ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第35話「空飛ぶ魚の胃袋で」

―――帝国領内国境地帯少数民族自治区旧ハヤシ族領、領空。

 

 カレー帝国。

 その歴史は一言で表すならば、貪欲という単語に尽きると言う。

 元々は高耐性者の多い香辛料類原産地であったらしい。

 だが、時に400年前。

 未だ小国に過ぎなかった其処で一つの料理が生まれた。

 それがカレーの起源なのだとされる。

 

 当時、多数の香辛料への完全耐性と複数の動物性蛋白源及びバターや小麦に対する耐性が国民の数割にバラバラながらも在った国は其々に食べられる材料を煮込む料理としてのカレーに熱狂した。

 

 今まで彼らは周辺国の一部の煮込み料理によって国家統一を為していたシチューやハヤシ、ボルシチと言った諸民族にただ香辛料を提供するだけの弱小国だった。

 

 だが、カレーの普及と同時に香辛料の本当の力が発揮され始めた。

 

 複合されたスパイスと蛋白源の煮込み料理が栄養価と健康面に比類無き革新を齎したのだ。

 

 それは周辺の大国であった地域においては発想され得なかった思考。

 煮込み料理に香辛料を使うのは必須ではあったが、絶対ではなく。

 

 香辛料そのものの耐性も然して多くなかった諸国は殆どがスパイスを味付けの風味付け程度にしか思っていなかった。

 

 その思想は当時の香辛料原産国にとっても同じであったが、一人の料理人が革新的なスパイスの複合技術と旨みを最大限に引き出す煮込み料理を開発。

 

 香辛料の国は100年せずに自身をカレー帝国と名乗るようになる。

 地域の人々はただカレーのみを食し、あらゆる食材をカレーに取り入れた。

 

 それを許容するだけの度量がカレーという料理には有り、帝国は精強な国民と兵隊によって周辺諸国を蚕食、肥大化しながら血統の統合を促進、瞬く間に広がっていった。

 

 帝国領内には多種多様無限とも思えるカレー料理の系統樹が根を張り、人々の耐性に合わせて進化しながら先鋭化されたのである。

 

 結果、周辺の煮込み料理に端を発する国々や民族はスパイスの魔力によって力を得た帝国に敗北し、統合される運びとなった。

 

 現在の国家の雛形が出来たのは約80年前。

 周辺国で最大の栄華を誇っていたシチュー皇国を併呑した時節。

 

 煮込み料理を基礎とする全国家の吸収により、超国家と化した帝国はカレーの核心である香辛料の保存と供給が安全に行われる限界の距離を持って、侵略を停止。

 

 以後、大陸最大の国として君臨し続けている。

 

「………まぁ、甘口が至高だな」

 

 とりあえず、読まされた本を閉じる。

 

 カレー帝国の発足から発展までを事細かに書いてある分厚い辞典のような書籍の内容は要約するとそういう話だった。

 

 外を見れば、世界は暑さに茹だるような密林や無数の畑らしき薄い緑色の耕作地帯が続いている。

 

 帝国の辺境には特定の香辛料を産出する土地、油分を含んだ植物が取れる土地が点在しているらしく、カレー原料のみが生産されているのだと言う。

 

 都合二日。

 

 乳の国から逃げ出しての逃避行は順調に推移していた。

 

 飛行船の移動速度が遅くとも、天候以外で運行が妨げられる事は無い為、かなりの距離を移動する事が出来たのは大きい。

 

 道中、サナリがオリーブ教の料理人にレシピを貰って見習いとして働き。

 こちらは聖女様のご機嫌取りをさせられた。

 ヴァルドロックは運行中、あまり艦長席を離れる事が出来ないらしく。

 

 シーレスにしても、常に飛行船の状況と航路の確認に追われていた為、暇を持て余したパシフィカを押し付けられた。

 

 とにかく人員が足りないとの言葉に偽り無く。

 

 しかし、大抵の仕事は技術職で無ければ無理な為、力仕事以外は与えられた部屋……開けっ放しの牢にいるか。

 

 または聖女様のお守りをしていろという話はこちらとしても拒否するようなものではなかった。

 

 パシフィカ・ド・オリーブの相手で分かった事は三つ。

 パシフィカの精神年齢は外見年齢よりもかなり幼い。

 また、最低限の教育は施されているが、あまり物を知らない。

 そして、これが最も大きい事だろう。

 少女はとても自分が特別だと信じている。

 その自信の源は全て他者、要は信者達からの言葉で出来ており、自尊心は旺盛だ。

 

 だから、自分には何かを変える力があると確信しているし、ちゃんと相手が話を聞いてくれるなら、出来ない事は何も無いと思っている。

 

 悪い奴は改心させて、良い人には女神の祝福を。

 終始そんな調子だった。

 

 だが、その普通ならば、完全に嫌味というか現実を知らない発言にしか聞こえない言葉がすんなりと耳に入ってくるのは人徳の賜物か。

 

 本当の意味で人の心を動かすに足りる素質を持っているのか。

 少女には理屈では説明出来ない安心感とこの人の為に働きたいと思わせる力があった。

 真に人を惹き付けるカリスマ。

 天真爛漫な笑顔が決して単なるハリボテではないと思わせる何か。

 時折、物事の核心を突く透明な瞳は普通の少女には無いものだ。

 

(あれでオママゴト好きじゃなくて、口が良ければな)

 

 オルガン・ビーンズでの教育は基本的に下層民に対して厳しい。

 少女の言っていた粗暴とか蛮族とか言うのはどうやらスタンダードな思想らしく。

 彼女の言動は渡されたオリーブ教の教典を見る限り、特別なものではない。

 

 選民思想の権化みたいな部分を除けば、オリーブ教は確かに優れた人材を輩出出来る教義と教育方針の塊だった。

 

「A24!! 今度はあたしの番だわ!!」

「ああ……」

 

 複数の木の棒を積んで少しずつ崩していく遊び。

 要は引き抜いて崩れたら負けというアレによく似た遊戯を始めて二時間。

 聖女の寝室での勝負は現在六勝七敗を迎えていた。

 愛らしく桜色の小物や壁紙で統一された室内の中央。

 

 小さなテーブルの上に詰まれた積み木のようなソレは船体の揺れで一度も崩れていない。

 

 丁寧な運行と天候を読んで低気圧を避けての航路。

 航海士であるシーレスの有能さはかなりのものだ。

 カレー帝国の国境付近を西回り航路で迂回して一日。

 

 目的地にそろそろ到着という話だったが、後二時間以上はそのままとアナウンスがあった。

 

 このまま何事も無く着けば、後は渓谷に入る前に人員を降ろして他は飛行船の中で待機という手筈になっている。

 

 パシフィカを同行させられないというのは共通認識。

 

 最初はシーレスと他の人員達だけで交渉に向おうという事になっていたのだが、途中で当の聖女様は『シー君は弱いからパプリカを連れてって!!』と提案。

 

 実際、ヴァルドロックがいなければ、戦力と数えられる人間は飛行船に乗っていない。

 

 聖女様から離れるわけにはと渋ったカイゼル髭だったが、主からのお願いに結局折れた。

 

 シーレスとヴァルドロックと他三人が交渉へ出向き。

 後に残った者達でお留守番。

 

 事前の話し合いで交渉が成功するにしろ失敗するにしろ彼らの合図を待ってピックアップするという事になっていた。

 

「ん~~~、あッ!!?」

 

 十分程も何処を取るか悩みに悩んでいたパシフィカの指がタワーに触れ、カラカラと木の棒が崩れる。

 

「これで七勝七敗だな」

「大丈夫よ!! あたし、コツは掴んだわ!!」

「それ言うの三回目だぞ」

「ぅ?! A24は意地悪よ?! 勝負中にご本を読むなんて!!」

「待ってる間は暇だからな」

「もう負けないわ!! あたしに出来ない事なんて無いんだから!!」

「それ言うの六度目だぞ」

「う?! 人の揚げ足を取るのは良くない事だわ!!?」

 

 今度は絶対勝つというやる気を拳で表現しつつ。

 もう一回勝負だとパシフィカが棒を組み始めた時だった。

 船体がグラリと左に傾いた。

 テーブルが窓際へと滑っていき。

 咄嗟に相対していた少女の身体を引っ張って抱き締める。

 

「?!」

 

『聖女様!! 大丈夫ですか!? 後、一分程で船体を元に戻せるかと思うので少しお待ちを!?』

 

 艦内放送の声と共に周囲が慌しくなる。

 どうやら故障か船体の破損でも起きたらしい。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ、大丈夫に決まってるわ!!」

 

「そうか。それにしても……どうやら高度を落としてるな……また墜落は勘弁して欲しいが、危なくなったら部屋の外に出よう」

 

「う、ぅん」

「………どうかしたか?」

 

 何やら急に大人しくなったパシフィカが視線を俯けていた。

 

「何でもないわ……少しだけ、昔を思い出しただけ、だから……」

「昔?」

「シー君が来る前はアーモンド号と同じものにいつも乗ってたから」

「……そうなのか?」

 

 新しい情報に思わず訊ねる。

 

 飛行船の不具合だらけな状態から見て、発掘されてから然して時間が経っていないと思っていたのだが、どうやらそれ以前にも同型のものはオルガン・ビーンズにもあったらしい。

 

「お父様はコレをみんなが一つになる船なんだって言ってた」

「みんなが一つに?」

 

「ぅん……このお船をもっともっと上に飛ばしたら、きっと国なんか境目なんて分からなくなって、みんなが大陸は一つのお家なんだって思えるはずだから……」

 

「………」

「A24はどう思う?」

 

 それはとても、とても悲しげで気弱な瞳だった。

 いつもとは違う。

 眉を八の字にして、こちらを見つめるのは天真爛漫な聖女様ではなく。

 歳相応の少女に見える。

 

「お前のお父さんはきっとロマンチストだったんだな」

「ろまんちすと?」

「理想を実現するかもしれない人って事だ」

「理想……」

 

「確かにみんながそんな光景を見られたら、少しは他の国の人達の事を気に掛けて、前よりも少しだけ争いは減るかもしれない」

 

「無理だと思う?」

「無理だとは思わない。でも、無茶だと思う」

「そう……」

 

 瞳がそっと瞑られた。

 

「でも」

「?」

 

 見上げてくる顔に苦笑する。

 

「少しずつ、そんな理想を見てみたいって()()()が集まったら、ちょっとだけ前に進んで……いつかはそんな思いだって叶うかもしれない」

 

「A24……」

 

 頭を撫でて、傾いた窓から見える世界に視線を向ける。

 

「一人で生きている間に出来る事なんて、たかが知れてる。だから、それが本当に叶えたい思いなら、誰かに託したり、受け継いでくれるよう頑張るべきなんじゃないか? 差し当たってはお前が一緒にやってやったらどうだ?」

 

「……A24は一緒にしてくれないの?」

「別に構わないが、暇な時でいいか?」

「うん♪」

 

 いつもの笑みが戻ってきた少女にそろそろ傾きが戻るだろうと告げようとした時。

 衝撃が船体を襲った。

 

「ッ?!」

「きゃ!?」

 

『こちら操舵室!! 後方に敵影!! 後方に敵影!! 聖女様!! 最悪の事態です!! 事前にご説明していたと思いますが、左通路の角に向って下さい!! 総員脱出の準備を!!』

 

「な?! 敵影?!」

 

 一瞬、航空機でも来たのかと思ったが、それならば、とっくの昔に飛行船なんて蜂の巣になっているだろう。だが、機関銃のような音は聞こえなかった。

 

 ならば、可能性はさっきパシフィカが言っていた同型の飛行船とやらくらいしか思い浮かばない。

 

「A24!! こっちよ!!」

 

 傾きが一瞬、水平に戻ったのを見計らって、俊敏に立ち上がったパシフィカが扉を開いて、こちらに手を伸ばしてくる。

 

 それを取って通路に出ると既に艦内には煙が薄く漂い始めていた。

 

「こっち!!」

 

 手を繋いだまま走り始めた少女を追い掛ける。

 傾きが大きくなりつつある最中。

 再び、撃音と衝撃が船体を襲った。

 

 転びそうになるのを何とか堪えて目的地らしい場所まで行くと既に男女が数人、エアロックらしい場所で着替え始めていた。

 

「シー君とパプリカは!?」

「聖女様!! まずはご自分の着替えを!!」

 

 男の一人が着替え……パラシュートが入っているのだろうリュックらしいものをテキパキとパシフィカの身体に取り付けていく。

 

「でも!?」

 

「今、お二人はこの船の傾きを何とか抑えています!! 高度は落としていますが、落下速度が速ければ、どうなるか分かりません!!」

 

「わ、分かったわ。じゃあ、A24にも着せてあげて!!?」

「―――」

 

 男がそこでハタと気付いたらしく。

 顔を僅かに沈鬱なものにした。

 

「……パシフィカ、オレはちょっとサナリを探してくる。先に行っててくれ。それとそこのアンタ」

「何だい?」

 

 よくよく見れば、相手は最初に牢屋を開けた男。

 その瞳には今言った言葉が何を意味したのか理解した色があった。

 

「タンデムはあるか?」

「タン、デム?」

「二人で降りるやつだ」

「それなら、一つだけ……もしもの場合に備えて一人分の予備が」

「A24!! それを―――」

「いや、サナリが此処に来たら頼む」

 

 少女の声を遮って、男に視線を向ける。

 

「……分かった。必ずそうしよう」

「?!」

 

 男が頷いてようやく全員分のパラシュートが無いのだと気付いたらしく。

 少女の顔が青くなった。

 

「A、A24!? どうするつもりなの?! 落ちちゃうかもしれないのよ!?」

 

「一応、どうにかする方法はある。だから、そんなに慌てるな。今からサナリが来ると思うが、出来れば、あいつと一緒に降りてやってくれ。じゃあ、行ってくる」

 

「A24?!」

 

 背後で聖女を諌めようと信者達が抑えるだろう事は分かっていた。

 そのまま煙が濃くなり始めた通路を走って、操舵室へと向う。

 

 其処には既に落下用の装備を身に着けたシーレスとヴァルドロックが何とか操舵しながら、船体の水平を保とうと奮闘していた。

 

 他の人員はもうエアロックに向っているらしく二人だけだ。

 

「おい!! 落着速度は!!」

「君ですか。済みませんが、此処で死んでもらう事になりそうです」

 

「分かってる。だが、サナリの分くらいはあるだろ。確認して来た。あいつだけは助けてやってくれ」

 

「……エーニシ君。自分が一体何を言っているのか。分かってるのか?」

 

 ヴァルドロックがカイゼル髭を煤けさせて、こちらを見つめてくる。

 

「分かってなかったら、此処に来ない。もしも速度が殺せないなら、高度は最低でも800以上は維持しろ。飛び出してすぐに地面でぺしゃんこになりたくなかったらな」

 

「ッ、どうやら本当に当たりだったようだ。怪しんではいたが、最初から君はこの船の事を知っていた。違うか?」

 

 シーレスの言葉は常と同じで声音だったが、その額には球の汗が浮かんでいる。

 

「今はそんな事言ってる場合じゃない。死にたくなけりゃ、とにかく水平と高度を保て!! それでサナリの事は知ってるか!!」

 

「彼女ならば、さっきエアロックに誘導した」

「そうか。あんたらはどうする?」

 

「我々は限界まで此処で操舵する。だが、心配無用だ。すぐ下にエアロックがある。このまま、開けて飛び降りればいいだけだ」

 

「分かった。じゃあ、一つ教えてくれ」

「何だ?」

「この飛行船の貯水タンクは何処にある?」

「そんな事を聞いてどうす―――」

「いいから答えろ!! 残ってやる人間の最後の頼みくらい聞けよ!!」

 

「此処から右の通路を突き当たりまで行くと床に下りる為の梯子がある。その梯子を降りた先にタンクがある」

 

「ありがとよ。とりあえず、礼は言っておく」

 

 そのまま操舵室を出て再びエアロックまで戻ると完全に煙が充満し始めていた。

 何とか辿り着くと既に男女が一人ずつ飛び降りている。

 それにしても初めての経験にして体験なのだろう。

 誰もが絶叫していた。

 

「エニシ!?」

 

 先程の男がタンデムでパシフィカを前にして飛び降りた。

 その先にはこちらを向いている一人用のリュックを背負ったサナリがいた。

 

「サナリ!! ちゃんと説明聞いただろうな!! そいつの引っ張る部分はこの船から離れてから引くんだぞ!! それと絶対に他の人間の傍で開くなよ!! 絡まったら死ぬからな!! 後、言うまでもないが地面からちゃんと距離を取って引かないとパラシュートが開かない!! いいか!! 何が何だか分からなかろうが、とにかく今言った事はちゃんとやれ!!」

 

「エニシはどうす―――」

「お願いします」

 

 サナリの背後で待っていた女性に軽く頭を下げる。

 それに相手は頷いてくれた。

 

 その瞳に僅か悲しげな光があったのはたぶん夫婦だとシーレスから聞いていたからだろう。

 

「エニ―――」

「行け!! 死ぬなよ!! 後で合流するんだからな!!」

 

 声が遠ざかっていく。

 女性に連れられ、サナリの姿が空の中に消えていく。

 だが、それを見続けていられる状況でも無い。

 すぐに踵を返して咽そうな通路の中を進んだ。

 完全に充満する黒煙の先にようやく目的地を発見する。

 床には確かにロックする場所があり、それを思い切り捻ると下に外れた。

 梯子を降りると暗い場所に出る。

 僅かに非常灯が照らし出す赤い世界。

 

 鎮座している二つのタンクをよく見れば、やはり内部を確認する為の蓋らしきものがある。

 

 梯子の付いたタンクを昇り、確認してみれば……蓋のロックは開けられそうだった。

 人が入れる程の大きさだ。

 

 これで入れなかったらどうしようかとも思っていたが、その場合は一度死んでから燻製や焼き魚みたいにならずに済む事を祈るだけだったので、事態は最悪から三番目くらいに良いだろう。

 

 蓋を外せば、まだ水が豊富にある事が分かった。

 内側から閉めるようにして、内部へと飛び込む。

 すると鍵こそ掛からなかったが、光がしっかりと遮断された。

 

 頭を両手で抱え、息だけは出来るよう頭部を水面から出して、沈まないよう立ち泳ぎを開始する。

 

 後、何秒。

 いや、何分。

 分かりもしない恐怖がジリジリと正気を削っていくのが分かった。

 それでもこれ以上に何かをしようもない。

 衝撃を和らげる水。

 煙と炎を遮断するもの。

 もし衝撃で死んだとしても、水さえあれば、蘇生後にすぐ干乾びる事も無いだろう。

 人は一週間、水さえあれば生きていける生き物であるからして。

 

「………さすがに格好付け過ぎたかな……」

 

 今更のように不安感が押し寄せてくる。

 

 一番嫌なパターンは死に切れない傷で長く苦しんだり、延々と蘇生しなければならないような貫通する傷を受ける事だ。

 

「ッッ、クソ……今更だが、死にたくないな……まったく……ゲーマーにはハード過ぎだろ」

 

 思い浮かべる最悪を何とか頭を振って打ち消す。

 楽しい事を考えるのだ。

 今まで出会ってきた人々の事。

 日常と成り始めた日々の事。

 面白い事は幾らだってあった。

 

(フラムはまた追ってきてるんだろうか……そうだったら、後でド突かれよう……リュティさんがもしも付いて来てたら、好きな料理をリクエストしてみるのもいいな……百合音は……まぁ、ちょっと撫でて慰めてもらう的な健全方向で……)

 

 自然と震えが止まる。

 現金なものだ。

 死にたくないと思うよりも、明日を夢見た方が気楽で生存確率も高そうに思えるのはどうしてか。

 

(オレには………まだ食卓を囲みたい人がいる……死ねるか……)

 

 衝撃。

 爆発音。

 そして、一気に浮遊感が襲ってくる。

 

(来た!?)

 

 息を吸い込めるだけ吸って、胎児の真似事をする。

 ギュッと頭を抱えて、身を縮めて、衝撃に備えた。

 

(……父さん、母さん……これが夢なのか。あるいは死んだ後の世界なのか。ラノベみたいな異世界への招待だったのか。分からないけど……報告するよ……)

 

 浮遊、落下、回転、衝撃。

 

(約束した奴が、借りのある奴が、笑わせたい奴が、助けたい奴が、出来たんだ……だから、オレは……生きる……この力の限りに!!)

 

 回転、衝撃、浮遊、衝撃、回転、強打、強打、強打―――。

 意識が遠ざかっていく。

 身体がどうなっているのか分からない。

 それでも一つだけは確かだ。

 傷付いても、生き残れる可能性は0じゃない。

 そう奇跡を信じてみたいくらいにはまだ、諦め切れなかった。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

【エニシィイイイイイイイイイイイイ?!!!】

 

【エーニシィイイイイイイイイ!!!! ダメなのよ!!? 死んじゃダメぇえええええええええええ!!!!】

 

【聖女様は無事か!?】

 

【“ぱらしゅーと”は無事に開いています!! まずは合流を!! あまり近付き過ぎないで近くに下りるべきです!! 着地に備えて下さい!! 船長!!】

 

【く、若者を死なせたか!? 聖女様の前で死人を出すとはこのヴァルドロック一生の不覚!!!】

 

【アレは!?! 陛下のヘーゼル号?! 連中ッ!? アレに砲を?!! クソッ!!?】

【死んじゃダメなのに……ダメ、なのに……ッ……ッ……】

【馬鹿ッッ?!! 馬鹿ッッ!!! 本当にまた生き返れるのかだって、分からないのにッッッ!!?】

 

【陛下の指示無しに拘束が解かれる……つまり、()は既に継承の儀に入っている?!! もはや一刻の猶予も我々には無いのか!?】

 

【何だ……船長!! アレをッ!!?】

 

【ヘーゼル号が燃え出しただと?! まさか、連中よく分かりもしないのに使っていたのか?! 馬鹿な!?】

 

【あの燃え方……何だ……上空から何かに焦がされて? ッッ?!! マズイ!? 爆発するぞ!!! 各員!! 姿勢を保てぇえええええええええええええええええ!!!!!】


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