ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第159話「紅い瞳の魔王様」

 

―――23日前月兎皇国辺境、自犠の渓谷林。

 

『全隊突撃ぃいいいいいいいいいいいいいい!!!』

『ヒャッハァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』

 

 言いたい事は一つだけだ。

 何処の世界にもヒャッハーはいる。

 

 ギラギラした瞳で化け物を相手に蛮刀みたいなのを振り回している柄の悪そうなウサ耳連中の集団突撃が月兎皇国の誇る皇家の秘術で生み出された化け物。

 

 正しくクリーチャーと呼ぶに相応しい内臓色の流動する肉塊を前にしても止まらず。

 

 その壁を突破していく。

 次々に襲い掛かる兵達は命知らずだが、案外というか。

 殆ど被害らしい被害も無く。

 

 軽傷者を出しながらも敵主力である化け物の布陣を突破して、後方の陣地に迫っていく。

 

 しかし、そこで力を使い果たしたか。

 幅広な渓谷の下、突撃の勢いが弱まる様子が見えた。

 それを見越していたか。

 

 複数の紅の燐光が敵陣から上がったかと思えば、その光が地面を奔り、土が隆起して土塀となって、戦列の男達を分断。

 

 ヒャッハーが仲間を救出している間に陣地付近に二重三重の土塀が展開され、複数の馬車と陣地を構えていた兵達が疲れた顔で撤退していく。

 

 これを渓谷に掛かる幾本かの橋の上から監察しつつ、ヒャッハー達を指揮する相手を双眼鏡で念入りに観察する。

 

 カイゼル髭の武人。

 そう呼ぶべきだろうか。

 

 五十代くらいの筋骨隆々なオッサンが全身鎧に身を包んで、魔術で加速した巨体のタックルで次々壁をブチ抜いて部下を救出していた。

 

「アレが辺境伯か」

 

 ボコボコと歪な形の果実を齧る。

 

 不味いのだが、補給用の物資は全て難民と自警団に提供してしまったので調査して食べられると判明したそこらの樹木に成る木の実を主食にしているのだ。

 

 栄養価は普通の果実並みにあるので戦闘とならなければ、1日十五個くらいで足りる。

 

「懐かしい顔だな」

 

 魔術を瞳の周辺で使っているのか。

 燐光を目元に発生させつつ、サカマツが横で呟く。

 

「知ってるのか?」

 

「祖国と月兎は長年に渡る犬猿の仲。史実に残る限り、この五千年で15度激突している。今回は16度目だが、15度目は7年前だった……」

 

「数百年単位での戦乱が十年単位になったのか」

「そういう事だ」

 

 この数日、協議やら目的やら諸々を話し合う間柄となったせいか。

 

 余所行きの口調は少なくともサカマツとの間には無くなっている。

 

 あちらからの要望で胡散臭い言葉遣いは止めたのだが、ざっくばらんに話したところでこちらは難民を自分の道具として使う事に変わりがない。

 

 適度な距離感としてはある程度本音で話せる利害関係者といったところだろう。

 

「奴は当時、前線指揮官の1人として先鋒を務めていた。牙哭《がこく》騎士団と言えば、突撃に定評のある敵だった。相手の牙が畏れのあまり啼き出すとの話に偽り無し。前衛の突破力だけ見れば、月兎の抱える戦力の中でも随一とされていた」

 

「それなのに今回の戦争では使われなかった、と。こっちの調べでは前の戦いで領地を貰ったはいいが、今回の戦争で主戦派に反抗して蟄居処分。その矢先に挙兵して反乱軍組織してるって話なんだが」

 

「……これは軍にいた頃に聞いた風の噂だが、月亀は反乱軍となったあの男に共同戦線や物資の融通を申し出たそうだ。だが、悉く相手にされなかったらしい。理由は月兎皇国に反旗を翻したのは国を思えばこその事であって、利益の為ではないから、だったか」

 

「忠義の男、か」

 

「どんな理由があったのかは知らないが、民を守る為の戦いに民を死なせる敵国の力は借りぬと豪語したのは戦が始ってから届いた唯一の吉報だった」

 

 敵兵を石壁で分断しておきながら、矢を射掛けるでもなく。

 

 次々に撤退していく月兎の兵達は何やら複雑そうな苦しい表情をしていた。

 

 監察中に耳元のインカムに連絡が入る。

 どうやら諜報活動は上手くいっているらしく。

 詳しい内情がザクザク出て来たようだ。

 

「これから接触する。そちらは事前通達通り、軍の倉庫を」

「分かった……お前の情報が何処まで本当なのか確めさせて貰おう」

 

「別働隊はいない。それと何度も言うが、見張りは殺すなよ? それ用の武器もあるんだから、正しく使ってくれ」

 

「……分かった」

 

 サカマツが過剰なくらいに戦争で命に気を使う馬鹿に呆れた様子で見やり、吊橋の上から駆け足で消えていく。

 

 それを見送って、土壁から救出された兵達が号令の下、引き上げていくのを確認。

 

 護衛達に囲まれたカイゼル髭が渓谷の真下を通るのを見計らって落下する。

 

 さすが6分の1Gなだけあって、40m近い距離にも関わらずフワフワとした感触を味わう。

 

 見えざる触手で吊橋にフックを掛けて高速で降りていくが、相手側で気付いたのは目標であるカイゼル髭だけだった。

 

 柄が2mはありそうな轟斧が構えられる。

 それに周囲の部隊が反応するよりも先に目の前に着地した。

 

「何者か?」

 

 泰然。

 そう呼ぶべきだろう自然体。

 いつ何時も挨拶をしながら斧を叩き込める。

 そんな風に感じられるのは偽り無い相手の実力故だろう。

 

「大将ッ!!」

「止めいッ!! 実力差が分からんか!! 無駄死にするな!!」

 

 周囲の人間が斬り掛かるより早く。

 そんな制止の声が飛んだ。

 

「アンタが辺境伯。ウィンズ・オニオンか」

 

「如何にも。元が付くものの、お主の言う通り、我が名はウィンズ・オニオン。この地に封ぜられし辺境伯の1人だ」

 

「アンタに今から四つ要求したい事がある」

「ワシに要求だと?」

「そうだ。月兎皇国の未来を憂い。最後の抵抗をするアンタに、だ」

「………床几を持てい!!」

 

 男の一声で簡易の折りたたみ式な鉄の椅子が周囲の男達の1人の背中から下ろされ、ドガッと地面に減り込むように設置される。

 

 それに腰を下ろした男が目配せをすると同じ椅子がこちらの横にも置かれた。

 

 同じように座れば、周囲の男達はすぐにこちらに背を向けて円陣を組むように外側を警戒する。

 

「行き届いてるんだな。さっきまでヒャッハー言ってた連中と同じには見えない」

 

「親衛隊は叩き上げの部隊長共の階梯に近い。ワシの最も信頼する部下だ」

 

「じゃあ、早速で悪いが要求を突きつけようか。山賊団からの要求は四つ。一つ、ただちに月兎の地方軍の本拠地を叩きに軍を引き返させる事。二つ、このレッドアイ地方の辺境伯が受け継ぐ宝印のオレへの譲渡。三つ、討伐軍と戦う権利をオレ達に寄越す事。四つ、この地方の自治権。以上だ」

 

「はははははは!!! 面白い冗談だ……と、言うべきか。それともこれほどの狂人に出会ったのは久方ぶりだ、と笑うべきか。いや、小僧……お前は一体、何処の誰だ?」

 

「今はイシエ・ジー・セニカと名乗ってる山賊団の新入りだ。ちなみにアンタの事は軽くしか調べてないが、アンタがどういう状況下に置かれてるのかは分かってる。そして、アンタが自分の敗北込みでこの地域の安定を取り戻そうとしてるのもな……」

 

 僅かにカイゼル髭、ウィンズの顔色が変わった。

 

「ほう。法螺話が好きなのはいいが、何故に我々が敗北を望んでいる等という話になる?」

 

「単純だ。忠義の人がわざわざ戦争中にこんな温い反乱でグダグダ戦争してる理由がそれしか思いつかなかったからだ。オレは時間に追われてる身なんで簡潔にアンタの現状を分析してやる。アンタは祖国の敗戦に乗じて敗北し、月亀王国と月兎皇国の講和もしくは無条件降伏などの席に着いて外交窓口になりたいんだろ? あるいは戦後処理の立役者の地位を所望してる」

 

「―――その結論に至った具体的な理由は?」

 

「相手の地方軍にやる気が無いのはグルだからだ。魔術師が攻撃に使われないのは元部下達がアンタに気を使ってるからだ。矢すら射掛けないってどんだけ手抜きなんだよ。ついでに月亀とのルートはある程度もう繋いで在るんだろ? アンタはこの地域で地方軍閥の長として権勢を誇った豪傑だ。蟄居処分なんて庭に引き篭もってる程度の話。名士として民から慕われるアンタに対する攻撃だから兵も手抜きになってしまうって体で中央からの督戦官辺りを誤魔化してるんだろ。戦後の処理は単純だ。月亀は自分達寄りになる戦後の操り人形の人選を急いでると踏んだアンタは唯一の反乱軍という体で月亀に近寄り、民の事を思う穏健派で月亀にも使い易い人材ですと奴らにアピールしたんだ」

 

「………」

 

「今の中央の遣り方では亡国まっしぐらだと進言した挙句の蟄居。となれば、祖国を救おうとする見識のある良識人ならどうする? 負けた後の事を考えるのが妥当だろ。そして、その戦後処理に使える現地に明るい人間として登用されるには戦中に相応の態度で振舞っているべきであり、相手側からの心象が良くなければいけない。後は言うまでもないな。アンタの誘いにまんまと釣られた月亀は接触を持った……そして、祖国は裏切れないが、私は今の中央には反感を持っている。月亀側にも理解を示す……そんな風にあしらえば、後はもう八百長だ」

 

 こちらの突拍子も無さそうな言葉にウィンズが思わず目を丸くしていた。

 

「面白い事を言うな。貴様セニカと言ったか。その話を何処で聞いた?」

 

「裏は無い。オレが単独で導き出した結論だ。それとオレがさっき要求した事は純粋に月兎と月亀の民を救ってやる為だと理解して欲しい」

 

「……詳しく聞こう」

 

「この戦争の勝者は月兎でも月亀でもない。【貴天の麒麟国】だ」

 

「―――それは影域の国家がこの“照華《しょうか》の地”を蹂躙しようと画策しているという話になる。それがどれだけ無謀な事か。貴様は分かっているのか?」

 

「そんなに無理筋な話には思えないな。月兎の中央政治の硬直化と腐敗、短期間に起こった二度の戦乱で中枢である四カ国の内の二ヶ国は国力を疲弊させている。ついでに養えなくなった難民を百万近く出して、その半分以上が影域に流れ込み始めてる。影域の国家が難民の受け入れを受諾すれば、それを養う食料さえあるなら、国力は一気に上がるだろう」

 

「……それで?」

 

「麒麟国は現在、オレが見る限り、軍備増強に際して人手が足りてない状態。食料の大増産計画や軍備を整えるのに難民が入ってくるとなれば、それを連携する各国に融通しつつ、国力を順調に高めて数ヵ月後には開戦可能だろう。タイミングは両国の勝敗が決した直後のはずだ。祖国に裏切られた難民の憎悪は甘くないぞ? 元兵隊連中が寝返れば、どちらの主力軍の内情も筒抜けと見ていい。それも終戦直後の混乱中なら破壊活動や諜報活動は捗るだろうな。何なら、電撃的に部隊を両国の首都に浸透させて、中枢を乗っ取り、補給を絶った上で降伏勧告出させるって手もある。負ける月兎は元より、月亀も勝利した直後の不意打ちで統制の下がり切った兵隊に補給が無い状態で戦えば、苦戦以上は必至だな。敢無く二つの国家は影域のものとなるって寸法だ」

 

「地方諸国が黙ってはいまいッ」

 

 僅かに汗を浮かべて、語気荒く反論するカイゼル髭だって、そんなのは突飛な妄想だと思っているだろう。

 

 それでも否定し切れないのは彼が常識人で合理的な判断とやらが出来る人材だからだ。

 

 様々な状況証拠を積み重ね。

 

 同時に真実のみを検証していけば、こちらの言っている事の確率がどれくらいの真実味があるのかなんて分かりそうなものだ。

 

 そもそも地方諸国がという下りの時点で麒麟国の動きに不穏なものを感じていた事は確定的。

 

 それを現実として突き付けられて動揺するのも無理は無い。

 

「地方諸国? オレの話を聞いてたのか? 麒麟国は影域全土に難民の受け入れをやらせてるんだよ。たぶんは光域の国家と国境を接する影域の国家全てで難民受け入れに伴う国力増大の為の生産計画が始ってる。つまり、その本来の生産力以上のものを作り出す労働力がいる。影域や影域寄りの国家が同時多発的に諸国を包囲する形で軍を展開すれば、月兎と月亀に他の国々が戦争介入出来る余力があると思うか?」

 

「だ、だが、二国の激突地点は中央だ!! そこまでどうやって攻めていくというのだ!! 月狗の大街道はさすがに封鎖されよう!! それを影域の国家の戦力で突破しようとするならば、被害は甚大!! 迅速な後方地の占領など出来様はずもないではないか!!?」

 

「アンタに一つ素敵な情報をやろう」

「何ぃ?!」

「麒麟国は神殿と対立してるそうだ」

「―――」

 

 ウィンズがこちらの開示した情報の意図に気付いたらしく僅かに得物を掴む手を白くした。

 

「言ってる意味。アンタなら分かるな? ちなみに難民の移送は“大蒼海経由”だとの話だ」

 

「………貴様の目的は何だ?」

 

「難民救済というのがまず一つ。もう一つは国家を乗っ取る事だ。最初の目標は月兎皇国。そして、返す刀で月亀王国。後、おまけでアンタらが一番大切にしたいものを守ってやる」

 

「大言壮語は捨て置こうか。だが、我々の大切なものが貴様に分かるとでも言うのか?」

 

「今、かなり手広く徴兵やってるらしいじゃないか。この国」

「ッ」

 

「両国の成人男子から12歳前後まで所構わず兵隊にしてるようだが、これが今度は女にまで波及する勢いだとか?」

 

「それが、どうした?」

 

 男の顔には拭い難く渋いものがこびり付いている。

 

「今、数百kmの戦線で激突する120万の兵隊。1日に一万人近い消耗。長引いて死んでいくのは新兵ばかり。古参というべきものはもう消えたとなれば、戦力が枯渇するのは目に見えてる……ちなみに戦線は膠着状態。歳若い命の浪費もいいところだ」

 

「耳無し!! 今の言葉を取り消せ……浪費ではないッ!!」

 

「アンタがそう思いたいなら勝手だが、覚悟もなく。生き残る術も殆ど与えられず。指揮する高級軍人や軍幹部連中を守る盾にされて、必ず勝てると嘘を吹き込まれ、敗戦までの時間稼ぎをさせられてる子供を前にして、その虚言、最後まで貫き通せるか?」

 

 カイゼル髭の片腕が首元を掴んで引き上げる。

 

「取り消せッ!!」

 

「アンタの蟄居処分の理由が今ので大体推測出来た。若年者の徴兵はお止め下さいって上層部に進言でもしたのか?」

 

「ッ……!!?」

 

「いいか? アンタのやってる事は端的に言って無駄だ。救える命は精々がまだ前線に送られてない子供の寿命を引き伸ばす程度だろう……それをオレが変えてやろうって言ってるんだ。ちょっとはこちらの要求に耳を傾けてもいいんじゃないか?」

 

 首を掴んでいた手が下ろされた。

 

「山賊風情に何が出来る……」

 

「中身は難民なんだよ。月兎と月亀の国境地帯の見捨てられた両国防衛部隊と志願者からなる構成だ」

 

「なッ?!」

 

 さすがに思ってもいなかった言葉だったらしい。

 

「オレの要求の意図は以下の通り。地方軍の本拠地へ戻ってアンタに“本当の反乱軍”として指揮系統を掌握して欲しい。権威の象徴である宝印の譲渡によって、難民達の下に大義名分を与えてやって欲しい。討伐軍に対し、共に戦う“権利”を難民達にも与えて欲しい。この地方の自治権を盾に難民達の収容を行って欲しい」

 

「祖国を……裏切れというのか」

 

「裏切られたのはアンタだ。だが、アンタだけならいいが、国は民も裏切った。そう感じているならば、自分の為すべきだと思う事をしろ。それが例え、己の正義に反してもな」

 

 カイゼル髭が僅かに萎れたように見えた。

 ドッカリとまたウィンズが腰を椅子に下ろす。

 

「貴様等の首魁の名は?」

 

「ジン・サカマツ。兎殺しのサカマツ。そして、今は月亀と月兎の難民達を守る自警団……山賊と己を嘯く男だ」

 

「奴か……」

「知ってるんだな」

 

「奴とは一度戦場で合間見えた……憎き部下の仇だが、確かに讃えられる武人の1人だろう。そうか……奴が難民を……だから、ああまでも難民の移動に際して被害が少なかったのか……」

 

 どうやら気に掛けてはいたらしい。

 

 カイゼル髭の顔には複雑ながらも、何処か安堵のような感情が混じっていた。

 

「一足先に軍の倉庫を襲ってもらってる。篭城は不可能になってるだろう。後は地方軍に対して降伏勧告して指揮系統の正当なる回復を持って、アンタが頭になるだけだ」

 

「ッ、お膳立ては済ませていたか……貴様はこちらを焚き付けに来たわけだな?」

 

 男の顔にはもう自嘲と皮肉げな笑みだけが浮いていた。

 

「今の月兎皇国内の食糧事情は把握してる。地方軍の倉庫がカツカツなのもな。そこからなけなしの兵糧が消え失せて、アンタが立てば、督戦官連中に従う者はいなくなる」

 

「セニカと言ったな」

「ああ。ちなみにそれ二度目だぞ?」

 

「……この地方を、月兎を手に入れて、サカマツは何をしようとしている?」

 

「違うな。国を手に入れたいのはオレの方だ。そして、サカマツはオレの提案に難民の安住の地を手に入れるという契約と引き換えに乗っただけだ」

 

「何だと?」

 

「そもそもどうしてサカマツが難民の移動を指揮しているはずなのに月兎にちょっかいを掛けてると思う? 山賊稼業だって楽じゃないはずだが、実際には現在進行形で地方軍の倉庫を襲撃中。普通に考えるなら、そんなのは無意味だ。だが、其処に意味がある。意味を見出せる。その理由は何だと思う?」

 

「……貴様、何処の国の者だ?」

 

「違うな。間違ってるぞ。アンタはオレにこう聞かなきゃならないんだ。お前はあのサカマツを動かす為に何を提供したんだ、と」

 

 相手の目が僅かに細められる。

 

「……貴様は国を手に入れて何をしたい?」

「ちょっと売られた喧嘩を買いに来た」

「喧嘩?」

「ああ、この世界の神様とやらにな」

 

 こちらの瞳を見て、真っ直ぐにウィンズが内心を覗き込むような光を目に宿す。

 

「サカマツへは見せた事だし、アンタにも見せておこうか。オレの本当の姿を……」

 

「何?」

 

 椅子から立ち上がって今まで適当に姿を誤魔化す呪文で変えていた外見を解除用のキーワードで元に戻す。

 

「ッ―――」

 

「オレはアンタらの言う“灰の月”とやらからやってきた。この世界の外の人間だ。此処に来た理由は神殿が崇める神様とやらがオレの一番大切なものを奪い取っていったからだ……OK?」

 

 いつもの蒼い外套にいつものメタリックスーツ。

 半貌を覆う小麦と稲のクロスする仮面。

 

 そして、現在はカーボンナノチューブのフラクタル構造体を集積した漆黒のスーツ……というよりは肌そのもの。

 

 自分で硬度や柔軟性を調整出来るスマートスキンと呼ぶべきソレを身に同化させ。

 

 統合側から提供された網膜への映像投影用固定型透明デバイス。

 

 要は静電気で稼動する紅のカラーコンタクトレンズを装備した姿は……ハッキリ言って、中二病全開だろう。

 

 ファンタジー世界の住民達が絶句するのも無理は無い。

 

 カラコンも相俟って、その禍々しさ300%増しなカシゲ・エニシを前にしてさすが歴戦の将も絶句した。

 

「―――魔王」

「何?」

 

「暗き肌、紅の瞳、鋼の衣装と蒼き外套を身に纏う眼光鋭き者……そうか。ついに我が身も耄碌したか……」

 

 どうやら神殿連中の語る魔王様は中二病ルックらしい。

 

「まだ暈けるには早いな」

 

「いいだろう。貴様が何者かどうかなどこの際、捨て置こう。信用などしていないし、世界が滅ぶかどうかなど一武人には関係あるまい。だが、何処の民であろうとも……人を守るが武門の誉れ。そして、兵として、一介の人としての道か……案内せい!!」

 

「随分と簡単に決めたな。もっと情報を集めるのに時間を使って渋るかとも思ったが……」

 

「貴様のような手慣れが壮大な嘘を付く為に我が眼前の必死圏に飛び込んでくる理由など、どのように考えたところで無い。何が真実かはサカマツに会えば分かろう……」

 

 立ち上がった漢の瞳には決意が浮かんでいた。

 

「だが、一つ言っておく。貴様が世に禍為す者ならば、我が一命を持って討ち果す」

 

「安心しろ。オレは人死にが嫌いだ。それと普通じゃないが、基本的に博愛主義者で人権大好きな一般人だ」

 

「……その言葉、覚えておくのだな」

 

 姿を元に戻した。

 

 こちらを向いている男達はいないが、それにしても全員が汗を浮かべており、魔王云々の話の時点で自分達がどういうものと相対しているのかは何となく朧げにでも理解したのだろう。

 

「じゃあ、案内しようか。軍の移動はその後にでも決めればいいさ」

 

 周囲に親衛隊の他の兵はいない。

 

 一番後に殿で撤退する将とはアレだが、武人としては清廉潔白だろう男の部下が再集結の為の伝令を耳元と口元付近で魔術を発動し、あちこちに飛ばしていく。

 

 どうやら戦力は順調に集められそうだと内心で安堵しつつ、相棒への報告を呟く。

 

『応答しろ。次の段階に移る』

 

 口八丁手八丁。

 

 土壇場であらゆる情報から憶測をさも事実のように組み立てられる能力が自分にあったのは良かったのか悪かったのか。

 

 不確定な部分が多過ぎたものの。

 嘘にならない程度に話を進めるのは何とか上手くいった。

 

 それだけで潜り抜けられる修羅場が多いに越した事はないが、それにしてもその内ペテン師との称号を嫁達から貰いそうで僅か自嘲せざるを得なかった。

 


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