ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第150話「轟し隔する踊り場で」

 巨大な会場の中。

 式典1分前にして誰一人。

 

 本当に誰一人他者と会話しているものが映像に見えないというのも異様な話であった。

 

 静まり返っている。

 

 これから葬儀だと言われても頷けてしまうくらいには。

 

 そんな人々の視線は会議場中央の円卓を挟んだ二人の男に注がれている。

 

 片やパンの国を一代で強大な陸軍列強国として育て上げた生粋の独裁者。

 

 片やごはんの国を国力の倍する……いや、諸々を含めれば、確実に十倍でも言い過ぎではないだろう差を開けられながら持ち堪えさせた王。

 

 2人が24席揃えられた円卓の反対側で座る図は正しく竜虎相打つという言葉を彷彿とさせた。

 

 そこにもう5分前から座り込んでいる男達の誰もが国家の長のみだ。

 

 政治も軍事も経済も様々で弱小から列強に近いと言われる者達までバリエーションは豊富。

 

 だが、明らかに2人の男を前にしては威厳や風格がありながらも……見劣りしていた。

 

 客観的な事実を述べるならば、眉目一つ動かさず。

 

 互いに見詰め合う男達の合間にある威圧感に呑まれていたというのが正しいか。

 

「………」

 

 聖上。

 ごはん公国の指導者。

 本当の名前は大瀧尊《オオタキノミコト》と言うらしい。

 どうも尊称らしいのだが、それ以外に名は無いとの事。

 

 今はあの地下の城で出会った時の姿より二十歳は老けた顔をしていたが、その目付きは聊かも衰えているようには見えなかった。

 

「………」

 

 考古学者。

 そう自分で名乗るパン共和国の独裁者。

 アイトロープ・ナットヘス。

 

 生涯戦争らしいルナティック人生希望の老人は統合に鼻っ柱を圧し折られて敗北した後も老けた様子はなく。

 

 その小柄さからは想像も出来ない程に重厚なあの外套姿のまま。

 

 自分の計画を最後まで邪魔し続けた男に視線をやりながらも、決して油断も隙も無く。

 

 ユーモアを感じさせる程に優雅に口元を薄く笑わせている。

 

 余裕など無いのはどちらも同じ。

 目は笑っていないので怖いのも同じ。

 

 しかし、2人の間にある違いを表現とすれば、それは静か動か、熱いか冷たいか、のような表現では足りないだろう。

 

 敢えて言うなら、何処までも自分の面の皮の分厚さを比べ合うような状況で人にどう見せたいかの差と語るべきか。

 

 片方は冷静沈着なる無機質な程に合理と冷徹を顕し、片方は泰然として大山の如き不動の国家を体現して顕す。

 

 見ているだけで胃痛に苛まれる精神の細い役人などは今にも血を吐き出しそうなものであるが、その傍で座っている椅子の席順の意味……どちらがどちらに近いかを冷静に推し量られて大衆の前に曝された指導者達は一様に笑顔の一つも無かった。

 

 これから此処で始るのは大連邦発足の調印式。

 もう仔細は役人と大臣レベルで詰められている。

 だから、彼らのする事はサインするだけなのだ。

 

 が、そのサイン一つが国家の運命を左右するとなれば、最後の最後の最後で蹴るという国が出てきても何らおかしくない。

 

 大連邦発足は同時に対ポ連戦争の事実上の参戦と開始を意味する。

 

 無論のように“其々の国にとって平等な範疇の徴兵と支援”が求められるのだ。

 

 あの老人が出した案だけあって、大連邦加盟国へのメリットとデメリットは徹底徹尾合理的で無駄の無い誰もが納得は出来ないが理解の出来る内容だった。

 

 各国への技術支援と内需拡大経済開発計画。

 大国からの資本導入による技術革新と新文化の導入。

 旧態然とした法律や政治や軍へのテコ入れ。

 

 現地レベルでの地道な国力の底上げと同時にパン共和国とごはん公国のノウハウによる食料大増産計画。

 

 来るべき新薬投与による万能耐性新人類の人口統制計画まで数え上げれば、メリットは切りが無い。

 

 しかも、相手国側からの供給されるものよりもパン共和国が支出するものの方が明らかに大きい。

 

 主導するのだから、その分の仕事と資産は出すし、権威も持っていく。

 

 ついでに連邦発足後、15年程は加盟国の中でも列強が持ち回りで最初期の統合作業を行う連邦政府の代表を出し合う事。

 

 各国の代表選出を基本的には議会制民主主義ベース投票の一元化した制度で管理し、少しずつ各国を地域として統合しながら、旧い制度を廃止し、新しい制度に切り替えていく旨。

 

 事実上、加盟国は大連邦の最初期併合活動は共和国と公国に任せ、自分達は優れた文化と新しい時代への衣替えを統帥権の委譲と経済合理化の代償として受け取るという事だ。

 

 統一政体、統一軍隊、統一経済。

 

 この三か条を全て果たす大連邦という構想は正しく老人のやってきた併合活動の極大化版だ。

 

 無論のように異論も反論も噴出したが、ポ連の悪評が大陸東部では羅丈の仕事で既に公然の事実と化している。

 

 そして、それを現実に南東部の沿岸国はこの数週間で経験してしまった。

 

 その情報は北部まで駆け巡り、次は何処の沿岸国が狙われるかと戦々恐々状態。

 

 何処も国民を生き残らせる為の選択をするしかないという状況にまで陥っている。

 

 近視眼的に自分達は大丈夫という事を思い込む国家が東部に無かったのは単純にパン共和国の戦争が役人から一般人まで危機意識を持たせていたからこそだろう。

 

 東部に戦国乱世を生み出した張本人達にだからこそ、その主役だった二ヶ国にだからこそ、大連邦の切っ先にして東部の総意たる対ポ連戦を主導させようという各国の思惑は、正しく彼らに自分達を姿を見せて“やらねばこうなるぞ”と半ば指導してきたようなものである二人の男達には在り難い話だったはずだ。

 

 船頭は数が多くても1人。

 後はブレーキ役が要ればいい。

 独裁者の老人が切っ先に立ち。

 その背後には仇敵。

 

 ミスを手薬煉《てぐすね》引いて待っているとなれば、加盟各国も独裁は敷かれまいと安堵する材料としては十分だったのだ。

 

『予定時刻となりましたので、これより調印式を始めさせて頂きます』

 

 事前にリハーサルはしていないらしいが、それでも次々に国の名前が呼ばれ、その度に円卓の椅子から立ち上がる指導者達が何れも劣らぬ立ち姿で己を精一杯に主張する。

 

 最後の二ヶ国は無論、共和国と公国だ。

 

『ごはん公国国王。大瀧尊《オオタキノミコト》様』

 

 男が立ち上がる。

 

『パン共和国総統。アイトロープ・ナットヘス様』

 

 アナウンスによって立ち上がった老人が僅かに視線を空に向けた時。

 

 一斉に会場を警備していた軍人達が銃を上空へと向けた。

 

『中央特化大連隊所属の砲兵師団による祝砲を行いますので、各国の方は上空をご覧下さい。また、心臓の弱い方は耳をお塞ぎ下さい…………では、捧げ!! 銃《つつ》!! 撃て!!』

 

 一糸乱れず角度を統一させて傾けた軍人達が正しく人形のように正確な同時発砲を見せた。

 

 ズジンッッッ!!!

 

 本当に空砲かと思うような暴力に近い爆音が会場の外から響き渡り。

 会場内が僅かにざわめく。

 それから数秒後。

 

 上空で次々に咲き乱れる華の如く色の付いた煙が弾け、調印式開始が次々映像とラジオ、二つの放送によって各国へと送られ始める。

 

『これより、此処に集まる全ての国家による大連邦発足調印式を始めさせて頂きます!!』

 

 歓声が上がらないというのも不思議な話であったが、事実上の祖国の吸収を前にしてはそれもそうだろうとしか言える事は無かった。

 

 調印式の見せ場となれば、盛り上がるものだろうと思っていたのだが、そうでもなく。

 

 淡々と男達のサインする手は二枚の書類へ同じ名前を連ねていく。

 

 それを共和国と各国の大臣クラスの者達が其々一つずつ受け取り、報道のカメラの前に簡易の透明なプレートに納めたソレを掲げ、調印が終わった事を印象付けた後、退出していく。

 

 やがて、最後の二ヶ国。

 共和国と公国の番となった。

 

 だが、今までが其々だったのに対して、こちらは専用の台座が用意されているようで。

 

 2人が共に歩き出し、中央にある二つの演台を前にして同じ時にペンを取り、同じ時に書き込み始める。

 

 まるで示し合わせたかのようにピタリと一致して書き上げた瞬間。

 彼らの顔に見る者全てが息を呑んだだろう。

 たった数秒。

 だが、そのたった数秒の間。

 役人達がすぐに持っていこうと傍に寄ってきたにも関わらず。

 男達は互いの瞳を真っ直ぐに見詰め合っていたのだ。

 

 今、この瞬間に書類を破き始めないかという最悪の事態が一抹の不安となって想起されたのは何も自分だけではあるまい。

 

 最初の瞳を逸らしたのは老人の方だった。

 

 僅かに息を吐いてから、男に疲れたような笑みを浮かべて……真実……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……大衆の為の分かり易い仲直りの手法を心得ていた……人生の先達として一枚上だったに違いない老人は……書類を全て後の者達に渡すと二つの演台の中央まで来て、手を差し出した。

 

「―――」

 

 やられた。

 そう思った事は間違いない。

 だが、そんな事はおくびにも出さず。

 

 しかし、物凄く内心は苦々しく思っているのだろう事が人柄を知っていれば、想像出来るくらいには……鉄面皮で……聖上が同じように先手を取った老人と対面する位置に付け、躊躇無く手を差し出して互いに握り締めた。

 

 その力強さは映像からも分かる。

 それからの十秒を見たものは一生忘れないだろう。

 男達の瞳に過ぎ去ったものは何なのか。

 

 どちらにもそれなりに関わってしまった手前分かる自分が不運なのかどうか。

 

 “新たな宣戦布告”と“戦争形態”を前にして両者は確かに燃えていた。

 

 片や柔和な総統閣下の笑みを最後に貼り付けて。

 

 片や認めたかのように瞳を閉じ、これからの“建て直し”策を脳裏で決めながら。

 

 2人の男は歴史的な握手をした。

 

 そうして、公国の王は此処からは自分の仕事ではないと手を離し、元の席へと戻っていく。

 

 老人アイトロープ・ナットヘス。

 

 パンの国の総統は予め用意されていたマイクスタンドへと向かい。

 スイッチを入れると僅かに咳払いして、顔を上げる。

 

『此処にある全ての加盟国。全ての人々にまずは感謝を』

 

 老人の声は明瞭に会場内へと響き渡っていく。

 

『今日、この日、我々パン共和国は一つの国家としての形を失い。次なる時代に向けて発足する巨大な国家の片翼として再生する。これをまずは我が国の国民に……今まで我々が併合してきた地域出身の方々にご報告申し上げる。そして、我等が翼の支えん数多くの加盟国全ての国民に伝えたい。我々は……この大陸に存在する24の加盟国は……今一つの目的の為に破壊され……新たな一歩を踏み出す為に再生された』

 

 静かな出だし。

 

 だが、それよりも何よりも人々に意外とされたのはきっと老人の独裁者という顔とは裏腹な冷静でありながら、何処か淡々とした印象のはずだ。

 

 あの共和国の総統が“ご報告申し上げる”というのだから、俄然興味が湧くだろう。

 

 そもそも“併合してきた地域出身の方々”なんて言葉の時点で共和国憎しな併合地域の連中は聞かずに要られないに違いなかった。

 

『この放送を聞く全ての人々に私は伝えねばならない。いや、伝えたい……今、この時だからこそ、私は私がこのような総統と呼ばれる地位に付いたのかを聞かせねばならない。そう感じている』

 

「何だ……事前の内容と違う?」

 

 思わず声が出た。

 

 老人の言葉は事前に渡されていたスピーチの内容とはまるで違っていた。

 

 それが分かるのは僅かな人間だろうが、それにしても自分が総統になった理由とやらを此処で語り出すというのだから、意味不明。

 

 いや、人々の興味は更に増したはずだ。

 

『今、富める人も病める人も貧する人も健やかなる人も軍人も役人も商人も労働者も子供も大人も老人も出来得るならば、聞いて欲しい。彼方達は今、()()()()()と言う事を』

 

 世界には疑問符が付いただろう。

 

 一部の人間は早とちりして何てやつだと傲慢さに怒る者があるかもしれない。

 

 だが、老人の声はきっとそんな事を伝えているのではないと。

 少なからず分かる者には分かるはずだ。

 老人の瞳は真っ直ぐで今まで見てきたどんな時よりも清んでいた。

 

『この世界は今、滅亡の危機に瀕している』

 

「?!」

 

『この言葉をきっと大連邦発足の理由たるポ連との戦いの事だと思う方もいるだろうが、それはまず違うと否定させて頂く。私が言っている滅びとはもっと直接的なものだ』

 

 老人が何やら自分の外套から一つ掌に握れるスイッチのようなものを取り出して押し込む。

 

 その瞬間、思わず度肝を抜かれた人々は多いだろう。

 虚空に巨大な戦車が一瞬にして顕れたのだから。

 

 それが猛然と土煙を上げて時速100km以上の速度で走り去り、猛然と追走する機械化装甲歩兵と思われるパワードスーツを着込んだ者達が銃弾を撃ちながら、周辺から襲い来る無数のドローンらしき空飛ぶ小型機械の群れを相手に撃ち倒されていく。

 

(まさか?! これは!!? 何を言うつもりだ!? あの総統閣下様は!!?)

 

 虚空に巨大投影されたホログラム。

 マシンパワーが無ければ、普通に不可能な芸当。

 

 老人が遺跡の力を発掘していたならば、驚くに値しないが、それをこの時、この場所で披露するという事にどんな意味があるのか。

 

 それは内容に起因している。

 これは違いない。

 周囲では突然の映像に怯えた者達の悲鳴。

 

 そして、逆にざわつきながらも食い入るように戦い果てていく兵隊達の姿を見る者が複数。

 

 生々しく映し出されている生死に今は誰もが圧倒されていた。

 

『遥か太古。人類は高度な文明を築き。そして、数多くの文化を持ち。今と同じように戦争をして暮らしていた。だが、やがて、その時代に最も力持つ集団が世界に対して反旗を翻し、世界はそれまでとは比べ物にならない極大の災禍に見舞われたのだ。それをこの世界に生きるその当時から生き残る存在達は大戦と呼んでいた』

 

 老人が束ねられたマイクの一つを握って抜き出し、虚空の戦争映画どころではない本当の高度な殺し合いというやつを見つめて語り出す。

 

『私の生まれは当時の共和国にあった今はもう存在しない寂れた国土の外れにある村』

 

 老人の語りは今までとは違う。

 明らかに郷愁と懐古を含んだ声で。

 

『そして、たった一つの遺跡がその山中には眠っていた……私は当時、考古学研究の第一人者であった父の影響を受けて、己も研鑽し、その志を持って、父と同じ道を往くと信じる学問の徒にして、母の自慢の息子というやつだった』

 

 人々は映像に釘付けだ。

 だが、その声に聞き入る者は男の魔法に掛かってしまっている。

 

 そうだ。

 

 老人は学問がお好き。

 心理学だってお手の物なのだ。

 

 人に話を聞き入らせる術など心得ているに決まっているではないか。

 

『私はいつものように遺跡へと往き。いつものように帰るはずだった。だが、途中で遺跡は崩れ。私は地下の遺跡を見た。見てしまった……其処には無数の学術書が眠っていた。無数の記録が眠っていた。私は大戦と呼ばれた巨大な太古の戦乱において情報を収めておく為に造られた倉に迷い込んでしまったのだ』

 

 何処のラノベだ。

 と、言うべきか。

 

『私はそこで一つの本と一つの記録を見付けた。それが今、皆さんの見ているモノの正体だ。私はそれが何なのかを研究した。そして、この世界の真実とやらを独学である程度まで解き明かした』

 

 ああ、まったく老人は人生の総決算をしている。

 そう感じる程度には関わり過ぎたか。

 僅かに溜息が出る。

 

『世界は戦争に満ちていた。そして、その戦争の結果として、我々の歴史は数千年程度しかないと知った。本当はそれよりもずっとずっと何万年も何十万年も昔から人は文化と歴史を得ていたのだと。だが、それは失われ、人々は今も戦争や貧困に苦しんでいる。人類は滅び掛けて、僅かばかり復興してすら、その本質的な意味での闘争本能を御せず。戦争をしないという賢い選択肢を放棄出来なかったのだ』

 

 老人の背中が今程に大きく見える事はきっと二度と無いだろう。

 人生の晴れ舞台と言うべきか。

 

『人類よ。私は宣言しよう。この大陸に戦争が終に撲滅される事は無いだろう。滅びは常に人の傍らにある。だが、私は絶望しない。何故ならば、私は知っているからだ。人が愚かばかりではないと』

 

 男はこの事を知らしめる為にこそ、総統という地位に付いたのか。

 

 あるいはその先を見たいが為に……そう考える途中から声は多くを人々に語り掛ける。

 

『人類が戦争をしても、滅びず、生き残り、どんな姿になってもこの小さな惑星の上で耐え忍び、己の生存を掛けて種を残してきた事こそを、私は知った。だから、君達にも知って欲しい……世界は残酷だし、人間は学ばない生き物だが、叡智に長け、情を通じ、誰かの為に誰かを助け、何かの為に命を掛け、人の為に己を投げ出してまで守りたいと願う。そんな存在なのだと』

 

 男の声には重ねた年月よりも強い引力が確かに存在した。

 

 それは命を絞り出すような独白に等しい個人の意思と決意。

 

『人の歴史は嘘と偽りに満ち。数多くの秘密が今も何食わぬ顔で人類の往く手には転がっている。遺跡の事もそうだ。大戦で生き残った者達が今も暗躍し、人類と共に裏表無く関わっている事もそうだ。だが、そんな事は些細な話ではないかね? 何故と問う必要も無い。君達は此処に生きている。昔、誰かが生き延び、愛し合い、命は繋がれて、此処に君達はいるのだ。父母の愛を知らぬ者もいよう。まともな幼少期を過ごしていない者もあろう。だが、それでも君達は()()なのだ。君達は肉が崩れる病気にも掛からず。人が人で無くなる薬の無い時代に生き、この惑星すらも吹き飛ばしかねない破滅、空から降って来る巨大な岩塊すら心配する必要が無い。それは皆、先人達がどうにかしようとして、誰も知らぬ程に風化させた末に勝ち取られた平穏なのだ』

 

 その光景が、その世界の終焉たる姿が放送されている。

 隕石群が降り注ぎ。

 光の柱が薙ぎ払い。

 見えざる放射能やBC兵器に汚染されては朽ちていく幾多の兵士達。

 

 映像には僅かな声も付いていて、悲鳴がそれこそ現実であったと教えていた。

 

 それは間違いなく人が人たる由縁。

 感情の発露。

 必至に生きようとするからこその怨嗟と絶望と絶叫に違いなかった。

 

『人は進歩している。人は自分の手で自分を止められる。負けても勝っても生きている限り、死ぬまで彼方は幸せだとこのアイトロープ・ナットヘスが保証しよう。今、死に掛ける幼子から老人まで、今日死ぬ宿命の兵隊から一般人まで……人類は全て今幸せだと私は語ろう。そして、それが嘘ではない事を証明する為に私は人の醜き面たる戦争という手段を使って此処まで我が国を導いてきた。この身は英雄とは言えまい。数多くの犠牲を出した私を許さないと憎む者がいるのも当然だ。私は幸せなんかじゃないと私を殺したい程に憎む者もいるだろう。だが、それでも私は自分の信念によって、此処に辿り着いた。単なる学問の徒であった少年が一つの事を証明する為に世界を相手にして勝ち続け、今自分に出来る最後の仕事として、この領域の内側でならば、戦争をしなくてもいいだけの世界……大連邦を発足させた。それだけの事をどうか覚えておいて欲しい』

 

 いつの間にか夕景が男の姿に影を落とす。

 

『もう私は老骨だ。病からもう間もなく死ぬだろう。しかし、若者達よ。老人達よ。子供達よ。大人達よ。君達には未だ時間がある。それがどれだけあるかなんて問題ではない。限りある命と限りある夢を抱いて翔べ!! 願い朽ち果てるまで戦い続け、進み続け、己の為したい事を為す為に行動するのだ!! 君達の願いがもしも人々に受け入れられるものならば、国すらもその姿を替えていくだろう。人類よ!! 大志を抱け!! 大望を抱け!! 世界が争いに塗れても生き残り!! 世界の形すら変えてやれ!! 古の人々がそうしたように!! 沢山の先人達が勝ち取ったこの平和を!! この未来を!! いつか笑う子孫や自分の大切だった人々が遺す誰かの為に!! この今を生きる己の大切な人達の為に使うのだ!! 世界は美しい!! だが、醜くもある!! そう理解して進むならば、その先にまた違う景色も見えるだろう!!』

 

 老人がようやく。

 本当にようやく。

 汗を浮かべて、微笑む。

 

『次なるポ連との戦争を私は主導するが、最後までは立ち会えない!! 残る者達に後を託す!! 君達の未来を信じている……これで私の演説は終わりだ……さて、次は君の番だな。オリーブの名を持つ若者よ』

 

 促されるまま。

 EE達に見送られて。

 

「カシゲェニシ君」

 

 小型のディスプレイを後の役人に手渡してから、そのまま傍まで行く。

 

 マイクはもう切られていたが、老人は汗を拭って人生勝ち逃げしてやったと言わんばかりの悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「アンタ、こんな事を言う為に総統閣下してたのか?」

 

「ははは、驚いたかね? これでも私は平和主義者だよ。その行使手段が矛盾した戦争なだけでね。アイトさんは近所では素晴らしい博愛主義者と評判なんだ」

 

 茶目っ気も多くウィンクする老人は既にいつもの様子だった。

 

「……いいんだな? アンタ、今大抵の旧世界者を敵に回したぞ?」

 

「今更だよ。君」

「人間だけで進んでいこうってのか?」

 

「そろそろ彼らには僕等の時代からご退場願おうと思っていたんだ。無論、我々人類に迎合する者もあるだろうが、それならそれで構わない。彼らも人類には違いないのだから……今回の演説は力の無かった頃に誓った瑣末な復讐というやつだしな」

 

「復讐?」

 

「私の村は私が殺した旧世界者だった男に破壊された……きっと、その男にとってあの遺跡は消し去りたい過去だったのだろう」

 

「そうか……ご苦労さん。後はこっちでやっておく。そろそろ休め」

 

「ああ、そうさせてもらおう。EEと娘と家族が物凄い顔でこっちを見ているからな」

 

 よくよく見れば、何やら巨漢の中央特化大連隊の長が部下や何やら身形の良い夫婦やその娘らしき相手と共に目を見開いて今にも涙を零すかという程に表情を歪めていた。

 

「オレの力、使うか?」

 

「いいや、私は暗殺されるくらいなら、普通に死ねる人生を所望する。独裁者としては正しく悠々自適コースじゃないかね?」

 

「まぁ、いいさ。あんたの人生だ。好きにしろ」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 退場する老人の体はあの演説をしていたとは思えない程に小さく見えて。

 

 しかし、それを惜しんでやれる程の力が自分にあるわけでもないと僅かに機材のスイッチを入れる合図を勝手で出してスタンドの前に立つ。

 

 未だ衝撃の演説から何を言っていいかも分からない混乱から周辺の人間は立ち直れていなかった。

 

 が、そんなのは関係ない。

 いや、どちらかと言えば、少し気楽になったかもしれない。

 これだけの暴露だ。

 

 その後に続く演説がどうなろうと輝かしい()()()()()()の添え物程度の扱いになるのは目に見えていた。

 

―――今、敬愛すべきアイトロープ・ナットヘス総統閣下からご紹介頂いたカシゲェニシ・ド・オリーブだ。

 

 まだまだ演説は続く。

 この成否によっては諸々また面倒事。

 

 人の混乱している隙に相手を説得するというアジテーターやファシスト、本家演説家なチョビ髭伍長の常套手段をこちらも使わせてもらおう。

 

 此処からは言われた通りの若者像を演じてみるのも良いだろう。

 

 少なからず、その権利が自分に回ってきたならば、そうしない理由もない。

 

 詐術でも何でもそうするべきだと思うのはあの老人の演説を聞いたからか。

 

「まずはこの式典に私が来た理由からお話したい。閣下の素晴らしい演説と“大きな遺産”がどうか彼方達にとっての祝福と成らん事を願って」

 

 そうして。

 

―――もう一カ国、()()()()()()の紹介をさせてもらいたい。

 

 とりあえず、新たな爆弾の投下が始った。

 


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