ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第275話「裂く華の導に」

 

 先兵(レギオン)

 

 蜘蛛型多脚兵器なドローンは見掛けはロボか生物兵器かと言われているが、実体は機械でも生物でもない細胞塊だ。

 

 IPS細胞ならば、この時代よく聴く機会もあっただろうが、それの超高速の増殖と初期化を繰り返す代物。

 

 栄養さえあれば、寿命すら無いプログラムで動かす有機機械。

 

 というのが最も近いだろう。

 駆動系というものは内包しておらず。

 内部で魔術コードの動魔術。

 

 要は質量のエネルギー変換を行って精密に動かしているに過ぎない。

 

 自立する伽藍堂内部に詰まった細胞はあの月のスパナ親父が使っていた菌切断技法に使われていた数百種類の菌類の能力を内包、処理能力を個別に付与して搭載し、水資源の濾過や通常の生物への様々な遺伝子導入、遺伝子改良を行う。

 

 それは正しくパンデミックの発生源そのものである。

 

 神の水を組み合わせた巨漢の細胞が使われている為、不老不死は無いにしても不老くらいには為れるヤバい技術の塊だ。

 

 戦車砲に耐える外殻は天海の階箸で戦った人類殲滅系ドローン兵器アルコーンのものを再現しており、大抵の現代兵器では傷一つ付かない。

 

 メタルジェットによる弾性限界を用いる焼き切りすらも防ぐらしく。

 

 ぶっちゃけ、単分子カッター的な原理を応用する切断方法が無い限りは切れもしないだろう。

 

 魔術師を認識するとコレが単なる張りぼてのチタン合金に魔術コードで入れ替わり、多脚の真下に位置する中枢に配置したコアの破壊で止まる。

 

 その後は分解されたように見せかけられて地面内に染み込み、十二体のマスターサーバーからの再構成命令を待つ事となる。

 

 魔術師の中でもコレを撃破出来るのは物理事象に頼らない系統の相手が多い。

 

 武器や攻撃方法が特別だったり、コアを攻撃する方法が通常兵器より多彩なら、火力の集中で落とせる。

 

(で、今まで先兵に蓄積された魔術師連中の攻撃方法はパターン化して解析済み。実に33000種くらいを8系統に大別。その上でオレの基礎防御能力や技能に自動で反映させて、特にヤバい系統の防御もほぼ完璧に出来る、はずなんだがなぁ……)

 

 物理事象を使わない以上、それでもかなり抜けはあるだろうとは予想出来ていたのだが、案の定だった。

 

 こちらの載っているアトゥーネ・フォート(簡易版)が過度の雷撃による磁界の発生と高重力で通常航行を封じられ、その場に釘付けとなっている。

 

(常識的な物理現象でも規模の拡大で対抗されたり、まだ人類が到達して無い重力の操作なんかを相手にするとさすがに防御手段を講じてても辛いか)

 

 普通なら、考えるまでも無く。

 

 武器を破壊すれば、大抵の戦力は黙るのだが、魔術師は違う。

 

 その身一つで発動させる術もあれば、能力も大小様々、多種多様である。

 

 今現在、人が掃けた首都官邸中心200m圏内が一塊の岩塊となって、地下50m程を円錐状に真下へ向けた形で浮上。

 

 何処かの格ゲーにありがちな最終局面のステージっぽい有様となっていた。

 

 こちらの手駒は集結している先兵320機。

 砕けた周囲の建造物の残骸の上に待機させている。

 だが、これだけではなく。

 

 天候操作系の能力もあるようで雷撃があちこちに落ちていた。

 

 根本的には距離を取る。

 予測で攻撃の入る空間そのものから逃れる。

 相手の攻撃用の道具を破壊する。

 

 近くにいるなら相手の脳の一部を魔術コードで制圧、無力化する。

 

 相手の使う魔術に必須の媒質を操作する。

 超高速で相手の意識を刈り取る。

 

 魔術の始動因と思われる思考以外のあらゆる事象を途中で停止させる。

 

 等々が凡そこちらの防御の要だ。

 だが、それが上手く働いていない。

 

(また防御面を見直さないとな。どれどれ敵の内訳は……)

 

 よく周囲を観察する。

 すると、中々にして多彩な魔術関連の相手が見えた。

 

 先兵の10の1程が何か見えない空間のようなものに呑み込まれて消えたり、周囲50m圏内で巨大な怨霊の塊のような何か。

 

 有り体に言えば、何かメッチャ悪霊です的な造形の赤黒い触手とか人の顔とか臓物とか腕とか脚とかの混ぜこぜ物体が複数体浮遊している。

 

 他にも鬱陶しいくらいに飛んでくる弾丸のような青白い光の弾とか。

 

 生物を枯死させる何か平べったいノッペリした黒い影とか。

 

 そういうのもいる。

 

 他にも虚空に浮かび上がった骸骨と周囲に浮かぶ着物とか錫杖とか剣とか刀とかが蜘蛛を細切れにしながらケタケタ笑っていたり、蜘蛛そのものが同士討ちを初めていたりもした。

 

 が、別にこれは想定内だ。

 

 問題は堂々とそういった現在蜘蛛相手に善戦しているナニカ達の数十m後方の一団に紛れている。

 

「何で此処にいるかな……はぁぁぁ……」

 

 大きく溜息を吐かなければならない理由。

 それは女子高生が混ざっているという事に尽きた。

 ついでに幼年者や小学生みたなのもちらほらいる。

 

 全うな人型の大人は極少数。

 

 いるにはいるが、何か胡散臭い恰好やコートや外套姿が多く。

 

 他は明確に人間とは見えない感じの首の長さだったり、尻尾が生えていたり、翼がパタパタしていたり、角や翼もアリアリだったり、物凄く筋肉ムキムキだったり、逆に骨だけでガリガリだったり、めっちゃ強者感の出る面構えで腕組みしていたり、虚無っぽい相貌をしていたりする。

 

 取り敢えず、幼女とかショタ相手だとやる気が失せる事この上ない。

 

 自分より小さな相手を殴って清々しい気分になれる程に屑なつもりはない。

 

 のじゃロリやロリババア的な年齢なのかもしれないが、外見で判断していい類の実力しか持って無い事は一目見て分かった。

 

 なので、しょうがなく傾いたままのアトゥーネ・フォート(張りボテ)から降りて、そんな一団に接触するべく前進する。

 

 歩いていると怨霊の塊が突撃してくる。

 

 蜘蛛内部の細胞に魔術コードを奔らせ、細胞単位での音響発生装置、要は生体スピーカーを生成。

 

 適当にこの時代で得た魔術知識に従って、大音響の念仏的な呪文を唱えさせて一掃しておく。

 

 青白い弾丸的なものを飛ばしてくる敵は見えないのだが、ソレそのものがいる空間座標は確定していたので、その周囲に酸素といつもの液化爆薬を供給して点火。

 

 何だか人間らしい空飛ぶ人影が地面へ落ちていった。

 

 影にしか見えないノッペリした何かは見る限り、極薄の大気に近い流体、いや粒体だ。

 

 構成物質の9割が単なる空気だが、混ざっている炭素。

 

 恐らくは灰の類が魔術の媒質として存在を保っているようだったので炭素に直接別の物質をくっ付けてあげる事とする。

 

 途端だった。

 

 ソレが急激に動きを鈍くすると単なる灰になった様子でボフンと動かなくなって崩壊した。

 

 空飛ぶ骸骨と着物と錫杖とか剣とか。

 

 強そうな感じであったが、大気層の空気から水を抽出して、適当に相手を包み込み、絶対零度近いナノケルビンくらいの温度で凝結。

 

 氷の分子構造を綺麗に整えて強度upも施し、封印しておく。

 

 同士討ちしている蜘蛛を観たら、何やら魔術というよりは何かが取り憑いている様子だったので、ソレを他の蜘蛛に運ばせて、歩く途中に無理やり並べさせ、そのまま片手で触れながら歩いた。

 

 途端、触れた個体の制御が元に戻っていく。

 

 魔術系統の技術で取り憑いていた何かがこちらの肉体に吸い込まれたのだろう。

 

 千音の言う通りとなったようだ。

 一応確認したが、体に異常らしい異常は無かった。

 

 竜っぽい外見とか鬼っぽい外見とか翼のある天狗っぽい相手とか。

 

 まぁ、若者から中年まで数人いたが、突撃してきた時点で相手の中心を突っ切るように飛び込む。

 

 摩り抜け様にいつもの極細触手を開放。

 相手の肌から直接浸食を開始。

 

 着地した時には首筋から浸食を終えた肉体の自由はこちらで動かせるようになった。

 

 邪魔なので蜘蛛に捕獲させて人間らしく麻酔で眠ってもらう事とする。

 

 筋肉ムキムキと骨ガリガリが突撃してきた。

 

 解析結果だけ言うとムキムキの方は片手でビルくらい持ち上げられそうな膂力。

 

 ガリガリは何か毒っぽい物質が指先や関節などにヌリヌリされている。

 

 理不尽な膂力であったが、精々が巨漢の1200倍。

 

 魔術でブーストという事なのだろうが、生憎とこちらは10万年程人類が研鑽した人体実験の成果とかを保有している。

 

 それがどれだけ理不尽だろうが、骨密度や筋繊維が桁違いだろうが、人体が敵である限り、物質が単なる物質である限り、何一つ怖くも無い。

 

 筋肉が反応し切るより早く。

 それなりに本気で手刀を相手の鳩尾に打ち込み。

 

 再生しながら抑え込もうとする筋肉を単分子加工した指先の爪で引き裂きながら横隔膜の下を全て貫通……内部で筋繊維の再生が意味を為さないよう血管内に直接麻酔を注入、更に念を入れて末梢神経の隅々にまで触手を這わせて掌握。

 

 相手が力めぬように無力化する。

 

 そんなこちらを狙うガリガリが背後を取ってはいたが、生憎とこちらの外套を貫通出来ていない。

 

 鋭さはある。

 威力もある。

 硬度もある。

 毒は気化もするらしく。

 

 通気性の良い衣服ならば、こちらの肌まで到達出来たかもしれない。

 

 が、生憎と今現在纏ういつもの外套は宙間戦闘仕様で完全に外部と内部をシャットアウトするし、威力そのものが分子構造を一欠けらも損なえていない。

 

 ついでに解析してみた毒であるが、こちらのデータバンクにある中和可能な代物であった。

 

 まぁ、それ以前の問題としてこの肉体は細胞単位で重金属類を取り込んでいる。

 

 生憎とこちらの血の方がよっぽどに人間への毒性は強いだろう。

 

 1摘の血が気化したものを吸っただけで人間ならば大抵重金属中毒の症状で死ねる。

 

 そもそも委員会が10万年で用いたあらゆる毒に対する耐性と自力での中和方法が細胞単位で備えられているものを前に毒殺なんてのはこの時代不可能だ。

 

 魔術の毒は物凄く強い!!

 

 とかなら話は別なのだろうが、毒は珍しくこそあるが、未知の元素などが使われていたわけでもなかったので無問題でしかない。

 

 サリンだろうがVXだろうがマスタードだろうが糜爛剤だろうが水銀だろうが、無力な上に魔術も吸収出来てしまう体質になったらしい自分を一体どんな毒なら殺せたものか……学の無い自分では思い付きもしなかった。

 

 ペイっとムキムキの数千kg程ありそうな重量をガリガリの方に片手で投げる。

 

 ベギョンとガリガリが背後で潰れたらしい音とそれでもまだ圧壊せずに何とか生きているらしい事が呼吸音から分かった。

 

 そのまま進むと今度は強者っぽい腕組みの男がスーツ姿で引き絞られたパツパツの筋肉を膨張させつつ、ギロッとこちらを睨む。

 

「ぁ~退いてくれる?」

 

 歩き続けていると相手が腕組みを解いて……倒れた。

 

 まぁ、そりゃそうだろう。

 

 自信満々に腕組みしている間、延々と麻酔を嗅がされていたのだ。

 

 気付かないよう無味無臭のものを使い。

 ついでに体内で効くまで時間が必要なものを選んだ。

 

 腕を解いた瞬間に限界まで濃度を上げつつ、即効性のあるものを混ぜ込んだので動き出そうと全身で力んで息を大きく吸った瞬間には昏倒している。

 

 更に進むと今度は幼女にショタ、今の今まで他の連中が無力化されるのを顔面蒼白で汗を浮かべつつ見ていた常識人枠らしい人々が立ち塞がる。

 

「えっと、小学生を殴る趣味は無いんだが……」

 

 誰もがこっちのヤバさ的な事はもう理解しているらしく。

 

 難しい顔をしていた。

 

「オレはそこの知り合いの女子高生に話があるだけだ。通して貰えないかな? ちなみにお前らは合格だ。ちょっと世間話したら、今度は大陸の方に行かなきゃならないから、すぐ蜘蛛は撤収させる。もし立ち塞がるなら、後ろで伸びてる連中と同じ目に合ってもらわなきゃならないんだが、無駄に痛い目見るか? お前らを後で回収する連中が一番苦労するんだから、何人かは遠巻きに被害が無いよう眺めてた方がいいぞ。ああ、日本語以外じゃないとダメか?」

 

 こっちの言葉に思わぬ事を言われたらしく。

 

 面食らった後、互いに瞳で遣り取りしていた連中が物凄く渋々といった様子で道を開けてくれた。

 

「呆れた……」

 

 目の前に立つと美少女がそう一言こちらに吐き捨てるように溜息を吐いた。

 

 瓦礫の上。

 まだいつものナイフも抜かず。

 その目はギロリとこちらを見つめる。

 

「フラム・ボルマンさんは何でこう突っ掛かって来るかな。友人は友人の意志で納得して能力を無力化されたかと思ってたんだが」

 

「認めると思う?」

「まったく思わないが、理解はしろよ。後、出来れば納得」

「絶対、納得しないわ」

 

「でも、だからって、こんなところまで来て勝てないって分かっててやるところが何とも……友達想いなのは分かったから、今度はその気持ちを友達の生活を手伝ったり、一緒に気晴らししてやったりって人間らしい日常で消費してくれないか?」

 

「私が一番嫌いなのは人に指図する奴よ」

「指図じゃなくて、単なる一般論だ。後、忠告」

「指図じゃない!?」

 

「オレに文句が言いたいなら、メールか電話にしてくれ。こっちはこっちで諸々忙しいんだよ。いや、本当に」

 

「馬鹿にして……」

 

「馬鹿にはしてない。その合理性とかに欠ける突っ掛かり方法は馬鹿だと思うけども」

 

「馬鹿にしてるじゃない!?」

 

「今、フラム・ボルマンさんがやらなきゃならないのはオレみたいなどうでもいい相手を追っ掛ける事か? 違うだろ? 能力を失った友達とか、家を失った友達に温かい声を掛けてやったり、励ましてやったりする事だろ? ソレの元凶が許せないって言ったって、お前にはオレをどうする事も出来ないのは分かってる事だ。今から命を賭けて超パワーアップします、とかやったところで勝てるなら苦労しないんだよ。生憎と今現在、オレに地球上で勝てる可能性があった奴は死んでる」

 

「―――まさか、だから、教王会を?!」

 

 どうやら気付いてしまったらしい。

 

「残念な事に可能性は可能性でしかなかった。期待外れだ……可能性を十全に使い切れたなら、あの生物もオレに勝てたのかもしれないが、もう全て終わった後なんだよ。オレは準備をした。お前は日常を過ごしてはいても、準備はしてなかった。オレは戦争をする為の用意をした。お前はオレを追い掛けるだけの労力しか払わなかった。さぁ、教えてくれ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「―――ッ」

 

 フラムが言葉に詰まる。

 

「オレは命は元より、最初から自分にあるものを大抵賭けた。このお節介を勝手に自己完結気味にやり切ろうと決意してから、自分の持てる知識も技術も全て動員した。知るべき事を知ろうと勉強だってしたし、自分のケアもちゃんとやってる。ついでに主観時間伸ばして八万七千時間程のシミュレーションもやり切った」

 

「は―――十年?」

 

 呆然というには唇の言葉は重く。

 

「オレが途中で死ぬ確率はそう高く無いが、それよりも時差ボケが結構堪えた。お前がオレを殺せる未来は結局見付からなかったが、それでも今のお前がどれだけこれから成長して、オレと戦いながら強くなったり、仲間に助けられたリしたところで……全てが全て予測の範囲内だ。予習復習を欠かさないオレを前にして勘と直感だけで戦ってみるか? 残念ながら今の状況は大別して323系統の未来の内にある32番目の第四シナリオ状況だ。この状況下でオレを倒すには―――」

 

「「そんな事あるわけない!!」」

 

「?!!」

 

 驚愕というよりは自分の心が読まれたというような疑念か。

 

 その顔が歪む。

 

「悪いが、心を読んだわけじゃないんだ。オレと戦うならば、お前の親友並みの予測能力と全てを事前に用意しておく勤勉さとあらゆる自分の可能性を犠牲にしても力を研ぎ澄ますだけの時間が必要だ。普通の悪役が負ける日曜朝のヒーロー番組やってるんじゃないんだよ。人の命が掛かってる。オレも命を賭けてる。いや、命以上のものすら掛かるからな。結末の分かり切ったごっこ遊びに付き合ってやる程、やっぱり暇じゃない」

 

「ッ」

 

「現実は残酷だ。世界は理不尽だ。でも、お前は多くのものを得て幸せな女子高生だ。それ以上を誰かに求められるくらい恵まれてて、それに応じてくれる仲間や友達がいる。それは誰かが為し得ず、涙を零し、歯を食い縛っても手に入らない……そういうものなんだよ。それを投げ出してまで世界や国家の危機なんて誰かが解決してくれるものに関わってる暇なんてあるのか? オレにはそうは思えない……オレは少なくともお前の友達を不幸な目には合わせたが、お前が一生を掛けて呪ってやるって程の事をしたわけじゃないだろ?」

 

「ッ……」

 

「今のお前に必要なのはそんなナイフでも無けりゃ、こういう現場に連れて来てくれる伝手でもない。ただ友達と下らない事で笑い合う時間だ。それを削ったのは悪く思うよ。謝りも出来ないし、反省もしないが、この気持ちは本当だ」

 

「………」

 

「残念だがそろそろ時間だな。オレは行く。事情聴取や説明が面倒なら逃げ出せばいい。此処の誰もお前を売ったりはしないだろう。リストに名前が在ろうが、もう魔術師を無理やりにどうにかしようって輩はこの国にいない。後は静かにこの馬鹿騒ぎが終わるまで友達に泣き言でも零してるといい。お前にはそれがお似合いだ」

 

「最初から最後まで人の話を訊かないのね」

 

「オレは……弱い人間だ。こんな力があっても、本当のところ泣きそうな事が五万とある。だから、こういう時こうして押し付ける事しか出来ない……だが、それでもオレは幸せだと思うよ。自分の手で何かを変えられるって選択肢があるんだから……」

 

「わたしにはそれが無いって言うの?」

「今のところ、オレに関しては無いな」

 

「……」

 

「どんな人間にも今言ったような選択肢が在ればいいとは思う。それが誰かと共に歩む道であるならば尚良いだろう。だけど、人間がそんな簡単にオレの言うような合理的で当たり前の判断が出来るとは思えないな。今のお前みたいなもんだ。だから、戦争って形でオレは諸々社会の形を変えさせてもらってる」

 

「身勝手よ。そんなの……」

 

「ああ、そうだ。これはそんなオレの身勝手で、過去への挑戦だ」

 

「開き直るの?」

 

「開き直らざるを得ないだけだ。そして、身勝手であろうとも、これはオレが唯一残せるだろう未来への意志なんだ」

 

「意志……あなた……」

 

 こちらを見つめる瞳はやはり似ている。

 だが、未来のあのお嫁様にではない。

 この自分にだ。

 

 馬鹿げた話のようにも思えるが、それが正解なのだろう。

 

 他者と違うから、他者から遠ざかり。

 己の居場所を自分の得意な何かに求める。

 根本的な違いは一つだけ。

 傍に頼れる友達がいたか、いないか。

 

「お別れだ。ナイフを腰に差してるのは構わないが、少しは大人しく乙女も演じた方がいいぞ。是非、良い男を捕まえてくれ……オレの未来の為に……」

 

 何かを言い掛けるより先に外套を翻して。

 高重力下ながらも力を込めて跳躍する。

 それと同時。

 

 今まで雷撃を受け続ていたアトゥーネ・フォートの充電が完了した。

 

 船底から核融合炉を用いたブースターを露出させる。

 

「発進!!」

 

 墜ちるより早く。

 フォートが重力を振り切る爆発的な推力を発揮し、足元に来た。

 ダガンッと着地しながら、振り向かず。

 その空域から離脱する。

 

 下方からは砲身を90°直角に曲げられた十式の弔いとばかりに90式の群れがこちら目掛けて砲撃してくる。

 

 だが、当たる要素など一欠けらも無く。

 サーフィン気分で砲弾を置き去りに速度を上げる。

 

 魔術師や一部の政治家の目でしか確認出来ないこちらを捉える超高速移動する物体など戦闘機しかない。

 

 だが、その戦闘機ですらアフターバーナーを使ってもフォートの全速には追い付けない。

 

 進みゆけば、やがて都市部を抜けていく。

 

「お仕事お仕事……感傷的になってる場合じゃない」

 

『こちらフォート2。ふむ……島国と聞いていたが、中々の強さだった。制圧完了……フォートが一度大破したが、問題なく予定を消化。合格にしておこう。食事以外は……』

 

『こちらフォート3。此処の連中は中々歯応えがある。容赦ない火力に戦術……損耗すらも気にせずの攻勢。合格だ』

 

『こ、こちらフォート1!? はぅ!!? ちょちょちょ、洒落になってません!? 何か物理現象なんて投げ捨ててる人達が大量に沸いて出てるのですけど!!? 合格!? 合格にしますからッ、逃げますから!!? きゃぁぁぁぁ?!!?』

 

 ドゴーン、ズゴーンとフォートが破壊される音と悲鳴を上げながらもどうやら無事逃げ切っているようだ。

 

 さすが世界の警察。

 どうやら財団も重い腰を上げたらしい。

 

 多数のオブジェクトの開放がフォートの解析データから見て取れた。

 

『終わったら、南米方面よろしくな。あ、途中で壁を抜けたら少しは追撃も緩むはずだから、そこまで頑張って飛んでくれ』

 

『うぅうぅぅ!? 何かこっちだけ戦力の桁が違います!!? 不公平です!!?』

 

 北米の大手掲示板を見てみる。

 

 すると、今話題のトレンドはアトゥーネ出現スレと御美足シャッターチャンス大会スレであった。

 

 あの大胆なスリットが溜まらないよね、とか。

 あれが世界の希望アトゥーネ様か、とか。

 宇宙人にしてはよく分かってるじゃないか、とか。

 

 あの空飛ぶ三角錐が落ちたら真っ先に助けてラブコメするんだオレ、とか。

 

 アトゥーネ・フルボディー(3Dプリントによるお人形)制作、とか。

 

 まぁ、本人が見たら心を病みそうな内容やスレが乱立していたのでそっ閉じしておく。

 

「後、三日働き詰めか……栄養ドリンクでも飲むかなホント」

 

 普通の人間並みな体力しか持たない老人と千音のサポートもしなければならない関係上、ぶっ続けで強襲と戦闘を行わなければならないのは確定なのだ。

 

 速度を増しつつあるフォートから見る景色は未だ美しく。

 

 大戦で見る影も無く消え去るとは思えない程に雄大だった。

 

(夢にまで見た故郷、か……帰国子女の割りにはオレも日本人だったって事なのかもな……)

 

 過去も未来もなく。

 ただ現在《いま》を求めるからこそ。

 諦められない事がある。

 

(生きろよ)

 

 まだ、子供がいるわけではないとはいえ。

 きっと、親とはこういう気分なのだろうと理解出来た。

 

 それが当人にとってどんなにお節介な事であったとしても………。


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