ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第133話「再会のもずく」

 

『さぁ、奇跡の時間は終わりだ。此処から非科学的なのは無しで行こうじゃないか』

 

 ディスプレイの中の悪役は往々にして悪くても好きになれるタイプがいるものだが、果たしてあの男の行動を見て、そうなる人間がいるものかどうか。

 

 何故か、イグゼリオン第24話が後で流されている中。

 

 こっそり黒猫に用意させた情報と現在【統合】にある観測機器でリアルタイムに入ってくる流星群の動向を惑星の俯瞰図で見れば、残り15分で落下してくるのかがハッキリと分かるだろう。

 

 衛星軌道上にある物体というのはデブリだろうが何だろうが大変な速度で軌道上を回っている。

 

 この速度を強制的に電流などを流してローレンツ力の応用で地表へと落下させるシステム。

 

 大気圏というゴミ箱。

 いや、焼却炉を使うのが“神の箒”と呼ばれるモノらしい。

 

 こういったデブリ掃除用の技術的な雛形は現代でも確かあったと記憶していた。

 

 それを自立再生する真空適応型の細胞で形成された触腕でやるというのだから、世の中はあの後、随分と宇宙開発にもゲノム編集技術を取り入れたのだろう。

 

 大戦期の遺産の中でも殆ど名前が出てこない失われたとも思われていた代物は正しく何処かのSFにありがちな隕石落下による遊星爆撃よりも極めて現実的な脅威だ。

 

 何故なら、地球の周囲を回っているゴミを強制的に減速させるだけなのだから、目的の地表に落とすのはマスドライバー等で一々照準して隕石を撃つより手間が少ない。

 

 と言っても軌道計算や減速の仕方やらを考えた場合。

 

 落下させられる位置にあるものだけを送り付けるのが関の山だろう。

 

 そもそもこの惑星の衛星軌道上にはデブリがかなり多いらしい。

 

 らしいというのは観測出来るのが殆ど【統合】の人間だけだからだ。

 

 高度な光学機器を支える高精度なレンズの類はどうやら複製が極めて難しいようで。

 

 兵器に使うばかりで天体観測に使った事例はこの数千年無かったとの話。

 

 そのせいで兵器を地表付近の階層まで運んで、敵にバレぬよう表層の隙間から観測する事になった。

 

 一応、【統合】には大規模な電波望遠鏡が外部に偽装され備わっているらしく。

 

 衛星軌道上から減速し始めた複数の大型デブリを捉えていたが、最後にモノを言うのはローテク。

 

 電波妨害などを考えても自分の目で確めるというのが最も有効。

 成果として落下時間は確定。

 ついでにその大きさまでも極めて高い確度で分かった。

 

 直系64m、34m、54m、94m、合計四つが燃え尽きずに【統合】の外延から1km圏内に収まる範囲で落着。

 

 その推定威力は核にも匹敵する。

 

 もし中央ブロック4km以内に当たった場合は2発までなら耐えられるらしいが、3発目で沈む。

 

 他の何処に直撃しても、そのブロックは全て破棄。

 

 これを迎撃するミサイル及びレールガンの準備は進んでいるが、照準しても刹那で落ちてくるソレを迎撃するとなれば、地表で安定した状態を保つのは絶対条件。

 

 それを敵が座し待っている事は無いだろうし、当てられる可能性も今の外部状況ではかなり低い。

 

 敵陣は散開しながら現在、【統合】の内陸部へと進出していて、索敵しながら地下への入り口を探っているらしい。

 

 出てきた通路は完全に封鎖した為、短時間で入り込むのは不可能。

 

 侵入するにしてもかなりの手間が必要だろう。

 だが、それにしてもポ連軍の兵達の行動は遅かった。

 こちらが完全に地平線の先へと消えてから動き出したようなのだから。

 

 たぶん大型の宇宙ゴミが落ちてきて、爆風で吹き飛ばされるか蒸発します……なんて情報は教えられていないに違いない。

 

(合理的な話だな。こちらがデブリを迎撃すれば、其処を急襲して内部へと侵入。こちらが迎撃出来なかったなら、【統合】はお終い。補給基地も潰されて、外からの物資搬入が制限された中、施設に致命的なダメージを受けてポ連との消耗戦になれば……どれだけ高性能な武器を持ってようが、最後に音を上げるのはこちらだ。相手は海上からも物資を輸送出来るだろうし……車両技術も高い。どうなるかは火を見るより明らかなわけだ)

 

 もし海側からもう敵戦力が近付きつつあるとすれば、増援の可能性は大いにある。

 

 さすがに原潜レベルの代物やミサイルまでは製造されていないかもしれないが、周辺建造物を更地にする量の爆薬さえあれば製造可能なデイジーカッター的兵器やBC《バイオ・ケミカル》兵器の類が心配だ。

 

 遺跡から発掘されていても何らおかしくない。

 

(と、オレが考えたところで今のところ手元に何か出来る手札は無い、か)

 

 現在、カシゲ・エニシは車両を乗り入れた階層の中にいるのだ。

 意識は戻らないが、一応命を救った男達は荷台で眠っている。

 

 黒猫が【統合】内の監視カメラで中継してくれているのだが、それにしてもあちらは未だその事に気付いている様子もない事から混乱は相当なものだろう。

 

 後十数分しない内にデブリが落下してくるという段になって、レーザーの使用許可は出されたようだが、どうやら地表を大規模に開口せねばならないらしく。

 

 周辺に展開されている部隊排除に次々戦力が上部階層へ集結させられているようだ。

 

「で、だ。何か方策はあるか?」

 

 困った時の猫頼み。

 

 チートスキルは得たが、基本一般人で発想力に乏しい自分の代わりに何か解決策を持っていないかと黒猫に訊ねてみる。

 

『あるぞよ。というか、ワシが唯一出せる切り札というだけじゃが』

 

 端末の映像が監視カメラから黒猫を映すモノへと切り替わった。

 

「一体、どうする?」

 

『迎撃用の誘導弾《ミサイル》じゃったか。それを載せた代物が現在、ワシを迎えに周囲へ到着しつつある。隠密性を鑑みて無線封鎖じゃったが、墜ちてくるのが確定した時点で情報は全てリアルタイムで送っておる」

 

「そういう事か。それにしてもどんな車両なんだ? そんなもんが公国にあるなんて聞いてないぞ。オレが寝てる間に発掘したのか?」

 

『ふむ……ワシが密かにこの数ヶ月で編成した対共和国用の極秘戦力じゃ。無理難題吹っかけられたり、統合に失敗したり、あの老人との決定的な決裂した時用の、な』

 

 軽く黒猫が肩を竦めて監視カメラを見上げる。

 

「もしかして公国や羅丈とは別系統なのか?」

 

『その通り。羅丈内の意見統合は結局現在もグダグダな面があってのう。実際、ワシと聖上の意見は今も主に誰かさんのせいで隔たりが残ったまま……如何ともし難い状況に陥っておる。だから、完全に独立した戦力を持っておこうとしたわけじゃ。今まで各地で其々にアプローチしていた連中を秘密裏に集結させて、羅丈とは別に動かしておる』

 

「さすが黒幕属性……」

 

『ワシは非力でかわゆい小動物であろう? それが何の備えもなく出てくるわけも無かろうて』

 

 カッカッカッと自慢する黒猫は今にも足元を掬われそうな驕りよう。

 

 だが、実際にはまったく完璧な仕事をしているに違いない。

 その程度が出来なくて、軍を見張る組織の長は務まらないだろう。

 

『それと“車両”ではない』

 

「どういう事だ? 移動するんだろ? まさか、独自に飛行船を手に入れたのか?」

 

『いいや、そちらは今も共和国の独壇場ぞよ。だが、しかし、お主はもうワシの力と為ったソレを見ておるはずじゃがのう』

 

「……地上でも上空でもないとしたら、まさか?!!」

 

 思い当たって思わず目を剥く。

 

 こちらの顔にニヤリと黒猫が実に人間臭い顔で意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

『フン。ん? おお、来たか!! ほうほう? ふむふむ……これならば……』

 

 何やら一人で納得している黒猫が感心した様子となる。

 

「オイ?! 一人だけ分かったような顔してるんじゃない!? こっちにも情報を寄越せ!?」

 

『そう急くな。どうやらあちらさんは此処だけではなく。南部のかなりの広範囲に強襲上陸を掛けているようじゃ……これは? 南部の沿岸諸国家の大半を占領中? 強気に出られるわけじゃな……』

 

「何だって!?」

 

『今、情報を送るぞよ』

 

 黒猫の映像が消え。

 

 大陸南部の地図が海図と共に簡易のデフォルメされた3D映像で目に飛び込んでくる。

 

「これは―――」

 

 目を見張ったのも無理は無い。

 

 事前にそうなるかもしれないとの予感はあったが、大陸南部の西部近辺から続々と占領された国の地域が赤く塗り潰されていた。

 

 だが、最も問題なのはそれがとある地点から爆発的な勢いで広がっている事だ。

 

 南部の東海岸線にある大きく迫り出した丸型の陸地。

 

 極めて不自然な3分の1程が円形の陸地。

 

 それに近い国々が赤の津波に浸透され、海側に迫り出した円の縁をなぞるようにして内陸で半包囲され掛かっていた。

 

(こいつは……そりゃそうだよな。こんな綺麗な円形がkm単位で広がってるなんて普通在り得ないわけだし。こいつがとんでもなく大きな遺跡だと考えるのは妥当な線だ。そして、周辺国の物流の要である港を占領、半包囲した領域からの物資輸送ルートを寸断、南部は物流が滞り、こちらには物資の一欠けらも入ってくる余地が無い。思っていた以上に準備は万端だったな)

 

『どうやら【統合】の海側の方にも艦影多数。少なくとも重巡洋艦10隻以上、巡洋艦が15隻以上、戦艦と空母が3隻は確実との事ぞよ』

 

「あの胸糞悪い屑野郎の言ってた事に偽り無し、か。陸からは半包囲、海からも包囲、空挺部隊による強襲は正にダメ押しの一手。失われても優位は崩れず。オレ達は上からのデブリで手一杯。正にお手本みたいなやり口か。ミサイル代わりに宇宙のゴミでインフラ破壊とは……恐れ入る」

 

 用意周到な敵の戦略は普通の軍隊なら白旗を揚げるくらいに鮮やかだ。

 

 が、それで終わりならば、黒猫がわざわざ情報を提示する必要もない。

 

 お終いだと一言でいいのだから。

 

 そもゲームでもないのに相手側の情報が筒抜けという時点で未だ戦略的に詰んだとは認められない。

 

 この情報を掴んでいた存在がいる。

 そして、その情報を元にして動いている何者かがいる。

 ならば、もうソレに賭ける事に躊躇があろうはずもない。

 

「ヒルコ。この情報を送ってきたのは潜水艦、だな?」

 

『うむ。その通り!!』

 

 大きく頷いた黒猫がフフンとふんぞり返る。

 

「そう、か。“あいつ”がずっと口を割らなかったのは……お前との取引や交渉をしていたからなんだな?」

 

『察しが良くて助かるのう♪』

 

「だが、あの艦はもう接収されたはずだろ?」

 

『フフ。世の中には絶対も完璧もありはせぬよ。彼らは己を守る為にこそ、秘匿した戦力を今も保有し、ワシとの交渉によって共に進む事を受諾した。手品の種は本人達に聞くが良かろう』

 

「そうだな。そうしよう……」

 

『ぬ? そろそろ時間じゃな。対空防御……なぬ? せ・ん・じ・ゆ・つ・か・く?』

 

「―――使うのか!? いや、それしか無い、だろうな……」

 

 思わず苦い顔となったのはしょうがない。

 だが、それしか【統合】がまともに助かる方法は無いだろう。

 

 低空でも戦術核ならば、高速のデブリを巻き込んで破壊もしくは落下地点を変更、捻じ曲げられる可能性は高い。

 

「発射体制に入ったぞよ。8、7、6、5、4、3、2、1、1番から4番までの“えすあーるびーえむ”発射!! 続いて1番から6番までの魚雷発射管が開口。敵主力戦艦と空母、その直衛に対して魚雷12発を発射!!」

 

 端末内の映像にはハッキリと東部の隆起した沿岸部から下の海域に一つ大きな光の点が灯った。

 

 それから別れて分裂した複数の移動物体。

 

 ミサイルのマークがゆっくりしたようにも見える動きで次々に3Dマップ上に表示されるデブリと艦隊だろう点の数々へ向かって進んでいく。

 

 それを息を呑んで見守った。

 沈黙して数分後。

 それはやってくる。

 

 大気の雄叫びにも思える震えが確かに薄い地表との間にある鋼の層を通しても伝わっていた。

 

『成功じゃ!! レーザー照射、レールガン発射23秒前にデブリの破壊を確認!! 【統合】にデブリ排除の情報を伝達。続いて敵空挺部隊の排除に移らせるぞよ!! 魚雷命中まで残り122秒!!』

 

 思わず拳を握り締めた。

 これが良かったのか悪かったのか。

 それは分からずとも、一つだけは確かだろう。

 

 これで後は自分の頑張り次第で死人の数を減らせる。

 

 傲慢だろうが、孤独だろうが、そんなのは命の選択を前にしては瑣事だ。

 

 だから、思わず端末に向かって呟いていた。

 

「……感謝する。シンウン」

 

 こちらの声を拾ったか。

 黒猫がクツクツと笑う。

 

『あちらからの伝言じゃ―――“艦長”より『三度(まみ)える日を願って。もずくの誓いを此処に』』

 

「もずく?」

 

「知らんのかや? 海神の民の慣用句の一つじゃ。もくずになる者は帰らず。故に吾らはもずくの誓いを立てり。要は糸のように絡まる人生こそが再会の力となる。という願掛けの一種じゃ」

 

「何でお前が偉そうに言うんだよ……いや、感謝してるけども」

 

『ワシは何を隠そう!! あの老人がでっち上げた【蒼《アズール》】を現実に作ろうという輩じゃぞ? 偉いに決まっておるではないか。カッカッカッ♪』

 

「オレを巻き込む事は決定事項なのか……」

 

 さすがに呆れる。

 

『いつの世も嘘を真にするのが支配者の務めというものよ。ネーコネコネコ』

 

 今だけは黒猫に対するツッコミも偉そうに胸を張る姿も我慢しよう。

 

 少なくともそれだけの仕事をしたのだから。

 

「とりあえず、デブリは後続が来ない限り、まだ安心だな。後は陸の問題だけ……こちらはオレが何とかする。ヒルコ、お前はあちら側との電子戦を受け持っててくれ」

 

『今もやっとるとも。ワシ相手に電子の海で合戦なぞ百年早いと相手に教えてやろう!!』

 

 気炎を上げる黒猫の声は今他のどんな援軍より頼もしかった。

 

「オレは今から外に出る。こいつらの救出は任せた」

 

『で、どうするつもりじゃ? ワシでもあの火器や車両相手に大立ち回りはマズイと分かるわけだが』

 

「仕込みはもう済ませた。今度はオレがあの胸糞野郎を驚かせる番だ」

 

『さすが伴侶殿。ゆっくり見物させてもらおう』

 

「相手にその時間が残ってれば、な」

 

『???』

 

 時間は無情に過ぎていく。

 戦いは決して待ってはくれない。

 

 だが、準備さえあるならば、奇跡という名の詐術だって起こしてみせよう。

 

 それが共に食事をする者達への細やかな恩返し。

 いや、そんなに大そうなものでもないだろうか。

 

 これは食卓を共に囲んでくれた相手への小さなお礼なのだから……。


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