ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第206話「小闘」

 

(!!)

 

 踏み込みは凡そ人間の眼球運動では追い付かない速度。

 

 無論、数十mを刹那に詰めるのは魔術による移動方法あってこそではあったが、その武術にも伝わる魔術コードの肉体での表現、縮地―――踏み込んだ地面から相手との間に真空の道を作り、肉体そのものの分子振動を運動エネルギーに変換、細胞の瞬間的な対G限界を細胞膜の強化で引き上げ、神速を得る一撃は……その委員会謹製の肉体による音速を軽く突破したはずの肘が、振り抜いた瞬間に同質量が同速度で動いたような衝撃で相殺されていた。

 

 遅れて戻って来た空気が周囲に吸引され、雷鳴の如く激音が響き渡る。

 

 周辺が衝撃波に震え、周囲に僅か張り立っていた建造物にビシリと亀裂が入った。

 

 だが、しかし、その肘を肘で相殺して、互いに腕を全面にして固まった時、老女は衣服の一つも破ける事なく。

 

 足元の靴すらそのままに微笑む。

 

「年嵩の女性に酷い事をする」

 

「女性かどうかも怪しいだろ。それとオレの人格が生まれた時代からしたら、オレの方が先輩ってやつだ」

 

「これは一本取られたね。けれど、予想していたのとは違う結果じゃないかな?」

 

 言われた通りだ。

 

 こちらの予測能力は相手が受け止めるというところまでは分かっていたが、今のように無傷で迎撃相殺されるとまでは分からなかった。

 

 恐らくは幾らか衝撃に身を竦ませるだろうというのが脳裏の結果。

 だが、此処にはピンピンしたチェシャがいる。

 

「名前を聞こう。亡霊」

「K220-322」

「プログラムか? それともロット番号?」

「後者だよ。亡霊君」

 

 返した老女がそのまま肘を引いてほぼ0距離でもう片方の手をトンと腹部に触れさせようとし、こちらの手で阻まれ、再び周囲に衝撃波と雷鳴の如き激音が奔る。

 

 どちらも魔術、どちらも衝撃を放つという一点においては同じものを使っている。

 

 使っている術の流派だのコードの違いはあろうが、起こっている現象は一緒だ。

 

 そして、それが相殺されている、というところで相手もまた自分に肉薄するだけの予測能力を得ていると確信する。

 

 互いに肘を相手に向け、もう片方の手は組み合うように指で互いを締め付ける。

 

 筋力も互角。

 

 魔術込み、手加減有という状況とはいえ、それでもこちらに合わせて寸分の狂い無く相殺してみせる手際は異常と言って差し支えないだろう。

 

「至高天とは何だ?」

 

「答えは自分で見付けないとイケないよ。教えて貰うのが全てじゃない」

 

「生憎と余裕も時間も無いんだ。それが本当に残ってるかどうかなんて神のみぞ知る、だからな」

 

 互いの手が互いを破壊するより先に同時で後ろに跳躍。

 10m程の距離が開ける。

 

「この世界にはあの男が創ったモノだけしかないなんて事はない。勿論、あのエクスキューショナー・ユニットみたいな例外やクソトカゲ共のようなイレギュラー、奴らの使う魔法使いのような番外もある」

 

「お前はどれだってんだ?」

 

「そうだな。君にも分かり易く言えば、僕は財団の収用違反オブジェクトって事になるだろうか。ああ、今君の脳裏に過っただろう答えで合ってる。そう……月で封印されていたものの一つだ。番号はF-39999-1」

 

「蜥蜴に使われてないって事は逃げ出したわけか?」

 

「そうとも奴らは人類憎悪の塊だ。それはオブジェクトが人型生命体であっても継続されて発揮される性質の一つ。例外もあるだろうが、大抵はそう扱う」

 

「で? オレの戦闘能力を図ってやろうって理由が試す為、とか。意味不明なんだが」

 

 肩が竦められた。

 

「意味は有るさ。君が弱かったら至高天には到達出来ない。あのマスターユニットは何も説明していないだろうけどね」

 

「……そこに到達したら何かイイ事でもあるのか?」

 

「あははは、どうだろうね。ただ、其処に行ける切符は一枚切りだ。それも早い者勝ち」

 

「話は読めた。オレが脱落すれば、其処に行く為のライバルが減ると」

 

「話が速くて助かる。そう、僕も到達を望む者の一人だ。あの創造主……いや、狂人が全てを無に還し、新たなる神話を紡ぐより先に到達したいと考えてる。トカゲの王ロート・フランコもその類だろう。毎度毎度進化した最優良個体で挑んで滅び掛けてるのに苦行を増やすなんてご苦労な事だ」

 

「苦行……」

 

 相手から仕掛けてきた。

 先程とまったく同じ展開。

 だが、今度は肘ではなく。

 

 蹴りだ。

 

 音速より速い蹴りが真空の最中を断熱圧縮に焼き付く事無く、血と細胞を沸騰させている様子すら無く、こちらの片手にガッチリと止められ、衝撃波と激音が奔り、それを振り解くように肉体が丸ごと回転してバックステップで下がられる。

 

「戦闘能力なんぞ図る意味なんて魔術有の時点で無いだろ」

 

「確かに。でも、それが通用しない相手もいる。そして、そんな時、必要なのは自力でどうにか出来るだけの強さじゃないかな?」

 

「一理有るが、三理も無さそうな話だ。人の優劣を競うのに強さが必要なら、それは暴力や威力だけが全てじゃない」

 

「だが、一部だけでも無い。それと人以外の知性が闊歩するこの世界でその理屈はナンセンスだ」

 

「生憎と脳筋と精神論が幅を利かせていいのはロボものかバトルくらいなもんだとオレは思ってる」

 

「……ノウ、キン? ふふ、それにロボ、か……プライマルの言う事なんだから、それはきっと人類の幸福な時代ならそれなりの諧謔なんだろうね」

 

(プライマル。原初とか、そんなニュアンスだったか?)

 

 チェシャがその懐に手を入れて、何やら拳銃を一挺取り出す。

 

「まぁ、これで君が至高天に至るに相応しいだけの存在かどうか図ってあげるよ。避けられるかな?」

 

 銃弾。

 

 今更、そんなものでどうにかなる戦闘速度ではない。

 

 こちらは音速より速い銃弾とほぼ互角以上の速度と反射速度を手に入れている。

 

 そもそも通常の銃弾では傷一つ付きはしない。

 

 口径が44口径以上でようやく軽く殴られた程度の衝撃に感じ、RPGで全身強打、戦車砲で受け流さないと直撃はマズイくらいなのだ。

 

 生物としての物理強度が違う。

 

 細胞、細胞膜、筋肉、骨、内臓がまずそもそも分子構造からして違う。

 

 血液の体積に占める人体重量の比は常人からしたら、重油でも流しているのかというくらいにドロドロだ。

 

 体内の金属原子、金属分子の含有比率は水分とどっこいどっこい。

 

 もはや中毒なんて突破してるような値だ。、

 

 他にも上げれば、切りが無い“違い”を前にして能力《スペック》勝負を挑むなど片腹痛いというのが普通ならこちらの感想だったが、念には念を入れる。

 

 おもむろに銃撃が為され―――しかし、一発とて車線上に自分はいない。

 

 身を低くしてまるで俯せかと思うな低姿勢での突進。

 

 まずは銃器を奪う事を前提に敵へ真下から掬い上げるような一撃を喰らわせようと。

 

「ッ」

 

 その銃弾の着弾の音が聞こえないのを悟った瞬間、全身の毛が逆立つ。

 

 攻撃を止めて、咄嗟に右方向に全力回避。

 これは勘ではない。

 

 予測と違和感に基づいた大げさなアクションではあったが、石橋を叩いて渡るような行為は確かに成果を上げた。

 

「(?!)」

 

 左足の内部に銃弾が入っていた。

 だが、周囲の細胞膜を押し除けて現れたソレは貫通する事なく。

 いや、貫通させて敢て弾を抜いて瞬時に傷口から閉じて再生。

 

 相手が更に打つ前にその黒塗りのリボルバーを袖の中に生成していた小型の触手アンカーで弾き飛ばそうとして、その黒い触手自体の中に銃弾がやはり何らかの方法で出現させられ、その狙いが僅かに逸れた。

 

 だが、それでも銃口を弾き飛ばして、相手の手元から奪う事には成功する。

 

 倒れ込んだ方の片手で体を支え、足払い気味に相手の脚を両断するべく。

 

 いつもの見えざる触手の鋸で敵脚部に届かない蹴りを繰り出したが、それもまた3発銃弾が突如として現れ、1本が命中するのみ。

 

 しかし、切れ味が落ちたわけでもないだろうに相手の太ももを半分程切れ込みを入れるだけに留まり、チェシャが横にサイドステップで回避した後、銃を拾って、再びこちらを撃つ。

 

「(何だ?)」

 

 相手の銃口が向いた先が微妙にこちらとは違うところを幾度か撃つのを目撃したが、途中リロードしようと薬莢が落とされた時、銃のグリップが小さな花火を上げて破裂した。

 

 モロに巻き込まれていながら、その小柄な手は煤けたのみ。

 

「あぁ……()()()()()じゃコレが限界か。それにしても物理強度そのものが桁違い、なのか……驕るだけの事はあるようだ。君も……」

 

 そうして、ようやく自分を逸れたはずの銃弾が何処にも着弾していない事に音で気付く。

 

「空間転移? いや、それなら今撃った銃弾は―――ッ!?」

 

 そうしてようやく気付く。

 先程自分の内部に現れた弾丸の数と今撃たれた弾丸の数に。

 

「安い手品だよ。オブジェクトに物理法則と常識は通用しない。その異常性を解明は出来なくても、調整や複製、管理は出来た……」

 

 チェシャが己の血も流れない左太ももを見てから、僅かにグッと片手で傷口をくっ付け、数秒もせずに離したかと思えば、こちらにニヤリとした。

 

「今日はこの程度にしておくか。また会おう……今度は本気が出せる体だといいが……ふふ、君は精々オリヴィエラ・チェシャとやり合うといい。至高天に至るのはこの僕だ。カシゲ・エニシ。プライマル・テンプレート・イグジステンス。全ての始まりにして終わり。鍵たる者よ」

 

 立ち尽くす小柄な老女の身体が一気に膨れ上がったかと思うと、その肌の質感が変質し。

 

「―――な?!」

 

 こちらの目の前でブヨブヨとした乳白色の肉片。

 

 否、芋虫のような物体となってボトボト落ち、最後には中から先程と同じ姿のオリヴィエラが出てきて、周囲の気色悪い群体が蠢きながらスウッと透過して消えていった。

 

 遺されたのは回復しつつある身体と銃の残骸。

 

 そして、先程と同じ衣服を着たまま目を閉じて崩れ落ちる初老の女のみ。

 

「はぁぁ……」

 

 周囲に喧騒が戻って来た。

 何処からか馬車の車輪が回る音。

 そして、遠くからは人の声。

 

 倒れた魔王と倒れたタカ派の首魁が相打ちみたいに寝そべる様子は面倒事そのものに違いなく。

 

 しかし、精神的な疲れを前にして、もう少しだけその態勢のまま休んでおく事とする。

 

(世界改変、量子転写技術、物体の複製と来て、今度は()()()()()()()()()()……どうすりゃオレの仕事は少なくなるんだろうなホント……)

 

 蒼い空はそろそろ昼飯時の煙に染まり始めていた。


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