ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第155話「ケモナーより遠く」

 

 恒界《こうかい》暦13043年現在。

 

 この恒久界《こうきゅうかい》と呼ばれる世界にある国は82カ国。

 

 無人の領域はあるが、ほぼ全て世界の果てと呼ばれる壁に至るまで何処かしらの国家もしくは国家間の協定で、何れかの国が共同で余さず所有している。

 

 人々の多くは光域《こういき》、大蒼海《アズーリア》と呼ばれる天を覆うクリスタルの海から降り注ぐ陽光が当たる地域に住んでおり、どんな世界でもそうであるように社会を築いて生活しているのだと言う。

 

 陽光が当たる光域は温暖な亜熱帯地域や穀倉地帯となる温暖な気候の続く場所が主であり、そこから離れていくと温度の低下や光量の低下から少しずつ天候が変動していく。

 

 暗くなっていく世界の端々は影域《えいいき》と呼ばれ、そうした世界の半分は人工的な灯を使うか。

 

 僅かな光量で過ごしているらしい。

 

 生態系の変化は影域では顕著であり、光合成せずに生育する植物や夜目が利いたり、五感が鋭い動物達の棲家として人は少ないとの事。

 

 世界総人口は今のところ学者間の見解では総数で6億人。

 

 5億の民は光域に住まい。

 残りの人々は影域に住まう。

 

 生活環境と文明レベルは国家毎にピンキリだが、基本的には中世よりは幾分進んでおり、現在の最先端の軍事兵器が銃弾と火薬を道具で詰めるレベルの火縄銃……のようなものだとか。

 

 人は田畑を耕し、世界の果てである岩壁から産出される鉱石を掘り出して生きている。

 

 俗に天海《てんかい》と呼ばれる大蒼海《アズーリア》に太古の叡智たる“人理の塔”と呼ばれる巨大な塔や世界の果てから直接登って漁をするので海産物も豊富だ。

 

 この世界において特筆すべき事は四つ。

 

 一つ、この世界には神と呼ばれる存在が複数いて、現実に人々の脳裏に語り掛け、その権威を司る神殿が各地に点在している。

 

 二つ、この世界の古代史に拠れば、世界とは神々の造った天海から発した被造物であり、人とは神に従僕し、より良き世界を創る為、生み出された存在である。

 

 三つ、この世界における最大の技術体系とは魔術であり、魔術はあらゆる事を可能とする万物の理として生活から軍事まで幅広く利用され、魔術を使える素質がある者は術師と呼ばれ、魔術による強化を受けた存在は先天後天問わず超越者と呼ばれる。

 

 四つ、この世界が終りを迎えるという黙示録を全ての神格は広く啓示しており、やがて来る終末を齎す者、最後の覇者を人々は魔王と呼ぶ。

 

 だが、その特筆すべき事の更に上。

 

 極めて重要な事実を指摘して挙げるとするならば、それはきっと一言で足りるだろう。

 

「……うさ耳か」

 

 ヒコヒコと木陰で正しく動物の耳が蠢いている。

 現在地は世界地図において、ほぼ中央。

 

 光域にある月兎皇国《げっと・こうこく》と月亀王国《げっき・おうこく》の主戦場から約124km地点。

 

 後方に山深い渓谷を備えた水源近くの川縁。

 近頃噂の魔王を名乗る男が率いる山賊団。

 その補給場所の一つだった。

 

 山賊と言っても構成員は焼け出された国境地帯の難民達から成る元々は自警団の類だ。

 

 他者から奪わなければ、生きていけない人々の難民キャンプは現在地から更に200km程後方にある。

 

 そんな集団がまともな資源や食料を調達出来る資源地帯を本拠から遠方に持っているはずもなく。

 

 ぶっちゃけ、其処は偶然補給部隊が見付けた水が綺麗で果実が普通に成ってるだけの場所にしか過ぎなかった。

 

『殿下ぁ!? 御苦しいにゃ!? 大丈夫かにゃ!?』

『殿下!! お気を確かに!! 私共が付いています!!』

 

 大きな樹木の下。

 

 山登りなどした事の無い主の上がり切った息とグッタリした様子に涙目でパタパタ小さなハンカチで風を送り、身体を摩っているのは犬耳と猫耳の少女達だ。

 

 あの交戦の後。

 

 殆どの化け物をその場で廃棄させて、山賊に敗北した皇女殿下の軍はそのままクノセと名乗った相手とこちらの参謀に任せて野営地に戻らせた。

 

 最高指揮官と世話係を連れて怪我をした部隊を即時再編。

 

 両軍の重傷者はいつものチート回復薬扱い出来る自分の血液で再生させて、軽症者はそのまま敗北した月兎軍の管理用に残して、現地の残務を任せている。

 

 こちらは補給部隊に合流する形で行軍。

 

 計32時間程を事前に周囲の河川に係留していた高速のイカダで下流へと下った。

 

 その到達地点である平地から更に4時間程の山登りとなった時点で兵達の疲労は限界。

 

 軽装とはいえ、それでも担がせている装備は食料を含めても20㎏弱と結構な量の為、補給地での休息は少なくとも半日くらい必要だろう。

 

「うぅぅ、お労しいにゃ!? く?! この鬼畜外道!!?」

 

 キッとこちらを睨んだ猫耳少女。

 

 少なくとも本当に猫の耳が普通に頭部へINされている相手を見て、ああ本当に人間の業は深いなぁという感慨に囚われた。

 

 人間らしい耳はちゃんと猫耳付きの少女にもあるのだ。

 しかし、それに更なる+要素で動物耳が二つ追加されている。

 

 どっかのファンタジーにありがちそうな猫っぽい相貌は瞳孔が縦に割れていたり、猫背だったりと……一体、彼女の種族を設計した連中はどれだけアニメやゲームや漫画好きだったのだろうと思わざるを得ない。

 

「な、何にゃ?! その瞳は!? ハッ!? まさか、で、殿下に続いてアタシ達を!? くッ!? 卑劣、卑劣過ぎるにゃ!? で、でも、お前がそう望むなら好きなようにすればいいにゃ!? で、でも、絶対に屈しないからにゃ!? お前みたいな邪悪な存在に絶対負けたりしないにゃ!!?」

 

 猫耳少女は本当にそういう物語でも見て冗談を言っているのではないかというくらいにエロゲフラグを立てまくり、まったく必要ない悲壮な覚悟で「フ~~~ッ!!」とこちらを威嚇する。

 

 これでお付きの女騎士が「クッ、殺せ!?」とか言えば、パーフェクトなのだが、さすが現実に殺し合い専門の騎士で女性がいるわけもない。

 

「今の疲れ切った身体の殿下とヤシャには手出ししないで貰いたい!! もし、そのような事がしたいのなら、わ、私がお前の相手になろう!! 魔王よ!! 私は、殿下のお付きにして侍従騎士!! シィラ!! シィラ・ライム!! お前が相手を望むならば、わ、私を使え!!?」

 

「ダ、ダメにゃ?! シィラ!? シィラは殿下を守るって誓いを立ててる立派な女騎士にゃ!? きっと、これからも殿下の御傍に必要な人材ニャ!? ニャーみたいな奴隷上がりじゃないのにゃ!!」

 

(本当にいたよ。女騎士……)

 

 ヤクシャと犬耳少女シィラから言われた猫耳少女が褐色の髪を振り乱してブンブンと首を横に振り、その猫っぽいキツメの童顔の金色の瞳に大粒の涙を溜めた。

 

「心配するな……例え、どれだけ穢されようと私はお前と殿下を守る。守り切ってみせる!!」

 

 金髪を短めのショートカットにして目元を吊り上げたつり目がちの犬耳少女。

 

 いや、よく見れば19くらいには届こうかという飾り気や化粧っ気の無い女子大生っぽい女性がヒシッと相方の肩を抱いた。

 

「にゃ、にゃぁ……」

 

 何やら悲劇をやっている二人に溜息一つ。

 背中を預けていた樹木の低い枝から果実を二つ取って相手へ放る。

 

「にゃ?!」

「む?!」

 

 思わず二人がキャッチするのを確認した後。

 

 ようやく話せるくらいにまで回復しつつあるフラウの前に歩いていって見下ろす。

 

「話せるくらいにはなったか?」

「ぅ……ぅむ……」

 

「じゃあ、この誤解しまくりのお前んとこの二人をちょっと下がらせてくれ」

 

「「?!」」

 

 うさ耳殿下の赤い瞳がようやく胡乱な様子から意思がまともに通い始め。

 

 二人にちょっと話すだけだからと微笑んで15m程下がるように伝えた。

 

 それに最初こそ首を絶対立てに振ろうとはしなかった犬耳と猫耳だったが、こちらが話すだけで何もしないと約束すると何ら信じていない瞳で睨みつつ、退いていく。

 

「随分と信頼されてるんだな」

 

「……あの二人は我が名の下に正式な家名を与えた者達。信義のおける部下としてはクノセに匹敵する……」

 

「そうか。大事にしてやれ。で、此処までお前を引っ張ってきた理由だが、単純だ」

 

「我が身に何をさせようと……?」

「お前には此処からオレと共に最前線へ行って貰う」

 

 その言葉に思わずなのだろう。

 

 フラウの顔がこの男は何を言っているのだろうという表情が浮かんだ。

 

「オレが最前線の連中を敵味方無くぶっ潰した後、お前にはとある宣言を行ってもらいたい」

 

「一体……本当に一体、何を……」

 

 困惑の表情も理解出来るのだが、現在かなり時間を気にしている自分にはそれに構ってやる余裕もないというのも実際のところなので無視した。

 

「お前らの常識では考えられない敗北をしておいて、今更オレの言葉を疑う必要あるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「もう一度言うぞ。今からお前らの戦場をぶっ壊す。死人は最小限、出来れば出さない方針で無力化する。その後に両軍へお前からの宣言を放送する。原稿は出来てるんだ。お前はこの文章を1日で暗記しておいてくれ」

 

 いつもの外套にいつものスーツ。

 あの花婿衣装の内ポケットから用紙を一枚手渡す。

 

「仮に……仮に戦線を崩壊させる程の力をあなたが持っているとして。我が其処で何を宣言すれば、国が救われるというのか。それを訊ねたい」

 

「言ったはずだぞ。お前の祖国を貰い受ける。だが、貰い受け方にだって色々あるだろ? だから、戦争大好きな軍人さんが納得出来る一番簡単な方法を取らせてもらう、と言っている。読んでみろ」

 

 用紙に目を落としたフラウの顔がその白さも真っ青になってきたらしく。

 

 読む毎に顔色が悪化していく。

 

「こ、これを、読め、と?」

 

「ああ、そうだ。オレには時間が無い。お前の祖国にも時間が無い。だから、最短ルートで国を手に入れて、最短ルートで戦争を終わらせる方法がソレだ」

 

「あなたが正気だと思えない。そう言ったら、我を殺すか?」

「いいや。全うな反応で至極安心するな」

 

「………あなたは両軍を殲滅すると。たった一人で現在120万の軍勢が激突する戦場を蹂躙すると……そう、仰るのだな?」

 

「殲滅じゃない。無力化だ。後、死人は出さない方針だって言ったろ?」

 

「―――これを悪夢と言わずに福音とするなら、世の常識は崩れ去るだろうな」

「是非そうなって欲しい。悪いがお前らの常識に付き合ってやる暇は無いんだ。聞いておきたい事とこれからの二日の道程で諸々決めなきゃならない事もある。受け取らなきゃいけない物資に造らなきゃならないものも多い。何がどうなってるのかを逐一説明してやれないから、そこは自分の頭で考えろ。此処からは二時間後に出発だ。お前とオレ……」

 

 何やら物凄い形相と犬と猫がこちらを見ていた。

 

「後、特別にあの二人も連れてってやる。それで当分は我慢してもらうぞ」

 

「……あい分かった」

 

「ああ、それとお前らの魔術とやらで適当に一番強い順から呪文教えてくれるか?」

 

「呪文を? だが、あなたはあれほどの雷撃呪文を撃てる者なのだろう? 属性の限界を極めた者が資質の無い呪文を使っても……」

 

「本来なら使う必要も無いんだが、確度を上げておきたい。後、オレに限って言うとたぶん資質とかぶっちゃけお前らの常識は関係無い。たぶん、定型化された文面読むだけで勝手に発動するだろ。というか、素質なんか必要なのか?」

 

「ま、魔術の基礎ではないか!?」

 

 思わず大声になったフラウがこちらを凝視する。

 

「ああ、そういう面倒臭い制限は受けてないはずだ。前やったら、全部発動したしな。それにしても……やっぱりそういう何かしらの縛りがあるのか……考えてたより無駄な工程が多いな……」

 

「あ、あなたはあの巨大な雷撃以上の魔術を使えると言うのか!? 素質すら超えて別の系統の奥義すらも!? そんなのは神以外に―――」

 

 ハタと気付いたらしい。

 自分で言っていた事だ。

 

「神様がどうかは知らないが、この世界の魔術ってやつはオレにとってトンデモ科学の部類だ」

 

「か、科学?」

 

 意味の判らない事を言い始めた相手にどう対応していいのか分からないという顔をされて、それ以上の説明は避ける。

 

(物理法則ぶっちぎってるみたいに見えるが、実際にはミクロレベル、素粒子レベルからの物理干渉……量子系技術の類。それに無駄な工程を差し挟んでそれっぽくしてるが……結局、原子変換と量子のスピンまで同期させられる量子テレポーテーションの発展型。それで分子の再結合やエネルギー抽出まで出来るとなれば、アインシュタインもビックリの“何でもあり”だろうよ)

 

「あなたの言う事は一々分からぬ……」

 

 フラウが微妙に困った様子で視線を俯ける。

 

(登録された生体の情報を常に取得してる【深雲《ディープクラウド》】とマスターマシンがある以上、特定の音声コードを喋るだけでも実際には魔術とやらが発動可能なんだ……ストレージが空間と同義ならば、システムで囲い込んだ領域、月全体で魔術《コード》の実行は可能と見るべきなのに誰もがその恩恵に与ってるわけじゃない……となれば、権限《クリアランス》制限をそれっぽく民間人に信じ込ませる程度の無駄な工程で欺瞞が施される、と)

 

 考えるだけ面倒な話だ。

 物質の変換とエネルギーの抽出と分子の構築。

 

 これらを全て行える技術体系を前にして万能の力という以外に理屈など無用だろう。

 

 常温核融合レベルの技術が大戦期に発達していたとすれば、それ以上の技術でその程度の機構を再現出来ないはずもない。

 

 原子を別の原子に変換するだけでも十分にヤバイだろうが、事実として存在する技術を超技術で無制限に再現出来るとなれば、その危険度は無限大。

 

 物理を少し齧っていれば、放射線が一杯飛び出す可能性のある魔術なんて使いたくないのは自明だろう。

 

「……本当に外神だと言うのか……」

 

「気にするな。とりあえず、お前にも分かり易く言うと御手軽にお前らの言うところの大魔術とか戦略魔術とかソレっぽいのは全部発動出来るから、必要なのは音声コード、つまり呪文の定型分だけって事だ。だから、一般には出回ってない呪文とかがあったら、一応収集してる」

 

 もはや開いた口が塞がらないというのが正しいのか。

 

 知恵熱でも出しそうなくらいにグルグルと目が回っていそうな様子でフラウがプルプルしていた。

 

「……じゅ、呪文が簡単? 戦略級を全部発動可能? うぅ……我は悪い夢でも見ているのか」

 

 さすがに頭を抱えてしまった主を見捨てておけずか。

 

 慌てた様子で犬猫コンビがこちらへとやってきて、殿下は私達が守ると言いたげに身体を張って通せんぼしつつ、ガルルル、フゥウウウウウッと唸った。

 

「分かった分かった。とりあえず、ほらコレ」

 

 黒炭製の鉛筆をシィラとやらに投げ渡す。

 

「その用紙の後に呪文だけ書いてくれ。効果も一緒にな。伝説とか幻とか秘儀とか奥義とか無駄にそういう名前が付いた呪文なら尚いい」

 

 受け取ったのは良いものの。

 未だに警戒されているのでとりあえず離れる事にした。

 

 後からは早くも罵倒の類がブツブツと呟かれ、フラウの持っている紙を見て、何だコレぇ?!との声が飛び交っているが、気にしても仕方ないだろう。

 

 とりあえずスタートラインに立ったというだけの現在。

 

 やる事は未だ山積み。

 

 此処から先の道程と日数の見積もりを脳裏でしながら、情報収集に出した連中からの連絡を簡易の休憩所で待つ事とした。

 

(此処まで駆け足で来たが……ようやくか……)

 

 全ての始まりを思い出す。

 

 それはあの日から1日目の出来事だった。


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