ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第31話「拉致時々逃避行」

【衝撃!! オルガン・ビーンズより来訪したパシフィカ・ド・オリーブ皇女、共和国を誅すとの言動。一体、皇女の身に何が起こったのか?】

 

「………」

 

 新聞の見出しに見知った仮面姿の相手を見付けて、内容を読む内にグッタリする事となった。

 

 内容はこうだ。

 

 諸国を歴訪するオルガン・ビーンズの皇女様がいきなり共和国は酷い国だから、お父様に言って変えてもらうわとの言動を記者にぶちまけたらしい。

 

 これに共和国の外務省は仰天。

 

 どうしてこうなったのかと皇女本人に話を聞こうとしたが、新聞が出る頃にはもう祖国へと帰っており、後の祭り。

 

 前々からオルガン・ビーンズときな臭い関係であったパン共和国はこの事実が何者かによってでっち上げられた可能性を捜査中らしい。

 

 何でも皇女はオルガン・ビーンズ統合の象徴であり、連邦制である彼の国の至宝と言われる血筋。

 

 その上、大陸全土に多数の信徒を持つオリーブ教の聖女様だとか。

 空飛ぶ麺類教団とも関わりが深く。

 

 この世に存在する全ての豆類の耐性者でもあり、今回は雰囲気の悪い共和国とオルガン・ビーンズの融和を求めるハト派が麺類教団に要請して来訪が叶った云々。

 

「やれやれ。オリーブの枝に連なる巫女も総統閣下の素晴らしさが分からないとは……噂は本当だったようだな」

 

 フラムがモシャモシャと昨日の口直し全開でサンドイッチを噛み砕き、珈琲を啜る。

 

「噂って何だ?」

 

 背中には脂汗が流れているのは自覚しているのだが、それにしてもどうしてこうなったと言うべき事態に違いなかった。

 

「ああ、パシフィカ・ド・オリーブ皇女は高耐性者でありながら、極めて質素な食卓を民と共にする聖人として有名なのだ。そのせいかどうか知らないが、彼女には噂がある」

 

「だから、どんな?」

「曰く。彼女は正統な聖油教育を受けていない下層民出、らしい」

 

「聖油? それと下層民って何だ? 読んで字の如く下の層の民なのは分かるが、オルガン何たらとやらは階層社会なのか?」

 

 珈琲カップを横に置いて、フラムが説明し始める。

 

「オルガン・ビーンズは元々が豆類しか育たない小都市国家群が連邦制を敷いて発足した新興国なのだ。それまでは豆類の種類が多過ぎ、耐性がバラバラだった結果、殆どの都市国家の国力は微々たるものだった。しかし、百年程前に血統の統合を政治的に打ち出した為政者がいてな。全ての都市国家から高耐性者の血筋を集めて皇家を作った。それなりの血筋が集まった為、今ではその皇家から養子に出されて派生した血筋が国土全域に根付いているのだが、今までと同様の耐性しか持たない民が耐性の無い下層民として固定化される現象が起きていてな」

 

「つまり、どういうことだ? 新しい民が上流階級で古い民が下層民って事か?」

 

「そうだ。下々との混血を嫌がった上流階級が多かったのだ。だが、下層民の数は国民の6割以上。下層民との対立や摩擦のせいで上流階級は血筋の分派をあまりしなくなった。こうなれば、もう後は内部抗争で泥沼だな」

 

「この間の一件で襲ってきたのはその連中なんだろ? そんな連中が外に向けて意識を割いてる余力があるのか?」

 

「少なくとも対外戦争をするくらいにはある。連中の豆類耐性は極めて強力は軍事力を支えられる代物だ。カロリーが大量に摂取出来る貴重な食材で絞れば、油も出る。だから、オイル協定諸国の一員にもなれた。奴らは基本的に強い。それは一重に人的資源の豊富さにある」

 

「珍しいな。フラム・オールイーストが相手国を強国扱いするなんて」

 

「フン。事実だ。奴らは基本的に数の多さがそのまま力となる。だが、真に恐れるべきは数の脅威ではない」

 

「じゃあ、何が脅威なんだ?」

「戦争遂行の基本骨子が根本的に常識的な近代国家と違う」

「?」

「人的資源を使い潰す目的で軍は運用されている、ということだ」

 

 思わず瞠目した。

 

「意味が分からないぞ!? 人を使い潰す為の軍って本末転倒だろ!?」

 

「貴様、話を聞いていなかったのか? 下層民がいては困る層がいる。そして、軍は対外的に最も簡単に口減らし出来る理由だ。オルガン・ビーンズの軍事力は武器よりも人数。人海戦術を駆使して無理やりに相手を突破するところにある。オイル協定諸国はそこに強力な武器を与えて使いっぱしりにしているのだ。歩兵の背後にいる督戦官達は周辺の軍事国家連中すら眉を潜めるような人を人とも思わない輩ばかり。一番戦場で性質が悪い状況は死んでも困らない兵隊が大量に沸いて出る事だ」

 

「………畑で兵士が取れる国も真っ青だな」

 

 国内情勢安定化の為の口減らし。

 その為の戦争。

 その為の軍人。

 まったくもって合理的で反吐が出る話だった。

 

「それで先程の聖油に付いての話だが、オルガン・ビーンズでは上流階級に施される教育は殆どオリーブ教の聖油教育と呼ばれるカリキュラムなのだ。生まれた時から丹念に教えられる教義と信仰。そして、膨大な知識と技術。これらが上流階級者達の精神的な支柱であり、食べるに困らない高級労働者としての人生を約束する。皇女は前々から言動が不安定で聖油教育が施されている人間と比べてもかなり特異な発言が目立っていてな。今回の共和国への発言から見ても確実に教育が施されていないと見るべきだろう」

 

 長話を終えたフラムがとりあえずサンドイッチを平らげ、リュティさんが持ってきた水を飲み干して、布で口元を拭くと立ち上がる。

 

 朝の日差しが入った食堂にはいつものように金髪メイド達が背後に控えていた。

 

(こうして見ると何処かの洋館のお嬢様みたいなんだよなぁ。基本的に……)

 

 オールイースト邸は純和風な作りなのに食堂やらキッチンやら風呂は完全に洋風。

 テーブルの上の料理も大抵はお椀ではなく白磁の皿に盛られるのが常だ。

 椅子から立ち上がった美少女に誰もが頭を下げる。

 

 その光景は少なからず見つめていても飽きる事の無い日常の1コマとして脳裏には焼き付いていた。

 

「では、言ってくる」              

 

 壁に掛かった時計は既に8時半を指していた。

 今日は別々の行動になるとフラムがツカツカ食堂から歩き出して消えていく。

 

 一旦部屋に戻ろうかどうかと逡巡しているとひょっこりと何処かのファンタジーに出てきそうなプリーストっぽい衣装の端が食堂の入り口でヒラヒラしていた。

 

「サナリ?」

「………」

 

 無言。

 食堂の前に出ると常に感情の薄いサナリ・ナッツが視線を何処か気まずそうに逸らした。

 

「何でもありません。エニシ様」

「面倒だから様付けは要らないし、何をしてるのか聞いてるんだが」

「……今日のサンドイッチはどう?」

 

 少しだけ恐々と聞いてくる様子はまるで何かに怯える小動物のようだ。

 

「リュティさんのより片面の焼きが甘かった」

「!?」

「パンにソースが染みてるのもいいが、せっかく焼いたのに触感が少し弱かったな」

「そう」

「料理の事が気になってたのか?」

「いいえ……はい」

「どっちなんだ?」

 

 少し恨みがましい視線がこちらに向けられる。

 

「次は絶対、リュティさんのものに追い付けるよう精進します」

「睨まずに言って欲しい……」

「……美味しかったのですか?」

 

「ちゃんと食べられる味で問題は無かった。もう少し頑張りましょう、くらいの評価だと思ってくれ」

 

 ようやく本題に入れた様子でコクリと素直に頷きが返った。

 どうやら料理をどう思われているのか気になっていただけらしい。

 表情が薄くて分かり難いが少女は基本的に負けず嫌いで臆病だ。

 それが最近は共に過ごすようになって少しだけ分かってきた。

 スッキリした様子でサナリの頭がそっと下げられる。

 

「あ、カシゲェニシ様」

「リュティさん?」

 

「本日は外へのご予定でしたのでお弁当にしておきましたが、よろしかったですか?」

 

 いつもニコニコ、メイドの鑑。

 オールイースト家のメイド長は常に挨拶を欠かさない。

 後片付けを部下達に任せてきたらしい姿は常と変わらず。

 凛として優しい。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。お帰りが遅くなるようならおひいさまにも伝えておきますが?」

「今日はたぶん午後には」

 

「そうですか。本日午前中に帰って来るそうなので、その時にでも。あ、いけない。これからおひいさまの昼食の仕込みがありますので。これで」

 

 リュティさんが頭を下げて仕事場であるキッチンに向かおうとする。

 それに付いて行こうとしたサナリの気配に気付いたか。

 立ち止まって、そっと後ろを振り向いた。

 

「貴女にはまだ早い仕込みです。お休みを出しますから、夜に来てください」

「わ、分かりました。メイド長」

「よろしい。では、カシゲェニシ様とも仲良くお願いしますね」

 

 通路の角を曲がるまで見送ったサナリがこちらを向いた。

 

「………」

「何だ?」

「付いて行ってもいいのですか?」

「別に構わない。ただ、護衛役が付いてる。見られてもいいならって条件付きだ」

「私もこの首都の事はまだよく知りません。一緒に行かせて下さい」

 

 玄関に向かうとメイドが一人弁当の入ったらしきバスケットを下げていた。

 それを受け取り、頭を下げられながら外に出る。

 庭園を横目に外へ出ると御者付きの馬車が一台。

 今日の予定を告げて乗り込んだ。

 対面に腰掛けたサナリがこちらを何やらジッと見つめてくるのでさすがに見返す。

 

「そんなに見られたって何も出ない」

「な、何かを出して欲しいわけではありません。ただ」

「ただ?」

 

 言い難そうにしながらもポツポツとプリースト少女。

 元ペロリストなサナリがこちらに何処か奇妙な程に真剣な様子で訊ねてくる。

 

「あなたはどうして……私のような……」

「自分をようなとか卑下する必要ないだろ」

「でも、私は……」

 

「犯罪者かどうかは国家が決める事だ。それと別に犯罪者じゃないって公的なお墨付き貰ったんだろ? 処分覚悟で身を投じてお咎め無し。もしもの時は見せしめにされるとしても、それまで時間があるとするなら、堂々と一般人ですって顔してればいい」

 

「そんな簡単に割り切れません……」

 

「割り切れなくてもいい。何も心配せずに過ごせなんて言えないのは分かってると思うが、逆に気にし過ぎてると心を病む。頭の片隅に置いておけばいいんじゃないか?」

 

 そう答えるとサナリの瞳が何とも言えない。

 気弱にも見えそうな光を宿して伏せられる。

 

「強いのですね。自分に軍の監視が付いてるのが分かっていてもそう言える……そんな風に私も思えたら良かったのに……」

 

「まぁ、最初は無理だとしても慣れる。たぶん」

「……はい。そう、願いましょう」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、唇の端を不器用に曲げて、ぎこちなくも初々しい笑みが零された。

 

「………」

「何か?」

 

 いつも、そのくらい素直な笑みを浮かべていたならば、少しは可愛げもあるのだろうが、オールイースト邸に通い始めてからまだ二週間。

 

 そんな風に笑みを浮かべられるようになるにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 

「何でもない」

「……それで今日は何処に向かうのですか?」

 

 気を取り直して訊ねてくる少女に答える。

 

「このファースト・ブレッドは広大過ぎる。それでもちゃんと維持されてるのは治水が完璧に行われてるからだ。今日は共和国首都の内部を流れてる川を巡る。地図からだけじゃ分からないものを見つけに」

 

「まるで学者のような事を言うのですね。エニシは」

「学者?」

「そんな事を知りたいなんて、子供か他国の軍人か学者くらいのものです」

「何にでも興味を持てって言うのが、父親の教えだ」

「お父様も共和国の生まれなのですか?」

「さぁ?」

「さぁって……その……聞いてはいけない事でしたか?」

「あんまり突っ込まれても答えられないとだけ言っておく」

「そうですか。分かりました」

 

「ただ、オレの父親は学者だ。薬学博士って奴で……研究職が天職みたいな人だった。だから、そういう物の見方は教わってる」

 

「エニシはインテリの家系なのですか?」

「一応な。母は別系統の学者だ」

「……何となく納得しました」

「?」

 

「私の周りには居ませんでしたが、よく世話になっていた女性達は男は理屈を捏ね繰り回すのが大好きな奴らだと仰っていたので」

 

「……遠回しにディスられてる?」

「ディス?」

 

 よく分からない言葉に首を傾げられた。

 

「いや、何でもない。とりあえず、今日はゆっくり川縁を探索する旅だ。適当なところでのんびりしつつ、昼食を摂ったら帰―――」

 

 ドンッ。

 

 そんな撃音だった。

 思わず反対側にいたサナリの手を引いて体を引き寄せ、足元に身を伏せる。

 

「もうペロリストは勘弁しろよ?!」

「?!」

 

 本音だ。

 限りなく面倒事はコリゴリだ。

 ついでに死ぬのも御免なのは間違いない。

 十秒程、耳を済ませて、そっとドアの窓から外を覗くと。

 数百m先の建物から煙が上がっていた。

 ついでに御者台を見てみると既に姿は無い。

 後ろの方を向くと慌てた様子で逃げ出していくのが見える。

 

 御者は何やらオールイースト家が雇ってくれていたのだが、さすがに命が惜しいのは理解出来たので溜息だけで我慢する。

 

「馬車、運転出来るか?」

「は、はい。一応」

 

 何やら驚いた表情で固まっていたサナリがハッとした様子で頷いた。

 

「じゃあ、とにかく此処から逃げるぞ」

「分かりました」

 

「御者台にはこっちも乗る。どっちに逃げればいいのかは分かるから、指示した方向に逃げてくれ」

 

「はい!!」

 

 とりあえず、周囲を警戒しながら室内から降りて御者台に二人で上がる。

 馬は興奮しているようだったが、まだ制御可能な様子だった。

 

「まずは近場から離れるぞ!!」

「分かりました!!」

 

 巧みな鞭捌きで馬がガラガラと馬車を引きながら方向転換し始める。

 どうやら騒ぎに気付いたらしい官憲が集まりつつあったが、逆方向に逃げ出す者が多数。

 走る者に馬車にと次々道に押し寄せてくる。

 その中で何とか元来た道へと馬車の方向を変えた時だった。

 何やら子供を抱えた二十代後半くらいの青年が一人御者台の方へ大声を張り上げた。

 

『すみません!! 子供がいるんです!! 乗せて下さいませんか?!』

 

 身なりを見れば、すぐに上流階級だと分かる。

 

 来ている灰色のスーツの仕立ては良かったし、抱えている子供は白いワンピースに麦藁帽を被っていて、まだ自分より年下に見えた。

 

「後ろには誰も乗ってないのでどうぞ。ただ、揺れるかもしれませんから気を付けて」

「恩に着ます。さ、こっちに」

 

 頷いた少女が青年に付き添われて馬車の内部へと入っていく。

 

「行きますよ!!」

「ああ、出してくれ」

 

 それからの数分、馬車は混乱する周囲の中から何とか抜け出すべく。

 人が集中していない方面へと走り続けた。

 数km程も走った頃だろうか。

 ようやく混乱が押し寄せていない街路樹のある通りへと出た。

 一旦、路肩に止めて背後の相手を確認しようと御者をサナリに任せて後ろの扉を潜ると。

 其処には青年と麦藁帽を被った少女が仲良く座っていた。

 

 よくよく見ると青年は四枚目で髪には緩く天然パーマが入っており、申し訳無さそうな表情がその顔には浮かんでいた。

 

 薄い灰色の髪は少し煤けており、近場にいたのだろう事が分かる。

 

 背丈が自分よりも少し高いくらいで体付きも平凡な事から、何処かの良いところの三男坊みたいな想像が頭に浮かぶ。

 

「ありがとうございました。本当に何とお礼を言っていいか」

 

 手が差し出されて、握手する。

 

「いえ、困った時はお互い様ですから」

 

「素晴らしい道徳観をお持ちですね。では、その道徳観に従って人質になって頂ければ、幸いです」

 

「は?」

 

 急激にフラッと来て身体が動かない事を悟る。

 手が微かに濡れている。

 汗かと思っていたが、まさかとの思いで何とか顔を上げようとしたが不可能だった。

 

「あ、即効性の筋弛緩剤ですが、量は調整してあるので心臓は大丈夫だと思いますよ」

 

 何たる事。

 相手が爆発に関連しているのは確定的かと。

 つくづくペロリストに縁がある己の運命が呪わしい。

 

「ん?」

 

 こちらを見下ろす麦藁帽の少女と視線が合った。

 瞳から下半分を隠す仮面を被られているのですぐに誰なのか理解する。

 

「あなたA24(エーニシ)なの!? シー君!! これは可哀想な下層民なの!!? 助けてあげて!?」

 

「おお、これが殿下の言っていた下層民ですか。いやはや、世間は狭い。それにしても何という偶然。ならば、此処はシッカリと責任を取って貰いましょう。まったく、あの記者を殺しておけば良かったとつくづく思いますが、致し方ない。まぁ、まずは脱出が最優先です。このまま行きましょう。この下層民が可哀想だと思うなら、協力して下さいますね? そこのお嬢さん」

 

「?!!」

 

 御者台からは息を呑む音が聞こえた。

 

「A24!! 助けてあげるから、このパシフィカ・ド・オリーブの人質になって!!」

 

 至って真面目に頼まれながら、思う。

 このガキ後で絶対泣かす、と。

 

「大丈夫!! あたしに任せておけば、全て解決するわ!!」

 

 皇女殿下は何処から来るのかという程に自信満々な様子で花が綻ぶような幼い笑みを浮かべた。

 

 どうやら、また……面倒事に巻き込まれたらしかった。


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