが人を救うとすれば、自分はもう救われている。

 

 少なくとも、これから先にどんな事があっても、確かに自分はこう思い……戦い続けられるだろう。

 

 幸せは此処にあると。

 その胸にあるモノを抱き締めながら。

 

「ぁ……でも、一つだけ」

「……何ですか?」

 

「塩は色々な料理に入れてもいいが、紅茶と珈琲だけは砂糖にしてくれると助かる……しょっぱいのは勘弁だ」

 

「っ……はい!!」

 

 夜を待たずに少しだけ唇は重なる。

 ほんの少しだけ……啄むように。

 

『じ~~|ω・^)』

 

 そんな様子をドアの外から見ている猫耳幼女+その他の魔王ハーレムの面々にちょっとは空気読めという視線を送ってみるが、何を勘違いされたのか。

 

 顔を真っ赤にした面々はスゴスゴと幼女以外は退散していく。

 

 どうやらまだまだ通じ合うには夫としての経験と修練が足りないようだった。


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