ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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間章「明星よりも暗きもの」

 

 晴れ上がる空の下。

 乾いた風が吹き渡る一面褐色の岩塊の上。

 

 世界で唯一、謎の侵略者と侵略者達の司令機関と目されるものを破壊した米国はその戦力の撤収を未だ行わず。

 

 その敵の残骸の解析を急いでいた。

 各先進科学の大家を要する大学。

 また、各分野の権威達。

 

 更には怪しげな人物や怪しげな人型や怪しげな化け物や怪しげな物体を多数所持し、それらを簡易に収容する白亜の壁の施設を数棟、数日足らずで完成させた何処かの機関。

 

 そして、米国が要する陸軍五個師団と周囲50km圏内を州兵が取り囲む。

 

 もしもの時の備えは核弾頭。

 軍上層部は渋い顔をしたものの。

 

 しかし、何かあった時、国内で案件を処理出来ない場合、本国が失陥する可能性をデータ分析した軍の研究者達全員が口にした以上、プレジデントの認証さえあればというお墨付きで数発が近隣の基地の航空隊には空対地ミサイルの形で保管されている。

 

 広大な自然の中。

 

 巨大な白いドーム状の中心地は半径80m圏内を覆い尽し、内部には厳重な検査後にしか入出出来ない厳戒態勢が敷かれていた。

 

 そんな、施設の中央。

 複数の白衣を来た者達が一つの物体を前に立ち働いている。

 

 周囲にはあらゆる検査機器が揃っており、ソレの解析を進めていたが、遅々としてデータの解析は進んでいない事を反映してか。

 

 多くの顔は難しいものばかりであった。

 

「ははは、一日稼働するだけで500万ドルって話だが、これを解析し切るのに何年掛かるのか。見当も付かんな」

 

 50代程の男がその破壊された銀の円筒形を見ながら溜息を吐く。

 

 内部から溢れ出した筋肉繊維のようなものが未だに垂れ下がっており、その周囲5m圏内は立ち入り禁止。

 

 3m圏内は透明な硝子状のドームに作業用アームが取り付けられており、内部へ向けられたアームの操作用端末3つ外部に突き出している。

 

 サンプル採取用の入り口以外は完全密閉。

 内部気圧を高くしている為、外部へ何かを放出する心配も無い。

 

「チーフ。新規のサンプルの計測結果なのですが、またオカシな事が……」

 

 20代の助手が一人。

 

 データの入った大型ディスプレイの端末を持ち寄って、50代の男に話し掛ける。

 

「またか。今度は何になったかね?」

「はぁ……それが、サンプルが超純度の珪素に……」

 

「土塊か。神が人の他として戯れに創った、とでも言うのかな」

 

「ははは、何か否定出来ないですね。例の動画の話、知ってますか?」

 

「ん? ああ、でも、悪質な悪戯って事で片付いたのではなかったかね?」

 

「でも、世界各地で魔法使いってのがいるのは確定らしいっすよ」

 

「魔法、か。一概に否定はせんよ。何せ、それっぽいのがあっちの施設に大勢だからな」

 

「……あいつら、ホント、何処の奴らなんすかね?」

 

「財団。耳に挟んだ事がある。オカルトの蒐集研究施設という触れ込みだったか。何人か、知り合いが務めている。が、ロクなもんじゃないらしい」

 

「はぁ、それ聞くと自分の学位とか何だったんだって思いますね」

 

「気持ちは分かる。国家の一大事に政府から信任を受けたはいいが、それと同列で怪しげな者が存在する。それは確かにやる気も削がれる状況かもしれん。だが、だからと言って我々がする事は変わらない。だろう?」

 

「ええ、まぁ」

「君は日本人みたいな奴だな。その煮え切らないところが……」

「よく言われます。どっちなのって」

「ガールフレンドにかね?」

「いえ、気の置けるムサイ軍属連中に」

 

「ははは、大事にしたまえよ。もしもの時、彼らに輸送されるのだから」

 

「そうします。ドクター」

 

「さて、この銀の円柱君の解析に戻ろう。今日はそうだな……スペクトル分析はもうやったから……溶かしてみるか?」

 

「溶かす、ですか。何を用いますか?」

「……王水辺りを用意し―――」

 

 メタリック物体には現在、複数の硬化剤が満遍なく散布されており、レーザーもしくはカッターで切り出さねばならないほどの硬度だ。

 

「?!」

 

 しかし、複数の白衣の人物がその異変に気付く。

 薄い透明な被膜化した硬化剤が白くなっている。

 いや、変色しているのではなく。

 

 一瞬で満遍なく罅が入ったのだ、と理解した瞬間に数人がその場から逃げ出した。

 

 しかし。

 

「博士!?」

「君は行け。この目で見なければ分からない事もある」

「何を言ってるんすか!?」

「後、十秒でこの場は封鎖される。行け!!」

「―――」

 

 残った博士と呼ばれた男が部下がその場から背を向けるのを確認して、周囲にゆっくりと埋め込まれていたチタン合金製の壁がせり上がっていくのを確認する。

 

 待っていれば、完全に外部との連絡通路は隔離され。

 

 そして、彼は自分の目の前で再起動したらしき円柱がゆっくりとその破損個所をまるで復元するかのように修復していく様を見るだろう。

 

 傍目には筋肉が円柱の表面装甲へと変異し、内部にゆっくりと本体が引っ込んでいくという状況。

 

 これからどうなるのか。

 

 ワクワクするというには聊かスリリングだろう状況に彼は数歩近付いた。

 

「重力制御、ではないか。浮かび始めた時から大地を押していた。何かに引き上げられた? いや、吊られていると言うべきか。そして、修復能力……破損した装甲を自前で生成した? 有機物に見える内部と無機物の装甲……金属である事は疑い無い装甲に有機物が成る? 原子変換の挙句に分子結合、同じ装甲を形成……正しく神の力か……理論は分からんが、我々の科学技術で理解出来る範囲でならば、正しく万能だな」

 

 彼の目の前で物体が完全に円柱として再生され、倒立する。

 

 続いて、その周囲の地面から同じ色の装甲らしきものがゆっくりと浮上してくるとお椀状のパーツの中央が開き、その円柱を呑み込み接続していく。

 

 同時にパーツ外周が分割、割れながら展開し、複数の脚らしきものが内部から突き出し、最後に彼の真正面のパーツが一際大きく外れて、昆虫類の顔面らしきものが形成された。

 

「ハロー。神様」

 

 皮肉げに彼がその巨大な蜘蛛型物体の前で手をヒラヒラさせてみる。

 

「聞こえているかな。神の使者よ。私はこの地で博士と呼ばれている者の一人だ。もし、良ければでいいのだが、一つ君達に聴きたい事がある」

 

 白衣の中のシャツをバリッとボタンを弾きながら剥いだ彼が己の胸を指差す。

 

「ペースメーカー入りの私の心臓が正常になったらしいのだが、君達の仕業かな?」

 

『………』

 

 蜘蛛がコクリと頭を上下させた。

 

「ああ、やっぱりか。君達に朗報を一つ提供しよう。君達が誰かは知らないが、君達がこの世界の未来を憂う未来人なり、別世界人なり、異次元人なり、超能力者なりだとしたら、敵が一人消えたよ。良かったじゃないか。我々はあくまで未来を憂えて世界へ喧嘩を売る準備をしていたが、その必要も無くなりそうだ。今、多くの人員があの計画から離脱している。強硬派と仮に呼ぶが、我々は今後彼らが行う予定の事象には一切関わらないつもりだ。そこのところをどうぞよろしく。まぁ、殺したいと言うならば、仕方ないがね」

 

『………』

 

 蜘蛛は何やら男を見つめた後。

 

 そろそろ時間だと言いたげにヒョイッと自分の身体を跳躍させ、周囲の壁をその重量で破砕しつつ、合金製の壁に取り憑くと数百万ボルトの電流が流れるのを物ともせずに攀《よ》じ登っていく。

 

「さらばだ。核弾頭に気を付けたまえ。米国が財団の用意しておいた分を全て回収した代物だ。地下2000m以下にある全サイトの機能停止と引き換えにな」

 

 蜘蛛は一度だけ博士を見た後、適当に前足をブンブン振ってから、カサカサと電撃奔る壁を昇り切り、直後に撃ち込まれた戦車砲やRPGを物ともせずに大ジャンプ。

 

 爆風に乗せられるように天井を破りながら外へと飛び出していった。

 

 残った男は一人。

 耳に突っ込んだ指を引き抜きながら、周囲の岩の一つに腰掛ける。

 

「委員長……君の敵は難敵らしいぞ」

 

 そう独り言ちると。

 

 白衣の中から副委員長と書かれたネームプレートを取り出し、パキリと折ったのだった。


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