ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第134話「不可視なるもの」

 戦争の要点を抽出すれば、主に次の5点になるだろう。

 

 1.軍の維持に必要な商品とその供給。

 つまり、物資と兵站。

 

 2.戦闘を行う兵隊。

 つまり、人的資源。

 

 3.武器の差。

 つまり、兵器の質。

 

 4.効率を重視した総合的兵隊の運用。

 つまり、戦術と戦略。

 

 5.勝利条件敗北条件の設定。

 つまり、政治的な意思決定。

 

 これらを揃えて望むのが第二次大戦期から続く現代戦だ。

 対テロ戦争などを踏まえれば、これらの定義は変質するだろう。

 が、今は考えないものとする。

 

 つまり、戦争とは短く纏めたが大変複雑な要素を必要とし、労力がいる行動だ。

 

 大規模な戦力を維持する物資が無ければ、成り立たず。

 

 それを供給する兵站が維持出来なければ、現地の兵隊は地獄を見る。

 

 戦闘を行える人的資源を多く保有している方が有利であり。

 

 兵隊が使う兵器の射程と威力が戦闘の趨勢を決する大きな力となる。

 

 これらを総合的に扱う参謀が戦術、戦略において効率的、合理的で無ければ、勝利は危うく。

 

 全てを満たして戦っても相手国との間に政治的に適切な解決が為されなければ、あらゆる資源の浪費にしか過ぎない。

 

(相手は後顧の憂いを絶っての進撃。その上、南部の沿岸諸国を即時降伏させるくらいには強く。強大な海軍を有し、物資、兵員の輸送能力は極めて高く。戦術次元、戦略次元においても周到な用意、準備を終えた上で此処を攻めてきたわけだ。通常なら降伏以外無い。如何に兵器の世代格差が圧倒的でもエネルギーと物資事情は極めて分が悪い。ついでに消耗戦や包囲による持久戦はあちらが圧倒的有利。潜水艦で船を沈め続けようとしても、たぶんは旧世界者や遺跡の力でやがて排除されるのは目に見えてる。次々に後続が送られてくるのはほぼ確定している以上、戦略で圧倒的な大敗北、もしくは政治的に攻める理由を消してやる事でしか、此処を守り切る事は出来ない。この絶望的な状況下では限定的な戦術的勝利や一時的な戦略的勝利なんて意味が無い。だから、最善の選択をするなら……コレしかない……)

 

 地上に出て数分。

 こちらを見付けたポ連の車両が周囲に集結しつつあった。

 無視出来ないのは分かっていて姿を現したのだ。

 

 相手も全戦力とまではいかないだろうが、それでも数えるだけで40両以上は車両を寄越してくれた。

 

 真にありがたいと言わざるを得ないだろう。

 

 そんな車両の一つが何やら背後から大きな黒く四角い箱を下ろす。

 

『何のつもりかね? まさか、降伏する等と言うつもりでは無いだろうが、その選択肢は聊かこちらも意図を測りかねるよ。カシゲ・エミ』

 

 どうやらスピーカーらしい。

 僅かノイズ混じりな音声が響く

 どうせ映像や音声を何処からか拾っているのだろう。

 

「こっちのプレゼントは気に入ってくれたか?」

 

『ああ、勿論だとも。まさか、アレをお見舞いされる事になるとは……中々にして予想外だった。それに護衛する艦隊はともかく空母はさすがに痛かったよ』

 

「じゃあ、もっと痛いのも我慢して貰おうか」

 

『何?』

 

 ジャン・ロック・ハモンド。

 下種野郎の声が僅かに訝る。

 

「とりあえず、この部隊の指揮官。お前らじゃないポ連の将校を出せ」

 

『それに何の意味が?』

 

「出すのか? 出さないのか? お前のゲームとやらに付き合ってやると言ってるんだ。こちらのささやかな抵抗を是非、味わってみたくないか?」

 

『ふ、ふふふ……何ともまぁ……交渉上手な事だ。いいだろう……大佐に繋げ』

 

 それから数秒。

 ブツリと回線が切り替わった。

 すぐに別の声が聞こえてくる。

 

『私の名はシコルスキー・オクトパス大佐。海軍第三陸戦部隊所属。本作戦の現場指揮を任されている……貴官が邪教【統合】の交渉担当者か』

 

(邪教、邪教と来たか。いや、確かに邪教《ANIME》にどっぷりの狂信者《ヲタク》なのは確かかもしれんが……正しい認識には程遠い。コレでこっちにも芽が出てきたか?)

 

 無線越しの声は渋みが聞いており、たぶんは50代くらいの男だろう。

 何処かの蛇的な工作員を思わされる実に良い声だった。

 

「ああ、そうだ。全権を任されてる。さて、それで確認なのだが、貴方が現在、この地域に展開する部隊を全て預かっている最高意思決定者という事でいいのだろうか?」

 

『そうだ。本作戦の最高責任者は私だ』

 

「一つ訊ねたいのだが、貴方の部隊に同行している“彼ら”は貴方よりも上位の命令権限があったりするのではないか? 大佐殿」

 

『……それがこの交渉にどのような関係が?』

 

「勿論、ある。貴方の言った言葉が即座に覆る可能性があっては交渉のしようもないだろう?」

 

『勘違いしているようだが、彼らは我々の部隊に付いて来た作戦参謀。参謀本部からの出向組であって、我々への直接の指揮権は有さない』

 

「貴方が死んだ場合は彼らが部隊を掌握するのでは?」

 

『それは……可能性の問題だ』

 

「まぁ、いい。とりあえず、こちらから貴方達侵攻部隊に対する警告を伝えておく」

 

『警告? 警告だと?』

 

 あちらが困惑しているのは最もだろう。

 

 攻めているのはあっちでこっちは常識的に考えて負け戦なのだ。

 

「【統合】が貴方達を下に見ているからとか。武器や兵器の質がまったく違う次元だからとか。あなた達を皆殺しに出来るから、こういう事を言い出したわけではない事をまず伝えておく」

 

『……貴官は一体、何が言いたいのだ?』

 

「先程の空での爆発が高度な兵器の結果であり。現在、海軍所属の艦隊が攻撃で海の藻屑になりつつあるのはそちらも存じているだろうか?」

 

『それが我々の撤退する理由になると?』

 

「そのような事は露程も思っていない。だが、それ以外の理由で貴方達が撤退する可能性は大いにあると考えている。まぁ、その場合でも貴方の部隊が全滅する事は無いし、貴方達が此処で理不尽な威力の兵器の前に襤褸屑のように千切れて消し飛び、隊伍を組んだ者達のタグすら回収出来ずに帰還する事も無いだろう」

 

『言っている意味を図りかねる。降伏しに来たのでなければ、時間稼ぎと見なさせて貰うが……』

 

「本題に入ろう。この【統合】の地に足を踏み入れ、半包囲に参加する全将兵に対して……私は即時、武装解除もしくは撤退を求める。これは君達への最後の警告だ。作戦を止めて祖国へ帰れとは言わない。ただ、戦闘を止めて後退するか、本国に判断を仰ぐか。そのような穏便な行動を取るならば、手荒な事はしないと約束しよう。もし、武器を置かずに抵抗した場合でも最大限人権に配慮し、衣食住に付いては不満が出ないよう計らう。必ず本国への帰還を支援すると確約する。また、偶発的な事故やその他の理由で死亡した場合でも遺族に対して遺骨、遺品の返還はしかと行う旨を伝えておこう」

 

『………何を、言っている?』

 

 本音を言えば、やりたくなかった。

 

 だが、この段に至ってしまっては虎の威を借る狐になるのも致し方ない。

 

 世の中はやっぱり金と権力。

 戦争とは政治の延長線上にあるのだ。

 

「私はパン共和国陸軍中央特化大連隊所属参謀本部直轄特別強襲部隊【蒼《アズール》】隊長カシゲェニシ・ド・オリーブ。現在【統合】へ極秘裏に開設された大使館の大使と総統付き勅令担当官を兼任している。我が共和国によって“現在占領下にある【統合】”は国家として再出発する運びになっていた。これに対し、他国の大使館員への退避勧告も出さず、確かめる為の使者も送らず、事前通告無しに突如として強襲したポ連陸軍に対し、我が共和国はその蛮行に対する正式な抗議を表明する。そして、現場指揮権を有するシコルスキー・オクトパス大佐に断固として遺憾の意を伝えるものである!!」

 

 思わずなのだろう。

 

 黒猫が本当に大爆笑しながらゲラゲラと転げる音がインカムに木霊した。

 

 無論、これを聞かせていた【統合】側もポカーンとしてから、ドッタンバッタン大騒ぎだろう。

 

『な、何、だと?!!』

 

「聞こえなかったのか? 大佐殿。暫定的とはいえ、我が国の“領土”に“無断”で軍の強襲部隊を展開した挙句に大使館の大使に銃を向けている貴官等の行動を私は宣戦布告と見なしている。今後、程無く二国間において戦争状態となるだろう。そう、言っているのだ」

 

『こ、此処は邪教【統合】の本拠地だぞ!? き、貴殿が大使だと!? ふざけるな!!?』

 

「ならば、確認してみれば良かろう。外交ルートを通じて正式に訊ねてくれたまえ。言っておくが、もう貴官らの悪行を大陸全土に報道する準備は整っている。随分と早い宣戦布告となったが、それも仕方あるまい。我が本国がこの暴挙に対してどのような対応をするのかは大佐殿にもお分かりになるはずだ。共和国は決してこのような襲撃には屈しない。祖国の詳しい政治判断は今の私が知るところではないが……一つ付け加えておくならば―――」

 

 黒猫は声が枯れた様子でハァハァしている。

 消耗する程笑ったらしい。

 それにゲッソリしつつ、真面目な顔を作る。

 

「これからは確認を怠らず。国際条約に乗っ取った戦争行動を心掛ける事だ」

 

『そ、そこの誇大妄想狂の女を射殺しろ!!』

 

「今、大佐殿は私を射殺しろと部下に言ったのか?! 他国の大使を射殺しろと!? この事は戦後の講和会議において大いにポ連を追求する材料とされるだろう。戦争犯罪とは実に哀しいものだ……だが、致し方ない。貴官がそのような暴挙に至るならば、私も戦わねばならない。我が国は飛び地であろうと領土を蹂躙する者には容赦しない。そして、貴官らのような何も知らぬ憐れな輩に“国内”で“ペロリスト”の真似事はさせられない。完膚なきまでに倒させてもらおう」

 

『オイ!? どうした!!? 復唱は―――』

 

「残念だが、もう手遅れだ……心底に同情しよう。だが、誇るといい。【蒼《アズール》】の隊長たる私を前に貴官らは勇敢にも立ち向かう事となるのだから」

 

『オイ!! どうし―――』

 

「残念だが時間切れ。パーティー・イズ・オーバー、だよ」

 

 部隊の男達が固まっている合間に音と映像を拾っているのだろう小型カメラを見付けて、ソレを車両のボンネットに載せ、荷台に積まれていた椅子を取り出して顔が見えるように座る。

 

「これより現地大使館唯一の武官として武器の不法所持、集団騒乱事件の首謀者シコルスキー・オクトパスと彼が統率する暴徒に対して鎮圧を開始する。先程言った通り、人道的扱いをするつもりだ。其処は何も心配せずともいい。これからどうなるにしろ。私は交戦規定を遵守する。“国内”で過剰な火力は使わないから、安心して欲しい。本国に帰って貴官が英雄と呼ばれるのか、大罪人と謗られるのかは知らないが、これは私からの最大限の敬意だと思ってくれたまえ」

 

 通信越しの相手の口元がヒクヒクと引き攣っているのが手に取るように分かった。

 

「貴官らは本国の粗雑な情報収集や作戦立案の結果としてこのような暴挙に及ばざるを得なかった被害者だ。このような任務を引き受けざるを得なかった事に私は同情を禁じえない。故に無様に計画を遂行出来なかった陸軍部隊ではなく、不法入国後に騒乱を引き起こした外国人集団として鎮圧後、ポ連へ引き渡させてもらう。戦争を始めてしまった暴徒として歴史に名が残るだろうが、それは貴官らが背負うべき最低限の罪だ……それでは御機嫌よう」

 

 カメラを見えざる細い触手で真っ二つに両断する。

 

 そして、周囲の電磁波が見える機器を全て貫通するように破壊して一息吐いた。

 

『で、その手品はどういう要領なんじゃ? 兵隊の動きが止まっておるのじゃろう?』

 

「人間、見えないモノには無防備なもんなんだよ」

 

 黒猫の声で素に戻す。

 

『見えないモノ?』

 

「ファーストコンタクトした時、あいつらの足元まで伸ばした触手から色々と吐き出させてもらった」

 

『どういう事かのう? “うぃるす”的なものでもばら撒いたのかや?』

 

「違う。もっと単純にオレの肉体から切り離した触手の種みたいなもんだ。空気中に漂うくらい微細で軽いやつを荷台の食料と水を使って大量に散布した。そいつは吸い込んだ連中の体内に潜り込んで移動。最終的に背骨の神経の太い部分に辿り着いたら、其処を同化して乗っ取る。事前に脊柱辺りの組織に反応して増殖するようにしておいたんだ。時限式で爆発的に増殖した後は肉体全体で神経の信号をブロックする。つまり、寝た切り老人の出来上がりだ。ちゃんと血が巡るように体内の管理もしてくれる優れものだぞ?」

 

『……何か聞く限りエグイぞよ。伴侶殿』

 

 黒猫の声はゲッソリしていたが、そういうのはお互い様だろう。

 

「お前が言うな、とだけは言っておくぞ」

 

『手品の種は分かったが、これからどうするのじゃ? 一応、事前にやれと言われた裏工作は全て終わらせたが、まだ共和国側からの回答は無いぞよ?』

 

「あっちはあっちで合理的な回答するだろ。別に【統合】を引き渡す気も無いしな」

 

『ほう? じゃが、此処の連中はかなり喧々諤々やっておるぞよ?』

 

「分かってる。あいつらからの連絡には適当にこっちの動向を伝えておいてくれ」

 

『ワシ、思いっ切り不法侵入者なんじゃがのう』

 

「オレの協力者だって言えばいいだろ。本体なわけでも無し。例え捕まっても問題あるか?」

 

『むぅ……分かった。では、そのようにしよう。で、これからどうするんじゃ? 空挺の連中を行動不能にしたからと言って、あちら側の意図が挫かれたわけではあるまい? 半包囲を敷いている軍も未だ健在となれば、押し寄せて来るのは時間の問題じゃろう。というか、【統合】側の部隊がいきなり敵兵の倒れる様子に驚いておるが……』

 

「殺すなって言っておいてくれ」

 

『承知した』

 

「ちなみに不法入国者ってのはオレの時代の祖国的には働き口を求めてやってくる出稼ぎ労働者が大半だったんだ」

 

『何の話じゃ?』

 

「つまり、就労ビザも無い外国人、もしくは経済移民を使うのは真に遺憾だが、自分達の尻拭いくらいはしてもらおうって事だ」

 

『???』

 

「前、あの蛇は結構な仕事をしてくれたが、お前らはどうかな?」

 

 固まった男達はこちらの声も聞こえず。

 ただ、眼球の自由のみを駆使してこちらを見つめている。

 

「そう硬くなるな。死人は出さない予定だ。とりあえず、オレの()()になって貰う。安心しろ……ちょっと軍人から劇団員に転職《ジョブチェンジ》するだけだ」

 

 配役はモブで決まりだろうが、そういった何処にでもいる“当たり前”というやつが何事にも厚みを齎す。

 

「まずは全員集めるか」

 

 政治的な勝利条件が遠退いた今。

 

 戦術的にも戦略的にも大きな敗北を果たして相手は耐えられるだろうか?

 

 耐えられたとしても、常識というやつはパラダイムシフトの前に脆く崩れ去るのがお決まりだ。

 

 前提条件が違う。

 

 それは決定的で致命的な変容を相手に齎す事となるだろう。

 

「此処からは知恵がモノを言うRPGと洒落込もう」

 

 細く細く広げた触手の網は有機的に蠢き。

 止まった男達の首筋へと進入していく。

 現在時刻午後4時17分。

 夕暮れ時を待たずして戦いは開始された。

 

 この世で軍隊が最も困る戦争が………。


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