ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第238話「真説~神の御許に歯車を~」

 

 USA宇宙軍第六艦隊。

 旗艦レキシントン。

 星間射程兵器搭載型超重装甲艦。

 

 一発の人類史に残る()()を発射したはずだったソレは今現在……その人類史に残る《無様》を目の当たりにするような艦内修理に追われるドローンに覆い尽されていた。

 

 最終兵器を何故に旗艦へ積もうなんて思ったのか。

 一発撃てば、艦内の人間なんて一瞬で消滅してもおかしくない。

 

 そういう意見は軍上層部にもあるにはあったが、最終的には《こんな危険な兵器を司令部の直接掌握以外の施設で撃たせられないから》という理由で艦隊司令部が置かれる旗艦に艤装された。

 

 一応、艦は発射に耐えられ、内部の人間にも超磁力と超大出力ガンマ線の影響で蒸発したりはしないよ!!という技術部のお墨付きではあったが、結局は船体下部の主砲が発射後に粒子線によってボロボロに崩壊。ブロック毎切り離す事となった。

 

 上部は湾曲こそしたが、何とか圧壊は免れ、中の人員も無事。

 

 いやぁ、良かった良かったと技術部は平然とした表情で彼らに艦砲の試射おめでとうの電報を送って来る始末である。

 

 現在、月直上に展開する艦隊は囮の小艦隊であり、本隊はその3倍の艦数を誇って現在も潜伏中。

 

 と言っても、彼らの予備戦力、月包囲用の別艦隊が全て核ミサイルの迎撃に駆り出されてしまった為、今や隠れ潜む事に意味があるのかと艦隊司令部内の参謀間でも意見は割れていた。

 

 硝子のようにも見える艦橋《メインブリッジ》には僅か30人。

 

 内装は何処か寒々しい暗色のメタリックカラーで空調が効いているにしては涼冷な空気に包まれている。

 

 コンソールの群れと手前に後方の高台。

 

 艦長席附近の指令所となった場所に複数人が集まっている。

 

 10人が参謀、3人が直衛部隊の部隊長、1人が副官、もう1人がこの艦隊の司令官にして艦長である。

 

 彼らの人種は様々だ。

 

 黒人、白人、黄色人種、東欧系やらヒスパニックやらユーラシア内陸の少数民族とも見える顔もチラホラとある。

 

 だが、艦長だけは肌の色も浅黒く。

 

 しかし、何処の民族や人種とも推定出来ない顔立ちをしていた。

 

 40代とまだ若いだろう彼よりも歳がいった参謀達が月面下に侵攻作戦を展開中の小艦隊から齎される情報に次々目を奪われつつ、虚空に浮かぶ3D投影式の旧いホログラム式ディスプレイで採集されたモノの解析結果に驚きを顕わとしている。

 

「あらゆる波を通さない? いや、吸収している、のか?」

 

「艦長。これは随分と恐ろしいものを敵はバラ撒いて来たようですぞ」

 

「この黒い粒子……既存の技術で生み出されたものではない。恐らくは何らかのオブジェクトか。あるいはその産物でしょうな」

 

「しかし、これは厄介だ。電子戦など要らぬと言わんばかりにコレを使われては有視界戦闘を強制されるのみならず、一定以上の装甲を持たぬ機械類は機能停止せざるを得ない。というか……おそらくコレであのマグネター・ブラストを……」

 

「下で起こっていたあらゆる通信の途絶とスタンドアロン化した機体による暴走事故も原因は敵の仕業だったわけだ。敵はこっそりと降下してくる宙域にコレを撒いていた。そうとは知らず突っ込んだ輸送艦のあちこちからナノレベルの粒子が侵入。システムはあちこちが虫食いのように通信を断線させてしまったのでしょう」

 

「船体のブロック化と機体制御の大半をクラウド方式にして船体強度を下げるギミックを削除。剛性や靭性を上げた装甲を持って強固な艦を造って来たつもりが……逆に仇となった形だ。配線などが船全体を巡っていた旧式艦ならまだしもコレでは最新鋭の船は飾りも同然」

 

「しかも恐らくは月の引力によって周囲にはまだ拡散し切らず留まっている」

 

「一度、核で消し飛ばさねば、部隊の降下も儘ならぬでしょう」

「だが、その核もいつまでも持っていられるか」

 

 その参謀の一人の言葉に全員が今現在も月面下から撃たれ続けている核ミサイルの迎撃軌道を見つめていた。

 

 この数時間で数百発。

 

 散発的になりつつあったが、時折一度に100発単位で四方八方に撃たれ続けるミサイルは現在、温存秘匿されるべき他艦隊の活躍によって何とか全てを迎撃し切っている。

 

 敵の目的が後方や兵站の絞り込み。

 

 本拠地の特定にあると分かっている以上、全てのミサイルを迎撃せねば、勘付かれる公算は大。

 

 そうでなくても相手が宇宙の塵にしようとした宙域には彼らの祖国の一部が含まれていたのだ。

 

 見過ごせるものではない。

 

「現在の核の残数は?」

 

「合計で戦略級が80発。戦術核が400発程ですが、NVを使って長距離に防衛網を敷いたとしても相手の()()()を引く確率を考えますとやはり核での迎撃が妥当かと」

 

「一応、我が艦にも高精度の光学観測機器を積んだスナイパータイプのNVは搭載されていますが、暗礁宙域の周辺ではデブリのせいで射線が通りません」

 

「通常の誘導弾は射程が足りず、月面付近に降りて迎撃するにも突入部隊はあの有様……此処は一時的にでも無人機に核を搭載し、カミカゼを使ってみては?」

 

 参謀の1人の進言に艦長たる男が目を細めて、その黒い粒子の画像を睨む。

 

「いや、それは敵の飽和核による報復を呼び込む事にはならんか? もしも打ち漏らした場合、補給地点が幾つか壊滅する可能性もある」

 

「だが、月面周辺への降下と月面地下の核サイロ占拠が現状上手くいくとは思えない。繊細な作業を無人機でやろうにもこの粒子のせいでスタンドアロン状態しか不可能となれば、リスクは相当に高いと見るべきだ」

 

「先行した偵察部隊からの連絡は?」

 

「途中までのデータは届きました。NVでの突破を諦め、生身での潜入を敢行するとの情報を最後に今は通信も途絶えています」

 

「……敵ドローンによって殲滅されたか。もしくは捕らえられたか」

 

「敵内部の情報を持ち帰って来るとしても、恐らくかなりの日数が必要であろう事は事前の予測から分かっていた。施設内部がどうなっているのか。まるで分からない状況でも、その厚さだけは予想されていたのだから」

 

「現状、我々は両手を塞がれているに等しいですな。互いに飽和核による砲撃戦となれば、核貯蔵量が物を言う。核を核で打ち落とし、核弾幕による牽制合戦となれば、撃ち尽くした方が負けるのは明らかだ。それも撃ち合いの間に互いのいる宙域が分かってしまう。あちらは月そのもの、何を言わんや。だが、こちらにとってそれは致命的だ。艦の最大船速は暗礁宙域だらけの区域では出せない。撤退時にも核による攪乱が必要となれば、我が方は不用意な核の撃ち合いでは不利というもの」

 

「現状維持ですかな。出来る事は多くない。少数の先行突入部隊を更に編制し、敵ドローンを破壊してマッピングを地道に進めるくらいしか考え付きません」

 

「対ドローン戦用のNVは突入部隊に殆ど編成されていました。現状、パイロットが使えて即座出撃出来るものとなると数は恐らく3分の1以下になるかと」

 

 参謀達があーでもないこーでもないとやりながら現状で打てる手を積み上げていく途中、部隊長の一人が手を上げた。

 

「何ですかな?」

 

「あの放送は見ました。あの敵と目される男。いえ、最優先攻撃目標のプロパガンダを……敵との通信回線を開き、交信から相手の出方を探っては如何でしょうか? 作戦参謀の方々には悪いが、アレは軍人として見る限り、交渉出来る存在であると見えたのですが……」

 

 参謀達が一斉に黙り込む。

 それは考えなかったわけではないのだ。

 誰もがそう考えては見たのだ。

 

 しかし、たった一言でその案には却下が脳裏では下っただけだ。

 

「リスクが高過ぎますな」

 

「ラスト・テイルの所有権。ラスト・バイオレット権限はあの人類の叡智に等しい委員会の遺産全てを使えるという事実へ直結する」

 

「また、その内側に秘された技術やオブジェクトの数は我々の想像を遥かに超えている可能性が高い」

 

「つまり、交信する。会話するのみで我々が全滅しかねない……という事なのですよ。部隊長……」

 

「交信するだけで?」

 

「参謀や艦長クラスの佐官には伝えられておる事ですが、此処は前線だ。部隊長であるあなた達には教えておきましょうか。オブジェクトにはミーム汚染と呼ばれる恐ろしい効果を持ったものが多数含まれていると」

 

「ミーム、汚染?」

 

「ええ、人の知覚を介して、人格や記憶、人間の脳が認識するあらゆる情報に干渉し得るオブジェクトが存在するのです」

 

「!!?」

 

「あの男のプロパガンダ映像とて、解析させていますが、どのような心理的効果があるのか、それを狙っているのかいたのか、まだよく分かっていない。我々の祖先の遺した古代USA史にも載っていないような事実がぞんざいに多数鏤められた様子からして、アレも本来は汚染原因の認定を受けてもおかしくない情報だ」

 

「前線での任務に支障を来しかねないという状況から特例として記憶処置は行わずにいますが、ミーム干渉系列の情報解析は極めて繊細な作業を要求される……効果が分かった時には手遅れの可能性もある。そういった意味でもラスト・バイオレット権限保有者については直接の情報のやり取りは極めて危険なのです」

 

 彼らが次の侵攻は次善策で固めようと更に発言しようとした時。

 

 不意にブリッジへの扉が開いた。

 

 準戦闘行動時、ブリッジは遮蔽こそされていないが、一部の尉官以上でなければ、立ち入り禁止だ。

 

 そちらを見た艦長席付近の参謀や部隊長達が一斉に立ち上がり、彼を迎える。

 

 今は何処からどう見てもカツラを被った軍服姿なアメリカの偉人の一人。

 

 ジョージ・ワシントン。

 

 その白い髪の男はブリッジへと昇降機で上がって来ると頭を下げる参謀達には目もくれず艦長席の前に立った。

 

「状況は?」

 

「はい。現在は敵の戦略兵器を防御する為、身動きが取れずにいます。閣下のお具合の方は?」

 

 艦長がおずおずと立ち上がって訊ねる。

 

「ああ、良い。此処のエンジニア達のおかげだ」

「それは良うございました」

 

「再出撃の準備はもう出来ている。次の戦闘はいつになるかね?」

 

「はい。今、対機械用の人型機動兵器を下ろし、地下の制圧を急ぐ事を決定しており、数時間以内には再び地下施設へ向かえるかと」

 

「そうか。なら、私はハンガーで出撃に備えていよう。兵達はあの恐ろしい男に怯えてしまっている。君も此処にいる参謀諸君も部隊長達も……だが、恐れるだけではいかん。軍人たる者、恐怖に打ち勝たねば。それを導くのは私の役割だ」

 

「はい。閣下さえいるならば、兵達の指揮も高揚致しましょう」

 

「うん。では、私は備えよう。あの男は少なくとも敵ではあるが、私と同じように人間だ。努々、その事を忘れないように心掛けたまえ。敵は強者で理不尽かもしれないが、万能無限の神でも無ければ、不老不死の怪物でもない。傷を負えば、我々のように痛みに顔を顰め、大切なものを失えば、項垂れる以外無い……そんなか弱い人間なのだ」

 

 言うだけ言った男が艦長席の高台から飛び降りて、再びブリッジの扉からオペレーター達を労いつつ出て行く。

 

「………閣下はどうやらやる気のようだ」

「一理あるところが、また……」

 

 艦長の言葉に参謀の一人が何処か遠い目をして呟く。

 

「閣下の考え方は旧い……だが、我々に今必要な事を指摘していると感じますな」

 

「恐怖している、か。正しく、我々は委員会の亡霊を前にして立ち竦む先達のようなものかもしれない」

 

「閣下こそは我らが祖国の建国者。この宇宙に再びステイツの旗を翻せたのも、そのお力無しには有り得なかった……しかし……」

 

「よせ。閣下はそのお力の限りに我が子を、祖国を守ろうとして下さっているだけだろう。それに善悪を図る程に人間は賢くなったが、彼は……己が間違っている可能性もあると認める程度には謙虚だ……」

 

「オブジェクトたる己を人間であると認識する事に関して、認知学の権威からは一種の精神的防衛機構ではないかという見解も出ていますが……」

 

「論争は研究者共にさせておけ。我々はオブジェクト無しにこの宇宙へ版図を広げる事など叶わなかった……我々は神の名の下、母なる歯車によって生かされ、父なる閣下と共に戦列を組む……我らが祖先と袂を別った母なる星の同胞も……今は別の世界の人間に過ぎない……この広大な虚無に挑むなら、鉄の男が一人は必要だろう……彼がどんなに世界と現在から取り残されていたとしても、その存在は我々の中心なのだよ……」

 

 艦長の言葉によって誰もが口を噤んだ。

 

「これより第二次攻勢を行う。主目標は制圧前の前段階への注力、敵施設のマッピングだ。中枢へのクラッキングを同時進行で行う。電子戦装備を中隊編成で出せ。ただちに出撃準備。部隊は陽動と隠密作戦群も投入する。突撃部隊は可能な限り、陽動部隊と共に広範囲に展開、敵粒子による通信途絶が起こった場合はただちにその区画や宙域から退避しつつ、光学観測による遠距離射撃戦に切り替えろ。兵達には出撃に向けて待機組から順次仮眠を取らせて万全にしておけ。私も3時間の仮眠を取る」

 

 艦長が部下達に命じれば、誰もが敬礼した。

 

 立ち上がり、背後の扉から直接艦長室へと向かう男の背中は祖国から離れた地で難戦するハメになった部下達の事を思ってか。

 

 重い荷物を背負ったようにも感じられるだろう。

 だが、彼はまだ知らない。

 

 その背中が、閣下と呼ばれ、彼らの共同体、祖国において英雄と呼ばれる男の通った道である事を……ジョージ・ワシントン……その軍人としての人生は少なくとも順風満帆ではなく、楽に勝てる戦など存在しなかった。

 

 それでも彼が英雄とされたのは……困難な戦争に従事しながら、決して軍を瓦解させず、その大部隊を維持させ続けた事にある。

 

 今や祖国すらも知らぬ彼の偉業は未だこの大宇に顕在化し、艦隊という形を成していた。

 

 それこそが、彼らこそが、男の誇るべき象徴であるとまだ誰一人当人達は知る由もなく。

 

 月の下への侵攻計画は遅々として進むのだった。


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