ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第161話「喰われるもの」

 ファンタジー系の戦闘体系と言えば、剣と魔法である。

 勿論、銃とか。

 錬金術とか。

 その他の戦術や戦略に資するデータは西暦なら幾らでもあった。

 

 恒久界に来てまず初めに調べたのが戦争や歴史、現代の戦術や戦略、兵器類、戦闘体系であった事は極めて妥当な判断だっただろう。

 

 そして、それを調べて根本的に感じたのは……この世界を創った連中はまるで遊び半分にファンタジー要素を合理性も殆ど無視で社会の中にブチ込んでいる、という事だった。

 

 何分、膨大な情報だったので半ば、相棒に情報統合させて必要な部分だけ聞いていたのだが、とにかく過去でならば問題になりそうなあらゆる問題が魔術の一言で片付けられていた。

 

 環境問題、食糧問題などは言うに及ばず。

 

 とにかく不合理で普通なら革命とか起きて民主主義、社会主義、共産主義などの現代思想が生まれそうな時代背景にも関わらず、ファンタジーな社会システムが魔術という万能な技術体系によって維持発展、現在も王政や帝政が敷かれまくりだったのだ。

 

 この数千年、人々の生活環境が中世止まりなのも魔術というものが自然科学の発展を阻害しているからと感じられた。

 

 それは少なくとも単なる偶然ではあるまい。

 

 世界を支配する常識の大半は神々の代弁者である神殿の語る言葉によって構築され、それに相反する異を唱える者もまた同じ常識の上で意見を戦わせるのが常だ。

 

 神々から本来以上の魔力を授かる神官と戦えるのは高位の魔術師や軍隊というのがお決まり。

 

 探訪者《ヴィジター》や流浪の旅人や有名な武器の流派も事を構える事があるようだが、常人とは言えないような技術や体術を持っていたり、超越者であるか、魔術の心得がある者ものばかり。

 

 万単位の通常部隊より遥かに優れた魔術師達がやってくるとなれば、それはそれは絶望的な心地になるのも無理は無い。

 

 この世界における超越者や魔術師達の基本スペックは現実でも驚かれる事だろう。

 

 戦略級の魔術なら山を消し飛ばすくらいは行えるらしいし、広範囲に魔術の攻撃を行えば、それなりの術者でも数十m単位。

 

 人間の限界近くまで極めた術者なら数百mからkm単位が灰になったり、氷漬けになったり。

 

 超越者の能力や肉体がかなり強化されていれば、100m2秒で走破とか。

 

 剣で鉄塊を両断するとか。

 この世界で言うところの魔物。

 つまり、化け物相手に競り勝つくらいの力があるらしい。

 

 ちなみに化け物のカテゴリは色々とあったのだが、横文字でゴブリンとかオーガとかドラゴンとかフェアリーとか……それっぽい日本語が並んでいた時点でゲッソリした。

 

 過去、ヲタク的興味から王道ファンタジー系TRPGとかのルールブックを買って、ラノベみたいに読んでいた身からすると……現実で戦う事になる可能性があるだけでお腹一杯だったのである。

 

 まぁ、そういう事を思い出しながらの“作業”は思わぬ程に順調に推移していた。

 

『ぅ……ぁ……っ』

『ゲホっ!? ぁあ゛……っ……』

『ぉ、ぉぉ……ッ』

 

 辺りでは呻き声が上がっている。

 煮炊きの煙を上げていた神官連中を強襲して早一分。

 反射速度はまぁまぁだったのだが、肉体が付いて来なかったらしく。

 1人を除いて相手は行動不能。

 

 蹴、投、打撃の正に格ゲー張りにコンボ一式を叩き込んだ時点で勝敗は決していた。

 

 恒久界に来てからこの世界の人々の肉体の強度だの諸々は調べまくったので把握済み。

 

 地球上の人間よりも平均12cm以上背が高い事。

 また、筋力は半分以下である事。

 更に人体の構造と内蔵器官はほぼ変わらない事。

 

 これらを知れた時点で大半は虚弱体質なノッポを打撃で打ち倒せると思っていたが、正しく今それが正しいと証明されてしまった。

 

 ちなみに流派は我らがごパン大連邦軍の近接格闘におけるコンバット・マニュアルである。

 

 脳内情報=実演というのも中々にしてチートなスキルだろう。

 

 統合で諸々戦闘させられた頃から何となく認識出来ていたが、やはり……肉体の動かし方や反射などを練習で覚える必要がない。

 

 人間ではない情報存在と自分を認めてしまった事が大きいのか。

 

 大抵、見て聞いて本で読めば、そのまま再現出来るというのはかなり大きい。

 

 実戦での経験値は必要なのだろうが、その前の時点で様にはなっている。

 

 拳銃、アサルトライフル、サブマシンガン、狙撃用ライフル諸々の習熟訓練は統合で数時間行った時にほぼ完璧になっているので必要となれば、そちらの心配も無い。

 

『ひッ?! だ、誰だ貴様!!?』

 

 思っていた以上に強くなっているのは良いのか悪いのか。

 

 思い煩いたいところだが、その時間すら惜しいというのが現実だ。

 

「山賊団が来てやったぞ。戦うなら、さっさと準備しろ。此処の連中と同じようにしてやる」

 

 顔も見えない全身鎧に桃色エプロン姿の男?だろう相手がガクガクと膝を震わせた後、何やらブツブツと喋ったかと思えば、紅の燐光を足元に展開しながら、こちらに背を向けた。

 

 そうして眺めている間にも元来たであろう道を高速で駆け抜けていく。

 

 どうやら浮遊しながらの高速移動用の魔術を展開したらしい。

 

 これで下拵えは終了。

 

 細い触手を倒れ込んだ4人の鎧達の首筋に潜り込ませて、背骨と延髄付近を侵食する。

 

 途端に呻き声が消えた。

 

 前々から人体への触手による侵食はやっていたが、この世界では始めてだ。

 

 発声練習でアエイウエオアオとか言わせてみたが、十分に能力は発揮されているようで安心した。

 

 対ポ連戦の時のように操作も問題無かった。

 

 触手を首筋から抜いて、ポ連兵達に施していたのと同じように生きたまま昏睡状態にして、樹木を背に眠っているような格好で置いておく。

 

「ん?」

 

 料理人というだけあって、昼食は自前で作っていたようだ。

 

 傍においてあった小型の軽そうな鉄鍋の中には雑穀の雑炊のようなものが入っていた。

 

 火の消えた薪の上でまだ僅かに中身は沸々としている。

 

「……どれ」

 

 この世界の料理人がどれ程のものかと手から伸ばした触手をスプーン状にして鍋の中身を口に運んでみる。

 

「………微妙」

 

 雑穀の風味のする薄味のトロミが付いたスープというのが本音だろうか。

 

 極端な味付けが基本であるこの世界でなら、超薄いレベルの代物だろうが、逆に我慢せずに食えるだけマシか。

 

 一応、フウフウと冷ましつつ、その場でしばらく食事とする。

 

 ついでに昏睡させた男達からちょっと軽い献血程度の血を採血用の鋭い切っ先を持つ触手で吸い出しておく。

 

 10分程で食べ終り。

 

 血肉増食用の触手溜りを形成・変形させて、腰から背中側に移動させて薄く延ばし吸着。

 

 続いて残った血液を濾過。

 使える水分と養分に変換して蓄える。

 そう多くはないが、触手を大量に使う為にはやはり元手が必要だ。

 最初の数人分を確保した事で事前の準備は終了。

 此処からは戦闘態勢に入った神官団とのガチンコになるだろう。

 一応、魔術への対策くらいはしておくかと懐から手帳を取り出す。

 

 黒革のソレは……此処に来る前、オールイースト邸に置かれていた全員の部屋を回った時、見付けた代物だ。

 

 内部を開けば、1ページ目には稲穂の紋章が描かれていた。

 

(百合音……)

 

 そのまま感傷に浸って時間を消化する。

 

 しばらく寝ていなかったので少し落ち着く時間を持つ程度はいいだろう。

 

 それに過去を思い起こせば、またやる気も湧いてくるというのが人間というものだ。

 

 まだ使われていなかった新しい日々を刻む為のソレ。

 どれだけの事がこれから書かれていくか。

 

 少し怖くもあり、楽しみでもあったはずの白紙には現在、収集した呪文の数々が載っている。

 

 ジッと思うに耽ったのも束の間。

 そろそろかと選び出した呪文を紡ぐ。

 

「……名を負いし、君の背を見ん……清明なる無辜の民、神の意向持て守らん……末なる者まで滅せ、罰する爪を研げ……壁貫くは五行の衝角……叫べ、紅なる字句を、汝死ぬなかれ……最優なる賢人にどうか慈悲を……」

 

 魔術に付いて分かった事は幾つもあるが、確かなのはそれが少なくとも異世界の法則ではなく。

 

 現実の物理法則に乗っ取ったものであり、そのシステム中枢が月の何処かにあるという事。

 

 また、それそのものに違いないマスターマシン【メンブレンファイル】の権限を持つ自分にはこの世界における魔術の常識が必要ないという事実だった。

 

 この世界の魔術はファンタジーの常識的な代物だ。

 

 個人や世界の中に存在する魔力を使って発動すると言われている。

 

 お約束のように魔力の名前は古典物理学の概念。

 エーテルの名を冠している。

 

 だが、そんなのは嘘っぱちで実際には“神の網”に組み込まれた範囲内に展開される場の変異を用いた物質への干渉だ。

 

 故に物質や波が存在しない空間においては有意義で高度な力は使えない。

 

 基本的に空気中の元素や周辺の地形を形成する有機無機問わず、あらゆる分子構造をその場で崩壊させて、極小の核融合炉的な場の檻を使って様々なエネルギー、熱、光、電気などを発生させていると見ていい。

 

 更に原子変換レベルの事をしているのだから、当然のように放射線が発生するが、小規模なものは精々レントゲン以下、高空で航空機に一瞬乗った程度。

 

 それすら始動する為のエネルギーが高い魔術か。

 

 あるいは物質を変換するレベルのものに限られると一応の推定は出来ていた。

 

 大抵の生活全般に使われる魔術は軽く解析した結果、周辺の空気の流動や分子運動を場の微力な変化で誘導して束ね、運動エネルギーを生み出すものばかり。

 

 無論、それにも粒子のスピンを同期、制御する技術が使われているだろうが、使っていて普通に危険な代物ではない。

 

 身体の強化や物質の強化も分子や素粒子レベルからのスピン制御が関わっているようなのだが、それにしてもやっている事は盛大な技術の無駄遣い。

 

 高々人間1人分の物質を微細に制御する為に超技術の産物たる量子コンピュータが莫大な演算処理をしているはずなのだから、まったく現代ならば呆れられる事だろう。

 

(複数の魔術を解析してる暇は無いが、結局は全て素粒子から物質を制御するってところが味噌なんだろうな……魔術に制約や代償を設けてるのは便利過ぎると社会的な思想形成に支障を来たすから……ついでに貴重な処理能力の節約故だと思うが、実際はどうなんだか……)

 

 ツラツラと考えている合間にも唱えた複数の魔術の効果が現れ始める。

 

 一つ目。

 

【遠見の法】

 

 網膜に投影されるのは周囲の複数地点の映像だ。

 首を回すと連動して動き。

 遠方を簡単に視覚で確認出来る。

 

 二つ目。

 

【無辜の盾】

 

 周囲2m弱に外部からの強い衝撃や光、熱量、質量を弾く見えざる障壁が出来る。

 

 勿論、移動すると付いてくる。

 どうやら空気が幾らか圧縮された層になっているようだ。

 

 三つ目。

 

【断罪の爪】

 

 自分の両手が黒くて鋭い金属っぽい爪と篭手に覆われる。

 

 分子構築レベルの魔術だが、空気中から生成した爪の質量はかなり軽いらしく。

 

 付けている感触すら薄い。

 

 鋭さは恐らく単分子カッター並みだが、繊細で脆いので数回攻撃したら割れて消えるだろう。

 

 四つ目。

 

【相克の衝角】

 

 何故か日本の五行思想が普通に存在する魔術の属性を全て持つクリスタル状の幾何学模様が付いた角を頭部に生やす。

 

 これは分子構築レベルだが、断罪の爪と同じく殆ど重量らしい重量が存在しない。

 

 ただ、こちらは物理攻撃用ではなく。

 周辺に存在する敵対的な魔術の発生を抑止する効果があるらしい。

 日本の五行相克の情報を元にしたものだろう。

 ぶっちゃけ単なる飾りだ。

 実際に電気が流れる回路らしいものは組み込まれていない。

 

 恐らくシンボルとして固定された角をマーキングして術者の周辺での魔術の発生をシステム側から低減しているのだろう。

 

 収集した時、これを使えるのは神殿の重要人物や大魔術師くらいとか情報収集した酒場の探訪者《ヴィジター》のおっさんが言っていた。

 

 五つ目。

 

【業炎咆】

 

 長く息を吐く動作と共に摂氏3000度程の炎を1m先から火炎放射のように数十m先まで放射する軍事用の魔術だ。

 

 かなりの熱量を何も無い虚空から生成するので瞬間的に三重水素辺りを空気中の水分から生成して核融合している可能性が高い。

 

 熱量のみのシンプルな術なのだが、ぶっちゃけ人間を灰に出来るので脅しと手加減用に放射範囲と温度は下げた。

 

 六つ目。

 

【聖賢身躯】

 

 この世界における戦術論的には前衛と後衛が存在する。

 

 そんな後でバフや回復、攻撃魔術を行う後衛を直接的な打撃や衝撃、魔術から守る為に強化する身体強化術である。

 

 肉体の反射速度や反応速度が向上するらしいが、肉体に作用するというよりは動きを補助する全身を包む薄い気体のようなものが発生しているらしい。

 

 人体力学に基づいた筋肉の動作補助。

 気体状のスーツという時点で少しガッカリだ。

 

 補助するなら男の子的にはパワードスーツが正しい判断であって、スマートで見えない代物という時点で微妙な気分。

 

 やっぱり、メタリックなアーマーやスーパーロボットやリアルボロットが定番であって欲しいというのが正直なところだろうか。

 

 以上の魔術が次々に発動していく。

 

 本来ならば、色々と面倒くさい制約やら干渉やらで同時に使用出来ないとかいうのが常識らしいが、生憎とそういう制約は魔術というコードのプログラムやコマンドを作った連中の遊び部分であって、こちらには関係無い。

 

 そもそも魔術の根源であるシステムはメンブレンファイルなのだ。

 

 今までの状況から言って、カシゲ・エニシという存在がその内部に登録されているのなら、そういうシステム上の制限が掛かっているかは怪しい。

 

 自分の肉体の秘密を漏れなく使った戦闘をするには早いし、相手へわざわざ情報を与える必要も無い。

 

 なので、殆ど魔術と手品だけで戦おうと走り出す。

 

(さっきの奴が消えて一時間。もうそろそろか)

 

 山岳の果てに僅かな土埃が確認出来た。

 それは峠を越え始めた者達が巻き上げる狼煙のようでもある。

 仲間の救出にと行軍速度を速めたのだろう。

 全身鎧の軍勢が次々に下り坂へと現れ始めた。

 1人たりとも通すわけにはいかない。

 周辺の森林を確認するが、小動物の気配は無し。

 また人影も無かった。

 

 神官の軍勢に道を譲って、民間人は別ルートを通っているのかもしれない。

 

 だが、それならかなり派手にやっても問題ないだろうと背後を振り返って、山岳部から続く森林の端をなぞるように大きく息を吹き込んだ。

 

 次の刹那。

 

 火炎が舞い上がり、現在地点を中心にして森林一帯の端から端までが突如として現れた炎に包まれていく。

 

 まだオヤツの時間には程遠い時間帯だが、それでも赤々と燃え始めた樹木の炎は次々に飛び火しながら拡大して昼間の空を夕暮れ時のように染め、街道沿いに広がる森を壁のように封鎖していく。

 

 振り返って確認しようとした時、何やら【無辜の盾】にカカカアンと鏃らしきものが弾かれた。

 

 敵側の射撃。

 消火しようという動きは見られず。

 次々に鎧の群れがこちら目掛けて抜剣しながら突撃してくる。

 鎮火させるのはこちらを無力化した後、という事だろう。

 が、それは目論み通り。

 

「神は祝福したり、我らの前途は広く、次なる道は34へと別れたる」

 

 七つ目。

 

【多丈神道】

 

 神殿の神官が使うという魔術の拡大呪文。

 だが、拡大の数は神官の階梯や捧げる供物に比例するとか。

 しかし、それもまた此方には関係無い話だ。

 

 単純計算で三十四倍の強度と威力を今自分の周囲で起こっている現象が獲得する。

 

 【業炎咆】は人差し指と中指を唇に重ねるという単純な所作で解除。

 

 残るのは強化された視覚の強化と身体の支援《バフ》と近接攻撃用の爪と魔術メタな角の効力のみだ。

 

 それがいきなり四十倍近い拡大と強度を持つというのだから、相手からすれば、何が起こったのか分からないだろう。

 

 70m付近に神官達が入った瞬間。

 

 ガンゴンガガガガガガッッッといきなりコケた鎧が勢いのままに跳ね飛ばされてまるでトラックにブツかったような勢いでまだ焼けていない雑木林の中へと転がっていく。

 

 起った事は簡単だ。

 防御用の壁にぶち当たる寸前、魔術の全てが消失したのだ。

 

 浮遊していない時速数十kmの物体が突如として壁にブチ当たったのだから、内部の人間の身体なんて細い小麦菓子並みにポキポキしているだろう。

 

 勿論、それで死人が出ないと確信するからこその魔術拡大だ。

 

 神官の身体強度は常人よりも高い。

 

 何故なら魔術で物質的な強化が施された連中はもれなく超越者という話。

 

 今回は少なくとも山賊討伐という名を借りた反乱軍鎮圧。

 

 それに階梯の低い神官が投入されるはずもないだろうと踏んでの事だ。

 

 前衛30人程が事故ったのを確認した他の神官達がこちらの動きを察して初めて急制動を掛けた。

 

 後続もそれに続いて他者に激突こそするものの、何とか留まる。

 こちらに数km先から再び弓矢の雨。

 

 狙撃手も真っ青の魔術行使での命中率だが、やはりそれも70m手前の空で弾かれて周囲に散らばった。

 

 堂々と相手側に向かって歩き出したら、引くかと思いきや。

 

 跳ね飛ばされた鎧達の幾人かが立ち上がってズリズリと見えない壁に押し戻されながらも両手で押し留めようとしてくる。

 

 それを見た他の周囲の神官達もそれに加わり。

 

 その背後に到着しつつある数百人からなる男達が一斉に何やら片手で印を描くような所作をし始めた。

 

 魔術で対抗するつもりらしい。

 炎を背に数十mもの領域を維持して歩いてくる何者か。

 それを見ても後退しない様子はさすが統制の取れた神官と言うべきか。

 信仰というのは統合の時も思ったが、本当に厄介なもののようだ。

 

 今度は【無辜の盾】を先程と同じように人差し指と中指で前を切り開くような所作で解除。

 

 そのまま突撃する。

 

 全身鎧を着込んだ連中は魔術が消えては動きが鈍くならざるを得ない。

 

 如何に超越者と言っても数十㎏の鋼を纏ってはスムーズな移動なんて望み薄だ。

 

 神官達は好機と見たか。

 

 次々に砂糖へ群がるありのように突撃するこちらを迎え撃つよう、誘い込むよう、中央を開きながら左右に展開していく。

 

 それに敢えて乗ってやり、速度を上げる。

 相手の中枢までそう時間は掛からない。

 

 背後に回った神官達がこちらに追いつくまでどれだけ時間が掛かったものか。

 

 魔術が発動しない鈍い的が増えるだけだろう。

 

 道端で剣を構える連中の横を擦り抜け様に弾丸のように身体を回転させながら指先を振るう。

 

 手応えは鎧のみ。

 そして、そのまま道を突き進み続ける事数分。

 背後の男達は倒れ伏しこそしないものの。

 

 目に見える速度ではないこちらの一撃に剣までバターみたいに斬られて呆然自失。

 

 光景を後から見ていた後続は何やら魔術で味方毎撃とうとしていたが、それも速過ぎて狙いが付けられず……終に後衛の最後尾付近まで到達した。

 

 数人分の血液で得たカロリーは消費した。

 水分も筋肉の冷却用に使い果たした。

 

 が、程度で言えば、溜め込んでいた体重の1割も消費されていない。

 

 魔術様々だろうか。

 

『何者か!!!』

 

 鎧を着られた者達も次々に包囲へと加わりつつある。

 中には装備を脱いで駆けてくる者もある。

 此処は陣中ど真ん中。

 後方にある馬車列は総数で数百。

 

 それを背後に守る神殿の神官となれば、正しくそれなりの地位にある者だろう。

 

 立ち止まったのは何も彼らが強そうだったからではない。

 一際目立つ相手がいたからだ。

 しかも、何となく偉そう。

 左右に武具を構えた神官達をズラリと揃え。

 

 外側は黒、内側は赤のマントを翻し、兜を取って顔まで露にしたとなれば、間違いない。

 

 神官達の頭だろう。

 

「我が名はイシエ・ジー・セニカ。この地方を平定した者だ」

 

「平定だと?」

 

 ズイッと神官達に止められるのも構わず。

 背中の巨大な柄も長い大剣を引き抜いて片手に持ち。

 

 まるで槍のように構えてズシズシと道端の石を砕きながら歩いてくる鎧男は若い頃なら二枚目で通っただろうオールバックのイケメン。

 

 左頭部に僅か縫い傷が奔るのを除けば、軍紀物でナイスガイな軍の上級仕官をやっていそうなラテン系な顔立ちの男だった。

 

 その細面に反比例するように肉体は細マッチョだ。

 

 超越者なのは間違いないが、普通の強化のされ方ではないかもしれない。

 

 神官達の数倍以上の剣を片手にして微動だにしていないところからもその肉体の頑健さが分かるし、精神的な動揺が見られない時点で大物に違いなかった。

 

「名を名乗れ。神官の長」

 

「……私は山賊討伐の神官団を導く者。指導官にして大口ノ真神様の信徒。アウル・フォウンタイン・フィッシュ」

 

「つまり、こいつらの頭でいいんだな?」

「そうだ。貴様は何者だ。イシエ・ジー・セニカとやら」

「オレは使者だ」

「使者?」

「この地に住まう神とやらの無能を糾弾する者達のな」

 

 気色ばんだ神官達が思わず憤怒の表情となり、得物を動かそうとしたが、アウルと名乗った細マッチョの持つ長い柄が地面にガンッと叩き付けられて、静止する。

 

「貴様等山賊団の首領であるウィンズ卿を引き渡してもらおうか」

 

「馬鹿らしい。そんな事信じてるのか? それとも単純に馬鹿なのか? 全部、知っててこの場でアンタが山賊団なんて間抜けな単語を吐くなら、神官て奴は随分と神様からは程遠い連中のようだ」

 

「……我々を侮辱したところで貴様等山賊団が壊滅する事は免れない」

 

「アウルとか言ったか? 認識が間違ってるぞ。アンタはオレにこの場で命乞いをしてる立場であって、この無能な神官共をどうか助けて下さいと土下座するのが道理だ……」

 

 さすがに男の眉もピクリと動いた。

 しかし、それでも表情は崩れない。

 

「随分と尊大な口を聞く山賊だ……」

 

「この国は負ける。ついでにお前ら神殿が戦争を止められなかったせいでお前らの可愛い子羊は男から女までまだ子供みたいな歳から無能な国家の頭と役人共の盾か食事を作る犠牲になって死んでいく。それを座して待つ神なんてものが正しいと思うなら、さっさと神官なんて辞めろ。お前らにもお前らが信仰する神とやらにも人間を導く資格は無い」

 

「………貴様に何が分かる」

 

「無能が自分の地位に胡坐を掻いて子供を犠牲にメシを食ってるのは見たぞ?」

 

「貴様が何処の人間か知らないが、この国の我々神官の苦悩の何が分かると言うのだ……」

 

 それは激昂というにはあまりにも渋い表情だった。

 哀しみ。

 少なくとも瞳にあるのはそれだ。

 

「分かりたくも無いな。世界を変えていこうとしない連中が正義の味方面とは……まったく、許し難い冒涜だ」

 

「何?」

 

「いいか。ハッキリと告げてやる。何も出来ずに山賊退治なんて政治の片棒担いでる暇があったら、今死に掛けてる子供や兵隊、子を取られて泣く親の傍で何かしてやれよ。食料を配るだけでもいい。笑顔を向けてやるだけでもいい。そっと寄り添うでもいい。人々の為にと願う気持ちがまだ少しでも残ってるのなら、普通の人間が普通にしてやれる程度の優しさってのを見せてみろ」

 

「ッ………今一度問う。貴様は何だ?」

 

「オレか? オレはこの地方を少しだけ良くしてやろうと立ち上がった連中に道を与えてやったってだけの人間だ」

 

「道だと?」

 

「そうだ。もはや此処は月兎皇国領土ではないとオレがオレの名において宣言しよう」

 

 それが頭の悪い台詞に思える者もいただろう。

 だが、真っ直ぐにこちらを見据える細マッチョは目を細めた。

 

「残念だが、そのような宣言は誰も聞く耳を持たないだろう」

 

「いいや、違うな。これからこの地方はこの“反乱軍の宣言”を受け入れざるを得なくなるんだ。アンタ達のせいで」

 

「何?」

 

「神官としてちゃんとした仕事するのが遅過ぎたな。此処で終りだ……もし必要になったら、起こしてやる。それまで寝てて貰おうか」

 

 ガタガタと周囲で全身鎧達の群れが力を失って崩れて落ちていく。

 

「ッ?!」

 

 さすがに見過ごせなかったか。

 周囲360°から剣山と槍衾が突き出される。

 が、今更過ぎるだろう。

 

 問答無用の戦闘中にお話し合いなんて時点でこちらが時間稼ぎしているのは明白。

 

 たった一人では時間稼ぎに何の意味があるのか、なんて思考していた時点で連中に勝ちの目は無かったのだ。

 

 魔術を失い。

 

 五感の強化を失った神官達の首筋には見えざる触手がざっくりと刺さって、相手の神経系に同化しながら乗っ取っていく最中。

 

 そして、乗っ取り終わった身体の神経情報を欺瞞しつつ、肉体から少量ずつ血液を組み上げて、再び周囲に鎧の間から触手が跳んで次々に男達が気付かない内に無力化。

 

 最終的な総数は脳裏で計算しても5400人程。

 先行してきた神官は大半取り込み終えていた。

 

 自分から触手の効果圏内に入ってきてくれるのだからありがたい事この上ない。

 

 が、この魔術を全て取っ払った状態で神経組織を犯されながらも、アウルと名乗った細マッチョは僅かに動いてギシギシと身体を揺らしていた。

 

「―――貴様ッ」

 

「凄いな……まだ、動けるのか。随分と図太い神経してるんだな」

 

 比喩ではない。

 

 然して太いとは言えない首筋に張り巡らされた神経の束はかなりの密度と直径を持っていた。

 

 全身の神経もそれに準じていたのだ。

 

 目に視認出来るかどうかという限界まで細くして僅かな吐息にすら流されてしまうくらいの触手である。

 

 侵食する時間はそれなりに掛かる。

 

 その速度がもう少し遅ければ、細マッチョの大剣が腹にグッサリいっていたかもしれない。

 

「う、うぉおおおおおおおおおおお!!!?」

 

 倒れ込む男達の外周から1人。

 

 若い声の神官が兜も鎧も脱ぎ捨てた様子で剣のみで斬りかかって来る。

 

 それに見向きもせず。

 

 一番ヤバイに違いない目の前の細マッチョを見ているだけ、という時点で相手も気付いただろう。

 

「来る、なッ!! この事をッ、後続の部隊にッ、伝えに行けッ!!」

 

 かなり無理をして喋ったのも束の間。

 

 すぐに口も満足に動かせなくなったアウルの姿に後3mと迫っていた若者の全身が震えた。

 

 そのまま剣が吸い込まれるかのように脇腹へと突き出され―――。

 

「お前には伝令に走ってもらおうか」

「なッ―――」

 

 外套すら貫けず。

 ただ、鋼にでも突き立てたかのように剣先は止まっていた。

 振り返り様に軽く口の中で姿を一時的に元に戻す呪文を呟く。

 

「?!!!ッッッ」

 

 それだけでまだ恐らくは十代後半くらいだろう相手が固まった。

 

「レッドアイ地方は山賊団と反乱軍。そして、このイシエ・ジー・セニカが頂いた。貴様等は愚か過ぎて、遅過ぎた。もし、我々に挑戦するのなら魔術師を10万は連れて来い。神官達はこちらで死ぬよりはマシな程度に持て成しておく、とな」

 

 肘で剣を軽く跳ね除ける。

 

 すると、得物を落とした若き神官はガクガクと絶望的な表情を浮かべたかと思えば、そのまま叫びながら逃げ出していく。

 

「―――ッ」

 

 視線がビシビシ飛んでくるので振り向けば、細マッチョが表情も厳しくこちらを睨んでいた。

 

「そう睨むな。数人は見逃してやっただろ。これで皇国はまた戦力を集めてこなきゃならなくなるな。そう、此処から先はお前らの失敗が招いた結果だ。まだ子供みたいな新兵が女も込みでやってくるかもしれないな」

 

「ッ」

 

「いいか? これは単純にお前らが自分で招いた結果だ。大切な事を神や神殿に任せ切りだったお前らが判断を誤ったから、こんな無様を曝してる。神は全能でも万能でも良心的でもない。間違いもすれば、お前らを切り捨てもする。神の従順な下僕がこの様なのは思考停止したからだと心得ておけ」

 

「ッ?!!」

 

 相手の口は震えて動かない。

 

「善人も過ぎれば、罪悪の類だ……自分で考えて、自分で決めろ。その結果に対して後悔したくないのなら、自分の意思で戦え。これからお前らの敗北は反乱軍の箔付けに使われる。そして、お前らの身体が神殿に並んで初めて誰もが悟るだろう。自分達は負けるんだと……負けたんだと……誰にも助けては貰えないんだと……自分で立ち上がるしかないんだと……」

 

「………」

 

「随分、勝手な物言いだと思うだろう。だが、オレが見てきた神官はお前程に清廉潔白そうでもなけりゃ、自分で戦おうなんて意思すら見えない威張り腐った連中ばかりだった」

 

「―――」

 

「内側から変えていければ、なんてのは余裕のある国の言葉だ。誰がどう見てもこの国の政治は限界を超えて腐ってる。だが、この戦争で露呈した現実を暢気に改革してる暇も無い。だから、こうしてオレが出張ってきたわけだ。運が良かったと思って諦めろ。オレがこの国を一時的に借り受けてやる。戦争は終わるし、負けもしない。ついでに屋台骨の治らない場所はぶっ壊して取り替えてやる。神殿だけ残って神様とやらが消えるかもしれないが、それで済むだけ安いと思え。オレは此処に喧嘩を買いに来ただけだからな。しばらくしたら、さっさと消える身でもある」

 

 口が僅かに声もなく言葉を紡いだ。

 

―――お前は……。

 

「そろそろ消火活動に移ろうか。終わったら、現地の神殿まで連れてってやる。しばらく頭を冷やして思考しろ。今の自分にこの最悪の状態で一体、何が出来るのかを……」

 

 周辺の森林に延焼している炎を一度に消す。

 

 というのは、普通なら無理ゲーも良いところだろうが、生憎と此処は魔術アリアリの世界だ。

 

「蒼き恵みに祝杯を、正義を為せ」

 

【水叫乱】

 

 紅の燐光が目測で指定した地域の上空を覆い尽くし、空気中の水分を掻き集めて大雨を一瞬降らせて消えていく。

 

 湿度0の上空の大気はすぐに地表で炎を消し止めて温められた水蒸気が巻き上がる事で元に戻り、上昇気流が生成された場所の上には自然と雲が漂い始める。

 

 姿を元に戻して操り人形を五千人弱立ち上がらせて街道に整列させる作業を行う。

 

 全員を神殿が迎えに来易い場所まで持っていって並べるのはそれなりに神経を削りそうだった。

 

「ああ、一つ言い忘れてたが、山賊団の頭連中からは魔王なんて言われてる。ちなみに絶賛神様殴り隊を募集中だ。入りたいならオレに声を掛けろ。生憎と給料は出ないが、その代わりに今より人死にが少ない時代ってのを実現してやる。覚えておけ」

 

 最後尾の馬車が次々に引き返していく音。

 中にはそのまま放棄して着の身着のまま逃げる者もあるだろう。

 

 物資はそれなりに必要だと思っているが、後続の部隊が食い詰めて夜盗化しても困るので放っておく。

 

 行く手にはパラパラと小雨が降り出し、薄紅の空に虹が掛かり始めていた。

 

 神官団、魔王に敗れる。

 

 翌日、そんな報が流れたのは最後の砦が呆気なく降伏した数時間後の出来事だった。


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