ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
『通信可能領域増大中』
『光量子通信網構築率43%』
『中継ドローン警備に問題ありません』
『観測値を随時3秒単位で送信。マッピング率0.12%』
『ヒュー……マジかよ。この壁の材質……チタンにセラミックに未知の合金? こいつぁ……宝の山じゃねぇか』
『軍曹。気を抜くな。我々は誘い込まれた袋の鼠というやつだ』
『はは、中尉殿。宙間騎兵師団切っての斬り込み役がジャパンの諧謔ですかい?』
『……通信兵。ドローンの消耗率は?』
『現在、1割を超えました』
『了解した。敵警備ドローンの密集地帯は避けるか迂回させろ。それが無理なら進行を停止して、その場を確保し、観測波を密に待機』
『了解。CPへ……第32揚陸小隊は敵誘導ルートを侵攻す……』
『CP了解。現在、揚陸地点の制圧を実行中……本隊到着までに全行程を終了可能と判断。引き続き第32揚陸小隊はルートの探索と確保に努めよ』
『大尉殿。前方通路8km地点に大規模な空間を確認。私が先行を』
『……いいだろう。3機付ける。中尉、先行偵察せよ。威力偵察になっても構わん』
『ハッ!! 了解しました』
『こっちは留守番ですかい? 大尉殿』
『軍曹。貴様は後方だ……退路確保に貴様の全力を注げ』
『アイサー』
『……HQより入電。敵迎撃網に警備用ドローンが展開され始めました!! 我が方のドローンが攻撃されています!!』
『開いた口を閉ざし始めたか。此処からが敵の本番という事なのだろう……各自、背部カーゴユニットに問題は無いな?』
『ありません。サー』
『ありません』
『問題ありません』
『では、速度を上げるぞ』
『『『了解』』』
大尉、中尉、軍曹、通信兵。
四人の声が入り混じり交錯する電子仮想領域内での機密音声通信が終了し、即座に彼らは機体の巡航速度を上げた。
月面地下施設に入り込み数時間。
宙間戦闘用多目的コンバット・ドローン【ローボール】。
これを操作指揮するのは僅か数名。
彼らが駆るのは宙間機動端末NV【シンクロニティ】空挺型。
宇宙空間内での高機動性を与えられ、艦船規格の大容量通信ユニットを組み込まれた人型機動兵器はそれ自体が言わば、相互補完性のある通信基地のようなものだ。
敵大規模施設内への侵入。
入り組んだ広範囲の領域で最も重要な兵站たる通信を確保する彼らは正しく軍の目であり、鼻であり、耳である。
機体は増加装甲によって、殆どの重粒子線を遮り、生還率を高める為に載せられた生命維持システムは他の戦闘用NVとも一線を隔す高資源性な代物。
軍の矛たる本隊を安全に行軍させる為の先行偵察任務。
それを成功に導く為、全てを捧げて来た彼らは今、確かに厳しい訓練をやり遂げたプロフェッショナルとして未知の敵施設への突入を果たしている。
NVの動力炉が常温核融合炉と蓄電池のハイブリットとなってから幾星霜。
途中、時代時代では更に強力な内燃機関やフレームそのものに発電させる機構を載せる事もあったNVだったが、今はもう巨大な熱源反応や特異な放射線や電磁波の類を発さないよう破壊されない限り検知されないだろう大昔に枯れた技術による核融合型動力源に頼っている。
彼らの【シンクロニティ】は正しくソレらの傑作だ。
委員会との戦争が終結して数千年が経過したとはいえ、技術は現存。
最終局面時に投入されたフルパッケージング版のデータを元に再構成された宙戦闘用NVは色褪せない芸術の類に違いない。
最も高い資源たる人間の生存性を高め、長期任務にも耐えられる仕様。
兵器類が機体外部依存という事を除けば、機械としては優秀を通り越して秀逸。
彼らの思考と反射を拡大し、機械の正確性と速度、人間の柔軟性を保つ機体は一種の高次な人類の形とすら言える。
(空間座標を把握……凡そ2km四方……遮光用の磁場で観測が難しい。突入するしかないな。前方の二機に盾を)
追従する複数機のドローンの内の四つが中尉と呼ばれた男の機体の前へ出た二機の同型機……AI制御の護衛機の両肩に装着され、六角形に内側から割れて盾のように展開したかと思うと次々にその合間に半透明のジェルを噴き出させた。
硬化したソレは亀甲にも似た装甲と化していく。
そんな二機を全面に押し立てて、遮光磁場が遮る通路の出口へと突入した中尉の機体がその場で制止する。
「何だ? この空間は……宇宙船のドックにしては……」
真昼のように明るく天井から降る光に照らされた領域は果てまで何もない壁を映し出していた。
しかし、その空間を捜査した前方二機のレーザー走査が即座に空間の最奥。
恐らくは出入り口と思しき場所の前に立つ人影を発見し、中尉の機体へとデータを送った。
それはリンクする他の機体にも共有され、ドローン経由で外部の揚陸艇にある
「―――ッ」
【ウェルカム!!! アメリカ単邦国御一行様!!!】
そんなノボリが日本語と英語で同時に左右へ立てられている。
いや、それだけならば、まだいい。
問題なのはそのようこそお前ら的なノリのノボリに挟まれて、若い男……そう見える何かがいる事だ。
黒い肌に黒い爪。
黒い外套に黒いメタリックなスーツらしき衣装。
ついでにソレが黒い二人掛け用のテーブルの上に湯気の上がる黒いティーカップを置いて、黒い皿から普通の小麦菓子《クッキー》を摘まんでいる。
紅茶の中身は透明で琥珀色なのだろうが、その器の色を反映して波打つ漆黒。
蒼い瞳だけがそんな中で強調され、10m級の巨人達がその盾の内部から覗く銃口を向けているのも構わず。
キロリとその映像を見つめる全ての者を見ていた。
そうだ。
見られているという感覚に誰もが陥るだろう。
盾に囲われた中尉の機体が接触式のインターフェースで片手にしていたドローンから音声を出力する。
「手を頭上まで挙げろ!! 挙げなければ撃つ」
紅茶のカップを置いた手が両手を挙げて。
しかし、その瞳はしっかりとカメラに……カメラの先に向けられている。
「……ハロー。ナイストゥミーチュー……ってか」
その苦笑に中尉が最初の威嚇射撃を行った。
弾丸が日本語のやはり黒いポールに括り付けられていたノボリを吹き飛ばす。
「誰が喋っていいと言った!! 後ろを向け!! そのまま頭の後ろで手を組んで俯せになれ!!」
「残念ながら、ソレは無しだ。和平の使者に対してその態度は如何なものかとオレなんかは思うんだが」
今度は英語のノボリが四つの盾に守られた機体が腕に持つドローンから吐き出された弾丸で弾け飛ぶ。
「三度目は無い!!」
「いいや、お前らには四度目とか五度目が必要だ。解析してる分析担当の奴らには悪いが、此処からは現状説明になる。解析する必要もなく、幾ら調べても単なる事実ってだけの情報をくれてやろう」
三度目は無かった。
容赦なく撃たれた少年は、魔王と呼ばれた彼はしかし、肩を竦める。
弾丸は当たったはずだ。
しかし、当たったかに見えたが外れていた。
少なくとも中尉は自分の記憶野が損傷したのでもなければ、それは確かに避けられるタイミングではないと知っている。
しかし、現実に弾丸は当たったかに見えたが、刹那で消失しており、少年に傷一つ付ける事も出来てはいなかった。
「オブジェクトと推定!! 解析結果の通知を乞う!!」
しかし、上から下った彼への命令は待機だった。
それを分かっているのかいないのか。
まるで芝居掛かった動作で片手を折り曲げ、腰を折り、一例した黒ずくめは頭上に持って来た片手で指を弾く。
すると、次の刹那にはもう中尉と呼ばれた男は驚きに固まるしかなかった。
幻覚、妄想。
あるいは死んだか。
彼の周囲には何故か獣耳の老若男女が多数。
それが今か今かと粗末な野外の桟敷席で立ち見も出る中、押し合い圧し合い。
まるで遥か太古の人々が着ていたような、縫製すらまともではないとも見える薄汚れた襤褸を来て、一心に視線を前に向けていた。
其処に流れて来るのは……彼も一度は聞いた事があるような、少なからず太古のジャパンにおいて超芸術的文化《アニメ》にでも使われていそうな、何処までも青い空を飛んでいく鳥を謡うような……感動と精神に高ぶりを齎すだろう旋律。
熱量を与え、人にもしかしたら勇気を齎すかもしれない。
そんな壮大さと凱歌の如く響きあう管弦楽。
敢て、言葉にするならば、そう……カッコイイ音楽という陳腐な代物。
もはや現存しない楽器。
もはや現存しない楽譜。
もはや現存しない引手。
その最中―――黒い男は道化のように舞台の上で朗々と謳い吟じる。
何を?
それはきっと観客だけが知っていた。
『地に満ちる同胞《はらから》の皆々様。諸兄等の為に今宵、数奇な運命をご覧に入れましょう。これは蒼き瞳の物語。幾多、幾千、幾万の月光が見た、幾多、幾千、幾万の陽射しが見た、浪々と水面を漂う最古の縁の物語。どうか最後まで御付き合い下されば……必ずや貴方もまた歴史の生き証人たる資格有りと遥か世の果ての時代に謳われましょう』
声の主が妖しく微笑む。
『これはまだ皆が皆須らく、共に地獄を生きていた……そんな神代の物語……』
次の刹那。
彼はヘンリー・カーペンター・Jr中尉は確かに幾多の摩天楼を見た。
灰色の長方形の塔が、考えられない程に数多くのビルディングが連なり、行き交う人の多さに今日は祭りかと疑うような交差する通路。
粒子線防護用の衣服を身に纏う事も無く。
口元に屋内でもないのに大きなマスクを身に着けず。
子供達が公園で走り回っている。
ああ、それは……いつの日の事か。
もはや手に銃器すらない彼は呆然と立ち尽くす。
『エニシ~~。ほら、来なさい。今日はシュレディンガーの猫に付いてお話してあげるわよ~』
『シュレデンガー?』
『そう、猫ちゃんのお話よ……好きでしょ? にゃー』
『にゃー?』
若い女が子供を抱いて、真似でもしているのか。
手を丸めて我が子だろう男の子に微笑んでいる。
まるで、己の全てを注ぐように慈しみながら、きっと語るべき事を聞かせている。
少なくともそう、父も母も知識でしか知らぬ彼は……思った。