ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第239話「嫁とハーレムの狭間」

 

「良かった……ッ、エミ!!」

 

「何でアンタが魔王なんてしてるのか知らないけど、大丈夫なの?!」

 

 色々と月猫組に言い訳というか色々と話している間に消えた百合音はすぐに嫁達を引き連れ、その場へと戻って来ていた。

 

 アンジュとクシャナが病院着のような恰好でヒシッと抱き付いてくる。

 

 勢いに押されるように寝台へ腰掛ければ、彼女達の身体が真っ白になっているのがすぐ傍で分かった。

 

「カシゲェニシ殿……いえ、旦那様ッ」

 

 ギュっと横合いから涙混じりに抱き締めて来るのはグランメ・アウス・カレーその人だ。

 

 やはり、白い身体に病院着姿だったが、その震えは恐怖というよりはこちらの姿の全うな事に安堵しているようで……自分の事を心配しろと言いたくなるくらい、抱きしめてやりたくなった。

 

「エニシ……遅いですよ……でも、良かった……無事で……」

「悪い……ちょっと手間取った」

 

 サナリが傍に立って、顔を両手で覆い、ポロポロと滴を零す。

 

「うむうむ。エニシ殿はいつでも無茶無理無謀の三拍子でござるからな。心配にもなろう」

 

 ウンウンとそんな嫁達に頷く幼女が取り纏め役ですと言わんばかりの仕切った様子で大使館の何処から持って来たものか。

 

 恐らくは魔王応援隊の面々のものであろう衣服を山盛りにして横に置いていく。

 

「取り敢えず、着るでござるよ。それから食事であろうか」

 

 そう、一息吐こうという提案をした小さな身体の後ろ。

 ワラワラと詰めかけている関係者の波が何やら騒がしくなる。

 人垣が割れると扉の先から円筒形のドローンが一機やってきた。

 

『無事なようじゃな。百合音……』

 

「主上!?」

 

 振り返った幼女の前でホログラムが映し出される。

 一応、黒猫スタイルなヒルコがキロリと部屋の虚空でこちらを見下ろしていた。

 

『今までの報告は食事の後、夜半になったら聞こう。こちらも色々とあった故、時間が無い。詳しいところは婿殿に話しておくといい』

 

「は、はい!! 主上!!」

 

『婿殿。フラム殿達は影域で見付けたと報告が入った。今、輸送機と近隣に用意した超越者をギルド経由で向かわせておる。通信は諸々の事情で後回しとするが、これで全員を取り戻したという事になるじゃろう。ただ……』

 

「何だ? 誰か怪我や具合が悪いとかか?」

 

『いや、あちらの婿殿が双子の軍人、それから一人現地民の少女と共に別れたそうじゃ。あちらはあちらでやる事があると』

 

「そうか。なら、一応は連絡が取れるようにベルンを一人付けておいてくれると助かる」

 

『了解じゃ。ワシはまた軍の調整業務に戻るぞよ』

 

「ああ、頼んだ」

 

 横を向けば、こちらの感動の再開に入って来れず。

 一通り終わるまで黙って待っていた面々。

 

 ユニを筆頭としたケーマル達とエコーズ、三人娘達が説明しろと言いたげな視線を向けて来ていた。

 

「全員、聞いてくれ。此処にいるのはオレの嫁達だ。オレが此処に来た理由そのものと言っていい。だが、だからと言って、これで全部投げ出してハイさようならとは言わないから安心しろ。今まで通り、こっちでも頑張らせてもらう。ただ、エコーズとお前らにはまた業務……いや、頼みが増える」

 

 エオナとルアルが進み出て来る。

 

「この方達の護衛ですね?」

「それにしても嫁の数多過ぎやろ」

 

 関西弁方式のツッコミが呆れたように炸裂した。

 

「とにかくだ。オレがいない間のこいつらの身の安全は全員で確保しておいて欲しい……命を賭せとは言わないし、言えないが……オレが最低限何一つ憂いなく仕事をするにはそれが前提条件だ」

 

 そうこちらが言ったのも束の間。

 クイクイと袖が引かれる。

 

 振り返ると嫁×5人が何やら言いたげな視線でこちらを見ていた。

 

「まだ、よく状況が呑み込めていないが、旦那様。我々はそんなに守られるような安っぽい女になったつもりはありません」

 

「?!」

 

 クランが何処か逞しい笑みになる。

 

「そうよそうよ!! アタシ達にただ守られておけとか!! これでも統合でトップの一角を張ってたんだから、夫の仕事の手間を増やすなんてしないわよ。逆に助けてやって、崇められるくらいじゃないと」

 

 クシャナがそのまったく無い胸を張った。

 

「そうです。私達はエミに守られてるだけなんて嫌ですよ?」

 

 アンジュまでもがどうやら他の嫁の意見に賛成らしい。

 

「エニシ……心配してくれるのは嬉しいですが、妻が迷惑を掛けるだけでは立つ瀬が無いでしょう? 私達はあなたの……妻です……だから、もっと頼って下さい。大した事が出来なくても、私達はこれからもあなたに尽くす気なんですから」

 

 サナリがしっかりとした瞳でこちらを見返す。

 

「お前ら……あのなぁ……首斬り取られた挙句に持ち去られたんだぞ……本当なら今すぐ病院かヒルコに研究室でも作ってもらって、集中治療室に押し込めたいって……そんな、オレの気持ちはどうすればいいんだ?」

 

 本音なら、本当にそうしたいが、その時間が無い。

 準備しようにも忙し過ぎるという現実を前に諦めただけなのだ。

 だが、こっちの言い分に全員の苦笑が零された。

 

「アタシ達を誰の女だと思ってるのよ!! あの無駄に国家を救いまくりで」

 

 クシャナがやはり胸を張り。

 

「民に己の恋も娯楽として提供する」

 

 貞淑にアンジュが密やかに告げる。

 

「女誑しと世間では評判な」

 

 ちょっと、恥ずかしげにクランが呟き。

 

「女どころか男も誑し込む」

 

 サナリが半眼で半笑いとなる。

 

「蒼き瞳の英雄殿。そんなカシゲ・エニシの花嫁でござるからな♪」

 

 百合音が人差し指と中指をV字にして目元に付け、キメポーズで歯を白く輝かせた。

 

「お前ら……分かった……じゃあ、迷惑を掛けないよう此処でオレが帰るまで働いててくれるか?」

 

 その問いに対する回答はすぐに唇で返された。

 左右に二人ずつ。

 額に一人。

 

 その光景に思わずケーマルがユニの両目を塞いだが、その隙間からバッチリ、子猫の金色な瞳が見つめている。

 

「まおーすきなひといっぱいー?」

 

「ごほん。どうやら、我々はお邪魔なようですが、そうも言っていられない状況下です。悪いですが、お嬢さん方。未婚者もいる手前、そろそろ……」

 

 ケーマルが僅かに頬を朱くして、こほんと咳払いした。

 それに全員が顔を退ける。

 

「………オレだって心配した……何処の誰よりもだ……だから、オレがいない間は……何があっても絶対死ぬな……そうなったらオレはお前らを生き返らせるまで楽しい人生とやらは送れなくなるんだからな……」

 

 片手で、両目を覆うしかなかった。

 

「エニシ殿が死んだら我らとてエニシ殿が生き返るまで、まともに食事が喉を通らないのであるからして、というか……一度はそういう心境になった者もいるのだから、お相子でござる♪」

 

 全員が身体のあちこちを抱き締めるように顔を寄せる。

 

「取り敢えず、さっさと面倒事を終わらせてくるでござるよ。そうしたら、此処を観光案内してもらおう。まったく、新婚旅行の一つも出来ていないのであるからして」

 

「そう……だな。じゃあ、フラム達が来たら、言っておいてくれ。全部終わったら、新婚旅行でこの世界を案内してやるってな」

 

「それでこそ、我らのエニシ殿でござる!!」

 

 立ち上がって、外套を羽織れば、パシンと幼女に肩を叩かれた。

 

「じゃあ、まずは食事にしよう。オレも付き合う……それが終わったら短くでいいから、話を聞かせてくれ。フラム達も数時間すれば、合流出来るはずだ。やらなきゃならない事、共有しなきゃいけない事。色々あるからな」

 

 全員に促すと頷きが返され。

 

 そんな中をテテテッと傍に寄って来たユニがこちらをまっすぐに見つめる。

 

「よかったねー? いま、よんわりになったー♪」

「四割か。何の確率かは聞かないでおこう」

 

 歩き出そうとすると。

 ユニが手を繋いでくる。

 それを見てか。

 ふと、こんな言葉が百合音から漏れる。

 

「ところで、此処を覗いている年頃のお嬢さん方はエニシ殿とどのようなご関係で?」

 

 マズイと思ったが、言葉を挟む間も無く。

 

「魔王応援隊。後宮勤め、ハーレムでお世話になる予定となっている者です」

 

 いつの間にかいた月亀の少女がハッキリと答える。

 

「こ、後宮に入るこ、事になっているというか。そういう予定の探訪者パーティーです」

 

 エオナが言い難そうにしながらも、偽の記憶ざっくりな仲間達に合わせてそう自白した。

 

 いや、他の面々が思いっ切り恥ずかし気にこちらを女性的な視線で見つめてはいたが、それは実際事実では……ない。

 

「あ~ウチらも魔王の後宮入りなんよ~。いや~アンタとこの魔王さんには寝台の中でよろしくやられたわ~。ウチらの国の姫さんもやし、此処の国の姫さん。ユニ様もやからなぁ~」

 

 ルアルがもはや公然の事実を暴露する。

 

「うぅ、魔王があんなに寝台の上で最強無敵じゃなければ、クッ……」

 

「ぁはは……確かにそうだけど、その表現はちょっと此処だとアレなんじゃ……」

 

 リリエが恥ずかし気に悔しそうな顔をし、ソミュアがこちらの背後の女性陣の顔色に気付いたのか……物凄く見てはイケナイものを見た様子で視線を逸らした。

 

「ゆに、まおーのおよめさんなのー(^^)/」

 

 元気よく手を上げて、まだお遊戯会とかが似合いそうな幼女が嬉しそうに笑う。

 

「「「「「………」」」」」

 

「まぁ、アレだ。世の中には不可抗―――」

 

 どうやらチートハーレム系魔王様にラノベ張りな世界は優しくないらしい。

 

 主人公気取りの凡人も現実を直視すれば、言い訳が不可能な事くらい分かっている。

 

 二段オチはどうなのかと思いつつも気は遠くなっていくのだった。


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