ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第292話「彼らの戦争の終わりまでの顛末」

 

 世界各地において原発が未だに操業出来ていたのは原子炉内の核物質が残存していたからだ。

 

 今更、こんな場所を攻めてテロを起そうなんて人物達はいなくなった、はずだ。

 

 米軍の本拠地であるペンタゴンを外部から遮断し、その中枢を乗っ取ろうとする人物達などいるはずがない。

 

 そう、いるはずは無かった。

 また、米国最大の自然公園の地下にあるオブジェクト。

 

 人類の再生を司るとも言われるソレは一部の使い方次第では人類に資するものだとファースト・クリエイターズの破壊対象から除外されていたが、悪しき者の手に渡れば、容易に世界を破滅させる事が出来る危ない代物でもあるだろう。

 

 この世が暗きに陰ろうと平和を希求する心があるならば、人は言う程に愚か極まれないし、感情的とも成れない。

 

 それこそ独裁者くらいの特権だろう。

 世界に今更戦争を仕掛けるとすれば、それは何者か。

 決まっている。

 

 世界を恨み辛み、ソレそのものとなってしまった者達以外に無い。

 

 彼らがそうなってしまった理由がどうであろうと。

 戦いの趨勢がどうであろうと。

 人類の手に余るならば、それは彼らの仕事だろう。

 

 無論、敵役達がもう酷い事が出来ぬよう……手足を縛って折った挙句に青息吐息のところを人類の前に転がして邪悪の仮面を付ける事を忘れてはならない。

 

 それに相応しい顔さえしていれば、そう見えるのが人間の愚かしいところであり、美徳なのだ。

 

 ソレを直感的に判断する事は極めて自然界においては純粋に必要な能力であろう。

 

 怖いものには近付かない。

 怖ろしいモノには近付かない。

 

 シレっと自分に毒は無いという顔をしたもの程恐ろしいが、毒があると教えてくれているものを敢て摂る必要も無いのである。

 

 ネットは未だ不安定ではあるが、殆どの国の大方の場所で7割以上が復旧終了し、今は公共工事の真っ最中。

 

 六か月前の話をすれば、大規模な電波塔などに類する施設は攻撃対象にはなっておらず。

 

 人々がその光景をオンライン上で目撃する事は然して難しい事ではなかった。

 

『アレは!!?』

 

 霧煙る深山幽谷の先。

 

『まさか!!』

 

 大空の果てに仙済む如き峰の上。

 

『彼らだ……』

 

 密林の尽きる事無き奥の奥。

 

『ママ!! あの人達だよ!!』

 

 コンクリートに包まれた大城砦のような都市。

 

『一体、次は何を起す気?』

 

 何処だろうと同じだ。

 人々は画面を見つめた。

 世界は彼らを見つめた。

 誰かが叫ぶ。

 奴らだ。

 誰かが叫ぶ。

 彼らだ。

 誰かが叫ぶ。

 あいつらだ。

 誰かが叫ぶ。

 あの方達だ。

 誰かが叫ぶ。

 

―――戻って来たのか。

 

 沈黙を以て迎えた者達も歓声を以て迎えた者達も根本的に差など無い。

 

 故在るならば、その拳を握り、故在るならば、振るえて起つ。

 

 テレビの先にいたのは神話だ。

 それは最新最高最鋭の物語だ。

 地球がようやく醒めたかと思えば、そんな事は無く。

 彼の与えた魔法は未だ有効。

 教師は子供に何と教えるだろう。

 

 アレは悪だ。

 アレは善だ。

 アレは、アレは、アレは……。

 

 無数の意見を目に子供達は何と思うだろう。

 

 ソレは何だ。

 ソレは善か。

 ソレは悪か。

 ソレは、ソレは、ソレは……。

 

 開幕を告げるベル代わりに、今―――彼らの降臨せし、領域の中で赤黒いナニカが吠える。

 

『来たか』

 

 もし、その声を聴いた者が有れば、きっと何ら意味を持たない吠え声であったとしても、そう聞こえていた。

 

『ファースト・クリエイターズ!!!』

 

 化け物となった者達は叫ぶ。

 彼らはしがない研究員だった。

 あの日、南米沖に沈んだ。

 失意の中、絶望を喰らわれた。

 だから、彼らは奔る。

 再び大勢を整えるまで半年。

 

 最後に残っていた穀物メジャーと製薬会社の派閥を取り込み。

 

 妄執染みて。

 

 いや、ソレそのものとなって片時も休む事なく盤面を調整し続けた。

 

 彼らは物理攻撃に対して無敵だ。

 そう、それはそうだろう。

 彼らはもはや法則を超越しているのだから。

 

 だから、例えソレが太陽を砕く物理量だろうが、彼ら一人殺せはしない。

 

『死ねぇえええええええええええええええええええ!!!!』

 

 それは怨嗟というよりも怨恨か。

 

 彼らはその指の切っ先で鋭い歯で堅い拳で物質を穿ち貫き砕こうと。

 

 目の前の相手に対し、全力を以て呪う。

 

 それこそが、感情こそが、尽きぬ恨みこそが、彼らの無限の動力源だった。

 

 時にそれはドスリと目の前の相手の躰を穿ち。

 

 如何なる防御も貫通し、怖ろしき兵器を両断し、首を噛み千切り、心臓を握り潰し、四肢を一瞬でバラバラに分解しただろう。

 

 勝った。

 第三部完。

 

 漫画ならば、○○先生の次回作にご期待下さいと描かれているかもしれない。

 

 まぁ、それが―――彼らの想像力と視野の狭さと人間としての限界だった。

 

『な、んだ?』

 

 彼らが気付く。

 

 自分達が急速に攻撃によって倒したはずの相手の中へと取り込まれていく事に。

 

 その赤黒い肉体が煙の如く吸われていく事に。

 そうして、観るだろう。

 その中に入った瞬間に。

 それは肉の塊だった。

 それも人間のものですらない。

 遺伝子は豚や牛だ。

 彼らが貫いた躰も彼らが貫いた兵器もまるでハリボテだ。

 見た目だけがソレっぽく。

 それどころか。

 無常なくらいに安っぽいプラスチックや単なる鉄の塊。

 

 確かに生命があったと認識していたはずのソレの脳髄には脳の代わりに神経の束が詰め込まれており、それもまた単なる猿のDNAを用いた束にしか過ぎず。

 

 おざなりも良いところだろう偽物に……彼らは激怒するより先に恐怖を覚えた。

 

 急速に躰へ自分達が馴染んでいく。

 外部から肉体のDNAが干渉されている。

 細胞が細胞内にいる生命とは違う何か。

 

 そう、極小の遺伝子改造を施すウィルスによってゆっくりと変質していく。

 

 “元に戻っていく”のが彼らには分かった。

 逃げ出そうにも不可能だ。

 

 ああ、スーツの裏側に無限にも思える密度で描き込まれたソレは魔術の印だ。

 

 誰かが造った悪霊を閉じ込めるなんて、そんな初級魔術師だって出来そうな代物がミッチリと集積回路染みて描き込まれている。

 

 逃げ出そうという合間にも彼らの肉体は動物へと変化していく。

 

 悪霊ならば、肉体をもっと自由自在に変化させられそうだと彼らが思ったとしたら、それは所謂誤解という奴だろう。

 

 霊がもしもそんなに複雑な事を大量に出来る存在ならば、今頃人間は科学を止めて、魔術で世界を形作っていたはずだ。

 

 彼らは悪霊だ。

 それ以外ではない。

 そして、何でも出来る大と付きそうな悪霊でもない。

 

 自分の研究の無念を、己の野望を、果たす為だけに世界へ戦いを挑み。

 

 彼らの頭となる者の下に集った手足だ。

 手足が勝手に肉体を創り始められたら苦労はしない。

 彼らは畏れた。

 あらゆる臓器が、脳以外の全てが形成されていく。

 

 彼らは元生命体であり、新たな肉体に適合出来はしない。

 

 なのに内部に入って居たらどうなるか?

 拒絶反応は起きるようだ。

 それだけの苦痛が彼らを襲い始める。

 だが、だからと言って死ねるわけでもない。

 だって、そうだろう。

 

 その牛と豚を“永劫に生かしてくれるシステム”として衣服がガッチリと肉体へ食い込んでいる。

 

 無理やりに死を遠ざけてくれる延命措置も真っ青な永遠の命。

 

 彼らは悲鳴を上げる。

 

 毛皮と化した衣服はもはや彼らから剥ぎ取られる事はない。

 

 暴れながら、悲鳴を上げて彼らは逃げる。

 何から?

 それは彼らにしか分からない。

 

 もしかしたら、世界で初めて牛と豚の気持ちが分かるようになった元人間としてかもしれないし、あるいはもはや牛と豚の五感しか有しない存在として永劫に追い掛けて来る時間からかもしれない。

 

 とにかく、彼らは逃げ出した。

 巨大な自然公園の中へ。

 未だ紅い噴流に覆われた原発の通路の先へ。

 ペンタゴン近くの公道へ。

 彼らがその後に何とテレビで報道されたのか。

 歴史の記録には無いが、一つだけは確かだ。

 この世にはきっと死ぬよりも恐ろしい事がある。

 それを彼らはやがて悟るだろう。

 全ての怨嗟と怨恨が0となった時、安息は訪れる。

 それがいつになるのか。

 それは誰にも分からない。

 

 そうして、彼らは舞台の上から退場し、一人遺された男はほぼ全ての手足を失い……そのもはや単なる金で雇った者しか味方無き独りぼっちの戦争を始めた。

 

 それが全て無為であると知りながら。

 勝利の二文字が無い事を機械に予言されながら。

 

 未だ少年の居所を把握出来ない己の無能さに絶望しながら。

 

 それでも戦わざるを得なかった。

 敗北とは何も争うだけで得られるものではない。

 

 巨大な相手を前にして何も出来ずに沈むのもまた彼の辞書には無い類の現実に違いなかった。

 

―――ぁ゛あ゛ぁ゛あぁああ゛ぁあぁああぁ゛ぁああああ゛ぁ゛あ゛ああ―――。


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