ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第324話「真説~語り尽きるまでに~」

 

 今や全ての神からの連絡が途絶えた神殿の大半はその上層部が辛うじて組織を統制し、維持する事に成功している。

 

 その中で唯一、自身の神の声を聴ける神殿として機能している場所こそ魔王神殿。

 

 新たなる神となった魔王と付き従う神々による合同運営の新興宗教組織であった。

 

 魔王軍が内政にも首を突っ込むトップダウンの組織であれば、魔王神殿は人々が神の託宣と自らの行いによって市井から意見を汲み上げるボトムアップ型の組織と言える。

 

 その二つの組織の業務は多くが重複しているが、明確な線引きがされているところもあり、特に政治に介入する宗教の影響力に関するあらゆる法律と役所仕事、民間の教義教則に関連しては魔王神殿が同盟において一手に引き受ける事になっていた。

 

 月蝶の軍が大幅に後退し、今も最前線だった陣地で何とか生き残っている事は魔王軍も理解していたが、その奮戦を傘に来て同盟内で勢力を拡大しようとする神殿諸勢力がいる事は遺憾ともしがたい事実。

 

 多くの国家、国民にとって神殿とは正しく今まで生活に密接に絡んでいた半行政半福祉の組織であり、その意見に賛同する者達は多い。

 

 神の声が聞こえなくなった後。

 

 魔王軍の庇護下に入った者達の中には魔王こそが神々を怒らせた張本人であるという事を公然と言い放つ信心深い者達も一定数おり。

 

 そういった人物達は旧来の神殿に全幅の信頼を置いている者達が大半であった。

 

 現実的に神は何もしてくれないと信心の薄い層。

 

 悪政や旧態然とした国家で雁字搦めだった7割以上の恒久界の民そのものが魔王軍の支持母体だった事もあり、多数派と大勢は揺るがない形ではあったが、それにしても神殿関係者には頭の上がらない者も多く。

 

 事実上、同盟内での反魔王勢力とは既存の神殿関係者の半数程度と推定されている。

 

 玉石混合の彼らは狂信者から現実路線の者まで様々だ。

 

 残りの半数程度が魔王軍に実質下ったに等しい状況で業務を委託され、傘下組織のように扱われている事に不満を持ってこそいたが、それも彼らの過激派に分類される狂信者や信心深い者達に言わせれば、今は目が曇らされているだけ、らしい。

 

 このような状況は皮肉にも魔王軍が奮戦し、塹壕線の内部にいる者達には戦況や現状が実感を以て感じられていなかった事も相まり、僅かにだが拡大しつつある。

 

 事態の深刻さが彼らにはよく呑み込めていなかったのだ。

 こうした反魔王勢力に対し、魔王神殿は切り崩し工作を実行。

 自分達のトップである魔王顔負け。

 

 否、その魔王様がガッツリ組んだマニュアルによって次々に人々を穏便な方法で屈服させ続けていた。

 

 何時の世も弾圧は団結を生む。

 だからこそ、北風と太陽に準えた通り。

 

 その反魔王勢力への切り崩し工作はそれと分からぬ極めて善政と幸福と実利に基いて進められる事となっていた。

 

「皆様方。今日のレクリエーションは如何でしたでしょうか? 我が子や近所のお子様などとも是非行ってみて下さい。今、このように世は乱れておりますが、家庭もそれではいけません。まずは子供達の安寧を図り、安心させてあげましょう。不安がった顔では心配させてしまいますから」

 

 魔王神殿が各地で行う業務は多岐に渡るが、最も力を入れるのは女子供への福祉政策だ。

 

 家庭教育のようなものを神殿が大幅な予算を付けて、どのような門地の相手だろうと関係なく、一受講者として様々な知識を教育する様は正しく反魔王勢力への取り込み政策に他ならなかった。

 

 講演会の会場からはゾロゾロと年配から若年者まで、我が子がいる者から幼い弟や妹の面倒を見る少年少女まで、王族貴族一般人平民あらゆる貴賤無く人々が吐き出されていく。

 

 その中には付き合いで来ていた反魔王勢力の神殿関係者も多数混じっている。

 

 夫が神殿の重役だとか。

 神殿で働いているとか。

 そういう者も多数だ。

 

「ああ、良かったわ。今日の公演……さっそく試してみましょう」

 

「ええ、そうね。そうしましょう」

 

「それにしても女性にも権利を、だなんて……とても先進的なのね。魔王神殿は……」

 

 旧来の価値観では男尊女卑は一般的な人類種の王政を取るところではスタンダードな思想だ。

 

 女性達がいそいそと会場前から掃けていく。

 

 彼女達の手には魔王神殿が提供する情報のパンフレット代わりの巻物が大量に入った袋が下げられており、彼女達をインフルエンサーとして更に魔王神殿の活動と宣伝は広範囲へと拡散していくだろう。

 

 神殿の上層部は何処も独身男は少数だ。

 

 それは神殿の神官が戦争の度に寡婦を娶る事で福祉政策としていた側面もあり、事実上の重婚が容認されない世相でも、女性との出会いには事欠かない事や家庭を以て子供を信徒として養育する事が徳として当然のように語られているからである。

 

 男のみならず。

 

 それは女性神官にも言える事であり、彼女達の力を借りて高位神官や高位の女性神官達はゆっくりと魔王神殿に染め上がっていく事だろう。

 

 一部のリベラルなフェミニズム系の思想に染まり易い層を主軸として、反魔王勢力の外堀が埋められている事は一部の識者にしてみれば、理解の範疇であったが、多くの人間にしてみれば、その軍と神殿の行いは人類種の生存の為の合理性や善性と受け取られ、それに懐疑的な意見は勘繰り過ぎだという窘められるのが常だった。

 

 この終始圧倒的な情報戦による意識改革は今や民間には新時代を迎えているという“絶滅への恐怖”の裏返しである熱量として解釈され、誰もが魅了され始めていた。

 

 各国家において絶大な力を誇った超越者や実力者達の一部はこのような魔王軍の動向を掴んではいたが、それで何が出来るわけでもない。

 

 事実として魔王軍がいなければ、彼らは無限の兵隊に押し潰される程度の実力しかないのだ。

 

 今の今まで強者で通って来た者達のプライドはズタボロだし、魔王軍とどっちが強いかと言われれば、認めたくなくても農民出の魔王軍の新兵二個小隊を相手にして何とか勝てるかどうかが関の山。

 

 この段に至っては何処の国家や国家機関、超越者の各種組織、犯罪結社、過激思想集団、急進派、原理主義者も十把一絡げに“救われているしかない”のだ。

 

「御礼申し上げます。今後ともどうぞ魔王神殿をよろしくお願い致します」

 

 神殿の責任者一同が深々と頭を下げて自分達を見送る様子に女性達の誰もが思う。

 

 世界は変わったと。

 

 それが滅びと同義である事を自覚出来る程、彼女達は理知に明るいわけでも無かったし、彼女達が目指すところの本当のインテリにも程遠かった。

 

 目指すところにある人々ならば、その魔王軍の静かなる侵略にもまた制止する事が出来たかもしれないが、得てして変化を望む人々はその先にある変化の先にいる人々とは根本的に自分達が違うモノであるという事をそう易々とは理解しない。

 

 そうして反魔王勢力は真綿のように浸透してくる懐柔と実利によってゆっくりと末端からジワジワ思想的な団結を弱められていた。

 

 無論、例外はいる。

 

 それが地方で奇妙な邪神を祀る団体だったりする事は魔王軍では公然の秘密だ。

 

 ビッグ・シー。

 

 巨大な体躯を持つ蛸神は無限兵に元々の神殿を追われ。

 

 今は留守にしている邪神達の信奉者や信仰種族の纏め役として魔王神殿の裏に関連諸神の合同神殿を建て、その奥で暮らしていた。

 

 そんな彼が反魔王勢力を微妙に懐柔しつつ、自分の信徒に加えているというか。

 

 “勝手に加わってしまう”為に内部事情に詳しくなっているというのは正に皮肉な話に違いない。

 

「おお、我らが神よ!! 此度の託宣をどうか我々に!!」

 

「……ええっと、魔王神殿の人達の特に女性や子供達を護る人達を手伝ってあげてくれるかな?」

 

「おおおおおお!!!! 託宣が下ったぞ!! 皆の者!!! ご迷惑にならぬよう今から準備じゃ!! 急げ!!」

 

 ズザアアアッと絹連れが一糸乱れず連鎖した大神殿奥。

 

 邪悪な蛸神のレリーフが彫られ、オドロオドロシイ空気と完全に合法だけど臭いのドギツイ大量の香が焚かれた場所で薄紫色に煙る御座所に礼をした者達が次々に目をギラッギラさせながら、自らの主神の為にと足早にその場を後にしていく。

 

 近頃、物凄く黄金が安くなったせいで総金色造りの神の椅子は眩く耀き。

 

 無駄に蛸神を悍ましく神々しく飾り立てていた。

 

 まぁ、彼の椅子の横にあるのは近頃、魔王軍や魔王神殿が各地で民間に発行させている新聞に魔王軍謹製の果汁サイダーの甕なのだが。

 

 傍目から見れば、何かヤバい神酒とか、恐ろしい呪文が掛かれた呪札に見えるかもしれない。

 

「ああ、換気換気」

 

 お世話係などにも個別に託宣していたので今や其処から人は完全に掃けていた。

 

 椅子横に上空から垂れている紐がキュコキュコと引っ張られ、次々に怪しげな煙が神殿の最上階の窓から流れ出ていく。

 

 実は周辺からヤバい人間が集まる場所で神が上げる気炎だとか。

 

 神気。

 

 要は魔術の根源とか言われている魔力が漏れているのだ、とか。

 

 そう噂されてもいるのだが……実際には当人が信徒達に御香嫌いとか言い出せずに燻り蛸になった末、換気しているだけの事だったりする。

 

「ぁ~~煙かった」

 

 そうパタパタと髭のような触手が周囲の煙を周囲に拡散させるように団扇化する。

 

 そうしてキロリと彼は自分のいる御座所の周囲から出て来る者達を見た。

 

「アウル・フォウンタイン・フィッシュかな?」

 

「邪神ビッグ・C。貴方は我らが魔王と親しい間柄だと聞いている。突然の来訪で申し訳ないが、少し時間を頂けないだろうか」

 

 柱の陰から出て来た美女を一目で看破した蛸神がジュース片手に寛いだ様子で首を傾げた。

 

「魔王軍第一親衛隊。君達が前線から消えるなんて混乱するんじゃない?」

 

「指揮は腹心達に任せて来ました。彼からの指令が下った為、此処に」

 

「それで彼は何て?」

 

「お嫁様方の一人に似ている使者の話に依れば、灰の月に実働部隊が欲しいと。その為に我々への出動命令が下されました」

 

「今の状況で行ける余裕があると?」

 

「此処には彼が整備した数多くの保険がある。我々は確かに大きな戦力だが、それは保険の1つに過ぎない」

 

「……それで外と行き来出来るだろう存在に接触したのかい?」

 

「彼と貴方は旧き付き合いだと聞いております。そして、彼からはもしもの時は貴方を頼れと」

 

「僕の力だと今の現状じゃ、灰の月までの片道を用意してあげるくらいしか出来ないけど、それでいいかな?」

 

「……全ての状況をお分かりなのですね」

 

「まぁ、あまり干渉しないのが彼も望むところだろうから、そんなに役には立てないけどね」

 

「十分です。代価は我らが主から土産話でどうだろうかと」

「あはは、よく分かってる」

 

 邪神が邪悪を感じさせる笑みを零した。

 

「君達が向かう先は死地ばかりだけど、背後に転進する気は……無さそうだ」

 

「付いていくと決めたならば、彼が全てを救う気でいる限りは死を賭して戦うと決めた。それだけです」

 

「命は当の昔に賭けてある、か。それでこそ人間だ……良い土産話を期待していると彼に会ったら伝えておいてくれ」

 

「畏まりました」

 

 黒い外套に身を包んだ男達がすぐに隊列を組んだ。

 結集したアウルを筆頭にした百名。

 蛸神の眼前に大きな鏡のような円形の輝きが現れる。

 

 僅かに発光しているソレが扉だと理解すれば、誰もが一様に邪神へ敬礼してから飛び込んでいく。

 

「ああ、出口は適当に繋いでおいたから。合流は自分達でよろしく」

 

 その声が届いたのかどうか。

 

 たった十秒で地球への片道を提供する扉の前には誰もいなくなり、邪神は静かにジュースを嗜みながら、新聞を読み始めた。

 

 久方ぶりに文明的な娯楽が出回り始めた月の下。

 邪神は目を細めて微笑む。

 

 傍目からは邪悪な人類の殲滅でも考えていそうな外見からは想像も付かない程度には彼の頭は次に会った時に聴けるだろう土産話への期待で一杯だった。

 

「かわいい子には旅をさせろって言うけど……旅って良いものだよねぇ……」

 

―――大陸中部滞空陣地決戦96時間前。

 

「オーエス、オーエス、オーエス」

 

 掛け声と共に天海の階箸。

 

 その最下層区画に程近い幹のブロック内で完全な自力での隔壁の開放が行われていた。

 

 左右200人にも及ぶ人間が一つの両手で持てる炭素繊維製の綱を引いている。

 

 その綱の先はガッチリと鉤状となって扉の中心部に左右から喰い付いていた。

 

 ゴゴゴと僅かに中心が空いたかと思えば、その隔壁がゆっくりと開いていく。

 

 その人一人が入れるだろうかという暗い道に数人の男がすぐに侵入したかと思えば、二十秒程で出て来た。

 

 その手にはしっかりと小銃が握られており、後から出て来る者は弾薬の箱をバッと上に掲げて、有った有ったと猛アピール。

 

 それに続けとばかりに今まで扉の前で待っていた者達が扉内部へと突入していき、その合間にも更に綱が引かれ、完全に区画の扉が開いた時には一山程の弾薬の箱が積み出され、さっそく車両に運び込まれていた。

 

「B、D、E、M、W、Q、S区画の全てで武器弾薬を確認!! 小銃は大戦期の仕様のようですが、今以て使えるようです。対電子戦用に電子部品を組み込まない代物である事は確認されました。階箸の封鎖区画内の弾薬も使用期限はまだ2千年程残っていると!! これなら10師団が三か月は戦えますよ!! すぐに試射を!!」

 

 連絡役の男が無線にそう伝える。

 

「ご苦労様でした。引き続き、電子部品を使わない兵器の発掘よろしくお願いします」

 

 三人の少女が次々に指示を飛ばす間にも天海の階箸の周囲の滑走路には次々と輸送機が到着しつつあった。

 

 中から出て来る車両、兵隊、物資が早くも自動の重機で整地された場所に複数個所に分けて山積みされ、陣地がその先へ先へとと広げられていく。

 

 その横では現地の連邦軍の兵站を一手に引き受ける事となったアルスカヤとアスターシアが部下達に指示を飛ばしつつ、次々に入って来る輸送機の管制と物資の配置、人員の編成を行っていた。

 

 送られてくる兵隊の多くが兵科もバラバラだ。

 

 現地から手の空いた者から送られてくる有様なのは致し方ないとしても、数日後までには戦力化せねばならない。

 

 幸いにして部隊1ユニット毎に現在の連邦軍は統合したスペシャリストを必ず2人以上入れる事を推奨している。

 

 そのおかげでまとまった数の同兵科の兵隊は集まらずとも、各分野毎に必要な人員は数さえ問題にしなければ、存在しないという事は無かった。

 

 その中には勿論のように副官の職を拝命していた者達もおり、指示出し出来る彼らの下、師団の編成は速やかに行われていく。

 

 基本的には自動車化歩兵と機甲戦力主体。

 

 それも電子装備0の原始的な代物が主攻部隊における大半を占めるだろう。

 

 電子戦で自動化されるあらゆる役目を兵員によって代替するという嘗てとは逆のパラドックスによって彼らは一個の群体として機能する。

 

 偵察用ドローンが使えずとも命掛けの偵察兵が情報を彼らに渡すだろう。

 

 砲弾を照準する自動システムが無くとも、戦車兵達は砲弾を手ずから装填し、あらゆる状況に対処し、己の勘と戦術と仲間との連携によって砲弾を当てるだろう。

 

 暗視装置が無くとも夜目が利く者はいる。

 

 高度な小型医療機器が作動せずとも、メスと糸と包帯と薬品が、それを戦場で使う軍医がいる。

 

 マニュアル。

 手動操作。

 人力。

 

 これこそが人の原始からの戦い方であって、例え機械に劣ろうと確かに彼らが力持つ兵である事の証なのだ。

 

「こちらは再編を進めており、現在連隊を4つ編成し終えました。ユニット毎にスペシャリストを用意する事は出来ますが、本当に機甲戦力を側面防御にしか使わなくてよろしいのですか?」

 

 ようやく昼の一仕事を終えてテラス席に戻って来たアスターシアが相変わらず、指示出しをしているミハシラ達に訊ねる。

 

「あちらの部隊に対して防御力は意味がありません」

「それは兵器の世代格差故ですか?」

 

「いえ、それ以前の問題です。エミ様の情報では物理的な強度による防御は意味を為さなくなるそうです。必要なのは相手の攻撃を振り切る速度と相手の攻撃を確率で切り抜ける数。そして、相手を一撃で行動不能にする大仕掛け。攻撃力は部隊に求められていません。側面に回したのは被弾面積の多い戦車の脱落を僅かなりとも相手からの攻撃後に視線を遮る障害物として利用する為です」

 

「機甲部隊は役に立たない。と。それで大仕掛け……戦略級の何か秘密兵器でも? こちらに手伝えることがあれば、まだ更に何とか手伝う余力はありますが」

 

「必要ありません。そもそもそちらの準備は全て終わっています。エミ様がしておいてくださいましたから。我々はそれを具体的に使用する為の作戦を立案しているに過ぎないのですよ」

 

「蒼き瞳の英雄……彼は何処までこの状況を?」

「何もかもと言えば、理解の一助になるかと」

「何もかも?」

 

「ええ、この地球上で起こり得るもしもの大半を網羅したマニュアルがあります」

 

「―――マニュアルで戦争が出来ると?」

 

「我々が想像も出来ない状況を長々と書き記しておく。まさか、そんなという状況に備えておく。今、存在する手札でどのように戦えばいいのか。それの大半が託されました。我々が対処出来る限度も記されています。それを超過すれば、撤退からの逃げ方や身の隠し方、脱出の仕方までも」

 

「……まるで予言ですね」

 

「予言などとは思いません。それは可能性の問題でしょう。そして、その自分がいなくても、その場にあるモノだけで最適解へと辿り着く事が出来るよう。エミ様は準備もして下さっている。我々はおんぶにだっこ。今やっている部隊の編制もこれから用いる戦術もその骨子を本当に理解していなければ、意味が無い」

 

「不在の指揮官に全てを任せると?」

 

「少し違います。今も最前線で戦い続けている指揮官の命令を実行する忠実な兵士であればいいのです。信頼に足らない人間が同じものを持って来たとて、同じだけの物資や準備を用意したとて、我々は決してこのように動きはしないでしょう。それは連邦軍も同じなのでは?」

 

「……そう、ですね」

 

 アスターシアは思い出す。

 

 少年と出会ったのは短い時間であったが、その合間に祖国で沢山の出来事があった事を……時に目が飛び出すかのような出来事がシレッと軍公報に載ったかと思えば、民間も上から下への大騒ぎが乱痴騒ぎのように続いていた。

 

 だが、一つだけ確かな事がある。

 確実に世界は変わった。

 そして、その変わった何かには必ず少年の影があった。

 

「信用に値しませんか?」

 

「それを我が国の兵隊に訊くのは反則でしょう。首都を救い、祖国を救った英雄です。いえ、それどころか……今や彼のおかげで大陸東部に救われていない民など存在しない……死んだ者達以外は誰もが認める事でしょう」

 

「ふふ、では、まだまだと言えるかもしれませんね」

「?」

「死んだ者すら認める事になるでしょう」

「死んだ者すら?」

 

「気にしないで下さい。知らぬは吉。知らせぬも吉。我らが蒼き瞳の英雄は時間と空間を征し、未知を征き、命と死すらにも手を伸ばす。待ちましょう……いつか、その日が来るまで……限りなく傲慢で優し気な彼が戻って来た日こそ、我らは勝利する事になる」

 

 まるで予言者のように笑う三人の少女達を前にして精神失調かと普通ならば疑うのが普通だろう。

 

 しかし、彼女は己が今まで磨いて来た数多くの相手の測り方を動員してみても、ただ純粋に少女達が少年を信じている事しか分からなかった。

 

「出来る限り早く攻勢用部隊の編制をお願いします。時間は限られている。戦場を生み出し、我々の任を完遂しましょう。大丈夫……上手く行けば、何もかも戻ってきますよ」

 

「何もかも……」

 

 その何とも胡散臭い言葉にアスターシアが嘘だとも思えず呟く。

 

「「「ええ、何もかも、ね?」」」

 

 男ノ娘達は微笑む。

 

 その時は刻一刻と迫って来ていた。


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