ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第148話「不穏より」

 

 式典までまだ時間があるとはいえ。

 

 この世の中で最も危ない類の連中に囲まれてながらの道中は顔が引き攣りそうだった。

 

 洋服姿の女の子が赤い風船を持って、和装の母親に手を繋がれてスレ違う。

 

 周囲ではまだ寒いからこそか。

 温かい食べ物が露天の屋台でズラリと売られていた。

 

 こんな日常的な風景の中、その気になれば、一個大隊くらい潰せてしまえそうな戦力が闊歩しているとはどんなスパイだって夢にも思うまい。

 

「それで? オレにお祝いを言いに来たってだけなら、歓んで出迎えたいわけだが……実際のところはどうなんだ?」

 

 その問いに答えたのはアルムの方だった。

 

「それが半分。新入りとして、此処に付いてくるのを申し出たのは……近頃、死んだ生きてたと忙しい人間が本当に生きてるのか自分の目で確認したかった。それだけだ。オレの方は」

 

「そうか……で、あんたは?」

 

 炒間が視線をこちらに寄越さず目の前を見つめながら話し始める。

 

「主上と聖上の判断に我々が意見を差し挟む余地は無い。今回の大連邦発足は両者が同意してお決めになられた事。ただ」

 

「ただ?」

 

「……今回の一件が次の戦争を左右する大きな転換点になると知って、動き出した者達がいると情報を掴んだ」

 

「羅丈なら大半ぶっ潰せるだろ?」

 

「ああ、大半はそうだろう。そして、その例外が現在この首都に潜伏しているとの報告を受けて、此処まで参上した次第だ」

 

「例外? 仮にもバナナとガトーがいてすら、苦労する相手って事か?」

 

 こちらの問いにバナナの声が僅かに苦笑した。

 

「いやぁ~~ウチらの電子戦装備ぜ~んぶ掻い潜られててなぁ。相手は筋金入りの電子情報戦特化連中や。そのせいで現在位置不明、数不明、装備は少なくとも電子戦装備のNVを凌ぐ設備一式以上って事しか分からんという」

 

「一気にきな臭くなったんだが……」

 

「ま、そこら辺はウチらが対処するさかい。ニセモノさんはぎょーさん嫁さん達とポコポコ坊ちゃん嬢ちゃん出来るくらい初夜に励んどいてええで?」

 

 バナナが安全には太鼓判を押すが、それで安堵出来るような事態でもないだろう。

 

 どうなるのかは分からないとしても、万が一を百が一くらいに考えておこうと心に留める。

 

「生憎と今日は一番狙われそうな場所で諸々仕事だ。で、この事を共和国側は?」

 

「羅丈とEEの合同捜索隊が既に動いている。貴殿は予定通りに動いて欲しいと主上からの御達しだ」

 

「あの男、聖上からは?」

「精々、幸せの絶頂で死なないよう気を付けろと」

 

 炒間が僅かに口を重くした様子となった。

 

「……そちらの件は了解した。で、本題に入らせてもらうが……オレに言いたい事があるならハッキリ此処で言ってくれ」

 

 ようやく、その聖上の教育家係りと呼ばれていた男がこちらに顔を向ける。

 

「外であの子の父面をするのも今日で最後だろう。優秀な羅丈で我々に多くのものを齎し……そして、今組織の外に出て、前よりも活き活きとしている姿が見られた……それで十分だ。だが、それでもと望むのが親というものなのか……欲が出た。貴殿相手に脅しなど無意味なのは重々承知している。だから、この老兵が出来るのは頼む事だけだ……どうか、あの子をよろしくお願いする」

 

 その瞳に宿る色がようやく何か分かった。

 

「あんたが親だって言うなら、お願いなんかするな。オレにただ一言あいつを幸せにしろと言ってくれ。オレは少なくともその言葉を守りたいと心の底から思う」

 

「……そうか。なら、信じよう。この身に出来るのはそれだけだろう……」

「必ずとは言わない。絶対とも。だが、オレの力の限りを約束するッ」

 

 立ち止まった男を前に手を差し出す。

 それを傷だらけの無骨な手が握り返した。

 

 巌のような微動だにしない重さが確かにその手から伝わってくる。

 

 受け渡されたものを決して離さない。

 そう決めて。

 手を離せば、背中をドンッと片腕で押された。

 

「我々は更に探索を行う。そちらは時間通りに。では、これで失礼する」

 

 颯爽とスーツを翻し、大きな背中が踵を返す。

 そして、残されたのはアルムのみ。

 もうバナナの声も聞こえなくなっていた。

 

「お前は行かないのか?」

 

「すぐに追う……オレはもう表の世界から退場した身だ。だから、自分の事はもう何も拘るつもりはない。だが、それでもあの子が……あの子が幸せになれるところを見られる……それだけはお前に礼を言いたい……」

 

「何か勘違いしてるようだが、あいつはただ幸せにされる女なんて甘いもんじゃない。オレを毎日毎日料理の実験台にしてくれる……オレの幸せな日常を共にしてくれる……そんな、酸いも甘いも共に出来るちょっと嫉妬深い女だ。オレの方がお前に礼を言わなきゃならないのは確実だな」

 

「……ははは、そうか……あの子らしい……妹を頼む」

「任せておけ」

 

 その言葉に何も返さず。

 背中を向けて、青年は歩き出す。

 きっと、それは顔を見られたくないからだろう。

 

 そんなのは向かい側から歩いてくる子供が不思議そうに大の男の顔を不思議そうに覗き込む事からも見る必要も無く分かった。

 

(行くか……)

 

 奇妙な帯同者達と別れ、ようやく会場前の検問までやってくる。

 

 其処は長い馬車の行列と一般人の歩行者の迂回を促す看板に溢れていた。

 

 検問所のゲートを潜るのは軍人か会場の設営スタッフらしき腕章を付けた役人達ばかり。

 

 その中にまだ二十歳も超えない相手が混じるとすれば、注視されるのも致し方ないだろう。

 

 自分の番が来ると。

 

 まだ、二十代くらいだろう係りの軍人がザッと上から下までこちらを眺め回して、ゲートを通過する為に必要な許可証の提示を求めてくる。

 

 それに前々から発行されていた身分証を出そうとしたがポケットが空だと気付く。

 

 しまったと思ったが、忘れてきたみたいでと愛想笑いで出直そうとして、その肩を掴まれた。

 

 ちょっと、こちらへコース確定かと。

 溜息を吐きそうになったが、その軍人の肩が叩かれる。

 

「ああ、そちらの御客人は我々の連れなんだ。どうやら身分証を落としてしまったらしい」

 

「は、はぁ、どちら様でしょうか?」

「こういうものだ」

「……ッ?! こ、これは失礼致しました。通って良し!!」

 

 そう慌てた軍人が言うと検問のバーが開く。

 

 そして、そちらを見上げる暇もなく肩を抱かれるような格好でゲートを三人で通過した。

 

 その先の公園の入り口でようやく顔を上げて相手を確認する。

 

「こんなところで会うとはな……カレー帝国から要人でも護送してきたのか?」

 

「いいや、人ではなく機材だ。ファーン様の意向でカレー帝国へ映像を送る為の機械を持ってきた。貴公は変わりないようだな」

 

 二枚目の四十代。

 

 白髪の混じり始めた髪を後ろに椰子油で撫で付けた元廃兵院のリーダーにして現在はカレー帝国の軍で特務と呼ばれる職に付き、ファーン・カルダモンの片腕として働く男。

 

 ブラウン・ジンジャー。

 

 ダークグレーのスーツを着た相手は帝国での一件以来、会っていなかった人物に間違いなかった。

 

「で、そっちは……塩の国で会ったな。サナリの事で来たのか?」

 

「ああ……あの時の事を謝るつもりはないが、こうして此処にいるのも縁というものだろう。カシゲェニシ・ド・オリーブ」

 

 ジンジャーと同じく四十代。

 

 後に整髪油で撫で付けたオールバックにグレーのスーツを着込んだ何処かの剃刀っぽい鋭さを備えたヤクザ者にしか見えない相手は元騎士にして元テロリストだった。

 

 イオルデ・ココナツ。

 

「あの方の事を影ながら、時折見に来ていた。今は軍で働きながら監視下に置かれているが、今日に限っては許されている」

 

「そうか。もう会ったか?」

 

 首が横に振られた。

 

「今日の付き添いはあの方の姉君の夫がどうにかするだろう……私は此処にその方の護衛という名目で招かれたに過ぎない」

 

 意外な2人の組み合わせ。

 

 だが、妙に相棒のような雰囲気を醸し出しているのはどちらも誰かを守る職に今付いているからなのだろう。

 

「どうしてお前らが一緒にいる?」

 

 その言葉にジンジャーが答えた。

 

「実は公国のあのお嬢さんが僅かな間でいいから、君を護衛して欲しいと」

「百合音か?」

「ああ」

「忙しそうだと思ったら、オレの護衛でも集めてたのかアイツ?」

「護衛が必要だとは思えないがな。活躍は聞き及んでいる」

 

 イオルデの瞳が微妙に胡乱なのは女性関係多過ぎ問題から来るものに違いない。

 

「じゃあ、とりあえず中に入ろうか。控え室の番号は覚えてるから、そこまで頼む」

 

「了解した」

「そうしよう」

 

 四十代2人を連れて歩き出すのが若者なのだから、本来ならかなり奇異に映るだろう。

 

 だが、本日は各国から王族貴族な人々もかなり集まる為、そういう1人くらいにしか見られないのか。

 

 誰も彼もスレ違う相手相手がこちらを見てくる事は無かった。

 

 大円卓内部は首都再開発中に発展した建築技術の粋を集めているとの噂だったが、それは真らしく。

 

 少なくとも鉄筋コンクリート製らしい。

 内部には電灯も完備されており、薄暗いという事も無かった。

 また検問を潜って、人で溢れ返るロビー玄関から裏手の方へと回る。

 

 ヤケに高貴そうな人物達が屯するラウンジを横切り、一番奥の控え室まで来ると黒と白の外套を纏った男女が其処で歩哨のように立っていた。

 

 片方はEE。

 もう片方は羅丈。

 

 本来ならば、殺し合い真っ只中に出会ってもおかしくない相手が並んで立っているというのもシュールだったが、これからごはんとパンのマリアージュ(比喩表現じゃない……)が起ろうとしているのだから、それもこれからは日常的な光景になるのかもしれなかった。

 

「カシゲェニシ様。既に仕度は整っております。この控え室内から直接中央会議場までの道がありますので、通信での指示があり次第出て欲しいとベアトリックス様からの言伝です」

 

「分かった」

 

 女のEEに頷く。

 

「空飛ぶ麺類教団より式典用の外套及び衣服が搬入されています。護衛の方は此処までという指示でしたので、此処からは会場の関係者用の出入り口から警備に当たるようにと。カレー帝国の方は機材の設営の方へ回ってください」

 

 2人はどうやら此処までのようだ。

 

「そういう事らしい。短い間だったが、話せて良かった。とりあえず、御祭り気分で見ていってくれ」

 

「そうしよう。まだ、言っていなかったが結婚おめでとう」

 

 ジンジャーが差し出した手を握る。

 

「ああ」

 

 それに比べてイオルデはどうやらそういう気分にはなれないらしく。

 

 握手が終わった後にこちらをジッと見つめて。

 

「いつでも見ているぞ」

 

 そう言った。

 

「じゃあ、“お前ら”に刺されないよう精々あいつと幸せにならないとな」

 

「……そうしてくれ」

「じゃあな」

 

 これから2人に会う事があるのかどうか。

 

 その分厚い金属の扉を開いて閉めれば、内部の電灯は既に付いており、妙に高そうなソファーとテーブルの上には飲み物以外に弁当らしき重箱が置かれていた。

 

 黒々とした正方形の上には一枚の書置きらしきものがあり、手に取ってみると思わず笑みが零れる。

 

―――腕に選りを掛けました。

―――心よりおひいさまとのご結婚をお祝い申し上げます。

 

 どうやら料理上手なメイドさんの差し入れらしい。

 それを後で貰おうと部屋の奥に視線を移すと。

 

 其処には白布が掛けられた服らしき形が浮かび上がる衣文掛けのようなものがあった。

 

 それを剥げば、ヒラリと内部から一枚の紙が床に落ちて……何処かで見たような外套と衣服一式、それからあの半貌を覆う仮面が掛けられている。

 

 紙を拾い上げて読めば、これもまたメッセージで。

 

―――おめでとうございます……とりあえず、最新式ですが、武装は後日……あ、それと今回の一件ですが、空飛ぶ麺類教団は“何も知らなかった”体ですのでご自由に……。

 

 そう書かれていた。

 

「ああ、そうかい」

 

 たぶんは何処からか覗き見されていたのだろう。

 

 あの半分ケロイド男が現在教団でどういう起ち位置に落ち着いているのかは知らないが、少なくともこの会議での“仕込み”に無粋を働く事は無いらしい。

 

「ありがたいが、いつまでありがたがっていられるんだろうな。本当」

 

 いつか空飛ぶ麺類教団との間に何かしらの問題が起きる事は想定された厄介事の一つだ。

 

 今回の一件で【統合】を助けてしまったのは事実。

 ポ連と【鳴かぬ鳩会】の事もある。

 

 本来ならば、出てきていてもおかしくない相手が静かだという事は裏で何かをしている可能性が極めて大きい。

 

 となれば、現在本部機能が停止しているのも表向きだけかもしれず。

 警戒しておくに越した事はないだろう。

 

「やれやれ」

 

 着替える前に食事を済ませようとソファーに腰を下ろせば、不意に壁に埋め込まれていたディスプレイが起動して、映像が映し出される。

 

 現在、共和国と公国の技術公開が始っており、放送局こそ無いものの。

 幾つかの国家の上層部向けに映像の配信が始っている。

 ジンジャーの持ってきた機材というのもソレだろう。

 

 大陸東部の多くの政治家や軍人、王侯貴族がこれから起る出来事の目撃者となるのだ。

 

 会場はそろそろ満席になろうかという勢いで客席が埋められている。

 

 また、周囲には多数の私服姿の護衛達。

 

 共和国の陸軍が必要火器も最低現にして見回り、歩哨に立っている。

 

 これから起ろうという世紀の式典を前にしてふと―――睡魔が襲ってくる。

 

(これはいつもの……)

 

 何か思う間もなく。

 

 間延びした遠心力に心を引き伸ばされるような停滞に意識は落ちていった。


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