ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間章「真説~小さな路地裏の物語~」

 

―――月兎レッドアイ地方ファスト・レッグ。

 

 魔王の都。

 魔都。

 

 そう呼ばれるようになって今や三カ国内の主要都市において最も重要な生産拠点となった最前線は今現在熱気に包まれている。

 

 月猫の軍に掌握されて以降も魔王の残した全てのシステムと法規は機能しており、其処は難民達の楽園となった。

 

 元からの住民達との折り合いも今のところは悪く無く。

 

 塹壕線に届ける物資の凡そ3割が其処で生産されており、魔王軍が月兎、月亀、月猫に建造した三か所の要塞群を抜きにすれば、最も防備が厚いのも軍都ファストレッグに違いなかった。

 

 街の規模拡大は月猫が襲われた当時まで続いていた事もあり、魔王軍の工作部隊が引き続き魔王から継いで広げ続けた結果として今や1500万規模の民を収容出来る程に拡大している。

 

 飢える事ない都市。

 

 そう呼ばれ始めた元々のファストレッグの大通りは今や魔王軍印の食料が祭りでも無いのに無数露店屋台に並んでいる。

 

 料理が当たり前となった場所。

 単純に飢えないだけではなく。

 美味いものを食べられるのならと働く意欲を持つ者達も多い。

 

 市街に人が溢れているというのに犯罪が極端に少ないというのも驚きだろう。

 

 一千数百万の人々が生活していながら、殺人事件は4日に1回有るか無いか。

 

 詐欺や盗難などの軽犯罪も1週間に1回有るか無いか。

 

 警察権力の大半が出動するのは事故や難民同士の摩擦によるいざこざの時だけだ。

 

 郊外と呼ばれていた場所にあった魔王軍のキャンプ地は今や整備されて完全に軍事基地化されており、地下都市やシェルターへの避難通路の一部になっている。

 

 受け入れ可能人数は極めて多く。

 

 後から来た難民の多くが地下都市住まいであったが、そこでもやはり治安が悪いという事はまるで無かった。

 

 警察の見回りがしっかりと為され、難民達には制約が課される。

 

 それは魔王との直接の契約であり、それを犯した者がどうなるかは都市からの追放という形で示されるのだ。

 

 今この現状では都市から離れるという事は拠る辺を失うという事だ。

 

 もし、塹壕線の外に放り出されたらという恐怖が難民達の心に自制心を芽生えさせたというのは当然の事である。

 

 戦争孤児、浮浪児、育児放棄、奴隷身分、あらゆる状況下で親を失った子供達が肩身の狭い思いもせず。

 

 僅かな小遣いすら渡されて、街中で遊び廻り、それに大人も両親がある子供も眉を顰めたりしないというのは極めて驚くべき話だろう。

 

 子は宝なりという魔王軍の基本方針はこうしたところで気風を形作っている。

 

 悪ガキを叱る大人はいても、孤児相手に蔑む者がいない。

 

 それだけで都市の側面が多くの人々にとって理解出来るに違いない。

 

 子供達の娯楽と言えば、やはり神官達の人形劇や読み聞かせだろうか。

 

 本を読める子は文字が読めるだけで尊敬されていたのも最初の内。

 

 今は読み書きが当たり前でその先を子供達は求めている。

 

 大人びた者は酒場の主役たる吟遊詩人の語り聞きたさにこっそり出入りする始末だ。

 

 魔王軍は今や三国内において子供の英雄だ。

 魔王は正しく神に等しいが、憧れを以て語られるヒーローだ。

 

 ついでに魔王神殿が各地で教化という名目で人々に道徳と倫理を説き。

 

 善人より善人してるというのに誰にも頭を下げて謙虚な姿勢で去っていく後姿は聖人さながらである。

 

 従来の倫理や道徳が一変した常識に最初こそ戸惑ったり、反発していたりした頑固な伝統大好き保守右翼も伝統を壊す進歩大好き革命左翼も仲良く魔王軍のバランスの取れたぶっ飛ぶような善性を前にしては両手を上げた。

 

 魔王軍、魔王神殿のやり口にもう多くの神殿関係者や旧来の統治者層は顔面蒼白。

 

 白旗も上げまくりである。

 

 大量の飴を口にぶっ込まれてから、一緒にお付き合いしている間は飴をどうぞと言われるのだ。

 

 嫌なら塹壕線の外に行ってもいいんですよ?と暗に言われては彼らに翻意しないという選択肢は無かったのである。

 

 子供が数十人はいるだろう薄暗がりの路地裏で今日も人形劇は行われている。

 

『魔王様のグラン・フルフォース・ブレードが唸りを上げる!!』

『麒麟国の邪悪なる兵隊が100万は吹っ飛んだぞ!!』

 

『ば、馬鹿なぁあ~~無限の兵隊に勝てるわけがない!! 勝てるわけがない!!』

 

「に、兄ちゃん!! 今、二回言ったよ。あの化け物!!」

「ジューヨーな事だから、きっと二回言ったんだぜ」

「そうよ。フツウなら勝てないわよ。でも……」

 

『魔王様に我が月兎の加護を……』

 

「きゃぁ~~~♪ やっぱり、フラウ様が後ろからお支えしてたのよ!!」

 

「フラウ様。カワイイ……ケナゲだぜ」

 

「に、兄ちゃん。ぼ、ぼく、いつかフラウ様のコノエタイのキリエになりたい!!」

 

『くくくく、だが、残念だった、な……我らが王ロート・フランコある限り、我々は何度でも蘇る!! 何度でもッ、何度でも?! 我らは蘇るのだ!!』

 

「そんな!? そんなの勝てるわけないよ!?」

「ハンソクじゃねぇか。魔王様負けちまうのか……ッ」

「兄ちゃん!!?」

 

『斬―――』

 

『ぐぁぁああぁあぁあ!!? お、お前はまさか!? 魔王軍第一の将!!! アウル大将!!?』

 

「え!? た、助けに来てくれたのか!? やっぱ、アウル様カッコイイ……うぅ、女なのにタイショーなんてサイコウにカッコイイぜ!!?」

 

「きゃぁ~~アウル様よ!? 最初は魔王様とテキタイしてたけど、戦って芽生えた愛から何度も魔王様を助けたのよ」

 

「今はコーキュー入りを魔王様にコンガンされたのに魔王様を護る為に戦い続けるからって断ったらしいわ。お姉様が言ってた!!」

 

『ガハッ。そ、それは伝説の魔剣!! ダーク・フルフォース・ブレード!! さ、再生出来ないだと!!? く……ここまでか……だが、だがッ!! 人類種共よ。覚えておくがいい。貴様らが互いに相争い憎み合う限り、何れ貴様らにも限界は来る……そうだ……例え、魔王だろうとも……いつか……ガク』

 

『ならば、何度でも貴様らを黄泉の国へ送るだけだ。人が愚かだと言うなら、叡智を見つけ出すまで私が戦い続けよう』

 

「うぅ、カッコイイ……ダーク・フルフォース・ブレード……近所の玩具屋で売ってるんだよな。オレの3日分の小遣い……甘いモノさえガマンすれば……」

 

 子供達が今日はこれで終わりかと解散しようという雰囲気になった時。

 

 まだ隠し玉があるらしく。

 

 神官達の一人が裏から舞台に新たな小さい弱々しい姿の人形を投下する。

 

『待て魔王!!』

 

 帰ろうとしていた魔王一行が振り返れば、倒れた蜥蜴の横には小さな蜥蜴がいた。

 

『僕が相手だ!! お父さんはッ、僕のお父さんは何処だ!!』

『……今、お前の父親は斬り捨てられた』

 

『そ、そんな!? お父さんの仇ぃいいいい!!! いやぁあああ!!!』

 

『魔王様!?』

『いや、止せ』

 

 近衛のキリエが魔王を護ろうとするもソレを魔王が手で制す。

 

 ザシュッという音と共に魔王に小さな短剣が突き立てられた。

 

 その衝撃の展開に子供達は固まっている。

 だが、一部にはその光景を食い入るように見ている者もいて。

 

『僕の、僕のお父さんだったんだぞ』

『ぁあ……』

 

『僕の、僕の、うぅううぅう……僕のたった一人のお父さんだったんだ!!』

 

『………』

『魔王様。お怪我を!?』

『気にするな』

 

『お前を、お前を絶対に許さない!! お前なんか僕がタイジしてやる!! この悪の魔王め!!』

 

『分かった。もしもお前が本当に戦士として起つ日が来たならば、この魔王全てを受け止めよう。麒麟の民の子よ。お前の父は主の為に最後まで戦った立派な戦士だった。そして、お前はやがて私の前に起つ油断ならぬ男となるだろう。その日をいつまででも待っているぞ……』

 

 カランと剣が落され。

 

 去っていく魔王の後ろで蜥蜴が泣きながら父親を捜し、その先で死体を見付けて絶叫を上げる。

 

 そうして、幕が下りていった。

 

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」×10

 

 いつの間にか。

 かなり観覧する子供が増えていた。

 

 呆然とする子供達だったが、人形劇の舞台が片付けられ始めると。

 

 何やら互いに顔を見合わせながら、静かにその場から掃けていく。

 

 それを見送った神官達が子供達の様子に上手くいっただろうかと今回の劇の台本にチラリ視線を落した。

 

「この人形劇やって長いが、今の情勢でこれは……色々と議論を呼びそうな」

 

 中年の麒麟国の悪の戦士がいつの間にか死んだ父親役になった男がそう呟く。

 

「子供達に麒麟国や影域の子への偏見を助長しないようにって配慮らしいですよ」

 

「一部はこちらにいるのですものね。魔王軍は放っておいていると言うけれど、不安の声が上がっていたのは聞いています」

 

 女性役の20代の神官が今一度、台本に目を通す。

 

「いや、だが、連中の大半は元々が麒麟国から出てかなり年月が経った、その国で出生届も出てる現地民だって話だ。それに今、塹壕線の外にいるのは魔王神殿に務めてる奴の話じゃ、兵隊を生み出す魔道具による複製であって、麒麟国の住民を模してるだけの化け物だって事だぞ」

 

「ああ、その話は聞きました。魔王軍は戦後をもう見据えているのですかね」

 

「どうだろうな。だが、一日に100万じゃ済まない数の敵が塹壕線の外じゃ灰になってるって話だ。砲陣地の射程範囲は完全に灰で覆われて、灰の月ならぬ灰の地と呼ばれ始めるだろうなんて、冗談にもならん話なら酒場で昨日聞いた」

 

「何にしても、子供達に沢山の物の見方を教えられる事は良いと思います」

 

「だな。何作か劇作家の方にそういう複雑なのを頼んでみようか。それと黒の塔の影響かやっぱりちょっと暗いんだよな。影域で使われてたランタンを明日にも買って来る。手元の操作が何度か狂いそうになったし」

 

「ですね。そう言えば、ゲストでユニ様を出して欲しいって話が月猫の商人達の方から来ていまして。延期になってる結婚を題材にしてくれないかと」

 

「また、魔王様の後宮に人が増えるのかwww」

 

「ご本人の承諾は得ているそうなので。こちらも劇作家の方にお願いしてみましょうか」

 

 十人近くの神官達がわいのわいのと明日の予定を立てている合間にも最も年若い麒麟国の子供役をやっていた十代の青年が台本を見て、思案顔となる。

 

「魔王は一体、何を考えてるんですかね……」

「おう? どういう意味だ。坊主?」

 

 答えたのは父親役の男だった。

 

「人形劇に金を出す。子供を洗脳するってのならまだ分からなくもありません。でも、実際には自分が主役のものだけじゃなく、色々な話を創るようにって上からも言われてますし、必ずしも自分が正しいという事を協調しなくていいとも方針にはある」

 

「……真面目だなぁ。お前」

「茶化さないで下さいよ」

 

 彼の耳は月狗のソレだ。

 

 道を創る事に定評のある狗耳野郎は基本的に恒久界においては堅物として知られる。

 

「僕らって少なくとも戦える方の料理人じゃないですか。なのに魔王軍は神官の徴用は殆どしてない。魔王神殿の連中みたいに取り込もうと思えば、取り込めるでしょう」

 

「はは、良いとこ突いてんな。だが、それはたぶん無いな」

 

「どうしてですか? それに神々の声が聞こえなくなってるって話もよく聞きます。死活問題のはずなのに誰もがそれを殆ど問題視してない。それも人類種が滅びるか否かという大事が起こってるからって理由で……」

 

「で、お前はどうしたいんだ?」

 

「真実が知りたいです。オレの田舎じゃ、魔王は悪党って伝わっていた。でも、此処じゃ魔王は英雄や神に等しい。そして、為政者にこんな疑問を持っても捕まる事も無い。異常でしょう」

 

「うんうん。まぁ、お前の言わんとしてるところは分かる。当然の疑問だろうな。だが、お前一人が疑問に思ったところで今の魔王の権力に罅が入るわけでもないだろう?」

 

「僕だけならそうでしょう。でも、この疑問は大勢が抱えているはずのものだと確信出来ます。同期の神官や国政務めの役人なんかにも伝手があるんですが、誰もが思ってますよ。どうして、って」

 

「そりゃ、簡単だ」

「簡単?」

 

「魔王様が求めてるのはオレらが知ってる権力者が欲しい権力じゃねぇんだよ」

 

「言っている意味が良く……」

 

「ああ、言い方が悪かったな。魔王様が欲しいのは権力という名の新しい秩序であって、旧い時代から続く王権や帝権や議会で発言したり、議決する権利じゃないのさ」

 

「………新しい秩序はじゃあなんだって言うんですか?」

 

「お前ら、こんなところで人形劇やってる奴らって左遷されたって思うだろ?」

 

「あの、話が思いっ切り逸れたような?」

「まぁ、訊け。取り敢えず。左遷だと思うか?」

「違うのですか?」

 

 もう神官としては上を目指せないと思っていたその場の全員が首を傾げる。

 

「いやぁ、それが違うんだなぁ。ウチの部署の予算どれだけあると思う?」

 

「それはそんなに無いんじゃ? というか、給料は変わりませんし」

 

「そう、そこなんだよ。お前ら若手の神官は給料なんて言ってるが、ソレ本当はあんまり出ないはずの代物なんだよ」

 

『え?』

 

 という顔をする者が多数。

 

「30代から上は大抵知ってるが、神殿で働く神官の給料なんぞ高が知れてる。外で料理人の副業してなきゃな。その代わりに神殿の色々な関係機関や制度で優遇を受けるのが神官にとっては直接的な食い扶持だった。だが、今の大勢になってから、必ず魔王軍から神殿には補助金名目で給料が振り込まれる。此処の神殿がそういう場所なんじゃねぇんだよ。で、だ……今のところ、人形劇やってる神官連中の部署に降ろされてる金額は左遷先にしてはオカシな額になってる。ざっと、こんな感じ?」

 

 額が指の本数で現された。

 多くが絶句する。

 

「ちなみに他の部署の連中は魔王軍から払い下げられた諸々の機材の購入やら劇作家雇うやら専門の声だけ付けてくれる劇団員やらに予算を使うそうだ」

 

「僕らの部署ってそんなに金掛けるべきところですか? 明らかに何か間違ってませんか?」

 

「いいや、オレはそう思わねぇな。オレらは確実に魔王軍にとって重要な位置を占める部署だ。それが魔王様にとっての常識で新しい秩序なんだろうよ」

 

「……さっきから思ってたんですが、様付けなんですね」

 

「面識有るし」

「は!?」

 

 思わず他の全員が驚いた顔となった。

 

「オレは此処で腐ってる不良神官だった。魔王様はまぁ……言っちゃなんだが、最初は何か変な事言ってるガキにしか見えんかった」

 

「あの、その、凄い事言ってません?」

 

「言ってねぇよ。魔王様がファスト・レッグで神官連中に色々させてた事は前に話したよな?」

 

「ええ、訊きましたよ。五千人の世話させたとか。色々」

 

「で、そんな時に人形劇の話が来てよ。適当にやってたんだよ。魔王はチョーツヨーイヤバイーナニカーとか。そしたら、その日の劇が終わった頃にフラッと現れたガキが魔王様でなぁ」

 

「どんな会話したんですか?」

「お前不真面目だなぁって言われた」

「何となく分かります」

「後、仕事するなら真面目に仕事しろって言われた」

「それも何となく分かります」

「でも、何よりも打ち砕かれた言葉があってな」

「打ち砕かれた?」

 

「子供相手に本気になれない奴が仕事や神に本気になれないのは当たり前だってな。そう言われたんだ……」

 

 その場に沈黙が降りる。

 

「でも、その後にどうしたらお前みたいなのがやる気出すと思うって聞かれたから、全うな給料と人々の為になる仕事なら、オレだって真面目にやってやらぁって啖呵切った」

 

「―――」

 

 さすがに全員が絶句であった。

 

「その時は魔王なんて知らなかったしな。で、翌日から給料と全うな仕事とやらの内容が来た」

 

「全うな仕事、ですか?」

 

「この劇は何の為に行えばいいのか。行うべきなのか。どんな意味があるのか。そして、子供達の教育にどう資するようにしていけばいいのか。そんな話がな。こぉんな分厚い資料で届きやがった。色々書かれてたよ。でも、最終的に納得した」

 

 両手で分厚い資料の束を持つかのような仕草をして。

 男が肩を竦める。

 

「魔王様がオレ達に求めてるのは子供が絶望しない世界なんだと」

 

「絶望しない世界?」

 

「誰かが必ず助けてくれる世界。誰かが必ず見てくれている世界。誰かが自分達の境遇を真剣に考えてくれている世界」

 

「それって最初に渡された業務内容の?」

 

「そうだ。子供相手だからこそ、オレ達は真面目に真剣に自分の人生使って教えなきゃならないんだと。このちゃちな人形劇の為に駆けずり回って色々用意する姿が何よりも子供には重要な事なんだと」

 

「………魔王がそんな事を……」

 

「実際、真面目にやってたら、子供達に言われたよ。ありがとうって……そんなの随分言われてなかった。泣いちゃったよオジサン」

 

「此処に来る子供の半分近くが孤児や片親って話は聞きましたけど……そうですか。魔王がそんな風に……」

 

「で、子供が増えて来て……そいつらが暗い顔してたりするところをよく見るようになってなぁ。神官なのに人形劇以外にやってやれる事なんてなくて……魔王軍に参加しようと思ってた時期があったんだ。実際にそうしようともした……だけど、断られたよ。人形劇やってる神官だからってな」

 

「え? 凄いやる気あるじゃないですか!? なのにですか?」

 

「いや、意味が逆だ。受付の連中に言われたよ。魔王様からの指示だって。これから子供達を見守ってその背中で教育して愉しませてすらやれる優れた神官は適当に生きてる貴族100人よりも価値がある時代になる。そんな優良な人材を戦地に送るなんてトンデモナイ、だってよ……はは……まったく、オレはいつの間にそんなもんになったんだろうって目が丸くなったぜ」

 

「魔王は子供達の事を真剣に考えてるんですね……」

 

「いや、あの方は誰にでも真剣だろう。時折、街で見掛けたよ。誰に言うでもなく。街の様子を見て回っていた……寝る間を惜しむどころか。寝ずにずっと資料を作ったり、会合したり……神官連中が驚くような働きぶりだった。聞いた話だが、普通なら1月掛かる仕事を数時間で終わらせてたらしい。それをガルン・アニス筆頭秘書官が来るまではずっと……重要な案件は全部一人で処理してたんだと」

 

「魔王が不眠不休で仕事をしてるって与太話本当だったんですか?」

 

「だから、オレはこうして今も子供相手の人形劇をしてるわけだ」

 

「……新しい秩序。魔王にとってそれは子供を手懐ける事なんですか?」

 

 言い方が悪いと言うには真実であろう言葉に男が苦笑する。

 

「オイ。水差すなよww せっかく、良いところだったのに……まぁ、真面目に答えてやるとだな。あのお方は自分に関わった人間に対して真面目なんだ。そして、それが理由も無く虐げられたリ、明らかに不公正な目に合ったりする事が許せない。オレにはそう見えた……どんな権力者相手にもどんなに弱々しい何の力も無い子供にも等しく真面目に目を向けて、糾弾したり、厳しい事言ったり、擁護したり、助けたり、救ったり、取引したり……最初に犯罪者と王侯貴族を見る目が同じだったって言ったら、お前信じるか?」

 

 青年がその言葉でポリポリと頬を掻いた。

 

「信じられません」

 

「ああ、分かってる。だが、それが出来るのが魔王様だ。そして、謙遜でも何でもなく自分は単なる凡人だと言える。全部、自分に力を貸してくれてる連中の力に過ぎないと言える。それがオレのあの方に様付けする理由さ」

 

 周囲の神官達が何処か納得したように頷いた。

 

「今までの魔王への見方がガラっと変わりました。本当に……」

 

「ですね……」

 

「さ、魔王談義はこれくらいにしよう。さっさと酒場だ酒場。神官専用なのが出来たってんだから、行かなきゃと思ってたんだよ♪」

 

「あの、最後に1つ。魔王が淫魔王ってのは本当なんですか?」

 

 女性陣からの問い掛けに肩が竦められた。

 

「ぁ~~どうだろうな。傍に付いている女性陣を見る機会はあったが、ありゃもう初心な乙女と追い掛けられる男の図とオレには見えたぞ。純粋に……尊敬とこの人の為に働きたいと思わせるものを魔王様が持っていなさるんだろう。余人には知れない話があったとしても、オレは驚かんよ。何よりも女性陣を見る瞳が優しかった……女性陣が見る目は色々あったが、誰もが信頼していた事は間違いない」

 

「ま、まさかの純愛路線だったわ……」

 

 神官達が無駄話もこの辺にしようと切り上げて路地裏を去っていく。

 

 だが、途中で父親役の男が少し店でトイレを借りて来ると言い置いて、全員から離れた。

 

 後で合流するからとへらへらしていた男はまた元来た路地裏へと帰って来ると不意に小型の端末を取り出した。

 

 それは神官に持たされるようなものとは異なり。

 どちらかと言えば、科学的な技術を用いた代物に見えるだろう。

 

「こちらD-83223……財団本部応答願います」

 

『こちら、財団本部。認証コードと音声コードを共に確認。緊急の要件か?』

 

「保護対象フラム・オールイーストと思われる人物と3時間前に接触。彼女から映像データを受領しました」

 

『何? こちら財団本部。それは本当か?』

 

「顔は瓜二つでした」

 

『待て。今、所定の部署に確認を……確認が取れた。こちら財団本部。フラム・オールイーストは1時間前、魔王の旗艦と共にステルス迷彩を用いて何処かへと飛び去っている。それは有り得ない』

 

「映像データは所定の形式で圧縮し発信します」

 

『了解した……発信を確認。確かに受け取った。こちら財団本部、D-83223に出頭要請を行う』

 

「こちらD-83223。同僚との約束をしており、不自然に思われる可能性が高い。後日でよろしいだろうか?」

 

『……分かった。出来るだけ早めの出頭を願う。今、映像データを確認している。これはどのような形で受け取ったのか?』

 

「現れたフラム・オールイーストに拠れば、魔王からの言伝と共に受け取った。これから人形劇でコレを3年間行い。その後、映像データをそのまま公開する形で必ず世に出して欲しいと。この世界ではお前にしか頼めない事だと」

 

『……この世界……分かった。詳しい内容は出頭後に聴取する。ご苦労だった。D-83223……貴殿の人生が健やかである事を願う』

 

「こちらD-83223。交信を終了する」

 

 端末の通信が途切れた。

 その後、彼は再び歩き出す。

 内容はもう確認してあった。

 それは彼も知る過去の時代。

 

 そう、地球が未だ灰の月と呼ばれる前の時代の街並みで戦うファースト・クリエイターズと呼ばれる者達の戦いの記録だった。

 

 最後にロボットを駆って戦いながら、敗北し……劇場版……要は物語だと嘯いて終わるストーリーである。

 

 だが、気になったのは彼にとって最後の文言だった。

 君は神々の戦場に辿り着けるか?

 

 そう問われた時、そこにあの少年の真意のようなものを感じた気がしたのだ。

 

「全て知ってたのか。アンタは……魔王様……」

 

 名も無きモブ。

 何処にでもいる中年の不良神官。

 彼は本部がどう判断するにしろ。

 その少女の必死な言葉を実行する気でいた。

 どうせ些細な事だ。

 

 そう……世界を引っ繰り返せもしなければ、何一つ変えられもしない男が尊敬に値する知り合いから頼まれた事をやる。

 

 ただ、それだけの事であると。

 

「ぁ~~~ったく。オッサンを誑し込むなんて、まったくトンだ魔王様だぜ。ははははは」

 

 笑いながら、彼は道の先へと向かう。

 其処には同僚が待つ店があるだろう。

 そこで話してみようと思った。

 そう、新たな人形劇の幕はもう上がっている。

 ファースト・クリエイターズ。

 

 それは新たな子供達のヒーローな名前として受け入れられる気がしていた。

 

 一人の男は確かにその使命を遣り遂げるだろう。

 

 それがこれから起こる世界の全てを掛けた戦いを前にして何の意味があるのか分からないとしても………。


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