ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第333話「愛しいということ」

「つまり、よく分からないけど、時間が凄く使われて、ザックリ持ち直した間に無限の兵隊とやらは片付けたわけか?」

 

「ええ」

 

 凡そ、嫁連中とのメロドラマ張りに泣いて笑っての時間が過ぎた後。

 

 その当人達があまりに酷い顔になっていたものだから、落ち着いてお色直しする暇くらい必要だろうと風呂に入って顔洗って食事して落ち着いてから戻って来いという類の言葉を投げて退散させた。

 

 もうその頃にはやってきた政治が分かる連中が今は眼前に勢揃いとは行かないまでもそれなりに揃っていた。

 

 月猫の商売上手な老婦人

 オリヴィエラ・チェシャ。

 

 今も女性のままな数字に厳しい大臣。

 ケーマル・ウィスキー。

 

 月亀の戦士。

 ジン・サカマツ。

 

 月兎の良主。

 ウィンズ・オニオン。

 

 月亀の王と王子。

 

 その他の総指揮が出来る連中は大抵が未だ防衛線を動かすのに忙しいらしく。

 

 今は此処にいない。

 

(結果として月は時間が解決したって事になるのか……)

 

 チェシャがさすが商売人というくらいにカッチリした諸々の報告書を持って来てくれたのだが、読み易く分かり易い。

 

 数字が細かい事以外は文句も無く。

 

 この半年以上の事が大別した事件でズラリと並べられていた。

 

「無限の兵隊。麒麟国の大侵略。兵隊の出所が消えた後も各地の残敵掃討戦が捗らず、外には軍隊以外行けない上、麒麟国の首都の結界はそのままで兵隊の残りも集結してて手が出せない、と」

 

「その通りです」

 

 ケーマルが頷く。

 

「ついでに化け物になる病に侵された無限の兵隊が確認されてて、周辺地域は封鎖するしかなくなったわけか」

 

「はい。映像はこちらです」

 

 虚空にケーマルが投影した映像には量産された飴みたいな麒麟国の住人に似たソレが内部から青白い輝きを宿して爆発する様子が映し出されていた。

 

「……そういう事か」

「何を一人で納得している?」

 

 サカマツがジト目でこちらを見やる。

 

「また、何か知ってるのだろう。ワシにも分かる。アレはそういう顔だ」

 

 ウィンズもそれに続いた。

 

「お前ら……結構、そういうのは分かるのな……まぁ、その通りだけども」

 

「で、どういう心当たりがあるのかお聞きしても?」

 

 前々から情報を繋げながらピースを嵌めていた世界の全体像について取り敢えず、掻い摘んで話す事とする。

 

 それからの20分程の説明で彼らの百面相は疲弊したが、許容範囲内だ。

 

「……俄かには信じ難いわね」

「だが、事実なのだろうことがまた何とも……」

 

「要は我々は別の外の世界。その複製である星の時が過ぎた時代に主神によって創造された実験場、という事か?」

 

「よくもまぁ胡乱になる話を聞かせてくれるものだ」

 

 四人が四人とも完全に呆れた様子であった。

 

「で、その世界を複製した力には問題がある」

 

 虚空から生成したホワイトボードに手書き感溢れる解説の図を直接書き込む。

 

「先程言っていたように複製時、バグ……危ないものが紛れ込む」

 

「オブジェクト、か?」

 

「そうだ。更に複製時のデータの再現には恐らく条件が付いてて、人類が消滅する理由の大まかな状況は……恐らく、社会や人類の種としての階梯が関係する」

 

「種としての階梯?」

 

「この月の世界は確かに主神ギュレン・ユークリッドの作品だ。同時に人類が永続して繁栄する為の実験場でもある。だが、それは恐らく複製する機械のバグであるオブジェクトに関連して、人類の消滅過程……さっき言ったような突然、時代の違う人間の入れ替わりが起こる事を防ぐか回避する為のものだ」

 

「つまりは外の世界を救う為だと?」

 

「いいや、救うというのじゃない。実験による再現なんだろう。どうすれば、そうなるのかを何回も検証してるんだ。で、検証が終わった状況では此処を残しておく意味もない。だから、自分の最後の実験の為に地球毎再編する気だ」

 

「再編?」

 

「つまりだ。この世界の全てを一度分解して再構築する。複製の要領に分解を加えて自分で理想的な世界を創る気なのさ」

 

「「「「………」」」」

 

 さすがに誰もが押し黙った。

 

「ヤツが取って来るお前らを納得させる為の戦術は2つ。一つは次の世界でもお前は何も知らずに幸せに暮らせるだろうってな事実をお教えする事」

 

「……もう一つは何かしら?」

 

「単純だ。お前らに上書きすればいい。他の世界の自分に賛同してくれるお前らをな」

 

 さすがに誰もが心胆寒からしめたらしく。

 顔がちょっと青かった。

 

「恐らく。今回の麒麟国の暴走は今回が最後の機会だと知ってのモノだろう。この月面下の恒久界そのものが終わるんだ。ならば、全て滅ぼしても主神を討ち、世界を奪取するってのは普通に考え付く範囲だろ?」

 

「つまり、生き残る為の行為だったと?」

 

「まぁ、お前らにしてみれば、どっちもどっちだがな。だが、麒麟国のトップは消えたって教えてくれたヤツがいてな。もう麒麟国内に上層部は恐らく存在しない。ついでに言えば、それよりも芋虫さんの方が厄介だ」

 

 ワシッとそこら辺をウロウロとしていた芋虫を一匹掴んで全員の前に置く。

 

「―――ッッ?!!」

「し、心臓に悪い?! それ何処から出しました?!!」

「……これが世界を複製する芋虫、か」

「大きいな。コレが何にでもなるのか?」

 

 繁々観られた芋虫はちょっとウゾウゾと蠢いた後。

 

『い、いや!? 薄い本みたいな事する気でしょ!?』

 

 等と気色悪い事を言いながらプルプルした。

 

 喋る芋虫に辟易した様子になる四人だが、もう驚くのにも耐性が付いたのか。

 

 こちらに説明を求める。

 

「こいつが最後にオレを襲ってきたオレみたいな人型の正体だ。何にでもなるって機能に手を加えた過去の連中がいて、恐らくは膨大な数のこいつらの個体を繋げて一つの人格にするプログラムでも奔らせてるんだろうな」

 

「一つの人格?」

 

 ケーマルに頷く。

 

「人類が消滅した際にこいつらに同化されたモノの情報を読み込んで世界を再構成するシステムにしてるんだよ、たぶんは……人格を持つ者は指揮者や指示役って事になるか」

 

「結局、皆その世界を複製する機械に対抗する力……その人類の消滅を止められないのですか?」

 

 ケーマルに肩を竦める。

 

「止めようと色々情報を浚ってみたが、分かった事は一つだ」

 

「何が分かったのかお聞きしても?」

 

「人類が消滅させられる理由は純粋に可能性が無いと判断された場合らしい」

 

「可能性が無い?」

 

「至高天を継ぐに足らず。その上で社会が他地球の人類と共生不能になったかどうかを常に計算されてる、らしい」

 

「らしい?」

 

「まぁ、調べてたら解明するのに膨大な時間が掛かりそうなプロテクトが掛かっててな。でも、十中八九間違いないだろう。そして、そのプログラムを知ってたギュレンはそれを真似て、この世界の初期化システムを組んだ節がある」

 

「……嘗ての文明の多くは他の人類と共生出来ない存在と判定された、と?」

 

「どうなんだろうな。別に可能性が低いだけなら、高めりゃいいだけの事だ。最終的に亡ぼしてるって事は1からやった方が早いって判断した可能性もある」

 

 誰もが自分達の現状を前にして考え込んだ。

 

「今の我々はそれに耐えると思いますか?」

 

「いいや? 無理だろ」

 

 普通に肩を竦められて、四人が今の自分達でも亡ぼす対象になるのかと何処か納得出来なさそうな顔になる。

 

「確かに恒久界は一つになったんだろう。だが、最終フェーズが残ってる」

 

「灰の月との融和、ですか?」

 

 ケーマルが訊ね。

 それに頷きを返す。

 

「そうだ。そして、その先への猶予をあのギュレ野郎が自分の目的の為に待つとは全く思えない」

 

「ちょっと待って。主神の目的は世界の救済プランを詰める方ではないの?」

 

 チェシャが待ったを掛ける。

 

「それは副次的なもんに過ぎない。あいつが考えてる目的を完遂する為の一つの方策として恒久界はある。だが、それよりも簡単に条件を満たす方法をあいつは知ってた」

 

「方法とは?」

「あいつの最大の能力を教えただろ」

「世界の上書き?」

「そうだ。今までそうしなかった理由もようやく分かった」

「どういう事?」

 

「あいつはこの宇宙に縛られてる。ついでに情報を覗くのにも限界がある。深雲を用いた他宇宙情報窃視……それをシステムそのものから制限されてる。これを覆す為の方法は一つだ」

 

「こちらは考え付きもしないわね」

 

「単純だよ。オレに答えを見付けさせりゃいい」

 

「答えを?」

 

「あいつはオレを過去に送り込む時、此処に置いておけなくなったと言った。それも芋虫の襲撃中の事だ。あちらは量子転写技術を用いる関係上、かなり芋虫と相性が悪いし、本来ならば、侵食を防ぐ為にも出て来ない方が良かったはずなんだ。だが、月を侵食され掛かってるのに出て来た」

 

「出て来ざるを得なかった?」

 

「そうだ。あのままだと恐らくあいつが求める答えを見出すオレじゃなくなっちまったんだろう」

 

「……答えを見出す貴方を護る為に過去へ飛ばした?」

 

「それがオレに答えを見付けさせる過去への旅だった。もしかしたら芋虫に敗北する未来でも見たのかもしれない。その場合、あいつが芋虫に勝てる確率は低いだろうしな」

 

 誰もがこちらを見やる。

 

「これでオレの話はお終いだ。で、一つ聞きたいんだが」

「何か気になる事でも?」

 

 チェシャに訊ねてみる事にする。

 

「あいつはどうした? ストレージの破壊を任せたはずだが」

 

「ストレージ? 神の座の事? あいつ……誰の事を指しているの?」

 

「失敗した事は分かってる。だが、漁醤連合の年若い憲―――」

 

 そこまで言って、唇が止まった。

 知っているはずの相手すらも首を傾げた故に。

 

「………おい。ギュレ野郎」

 

『ギュレ?』

 

 呼び掛けられてさっそく出て来た男が一人。

 

 紙袋に顔を付けたタートルネックのおっさんが全てが止まる世界の最中。

 

 自分の鬼みたいな寛いだ様子のまま。

 紅茶を片手にしていた。

 

「あいつはどうした?」

 

『分かり易く言えば、今も止まったままになって貰っている。さすがに今、研究員を失うのは避けたいのでね』

 

「更に上書き。念入りだな」

 

『君程じゃないよ。我が親友』

 

「で、オレの答え合わせの点数は?」

 

『120点くらいあげよう。200点には足りないが』

 

「ああ、そうかい。お前が望むのは300点だものな」

 

 ギューレギュレギュレと高笑いする紙袋は肩を竦める。

 

「どうして、そこまでする」

 

 フッと男が虚空から降りて、対面に座る。

 

 テーブルの上にはいつの間にかクリームが添えられたスコーン。

 

 更に一口サイズの小麦菓子の類が乗ったカートが横に用意されている。

 

 全員が室内の端の席に並んで行儀よく座っていた。

 

「君は同じ時を刻んだ二人が別れる日。どんな気持ちになるか考えた事があるかね?」

 

「関係に因るだろ」

 

「親友。実のところ私が欲しかったカシゲ・エニシに君はとても近い」

 

 こちらの答えをどう捉えたのか。

 男は紙袋の瞳を細めてこちらを見る。

 

「近い、と来たか。オレは()()のはずなんだがな」

 

「ギュレギュレ♪ 分かっているじゃないか。だから、近いと表現した」

 

「オレが混じりものみたいな言い方だな」

「違うのかね?」

「………」

 

「君の大方の予測。いや、予想通り。宇宙の終わりに君が望んだ世界こそが、このオリジナルの宇宙だ」

 

「で?」

 

「私が生まれて来る事も、私が君と出会う事も、実のところ君の仕業だ」

 

「だから?」

「だが、それにしてもオカシなことがあるのだよ」

「どんな?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は単なる予定調和だった。何故ならば、深雲のブラック・ボックスを解析するのはギュレン・ユークリッド以外にいないからだ」

 

「………」

 

「私はあの蛸の化身にその疑問を訊ねた事があるのだが、それも要領を得なかった。彼は人類を見守りはしても導きも慰めもしない。だが、全てを知っている」

 

「ほう?」

 

「だから、ギュレン・ユークリッドは考えたわけだ。幾つもの可能性を……私、わっち、僕、吾輩、僕ら、彼ら、彼女ら、我々は……」

 

「答えは出たか? その疑問とやらに」

「ああ、出た。この世界には一つ嘘が混ざっている」

「嘘?」

 

「それが何かは分からない。だが、何か致命的なものが嘘に塗り固められている。この嘘を突破せぬ限り、私は到達しない」

 

「なら、どうする?」

 

「古来、男同士が白黒付ける時の作法は決まっているかと思ったが?」

 

「ボードゲームでもするか?」

 

「親友。君との殴り合いを所望する。至高天に至り、至高天を従え、巨大なる大宇すらも制御する君……決闘だ」

 

「……お前が男ならな」

 

「ギューレギュレギュレギュレギュレ♪」

 

 ゲラゲラとギュレンが本当に心の底から可笑しそうに笑った。

 

「至高天の審判はもうすぐ。この月が最初の上書き対象となるだろう」

 

「そうか」

 

「決闘の時刻はこの月が滅びる2時間前。月蝶のアクセスポイントに来たまえ。芋虫君と戯れるのも程々にしないと時間切れとなるだろう」

 

「心得ておこう」

 

 男が立ち上がる。

 

「己と世界に決着を付けよう。親友」

「何の事かさっぱりだな。狂人」

 

「そう言うと思っていた。そうだな……世界が君を受け入れるのではない。君が世界を受け入れるかどうか。それが問題だった。最初からずっと……」

 

「お前は受けれたのか? 世界とやらを」

「いいや、だから、こうして此処にいる。君と同じくな。親友」

 

 紙袋がゆっくりと上げられる。

 其処には顔の無い人間がいた。

 いや、無いというのは違うか。

 

 何故ならば、まるで黒いクレヨンで落書きしたような乱雑な線に塗り潰されたような何かがいただけだからだ。

 

 それにゆっくりと燃えるような深紅の単眼が三つ。

 

 ―――【宇宙を渡る真理には幾つかあってね】

 

 声が声として聞こえない。

 

 いや、理解されているという意味でならば、脳裏にもう相手の声が終わりまで存在している。

 

 ―――【第1観測者ではない私があの君の母上似の彼女の力以外で此処に到達するにはこういう方法しかなかった】

 

 情報として再生されているだけだ。

 最初から在った事になっている、のだろう。

 

「その輝き……量子転写技術ってのは……」

 

「さて、どんな原理だろうと形態の一つに違いない。何処にも在って、何処にも無い。それが宇宙の原初……どのような理屈で宇宙に摂理として刻まれたのか。それを知ろうとすれば、何れは到達する。あの蛸の化身が君を気に入るように……【神の場】を極めし者もまた知るのだ。それが一体何なのか」

 

 男が指を弾く。

 

 すると、もう現場は最初の状態に戻っていた。

 

『あの芋虫君も同じ。自存の源を祖とするモノ……旧き宇宙の理を記した鍵にして石板の守護者……我が燃える三眼に比しても強大なるモノの眷属』

 

「いきなり、中二病だな」

 

『そうかね? ギアーズも元々は沈んだ大陸の一部だったのだよ。海の底に都市の主たる彼と共に眠っていた都市国家群の一つだ。そして、君は長き時の果てに彼の力を宿した』

 

「………」

 

『では、種明かしもしたし、これで失礼しよう。手を出してくれ』

 

 言われた通りにすると。

 手の甲に紅の輝きと蒼き輝きが渦巻いた。

 その燐光は最後には収束し、紋章となる。

 

 それは歪んだ五芒星の中央に炎のようなものが刻まれた印だった。

 

『招待状だ。宇宙の終了前には片を付けよう。では、良い夜を。親友』

 

 目を細めて、男が消えていく。

 全てが終わった瞬間。

 ドッと扉が弾け飛ぶように開き。

 嫁やら他の連中がドシャッと山盛りで倒れ込む。

 

 まぁ、最前列が屈強な護衛や男連中だったので問題は無いだろう。

 

「エニシ殿!! 教えたい事があるのでござるよ」

「お前が何一つ何も変わらない様子で凄く安心した」

 

 ござる幼女がそれはそれで複雑と頬を膨らませる。

 

「エニシ!! ガルンも伝えたい事があるの!!」

 

「分かった。この後教えてくれ。丁度秘書役が欲しいと思ってたんだ」

 

 桜色の少女がコクリと満足そうに頷く。

 

「エニシ!! ゆ、夕食は何がいいですか!!」

 

「塩の国のお姫様もすっかり今じゃ料理人だな。今日は薄味で量があるものにしてくれるか?」

 

「はい!!」

 

 あの国が誰によって今は立て直されたのか。

 それだけで伝えようと決める。

 

「カシゲェニシ様!! 私もおりますよ!!」

 

「はい。料理、楽しみにしてます。というか、前より何か大きく……」

 

「じ、実は此処に来てから身体が軽いせいか。更に3カップ程大きく……おひいさまにも驚かれました。きゃッ☆」

 

 パーフェクト料理メイド超人が更に胸部装甲を増加させてしまった胸威もとい脅威に戦慄しながら笑みを引き攣らせるしかなかった。

 

「久しぶりに一緒のご飯食べるのよ♪」

 

「豆の国も色々あったからな。後で伝えたい事がある。付き合ってくれ」

 

「?」

 

 さすがに真面目な顔で言うと首を傾げられる。

 だが、伝えずにはいられないだろう。

 それはきっと一番大事な事だから。

 

「だ、旦那様の事をずっとお待ちしていました!!」

 

「ちょ、見えてる!? 下着見えてるから!? つーか、何であのブティックの下着着込んでるんだ!? 此処月だよね?! それといつの間にそんな過激な下着着るようになったんだ?!! お義父さんが泣くぞ!?」

 

 カレーの国の皇女殿下が思わずちょっと零れ掛けたドレスの胸元を直してから赤くなった。

 

 旦那様がお色直しして来いと仰られたのでゴニョゴニョと言われ、そういう事を期待しているように聞こえたのか、と。

 

 それに気付けなかった自分の覚悟も大した事無いなと溜息を吐く。

 

「魔王閣下……ずっとお待ち申し上げておりました」

 

 さすがに月兎の姫君。

 

 ちゃんと取り繕って来いと言えば、正装してくるのが当たり前だったのか。

 

 白いドレス姿で白い耳がピンと伸びていた。

 

「さっきとは大違いだな。涙も鼻水もグチャグチャだったのに」

 

「あ、あれは!!?」

「冗談だ。後でちゃんと話そう」

「は、はい……」

 

 中から一抜けしたのは一番小さい月猫の幼女であった。

 

「まおう。あのひととたたかうー?」

 

「ああ、お前は何となく解るのか。まぁ、その内だ。それまでは此処にいるからボードゲームの相手してやる。今度は負けないぞ?」

 

「ッ~~~うん♪」

 

 幼女も大満足の様子で尻尾がユラユラ揺れた。

 

「……遅いですよ。我々の雇い主の癖に……」

 

 背後に仲間達を連れた探訪者のリーダーの少女がこちらをジト目で睨む。

 

 どうやら身体はちゃんと問題無く動いているらしい。

 

「魔王さん。ようやく帰って来たってさっき泣いてたよね?」

 

「だ、だめ。それは秘密デス!?」

 

「ま、まぁ、いいんじゃないかな。どうせ、目元でバレバレだろうし」

 

「つーか。オレ達とも久しぶりなのにな」

「~~~~ッ」

 

 仲間達からの散々な言われようにガォオッと後ろへ怒りを露わにしたリーダーだったが、さすがに仲間達も半笑いでマァマァと宥めに入る。

 

「うぅうぅ~~この数か月どんなに大変だったか~~ようやく帰って来たよ~~~」

 

「ダメ。魔王に心を許したら、また篭絡されちゃう!!」

 

「それだともう篭絡されてた事があるように聞こえるんちゃう?」

 

「!!?」

 

「お前らも変わんないな。何かライダースーツっぽいの来てるけど」

 

 月兎の三人娘がいつもの漫才を繰り返していた。

 

「うぅう、ようやく会えました!! エミ!!」

 

「そうよそうよ!! どれだけこっちが苦労してたと思ってんの!?」

 

「お前らは……まぁ、健康そうで何よりだ。あ、後で増えた仲間の事を色々相談したいと思うから、執務室まで来てくれ」

 

 二人の少女。

 

 否、男ノ娘達が少しだけ目の端に涙を貯めながらもコクンと頷いた。

 

「お前らの顔見たら……安心した」

 

 思わず苦笑が零れる。

 それに誰もがどうしたんだろうという顔だ。

 

「オレがいない間。迷惑を掛けた。そして、よく頑張った……後は適当にこっちでやっておく。しばらくはゆっくりしとけばいい。その内、嫌でも忙しくなるからな……まずは戦争を終わらせようか」

 

 月兎、月猫の従者達4人が『ようやく帰って来たんだから、魔王として当然だ』と言いたげな瞳でこちらを見てジト目になっていた。

 

「あ、それと一つ嫁連中には言っておく事がある」

 

 そう言っている間にも最後の一人が扉の先から顔を見せる。

 

「………綺麗だぞ。フラム」

 

「ッ」

 

 慣れない白のドレス姿で思わず恥ずかしくなったのか。

 

 怒りたいのに怒れないような染めた頬でいつもならば拳銃くらい撃ってきそうなフラム・オールイーストがこちらを少し悔しそうに睨む。

 

「嫁がもう2人増えたが、それは後回しだ。恐らく今後どんな事があってもオレの中で一番のニュースにならない大ニュースを発表する」

 

 ゴクリと唾を呑み込む嫁多数。

 

「お前らにオレの子を産んで欲しい。お前らを抱きたい。覚悟を決めて来たので今日の夜から望むヤツは来ればいい。オレは来るもの拒まずだ」

 

 場の空気が沈黙に支配された。

 

 いや、月の空気が全て静かになったような錯覚すら持った。

 

 もしかしたら、全宇宙が静止した、ような気もする。

 

 が、無常にも刻の歯車は回り出し。

 

「きゅ、急報です!! 麒麟国監視部隊より伝令!! 結界が解け、内部から巨大な麒麟国の兵らしきものが数十体出現致しました!!!」

 

「分かった。オレが行く。魔王様の帰還祝いだ。通信観測部隊に号令を掛けろ。全ての情報通信機器に映せってな」

 

「は、はい!!」

「行くぞ。ネロト」

「はぁい♪」

 

 いつの間にか固まる嫁の背後にネロトがスタンバっていた。

 

 嫁達の横を抜けて通路を歩き出すと。

 まだ固まっているようだ。

 

 そして、大使館を出ようとしたところで大使館が火の海にでもなったかのような声の嵐が周囲には響き。

 

 テロか何事だと兵達がてんやわんやする事になるが、それはまた別の話。

 

 取り敢えず、元副総帥を横にして残った案件を片付け始める事が決定する。

 

 言ってしまった以上は覚悟を決めよう。

 誰が何を言おうが戦う準備は万全だ。

 

 これでも普通の青少年らしい健全な感情とか欲望とか持っているわけで爛れたエロい生活は望むところだ。

 

 物語ならば、これで第三部完的なエンドマークが付く事であろう。

 

 だが、生憎と物語の果てまでも語り尽せぬ今を望む身には全て途中。

 

 左手の甲に刻まれた刻印が言っている。

 終わりはもうすぐだと。

 

 それを証明するかのように太陽の異常活性が報告され、太陽の軸線上の二極には巨大な……文字通りの日の柱が立ち上り始めている。

 

 それが滴のように切れながら太陽系内に巨大なフレアを放射する様子は差し詰め、紅蓮の滴。

 

 炎を降らせる世界の終焉を前に全ての人類に号令を掛ける。

 

 宇宙で色々手を揉み揉みしているだろう米国とか、地表のJAとか、未だに応答が無い邪神連中とか。

 

「さ、終末の後片付けといこうか」

「?」

「何でもない」

 

 そう横の元副総帥に笑って、空に飛び上がる。

 

 世界は変わらず美しい。

 

 どんな理由があるにせよ。

 

 終わらせる事など出来そうもないくらい。

 

 確かに……大切と思えたのだった。


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