ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第211話「竜至る都」

 

 一息吐いて、直列になった竜の周囲にエグゼリオンで降り立つ。

 

 周囲に寄って来る兵も一般人も皆無だが、これで一息付けると竜の延髄に拘束用の機器……自分の延髄にも取り付けてある光量子通信で触手を動作する端末を埋め込もうとした時だった。

 

 ブツンとまるでテレビのスイッチを入れたような音と共に虚空に魔術らしい映像が映し出された。

 

「?!」

 

 思わず二度見したのも束の間。

 こちらが対抗処置をするより早く。

 映し出されたフラウの頸部にスッと剣の切っ先が付けられる。

 

 その剣より上に移っていく映像が見せたのは何やら粗く肩で息をして、左上半身の鎧を欠けさせ、衣服は焼け焦げ、肌色を晒しながらも何とか脂汗を浮かべて立つ額に二本の角持つ20代くらいの赤毛の女だった。

 

『姉さん!! 止めて!?』

 

 突如として聞き覚えのある声が響く。

 

 だが、ドカッと何かを蹴り付けるような音と共に呻き声が響いて途絶えた。

 

 どうやら魔術で映像を送っている連中は数人以上いるらしい。

 取り押さえようとした声や周囲でくぐもった声が多数。

 どうやら全員拘束されているらしい。

 

 鬼竜種《ドラコル》。

 

 月竜の構成種族の中でも幾つかある派閥の一つを形成している竜の特徴を備えた人類種は……この再構成された世界ではそれなりに珍しいという事になっている。

 

 で、今正に止めろと言い募った声はアステ・ランチョンのものだ。

 

 また、恐らくは人体の幾分かを欠けさせたような傷を負いながらも修復させつつある鎧姿の二十代女はよく見れば、彼女と似ていた。

 

 恐らくは肉親だろう。

 

『魔王に告ぐ。武装解除し、ただちに我々【月竜臣国(げつりゅうしんこく)】に投降せよ!! もし、投降せぬ場合はフラウ皇女殿下以下、現在我らが制圧した大使館職員及び全ての人員を即座処断する!!』

 

 肉親としてやってきて内部に侵入。

 混乱に乗じて手引き。

 最終的に神様連中がいない時を狙ったか。

 

 偶然にもその隙を突いて、近衛三人娘の護りを突破してフラウを確保。

 

 その時点でチェックメイトというわけだが、果たして連中は意図していたのかどうか。

 

 タミエル達にこういう時用のマニュアルを即座に神剣から流した。

 

 相手に対策されている。

 もしくは認識が可能になっている。

 

 などの状況が発生している場合はただちに身を隠して逆襲の機会を伺え。

 

 それまでは状況が動くまで控えていろというのが基本方針。

 

 何処かで観察者がいると仮定しても、これ以上の動きは不可能だろう。

 

 録音していた外部からの映像と記録をヒルコにも送って、指示して無線封鎖。

 

 イグゼリオンに自分が降りた直後にバラバラになってNV御用達の光学迷彩の応用で消えたかのように見せて待機モードになるよう設定を施し、同時に神剣も機能を凍結して、イグゼリオンの一部に隠した。

 

 次の声を響くより先に機体の胸部が左右に開き、そのまま地表へと降りる。

 

 すると剣先が下げられ、その代わりに剣をフラウに向けていた女の指が首筋へと付けられ、何かの魔術を刻んだか。

 

 紅蓮の刻印がその場所に浮かび上がるのが確認出来た。

 

『この魔術は私の意志か、解除しようとした瞬間に発動し、皇女殿下の首を粉微塵に吹き飛ばす!! 今より拘束の者がその場に辿り着くまで腕を上げて、一切動くな。魔術の兆候があった場合、確実に皇女殿下の命は失われる』

 

 フラウが唇を噛んで何かを耐えるように瞳を閉じていた。

 

 それが少なくとも恐怖からのものでないのはそれなりの間、一緒にいたので分かる。

 

 確かに少女は、フラウ・ライスボール・月兎は普通に家族の為に泣ける少女で、命の危機に恐怖もすれば、震えてもいるだろう存在ではあるが……同時に一軍を率い、己の命を省みず配下を救おうとする将であり、上に立つ資質と気構えを備えた皇族でもあるのだ。

 

 今、其処で何に耐えているのかと言われれば、こちらの目には自分の不甲斐なさ、己の至らなさ、何よりも自分のせいで降伏せざるを得ないこちらへの申し訳なさとしか見えなかった。

 

(でも、自分が死んでもオレを逃がそうとかしないだけ良かった……知らない間に死なれても困るしな。恐らく、魔王応援隊も一緒か。ルアル達の方が心配だが……フラウを確保された瞬間に大人しくなるだろうし、殺されてないと信じるしかない。その場合は逆に逃げるようにも言ってある……相手の目的がフラウなら、逆に他の連中を連れて逃げる奴らの優先度は低い可能性もある。後は月竜の連中がどれだけ情報を握ってるか次第……此処からはある程度、賭けになるか)

 

 背後でイグゼリオンがワザと音を立てて崩壊しながら透けて消えていく。

 

 黙って手を上げていると空の方から三人程の鬼竜種《ドラコル》らしい男達が何処も彼処も鎧や服を一部欠けさせた状態でやってきた。

 

 その顔色は未だに精神崩壊級の攻撃《ごうもん》のせいでぶっ倒れている同胞に向けられて青褪め、こちらを見て畏怖とも怒りとも付かない色に染まった。

 

『大丈夫か!!? 何て事をッ!!? ザック!? ベルレーヌ!!? ニキ!!? みんな?!! クッ、魔王にやられたのか!? スマンッッ!!! 囮にしたばかりに………ッ!!』

 

 一人が堪え切れない様子で未だ前後不覚状態の竜達の上で悲痛な声を上げる。

 

『後にしろ!! ブラン!! 今は魔王の拘束が先だ!!』

『だが?!!』

 

『隊長の命令を忘れたのか!!? 今はコイツに何もさせず、ただちに運ぶ事が任務だ!! まだ、全員死んじゃいない!! 後ですぐに引き返して手当してやればいい!!』

 

『くッ……』

 

 歯軋りした30代に見える顎に無精ひげを生やした男がこちらを猛烈な目付きで睨み。

 

 他の二人が地表に降り立つとこちらに恐る恐る近付いてくる。

 

「動くなよ!! 動くなよ!! フラウ皇女の身柄は我々の下にある!! その外套を脱げッ!! ゆっくり、こちらに見えるようにしてだ!!」

 

 言われた通りに外套を脱ぐ。

 

 すると、男達が他に何も持っていないかとボディーチャックでもするかと思いきや。

 

 すぐにさっきまで睨んでいた男と合流して三方を囲んだ。

 

「この術に抵抗するな!! 分かったか!!」

「了解した。人質がいるんだ。下手に何もしない」

「そ、それでいいんだ!! 四つん這いになって手を地面に付け!!」

 

 言われた通りにすると何やら聞き慣れぬ言語というか人に発音出来そうにない甲高い鳴き声のような詠唱が響き。

 

 地面に輝く魔法陣的なものが展開されて、四方から輝く紅の鎖が7本飛び出したかと思うと心臓、額、首、両肩、両脚の付け根に突き刺さり、痛みも無く何かが刻まれた。

 

 恐らくは吹っ飛ばす系の術か何かだろう。

 それを張り付けた後。

 

 ようやく安堵した様子でこちらに最初やってきた二人が立ち上がるように促し、両腕を後ろ手にして白い布に文様を刻んだらしい包帯みたいな代物でぐるぐる巻きにしてくれた。

 

「体に力を込めるな。今から背負うが、一切発言もするな」

 

 言われた通りに男の一人に背負われる。

 

 力を入れずに瞳だけでチラリと今もこちらを睨む男、ブランに視線を向ければ、その手はあらゆる感情に震えて拳を握っていた。

 

 そうして、背中に背負われた顔面が突如として間合いを詰めた眼鏡な拳で真横に殴り抜かれた。

 

「ブランッ!? 何をしてる!! 不用意な攻撃は避けろ!!」

 

「こ、これは部隊連中の分だ!! こんなんじゃ殴り足りねぇ!! こいつはみんなをッ、みんなをッッ!!?」

 

「分かってるよそんな事!! だが、隊長命令だ!! 止めろッ!! これ以上、魔王を刺激するな!! オレ達の任務はこの月猫の首都を落とし、魔王をこの地から速やかに運び出す事だ!! すぐに後続の部隊も来る!!」

 

(オレを運び出す? こいつら……オレの動向を知ってた? 結構、周囲の人選は厳密にやってたつもりだが、何処から情報が漏れたんだ? いや、月猫側からの方が疑わしいか? だが、こいつらの手際……囮部隊でオレをフラウ達から引き剥がし、混乱に乗じて確保とか用意周到……どっかで糸を引いてる奴がいるか。あるいは……)

 

 さすがにもう構っていられないと翼を広げて飛び立つ男に担がれたまま。

 

 離れていく現場には未だ竜が倒れ伏したまま。

 周囲の月猫の兵達も呆然としている以外になく。

 状況は劇的に流動的に変化していく。

 

 もう拉致られるとかは無いと考えていたのだが、どうやら自分はどうあっても囚われポジションから脱出出来る体質ではないらしかった。


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